サッカーW杯が始まったのだ。
とはいえ、ボクはスポーツ全般についてほぼ興味なしなので、結果をニュースで知るくらい。
でも、気になることが。
それは、日本代表のシンボルにもなっている三本足のカラス。
記紀神話に出てくる八咫烏を意匠化したものなんだよね。
Wikipediaにはいろいろ理由が書いてあるけど、八咫烏が案内した神武天皇は蹴鞠がうまく、というのはちょっと笑ってしまった。
さて、この八咫烏。
「咫(あた)」は古代の大きさの単位で、三種の神器の「八咫鏡」と同じ。
とりあえず大きいということ。
それに加えて三本足と言われているんだ。
でも、記紀神話の中に出てくるものは、高皇産霊神又は天照大神に使わされ、熊野(今の和歌山県新宮市のあたり)から神武天皇を導き、奈良県の橿原の地に連れていくのだ。
そこで神武天皇が即位するわけだね。
日向(宮崎県)を出発して東に進んできたわけだけど、最初大阪から奈良に入ろうとして失敗するのだ。
これはきっと天照大神の子孫たる自分が西から東に入ろうとしたためだ、東から西へ入ろう、ということで、紀伊半島をぐるっと回ってリベンジすることにあるのだ。
このとき、道案内をしたのが八咫烏ということになっているんだよね。
記紀神話で道案内というと、まずは天孫降臨の際に天の八衢から葦原中国まで瓊瓊杵尊を案内した猿田彦もいるよね。
猿田彦を祀る神社は多いのだけど、猿田彦神社(総本宮)、二見興玉神社、椿大神社とおおきなものは三重県にあるのだ。
それもそのはずで、この神は伊勢の五十鈴川のあたりの出身ということになっているのだよね。
で、瓊瓊杵尊は日向国高千穂に降り立ったはずなのに、道案内をした猿田彦は伊勢にいたのだ!
で、神武東征を助けた八咫烏は熊野の出身。
なんとなく、紀伊半島の東側に大陸からやってきたと言われる天孫族を助けて一緒に大和朝廷の礎を築いた一族がいたんじゃないか、という気がするよね。
天孫降臨の下りでは、出雲の勢力と取引して国を手に入れ、最後まで抵抗勢力だった建御名方命は諏訪まで逃げるのだ。
神武東征では、日向から筑紫に出て本州に渡り、吉備を通って生駒のあたりまで出て、そこで長髄彦と戦うのだけど、いったん敗走し、先に述べたようにぐるっと回って逆側、熊野の方から奈良に入り、そこで再度長髄彦と戦って破るのだ。
おそらくこれらの神話は大和朝廷ができあがるプロセスにおける先住系氏族との争いの歴史なんだよね。
実際に古代日本の中には、出雲や吉備、越、諏訪なんかの勢力がいて、それを打ち破ったのか、交渉して中に引き入れたのかはよくわからないながら、うまいこと「平らげて」いって、神武天皇が即位して大和政権成立、というながれなんだよね。
明確に戦っているのは近畿地方にいた長髄彦の勢力で、これは明確に打ち破って大阪や奈良の地を手に入れてるっぽいのだ。
で、その戦いの中で協力してくれた先住系氏族が八咫烏だったり猿田彦だったりするわけだよね。
長髄彦を破る際には、金色のトビ(金鵄)がやってくるのだけど、この金鵄は八咫烏と同一視されることもあるので、やっぱり地元の助力勢力のような気がするね。
猿田彦なんかはサルなので、言葉は悪いけど、あmり文明的でない(と天孫族が思っていた)先住氏族をあらわしているんだろうけど、八咫烏はなぜ鳥なのか?
金鵄もなぜ鳥なのか?
記紀神話だとただの大きなカラスという記述しかないけど、平安時代になって、三本足のカラスというモチーフになるのだ。
これは大陸の「金烏」から来ているイメージで、金烏は太陽のことなので、ひょっとすると、天孫族に協力したことから太陽のイメージを付与しているのかもしれないよね。
記紀神話の成立は奈良時代で百年くらい間があるわけだけど、おそらく鳥に置き換えていた意義は見失われていたんじゃないかと思うんだよね。
弓を使うとか、山野を飛ぶように移動するとか、天孫族に比べて肌の色が少し黒かったとか、そういうのがあったと思うのだけど。
でも、熊野権現の神使はカラスなので、単純に熊野の神を報じる一族を表すものとして使っている可能性もあるのだけど、今は逆になっていて、熊野の地で神武天皇の道案内をしたからカラスが熊野権現の使いと見られるようになった、と説明されているんだ。
なんとなくだけど、本来的には古代熊野の地にはカラス(必ずしも三本足でない)をシンボルとしていたような先住氏族がいて(トーテム信仰的なものとして自分たちとカラスを重ねていたとか)、それが神武東征を助けた、というのが本筋のような気がするよ。
で、後は後付けで属性が付与され、主従が逆転し、ということじゃないかと。
ちなみに、記紀神話では天孫降臨の後、瓊瓊杵尊と木花開耶姫の間の皇子神である火折尊(山幸彦)は竜神の娘である豊玉姫と婚姻し、神武天皇の父親となる鸕鶿草葺不合尊を設けるわけだよね。
こちらは天孫族が日本列島(というか九州)にやってくる前後にいわゆる「海の民」と同盟を結んで古代日本で勢力を伸ばしていったことを表していると考えられているのだ。
こちらは結婚までしているので、おそらく同一の血族集団をつくるところまで融合していて、道案内をした、ということになっている猿田彦や八咫烏は協力者扱いなんだと思うのだ。
当初の大和政権は絶対王政的な中央集権ではなく、諸王の中の王みたいな、中小国連合の中の盟主みたいな感じだったっぽいので、それを支えた勢力ということなんじゃないかな。
2026/06/20
カラスの勝手でしょ
2026/06/13
令和の大伴金村はいるか
ひさびさに皇室制度関係の話題が大きく報道されているのだ。
というのも、「立法府の総意」という形で、これからの皇統の維持に向けた取組について国会としての賛否が示されたから。
と言いつつ、実際は有識者会議でさんざん議論して、やるとしてもこれくらいしかない、というような安打と思うので、それが飲めるかどうかくらいの世界だとは思うのだけど。
それでも、なんだかんだで日本人は皇室の話題が好きだから、大きく取り上げられるんだよね。
ポイントは二つで、結婚後も女性皇族は皇籍離脱させずに皇族としての身分を残すこと、及び、すでに臣籍降下した元皇族のうち男系の系譜に連なるところから養子を入れることを可能とすること、を了解し、具体策の検討に移ろう、ということ。
前者は主に敬宮愛子内親王の今後のことを想定していて、後者は、秋篠宮悠仁親王以降の皇統の継続の安定性を意識したものなのだ。
女系を認めるべきかどうかは賛否両論なわけだけど、これmでも男系女性天皇は存在していたので、その道をふさがない、ということだよね。
後者については、明治以前は男系の家筋から養子をもらって宮家を維持するみたいな話はやっていたみたい。
御一新後、皇室のルールとして旧皇室典範ができてからできなくなったのだ。
さらに、戦後になって、かなり天皇家とは遠縁になっていた11の宮家が皇籍離脱(臣籍降下)し、明治天皇の男系の子孫のみが皇族に残ったんだよね。
実際には、明治天皇には大正天皇以外皇子がいなかったので、昭和天皇の兄弟、平成天皇の兄弟、今上天皇の兄弟が皇族になっているのだ。
で、今回の方針で養子を迎えるとすると、昭和22年(1947年)に皇族を離れた11の宮家(伏見宮、閑院宮、山階宮、北白川宮、梨本宮、久邇宮、賀陽宮、東伏見宮、朝香宮、竹田宮及び東久邇宮)からということになるんだけど・・・。
実は、男系だけで見ると、600年以上さかのぼらないと現在の皇統につながらない、というほど遠いらしい。
その間、女系ではつながっているので、いわゆる普通の親戚として考えるとそこまで遠くないのだけど。
しかも、皇族で亡くなったのはもう80年も前。
15歳以上の若い男子を養子に、ということだけど、該当者は少ないし、すでに皇族だった記憶のない、普通の一般人として生きてきた家族も多いので(宮中行事には旧皇族として呼ばれることもあったみたいだけど)、なかなかすごい話だよね。
ここで思い出すのは、記紀の時代の皇統断絶の危機の話。
かなり香ばしい事績が多い武烈天皇だけど、皇嗣を設ける前に崩御されたので(数え年で18歳?)、そこでいったん男系の皇統が切れそうになったのだ。
そこに出てくるのが大伴金村。
武系の中止のして古代史で大活躍する豪族(大連)だけど、その最大の功績は、武烈天皇崩御後に、当時越後にいた応神天皇の五世孫にあたる継体天皇を連れて来たこと。
千祖・即位した時点で58歳だったそうだから、全く皇族とは関係ない世界で生きてきた老年に差し掛かった人を天皇に迎えたのだ。
ただし、この継体天皇以降は歴史上実在が確認されている男系皇族で皇統が維持されてきたんだよね。
それ以来の危機があるかも、というわけだ。
で、悠仁親王から見て5世代さかのぼると明治天皇になるので、仮に明治天皇に兄弟がいればその系統に当たるということだけど、うえで書いたように、養子を出す候補に想定されている旧宮家はもっとさかのぼらないと合流しないんだよね。
これはある意味で大変革でもあるわけだ。
男系の万世一系にどこまでの意味を見出すかにもよるのかもしれないけど、それくらい想定しておかないと皇統の維持が厳しくなっているのも事実。
そもそも正室のみで側室を置かなくなったので、子供の数が圧倒的に少ないのだ。
そこを「子をなせ」とプレッシャーをかけるわけにもいかないわけだし、そもそも一般国民の少子化対策もうまくいっていない中で、現在の皇族の枠内だけで男系男子を増やそうとするのはかなりリスキーではあるよね。
最後は多くの人が納得できるようなルールで、ということだと思うけど、立憲君主であり、日本国の象徴でもある天皇家をどう維持していくのかはさらに議論が必要そうなのだ。
2026/06/06
お茶じゃダメなんですか!?
いまさらなような気もするけど、ごはん食も増えて和食傾向が強くなってきた給食の飲み物として牛乳が合わない、ということで、緑茶に変える自治体が出てきたというニュースを見たのだ。
でも、牛乳って必須じゃなかったんだっけ?
前に調べた記憶をたどると、顎口腔職法施行規則という文部科学省令の中で、給食に3つの定義があって、
①完全給食:給食内容がパン又は米飯(これらに準ずる小麦粉食品、米加工食品その他の食品を含む。)、ミルク及びおかずである給食
②捕食給食:完全給食以外の給食で、給食内容がミルク及びおかず等である給食
③ミルク給食:給食内容がミルクのみである給食
となっていて、どれだろうが全部にミルクが入っていることになっているんだよね。
これをもって、給食には牛乳が不可欠、ということだと思っていたのだけど・・・。
元をたどると、戦後日本の「ララ物資」にさかのぼるのだ。
戦後復興のために様々な救援物資が寄せられたわけだけど、子供たちの栄養状況を改善するため、として脱脂粉乳が含まれていたのだ。
正直当時の人の口に合うものではなかったようだけど、コッペパンとともに学校給食に出されて広まっていくのだ。
これは誰に聞いてもそうだけど、おいしくなかったみたいだね。
で、昭和33年ころから、評判のよくない脱脂粉乳に代えて、国産の牛乳を給食に導入するよう方針が打ち出され、今に至る。
その名残がこの省令の定義の中にもあるわけだけど、いまどき主食がない給食とか、牛乳だけの給食とかはないだろうから、基本はフルセットの完全給食のはずだよね。
一方で、省令での定義はそうなんだけど、学校給食法、その施行令と法令全体の枠組みで見るともう少し違う景色が見えてくるのだ。
この定義がどこで出てくるかというと、学校給食を開始するときに都道府県に届け出ることになっているのだけど、その届出にどの種類の給食なのかを書く際のカテゴリーなんだよね。
なので、現代ではおそらく基本は「完全給食」で届出をされるはず。
で、重要なのは、その後の具体的な献立の決め方なのだ。
「完全給食」で登録している以上は牛乳(又はそれに代わるヨーグルト)が入った献立にしなきゃ、というのが今までの考え方だったようだけど、そこをもっと柔軟に考えているらしい。
学校給食については、文部科学省の方で「学校給食摂取基準」というのが示されていて、学齢ごとにどの栄養をどの程度とるのかの目安が決まっているのだ。
それをもとに市区町村の教育委員会で標準献立というのを作り、それを各学校や給食センターでアレンジして献立を組み立てる流れ。
で、牛乳を入れるとタンパク質とカルシウムががっつりとれるのでかなり楽になるのだけど、同じだけ他の食材でこれらの栄養素がとれればよい、という運用で考えているみたい。
とはいえ、総カロリー数が決まっている中、価格制約もあるのでけっこう難しいみたい。
タンパク質は豆腐やその加工品でけっこう補えるとは思うけど、問題はカルシウムだよね。
牛乳ほど効率よくはとれないので、じゃこや小魚を加えるなどの工夫をするらしいけど、月に数日くらい牛乳のない日を作るのがせいいっぱいくらい。
まさかサプリメントの錠剤を出すわけにもいかないだろうしね。
脱脂粉乳はおいしくないとはいうけど、ただ水にといて飲むからおいしくないんだよね。
米国留学中はシリアルにスキムミルク(無脂肪乳)をかけて食べていたけど、そこまでおいしくないという印象はなかったんだよね。
やっぱりいったん水分を飛ばして粉にして、それをもう一度水にとくのでおいしくないのだ。
温めてとかすので、アルマイトの容器に入った脱脂粉乳(温)は表面に膜が張っていたとかいうよね。
お菓子なんかの材料で使われる脱脂粉乳はいわゆる「ミルク感」を出す良い素材で、悪印象はないんだよなぁ。
使い方次第ということだね。
ちなみに、子供たちがたいてい好きなカルピスは、生乳からクリームを除いた無脂肪乳を独特の乳酸菌で発酵させたもの。
脂肪をあえて取り除いているから、乳酸菌発酵の酸味と相まってすっきりした飲み口なんだよね。
この頃はクリームを発酵させた濃厚カルピスも見かけるけど、こっちは確かにねっとりと濃い感じなのだなお、。
取り除いたクリームからは高級バターとして知られるカルピスバターが作られるんだけど、こっちが副産物。
もともとは業務用で使われていたものだそうだよ。
2026/05/30
風と熱と
いよいよじめじめしてきたのだ・・・。
からっとしているとまだ過ごしやすいけど、湿度が高く成るだkで一気に不快指数が上がるね。
もうすぐ梅雨入りか。
そんなときに大事なのが衣類乾燥機能。
ボクが子供のころはコインランドリーの乾燥機ほぼ一択だったけど、家庭用の乾燥機もあるし、浴室乾燥機もあるし、部屋干し+サーキュレータというのもあるし、洗濯だけに選択肢が増えているのだ。
個人的には天日干しが一部案ふわふわでしっかり乾く気がするけど、最近のテクノロジーはなめてはいけないよね。
けっこう電気代は食うとは言うけど、家庭用の衣類乾燥機はけっこう優秀なようなのだ。
でも、やっぱり服の繊維は傷みやすくなるんだよね。
どのみち高級品はクリーニングに出すから、ファストファッションとかのターンのーバーの早い奴ならよいのかも。
いつでも好きな時間に乾かせるのは大きいよね。
その対極にあるのが普通の部屋干し。
ひたすら水分が蒸発するのを待つだけだけど、サーキュレータと組み合わせてあげると、洗濯物周辺に滞留する水蒸気がなくなるので少しだけ乾燥が早くなるのだ。
もともと干す段階で風が通るようにすき間をあけてあげるだけでもけっこう乾きが違うんだよね。
それでも、日本はもともと湿度が高いからなかなか難しいところはあるけどね。
でも、パリに住んでいるときに実感したのは、欧州は普通に部屋干しでばっきばきに乾くほどの乾燥具合なんだよね。
パリは景観保護のために洗濯物の外星ができないので、どうしても部屋干しになるんだけど、なぜか2~3時間で殻っからに乾くんだよね。
最初はおどろいた。
我が家の場合はその中間にあたる浴室乾燥機を利用。
昼間家に誰もいないので、さすがに外に干しておけないのだ。
ただの部屋干しだと乾くのに当然時間がかかるし、においなんかも出るしだけど、こっちならそのあたりはだいぶ解消されるからね。
それに普段から浴室乾燥を使っているとお風呂場のカビ対策にもなるのだ。
電気代はかかるというけど、衣類乾燥機ほどではないのだ。
この浴室乾燥の原理は単純で、温風で温度を上げつつ、換気機能で蒸発した水蒸気を逃がしていく。
天日干しの太陽の熱で温めて、風が洗濯物のまわりの水蒸気を飛ばしていく、というのと同じなんだけど、閉鎖空間というところが大きく違うのだ。
つまり、温度だけ上げても水蒸気が抜けていかなければ湿度が上がっていってだんだん水分が蒸発していかなくなるのだ。
なので喚起するんだけど、換気が強すぎると熱も逃げてしまう。
そのバランスが大事なわけだね。
最近、我が家の浴室乾燥はちょっと能力が落ちている気がするんだよね。
つまり、温風か換気のどっちかがいまいちなんだと思うんだけど、普通に浴室暖房は機能しているようなのだ、おそらく換気が弱っていると思うんだよね。
フィルターが目詰まりしていると換気が弱まるのでそれも疑ったんだけど、そこは大丈夫だった。
ま、経年劣化的なものかもしれないのだけど。
いまはとりあえずタイマーの時間を長めに設定するようにしているのだ。
で、最近さらに便利になってきているのがコインランドリー。
洗濯機も官隙も大型になって、家では洗えない布団や毛布を選択・乾燥できるようになったんだよね。
スマホアプリで空き状況も確認できたりするし。
かなり高機能化しているのだ。
見た目もおしゃれになってきているし、無料WiFiがあるところもあるよね。
これから梅雨時になるとどうしても洗濯物が乾かないので、こういう選択肢を駆使して、洗濯にいそしむ必要があるのだ(笑)
2026/05/23
容赦なく重い
栃木県で起こった強盗殺人事件が衝撃的だったのだ。
トクリュウ案件なわけだけど、16歳の少年がバールのようなものでめった刺し・・・。
話を聞いていてかんり残虐性が高い事件なんだよね。
で、本来的には「強盗殺人」になると「死刑又は無期拘禁刑」になるのだけど、それが少年法で「割引」されるのか、などが話題になっているわけだよね。
最後は司法で決することだけど、ネットであふれている意見では「悪質なのできちんと報いを受けるべき」という感じで、少年法で保護しても構成できないのであないか、という見方のよう。
それはそれとして、いわゆる少年法によって刑事罰がどうなるか自分でもよくわかっていなかったので、ちょっと調べてみたよ。
まずは刑法で量刑の重さの確認。
刑法上最も重い刑罰になっているのは81条に規定されている「外観誘致」で「外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する」なので、死刑しか選択肢がないのだ。
ギルティ=死刑ということだよ。
これに次ぐのが「強盗殺人」なんかも該当する「死刑又は無期拘禁刑」というやつで、死刑にはしないまでも刑務所からは出さない、というもの。
これに該当するのは、77条の内乱罪(首謀者)、126条の汽車転覆等致死(鉄道などを脱線させて人を死なせる)、240条の強盗殺人(強盗致傷なら無期又は六年以上の拘禁刑)、241条の強盗・不同意性交等致死(強盗したうえで暴行もして死なせた場合)の4つのみ。
強盗致死というのはそれほど「悪い犯罪」という扱いなのだ。
刑法第14条の規定で刑の軽減について限度が定められていて、いわゆる情状酌量により刑を減じる場合も「死刑又は無期拘禁刑」の場合は30年の拘禁刑までしか軽減できないよ。
で、その軽減する場合は、「強盗殺人」だったのか、「強盗致死」だったのかが問題になるわけ。
「強盗殺人」と「強盗致死」の違いは、最初から殺意を持って殺そうとしている場合は「強盗殺人」、殺そうとは思っていなくても強盗行為の間にけけがをさせて結果的にその人がなくなった場合が「強盗致死」になるのだ(けがしただけなら「強盗致傷」)。
なので、裁判においては殺してから金品なりを奪おうとしていたのか、金のありかをはかせるために暴力をふるった結果なくなってしまったのか、というところを認定することが必要なんだよね。
さすがにバールでめった刺しっていうのは「殺意がなかった」とは言えないのではないか、ということで、今回は「強盗殺人」だよね、という雰囲気になっているんだよね。
20歳以上の大人だとこれだけなだけど、今回は実行犯1が6歳の少年ということで少年法が入る込んでくるのだ。
すでに成人年齢は18歳になっているけど、少年法でいう少年は「20歳未満のもの」と定義されているんだよね。
それだけだと成人年齢の見直しとずれてきていますので、改正少年法により18歳以上20歳未満は「特定少年」としてまた別の扱いをすることになったのだ。
少年ほどは守られないけど、「更生の余地」という観点で少しだけ20歳以上の人の場合よりは守られる仕組みなのだ。
ただし、「光母子殺人事件」を契機として、刑事責任をどこまで取らせるべきかはずっと議論されてきていて、現在の少年法では、18歳未満の「少年」は死刑はなし、無期拘禁刑も10~20年の拘禁刑にすることができる、という形で「割引」があるんだよね。
ただし、18歳以上の「特定少年」にはこの規定が適用されないので、成年年齢であれば刑事罰はきちんと負わせる、という形になっているよ。
今回は16歳なので死刑判決はないのだけど、刑法どおりの無期拘禁刑になるのか、少年法適用でそれが軽減されるのかがポイント。
少年法での軽減措置は「できる」規定なので、十分に更生の余地あり、将来ある少年に過度の刑を科すべきではない、と認められれば有期の拘禁刑になるわけ。
どうもアルバイト代は10万円だったみたいな報道もあるけど、それくらいの金額で人生を棒に振るような犯罪を犯してしまうんだね。
しかも、あんまりためらいなくやっているみたいだし、どう結論を出すことやら。
2026/05/16
電気のセーフティーネット
職場で懸念事項が出てきたらしいのだ。
それは、電気代の高騰。
どうも、コンペでいわゆる「新電力」が勝ってそこから電気を買っているみたいなんだけど。
そういう会社って自前の発電所を持っていることは少なく、契約やマーケット(卸電力取引所)で調達してくるので、燃料費高騰の影響をもろに受けるんだよね。
で、総低硫黄の値上げになるかもしれない、ってことで心配し始めたわけ。
そういえば、ちょっと前にも新電力の電気料金が高くなりすぎて、みたいな話があったよね。
戦後の電力供給は地域独占体制だったんだよね。
東京電力とか関西電力とか、供給区域ごとに電力会社(一般電気事業者)がいて、独占的に電気の供給を行っていたのだ。
その代わり、その料金の改定は国の認可が必要な規制料金だったのだ。
今の鉄道事業の料金とかと同じだよ。
で、先に電話(電気通信事業)の方が自由化され、電力も一部自由化、全面自由化と規制緩和されてきたのだ。
今では一般家庭も自由化対象範囲なので、いわゆるむかしながらの電力会社だけでなく、新電力と呼ばれる電気の小売事業者からも買えるようになったんだよね。
最近はポイントプログラムや他のライフラインととのセット割とかでいろんなメニューがあるよね。
で、最初期は大口の顧客(需要家)が自由化対象範囲になったのだ。
具体的に言うと、特別高圧受電(20,000V以上)の人たちで、大規模工場や大型公共施設なんか。
配電設備を介さず、自前で受電設備・変電設備を用意して送電線から直接電気を引き込むのだ。
この自由化の時に導入されたセーフティーネットが最終保障供給(ラストリゾート)という概念。
いわゆうる「電力難民」にならないように、必ずどこかからは電気が買えるようにするための措置だよ。
当時は新規参入者(特定規模電気事業者:PPS)が何らかの事由で電気の救急ができなくなった場合、一時的な話であればまだ規制部門では供給独占が残っていた電力会社がバックアップ電力供給というので補填するとともに、もう電気の供給ができない場合(倒産、事業の撤退など)は電力会社があらかじめ用意する最終保障供給という少し割高の料金プランで契約することになっていたんだ。
国が独占を認めるということは、逆に言うと、正当な理由がなければ供給依頼を断ってはいけないといこと(=供給義務)で、まだ規制部門が残っていたので自由化部門も含めて電力会社に責務を持ってもらっていたのだ。
で、自由化範囲が拡大してくと、ちょっと様相が変わってくるよ。
6,000V以上の受電の高圧受電の場合(大型スーパーや百貨店、小規模工場など)は基本的には特別高圧と同じように最終保障供給という形態になっているのだ。
こういう大口の電気の消費者の場合、しっかり電気の供給力を確保した事業者でないと対応できないんだけど、そういう事業者はどうしても数が限られてくるので、最悪どの新電力も対応できなくなる場合も想定する必要性が大きいから。
なお、これはあくまでも次の契約先が見つかるまでの臨時措置という位置づけなので、数か月から1年以内と契約期間が限定されているよ。
一方で、200V以下の低圧や従量電灯と呼ばれる一般家庭や小規模商店向けの場合、新電力にもともと法律上課せられている救急力確保義務の範囲でなんとかなるはずなので、最終保障供給の対象外になっているんだ。
では、どうするかというと、電気事業法の改正法の附則で「当面の間」の経過措置として用意されている特定小売供給というのを使うのだ。
これは自由化前の規制料金とほぼほぼ同じ料金の作り方で算出するもので、旧規制料金とも呼ばれるよ。
燃料需給制度による料金の上り幅に上限があったりして料金が爆上がりすることがない一方、ポイント還元やガス供給とのセット割とかそういうのはないのだ。
最終保障供給はわざと市場価格に比べて割高に設定することで次の契約先を早く見つけるように誘導しているのだけど、こっちは従前と同様に国の認可を受けた料金なので、割高感はなくて、総括原価方式で、電気供給にかかるコストに効率化係数をかけて利益を定率でのせたものだよ。
で、うちの職場はわりと大口の契約なので、新電力との料金値上げの調整が不調で契約が破棄されてしまったりすると、最悪最終保障供給になるかもしれないんだよね。
ボクは担当じゃないんだけど、電気料金の話が好きなので、ちょっと自分で調べてみたのだ。
でも、あまりにも大幅な値上げだと最終保障供給の方がやすくこともあるみたいだから、しばらくそれで泳いで、次の契約先を見つけるのでもいいような気がしてきたな。
2026/05/09
とうもころしこ
タコスってはやり始めてる?
テレビでもよく見るようになったし、スーパーにも前はあまり見かけなかったタコスセットが並んでいる。
これから暑くなる季節に向けてはいいよね。
でも、確か米国発のタコスのファストフードはいまいちはやんないんだよな・・・。
かっちかちのハードタコが主体だからかもだけど。
ここで気になっているのが、スーパーなどで売っているタコスの「がわ」はほぼすべえ小麦粉で作られた「フラワー・トルティーヤ」であること。
タコスの「がわ」ってトウモロコシ粉から作るんじゃないの?
って、調べてみたら、もともと中南米で伝統的に食べられていたのはトウモロコシを使った薄焼きパンなんだけど、北米に行っててクス・メクス料理になると小麦粉が使われ始めるみたい。
で、小麦粉で作った「がわ」の方がふわふわで万人受けするので、タコス後進国日本ではほぼそっちしかないみたいだ。
ちなみに、米国のかりっかりのハードタコはトウモロコシを使たもので、これに対比させてソフトタコと呼ばれるようになった時、よりふわふわ感、しっとり感が重要視されるようになったようなのだ。
トウモロコシで作るとごわごわだからね。
日本でのトウモロコシの食べ方の主流はスイートコーンなので、ゆでたり、蒸したり、焼いたりして食べるイメージだけど、これは甘みの多い品種を未成熟のまま収穫したもの。
本来的にはトウモロコシも穀類に分類されるもので、完熟状態ではかっちかちになるのだ。
そう、煎る前にポップコーンのような状態。
で、これを砕いて食べるのだけど・・・。
実はそのまま食べるのだとダメなのだ(>o<)
トウモロコシの実は、でんぷん質が多いだけでなく食物繊維も豊富で、各種ビタミンやミネラルも多い、栄養価の高いものなんだけど、必須アミノ酸のトリプトファンが少ないという欠点があるのだ。
ビタミンB3であるナイアシンはトリプトファンから作られるので、そのままだとビタミンB3欠乏症=ペラグラという重症の皮膚炎になってしまうのだ。
なので、中南米では伝統的にトウモロコシ粉を石灰水などでアルカリ処理し、リシンやトリプトファンといった必須アミノ酸の吸収をしやすくなる加工(ニシュタマリゼーション)をしていたんだって。
アルカリ性環境下で粒のまま煮て、そのまま冷ましてから煮汁を捨てるんだって。
これも生活の知恵だね。
最初にスペインが欧州にトウモロコシを持ち帰ったとき、これを知らなかったのでペラグラが広まったそうだよ。
通常の食物ではトリプトファンが少ないということはあまりないから、最初はなんだかわからなかっただろうね・・・。
ちなみに、ナイアシンが豊富な食べ物はカツオ、サバ、ブリ、イワシ、マグロ、鶏ささみ、レバー、豆類らしいから、これらと一緒ならトウモロコシをそのまま食べ続けても大丈夫な、はず。
で、このアルカリ処理にはトリプトファンの吸収をよくする以外にも効能があって、小麦よりさらに硬いトウモロコシが軟質化し、かつ、粘りも出てくるんだって。
これにより、生地を薄く広げて焼くトルティーヤが作れるようになるのだ。
逆に、アルカリ処理をしない場合はぼそぼそでそのままではトルティーヤにできないので、「つなぎ」で小麦粉を入れるらしいよ。
二八そばみたいなものだね。
で、トウモロコシ粉もそのものは白い粉なんだけど、アルカリ処理して焼くからうっすら黄色くなるのだ。
これは中華麺がかん水の作用で黄色くなるのと同じ。
ちなみに、あらかじめアルカリ処理したトウモロコシ粉も売っているとのことなので、家庭で水に溶いて焼くだけにできるよ。
で、この薄焼きパンがなぜトルティーヤなのか?
もともとトルティージャ(スペイン語読み)はスペイン風の丸いオムレツ。
それに形が似ているからそう呼ぶというのだけど・・・
月とすっぽんみたいな話だ(笑)
2026/05/02
おこめパワー
江戸末期から明治くらいにかけての白黒写真っておもしろいよね。
新選組副長の土方歳三がめちゃくちゃ男前だったり。
芸者さん(花魁?)の写真を見ても今に通じるような美人がいるのだ。
で、そんな中で特に目を引くのが、飛脚や大工などの体を使う人たちの体つき。
背は高くなさそうだけど、ものすっごくマッチョなのだ。
筋肉隆々で、ふんどし一丁だったりするので、そのままボディビル大会みたい(笑)
でも、江戸時代って肉はほとんど食べないし、魚もたまに食べる程度、とにかくお米をひたすら食べているイメージがあるんだけど・・・。
調べてみると、現代人と比べてしっかりタンパク質は獲れていたようなのだ。
江戸時代の人たちは1日平均で3~5合のお米を食べていて(塩辛いおかzで大量のごはんを食べるスタイル)、白米を食べていた江戸市中で見ても、お米からのタンパク質だけでけっこうあるのだ。
炊きあがった白米100gあたりに含まれるたんぱく質は2.8gくらい。
1合は炊き上がりで330gになるから、28~46gくらい。
それに大豆加工品(みそ、しょうゆ、豆腐、納豆などなど)を加えると、下手な現代人よりきちんととれている計算になるよね。
農村部だと玄米になって、さらに「かて飯」と言って麦や豆などを一緒に炊き込むのだけど、その場合はもう少しタンパク質量が増えるのだ。
百姓仕事もほぼほぼ人力でやっていたから、そちらもかなりのマッチョだったわけだ。
加えて、このころは油は貴重なものだし、とにかく体を動かしてカロリーも消費しているので、一般にはあまり脂肪はついていないのだ。
むしろ、太っているのはお金持ちの証拠、みたいな。
なので、余計に筋肉が浮き出るわけだよね。
ナチュラルに生活しているだけで、筋トレして、糖質とタンパク質をたっぷりとって、脂肪は少なめで、とボディビルダーのような感じなのだ。
そりゃあマッチョになるか。
地域の米の生産力を表す単位が「石高」だけど、1石は10斗=100升=1,000合で、人が1年で消費する米の量というイメージなのだ。
この計算の場合、1日3合計算で360日分として1,080合ということだよ。
加賀100万石というのは、100万人分の年間米消費量を生産できるという意味。
当時は貨幣機材も進んでいるけど、米本位の経済なので大事な指標なのだ。
ただし、実質石高と名目石高というのがあって、実際には米以外の農作物(=そばや麦など)もあるので、実質的な食料生産能力はより大きくなる場合うもあるし、気候や水利の関係で水田の広さに比べて米の収量が低いところもあって生産力が実はそんなに高くない場合もあるんだよね。
そういうのが実質石高というもの。
でも、大名・旗本としての役割を振られるときはあくまでも名目石高で課されるので、余裕でこなせるところと、赤を出しながらなんとかやるところと地域差があったようなのだ。
この「石高」というのは基本は取りに連動していて、拝領地の生産力を表すもの。
そうではなくて、俸禄として米の現物支給を受けている場合(御家人など)は、別の指標で給与を表していたんだよね。
それが「〇俵〇人扶持」というもの。
時代劇に出てくる町方の同心とか与力はまさにそういう給与形態なのだ。
「俵」は字のとおり「たわら」なんだけど、これもやはり1年間に一人の人間が消費する米の量を表しているのだ。
各藩で換算は違うようだけど、幕府の場合、御天領は「四公六民」なので、1石当たり4斗の税収(年貢米)があり、それを精米すると3斗5升になって、それが蔵米(税収として入ってきた現物の米)の1俵になるんだって。
一人扶持というのはこの蔵米5俵のことなので、知行地としては5石に相当するのだ。
全体を換算すると、知行取り100石=蔵米100俵=現米35石=20人扶持=35両ということだよ。
最初に出てくる「石」は生産力の方の単位の「石」で3つ目に出てくる「石」は単純に米の量の単位の「石」(「合」の千倍)というのがややこしいのだ。
給与として支払われる方は現物換算なんだよね。
これで単純に計算すると、将軍直轄の天領は約400万石なので、80万人扶持ということになるよね。
実際には御家人は2万人弱で、知行地を渡している旗本はこれとは別に300万石ほどの石高を持っていたんだよね。
そうすると、78万人扶持=78万両くらいの規模が江戸幕府の裁量経費として使えることになるけど、1両は10万円くらいの価値だから、780億円ほどということかな。
国家財政規模としてはかなりこころもとないけど、各藩は独自に地方自治をしていたし、大規模な土木工事などは大名に普請させていたりしていたわけだからこんなものなんだろうか?
2026/04/25
き、び、だ~ん
スーパーで売っていて、なんだか懐かしくて買ってしまったのだ。
駄菓子のきびだんご。
なんか茶色い長細い餅菓子で、オブラートに包まれているんだよね。
基本的にはボンタンアメが大きくなったようなものだけど、かんきつの風味はな甘いだけのもの。
子供のころは30円くらいで買っていた気がするけど、今は60円だったのだ。
それはそれとして、きびだんごってこういうものなんだっけ?
岡山名物として売られている吉備団子はうるち米の粉を水飴で練って作った求肥のお菓子。
きな粉がまぶされているけど、ものによっては穀物のキビの粉で風味付けをしているというけど、それは見たことないな。
ま、普通に「すあま」の仲間だよね。
水あめで練ることで保水力が高まるの絵常温でしばらく置いておいても硬くならないのだ。
焼くと香ばしいかな?、と思ってオーブントースターであたためようおすると、でろんでろんにとろけちゃうよ。
で、桃太郎が犬・猿・雉に与えたのってこれなんだっけ?
どうも、米粉で作るきびだんごは江戸時代の後期に発明されたものらしい。
穀物のキビ(黍)と岡山周辺の古い地方名の吉備をかけて「吉備団子」としたみたい。
なので、キビで作った黍団子とは違うのだ。
おそらく最初期はキビを少し混ぜて風味付けくらいはしたかもしれないけど。
桃太郎の話の起源には諸説あるけど、どれにしても明らかに江戸時代より前の話なので、おじいさんとおばあさんが作ったのはキビの団子の方だよ。
キビは、雑穀として健康食品の中に入っていたりするけど、それと鳥の餌以外ではあまり見かけることのなくなった穀物。
そのむかしは、荒れた土地で水が少なくても短時間で栽培できる穀物だったので重要な農作物。
夏にまけば秋には収穫できるので、稲の生育がいまいちだな、と思って時点で追加で栽培を始めることもできるのだ。
とはいえ、その生命力の強さから雑草としても広まっているとか。
今ではあまり食べなくなってきているから余計にね・・・。
手がかからずに育てられる穀物ということで古代においては重要度が特に高く、特に古代中国では祭祀には黍(もちきび)と稷(うるちきび)が重要な役割を持っていたらしいのだ。
「社稷( 古代中国で、天子や諸侯が祭った土地の神=社と五穀の神=稷)」という言葉にも表れているけど、古代中国では祭壇に黍から作った黄色い色のついたお酒を供えていたらしいよ。
その後、南方で稲(米)の栽培が盛んになると、米の方が味がよいこともあってそれが穀物の第一位になるようなのだ。
でも、中国の戦国時代より前(夏殷周の三代)、孔子の時代にはまだキビは重要な穀物扱いだったそうだよ。
で、どうやって食べるかと言えば、粒のまま粥にして食べる、粉にしてから生地にする、発酵させて酒にするなどの使い道があるのだ。
日本の場合は農業の開始=稲作なので、米と一緒に炊く「雑穀米」のような食べ方が多かったみたい。
2割ほど米に混ぜて炊くと甘みと独特のほろ苦さが出てそれなりにおいしいのだとか。
桃太郎の吉備団子は、粉にしたキビを水や湯で練って丸めたもので、黄色い色の団子だったようだよ。
米より甘みが強いし、昔のことなので、砂糖の灰っていない自然な甘さ、のはず。
これはちょっと食べてみたいかも。
現代では、動物用の飼料のほか、雑穀米に少し入っていたり、焼酎の原料になったりしているみたい。
穀物としてのスペックは高そうだからもっと活躍できそうな気はするけど、どうなんだろう?
スーパーフードと言われるアマランサスに比べると少し見劣りするのかな?
日本でいまいちマイナーできたのは、麦であれば秋に播いて春に収穫できるので米の裏作で二毛作ができるし、そばだと秋そばや春そばなど甘利季節を選ばずに栽培できるけど、キビだとどうしても米と栽培・収穫時期がかぶるからなんだよね。
とにかくどこでも米を作ろうと執心してきたのが日本の農業の歴史だからね。
2026/04/18
明けない夜はない
テレビの「マツコの知らない世界」を見ていたら、地獄について研究している人が開設していたのだ。
何の気なしに見ていたんだけど、そこでの説明に思わず聞き入ってしまった。
それは、仏教の地獄は兆年オーダーで刑期があるけど終わりがあるのに対し、キリスト教の地獄は永遠に続くもので終わりがない、という説明。
え、そうだったんだ!
生前罪を犯した人が攻め苦しめられるという点でだいたい同じような感じで、洋風化和風のテイストの違いかと思っていたよ。
日本でいう仏教の地獄は大陸伝来のものが日本で仏教が布教される際にさらに少しアレンジされたもの。
もともとインドの土着的な信仰(ヒンドゥー教)が土台にあって、そこに中国の道教の影響が入り、最後に和風に、ということなんだよね。
で、どうした出来上がった地獄観はすごくて、いわゆる八大地獄というのがあって、罪の重さで地獄の責め苦の苛烈さも変わる、というもの。
ずっと殺し合いを続けるとか、ずっと融けた金属を飲まされるとか、針の山を登らされ、血の池に沈められるとか。
そういう「地獄絵図」というのイメージ化したものまであって、仏教を信仰し、善行を積まないと地獄に落ちるわよ、と脅していたわけだね。
一般に「北風」政策と「太陽」政策だと「太陽」政策で看過した方がよいと言われるけど、宗教に傾倒するときはどうしても精神的に弱っているときなので、こういう脅しの方がいいみたい。
南無阿弥陀仏と唱えれば阿弥陀如来の自費で極楽浄土へ行ける、というよりも、もともとの罪悪感にも訴えつつ、ウソついたりモノを盗んだりすると地獄の責め苦を受けるよ、という方が効くようなのだ。
で、この地獄の責め苦は兆年のオーダーで続くらしいんだよね。
どもそも地獄の底に落ちるのに二千年かかるとかいう話もあるし・・・。
どうも、地獄での一日というのがこの世で言うともっと長い時間に相当するようで、それ計算式に当てはめるとそうなるみたい。
そもそも弥勒菩薩がやってくるのは釈迦の入滅後五十六億七千万年後とかいう時間間隔だから、それより桁二つ、三つ大きい、というくらいの価格なんでしょう。
それでもすごいことになっているけど。
では、なぜ終わりが想定されるか?
神道の世界だと、もともとこの世(=現世)とあの世(=常世)は連続的な世界だったけど、伊弉諾尊が黄泉の国との間にある黄泉比良坂に道返しの大岩を置いて分断したことになっているのだ。
それで、死んだ人は一方通行で黄泉の国に行って、戻っては来ないんだよね。
行った先でどうなっているかはわからないけど、伊弉冉尊がそこにいたことを踏まえると、なんらあの形で存在していると思っていたんだろうなぁ。
ただし、実際に肉体を保持したままだと、妖怪ハンターの「生命の樹」に出てくる「いんへるの」のように間人電車のごとく人が詰まってしまうから、体積を持たない、例的な存在なんだと思うけど。
それはさておき、この考えだと戻ってこないから地獄の責め苦も永久に続いていいはずなのだ。
ところが、インドの死生観は「輪廻転生」であり、死んでは生まれ変わるというサイクルを繰り返す、というのが基本。
ここから永久に解脱することが仏教の目的なわけだけど、仮に永遠に続く地獄を想定してしまうと、デッドエンドに入ってそこに永久につかまる=形式上は輪廻転生から外れる、ということになるんだよね。
それだとまずい(のかどうかはよくわからないけど)、ということで、はるか先の未来では輪廻の輪に戻ることになるのだ。
それが兆年オーダーというほぼほぼ無限に思えるような有限の期限になるわけだね。
で、地獄に落ちた後も、地蔵菩薩による隙があったりと救済のシステムがあるのだ。
しょせんは地獄も輪廻転生の輪の一部でしかないので、たとえいったん抜けてもまた落ちるかもしれないわけで、そこから逃れることこそが好きになわけだね。
でも、最後に必ず救われる道は残されているのだ。
一方、キリスト教的な地獄は一方通行。
一般的には、地獄の門の前に十二支との筆頭のペトロがいて、天国に行ける人リストを確認して、OKの人だけ通す、という運用。
その他の人はいわば地獄行き、しかも、片道・・・。
仏教的な地獄は閻魔大王などによる裁判というか審査というか、そういうのがあって行先が決まるけど、すでに死んだ時点で神の最低で天国に行ける人とそうでないとが振り分け済みなんだよね。
それが唯一の万能神というものか。
ということは、生前に天国にけるよう努力をしないといけないわけで、そういうのが「免罪符」みたいな発想になっていくんだよね。
だって、一度地獄域になったらそれで終わりだから。
でもでも、カトリックだと多少構成の道が残されているのだ。
それがダンテの「神曲」にも出てくる、天国と地獄の中間の煉獄というところ。
地獄に落ちたら一巻の終わりなんだけど、煉獄の場合は長い時間かけて構成すれば天国まで至れるのだ。
で、こっちの世界では、天国も永遠に続くので、そこまでいてしまえばあとは安泰なんだよね。
ただし、実はキリスト教成立前に亡くなった人で、地獄行きほどの悪さはしていないような人は、地獄の手前の辺獄というところに永久に拘束されるのだ・・・。
キリスト教に帰依していない限り天国への道は開かれないらしい。
いずれにしても、なんだかシビアな世界なのだ。
2026/04/11
日差しは夏並
春は三寒四温とは言うけど、すでに4月にして夏日になったりしている。
可と思えば、かなり寒い日もまだ残っている。
体調を崩しやすい季節なんだよね。
でも、その中でも特にきつかったのは、晴れていて日差しは強いけど、北風が冷たかった日。
日向の日光はじりじり来るくらいの厚さなんだけど、風がとにかく冷たくて。
でも、日本の春の日差しってこんなに強かったっけ?
調べてみると、実は春になると日差しはかなり強くなっているのだ。
紫外線なんかではよく言われるけど、夏の最盛期に比べても7~8割くらいの強さになっているらしい。
冬至が底辺で夏至がてっぺんとしても半分を超えたくらいじゃ、って感覚なんだけど、そうではないのだ。
太陽の南中高度の季節変化は線形で一次関数的な変化なんだけど、その南中高度の変化に伴う太陽光の減衰の変化はそんな単純な変化ではないというわけ。
地球は十分に起き糸仮定して、地面も大気層も水平という仮定を置いて簡単に模式図を書くと、太陽光が地面に届くまでに通ってくる大気中の距離(光路)は、南中時の仰角をx(ラジアン)とすると、大気層の厚さに対し、1/cos(π/2-x)倍、すなわち、1/sin(x)倍の長さになるのだ。
それをπ/2、つまり90°までプロットしたグラフで見てみると、東京における、冬至、春分・秋分、夏至の南中高度はそれぞれ、
冬至: 31.6°(ラジアンでは0.55)
春分・秋分: 55.0°(ラジアンでは0.96)
夏至: 78.4°(ラジアンでは1.37)
になるのだ。
で、実際に曲線状の位置を確かめてみると、冬至から春分に向かうときは変化率が大きく(微分したときの傾きが大きく)、春分から夏至に向かうときはにぶってくるのがわかるのだ。
実際に光路の模式図を見ても冬至と春分、春分と夏至で長さの変化の違いがわかるよね。
つまり、何が言いたいかというと、春分を過ぎて春から夏に向けて太陽光が大気層を通ってくる光路の長さはそこまで大きく変化しないのだ。
太陽光の減衰(散乱や吸収)は当然のことながら光路の長さに比例するので、減衰の変化率もこのグラフと同じようになるわけ。
春先にぐっと日差しが強まるとそこからずっと強い状態が続くことになるというわけだ。
ちなみに、日本より緯度が高いパリの場合、南中高度は、
冬至: 17.8°(ラジアンでは0.31)
春分・秋分: 41.2°(ラジアンでは0.72)
夏至: 64.6°(ラジアンでは1.13)
なので、東京の場合よりこのグラフの左側にシフトするよ。
そうなると、季節変化はより大きくなるわえで、冬から春にかけてはかなりの差があるのだ。
また、春から夏にかけてもけこう落差があることがわかるよ。
ちなみに、南中高度はだいぶ異なるけど、東京都パリで夏至の光路の長さはほとんど変わらないんだよね。
逆に当時は差が大きいけど。
つまり、夏の日差しは高緯度地域でもそこまで弱くならず、冬は高緯度地域は日差しが弱いということなのだ。
またm¥、緯度が低い地域の方が当時と夏至の高度差が小さくなるので、つまり、日差しの強さの季節変化も小さくなるのだ。
つまり、熱帯に近づけば四季の変化は小さくなっていくというのとも整合しているよね。
2026/04/04
糸引く水
ネットで「納豆水」という不思議な言葉を見たのだ。
何かと思えば、納豆の張っていたパックに水をしばらく張って、水の中に納豆菌を溶かし込んだものらしい。
それがいろいろと役に立つというのだ!
うちも割とよく納豆を食べるから、これは聞き捨てならないぞ、と少し調べてみたよ。
納豆菌は枯草菌の一種で、まさに枯草に普通に付着している細菌。
でも、この枯草菌の仲間は非常に強い菌で、「芽胞」という状態になると、高熱にも耐えるのだ。
実際、納豆の製法では、稲わらをゆでてそこに蒸した大豆を詰める和kだけど、このゆでる過程で納豆菌以外の細菌はほとんど死滅するので、納豆菌による発酵が進む、ということなのだ。
繁殖力も強く、日本酒や醤油・味噌を扱っている職人さんは納豆を食べないんだよね。
麹や酵母がすべて納豆菌に駆逐されてしまうから・・・。
ボクも学生時代に細胞培養をしていたことがあったけど、細胞を触るときは納豆は食べないように、と言われたものだよ。
そんな納豆菌の強さを活かすのが「納豆水」。
一つの使い方は、家庭菜園や植木などに使うんだって。
そう、そのまま納豆水を土にかける・・・。
乞うsることで、土壌中で納豆菌が有機物を分解し、植物に必要な栄養素を作り出すとともに、持ち前の強い繁殖力で他の菌の繁殖を抑えるので、病害にも強くなるのだとか。
納豆を食べた日に納豆パックに張っておいた水をかけるだけなららくちんだ。
ちょっとにおいはありそうだけど。
そもそも枯草菌の仲間は農業では有用微生物とされていて、有機物を分解して土をふかふかにし、栄養素も作り出して根を張りやすくさせ、さらに、病害も防ぐのだ。
市販もされていて、濃い現役を薄めて巻くんだそうだよ。
納豆パックにためた水はまさにそのような薄めた状態の菌液になっているわけだ。
「枯草菌」という名前から受けるイメージだと、「草を枯らすのでは」とも思えるだけど、上述のように枯草から見つかる菌ということなんだよね。
最初は干し草を水にさらし、その水の中で発見されたらしいよ。
もうひとつの役に立ちそうな使い方が、排水口の洗浄。
排水口のぬめりやにおいの原因は、一部残ったゴミやカスに雑菌が繁殖するからなんだけど、そこにより強い納豆菌を持ってくることで駆逐してしまう、ということらしい。
ただし、水が常に流れている状態だと納豆菌も流されて行ってしまうので、寝る前など、しばらく水を流さないタイミングで納豆水を使うのがよいのだとか。
さらに言えば、直前に一度熱湯を流したうえで納豆水を流せば、熱で殺菌したうえでそこに納豆菌が生えるのでより効果が上がるはず。
我が家は金属イオンの殺菌効果を狙って、使用済みのアルミホイルを丸めて排水口に入れているのだ。
効果がどれだけ出ているかは正直わからないのだけど、少なくともにおいがしてきたことはない。
納豆水はこれを越えることができるのか。
次に納豆を食べた機械でぜひ試してみたいなぁ。
そのためには、納豆パックに水を張って夜まで待つ必要があるのか・・・。
それもなんだかな。
でもでも、こういうのは意外と生物学的対処法の方がよかったりするんだよね。
これから気温が上がると菌の繁殖力もあがるし。
やっぱり納豆パワーの実力を見てみたい気もする。
それにしても、安価で栄養豊富でおいしくて、さらに、食べた後のパックまでさらに使えるなんて、納豆はすごいやつだ。
2026/03/28
ワンポイント・リリーフ的な
年明けに解散総選挙があった関係で、やっぱり予算が年度内成立厳しそうなのだ。
当初は「なんとか年度内成立」という感じだった高市政権も、現実問題として暫定予算になるようなのだ。
今回の場合は、参院で4月11日にまでに予算案が採決されなければ衆院を通過した予算が自然成立するので、4月11日までのどうしても必要な予算を積み込んだもの。
これを3月30日に成立させないと「予算空白」が生まれるんだよね。
日本ではほぼ想定されないものなので、普通は暫定予算がとおるのだけど。
暫定予算は、財政法第30条の規定に基づくもの。
第三十条 内閣は、必要に応じて、一会計年度のうちの一定期間に係る暫定予算を作成し、これを国会に提出することができる。
2 暫定予算は、当該年度の予算が成立したときは、失効するものとし、暫定予算に基く支出又はこれに基く債務の負担があるときは、これを当該年度の予算に基いてなしたものとみなす。
暫定予算を組むだけ組んでおいて、その終期までの間に本予算が成立すればそのまま暫定予算は失効し、本予算に移行するようになっているのだ。
今回の場合も、4月11日までの間に本予算が成立すれば、そこで暫定予算は終わるし、執行した予算は本予算において失効したものとみなしてくれるんだよね。
ところが、現行の日本の法律の世界では、暫定予算すら成立しなかった場合の「予算空白」は想定されていないんだよね。
今以上に野党による日程闘争が激しかった昭和の時代は暫定予算になるのはざらだったみたいだけど、それすら通さないということはしなかったのだ。
4月1日にさかのぼって執行できることにさえすればキャッシュフロー上の問題はなさそうだけど、どうなんだろう?
ちなみに、戦前の場合は、大日本帝国憲法第71条「帝国議会ニ於テ予算ヲ議定セス又ハ予算成立ニ至ラサルトキハ政府ハ前年度ノ予算ヲ施行スヘシ」という規定があったので、暫定予算が成立しなかった場合でも、そのまま前年度予算に基づいて執行できたんだよね。
これがあった方がよいような気もするけど、下手にこの規定があると野党が本予算成立を遅らせに遅らせようとしないとも限らないからけっこう混乱するかもとも思う。
なお、暫定予算の場合は通例「新規事業」は盛り込まず、年度の変わり目でもシームレスに継続的に支出しないとまずいような予算(人件費など)を計上するのが基本だよ。
この日本のシステムと少し趣が異なるのが米国。
ま、もともと予算制度が大きく違うから当たり前なんだけど。
まず、大前提として、大統領は予算教書という形で議会に対して政府として考える予算案を示すのだけど、これはあくまでも参考扱いで、実際の予算案は議会で作られるのだ。
日本は内閣が提出する予算案を審議し、そのまま認めるか、修正を入れるかなどをするわけだけど、米国は上下両院で予算案を作り、議会で可決したのち、大統領がその内容を認めて署名した場合に成立するのだ。
米国では予算案も法案も区別なく同じ議案なので同じプロセスになるよ。
米国の場合、そもそも上下両院で与野党がねじれている場合、ここの調整も時間がかかるんだよね。
まずは下院で予算案を作って、それを上院が修正していく、という流れなんだけど、「隔たり」が大きく、お互いに歩み寄らないと、そもそも議会での審議でとん挫するのだ・・・。
なんとか両院で可決しても、今度は大統領がそれに署名しないとダメなわけで、もうひとつハードルがあるんだよね。
なので、今でもけっこう頻繁に予算が成立しないという事態が生じるのだ。
そんなとき、通常は議会で「つなぎ予算」が組まれるんだけど、新しいことを盛り込もうとすると当然のことながらどれを入れる入れないでもめるので、原則としては前年度予算を踏襲して新しい事業には支出しない、という内容になるのだ(緊急事態対応などは除く。)。
このため、その議案は「Continuation Resolution」と呼ばれていて、まさに正式な予算ができるまで、なんとか「つなぐ」ためのもの、ということだよね。
でもでも、米国はさらにまずい点があるのだ。
それは、この「つなぎ予算」すら成立しない、或いは、成立してもその資金が尽きるまでに本予算が成立しないことがあるという点。
「つなぎ予算」はおかわりもできるけど、それができないときに生じるのが「政府閉鎖」。
米国では、別の法律で緊急時対応を除いて予算不測の時は業務を停止しなければならない、とされているので、次から次へと中央省庁が業務を停止していくのだ。
あくまでも連邦政府の話で州政府は動いているけど、それでもかなりのインパクト。
トランプ大統領について言えば、1期目の時も閉鎖に追いやられているし、2期目も昨年は一時閉鎖していたのだ・・・。
日本も法律の建付け上は暫定予算すら成立しないと同じようなことを考えないといけないんだよね。
とはいえ、最近は予算の中身とはあまり関係ない質問で時間稼ぎして予算成立を遅らせる野党はけしからん、という風に受け止められるようになってきているから、しばらくはそういうことは心配しなくてすみそうだけど。
2026/03/21
へぇ、あんたも「奈花」って言うんだ
やっと春を感じられるようになってきた今日この頃。
この時期だけ出回る野菜が「菜の花」。
花が咲く直前くらいのつぼみと茎、葉を食べるのだ。
少し苦みがあって、それがよいと言われるんだよね。
メインはおひたしや天ぷらかな。
この野菜として出回っている植物はアブラナ。
その名でも日本在来種のもの。
江戸時代までは重要な灯火燃料であり食用油だった菜種油を得るために栽培されていたんだよね。
米や麦のような国三井外としてはかないr大規模に栽培されていた農作物だよ。
もともとは西アジアから北欧にかけて大麦の畑の近くに生えていた雑草で、その実から油が取れるので、ということで世界に広まったらしい。
日本には弥生時代には入ってきていたみたいだよ。
油を搾るためには実を完熟させて種を取らないといけないのだけど、花が咲くくらい前の、まだ茎や葉が柔らかいうちに摘んでしまうのが野菜として食べている菜の花。
もともとカブ(小松菜や野沢菜などを含む)やダイコンもアブラナ科で菜っ葉ではあるのだ。
アブラナについては、少しの苦み、そして、マスタード系の辛みがあるんだよね。
現在野菜として流通している菜の花はもともと辛みがなく、苦みが抑えられたもの。
むかしはもう少しとんがったもの(苦い、辛い)ものを食べていたかもね。
ちなみに、特に辛みが強いのはからし菜。
この実は和辛子の原料になるのだ。
乾燥した種を粉状に粉砕したのが粉辛子で、これを水や湯で練って作るんだよね。
練りたては目に染みるほど強い方向だけど、ぴりっとしたさわやかさがあるんだよね。
ちなみに西洋のマスタードの原料になるのは近縁種のシロガラシというものだよ。
からし菜は非常に丈夫な植物のようで、川端とかで自生している「菜の花」の多くはからし菜みたい。
中央アジアあたりで辛みの強い原種とアブラナが交雑してできたのがからし菜のようで、こういう交雑種は繁殖力がなくなるか、非常に強くなるかのどちらかなんだよね。
これは後者というわけ。
セイヨウカラシナという呼び名もあるけど、これは日本で伝統的に栽培されてきたからし菜とは別に、明治期以降により脂が多く取れるセイヨウアブラナを持ってくる際に一緒にもってきてしまったからし菜の原種が改めて日本で交雑種を作って帰化植物となったものらしいよ。
ゲノム的には大きな差がないので、生物種としては日本古来のからし菜と明治期以降に帰化植物となったセイヨウカラシナは区別しないようになっているみたい。
話はアブラナにもどるけど、現在菜種油の原料に用いられているのはセイヨウアブラナ。
これはよく見かける菜の花なのだ(花が咲いているときにちょっと目に染みる感じのにおいが出ているのはからし菜の場合が多いよ)。
油はたくさんとれるのだけど、茎がちょっと固いみたいで、野菜として食べるのには不向きみたい。
なので、セイヨウアブラナは油の原料、古来のアブラナは野菜というようなすみわけみたい。
でも、ここにも例外的に当てはまらないやつがいるのだ。
それが「のらぼう菜」。
埼玉なんかで栽培されている菜の花の一種なんだけど、もともとは江戸時代にジャカルタ経由で入ってきたセイヨウアブラナの「闍婆菜(じゃばな)」が徐々に改良されて野菜になったものなんだって。
もともとアブラナは荒れた土地でも育つけど、これは耐寒性も高く、江戸時代の冷害による飢饉のときにも栽培できたので商品作物としてひろまったのだとか。
アブラナの仲間はビタミン類も取れるから、「江戸煩い」こと脚気(=ビタミンB欠乏症)にもちょうどよいんだよね。
なので、のらぼう菜は江戸伝統野菜にもなっているよ。
正式にはセイヨウアブラナは明治期以降に入ってきたことになっているし、茎や葉は固いとされているけど、こういう例外もいるのだ。
というわけで、桜はこれからどんどん咲いていくけど、同時に見て、食べて、菜の花も楽しみたいものなのだ。
最近は1年中手に入る野菜が多いけど、そんな中でも菜の花はほぼほぼ季節限定でプレミア感あるしね。
でも、あんまり食べ方にバリエーションがないんだよなぁ。
おひたし以外にもいろいろと試してみるか。
2026/03/14
海の要衝
イランと米国のいざこざで大変なことになっているのだ。
もともと危惧されていたことだけど、シーレーンの要衝、ホルムズ海峡が封鎖され中東の石油の輸出ルートの大動脈がたたれた!
さっそく国内でもガソリン価格が上がっているけど、石油関連製品は無数にあるし、物流にも影響が大だから、生活全般に影響が出そうだよね。
まさに、令和のオイルショックになりそう・・・。
航空機が発達して久しいとはいえ、地上には国境線もあれば山や谷もあるので、大量の物資輸送においては海上輸送が極めて重要なのだ。
陸の道と違って必ずしも同じところを通る必要はないけど、深さや潮の流れ、陸との距離などなどからだいたい通るルートは決まってくるんだよね。
これが「シーレーン」。
で、今回のホルムズ海峡もそうなんだけど、そういうシーレーンの中で、迂回できない、或いは、迂回できるにしてもものすごく遠回りになるところが「チョークポイント」と呼ばれるのだ。
で、世界的なシーレーンのチョークポイントは4つあって、①スエズ運河、②パナマ運河、③マラッカ海峡、及び、④ホルムズ海峡だよ。
①と②は本来陸続きだったところを船でショートカットできるように作られた運河だよね。
二次元的な地図で考えると一番細くなっているところを開削して海と海をつなげばいいけだけど・・・。
実際にはくびれていると言っても相当な距離があるし、つなぐ海の間に高低差があるので、そううまくはいかないのだ。
特に問題なのがパナマ運河。
最高地点が海抜26mのガトゥン湖なので、そのまま船は通行できず、閘門で仕切って船の水位を上下させて移動する必要があるのだ。
なので、移動にはけっこう時間がかかるよ。
さすがに南米大陸をぐるっと回りこむよりは早いわけだけど。
③と④は原油の輸送上重要なので「オイルロード」とも言われるのだ。
マラッカ海峡はインド洋と太平洋を結ぶ海路の要衝で、昔から重要な航路だったんだよね。
で、海賊も出るのだ。
昔の話ではなく、今も。
そのために周辺国で海賊対策をしていて、日本も海上保安庁が積極的に連携・協力しているのだ。
太平洋戦争の時はシーレーンが封鎖されてげにゅが手に入りづらくなったこともあり、帝国軍はまずはここを狙ったくらい。
なんとかマレー周辺を抑えて原油を確保、それで継戦するという作戦だったんだよね。
日中戦争から始まったはずなのに最前線が東南アジアに移っていくのはそういうわけなのだ。
で、今回のホルムズ海峡。
ペルシア湾とオマーン湾をつなぐところで、アラビア半島の右上に位置するUAEやオマーンがあるところが飛び出るような形になっているので海がくびれているのだ。
でも、深さが十分にあって並穏やかでタンカーも通れるというすばらしい海路。
アラビア半島で産出した原油を海路で運ぼうとすると紅海側の西ルートで行くか、ホルムズ海峡をとおる東ルートで行くかの2ルートあるはずだけど・・・。
このうち、西ルートは基本はサウジアラビア沿岸。
ここから運び出すこともできるのだけど、問題は油田の位置なのだ。
主要な産油国として知られるクウェートやカタール、バーレーンがアラビア半島東部にあることからもわかるとおり、油田は主に東側に偏在しているんだよね。
なので、紅海から運び出す場合は地上のパイプラインで西側に運ばないといけないんだけど、ここの容量に限界があるので、ホルムズ海峡の影響はカバーしきれないわけ(>_<)
これがまさに問題の根幹なんだよね。
海峡を封鎖するくらいだからイランを通って陸路でパイプラインを敷設するわけにもいかないし。
すでに機雷まで巻かれているので、戦争が終わっても後始末があるのだ。
かつて海上自衛隊の掃海艇がペルシア湾に派遣されたけど、そういう国際協力も今後求められるはずなんだよね。
どうもイランは死に物狂い、というか、死なばもろともというか、自国経済が壊滅してもホルムズ海峡を封鎖して世界の経済を止める、と息巻いているようだから、どうなることやら。
ちなみに、米国は国内でも石油が出るし、この前ベネズエラの石油も抑えたからわりと余裕あるんだよね・・・。
欧州も十分あ良とは言えないけど北海油田のような海底油田があるし。
きついのは東寄りのアジア諸国なんだよなぁ。
2026/03/07
冬の小川は水がない
今年の秋冬はとにかく降水が少ない。
東京も今年になってまともに雨が降ったのは2回。
北関東の水源地の貯水率も心配なレベルなのだ。
で、そんな中、多摩川水系の野川や浅川では川の水がなくなった!
川ってどこかに水源があってそこから流れてくるものだから、水源ごとかれてしまったのか?
実はそんなことはなくて。
水量が減ったので、いわゆる川底の下を流れる伏流水になっているらしい。
野川の場合は、国分寺崖線という段差のある断層に沿って流れているんだけど、わりと湧水が豊富で、その水を集めて流れているのだ。
ここはもともと古多摩川が流れていた跡で、地形が川に削られて段差のある河岸段丘というものになっているんだ。
で、その川筋跡は細かい石の層(礫層)になっていて、そこにまた水が集まって小さな川になったというもの。
そういうわけで、そこまで川の水の流量はなくて、さらに川底を侵食していくほどでもないんだよね。
そのため、もともとがけ下にあった礫層の上を流れるだけで、その小石を下流に押し流し、そののちにされに川底を削ってく、みたいなことはおこらなかったわけ。
つまり、流れている水の量は十分にあれば礫層の上に川が見えるけど、流量が減ると礫層の中を通るようになってしまって表面上は川の流れが消えるのだ。
ちょうど「水無川」になってしまうわけ。
でも、流量が戻ればまた普通に表面にも川の流れが出てくるよ。
アフリカには乾季には筋だけが残っていて、雨季にだけ流れる川というのもあるけど(「ワジ」と言うのだ。)、あっちは本当に川の流れが途絶えているんだよね・・・。
そういうのをどうしてもイメージしちゃうけど、さすがにそこまでは乾燥しているわけでない。
もともとの野川はもっと神奈川よりを流れていたんだけど、今の世田谷区・大田区に農業用水を供給するための六郷陽水(次太夫堀)が開削される際、もっと東寄りの流路に付け替えられたのだ。
これが江戸時代になる直前くらいの話。
戦後になって、六郷陽水の大部分が埋め立てられるようになると、少し西寄りに流路が変えられ、狛江と調布の間を通るようになるのだ。
このころは、下水設備も不十分で、生活排水が直接この野川に流されたので、どぶ川のようになってしまうんだよね。
悪臭が立ち込め、生態系も大きく損なわれるんだけど、平成に入るころにやっと下水道も十分に整備され、生活排水が流れ込まなくなると、徐々にきれいにもどっていったのだ。
ただし、生活排水がなくなった分流量が減って、今のように乾燥が続くと川が消えるようになってしまったようなのだ。
一方で、そのちょろちょろと流れるくらいの流れは川の生態系にとってはよいみたいで、湿原のような感じで葦が生え、魚や亀などの水生生物や昆虫が増え、それを目当てに鳥もやってくる、みたいになっているよ。
確かに野川の上流の方ってそういうイメージがあるよね。
そんなちょろちょろした流れだからといってあなどれないのがまた問題。
上に書いたように、もともと流量が少なくて浅い川なのだ。
「浅川」なんてそのままの名前だし。
これが何を意味するかというと、ちょっとした大雨で一気に流量が増えると、川があふれる、ということ。
実際、直近では2005年(平成17年)のときの集中豪雨で氾濫したらしく、世田谷区で床下浸水とかあったようなのだ。
神田川のようにもともと流量がそこそこある川で氾濫の危険性が高い川だと地下に巨大な調節池が整備されて氾濫しないようにするのだけど、乾燥が続くと川の流れが消えてしまうようん野川だとそういうわけにもいかないんだよね。
ないとは言わないけど、めったに起こらないから「それなりの備えで」としかならないのだ。
で、ボクが一番気になっているのは、亀や昆虫はいいとして、魚はどこに行っているのか、ということ。
野川は20km以上ある河川なので、もう少し水の豊富な川に逃げるにしても逃げ切れないと思うのだ。
かといって、ある程度の大きさのある魚であれば水と一緒に礫層に中に、というわけにもいかないだろうし。
徐々に川の水がなくなっていく中で、上流又は下流に追いやられるのだろうか?
で、水の流れが戻ったらまたもどってくるのだろうか?
近所に住んでいたらぜひ観察したいものなのだ。
2026/02/28
お値段据え置き
職場の生き返る道すがらにガソリンスタンドがあるのだ。
で、いやでもガソリン価格が目に入るのだけど・・・。
ん、なんかおかしいぞ?
ガソリン税の暫定税率が昨年いっぱいで廃止されたはずなのに、価格が変わっていない。
ガソリンって安くなるんじゃなかったのか。
そんな疑問を持ったので、ちょっと調べてみたよ。
答えは簡単だった。
ガソリン価格の高騰を受けて出していた政府の補助金がなくなったので、暫定税率分の値下げと相殺されているらしい。
暫定税率廃止直前は特に、暫定税率見合いの分だけ補助金で下支えしてガソリン価格を抑え込んでいたので、ちょうど差し引きゼロのようなのだ。
確かにガソリン価格は下がっているのだけど、実感はできないというわけだ。
これだけ人気の高市政権の成果でガソリンについて触れられないのもこのためだね。
もともと、ガソリン税が導入されるとき、本当に「暫定的措置」として上乗せされた分が暫定税率ななよね。
時は小昭和49年(1974年)。
高度経済成長期が終わりをつげ、石油ショックの爪痕が残るころ。
ちょうどオリンピックを契機に道路などのインフラ整備を拡大してきたところでこれだったので、道路整備五か年計画に対して財源不足に陥ったのだ。
そこで目を付けたのがこれ。
とりあえず暫定的にガソリン税に暫定税率を上乗せして臨時収入にしよう、という話。
もともとの税率の倍にする形で2倍の税率になっていたのだ。
ところが、「暫定措置」のはずがそれ以降ずっと続いたわけで。
いったん平成19年(2008年)度末で期限切れとなるはずだったので、暫定税率を維持するか、そのまま廃止にするかで大論争になるのだ。
これが「ガソリン国会」。
後に「うふふ、そうでしたっけ?」ととぼけられる、民主党(当時)のガソリン値下げ隊が活動していたのもこの頃。
ところが、けっきょく福田内閣で暫定税率は復活して、ずっと続くことになるのだ。
とはいえ、ガソリン価格は生活に密着しているのでこのままではすませない、というわけで、平成21年(2010年)に二度と期限切れにならないように暫定税率の期限をなくす租税特別措置法の改正案が出た際に設けられたのが有名な「トリガー条項」。
一定の条件ガソリンの3か月の平均小売価格が1リットル当たり160円を超えるに至った場合が整った場合には暫定税率を廃止する、というもののはずなんだえど・・・。
おりしも導入直後に東日本大震災が発生。
その復興予算(主に道路整備関係)に使う必要がある、とトリガー条項の適用が見送られることになったのだ。
このとき、「別に法律の定める日までトリガー条項は凍結」という形にしてしまったので、条件が整えば自動的にというのが魅力的だったのに、けっきょく法律を通さなと廃止できなくなってしまったんだよね。
いやな原点回帰。
それでやっと今回暫定税率が廃止されたのだ。
最初のガソリン国会から20年くらいかかっているわけだ。
確かに出来事としては大きいのだけど、額面上のありがたみが薄いのが残念だね。
円安傾向がおさまって、かつ、原油価格も下がってくればガソリンは確実に安くなった、と感じられるはずなんだけど、ぐんぐん価格が上昇傾向にある中では、上昇度合いを抑制している、という形にしかんらないんだよなぁ。
これはけっこう残念なことだ。
2026/02/21
これはそういうことで
第二次高市政権が始まったのだ。
全閣僚留任だけど。
で、真っ先に取り組みたいと首相が言っているのが、「働き方改革」の見直し。
サビ残の強要とか劣悪な働き方はこの世から駆逐しないといけないのだけど、厳しすぎる残業規制で人繰りが間に合わず、みたいな話が出てきているんだよね。
代表的なのが物流業界。
しかも、ここ最近は物価上昇などもあって副業する人も多く、働きたい氷魚には健康を害さない程度にもう少し残業させてあげてもよいのでは、みたいな声もあるのだ。
何事も行き過ぎはよくないから、労働者人口が減っていく将来に向けてよい妥結点が見いだせるとよいのだけど。
で、この話の中で話題になっているのは、「裁量労働制」という働き方。
本来、労働基準法では労働時間を定めていて、出退勤や休憩などをきちんと時間管理することを求めるとともに、残業についても上限を設けているのだ。
だけど、必ずしもそういう働き方にそぐわない職種もある、ということで導入されているのが「みなし労働時間制」というもの。
労働基準法の第38条の2から第38条の4にかけて規定されているよ。
労働時間管理の難しい職種についてはあらかじめ定めれれたルールの中で一定の労働時間だけはたららいたものとみなす、というもの。
このうち、第38条の3が「裁量労働制」なのだ。
第三十八条の三 使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、次に掲げる事項を定めた場合において、労働者を第一号に掲げる業務に就かせたときは、当該労働者は、厚生労働省令で定めるところにより、第二号に掲げる時間労働したものとみなす。
一 業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なものとして厚生労働省令で定める業務のうち、労働者に就かせることとする業務(以下この条において「対象業務」という。)
二 対象業務に従事する労働者の労働時間として算定される時間
三 対象業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し、当該対象業務に従事する労働者に対し使用者が具体的な指示をしないこと。
四 対象業務に従事する労働者の労働時間の状況に応じた当該労働者の健康及び福祉を確保するための措置を当該協定で定めるところにより使用者が講ずること。
五 対象業務に従事する労働者からの苦情の処理に関する措置を当該協定で定めるところにより使用者が講ずること。
六 前各号に掲げるもののほか、厚生労働省令で定める事項
2 前条第三項の規定は、前項の協定について準用する。
これが条文で、具体的な職種は厚生労働省令(労働基準法施行規則)で定めることとされていて、それがこれ。
第二十四条の二の二 法第三十八条の三第一項の規定は、法第四章の労働時間に関する規定の適用に係る労働時間の算定について適用する。
2 法第三十八条の三第一項第一号の厚生労働省令で定める業務は、次のとおりとする。
一 新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務
二 情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であつてプログラムの設計の基本となるものをいう。)の分析又は設計の業務
三 新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法(昭和二十五年法律第百三十二号)第二条第二十八号に規定する放送番組(以下「放送番組」という。)の制作のための取材若しくは編集の業務
四 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務
五 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務
六 前各号のほか、厚生労働大臣の指定する業務
3・4 (略)
これでわかるとおり、さらに厚生労働大臣が指定できることになっているんだけど、それは厚生労働省告示で決まっているのだ。
全体像については、厚生労働省の説明資料がわかりやすいよ。
ここの1~5までは省令で具体的に規定されているもの。
6~20がそれとは別に大臣が指定しているものなのだ。
これだけ見ると、確かに働いた時間だけで管理してもあんまり意味がない業務内容かな、というものだよね。
とはいえ、これって使い方によっては危険なものなんだよね。
裁量労働制を採用する場合は、業務として「いつまでにどこまでやってほしい」という業務内容を労使間で合意する必要があるのだけど、これが偉く高い達成目標になっていると、いくら残業しても足りない、でも、みなし労働時間は一定だから給与は増えない、という状況に陥ってしまうのだ。
なので、「普通」に働いているだけではなかなか達成できないような業務を押し付けるような形で決めてしまうと、残業代なしで働かせ放題にサブスクになってしまう・・・。
これが問題視されていて、だからこそ、この「裁量労働制」を入れてよい業種は限定しているんだよね。
ここが今回の見直しで拡大されるといやだなぁ、と言っている人が多いわけ。
一方で、経団連が提唱しているように、日本でも欧米式のジョブ型雇用(職階・業務内容によって給与を決定、自動的に昇進はしない)を導入する動きもあるよね。
これはいわゆる「成果主義」に非常に相性がよいので、「裁量労働制」と組み合わせやすいのだ。
現在でもIT土方と呼ばれる孫請け、非孫請けの会社のプログラマやシステムエンジニアなんかは「裁量労働制」の対象職種なんだけど、到底守れないような締め切り、過剰ともいえるような仕様要求で「みなし労働時間」の地獄にいると言われているのだ。
それがさらに拡大というのは政権がやりたいこととは逆行しているはずだよね。
そういう悪用されるリスクを極力なくしてうまく制度設計できればよいのだけどね。
ちなみに、うちの職場ではむかし「当直制度」があったらしいけど、一般職員にやってもらうと残業ダイヤラ手当やらが必要になってしまうので、残業代を払わなくてよい管理職だけで回していたそうな。
これって労働基準法違反なのか?
2026/02/14
カレーライスは外で食べた方が安いか?
最近のニュースで、「カレーライス物価指数」が過去最高になったというのがあったのだ。
って、「カレーライス物価指数」って何?
調べてみると、家庭でカレーライス1皿分を作るのに必要なコストを物価の指標にしたものだとか。
より詳細に見ていくと、具材は、ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモ、牛肉(輸入)、米(コシヒカリ)、市販カレールー、食用油で、6食分(通常の市販カレールーの1パック分)を調理したときの食材費、光熱水費をコストとして積み上げて1食あたりで割った数字らしい。
問題のニュースは、2025年分の平均が349円にまで到達して、過去最高を更新(帝国データバンク調べ)、ということ。
1食350円だと学食や社員食堂のカレーライス並みということか。
上述のとおり、この数字には作るまでのコストしか入っていないので、食べ終わった後の皿洗いの水道代等は含まれていないことを考えると、400円くらいまでの値段なら外で食べた方が安いということにもなりかねないね。
っていうか、最近はちょっと高級なレトルトカレーとかあって300円とか400円とかするけど、実は自分で作るのとそこまで変わらなくなっているのか。
カレーはこだわるほど高くつくから、1食、2食なら買ってきたものを食べる方が効率的なのかも。
コスパやタイパなど、何かと「パ」を気にする若い世代にはカレーを自分で作るという選択肢はなくなりつつあるかもね。
外食というか、総菜や弁当などを買ってきて家で食べる「中食」は最近の文化のようにも見えるけど、実は都市部ではけっこう古い時代からそうだったんだよね。
例えば、当時世界最大の都市のひとつであった江戸の場合、初期実は狭い長屋住まいが多く、煮炊きできるスペースが限られているので、一膳めし屋のような店で外食するか、寿司やそばなどの屋台で買い食いするか、ごはんだけ家で炊いて売りに来る煮豆や納豆、つくだ煮などを買うかなどが多かったのだ。
武士の場合も、参勤交代で単身赴任で江戸詰めになっている人も多いし、何より江戸は男余りで独身者も多かったから、外食、中食がメインだったのだ。
さすがに農村部はそういう商売が成り立たないので家で作っていたわけだけど、今よりもっと大家族で三世帯同居で農作業と家事を分担しながら、みたいな生活だったんだよね。
それが、明治維新以降近代化されて行って、都市化されていった地域では核家族化も進み、その分担がうまく回らなくなるんだよね。
当時は家電も充実していなくて家事に手がかかることもあって、ごはんは家で炊くけどおかずの総菜は買ってくる、みたいなのはけっこうスタンダードなもの。
肉屋のコロッケやメンチカツ、から揚げだけでなく、煮物や漬物を買ってくるのも珍しくはないのだ。
なぜかその後、スーパーで買ってきた総菜や冷凍食品ばかり、みたいにおかずを買ってくることを見下す文化ができるのだけど、これは家電が発達して掃除やら洗濯に時間がかからなくなって料理に手がわかせるようになったからだろうか?
とはいえ、すでに日本はほぼ共働きがデフォルトになりつつあるし、「原点回帰」で「買ってくる」文化にもどってきているよね。
温めるだけでおかずがそろう冷凍品みたいなものもあるし。
実際、物価や光熱水費が上がっているので、少量しかつくらない場合、家で調理するのは非効率ではあるのだ。
総菜を食べる分だけ買ってくる方が安上がりだったりするし。
何より、冷凍食品なんかは、天候等の理由で野菜などの値段が変動する中、安い時期に勝手大量に製造して保存してあるので、価格の安定性が高いんだよね。
物価上昇に合わせて値上がりはするけど、雨が少なくて野菜が高くなっても冷凍食品の値段は変わらないのだ。
普段は少し割高でも、今のようにジャガイモや玉ねぎの価格が上がっていると、冷凍食品の方が安上がりになることもあるんだよね。
で、最初に戻って、カレーライス物価指数は、国民食ともいえる家庭料理の定番のカレーライスに着目し、日常生活と密着した物価の指標として考案されたものだけど、考え直さないとダメかもしれないよね。
ここまで見てきたように、そもそも家で作っても買ってきてもさほど値段が変わらないなら、「カレーを家で作る」ということには何か付加価値が発生している可能性が高いのだ。
大量に作りたい場合もそうだし、こだわりがあって自分の味を極めたい場合もそうだし。
そうなると、市販ルー6皿分を使って作るステレオタイプのカレーライスというのは家庭料理にはならなくなてくるかもしれないのだ。
だとすると、この物価指標もそのうち見直されてしまうのかも。
だけど、外で食べるカレーもおいしいけど、家庭のカレもおいしいんだよなぁ。
2026/02/07
貴重な土
海洋研究開発機構(JAMSTEC)が内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)で南鳥島海域の海底のレアアースを含む泥の引き揚げに成功したことが大きく報道されているのだ。
なぜか松本文科相は報道発表はこれからなんですが、と先にXに投稿しているんだよね・・・。
これって本当は勇み足?
喜ばしい成果だけど、世界の供給量の大部分を担う中国が輸出規制をかけていることもあり、特に注目度が高まっているんだよね。
でも、こういうのをあまり報道すると妨害されるんじゃないか、という慎重な意見も出ていて、実際に近傍の公海上に中国籍の船がいた、なんて話も報道されていたような。
レアアースというのは、希土類元素のことで(これかなり直訳だよね)、第3族第4周期のスカンジウム(Sc)、同じく第3族の第5周期のイットリウム(Y)、及び、その下の第6周期のランタノイドの17元素のこと。
ランタノイドは、ランタン(La)、セリウム(Ce)、プラセオジム(Pr)、ネオジム(Nd)、プロメチウム(Pm)、サマリウム(Sm)、ユウロピウム(Eu)、ガドリウム(Gd)、テルビウム(Tb)、ジスプロシウム(Dy)、ホルミウム(Ho)、エルビウム(Er)、ツリウム(Tm)、イッテルビウム(Yb)、ルテチウム(Lu)の15の元素。
長周期表で別表のように下にはみ出ているやつね。
さらにその下のアクチノイドは含まれないのだ。
スカンジウムはちょっと性質が異なるみたいだけど、これらの元素はみな似たような性質を示すためにそれぞれ混ざった状態で採掘されるんだけど、非常に分離が難しいらしいのだ。
量的にはかなりの量があるようなんだけど、単元素で取り出すのが難しいので「レア(=希)」なのだ。
で、このレアアースが鉱物資源として重要なのは、蓄電池や発光ダイオード、強磁石などのエレクトロニクス製品に不可欠な材料になっていること。
なので、特定の国に依存度が高いことが前から問題視されていたし、以前にも中国は輸出量を絞ったことがあって、その時も混乱したんだよね。
そういう性質から、「産業のビタミン」とも呼ばれるのだ。
で、経済安全保障の観点から、供給源の多角化に向け、日米欧なんかで話をしているというわけ。
でも、実は昔は日本や米国でも精錬していたんだよね。
なぜそれが中国一強になったのかというと、精錬の過程で放射性廃棄物が大量に出るから。
レアアースは互いに制つが似ていて混ざって功績になっていると書いたけど、マグマが冷え蒲田待って鉱石ができていく過程で、ここにトリウムやウランのような放射性元素も混ざってくるようなのだ。
現在知られている陸上鉱山の場合はほぼ確実にこれで、精錬するとこういう放射性元素が廃棄物の中に入っているわけ。
で、先進国は安い労働力と環境面への影響をものともしなかった中国に精錬を任せるようになっていったわけなのだ。
それを見直さなくちゃいけないわけ。
では、その依存度を下げるにはどうするか?
日本では3つの方法で取り組んできているのだ。
ひとつは資源の再利用。
「都市鉱山」と言われているけど、廃棄された電子部品からレアアースを改修し、再度資源として活用する、というストレートなもの。
でも、これが難しくって、天然鉱石から精錬するのも大変なくらいで、こっちもかなり高コストになるみたい。
電子部品については金なんかの貴金属も使われているんだけど、これも回収にコストがかかるので再利用はあまりされていないわけで・・・。
背に腹は代えられない、くらいまでいかないと採算面で難しいとされてきたのだ。
基本技術はあるみたいなので、低コスト化を目指すんだろうけど。
二つ目は、そもそもレアアースを使わずに施産ませられないか、という考え方。
レアアーズは「不純物」としてごく少量混ざることで材料の性質を変えているので、それを原子レベルの欠陥制御でなんとかできないか、というもの。
これもかなりのところまでできるみたいなんだけど、ナノテクを駆使して制御するわけで、製造技術として使うにはまだまだ進歩が必要なのだ。
で、最後はもっとも単純な、新たな「鉱山」の開発。
以前に中国がレアアースの輸出量を制限したときは、日本の商社がモンゴルの鉱山の権利を取り付けてきたりもしたんだけど・・・。
精錬のところで中国に大きく依存しているので、あまりうまくいってはいないのだ。
なので、今は米豪が共同で精錬場をせいびしようとしていたりするんだよね。
陸上鉱山の問題が顕在化してきたところで、どうも南鳥島近海の5,000~6,000の深さの海底の泥にはレアアースが多く含まれているらしい、ということがわかり、それを掘りに行くことにしたのが冒頭に出てきた内閣府のプロジェクト。
よくよく調べてみると、陸上さんの功績とは組成も異なっていて、放射性元素をほとんど含まないものなので、廃棄物の心配はなさそうなのだ。
独自の精錬プロセスも検討しているようなので、本土から2,000km弱はなれた深海底かあ泥を引き上げ、その中にb量に含まれるレアアースを精錬する、という一連の行程のコストをどこまで効率化できるのかがカギになるよ。
すでに経済安全保障担当で、本件プロジェクトの担当でもある小野田大臣は、経済効率性からの産業としての成立性だけでなく、安全h症という観点も含めて考えるべき、との見解を示していて、許容範囲の「割高」であればレアアースの供給源として考え得る、ということになっているよ。
いずれにせよ、世界初の成果というのはうれしいよね。
2026/01/31
神隠しか、異世界転生か
新潟の十日町で女子中学生がいきなり行方不明になって話題になっているのだ。
直前まで家族と団らんしていたのに、30分後には行方不明だとか・・・。
スマホや財布も残されているというから、計画的な家出でもなさそうとのことで捜索が続いているんだよね。
まさに現代の神隠し事件と言われているよ。
これが江戸時代なら「天狗にさらわれた」だし、昭和なら「人さらいのサーカス団に連れていかれた」、平成なら「北に拉致された」となるわけだけど。
今だと普通に誘拐・監禁事件の線が濃厚なのだろうか?
「神隠し」というのは便利な言葉で、原因不明の行方不明事案をそう言うんだよね。
原因を説明していそうで、実は現象を表している言葉なのだ。
実際問題として、何らかの事故で亡くなった人がいても死体が発見されなければ「神隠し」扱いだし、子供の口減らしでいつの間にか子供の数が減っていても表向きには「神隠し」だったわけで。
遊んでいるうちに山や森に迷い込んで見つからなくなった、とか、乱心してどこかに行ってしまった、というのもあるんだろうけど、そこは追求せずに「よくわからないけどいなくなった」という事実だけを関係者間で共有するためのマジックワードだったわけだね。
さすがに昔の人も本気で天狗にさらわれた、なんて思ってなくて、もしかしたらなくなっているかもしれないけど生きていてほしい、という思いも込みで「神隠し」にしていたんじゃないかと思うんだけど、そうではな例も残ってはいるんだよね。
有名な例が、平田篤胤さんと寅吉少年の関係。
寅吉少年は上野寛永寺で遊んでいたところ天狗にさらわれて異郷で過ごすうちに神通力を身に着けるに至るのだ。
で、こっちの世界に戻ってきて有名になるのだけど、それに目を付けたのが復古神道を大成した国学者の平田篤胤さん。
寅吉を自分の家に住まわせたうえでインタビューし、「仙境異聞」という書をまとめているのだ。
非常にトンデモな本だけど、書いた本人はいたって真面目なんだよな。
現代のオカルト評論家やUFO研究科に通ずるものがあると思う・・・。
なんか江戸時代の人は無知蒙昧で妖怪やら幽霊やらを本気で信じていた、みたいに思われることもあるけど、決してそんなことはなくて、ある程度まゆつばとわかったうえでうまく扱っていたんじゃないかと思うんだよね。
それこそ、当時の日本の識字率は世界でトップ、庶民が数学の難しい問題に遊びで取り組むみたいな文化もあったわけで。
洒落本やらにはキャラクター化された化け物も多く登場するから、雑誌「ムー」を楽しむような感覚で受け入れていたのではないかと思うのだ。
戦後日本の「夜遅くまで外で遊んでいるとサーカス団にさらわれる」みたいな話はまさに「子供だまし」ではあったわけだけど、実際に一部の日本海側地域で人がいきないr行方不明になる事件が起きるんだよね。
後にこれは北による拉致事件と判明し、小泉政権の時の総理の電撃訪朝ではじめて先方も渋々そういうことをしたことを認めたわけ。
55年体制で最大野党だった日本社会党は最後まで拉致事件は都市伝説ととりあわなかったけど、本当のことだったのだ。
で、今回も新潟県ということでその線も疑われてはいるけど、海沿いでもないし、このタイミングで改めて拉致というのもよくわからないんだよね。
それよりは、同じ外国人に関係する事件なら、外国籍の不法滞在者の荒くれにさらわれた、という方が本当っぽいのだ。
とはいえ、単に家出の可能性もあるんだよね。
記憶に新しいのは10年ほど前に北海道の林道で行方不明になった少年の事案。
駄々をこねる子を懲らしめるために林道に置き去りにし、反省したかなとしばらく時間をおいて戻ったらいなかった、という話。
結果的には、5km以上離れた自衛隊の演習場の小屋の中で雨露をしのいでいて、元気な姿で発見されたのだ。
クマなどに襲われたのではないか、がけに落ちたりしたのではないか、と死体捜索も並行して行われていただけに驚きの結果だったんだよね。
少年の幸運がすごいのか、サバイバル能力が高かったのか。
こういう迷子みたいな話は子供だけじゃなくて、おt名の場合もあるんだよね。
大人の場合で「遭難」じゃなくて「行方不明」になるのはまたりゆうがあるのだけど。
映画「ピアノマン」のように記憶をなくして一時行方不明になっていた(と主張している)のは当時物まねタレントだった若人あきら(現・我修院達也)さん。
我が国で民俗学を立ち上げた柳田国男翁も「遠野物語」や「山の人生」で取り上げているけど、山間の村ではちょいちょい大人が山や森に入って帰ってこない、というのはあったみたい。
精神に異常をきたして(=乱心して)出奔するような場合もあれば、いわゆる「山の民」のコミュニティに入り込んでしまって帰ってこなくなった場合もあるみたいだけど。
柳田翁の紹介している民話の事例の中にも、「神隠し」にあった女性が山の中で再発見されたときに、鬼(=山の民?)にかどわかされて一緒に暮らしている、もうもどれないと語った、みたいなのがあるけど、これは完全に新たコミュニティに取り込まれたっていう話だよね。
江戸時代は「山の民」、昭和は「北」というわけで・・・。
さて、今回は中学生なので、ある程度分別はありながら、子供でもあるわけで。
家出かもしれないし、事故かもしれないし、事件かもしれない。
いずれにせよ、元気な姿で見つかることを祈るばかりだね。
2026/01/24
ホームでガード
有楽町線/副都心線の地下鉄赤塚駅で総長に人身事故が発生して大混乱になったのだ。
この路線って、東武東上線、西武池袋線、東急東横線・みなとみらい線、東急新横浜線・相鉄新横浜線、相鉄本線・いずみ野線といろんなところとつながっているから、どこかでトラブルがあると大変なことになるのだ。
かつ、今回のように東武東上線と並行して走っている場所だと、振り替え輸送で東武東上線の混雑が激化したりととにかく影響が多いんだよね。
はた迷惑な話だ・・・。
よく考えると、東京メトロのほぼすべての駅にはホームドアが設置済み。
でも、南北線以外についてはハーフハイトと言われる一定の高さの可動式のホーム柵があるタイプなので、のr越えようと思えば乗り越えられてしまうんだよね。
他に利用客が多ければ騒ぎになるけど、総長で人がいない時間だと気づかれずに乗り越えられてしまったのだと推測できるよ。
南北線で採用されているフルハイトは、天井までしっかり壁になっていて電車の登場口に合わせて開閉する扉があるタイプ。
でも、これって導入コストが高いので、全く新規に液を作った南北線だと導入で来ても、すでに運航している駅に導入するのは厳しいんだよね。
で、東京メトロで採用されているのは、胸くらいの高さ(1.3m)の可動式ホーム柵で、荷物を電車に引っ掛けたり、つまずいて転んだりみたいな事故は防げるのだ。
でも、柵の上から手を出す、乗り出す、今回のように乗り越えるみたいなリスクは残るんだよね。
日本でホームドアが最初に導入されたのは、1970年の大阪万博に合わせて開通したモノレール(万博記念公園を通っている大阪モノレール)。
その後、やはり大阪万博に合わせて開業した東海道新幹線の熱海駅で導入されたのだ。
熱海駅は「こだま」しか止まらなかったので「ひかり」がかなりの速度で通過していくんだけど、駅の立地上対比路線がとれず、ホームの中に入ってきて危ないので、ということで引っ掛けられないように策が導入されたみたい。
その後、神戸ポートピアの会場だったポートアイランドと三宮を結び神戸新交通ポートアイランド線で導入されたんだけど、これは無人運転の新交通システムなので、安全性確保のために導入されたようなのだ。
いわゆる普通の鉄道で導入されたのは東都高速度交通営団地下鉄(当時)の南北線。
こちらは気合を入れてフルハイトにしたわけだけど、以降順次導入されたのはハーフハイトの可動式ホーム柵になるのだ。
ちなみに、関西に出張でいったとき、はじめてロープが上がってくるタイプのホームドアを大阪環状線で見たけど、あれはさらに導入コストが安いそうだよ。
なんでホームドアの導入にそこまで費用が掛かるかというと、どうも列車の乗降口とホームドアの扉の位置合わせが大変みたい。
確かに、少しずれただけで相当乗りにくいよね・・・。
時々あるけどオーバーランもあるので、自動システムにしようとすると、適切な位置に列車が入ってきた場合だけホームドアが開くようにしないといけないのだ。
これを列車と駅側の設備を連携させてやっているらしいんだけど、それはお金がかかるよね・・・。
なので、ちゃんとした位置に列車が止まったときに駅員さんが主導で開く、という駅もあるみたい。
最近では、列車の外側にQRコードがはってあって、それをホームにあるカメラが認識して位置情報を確認する、なんて方法もあるみたいで、これだと列車側の改修が不要なので、導入コストが下がるみたい。
ホームドア未設置はおそらく地方の、あまり乗降客数の多くない駅だろうから、どうやって安く導入するかが重要になるわけだよね。
上にも少し書いたけど、ホームドアを導入したから安心というわけでもなくて、ホームドアの種類によってリスクは残っているのだ。
一番安全に見えるフルハイトも、ホームと列車の間が開いていると、ホームドアと列車の間に挟まれる人が出てくるというリスクがあるんだよね・・・。
意図的に挟まる人はいないだろうけど、満員電車で列車の中に入り切れなかったとか、酔っ払いがはさまっちゃったとか。
ハーフハイトの場合は、乗り越えられる、柵の上に乗り出すというのが当然あるし、乗降式のロープタイプは下をくぐれてしまう、というリスクもあるのだ。
なので、ホームドアを導入したうえで、残ったリスクを踏まえて必要な対処をしないといけないってことなんだよね。
もちろん、リスクフリーはめちゃめちゃ高コストになるので、あふぉーダブルな範囲でリスクとコストを天秤にかけるわけだけど。
今回に限らず、ハーフハイトのホーム柵を乗り越えた事例はいくつかあるようなので、そのうちもう一工夫入ったホームドアが登場するかも、
2026/01/17
クールじゃなかったランニング
ボブスレー日本代表がかわいそうなことになっているのだ。
協会の方でルールがよく把握できていなかったらしく、3週間後に迫ったミラノ・コルティナ冬季五輪に出場資格未達で参加できなくなったのだ。
報道に触れているだけだとすごく不思議なのだけど、出たかったのはボブスレー2人乗りの競技なんだけど、新たな国際ルールでは、ボブスレー4人乗りの大会にもきちんと出場してポイントを稼いでおかないと行けなかったらしく、日本チームはそっちに全く参加していなかったのでオリンピックへの出場資格が得られなかったみたい。
他国の選手から「日本は4人乗りに参加してないけど大丈夫?」と指摘されて慌てて調べたらそれが判明し、協会の方で主催側の国際ボブスレー・スケルトン連盟(IBSF)に救済措置を求めたけど却下されたんだとか。
もともと、北京大会までは2人乗り、4人乗りのそれぞれで予選があって、そこで勝ち抜けばよいというシンプルなシステムだったみたい。
それが、今回のミラノ・コルティナ大会から2人乗りと4人乗りの両方の国際大会に出場してポイントを獲得していくシステムに替わったんだって。
これはおととしのIBSFの議会で決定し、その旨日本の協会にも通知があったようなんだけど、そもそもその議会には日本の協会からは参加しておらず、担当者に任せっきりのぜい弱な体制だったので、その担当者が見逃したら「はいそれまでよ」ということだったみたい。
さらにそもそものその根本原因は、ボブスレーが日本国内ではマイナーな競技だということなんだよね。
映画「クールランニング」で知られるようになったけど、実はボブスレーは冬季五輪第1回のシャモニー・モンブラン大会から採用されている伝統的な競技。
日本でも札幌大会、長野大会の時に北海道と長野県にコースが作られたんだけど・・・。
現時点で国内で正式に競技に使える施設はゼロ。
長野は休止中なのでお金があれば再開できるみたいだけど、北海道の移設はすでに廃止されているって。
なので、国内では国際隊顔も開けず、練習もままならない状態。
同じそり競技のリュージュに比べてもボブスレーのそりはお金がかかるし、ますます選手への負担が大きいので競技人口も増えづらいということなのだ。
最初から協会があてにできなくて、選手自らが全部国際ルールの変更なども含めてフォローするような超マイナーなスポーツならまだなんとかなったかもだけど、日本で2回も冬季五輪をしたからか、きちんと国内協会があるんだよね・・・。
そこには人的にも資金的にも十分な体制ではなかったようだけど。
そういう意味ではポテンヒット的に起きてしまった「事故」のような話なんだけど。
さすがに4年に一度しかないオリンピックに出られないというのは選手からしたら辛すぎるよね。
上記のような国内の状況の中で頑張ってきた人たちなわけだし。
では、なぜそんなルール変更をしたのか?
正確な意図はなんとも言えないけど、AI君によると、特定の種目だけでなく、広く国際大会への参加を促すため、と言われているようだよ。
日本でもマイナーなくらいから、世界的にはそこまで競技人口は多くないような気もするけど、だからこそ、大会により多くの選手に出てもらい、経験値を積み、競技レベルの底上げをしたい、ということのよう。
建前はそうでも、ただでさえ遠征費がかさむのに、両方の国際大会にちゃんと出て成績を残さないといけないなんてハードルが高すぎるような・・・。
こういうスポーツの国際ルールは影響力の強い国々の意向が反映されるから、特定の勢力に有利なようにルール亜変更された可能性はぜろじゃないけどね。
特に、欧州各国であればそこまで遠征費用もかからないわけで、国際大会の梯子もなんとかなるよね・・・。
不幸にもこういう形で脚光を集めてしっまったけど、国内でボブスレーをがんばっている選手に支援が集まるようになればよいけど。
2026/01/10
遠くでぐらーり
先日の鳥取・島根の地震で、改めて「長周期地震動」というのが注目されるようになったのだ。
端的に言えば、字のごとく、周期が長い地震動ということ。
ここでいう地震動の周期というのは、揺れが行って帰ってで最初の状態に戻るまでにかかる時間。
横揺れでも縦揺れでも波である以上は位置がずれっぱなしになるわけではないのだ。
普段「地震だ」って感じている揺れは短周期で数秒以内(震度の基準にしているのは0.2~1秒のゆれ)。
長周期はそれより長いものということだけど、数十秒を越えるもの、分の単位になるものもあるようなのだ。
大きくゆっくり揺れる地震波ということだね。
地震が発生すると様々な周期成分で地震波が発生するんだけど、震源地の近傍で発生後すぐに感じる揺れは短周期のもので、多くの場合減衰も早いのですぐに収まるのだ。
一方、長周期のゆれは短周期のゆれにくらべて感じづらいけど、より遠くまで届き、減衰もしづらい(やわらかい地層の表面波だと増幅されてしまう)という特徴があって、震源地から離れたところで時間差で揺れたりするみたい。
実際、東日本大震災のとき、震源地から比較的離れていた東京都心部のゆれは長周期のゆれで、道路標識や信号がぐわんぐわん揺れたり、高層ビルが共振で揺れて中にいる人が船酔いのような状態になることもあったのだ。
おどろくことに、大阪の構造ビルも揺れてえれべたーが止まっていたりりしたんだって!
短周期のゆれは貞操の建物に大きな影響を及ぼすけど、長周期の場合は構想の建物に影響が出やすく、建築物の固有振動数と重なって共振するとしばらく大きく揺れ続けるのだ。
ちなみに、単純に二次元でぐらぐらするだけではなくて、縦波と横波のミックスなので三次元にねじれのある揺れ方になるらしいよ。
むかしはそこまで構想の建物がなかったのでよかったのだけど、高層建築が増えてきた現代では、この長周期地震波にも対応しないといけない。
でも、ここで問題が!
地震の影響度を測る指標の「震度」は地表面で短周期の地震波の影響を図る指標で、長周期の地震波の揺れの影響にはきれいにマッチしないんだよね。
なので、別の指標が必要だ、ということになって、新たに「長周期地震動階級」というのが作られたのだ。
今回の参院の地震波最大の「階級4」なんだけど、各階級は以下のような感じ。
詳しくは気象庁の解説ページがわかりやすいよ。
【階級1】
(人の体感・行動)室内にいたほとんどの人が揺れを感じる。驚く人もいる。
(室内の状況)ブラインドなど、吊り下げものが大きく揺れる。
【階級2】
(人の体感・行動)室内で大きな揺れを感じ、物に掴まりたいと感じる。物につかまらないと歩くことが難しいなど、行動に支障を感じる。
(室内の状況)キャスター付き什器がわずかに動く。棚にある食器類、書棚の本が落ちることがある。
【階級3】
(人の体感・行動)立っていることが困難になる。
(室内の状況)キャスター付き什器が大きく動く。固定していない家具が移動することがあり、不安定なものは倒れることがある。
(建物への影響)間仕切壁などにひび割れ・亀裂が入ることがある。
【階級4】
(人の体感・行動)立っていることができず、はわないと動くことができない。揺れにほんろうされる。
(室内の状況)キャスター付き什器が大きく動き、転倒するものがある。固定しない家具の大半が移動し、倒れるものもある。
(建物への影響)間仕切壁などにひび割れ・亀裂が多くなる。
ちなみに、2013年に基準を作ってから初めて最大の「階級4」が観測されたのは2016年の熊本地震。
その時は震度6強で、その後も震度が6強や7の時に観測されていたんだけど、今回は震度5強なんだよね。
原理的には、地震の強度が大きい(=マグニチュードが大きい)地震ほど長周期のゆれも強くなるようなので、今回の震度5強で階級4というのは珍しいのかも。
地震波の伝わる地層の硬さや湿度なんかにも影響されるようだから、地理的にたまたま長周期の波が強く出るような感じだったのかもだけど。
2026/01/03
奈良の春日の青芝に
年末に奈良に行ってきたのだ。
今回は桜井や飛鳥の方を回ったのだけど、最終日は春日大社へ。
そう、鹿の本場だ。
たくさん鹿がいるよね。
さすがにここの鹿は神使だから大事にされているわけだけど、ニホンジカは古来から日本人にとって身近で重要な狩猟対象だったんだよね。
まずは皮革。
日本の武具や馬具に使われる皮革のほとんどは鹿革。
鹿革(ディアスキン)は一般的に軽くて引っ張り強度があり、通気性があってなめらか。
手袋にいいといわれているんだけど、まさに武具にはちょうどよい性質なのかも。
ただし、鹿革の最大の欠点として、なめした後の表皮側に当たる「銀面」がはがれやすい、というのがあるのだ。
なので、革小物に用いると表面がぼろぼろになりやすいのだ。
そういう意味では実用品向きなのかもね。
そして、角(枝角)。
プラスチックがなかったむかしは、適度に硬くて加工しやすく、水でふやけない素材は重要だったわけだよね。
骨や亀の甲羅と並んで動物の角は重要なものだったのだ。
特に、鹿の角は毎年生え変わるので、鹿を狩猟できなくても手に入るのだ。
うまいタイミングで山に入れば拾えるわけだ。
これは利用しやすいよね。
今では装飾品に使うのがメインだと思うけど、縄文時代には釣針とかにも加工して使っていたみたい。
何より大事なのは食肉。
ジビエとして最近よく見かけるようになっているけど、一般に肉食が近畿だった江戸時代も「薬食い」として猪肉(ぼたん)と並んで鹿肉(もみじ)よく食されていたようなのだ。
少し臭みhがあるけど、低カロリー、低資質、高たんぱくで、やわらかい赤身肉でヘム鉄を多く含んでいるのだ。
ジビエとしてはかなり食べやすいので出す店も多いんだよね。
ただし、寄生虫などのもんだいがあるので、決して生で食べてはいけない肉でもあるのだ。
一時期山野部の開発で生息数が多く減ったのだけど、最近はまた増えてきていて、獣害の方が問題になってきているよね。
なので害獣駆除として狩猟される個体が増えて、ジビエで提供される機会も増えたのだ。
鹿は装飾だと思われているけど、実は雑食でなんでも食べるんだよね。
積極的に食べるのが植物性のものがおおいというだけで。
犬歯も発達しているので、かまれると危ないのだ。
ヤギと同じように草でも樹皮でも何でも食べてしまうので、数が増えすぎると山が荒れるのだ。
ここのところ問題になっているクマの問題も、鹿が増えすぎて相対的に熊のえさが減って里に下りてきている、とかいう説もあるくらいだしね。
というわけで、適正な数に抑えたいわけだけど、自然の鹿は管理がむずかしいんだよね。
奈良公園の鹿なんかは鹿せんべい以外エサはあげない、おいかけたりしない、角切りして人との事故を避ける、などなどの保護と管理をしているわけだけど、これは長年神獣として鹿を大事に扱ってきている伝統があるからできることで。
野生の場合は増えすぎたら間引きするしかないんだよなぁ。
鹿は大型動物なのであまり点滴もいないしね。
そういう意味では、せっかきょく狩猟対象になるなら、革や角、肉は最大限有効活用しないとね。