2026/06/20

カラスの勝手でしょ

 
サッカーW杯が始まったのだ。
とはいえ、ボクはスポーツ全般についてほぼ興味なしなので、結果をニュースで知るくらい。
でも、気になることが。
それは、日本代表のシンボルにもなっている三本足のカラス。
記紀神話に出てくる八咫烏を意匠化したものなんだよね。
Wikipediaにはいろいろ理由が書いてあるけど、八咫烏が案内した神武天皇は蹴鞠がうまく、というのはちょっと笑ってしまった。

さて、この八咫烏。
「咫(あた)」は古代の大きさの単位で、三種の神器の「八咫鏡」と同じ。
とりあえず大きいということ。
それに加えて三本足と言われているんだ。
でも、記紀神話の中に出てくるものは、高皇産霊神又は天照大神に使わされ、熊野(今の和歌山県新宮市のあたり)から神武天皇を導き、奈良県の橿原の地に連れていくのだ。
そこで神武天皇が即位するわけだね。
日向(宮崎県)を出発して東に進んできたわけだけど、最初大阪から奈良に入ろうとして失敗するのだ。
これはきっと天照大神の子孫たる自分が西から東に入ろうとしたためだ、東から西へ入ろう、ということで、紀伊半島をぐるっと回ってリベンジすることにあるのだ。
このとき、道案内をしたのが八咫烏ということになっているんだよね。

記紀神話で道案内というと、まずは天孫降臨の際に天の八衢から葦原中国まで瓊瓊杵尊を案内した猿田彦もいるよね。
猿田彦を祀る神社は多いのだけど、猿田彦神社(総本宮)、二見興玉神社、椿大神社とおおきなものは三重県にあるのだ。
それもそのはずで、この神は伊勢の五十鈴川のあたりの出身ということになっているのだよね。
で、瓊瓊杵尊は日向国高千穂に降り立ったはずなのに、道案内をした猿田彦は伊勢にいたのだ!
で、神武東征を助けた八咫烏は熊野の出身。
なんとなく、紀伊半島の東側に大陸からやってきたと言われる天孫族を助けて一緒に大和朝廷の礎を築いた一族がいたんじゃないか、という気がするよね。
天孫降臨の下りでは、出雲の勢力と取引して国を手に入れ、最後まで抵抗勢力だった建御名方命は諏訪まで逃げるのだ。
神武東征では、日向から筑紫に出て本州に渡り、吉備を通って生駒のあたりまで出て、そこで長髄彦と戦うのだけど、いったん敗走し、先に述べたようにぐるっと回って逆側、熊野の方から奈良に入り、そこで再度長髄彦と戦って破るのだ。

おそらくこれらの神話は大和朝廷ができあがるプロセスにおける先住系氏族との争いの歴史なんだよね。
実際に古代日本の中には、出雲や吉備、越、諏訪なんかの勢力がいて、それを打ち破ったのか、交渉して中に引き入れたのかはよくわからないながら、うまいこと「平らげて」いって、神武天皇が即位して大和政権成立、というながれなんだよね。
明確に戦っているのは近畿地方にいた長髄彦の勢力で、これは明確に打ち破って大阪や奈良の地を手に入れてるっぽいのだ。
で、その戦いの中で協力してくれた先住系氏族が八咫烏だったり猿田彦だったりするわけだよね。
長髄彦を破る際には、金色のトビ(金鵄)がやってくるのだけど、この金鵄は八咫烏と同一視されることもあるので、やっぱり地元の助力勢力のような気がするね。

猿田彦なんかはサルなので、言葉は悪いけど、あmり文明的でない(と天孫族が思っていた)先住氏族をあらわしているんだろうけど、八咫烏はなぜ鳥なのか?
金鵄もなぜ鳥なのか?
記紀神話だとただの大きなカラスという記述しかないけど、平安時代になって、三本足のカラスというモチーフになるのだ。
これは大陸の「金烏」から来ているイメージで、金烏は太陽のことなので、ひょっとすると、天孫族に協力したことから太陽のイメージを付与しているのかもしれないよね。
記紀神話の成立は奈良時代で百年くらい間があるわけだけど、おそらく鳥に置き換えていた意義は見失われていたんじゃないかと思うんだよね。
弓を使うとか、山野を飛ぶように移動するとか、天孫族に比べて肌の色が少し黒かったとか、そういうのがあったと思うのだけど。
でも、熊野権現の神使はカラスなので、単純に熊野の神を報じる一族を表すものとして使っている可能性もあるのだけど、今は逆になっていて、熊野の地で神武天皇の道案内をしたからカラスが熊野権現の使いと見られるようになった、と説明されているんだ。
なんとなくだけど、本来的には古代熊野の地にはカラス(必ずしも三本足でない)をシンボルとしていたような先住氏族がいて(トーテム信仰的なものとして自分たちとカラスを重ねていたとか)、それが神武東征を助けた、というのが本筋のような気がするよ。
で、後は後付けで属性が付与され、主従が逆転し、ということじゃないかと。

ちなみに、記紀神話では天孫降臨の後、瓊瓊杵尊と木花開耶姫の間の皇子神である火折尊(山幸彦)は竜神の娘である豊玉姫と婚姻し、神武天皇の父親となる鸕鶿草葺不合尊を設けるわけだよね。
こちらは天孫族が日本列島(というか九州)にやってくる前後にいわゆる「海の民」と同盟を結んで古代日本で勢力を伸ばしていったことを表していると考えられているのだ。
こちらは結婚までしているので、おそらく同一の血族集団をつくるところまで融合していて、道案内をした、ということになっている猿田彦や八咫烏は協力者扱いなんだと思うのだ。
当初の大和政権は絶対王政的な中央集権ではなく、諸王の中の王みたいな、中小国連合の中の盟主みたいな感じだったっぽいので、それを支えた勢力ということなんじゃないかな。

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