2025/01/11

UG

 産経新聞の元日の一面には、夫婦別姓について小中学生にアンケートをした結果の記事が載ったらしいのだ。
夫婦別姓推進派の人たちはよく「別姓を強制するわけではなく、別姓にして困る人はいない」と主張していたのだけど、このアンケートによると、子供たちは両親が別姓だといやらしいのだ。
家族は同姓というのが当たり前だったのだから当然の結果のような気もするけど・・・。
で、またこの話題が盛り上がったんだよね。

この話でよく出てくるのは、江戸時代までは庶民には名字がなく、明治以降の制度だから「夫婦同姓は伝統ではない」という主張。
これは一部合っていて、一部間違っているのだ。
まず、これはもうよく知られたことだけど、確かに江戸時代は武家・公家以外は公式に名字を名乗ることは許されていなかったけど、さすがにそれでは個人を区別するのが大変なので、事実上は名字のようなものを名乗っていたのだ。
一般に「屋号」とも言われるけど、商家であれば店の名前。
例えば、「紀伊国屋文左衛門」とか「蔦屋重三郎」とかみたいな感じ。
農村集落でも、田の縁にあるから「タブチ」、里山のふもと近くだから「ヤマシタ」、村の庄屋の家だから「ムラカミ」とか。
明治期に名字を名乗るように言われて、その屋号をほぼそのまま名字に転用したケースと、せっかくだからと新たに「創姓」したケース、よくわからないから庄屋や寺社などの額のある人につけてもらったケースなんかがあったみたお。
場合によっては村落でみんな似たような名字になってしまってけっきょく区別がつかないから屋号をそのまま判別に使っているようなところもあるのだ。

武家や公家の名字も似たようなところがあって、正式な一族の血縁を表すのは「本姓」又は「氏(うじ)」なんだけど、これは有名な4姓=源平藤橘をはじめいそんなに種類が多くなく、区別がつけづらいので、屋号のように低地宅の場所や所領の地名などを名乗ったのだ。
例えば、公家の藤原家の例で言えば、北家、南家、摂家、式家の4つに分かれ、それがさらに分かれていって、近衛家や冷泉家、九条家などの明治期に見られる家族に積んがっていくんだよね。
武家の場合はほとんど源氏か平氏なわけだけど、鎌倉幕府を開いた頼朝は源氏姓を使い続けたけど、そののちに室町幕府を開く足利将軍家は同じ源氏でありながら栃木県の足利庄からとった足利を名乗ったのだ。
南北朝期に足利家と対立する新田家は同じ源氏で新田庄からとった名前。
頼朝に協力して鎌倉幕府で執権になる北条家は元は平氏で地盤にしていた伊豆の地名から北条を名乗っているよ。
同じく頼朝を助けた三浦氏も平氏で、こちらは三浦半島のあたり。
羅生門の鬼の腕を切り落とした渡辺綱も源氏で、渡辺は兵庫県の地名だよ(渡辺綱自身は東京三田の当たりの生まれ)。

武家や公家については、種類の少ない本姓だけだと区別しきれないので、屋号的なもので区別して読んでいたのが名字になっていくのだ。
ただし、公式文書には本姓で署名したりするので、徳川家康も征夷大将軍として「源朝臣徳川家康」みたいに書いたりするのだ(松平氏が源氏かどうかはあやしいとされているけど、なぜか征夷大将軍は源氏の棟梁がなる、というように考えられていたので源氏を名乗ったと言われているよ。)。
ちなみに、織田家は平氏、太閤秀吉の場合は豊臣が本姓なのでそのままだよ。
これらの上層階級は、明治期になって形式的にも本姓を名乗らないようになって、戸籍が整備されるときに本姓ではなく名字の登録になったのだ。

で、問題は、これらの下級で女性はどう名乗っていたか。
平安文学では、菅原孝標娘だとか藤原道綱母みたいな個人名が伝わっておらず、続柄だけで記録されているばあいもあるけど、紫式部の使えた中宮・藤原彰子のように、生家の氏を名乗ることも多かったようなのだ。
考えれば当然で、貴族階級の結婚は純粋な恋愛結婚というより、政略結婚である場合が多かったと考えられるし、そもそも平安時代は「通い婚」なので、男性配偶者の家に入るわけではないのだ。
武家についてはだいぶ血縁による結びつきが強く、家族意識が高いように思われるけど、源頼朝の夫人は北条政子であって、やはり生家の氏を名乗っているよね。
これも血縁を大事にするからこそ、どの血縁集団と親族関係なのかがわかるように、あえてそうしているんじゃないかと思うんだよね。

一方で、庶民については、「嫁に行く」、「婿に入る」が基本なので、どちらかの屋号の集団に組み入れらることが多かったのだ。
そうすると、国民の大多数は庶民なので、明治期に民法を整備する際いろいろ議論した結果、夫婦同姓が基本になったようだよ。
なので、「名字がなかった」というとけっこううそになって、「伝統ではない」とまでは言い切れないわけ。
でも、明治以降に正式に法制度化されたので、そういう意味ではずっとルール化されていたわけではなく、あくまでも習慣的にそういうケースが多かった、程度というわけだね。

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