2026/05/16

電気のセーフティーネット

 職場で懸念事項が出てきたらしいのだ。
それは、電気代の高騰。
どうも、コンペでいわゆる「新電力」が勝ってそこから電気を買っているみたいなんだけど。
そういう会社って自前の発電所を持っていることは少なく、契約やマーケット(卸電力取引所)で調達してくるので、燃料費高騰の影響をもろに受けるんだよね。
で、総低硫黄の値上げになるかもしれない、ってことで心配し始めたわけ。
そういえば、ちょっと前にも新電力の電気料金が高くなりすぎて、みたいな話があったよね。

戦後の電力供給は地域独占体制だったんだよね。
東京電力とか関西電力とか、供給区域ごとに電力会社(一般電気事業者)がいて、独占的に電気の供給を行っていたのだ。
その代わり、その料金の改定は国の認可が必要な規制料金だったのだ。
今の鉄道事業の料金とかと同じだよ。
で、先に電話(電気通信事業)の方が自由化され、電力も一部自由化、全面自由化と規制緩和されてきたのだ。
今では一般家庭も自由化対象範囲なので、いわゆるむかしながらの電力会社だけでなく、新電力と呼ばれる電気の小売事業者からも買えるようになったんだよね。
最近はポイントプログラムや他のライフラインととのセット割とかでいろんなメニューがあるよね。

で、最初期は大口の顧客(需要家)が自由化対象範囲になったのだ。
具体的に言うと、特別高圧受電(20,000V以上)の人たちで、大規模工場や大型公共施設なんか。
配電設備を介さず、自前で受電設備・変電設備を用意して送電線から直接電気を引き込むのだ。
この自由化の時に導入されたセーフティーネットが最終保障供給(ラストリゾート)という概念。
いわゆうる「電力難民」にならないように、必ずどこかからは電気が買えるようにするための措置だよ。
当時は新規参入者(特定規模電気事業者:PPS)が何らかの事由で電気の救急ができなくなった場合、一時的な話であればまだ規制部門では供給独占が残っていた電力会社がバックアップ電力供給というので補填するとともに、もう電気の供給ができない場合(倒産、事業の撤退など)は電力会社があらかじめ用意する最終保障供給という少し割高の料金プランで契約することになっていたんだ。
国が独占を認めるということは、逆に言うと、正当な理由がなければ供給依頼を断ってはいけないといこと(=供給義務)で、まだ規制部門が残っていたので自由化部門も含めて電力会社に責務を持ってもらっていたのだ。

で、自由化範囲が拡大してくと、ちょっと様相が変わってくるよ。
6,000V以上の受電の高圧受電の場合(大型スーパーや百貨店、小規模工場など)は基本的には特別高圧と同じように最終保障供給という形態になっているのだ。
こういう大口の電気の消費者の場合、しっかり電気の供給力を確保した事業者でないと対応できないんだけど、そういう事業者はどうしても数が限られてくるので、最悪どの新電力も対応できなくなる場合も想定する必要性が大きいから。
なお、これはあくまでも次の契約先が見つかるまでの臨時措置という位置づけなので、数か月から1年以内と契約期間が限定されているよ。
一方で、200V以下の低圧や従量電灯と呼ばれる一般家庭や小規模商店向けの場合、新電力にもともと法律上課せられている救急力確保義務の範囲でなんとかなるはずなので、最終保障供給の対象外になっているんだ。
では、どうするかというと、電気事業法の改正法の附則で「当面の間」の経過措置として用意されている特定小売供給というのを使うのだ。
これは自由化前の規制料金とほぼほぼ同じ料金の作り方で算出するもので、旧規制料金とも呼ばれるよ。
燃料需給制度による料金の上り幅に上限があったりして料金が爆上がりすることがない一方、ポイント還元やガス供給とのセット割とかそういうのはないのだ。
最終保障供給はわざと市場価格に比べて割高に設定することで次の契約先を早く見つけるように誘導しているのだけど、こっちは従前と同様に国の認可を受けた料金なので、割高感はなくて、総括原価方式で、電気供給にかかるコストに効率化係数をかけて利益を定率でのせたものだよ。

で、うちの職場はわりと大口の契約なので、新電力との料金値上げの調整が不調で契約が破棄されてしまったりすると、最悪最終保障供給になるかもしれないんだよね。
ボクは担当じゃないんだけど、電気料金の話が好きなので、ちょっと自分で調べてみたのだ。
でも、あまりにも大幅な値上げだと最終保障供給の方がやすくこともあるみたいだから、しばらくそれで泳いで、次の契約先を見つけるのでもいいような気がしてきたな。

2026/05/09

とうもころしこ

 タコスってはやり始めてる?
テレビでもよく見るようになったし、スーパーにも前はあまり見かけなかったタコスセットが並んでいる。
これから暑くなる季節に向けてはいいよね。
でも、確か米国発のタコスのファストフードはいまいちはやんないんだよな・・・。
かっちかちのハードタコが主体だからかもだけど。

ここで気になっているのが、スーパーなどで売っているタコスの「がわ」はほぼすべえ小麦粉で作られた「フラワー・トルティーヤ」であること。
タコスの「がわ」ってトウモロコシ粉から作るんじゃないの?
って、調べてみたら、もともと中南米で伝統的に食べられていたのはトウモロコシを使った薄焼きパンなんだけど、北米に行っててクス・メクス料理になると小麦粉が使われ始めるみたい。
で、小麦粉で作った「がわ」の方がふわふわで万人受けするので、タコス後進国日本ではほぼそっちしかないみたいだ。
ちなみに、米国のかりっかりのハードタコはトウモロコシを使たもので、これに対比させてソフトタコと呼ばれるようになった時、よりふわふわ感、しっとり感が重要視されるようになったようなのだ。
トウモロコシで作るとごわごわだからね。

日本でのトウモロコシの食べ方の主流はスイートコーンなので、ゆでたり、蒸したり、焼いたりして食べるイメージだけど、これは甘みの多い品種を未成熟のまま収穫したもの。
本来的にはトウモロコシも穀類に分類されるもので、完熟状態ではかっちかちになるのだ。
そう、煎る前にポップコーンのような状態。
で、これを砕いて食べるのだけど・・・。
実はそのまま食べるのだとダメなのだ(>o<)

トウモロコシの実は、でんぷん質が多いだけでなく食物繊維も豊富で、各種ビタミンやミネラルも多い、栄養価の高いものなんだけど、必須アミノ酸のトリプトファンが少ないという欠点があるのだ。
ビタミンB3であるナイアシンはトリプトファンから作られるので、そのままだとビタミンB3欠乏症=ペラグラという重症の皮膚炎になってしまうのだ。
なので、中南米では伝統的にトウモロコシ粉を石灰水などでアルカリ処理し、リシンやトリプトファンといった必須アミノ酸の吸収をしやすくなる加工(ニシュタマリゼーション)をしていたんだって。
アルカリ性環境下で粒のまま煮て、そのまま冷ましてから煮汁を捨てるんだって。
これも生活の知恵だね。
最初にスペインが欧州にトウモロコシを持ち帰ったとき、これを知らなかったのでペラグラが広まったそうだよ。
通常の食物ではトリプトファンが少ないということはあまりないから、最初はなんだかわからなかっただろうね・・・。
ちなみに、ナイアシンが豊富な食べ物はカツオ、サバ、ブリ、イワシ、マグロ、鶏ささみ、レバー、豆類らしいから、これらと一緒ならトウモロコシをそのまま食べ続けても大丈夫な、はず。

で、このアルカリ処理にはトリプトファンの吸収をよくする以外にも効能があって、小麦よりさらに硬いトウモロコシが軟質化し、かつ、粘りも出てくるんだって。
これにより、生地を薄く広げて焼くトルティーヤが作れるようになるのだ。
逆に、アルカリ処理をしない場合はぼそぼそでそのままではトルティーヤにできないので、「つなぎ」で小麦粉を入れるらしいよ。
二八そばみたいなものだね。
で、トウモロコシ粉もそのものは白い粉なんだけど、アルカリ処理して焼くからうっすら黄色くなるのだ。
これは中華麺がかん水の作用で黄色くなるのと同じ。
ちなみに、あらかじめアルカリ処理したトウモロコシ粉も売っているとのことなので、家庭で水に溶いて焼くだけにできるよ。

で、この薄焼きパンがなぜトルティーヤなのか?
もともとトルティージャ(スペイン語読み)はスペイン風の丸いオムレツ。
それに形が似ているからそう呼ぶというのだけど・・・
月とすっぽんみたいな話だ(笑)

2026/05/02

おこめパワー

 江戸末期から明治くらいにかけての白黒写真っておもしろいよね。
新選組副長の土方歳三がめちゃくちゃ男前だったり。
芸者さん(花魁?)の写真を見ても今に通じるような美人がいるのだ。
で、そんな中で特に目を引くのが、飛脚や大工などの体を使う人たちの体つき。
背は高くなさそうだけど、ものすっごくマッチョなのだ。
筋肉隆々で、ふんどし一丁だったりするので、そのままボディビル大会みたい(笑)
でも、江戸時代って肉はほとんど食べないし、魚もたまに食べる程度、とにかくお米をひたすら食べているイメージがあるんだけど・・・。

調べてみると、現代人と比べてしっかりタンパク質は獲れていたようなのだ。
江戸時代の人たちは1日平均で3~5合のお米を食べていて(塩辛いおかzで大量のごはんを食べるスタイル)、白米を食べていた江戸市中で見ても、お米からのタンパク質だけでけっこうあるのだ。
炊きあがった白米100gあたりに含まれるたんぱく質は2.8gくらい。
1合は炊き上がりで330gになるから、28~46gくらい。
それに大豆加工品(みそ、しょうゆ、豆腐、納豆などなど)を加えると、下手な現代人よりきちんととれている計算になるよね。
農村部だと玄米になって、さらに「かて飯」と言って麦や豆などを一緒に炊き込むのだけど、その場合はもう少しタンパク質量が増えるのだ。
百姓仕事もほぼほぼ人力でやっていたから、そちらもかなりのマッチョだったわけだ。

加えて、このころは油は貴重なものだし、とにかく体を動かしてカロリーも消費しているので、一般にはあまり脂肪はついていないのだ。
むしろ、太っているのはお金持ちの証拠、みたいな。
なので、余計に筋肉が浮き出るわけだよね。
ナチュラルに生活しているだけで、筋トレして、糖質とタンパク質をたっぷりとって、脂肪は少なめで、とボディビルダーのような感じなのだ。
そりゃあマッチョになるか。

地域の米の生産力を表す単位が「石高」だけど、1石は10斗=100升=1,000合で、人が1年で消費する米の量というイメージなのだ。
この計算の場合、1日3合計算で360日分として1,080合ということだよ。
加賀100万石というのは、100万人分の年間米消費量を生産できるという意味。
当時は貨幣機材も進んでいるけど、米本位の経済なので大事な指標なのだ。
ただし、実質石高と名目石高というのがあって、実際には米以外の農作物(=そばや麦など)もあるので、実質的な食料生産能力はより大きくなる場合うもあるし、気候や水利の関係で水田の広さに比べて米の収量が低いところもあって生産力が実はそんなに高くない場合もあるんだよね。
そういうのが実質石高というもの。
でも、大名・旗本としての役割を振られるときはあくまでも名目石高で課されるので、余裕でこなせるところと、赤を出しながらなんとかやるところと地域差があったようなのだ。

この「石高」というのは基本は取りに連動していて、拝領地の生産力を表すもの。
そうではなくて、俸禄として米の現物支給を受けている場合(御家人など)は、別の指標で給与を表していたんだよね。
それが「〇俵〇人扶持」というもの。
時代劇に出てくる町方の同心とか与力はまさにそういう給与形態なのだ。
「俵」は字のとおり「たわら」なんだけど、これもやはり1年間に一人の人間が消費する米の量を表しているのだ。
各藩で換算は違うようだけど、幕府の場合、御天領は「四公六民」なので、1石当たり4斗の税収(年貢米)があり、それを精米すると3斗5升になって、それが蔵米(税収として入ってきた現物の米)の1俵になるんだって。
一人扶持というのはこの蔵米5俵のことなので、知行地としては5石に相当するのだ。
全体を換算すると、知行取り100石=蔵米100俵=現米35石=20人扶持=35両ということだよ。
最初に出てくる「石」は生産力の方の単位の「石」で3つ目に出てくる「石」は単純に米の量の単位の「石」(「合」の千倍)というのがややこしいのだ。
給与として支払われる方は現物換算なんだよね。

これで単純に計算すると、将軍直轄の天領は約400万石なので、80万人扶持ということになるよね。
実際には御家人は2万人弱で、知行地を渡している旗本はこれとは別に300万石ほどの石高を持っていたんだよね。
そうすると、78万人扶持=78万両くらいの規模が江戸幕府の裁量経費として使えることになるけど、1両は10万円くらいの価値だから、780億円ほどということかな。
国家財政規模としてはかなりこころもとないけど、各藩は独自に地方自治をしていたし、大規模な土木工事などは大名に普請させていたりしていたわけだからこんなものなんだろうか?

2026/04/25

き、び、だ~ん

 スーパーで売っていて、なんだか懐かしくて買ってしまったのだ。
駄菓子のきびだんご。
なんか茶色い長細い餅菓子で、オブラートに包まれているんだよね。
基本的にはボンタンアメが大きくなったようなものだけど、かんきつの風味はな甘いだけのもの。
子供のころは30円くらいで買っていた気がするけど、今は60円だったのだ。
それはそれとして、きびだんごってこういうものなんだっけ?

岡山名物として売られている吉備団子はうるち米の粉を水飴で練って作った求肥のお菓子。
きな粉がまぶされているけど、ものによっては穀物のキビの粉で風味付けをしているというけど、それは見たことないな。
ま、普通に「すあま」の仲間だよね。
水あめで練ることで保水力が高まるの絵常温でしばらく置いておいても硬くならないのだ。
焼くと香ばしいかな?、と思ってオーブントースターであたためようおすると、でろんでろんにとろけちゃうよ。
で、桃太郎が犬・猿・雉に与えたのってこれなんだっけ?

どうも、米粉で作るきびだんごは江戸時代の後期に発明されたものらしい。
穀物のキビ(黍)と岡山周辺の古い地方名の吉備をかけて「吉備団子」としたみたい。
なので、キビで作った黍団子とは違うのだ。
おそらく最初期はキビを少し混ぜて風味付けくらいはしたかもしれないけど。
桃太郎の話の起源には諸説あるけど、どれにしても明らかに江戸時代より前の話なので、おじいさんとおばあさんが作ったのはキビの団子の方だよ。

キビは、雑穀として健康食品の中に入っていたりするけど、それと鳥の餌以外ではあまり見かけることのなくなった穀物。
そのむかしは、荒れた土地で水が少なくても短時間で栽培できる穀物だったので重要な農作物。
夏にまけば秋には収穫できるので、稲の生育がいまいちだな、と思って時点で追加で栽培を始めることもできるのだ。
とはいえ、その生命力の強さから雑草としても広まっているとか。
今ではあまり食べなくなってきているから余計にね・・・。

手がかからずに育てられる穀物ということで古代においては重要度が特に高く、特に古代中国では祭祀には黍(もちきび)と稷(うるちきび)が重要な役割を持っていたらしいのだ。
「社稷( 古代中国で、天子や諸侯が祭った土地の神=社と五穀の神=稷)」という言葉にも表れているけど、古代中国では祭壇に黍から作った黄色い色のついたお酒を供えていたらしいよ。
その後、南方で稲(米)の栽培が盛んになると、米の方が味がよいこともあってそれが穀物の第一位になるようなのだ。
でも、中国の戦国時代より前(夏殷周の三代)、孔子の時代にはまだキビは重要な穀物扱いだったそうだよ。

で、どうやって食べるかと言えば、粒のまま粥にして食べる、粉にしてから生地にする、発酵させて酒にするなどの使い道があるのだ。
日本の場合は農業の開始=稲作なので、米と一緒に炊く「雑穀米」のような食べ方が多かったみたい。
2割ほど米に混ぜて炊くと甘みと独特のほろ苦さが出てそれなりにおいしいのだとか。
桃太郎の吉備団子は、粉にしたキビを水や湯で練って丸めたもので、黄色い色の団子だったようだよ。
米より甘みが強いし、昔のことなので、砂糖の灰っていない自然な甘さ、のはず。
これはちょっと食べてみたいかも。

現代では、動物用の飼料のほか、雑穀米に少し入っていたり、焼酎の原料になったりしているみたい。
穀物としてのスペックは高そうだからもっと活躍できそうな気はするけど、どうなんだろう?
スーパーフードと言われるアマランサスに比べると少し見劣りするのかな?
日本でいまいちマイナーできたのは、麦であれば秋に播いて春に収穫できるので米の裏作で二毛作ができるし、そばだと秋そばや春そばなど甘利季節を選ばずに栽培できるけど、キビだとどうしても米と栽培・収穫時期がかぶるからなんだよね。
とにかくどこでも米を作ろうと執心してきたのが日本の農業の歴史だからね。

2026/04/18

明けない夜はない

 テレビの「マツコの知らない世界」を見ていたら、地獄について研究している人が開設していたのだ。
何の気なしに見ていたんだけど、そこでの説明に思わず聞き入ってしまった。
それは、仏教の地獄は兆年オーダーで刑期があるけど終わりがあるのに対し、キリスト教の地獄は永遠に続くもので終わりがない、という説明。
え、そうだったんだ!
生前罪を犯した人が攻め苦しめられるという点でだいたい同じような感じで、洋風化和風のテイストの違いかと思っていたよ。

日本でいう仏教の地獄は大陸伝来のものが日本で仏教が布教される際にさらに少しアレンジされたもの。
もともとインドの土着的な信仰(ヒンドゥー教)が土台にあって、そこに中国の道教の影響が入り、最後に和風に、ということなんだよね。
で、どうした出来上がった地獄観はすごくて、いわゆる八大地獄というのがあって、罪の重さで地獄の責め苦の苛烈さも変わる、というもの。
ずっと殺し合いを続けるとか、ずっと融けた金属を飲まされるとか、針の山を登らされ、血の池に沈められるとか。
そういう「地獄絵図」というのイメージ化したものまであって、仏教を信仰し、善行を積まないと地獄に落ちるわよ、と脅していたわけだね。
一般に「北風」政策と「太陽」政策だと「太陽」政策で看過した方がよいと言われるけど、宗教に傾倒するときはどうしても精神的に弱っているときなので、こういう脅しの方がいいみたい。
南無阿弥陀仏と唱えれば阿弥陀如来の自費で極楽浄土へ行ける、というよりも、もともとの罪悪感にも訴えつつ、ウソついたりモノを盗んだりすると地獄の責め苦を受けるよ、という方が効くようなのだ。

で、この地獄の責め苦は兆年のオーダーで続くらしいんだよね。
どもそも地獄の底に落ちるのに二千年かかるとかいう話もあるし・・・。
どうも、地獄での一日というのがこの世で言うともっと長い時間に相当するようで、それ計算式に当てはめるとそうなるみたい。
そもそも弥勒菩薩がやってくるのは釈迦の入滅後五十六億七千万年後とかいう時間間隔だから、それより桁二つ、三つ大きい、というくらいの価格なんでしょう。
それでもすごいことになっているけど。

では、なぜ終わりが想定されるか?
神道の世界だと、もともとこの世(=現世)とあの世(=常世)は連続的な世界だったけど、伊弉諾尊が黄泉の国との間にある黄泉比良坂に道返しの大岩を置いて分断したことになっているのだ。
それで、死んだ人は一方通行で黄泉の国に行って、戻っては来ないんだよね。
行った先でどうなっているかはわからないけど、伊弉冉尊がそこにいたことを踏まえると、なんらあの形で存在していると思っていたんだろうなぁ。
ただし、実際に肉体を保持したままだと、妖怪ハンターの「生命の樹」に出てくる「いんへるの」のように間人電車のごとく人が詰まってしまうから、体積を持たない、例的な存在なんだと思うけど。
それはさておき、この考えだと戻ってこないから地獄の責め苦も永久に続いていいはずなのだ。

ところが、インドの死生観は「輪廻転生」であり、死んでは生まれ変わるというサイクルを繰り返す、というのが基本。
ここから永久に解脱することが仏教の目的なわけだけど、仮に永遠に続く地獄を想定してしまうと、デッドエンドに入ってそこに永久につかまる=形式上は輪廻転生から外れる、ということになるんだよね。
それだとまずい(のかどうかはよくわからないけど)、ということで、はるか先の未来では輪廻の輪に戻ることになるのだ。
それが兆年オーダーというほぼほぼ無限に思えるような有限の期限になるわけだね。
で、地獄に落ちた後も、地蔵菩薩による隙があったりと救済のシステムがあるのだ。
しょせんは地獄も輪廻転生の輪の一部でしかないので、たとえいったん抜けてもまた落ちるかもしれないわけで、そこから逃れることこそが好きになわけだね。
でも、最後に必ず救われる道は残されているのだ。

一方、キリスト教的な地獄は一方通行。
一般的には、地獄の門の前に十二支との筆頭のペトロがいて、天国に行ける人リストを確認して、OKの人だけ通す、という運用。
その他の人はいわば地獄行き、しかも、片道・・・。
仏教的な地獄は閻魔大王などによる裁判というか審査というか、そういうのがあって行先が決まるけど、すでに死んだ時点で神の最低で天国に行ける人とそうでないとが振り分け済みなんだよね。
それが唯一の万能神というものか。
ということは、生前に天国にけるよう努力をしないといけないわけで、そういうのが「免罪符」みたいな発想になっていくんだよね。
だって、一度地獄域になったらそれで終わりだから。

でもでも、カトリックだと多少構成の道が残されているのだ。
それがダンテの「神曲」にも出てくる、天国と地獄の中間の煉獄というところ。
地獄に落ちたら一巻の終わりなんだけど、煉獄の場合は長い時間かけて構成すれば天国まで至れるのだ。
で、こっちの世界では、天国も永遠に続くので、そこまでいてしまえばあとは安泰なんだよね。
ただし、実はキリスト教成立前に亡くなった人で、地獄行きほどの悪さはしていないような人は、地獄の手前の辺獄というところに永久に拘束されるのだ・・・。
キリスト教に帰依していない限り天国への道は開かれないらしい。
いずれにしても、なんだかシビアな世界なのだ。

2026/04/11

日差しは夏並

 春は三寒四温とは言うけど、すでに4月にして夏日になったりしている。
可と思えば、かなり寒い日もまだ残っている。
体調を崩しやすい季節なんだよね。
でも、その中でも特にきつかったのは、晴れていて日差しは強いけど、北風が冷たかった日。
日向の日光はじりじり来るくらいの厚さなんだけど、風がとにかく冷たくて。
でも、日本の春の日差しってこんなに強かったっけ?

調べてみると、実は春になると日差しはかなり強くなっているのだ。
紫外線なんかではよく言われるけど、夏の最盛期に比べても7~8割くらいの強さになっているらしい。
冬至が底辺で夏至がてっぺんとしても半分を超えたくらいじゃ、って感覚なんだけど、そうではないのだ。
太陽の南中高度の季節変化は線形で一次関数的な変化なんだけど、その南中高度の変化に伴う太陽光の減衰の変化はそんな単純な変化ではないというわけ。



地球は十分に起き糸仮定して、地面も大気層も水平という仮定を置いて簡単に模式図を書くと、太陽光が地面に届くまでに通ってくる大気中の距離(光路)は、南中時の仰角をx(ラジアン)とすると、大気層の厚さに対し、1/cos(π/2-x)倍、すなわち、1/sin(x)倍の長さになるのだ。
それをπ/2、つまり90°までプロットしたグラフで見てみると、東京における、冬至、春分・秋分、夏至の南中高度はそれぞれ、

 冬至:    31.6°(ラジアンでは0.55)
 春分・秋分: 55.0°(ラジアンでは0.96)
 夏至:    78.4°(ラジアンでは1.37)

になるのだ。
で、実際に曲線状の位置を確かめてみると、冬至から春分に向かうときは変化率が大きく(微分したときの傾きが大きく)、春分から夏至に向かうときはにぶってくるのがわかるのだ。
実際に光路の模式図を見ても冬至と春分、春分と夏至で長さの変化の違いがわかるよね。

つまり、何が言いたいかというと、春分を過ぎて春から夏に向けて太陽光が大気層を通ってくる光路の長さはそこまで大きく変化しないのだ。
太陽光の減衰(散乱や吸収)は当然のことながら光路の長さに比例するので、減衰の変化率もこのグラフと同じようになるわけ。
春先にぐっと日差しが強まるとそこからずっと強い状態が続くことになるというわけだ。

ちなみに、日本より緯度が高いパリの場合、南中高度は、

 冬至:    17.8°(ラジアンでは0.31)
 春分・秋分: 41.2°(ラジアンでは0.72)
 夏至:    64.6°(ラジアンでは1.13)

なので、東京の場合よりこのグラフの左側にシフトするよ。
そうなると、季節変化はより大きくなるわえで、冬から春にかけてはかなりの差があるのだ。
また、春から夏にかけてもけこう落差があることがわかるよ。
ちなみに、南中高度はだいぶ異なるけど、東京都パリで夏至の光路の長さはほとんど変わらないんだよね。
逆に当時は差が大きいけど。
つまり、夏の日差しは高緯度地域でもそこまで弱くならず、冬は高緯度地域は日差しが弱いということなのだ。
またm¥、緯度が低い地域の方が当時と夏至の高度差が小さくなるので、つまり、日差しの強さの季節変化も小さくなるのだ。
つまり、熱帯に近づけば四季の変化は小さくなっていくというのとも整合しているよね。

2026/04/04

糸引く水

 ネットで「納豆水」という不思議な言葉を見たのだ。
何かと思えば、納豆の張っていたパックに水をしばらく張って、水の中に納豆菌を溶かし込んだものらしい。
それがいろいろと役に立つというのだ!
うちも割とよく納豆を食べるから、これは聞き捨てならないぞ、と少し調べてみたよ。

納豆菌は枯草菌の一種で、まさに枯草に普通に付着している細菌。
でも、この枯草菌の仲間は非常に強い菌で、「芽胞」という状態になると、高熱にも耐えるのだ。
実際、納豆の製法では、稲わらをゆでてそこに蒸した大豆を詰める和kだけど、このゆでる過程で納豆菌以外の細菌はほとんど死滅するので、納豆菌による発酵が進む、ということなのだ。
繁殖力も強く、日本酒や醤油・味噌を扱っている職人さんは納豆を食べないんだよね。
麹や酵母がすべて納豆菌に駆逐されてしまうから・・・。
ボクも学生時代に細胞培養をしていたことがあったけど、細胞を触るときは納豆は食べないように、と言われたものだよ。

そんな納豆菌の強さを活かすのが「納豆水」。
一つの使い方は、家庭菜園や植木などに使うんだって。
そう、そのまま納豆水を土にかける・・・。
乞うsることで、土壌中で納豆菌が有機物を分解し、植物に必要な栄養素を作り出すとともに、持ち前の強い繁殖力で他の菌の繁殖を抑えるので、病害にも強くなるのだとか。
納豆を食べた日に納豆パックに張っておいた水をかけるだけなららくちんだ。
ちょっとにおいはありそうだけど。

そもそも枯草菌の仲間は農業では有用微生物とされていて、有機物を分解して土をふかふかにし、栄養素も作り出して根を張りやすくさせ、さらに、病害も防ぐのだ。
市販もされていて、濃い現役を薄めて巻くんだそうだよ。
納豆パックにためた水はまさにそのような薄めた状態の菌液になっているわけだ。
「枯草菌」という名前から受けるイメージだと、「草を枯らすのでは」とも思えるだけど、上述のように枯草から見つかる菌ということなんだよね。
最初は干し草を水にさらし、その水の中で発見されたらしいよ。

もうひとつの役に立ちそうな使い方が、排水口の洗浄。
排水口のぬめりやにおいの原因は、一部残ったゴミやカスに雑菌が繁殖するからなんだけど、そこにより強い納豆菌を持ってくることで駆逐してしまう、ということらしい。
ただし、水が常に流れている状態だと納豆菌も流されて行ってしまうので、寝る前など、しばらく水を流さないタイミングで納豆水を使うのがよいのだとか。
さらに言えば、直前に一度熱湯を流したうえで納豆水を流せば、熱で殺菌したうえでそこに納豆菌が生えるのでより効果が上がるはず。

我が家は金属イオンの殺菌効果を狙って、使用済みのアルミホイルを丸めて排水口に入れているのだ。
効果がどれだけ出ているかは正直わからないのだけど、少なくともにおいがしてきたことはない。
納豆水はこれを越えることができるのか。
次に納豆を食べた機械でぜひ試してみたいなぁ。
そのためには、納豆パックに水を張って夜まで待つ必要があるのか・・・。
それもなんだかな。

でもでも、こういうのは意外と生物学的対処法の方がよかったりするんだよね。
これから気温が上がると菌の繁殖力もあがるし。
やっぱり納豆パワーの実力を見てみたい気もする。
それにしても、安価で栄養豊富でおいしくて、さらに、食べた後のパックまでさらに使えるなんて、納豆はすごいやつだ。