誰がためにたれはある
うちの近所にはおいしい焼鳥屋さんがあるのだ。
身がふわふわでジューシー。
いわゆるチェーンの居酒屋なんかで出てくるのとは別物。
で、こういう焼鳥って、どうしても「塩で食べるのが通」みたいなノリがあるよね。
確かに塩だけでここまでおいしくできるんだ、という感動もあるけど、たれもおいしいのだ。
たれと油が炭に落ちて十と焦げるにおいもまた香ばしくてよいのだ。
そんな焼鳥だけど、非常に単純な料理なので、歴史は古いのだ¥¥。
っていうか、火であぶって食べようとしたとき、魚でも肉でも串状のものにさして火の近くに置くよね。
まさにそこから始まるわけだ。
なので、我が国で文献上確認される鳥肉(ニワトリに限らず食用の鳥類一般、キジやカモなども含む)の焼いたものは平安時代のもの。
おそらく奈良時代でも飛鳥時代でも食べているんだよね。
メニューが文字で残っていないだけで。
っていうか、狩猟で獲った鳥類を焼いて食べるだけであれば先史時代からあるはずなのだ。
肝心の味付けは、基本は塩。
この時代がずっと続くわけだよね。
ただし、昔の塩は今のように塩化ナトリウムじゃなくて、藻塩だったりするわけで、うまみ成分もあったはず。
なので、単純な塩味というわけではないけど、塩味は塩味。
味噌は平安時代には伝わってきているけどまだまだ高級品なので、おそらく調味料としては使っていないのだ。
鎌倉時代になると味噌も広まってきて、武家文化の中で味噌汁も出てくるのだけど、大豆の生産量が上がって庶民にまで普及していくのは室町時代以降のようなのだ。
このころはまだ自家消費分で自分で作る、みたいな感じだったようだけど、江戸時代になると大量生産の体制が構築され、やっと一般の調味料としての味噌がかくりつするのだ。
これに呼応するように、塩味に加えてみそだれ(たれというより少し伸ばした味噌を塗ったイメージ化?)も出てくるのだ。
このころになると、味噌の醸造家庭の副産物である「たまり」も出てきて、やがてはここから「醤油」が生産されるようになるのだ。
千葉などで本格的に醤油が作られるようになる江戸中期くらいになると庶民も調味料として醤油が広まってくるよ。
そうなると、醤油味も出てくるはず。
そう、醤油味は出てくるのだ。
焼いた肉を醤油と酒をまぜたたれにつける、みたいな。
醤油団子のような味だよね。
まだ焼鳥のたれには至らないのだ。
たれに甘みが加わるようには、別の料理からの輸入。
甘いたれといえばウナギのかば焼き。
ウナギもむかしから食べられていて、最初は塩味だったらしいんだよね。
で、醤油味に移行しようとする際、ウナギは脂が多いので、そのまま醤油と酒だけのたれにつけてもはじいてしまってあんまり味が染みないのだ。
なので、白焼きにしてわさび醤油で食べる、ならいいんだけど、味付きのかば焼きにはできないわけ。
そこで出てきた工夫が砂糖やみりんを加えて甘みを付けるという工夫。
糖分が加わることでたれの浸透圧が高まるので、味が染みやすくなるのだ。
ちょうど砂糖やみりんも江戸中期になると庶民でも手に入れやすくなるんだよね。
それもあいまって、醤油に砂糖やみりんを加えた甘辛いたれができあがるわけだよね。
この甘いたれは、「照り焼き」なんかにも使われるわけだけど、ウナギには抜群に相性が良くて、串に刺したかば焼きをたれにつけながら焼く、というスタイルが確立するんだよね。
だったら、焼鳥もそれでいこう、とはなるよね。
ただし、江戸時代は鳥肉はそこそこ食べられていたけど、大っぴらに食べるようなものでもなかったはずなので、たれ焼鳥はかなりマイナーな部類。
江戸時代の料理本では、焼くというよりは、鍋にする、汁物にする、というのがメジャーな食べ方だったみたい。
御一新後の明治時代になると肉食の在り方も変わってきて、いろんな肉をいろんな食べ方で食べるようになるわkだよね。
特に独特の風味がある牛肉はみそ味の牛鍋にしたり、味噌漬けで食べたりという感じ。
比較的くせのない鶏肉はそれまでの魚料理の手法を応用して、照り焼きやらつみれやら、竜田揚げやらになっていくわけ。
おそらく、そんな中でたれの焼鳥もメジャーになっていくのだ。
でも、ここで重要なポイントがあるのだ。
この時点ではまだまだ鶏肉は高級品なので、庶民が食べる「やきとり」は鶏肉や豚肉を精肉加工する際に出る廃棄部分(モツを含む。)だったらしいのだ。
そうなるとどうなるか。
臭みが強いので味の濃いたれでごまかす必要があるのだ。
これがたれの焼鳥が普及する原動力なんだよね。
ちなみに、渋谷のハチ公は主人の帰りを待っていたわけだけど、その間にもらえる焼鳥を楽しみにしていたという話もあり、実際にし御解剖してみると胃の中から焼鳥の串が見つかったりしているのだ。
おそらく、これはホルモン焼きみたいなものはんだよね。
で、戦後の闇市くらいまではそんな「あやしい肉」を「やきとり」と称して食べていたわけだけど、ブロイラーのような鶏肉の大量生産体制ができると庶民でもちゃんとした鶏肉が手に入るようになるのだ。
そうなると、今度は原点回帰で、正規の鳥肉なんだからその味を最大限味わいたいと焼鳥の塩が出てくるわけだよね。
新橋の高架下の安い立ち飲み屋なんかだとまだまだ安い肉を使っていたのでたれが多かったりしたわけだけど、ちゃんとした焼鳥屋さんは材料にこだわると塩に傾倒していくことになるのだ。
こういう歴史の下で今の焼鳥ができあがっているんだよね。
でも、たれはたれでおいしいわけで、完全に塩に置き換わるものではないのだ。
ボクは特に皮とつくね、レバーは確実にたれで食べたい。