2016/08/06

パリのメトロもカードですいすい

パリに海外赴任になったのだ!
まったく想定していなかったから、もう来ているんだけど、まだ信じられないよ(笑)
でも、着々とパリでの生活の立ち上げをしていかないといけないんだよなぁ・・・。
お仕事はその先だよね(笑)
そんな中、パリ市内の地下鉄メトロで使える「定期券」のVavigoというものを手に入れたのだ!
っていうか、買ったんだけど。

パリのメトロは、同心円のような形でゾーンに分かれていて、ゾーン内は均一料金。
ゾーン内は制限時間内であればどの路線に乗ってもいいのだ。
 もっとも、キップは乗るときには改札に通すけど、出るときは通さないので、まれにあるという車内改札に出会わなければもっとどうにでもなるような気はするけど・・・(ただし、罰金は高いよ!)。
 で、このキップには日本の回数券のような「カルネ」という10枚つづりのものがあったりするのだ。
さらに、観光客向けの○日フリーパスみたいなのもあるよ。

でも、 いわゆる日本式の「定期券」はないんだよね。
その代わりに、週・月・年単位でメトロが乗り放題になる磁気カードがあるのだ。
それがNavigoと呼ばれるもの。
どのゾーンまでのるかで値段は変わってくるけど、ボクが買ったのはゾーン1~5で1月乗り放題の73ユーロのもの。
買ったというか、実際には空の磁気カードを作って、自動販売機でチャージするんだけどね。

 週より月、月より年の単位の方がお得なんだけど、年単位のものだと700~800ユーロと高額になるので、なくしたときのリスクを考えて月単位のものを選ぶ人が多いみたい。
ボクもとりあえずそうしたよ。
 主要な観光地だけであればゾーン1の中だけでだいたい事足りるんだけど、ゾーン5まで広げると、シャルル・ド・ゴール空港やディズニーランド・パリまでが乗り放題区間に入るのだ。
 空港でも帰るので、ディズニーランドにも行って、パリ市内もがっつり楽しもうというのであれば、週単位のものを買ってもよいのかも。

 ボクもあらかじめネットで情報を検索してから行ったんだけど、実際に購入しようとするとけっこう違うことが多かったのだ。
ボクはもしもの場合に備え、英語が通じそうな観光地のオペラ駅で買ったんだけど、そこでの体験だよ。
まず、窓口でNavigoがほしい、と言うと、インフォメーションセンターの方に案内されたのだ。
確かにそこの窓口にはNavigoはこちら、みたいなことが書いてあるんだよね。

 で、パスポートを確認され、居所と連絡先を聞かれ、としているうちに、係の人がパソコンで入力。
最後に ウェブカメラのようなカメラで写真を撮ったら、それが印刷された磁気カードができてきたのだ。
ネットでは写真を用意する必要があるとかなんとか書いてあったけど、それはなかったよ。
さらに、カード代で5ユーロまずかかる、ということだったんだけど、ボクの場合はカードの発行は無料で、チャージにだけお金がかかったよ。
なんか違うのかな?

Navigoには、パリ市内居住者向けの通常のものと、非居住者向けのDecouverteというのがあって、通常のVavigoは郵送で申し込んで3週間かかるとネットにはあったんだけど、ボクが今回手に入れたのはひょっとしたら通常のNavigo?
でも、駅の窓口ではどのみちDecouverteしか買えないので、普通にNavigoおくれと言えば大丈夫、というこれまたネット情報をもとにやってみたんだけどね。
ひょっとしたらシステム自体が変わっているのかもしれないけど。
何はともあれ、これでパリ市内のメトロと電車は乗り放題だぜ!

2016/07/30

土用の食べ物といえば

夏の土用がやってきたのだ。
今ではコンビニでもウナギが売っているよね。
しかも、夏の土用だけでなく、最近では秋でも冬でも土用になるとウナギを売っているような・・・。
でも、実は夏の土用のウナギというのは、江戸時代に平賀源内さんが生み出したキャッチフレーズといわれていて、真夏の暑い盛りに精のつくものを、ということで広まったものなんだよね。
むしろ、もっと伝統的な土用の食べ物があるのだ!

それは、「土用餅」。
京都や加賀に残る風習なんだけど、土用の入りにあんこでくるんだおもちを食べるんだよね。
これが夏ばてを防ぐと考えられていたのだ。
お彼岸にはぼた餅やおはぎを食べるけど、こっちはお米の粒が完全につぶしていない状態であるのに対し、土用餅は完全に搗いたおもちなのだ。
赤福餅みたいなものだよ。

土用というのは、立春・立夏・立秋・立冬の四立の前に置かれる2週間強の4つの不連続な期間の総称。
陰陽五行説では、季節は5つに分かれていて、東西南北に対応した春夏秋冬と、中央に配される土用があるのだ。
各季節の移り変わりの時期に置かれるのが土用で、節分の時期に一致するのだ(節分は四立の前日だから。)。
特に、夏の土用は、これからぐんぐんと暑くなっていく立夏の直前の時期で、真夏の暑い盛り。
なにがしかの願掛けみたいなのがあっても不思議じゃないよね。

土用餅よりさらにさかのぼると、宮中行事で似たようなのがあったみたい。
それは、夏の土用にガガイモの葉から煮出した汁で餅粉を練って団子を作り、味噌汁に入れて食べる、というもの。
この団子部分だけが残って、後に土用餅になるみたい。
なぜあんこでくるむのかはよくわからないけど、おそらく、小豆は「魔除け」の効果のある神聖な食物と見なされていたことと関係があると思われるのだ。
赤飯とかもそうだよね。

もともと「朱」の色には魔除けの効果があると考えられていて、だからこそ神社の鳥居や社殿を朱に塗るわけだけど、これは、朱という色の顔料である「辰砂」の性質が絡んでいると思われるんだよね。
辰砂というのは硫化水銀を含む鉱物で、赤とオレンジの中間的な色なんだよね。
当然水銀化合物なので、この水銀の入った含量である朱を塗ると、害虫や腐食を防ぐのだ。
これがおそらくい「魔除け」のイメージにつながっていくんだよね。
で、同じような赤い色を出す小豆も神聖視されてくるというわけ。

ここまで来ると小豆自体が魔除けの効果を持つように信じられるので、神の依り代ともなるおもちを魔除けの小豆あんで包み、それを食べることで自分を神と一体化し、魔除けの効果を取り込む、という発想になるのだ。
夏越しの祓えの前日に食べ、穢れを祓って残り半年の無病息災を祝うという水無月も小豆あんだよね。
これも京都の伝統的なお菓子だけど、三角形の外郎(ういろう)の上に小豆のあんこがのっているのだ。
三角の外郎は氷のイメージで、冷たさと魔除けを体に取り込もうということみたい。

というわけで、何か悪いことが怒りそうなら小豆あんを食べようってことだね!
ボクはもともと好きだからけっこうな頻度で食べているけど、それでけっこう守られているのかな?

2016/07/23

校名は伏せたままで

梅雨も終わりかけ、蒸し暑い日が続いているよねぇ。
クールビズでましになったとは言え、汗が泊まらない暑さ・・・。
日本の夏は湿度が高いからね。
それなのに、からっとしている欧州起源のスーツを着なくちゃいけないんだから(>o<)
でも、そんな中、街中でひときわ暑苦しい若者を見るのだ!
それは就活生。
濃紺とか黒とかの暑苦しいスーツを着ているよね。
もうそういう時期なのか。
今年は去年よりスケジュールが2ヶ月前倒しだから?

その就職活動で思い出したんだけど、最近は就職活動中は学歴を書かせないんだよね。
エントリーシートやら履歴書には書くみたいだけど、面接官に見せる面接票には書かせないところもあるようなのだ。
民間企業ではソニーが先駆的で、ニュースとかでも話題になったよね。
ネットの情報では、エントリーシートの段階で大学名ですでにカテゴリー分けされて、フィルターがかかっているなんて話もあるけど・・・。
そういうように学校名をあえて書かせないところは、人物本位で決めている、ということなのだ。

これはただ単にOBが後輩を優遇するとかそういうことだけじゃないみたい。
そういうコネもむかしの就職活動では重要だったみたいだけど、おそらく、今では、いい学校を出ている=それだけ勉強をがんばってきた、という実績の評価なんだよね。
それはそうで、その人なりに努力した結果が学歴ではあるのだ。
でも、その学校名に引きずられてしまって、人物を正しく評価できない、ということもあるのだ。
それが心理学で「ハロー効果」と呼ばれるもの。

「ハロー」は挨拶の「hello」ではなく、西洋画の聖人の頭の後ろに描かれる後光の「halo」のこと。
不思議なことに、仏像にも後光があるし、西洋の聖人にも後光が差すんだよね。
これは立派な存在からは何か光のようなものが出ているという共通の認識があって、それが同じような手法で表現されているってことなのかな?
で、学歴のようなその人のわかりやすい特徴のひとつが、「後光が差す」ようにその人全体が優れているかのような印象を与えることを言うのだ。
動物好きの人に悪い人はいない、とかも同じようなものかも。

受験には運不運なんかもあるから、どの大学に入るだけで全部が決まるわけじゃなく、その学校で何を勉強してきたのか、勉強以外にどういうことを経験してきたのか、というのが本来その人物に対して評価すべきことなんだよね。
それはみんな頭ではわかっているはずなんだけど、有名大学を出ているだけでその人はすごい、と思ってしまって、より好意的に解釈しがちになる、ということなのだ。
超一流大学の学生がバイトに精を出すと、勉強だけじゃなく社会勉強もがんばってらい、となるのだけど、あまり有名ではない大学の学生がバイトに精を出すと、勉強もしないでばいとばっかり、となる。
こういう印象に与える影響のことを言っているのだ。

確かにそういうところあるよね・・・。
この前終わった参議院選挙や、今やっている都知事選でもそうだけど、その人の細かい政策やこれまでの言動などにきっちり目を通した上で投票する人は多くなくて、多くの場合、ポスターを見た印象、テレビなどで報道された発言、その人のプロフィールなどで投票活動が変わってくるんだよね。
まさにハロー効果が大きく聞いているよ。
元大臣とか、元知事とか言われると、一度はそういう重職をつとめているので実績があるから「できるはず」とかね。
これは就職面接に限らず、自分でも気をつけないといけないなぁ。

2016/07/16

尊皇で譲位認める?

今上陛下が生前大意の御意向を示された、という衝撃的な報道があったのだ!
すなわち、御自身は退き、皇位を皇太子殿下に譲るということなのだ。
でも、今の皇室制度の基本的な事項を定めた法律である「皇室典範(昭和22年法律第3号)」には「譲位」や「退位」に関する規程はないので、どうするのか?、という話になっているんだよね。
場合によっては皇室典範の改正が検討されるわけだけど、そうなると、秋篠宮家に悠仁親王殿下がお生まれになってから下火になっていた「女性天皇」問題が出てくるのだ・・・。
どうせ皇室典範を改正するなら、それも含めてやればいいと。
すでに宮内庁次長は「そのような事実はない」と否定しているのでどうなるかわからないけど。

もともと「譲位」自体は珍しいことではなく、我が国ではよく行われていたことなのだ。
最初は持統天皇というから飛鳥時代。
最後は江戸時代の光格天皇だって。
退位した前天皇は「太上天皇」、略して「上皇」と呼ばれ、この上皇が政治的な実権を握り続けると「院政」になるのだ。
持統天皇以前にも生きている間に皇位を譲った例はあったようなんだけど、まだそのころは「上皇」という言葉がなかったので、数に数えられていないみたい。
で、今回も仮に「生前退位」が可能となれば、敬称は「太上天皇」とか「上皇」になるんじゃないかと言われているんだよね。

報道では、今の皇室典範が対応できていない、と言われているけど、実は、明治時代にできた旧皇室典範でも「譲位」や「退位」に関する規程は存在していないのだ。
明治維新の後の皇室制度改革にはいくつか特徴があるんだけど、そのひとつが、皇位継承権の順序問題。
明確に直系・嫡系の長男が皇位継承順位第一位に位置づけられ、皇位継承権は男系男子の皇族に限られることとなったのだ!
古代にはそれこそ最初の上皇になった持統天皇をはじめ、女性天皇もいたわけだけど、明治以降は男性天皇しか認めなくなっているんだよね。

もうひとつは、「一世一元の制」。
これは、先代の天皇が崩御され、次代の天皇が践祚・即位されたときに改めて元号を建て、当代天皇の在位中は改元をしない、というもの。
つまり、天皇と元号は1対1で対応させる、ということなんだよね。
かつては自然災害のような凶事や瑞祥が見つかった吉事があると改元されたんだけど、それがなくなったんだよね。
で、「生前退位」が可能となった場合、普通の感覚だと改元するんだけど、その扱いをどうするかを一応議論する必要があるんだよね。

旧皇室典範では元号についても規程があったんだけど、現在の皇室典範からは元号に関する部分はなくなっていて、代わりに「元号法(昭和54年法律第43号)」という法律に規定されているのだ。
これは法律の中でももっとも条文が文字開放率として知られているもので、1条のみなので「第○条」ではなく「第○項」だけでできているのだ!
第1項は「元号は、政令で定める。」、第2項は「元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。」。
これに附則がついたものだよ。
もともと昭和帝の高齢化により、次の元号をどうするんだ、と考えたときに、皇室典範からその規程が削除されてしまっていたので、元号の法的根拠を設けるために作られた法律なのだ。

ここで言う「皇位の継承」は皇室典範と同じなので、「生前退位」する場合の「譲位」も「皇位の継承」という概念に含めてしまえば改正の必要はないし、「皇位の継承」とは別に「皇位の禅譲」みたいな概念を新たに作るなら、こちらも改正しないといけなくなるはず。
明治以来の皇室典範の作りとして、生前に譲位が行われることを想定していないので、皇位継承が先代天皇の崩御以外の場合に存在し得るのかどうかはよくよく検証しないといけなさそうなのだ。
今の皇室典範は法律になっているしね。
はてさて、どうなることやら。
ただ、あのお年にして御公務は非常に多忙を極めているので、御意向(大御心)は最大限尊重すべきと思うんだけどねぇ。

2016/07/09

ホロホロでトロトロ

外食でビーフシチューや豚の角煮、チキンカレーなんかを食べると、ものっすごい柔らかく煮込まれているものがあるよね。
箸でほぐれます、みたいな。
自宅でやろうと思っても、なかなかそこまではいかないのだ・・・。
圧力鍋とかを使えば別なのかもしれないけど。
とにかく、じっくりと熱をかけているみたいなんだよね。

どうやったら肉がそこまで軟らかくなるのか?
原理としては簡単なようなのだ。
それが、肉の中にあるコラーゲンがゼラチン化するとやわらかくなる、というもの!
それだけ。
あのぷるっぷるで、お肌つやっつやのコラーゲンですよ。
それが煮汁に溶け出すくらいになれば、もとの肉はホロホロというわけ。

動物の肉は筋肉と脂肪なのだ。
ここに骨や皮、腱(スジ)なんかがついているわけ。
で、肉を加熱すると、まず固体状だった脂肪が融けるんだよね。
牛肉だったらヘット、豚肉だったらラード、鶏肉だったら鶏油(ちーゆ)だね。
そうすると、脂肪が詰まっていたところに隙間ができるので、その分だけ肉がやわらかくなるのだ。
これは薄肉をしゃぶしゃぶしたり、牛肉を炙ってたたきにしたりしたときの変化だよ。
ねちょっとした生肉の食感ががらっと変わるのだ。

でも、さらに強く加熱すると、筋肉の主要な構成タンパク質であるアクチンとかミオシンが熱変性して、固まるのだ。
この変化では、生肉独特の粘りがなくなって、ぷつっと切れるようになるのだ。
タンパク質の高次構造においても、まわりにたくさん水分があるような状態から、がちっと筋肉繊維が収縮して水分が追い出されて、固まる感じになるよ。

このままだと固いだけなんだけど、コラーゲンを多く含む場合は変わってくるのだ。
コラーゲンの場合は、熱による変化でより水分を集めるようになって、軟化するのだ。
ぞれがゼラチン。
コラーゲンは繊維状のタンパク質が3本よられている構造をとっているんだけど、熱がかかるとこれがまずほぐれるのだ。
さらにそこに水分がまとわりついてきて、ゼリー状になるんだよね。
これが煮汁の中に溶け出すんだけど、コラーゲンはもともと接着剤のように筋肉繊維を結びつけているものなので、これがなくなると筋肉繊維自体がほぐれるのだ。
この溶け出したコラーゲンが肉を煮たときのとろみで、冷やすと固まって「煮こごり」になるのだ。
煮こごりをきれいに精製して取り出したのがゼラチンで、その主要成分がコラーゲンになっているのだ。

コラーゲンは軽く火を通しただけでは少し固くなるんだけど、さらにじっくりと熱をかけると、徐々に解きほぐされてやわらかくなるのだ。
温度で言うと、65度くらいで少し収縮して固くなって、80度前後でほぐれて軟化するようなのだ。
つまり、沸騰手前くらいの熱をずっとかけ続けると、ほぐれていくわけ。
そして、完全にほぐれると、液中に溶け出していくわけ。
この解きほぐすのに時間がかかるので、じっくりと煮る必要があるんだ。
ちなみに、ステーキなんかは、肉の中心がまだ赤いけど、あれは脂肪が溶け出して、アクチンとミオシンが少し熱変性して食感が変わるギリギリくらいの熱の通し方。
これがやはり中心温度で65度くらいなので、コラーゲンが溶け出すことはなく、肉がばらばらになるようなことにはならないのだ。

たいていどんな肉でもコラーゲンは含まれているんだけど、牛のスネやテール、豚の豚足や皮下のバラ肉、鶏の手羽先や皮なんかには特に多く含まれていて、これらはじっくりと煮てやると柔らかくなって、とろみが出てくるよ。
ちょっと前は、こういうコラーゲンを食べるとお肌がつやつやなんてもてはやされたけど、コラーゲンは食事として摂取した場合、しっかりと胃腸で消化・分解され、アミノ酸として吸収されるので、ただの「良質なタンパク質」でしかないのだ(>o<)
肌に直接塗るならまだしも、食べてもすぐに美肌になるわけではないよ。
もちろん、皮膚の上から塗ってもそんなに浸透しないので、気休めレベルなんだけど・・・。
というわけなので、おいしいから食べる、ということでよいのだ(笑)

2016/07/02

色がついたら疑え

また有名人の覚せい剤事案が発生したのだ・・・。
ラブホテルに女性といたところへ警察が踏み込んだみたいだね。
で、こういうとき、テレビドラマだとさっと検査キットを出して、「謎の白い粉末」を透明な試薬の入った小さな試験官に入れて振って確かめるのだ。
反応して色がつくと、○○の疑いあり、とか言って現行犯逮捕するんだよね。
たぶん、今回も同じようなコトが起きていると想像されるのだ。

こういう麻薬・覚せい剤の捜査で使われているのは、マルキス試薬とシモン試薬というものなんだって。
どちらも確定的に麻薬や覚せい剤だ、と証明できるものではなく、あくまでも短時間でその疑いがあるかどうかを確かめるもののようなのだ。
正式には、その粉末をより詳細に時間をかけて調べるんだよね。
もちろん、所持者・使用者については、毛髪や尿が検査されるのだ。

では、この試薬はどうなっているかをちょっと調べてみたんだ。
ネットで見つけた関東化学の説明書によると、マルキス試薬は麻薬と覚せい剤の両方を調べることができて、シモン試薬は覚せい剤を調べることができるみたい。
マルキス試薬の中身はいたって単純で、濃硫酸にホルムアルデヒドが混合されたもの。
ホルマリンと硫酸を混ぜたものと考えればよいのだ。
ここに麻薬とか覚せい剤のようなベンゼン環を持つアルカロイド(アミノ基を持つ化合物)があると、ホルムアルデヒドによって架橋され、これらの分子が重合して高分子になるのだ(アミノ基とアミノ基の間をホルムアルデヒドがつないでしまうのだ。)。
この反応が起きると、色がつく(呈色する)わけ。

ベンゼン環はもともと紫外線を吸収するのだけど、分子が大きくなるとより低いエネルギーの光を吸収するようになるのだ。
可視光を吸収するようになると、その補色に色づいて見えるんだよ。
例えば、一番波長が短い紫の光を吸収するようになると、黄色く見えるし、もう少し波長の長い青い光を吸収するようになるとオレンジに見えるのだ。
この光の吸収スペクトルは化合物の構造で決まるので、何色になったかでどんな化合物が入っているか当たりがつけられるというわけ。
覚せい剤ならオレンジ色、モルヒネ・コカインなら紫色になるよ。
刑事ドラマで液が紫色になるやつはこれなのだ!

シモン試薬は覚せい剤の有無を簡単に調べるもの。
上のマルキス試薬では、覚せい剤と反応するとまずオレンジ色になるんだけど、少し時間が経つと色が変わってくるのだ。
このとき、アンフェタミンなら褐色、メタンフェタミンなら緑青色になるのだ。
シモン試薬でも、アンフェタミンなら赤っぽいオレンジ、メタンフェタミンなら青い色になるよ。
このシモン試薬は、A液(炭酸ソーダ)、B液(ペンタシアノニトロシル鉄(III)酸ナトリウム)、C液(アセトアルデヒドとエタノールの混合液)の3つを順次加えていってまぜるんだ。
それぞれ目薬の容れ物に入っているのだ。
これはわりと複雑な反応みたいだけど、錯体の構造が変わって液の色が変わるみたい。

これらの試薬で色がつくと、麻薬なり覚せい剤の疑いあり、ということで、より詳細な確認検査に回されるのだ。
似たような反応をする物質もあるにはあるので、あくまでも1次スクリーニングなんだって。
ちなみに、メタンフェタミン(昔で言うヒロポン)は今でも国内で医薬品として使われることがあって、日本薬局方にも掲載されているのだ。
日本薬局方の確認試験では、ヘキサクロロ白金(IV)試液と混ぜるとオレンジ色の沈殿ができるとか、ヨウ素試液と混ぜると褐色の沈殿ができるとかが掲載されているよ。
こっちは、覚せい剤の疑いが、というのとは逆で、ちゃんと医薬品に有効成分が入っているかどうかの確認試験なんだけどね。

2016/06/25

本当は期限あり

鳩山邦夫元法相がお亡くなりになったのだ。
この人は、サイバンインコの「中の人」になってみたり、友達の友達がアルカイダだったりで有名な政治家だったけど、ボク個人としてもとても印象に残る政治家だったのだ。
御冥福をお祈りします。
で、この鳩山元法相が有名になった件としては「死に神」問題があるんだよね。
これは朝日新聞が報じた記事に由来するもので、鳩山元法相が「死刑の執行は粛々と行うべき」として歴代法相の中でも群を抜いて多くの死刑を執行していることに対し揶揄したもの。
このときの元法相の発言で「ベルコトンベアー方式」なんてことも言われたのだ。

でも、実は死刑という制度は刑が確定したら期限内に執行すべきことが法律で定められているんだよね。
刑事訴訟法第475条第1項では、「死刑の執行は、法務大臣の命令による」と定めているので、死刑という刑が裁判で確定した後、改めて法務省内で刑の執行にかかる手続きがあって、しかる後に法務大臣から執行命令が発せられて、刑の執行に至る、という図式なのだ。
その次の第2項では、「前項の命令は、判決確定の日から六箇月以内にこれをしなければならない」とされているので、本当は刑確定から半年以内に執行をすることが求められているんだ。
とは言え、その後ろに但し書きとして「但し、上訴権回復若しくは再審の請求、非常上告又は恩赦の出願若しくは申出がされその手続が終了するまでの期間及び共同被告人であつた者に対する判決が確定するまでの期間は、これをその期間に算入しない」というのもあって、例外は認めているわけ。
実際には、死刑の執行には数年はかかるみたいなんだよね・・・。
中には死刑の執行せずに大臣の任期を終えた人もいたのだ(これはその大臣の信条によるところもあるのだけど。)。

鳩山元法相は、この法律に定められたルールに則り、手続きをきちんと進めるべきだ、と主張しただけなので、当時から「死に神」呼ばわりした朝日新聞には抗議がなされたみたい。
でも、マスコミの論調の中では、「そもそも死刑という制度が妥当なのか」という議論を意図的かそうでないのか見事にまぜこぜにされてしまって、死刑を執行すること=悪いことみたいに捉えられることもあるんだよね。
少なくとも、現行法制化では死刑という刑があって、裁判においてもそれが確定しているものについては、元法相が主張したように粛々と執行していくのが法治国家としてあるべき姿なんだよね。
その上で、死刑という制度を存続させることがいいのか、仮釈放なしの終身刑のようなものに変えた方がよいのか、というのは、社会で議論し、国会で審議した上で、必要であれば法制度を変えていくという話なんだよね。
今のルールが気にくわないから従わなくていい、というのは少しおかしな話に感じるよ。

話はそれたけど、裁判で死刑という判決が確定すると、法務省内で手続きが発生するのだ。
まず、判決の謄本と公判記録が検察庁に送られ、検察ではこれらの書類に基づいて死刑確定者に関する上申書を作成して法務省に提出するのだ。
この上申書は法務省の刑事局に回され、やはり検察から送られてくる裁判の確定記録とともに中身を確認する作業に入るのだ。
通常死刑判決が出るような裁判は長期にわたって行われるため、ここで確認する記録は膨大な量になっているそうだよ。
また、再審や恩赦、非常上告など、刑の執行を停止する必要のあるものに該当するかどうかも慎重に確認することになっていて、これにも時間がかかるみたい(例えば、えん罪の疑いのある場合は速やかに執行はできないし、恩赦が近々見込まれる場合にも拙速に執行はされないのだ。)。
で、中身の確認が終わると、死刑執行にかかる起案をし、法務大臣の了解を求めるのだ。
法務大臣がこれを裁可すると、死刑執行命令書が作成され、法務大臣が署名すると刑の執行が確定するんだ。

死刑の執行に関しては、刑法第11条第1項で「死刑は、刑事施設内において、絞首して執行する」と決まっていて、日本では絞首刑が採用されているのだ。
中国だと銃殺刑もあるし、米国では電気椅子なんかも使われるみたいだけどね。
さらに、次の第2項では、「死刑の言渡しを受けた者は、その執行に至るまで刑事施設に拘置する」となっていて、刑の執行までの間は、刑事施設に「拘置」されるのだ。
これは逃げられないように身柄を拘束することで、「懲役」や「禁固」とは別の概念なんだよ。
確かに、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律の定義(第2条第4号)では、受刑者は、「懲役受刑者、禁錮受刑者又は拘留受刑者をいう」となっていて、死刑囚は含まれていないのだ。
なので、死刑囚が収容される刑事施設というのはいわゆる「刑務所」ではなく、「拘置所」なのだ。
つまり、東京で言えば、府中刑務所ではなく、小菅の東京拘置所にいるというわけ。
そういう意味では、拘置所には、裁判がまだ終わらず刑が確定していない「未決囚」と呼ばれる人たちと、死刑が確定している死刑囚がいることになるよ。

刑の執行に当たっては、検察官、検察事務官及び拘置所の所長(又はその代理)が立ち会うべきことが刑事訴訟法第477条第1項で定められているんだけど、一方で、第2項では、検察官又は拘置所長の許可を得たもの以外は刑場への立入りを禁止しているのだ。
通常は刑事施設の職員(刑務官等)のほか、医官や教誨師が立ち会うみたい。
このあたりはあまり詳細が明らかにされないので、詳しいことはわからないんだけど。
医官により死亡が確認されると、刑事訴訟法第478条に従って検察事務官が執行始末書を作成し、立会い検事と拘置所長が署名押印して刑の執行が終了することになるよ。

ちなみに、よく刑の執行後に仮に生きていた場合はそこで刑の執行が終わったので釈放される、なんてことが言われるんだけど、この根拠とされるのが、刑事施設ニ於ケル刑事被告人ノ収容等ニ関スル法律(旧監獄法)の規程。
まず、第71条の第1項と第2項で、死刑の執行は刑事施設内の刑場で行うことと、祝祭日と12月31日~1月2日にかけては死刑の執行を行わないこととしているのだ。
続く第72条で、「死刑ヲ執行スルトキハ絞首ノ後死相ヲ検シ仍ホ五分時ヲ経ルニ非サレハ絞縄ヲ解クコトヲ得ス」とされていて、死相を確認してから5分経たないと絞首に使った縄を外してはいけない、という規程があるのだ。
ここをもって、5分経って縄を外したら蘇生した、という例をどう考えるか、ということなんだけど、この場合、過去の例では刑の執行はいったん完了したと見なされ、再度執行はされない、ということになったみたい。
ただし、現在の絞首刑の場合、まず蘇生しないような方法だし、医官が死亡を確認しないと刑の執行が終わらないようになっているので、おそらくこの問題はもう起こらないと考えられるよ。

なんだか暗い話だけど、これが日本の死刑制度なんだよね。
これが現代社会において妥当なものかどうかは議論があるところだけど、少なくとも法律が改正されるまでは、このルールに則るのが法治国家だとは思うんだよね。
その上で、国連での議論なんかも踏まえつつ、制度について国を挙げて検討すればいいのだと思うよ。
そういう意味では、鳩山元法相はこの問題を意識の上に上げる一石を投じたと思うのだ。
改めて、御冥福をお祈りします。