2022/12/03

12月に休みを!

ついに今年も最後の月、12月に入ったのだ。
年内にけりをつけようと何かと慌ただしくなる師走だけど、令和になってから、12月には祝日が消えた!
思えば、平成の御代は12月23日なんていう素晴らしい日付で天皇誕生日があったんだよね・・・。
他の祝日とトレードでもよいので、「平成の日」を作ってほしい(笑)
で、皇位継承順位第1位の皇嗣殿下が即位したあかつきには11月30日というなんともおしい日付。
第2位の悠仁親王だと9月6日なので、まだ夏休みぼけくらいのタイミング。
日本の皇室制度では不可能なんだけど、愛子内親王殿下であれば、12月1日になるのだ・・・。
英王室は女性の王位継承がありなんだけど、日本の場合は、皇室典範において男系の男子皇族が継承することが規定されているので、制度自体を大きく変えないと実現しないんだよね。

ここで言う「男系」とは、父親をたどっていくことで、皇室の場合、男系をたどると神武天皇につながり、それはすなわち、高千穂に降臨した皇孫ニニギノミコトにつらなる、ということなんだよね。
現在は王権神授説なんて誰も信じていないけど、日本の皇室の正当性や伝統を重んじる上でこれが大事、と考えている人が多くて、女系天皇を認めるかどうかの議論はいつももめるんだよね。
では、なぜ英王室は女性に王位継承が認められるのか?
これには宗教も絡んでくるんだよね。

欧州の王室の場合、基本的にはみなキリスト教(旧教)なのだ。
これが何を意味するかというと、一夫一婦制ということなんだよね。
しかも離婚ができないのだ。
すなわち、男系継承をしようとしても、早々に後継者不足問題が出てくるわけ。
ヘンリー8世のように離婚するために国教会を作ったり、意図的に「死別」した上で後添えをもらうなんて荒技もあるけど、さすがにそんなことは恒常的なシステムには組み込めないよね。
なので、おそらくやむにやまれぬ理由というのがあって、女系の継承も認めざるを得ないような状況だったのだろうと思われるのだ。
そもそも、欧州の王室の多くもかつては男系男子のみの継承としていたことが歴史的にわかっているので、それが破綻した後の措置、ということなんだろうね。
で、それと同じことが我が国に起こるかどうかということ。

日本の場合、権力者は基本的には側室を複数名持ったので、男系男子不足問題はまずまず起こらなかったんだよね。
江戸幕府5代将軍綱吉公や豊臣秀吉公はなかなか嫡男に恵まれずすったもんだがあったけど、徳川将軍家はもともとそういうのに備えて御三家を作っていたわけだし(8代吉宗公意向はそれに加えて御三卿も)、そもそも豊臣家はぽっと出だし、どうしてもつなぎたい場合は畏怖亭とは言え秀長という弟もいたわけで、そんなに問題ではないのだ。
でも、戦後の皇室は一夫一婦制で側室制度をとっていないし、遠縁となっていた宮家の多くも廃止されたので、にわかにこの問題が出てきたわけ。
今は悠仁親王がいらっしゃるので一段落した感はあるけど、それまでは死活問題だったわけだよね・・・。
なので、システムとして男系男子継承を維持しようとするなら、側室を認めたり、皇籍離脱した男系男子の皇族復帰を認めたりなど、とにかく男子皇族を増やさなくちゃいけないわけ。
そんなことするよりは、女系継承を認めるのもありなんじゃない、という議論だよ。

でも、よくよく考えると、遺伝的には女系継承の方が確実なんだよね。
妊娠・出産している以上、子どもの母親は確実なのだ。
でも、父親はと言うと・・・。
上で出た綱吉公や秀吉公も怪しいと言われているよね(>_<)
DNA鑑定が技術的にできない世界だったらそれでもよいのだけど、いまは技術的に血縁鑑定が確認できてしまうから。
それに、女系(母系)でたどると、常にミトコンドリアDNAは同じ系統が維持されるので、さんざん長い歴史の中で薄まってきている始祖の血を主張するよりはいいかもしれないのだ。
もともとニニギノミコトもアマテラスオオミカミの孫であるわけで、このアマテラスの血が大事だというなら母系であったとしても一応の正当性があるのではないか、とも思ってしまうんだよね。

2022/11/26

はたらくひと

ツイッターがイーロン・マスク氏に買収されてから大変なことになっているのだ。
大リストラ。
なんか、そもそも大赤字垂れ流しにもかかわらず、あんまり働いていなさそうな陽キャをたくさん抱えていた、みたいなことを言われているけど、実際はどうなんだろうね。
で、米国ではもともと労働市場が非常に流動的に次々に好条件を求めて転職していくような風潮もあるし、こういう話はままありそうだけど、日本支社でも多くの人が解雇される、というので大騒ぎ。
一般に、日本の労働法制では解雇規制が厳しいのでこういうのがやりづらいはずなんだけど、外資系の場合は毎年契約更改の年俸制雇用だったりするから、ひょっとしたらいけるのかも。
それと、解雇の場合は30日以上前に通告すること(労働基準法上の解雇規制)、というのを逆手にとって、それまでの給与を支払った上での解雇だから問題ない、なんていう声も。
実態がわからないからなんとも言えないけど。

この問題で、改めて日本の伝統的な雇用システム、いわゆる「三種の神器」が取り沙汰されているのだ。
すなわち、「終身雇用」、「新卒一括採用」、「年功序列型賃金」の3つ。
本当に日本独自かどうかはよくわからないけど、この3つが合わさった形の雇用形態はけっこう特殊なようで、小泉内閣以降グローバリズムの流れの中で雇用システムの改革が試みられているんだよね。
これが中途半端に入ってくるとけっこうつらくて、今の日本のように非正規雇用が異様に増えたり、いわゆる「雇い止め問題」なんかが発生しているのだけど。

最初の「終身雇用」はまさに字義どおりで、一度奉職したら最後まで勤め上げることを前提にした雇用制度。
なので、一度雇用してしまうと最後まで雇い続けないといけないので、雇用する側も勤続年数に応じて職階を変えつつ仕事を与え続けないとダメなわけ。
その年次進行のプロモーション(出世)からはずれると「窓際」になるのだ。
海外ならくびになってもおかしくないのだけど、解雇規制が厳しいので(大きな損害を与えるような不祥事や不始末があったのならともなく、単に仕事ができない、というだけではくびにしづらい。)、「飼い殺し」になるわけ。
で、雇われている方も、「終身雇用」を前提としたシステムの中では転職や中途採用も難しいので、甘んじてそれを受け入れるのだ。
今となっては、「窓際」として買い続けることもできないので「追い出し部屋」みたいな殺伐とした世界になっているけど・・・。

次の「新卒一括採用」は、原則として高校や大学を卒業したタイイングでのみ新規採用を行うという考えで、旧来の日本のシステムは、「終身雇用」を前提に人を雇用しながら育てていってより高位のポストに昇進していってもらう、というのが原則なので、転職組の経験者採用、中途採用をあくまでも例外扱いしてきたんだよね。
でも、これがずっと続くと労働市場の流動性がほぼなくなるし、氷河期世代で明らかになったように、このタイミングで就職に失敗するとそれがずっと尾を引いて正規雇用にたどり着けない、などの問題があって見直しが言われてきたのだ。
なので、「第二新卒」だとか、「卒業後3年以内は新卒扱い」だとかそういう取組をしてきているんだよね。
最近はかなり転職への抵抗感も薄れて、世に転職エージェントや転職サイトがあふれているけど、幹部候補生になる、いわゆる「総合職」については、帰属意識を強く持ってもらってエリートとして育成したい、みたいな信仰があって、新卒採用にこだわるところもあるよね。
どうしても日本式のスタイルだと、組織を「家族」のように見なす傾向があるので、経営責任がある人が外様というのだと違和感がある、ということで、自分たちでゼロから育てたい、となるんだよね。
逆に、海外の場合は、経営センス、スキルのある人にきちんと経営を担ってもらうべき、ということで、経営層も普通に外から来たりするわけだけど。
日本は官庁や銀行の出身者が子会社の役員になると、【現場のことが何もわかっていない」とかいってもめる、みたいなステレオタイプもあるよね。

最後の「年功序列型賃金」もくせ者。
これは、仕事上の能力に何の変化がなくても、勤続年数に応じて給与が上がっていく、というシステムなのだ
橋下さんが大阪で府知事や市長をしていた時代にさんざん訴えていたけど、公営バスの運転手や給食の調理を担う人は、なんら仕事内容に変化はないし、スキルの向上がなくても給与が自動的に上がっていくのはおかしい、というもの。
出世して責任と権限が大きくなって給与も上がる、というのはわかるけど、仕事内容の変化がないのに、長く勤め上げるだけで給与が増えるのはおかしい、という論調。
確かに、欧米の場合はこういうことはまずなくて、「同一労働同一賃金」の大原則で、インフレ率の反映を除けば同じ仕事祖師続ける限りは給与には変化はないのだ。
むしろ、給与を上げたいと思ったら、昇進や転職をしてそれなりの仕事内容に変える必要がある、ということなんだよね。
海外はこうなっているから仕事を次から次へと移る人が多いわけ。


昭和の時代はいざ知らず、さすがにもうこの「三種の神器」を堅持した労働システムは破綻しているので、経団連を中心に改革しようという声が上がるんだよね。
小泉改革の後には、派遣業法が改正されて一気に非正規雇用が増えたけど、先にも挙げた厳しい解雇規制のおかげで正規職員として採用するとくびを切れないので、派遣で来てもらう形で、多少割高になっても必要なときに必要な人材を確保する、ということが主流になったのだ。
ところが、こうなると労働市場が極めて不安定化するわけで、さすがに批判の声が強く出るわけ。
そこで、最近進められようとしているのが「ジョブ型雇用」。
大手企業なんかではわりと仕事内容をきちっと規定できる職種では導入が進んでいるみたい。

「ジョブ型雇用」の場合、Job Descriptionの中で明確に用務内容が規定されていて、それにみな宇給与が設定されているのだ。
で、基本的にはその業務を続ける限りはその条件がずっと続くわけ。
その業務が期間限定であれば任期付になるし、勤続年数が増えても原則として給与は上がらないのだ。
雇う側から見ても、そこに規定される業務の要不要という形で検討できることになって、「窓際」みたいなことは考えなくていいのだ。
その業務が不要になればその雇用契約はなくして、別の契約に振り返ればいいというわけ。
雇われる側が新たな業務内容が不満であれば出てってもらって新たな人を入れればいい、みたいな。
極めてドライな欧米式のやり方なのだ。

理論的にはそうなんだけど、やはりこれが日本の風土・文化にぴったりとはまるかどうかはけっこう微妙だと思うんだよね。
意識は瀬宇土も儒教の教えは染みついていて、年長は敬うべき、みたいな文化があるからね。
それと、愛社精神という名の帰属意識の問題もあって、そうやってドライに契約に基づいて職を得ている場合、何かあったときに体を張ってがんばれなくなるのでは、みたいな根性論もあるのだ。
もはやそういうのは前時代のモノとしてなくしていく、ということなんだろうけど、現役の経営層、特に中小企業なんかではそうした考えがまだまだ根付いているから、なかなか難しいんだよね。
こういう労働市場の流動性の問題は、一部の大手だけができていても回らなくて、社会全体がそっちの方を向いていないと成立しないのだ。
あので、これが定着するのはまだまだ時間がかかるだろうなぁ。
今回のツイッター社の件で外資の雇用システムは怖い、みたいな印象も受けているし、雇われる側にはメリットがあるよ、ということが示せないと広がってはいかない気がするのだ。

2022/11/19

か~べ~ぬ~り~

ミラノに行ったとき、世界遺産にも登録されている、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院のレオナルド・ダ・ヴィンチ作「最後の晩餐」を見たのだ。
欧州の協会の壁画って、基本的にはフレスコ画で、壁表面に漆喰を塗ってそれが乾く目にその上に顔料を載せたもの。
これはわりと長持ちするのだ。
でも、フレスコ画は塗り直し不可、色重ね不可、漆喰が乾くまでのごく短期間に描き上げないといけない、などの制約があって、「この「最後の晩餐」は別の手法で描かれているよ。
壁の表面に薄く樹脂の膜を塗って、その上に卵白で絵の具を溶くテンペラ画で描かれているんだ。
これだと、板やキャンバスに描くのと同じで、時間をかけて描けるし、塗り直しも色重ねもできるのだ。
ただ、問題は耐久性。
膜の上のテンペラ画はいいのだけど、壁から膜がはがれるのだ・・・。
これで修復が大変なんだよね(>_<)
やっぱりフレスコ画っていうのは先人の知恵の詰まった装飾法だったわけだね。

漆喰は、消石灰(水酸化カルシウム)を主成分とした建築材料で、洋の東西を問わずに使われているもの。
基本的にはペースト状にして壁に塗るんだけど、乾いていく過程で空気中の二酸化炭素を吸収し、消石灰が石灰(炭酸カルシウム)に化学変化するのだ。
これは石灰水に息を吹き込むと水に不要な石灰が生じて白濁する、という小学校でよくやる実験の反応と同じ。
さらに過剰に二酸化炭素を供給すると炭酸水素カルシウムになるので再び透明に戻るよね。
でも、漆喰の場合は、最初の石灰化が乾燥過程でゆっくり進んでいって、その後はもう水が少ないので次の炭酸水素カルシウムが生じる反応はあまり起こらないのだ。
なので、壁の表面に卵の殻のような水をはじく高いコーティングができあがるんだよね。
これが壁の防水性の向上、耐火性の向上などにつながるので、建築材料として使われてきているというわけ。

漆喰という材料自体は洋の東西を問わずに使われるんだけど、西洋のものと日本のものでは使い方が違うんだよね。
これは、建築本体をどの材料で作るか、というところが大きいのだ。
西洋の場合、基本は石積み・レンガ積みで作っていくので、その石やレンガはモルタルなんかを接着剤にしてくっつけるんだよね。
で、そうした作った壁の表面に漆喰を塗るわけだけど、こういう壁は、従量があるので縦方向には強いのだけど、横方向の力には弱くて、どうしても瀬tっや区部分が割れて崩れてしまうのだ。
そこで、表面に割と分厚く漆喰を塗ってコーティングすることで強度を増すわけ。
さらに、石積み・レンガ積みそのままでも味はあるのだけど、その表面をなめらかに漆喰でコーティングすると装飾性も高まるのだ。
教会建築なんかだと大きな壁にはフレスコ画なんかも描いたわけ。
立体的にレリーフなんかを浮き彫りにする装飾もあるよ。


一方、日本の壁の骨組みは木造。
骨組み自体はきっちりしているので、それが壁や塀になるように漆喰を塗るのだ。
なので、防水性や耐火性は重要なんだけど、コーティングによる強化、ということではないので、むしろ木造の骨組みに均一に塗りやすくする方が重要なわけ。
このため、日本の漆喰は消石灰に「すさ(麻やわらなどの植物繊維)」や海藻(ふのりなど)を加えるんだ。
消石灰が石灰化して固まると少し体積が減るので、収縮が起きるのだ。
これを防止するために「すさ」を入れるんだけど、こういう繊維質のものが入るとひびが入っても崩れにくくなるので、壁材としての強度も増すのだ(コーティングでなく、壁そのものだからこの強度が必要なんだよ。)。
海藻の方は、保水性を高めることでゆっくり乾くようにしているのだ。
表面コーティングではなく、木造の骨組みに塗り込めていくのでわりと時間がかかるので、すぐに乾いていくと作業上まずいんだよね。

日本の漆喰の装飾については、レリーフと同じように立体的に顔料を入れて色をつけた漆喰を立体的に塗る「こて絵」もあるけど、そこまでメジャーではないのだ。
なまこ壁のように、壁の方面に瓦を貼って、その間の目地の部分を盛り上げて幾何学模様にする、みたいな装飾のほうがメジャーだよね。
でも、実は高松塚古墳の壁画は漆喰の上に描かれているんだよね。
なので、古代日本では漆喰の上に絵を描いていたのだ。
でも、こういう古墳の壁画はカビたり、漆喰がはがれたり野損傷が問題になっているので、日本の風土では漆喰の上に絵を描く、というのはあんまり保存性がよくないのかも。

2022/11/12

ふところあったか

寒くなってきた。
家にいるときは、こたつやおふとんから出たくない!
でも、出かけなくちゃいけない・・・。
そんな防寒対策のひとつが、「カイロ」なのだ。
今では使い捨てのカイロが多いけど、ハクキンカイロを愛用している人もいるよね。

もともと、江戸時代は、暖めた石を布などにくるんで懐に忍ばせていたらしいのだ。
これを「温石(おんじゃく)」と言うんだって。
「懐石料理」の「解析」がこの温石のこと。
懐を暖めて空腹をしのぐ、ということなのだそうだよ。
もともとは「会席」だったものが、おなじくわび・さびの世界の禅宗に由来する「懐石」の字が使われるようになったみたい。
戦国時代は、一汁三菜のわりと質素な食事で、おそらくは【たいしたものはありませんがこちらで空腹をしのいでください」くらいの話だったんだけど、茶の湯の発達に伴って徐々にもてなしが豪華になり、今のような尾高級な料理になったようだよ。

それはそれとして、この温石だとすぐに冷めてしまうよね。
長続きしないのだ。
そこで、江戸時代になると、金属容器の中に木炭灰を入れてゆっくりくすぶらせながら燃やして発熱させる「灰式カイロ」というのが出てきたようなのだ。
これは炎が出て燃えるわけではないけど、容器の中で火がくすぶっているわけで、扱いは注意しないといけないんだよね。
でも、これはあくまでも灰をゆっくりと燃やすものなので、発熱させるには着火する必要があるのだ。

この灰式カイロはその後も細々と続くんだけど、とってかわってシェアを奪ったのがハクキンカイロ。
「ハクキン」は白金=プラチナのことで、プラチナを触媒にして、その表面上で燃料と酸素を反応させ、ゆっくりと発熱させる、というもの。
反応自体は燃焼反応と同じだけど、触媒表面で反応させることで、ゆっくりと、火を出さずに反応するので、暖かさが持続するのだ。
燃料としてよく使われるのがベンジンで、効かしたベンジンがハクキン触媒に触れるようになると発熱開始するのだ。
発熱量がわりと高い割に長持ちするので、今でも利用者がいるわけ。
でも、この反応では二酸化炭素とともに水が出てくるんだよね。
なので、カメラの愛好家がレンズがくもらないようにあたためるのにはむしろ水を出さない灰式カイロが利用されるんだって。

ハクキンカイロは非常に優れたものではあるんだけど、液体燃料を補充しながら使う、というのは少し面倒なんだよね。
その燃料は火気厳禁のものなので扱いも気をつけないといけないし。
で、発熱量は高くないんだけど、とりあえず使いやすい、ということでメジャーになっていったのが使い捨てカイロ。
今では貼るカイロ、とか、靴底にしくカイロなんてバリエーションもあるよね。

この使い捨てカイロの原理は簡単で、鉄が酸化するときに出る酸化熱なのだ。
基本は鉄粉が不織布の中に入っていて、空気中の酸素と藩王して発熱するのだ。
この発熱反応を促すため、塩化ナトリウムとか活性炭とかも入っているみたい。
空気中の酸素とどんどん反応してしまうので、基本は窒素充填などで酸素と触れないようにパッケージされていて、そこから出すとまわりの酸素と反応しだして発熱するよ。
低温やけどどには注意する必要はあるけど、そこまでの発熱量ではないので、手でもめるし、春タイプなんてのもできるのだ。
なにより、すべての原料が安いというのも魅力的なんだよね。

ちなみに、使い捨てカイロの中でもメジャーな「桐灰」は、もともと灰式カイロを扱っていた会社。
それが新たな商品として使い捨てカイロを売り出し、かつ、貼るタイプというのを考案したのだ。
いまでは小林製薬の吸収されたので、ブランド名としてだけ「桐灰」が残っているよ。
こうして考えると、一度ハクキンカイロにシェアを奪われけど、新技術で奪い返した、という話なんだね。
なかなか面白い。

2022/11/05

すでにorまだ

「風姿花伝」に由来する有名な世阿弥の言葉で、「秘すれば花」というのがあるのだ。
これは手品なんかをイメージしてもらえればいいんだけど、隠しているからこそきれいに見えるのであって、すべてをさらけ出してしまうと興ざめする、的な意味。
で、ここで言う「秘すれば」というのは、仮定条件ではなくて、確定条件なんだよね。
「もし隠していればきれい」だと、すでにあらが見えてしまっているのだ・・・。
この「秘すれば」は文語の「已然形」なんだよね。
口語の「仮定形」ではないのだ。


中高の古文の授業で習うことだけど、古文の活用は現代文とは異なっていて、古文は、未然・連用・終止・連体・已然・命令で、現代文は、未然・連用・終止・連体・仮定・命令。
つまり、「已然形」と「仮定形」のところが同じような活用語尾になるのに、意味が変わってしまうのだ。
「已然形」には大きく3つの使い方があって、
①助詞「ば」に続いて順接(~なので)、助詞「ども」に続いて逆接(~なのに)
②(四段活用の動詞の場合)完了の助動詞「り」につながる(ただし、「り」は命令形につながるとの説もあり)
③係助詞「こそ」と係り結びをして強調表現になる
だよ。
①がまさに問題で、古文では英語のandやbutみたいに使うんだよね。
逆に、古文で仮定の意味を持たせたいときは、未然形+「ば」にしないといけないのだ。
時代劇で主人公が言う「寄らば切る」とか。
在原業平の和歌でも有名な「なかりせば」のばあいは、「なかり・せ・ば」で、「せ」は過去を表す助動詞「き」の未然形とされるのだ。
「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」(古今和歌集・在原業平)
(この世に全く桜がなかったとしたら、春はもっと心穏やかにいられたのに)
ちなみに、「き」の已然形は「しか」で、これは「ども」にしか続かないよ。
「都にはまだ青葉にて見しかども紅葉散り敷く白河の関」(千載和歌集:源三位頼政)
(都ではまだ青葉だったのに、白河の関ではもう紅葉が進んで色づいて派が地面を覆っているよ)

どうも、すでに江戸時代には已然形+「ば」という表現は口語ではあまり使わなくなっていたようで、{~なら」みたいな言い方で仮定表現をしていたみたい。
そして、なぜか漢文の読み下し文の場合、慣行として、仮定表現なのに已然形+「ば」で読むことが多かったのだ。
この辺の混乱と、そもそも仮定条件でも確定条件でも意味が通るような表現が多いこともあって、已然形+「ば」の使い方が廃れていってしまったみたい。
例えば、「物言えば唇寒し秋の風」という松尾芭蕉の俳句だけど、この解釈として、「ストレートに思ったままのことを言うと」ととらえても「ストレートに思ったままのことを言ってしまうと」ととらえても、意味は通ってしまうんだよね。
この句の場合は確定条件で解釈するのが正しいようなんだけど、仮にそのように解釈していなくてもおそらく困ることはないのだ(笑)

そんな流れもあって、明治の教育勅語には文語文法の誤用があるとの指摘があるんだよね。
それは「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ」のとおろで、ここは已然形+「ば」で解釈してしまうとまずくて、仮定条件でないとおかしなことになるのだ。
だとすると、正しくは「アラバ」となるべきなんだよね。
一方で、漢文訓読の場合はさっきも書いたように、已然形+「ば」で仮定条件を表すようになっていたので、それに従ったとすれば致し方ない、とも言われているよ。
っていうか、もうその頃には混乱していたわけだね・・・。

2022/10/29

これさえあれば

最近よく「完全食」という言葉を見かけるようになったのだ。
テレビのCMでも「完全メシ」ってよくやっているし、ネット広告には「ベースフード」がかなりの高頻度で出てくる気がする。
そのむかしは、必要な栄養素を摂取するために1日に30品目食べましょう、なんてことをやっていたし、学校給食もいろんなメニューを用意しつつ、子どもの成長と発達に必要な栄養素を過不足なくとれるように、という発想なんだけどね。
どうも、現代人はいそがしいのか、効率性を重視するのか、それだけで必要十分みたいのを求めるようになっているらしいのだ。

ちまたで言われている「完全食」は、厚生労働省の策定している「日本人の食事摂取基準」にある必須栄養素を過不足なく含んでいるもの。
「過」の部分は、塩分(ナトリウム)や脂質・糖質などは取り過ぎてもダメ、ということ。
最新版は2020年版で、5年ごとに改定しているようなのだ。
そのときの最新の栄養学的知見や、生活様式の変化、運動量の変化などを加味して基準を変えているみたい。
実は、500ページ弱の大部の報告書で、単に○○の摂取目安はいくら、という表だけじゃないのだ。

でも、実際には「完全食」として売られているものは、摂取すべき栄養素が基準を満たす量入っているかどうかだけで判断しているんだけどね。
実際には、例えば鉄はビタミンCと一緒に摂取した方が吸収がよいとか、卵の白身に入っているビオチンはビタミンBの吸収を阻害するとかそういう話もあるので、単純に量的な基準を満たすだけじゃダメなはずなんだけど、そこまできちんと考慮はしていないと思う。
そういうのを気にし出すと、メニュー構成や食べ方も気にしないといけなくなるからね。

思い返してみると、最初にカロリーメイトが売り出されたとき、「完全栄養食」をうたっていたのだ。
食事をとる時間がないときでもカロリーメイトをかじれば必要な栄養素は補給できる、みたいな。
そのころはSFに出てくる「未来食」みたいな感じでウケたわけだけど、フレーバーが複数あるくらいでずっと食べ続けられるものじゃないよね。
なので、やっぱり時間がないときの臨時のしのぎみたいなイメージだったのだ。
ところが、現在売られている「完全食」のラインナップを見ると、カツ丼やラーメン、焼きそば、カレーなんかもある!
しかも、レトルトやインスタントで。
手軽に一色でおいしく栄養が過不足なくとれる、ということではやっているようなのだ。

実は、カロリーメイトの他にも、観世婦負洋食の尾明日他とかクッキーとかはあったようなんだけど、いかんせんおいしくなかったみたいなんだよね。
カロリーメイトはお菓子としてもそこそこおいしいだけにこれは致命的。
その一食で済ませるくらい食事にはそこまでこだわりがないんだろうけど、それしか食べないのにおいしくないのはきつすぎるよね・・・。
おそらく、ここに分岐点があったのだ。
手軽に食べられて、かつ、おいしい。

現在市販されているレトルトやインスタントのものは少し割高ではあるけど、実は災害に備えた備蓄品としても有用だよね。
どうしても従来品のレトルトやインスタントは栄養が偏っている、というイメージがあるし。
そう考えると、これはけっこうすごい技術革新なのかも、と思ったり。
まずはなんか買ってみようかな。

2022/10/22

残り物には・・・

 最近年中スーパーで甘酒を見かけるようになったのだ。
暑い時期は冷やし甘酒、寒い時期はむかしながらのあたためるタイプ。
ビタミンB群や必須アミノ酸が豊富で優しい甘さ、とかいって、健康食品的な位置づけなんだよね。
発酵食品全体がはやっているというのもあるけど。
いわゆる「甘酒」には大きく2種類あって、米麹でお米のデンプンを糖化させて作る「一夜酒」とも言われる発酵飲料の甘酒と、清酒の副産物である酒粕をお湯で緩く溶いて甘みをつけた甘酒。
神田明神の名物の甘酒は前者だけど、お祭りなんかで露店で売られているのは簡単に作れる後者なのだ。
僕は割と酒粕の甘酒が好き。
で、今回は酒粕の話。

日本でも伝統的に酒粕は利用されてきていて、三平汁や粕汁のように汁物、魚介類の粕漬け、奈良漬けなどの漬け物、しもつかれのようなあえもののベースになったりするのだ。
健康食品として注目されてきたので、むかしなら砕いて甘酒の原料にする、くらいが一般家庭の使い方だったけど、ネットに酒粕を利用した料理やお菓子のレシピもたくさんあるし、いろんな使い方が広がっているようなのだ。
清酒の副産物である酒粕は、米麹によるデンプンの糖化の後に酵母がルコール発酵をしているので、イクラ搾り取っても微量のアルコールを含んでいるのだ。
これがすがすがしい風味を与えてもいるんだけど。
この酒粕に微量に残っているアルコールを蒸留して取り出して作られるのが「粕取り焼酎」。
戦後は、同じ音の「カストリ」のなでもっと質の悪い、何からできているのか出自がわからない闇酒があったんだけど、九州なんかの清酒を造る地方では、清酒を作った後に酒粕からさらに焼酎を造るのは一般的だった見みたい。
もう少し手間をかけて、酒粕にさらに水と麹を加えて残った糖分をアルコール発酵させる、酒粕焼酎というのもあったみたい。

水や麹を加えずにそのまま熟成させると、メイラード反応で風味が増してくるんだけど、それが奈良漬けをつけるときに使う踏込み粕。
見た目は味噌に近いのだ。
アルコール発酵でなくて、酒粕を酢酸発酵させると粕酢と呼ばれるんだけど、この発酵させた踏込み課すから作ると、高級なお寿司屋さんで出てくる赤酢になるのだ。
江戸時代は米からそのまま作る米酢より安価だったのでファストフードの寿司に使われていたみたいなんだけど、今では逆に御高級なお寿司屋さんでしか見ないのだ。
そして、この酒粕中にいる酵母の発酵力をパンに使うこともあって、有名なのは酒まんじゅう。
木村屋のあんパンは酒種だけど、酒まんじゅうをヒントに作ったんだとか。
ちなみに、今では酒種パンは、酒粕ではなく、日本酒造りに使う酒母(米麹に酵母を繁殖させたもの)を小麦粉に混ぜて作られているよ。

日本酒の酒粕というといやな臭みはないし、むしろ粕漬けや奈良漬けは風味付けに使われているよね。
ところが、同じようなアルコール醸造後の沈殿物を集めたビール酵母だと、ちょっと独特なくさみがあるのだ。
これが英国のマーマイト、豪州のベジマイトのもと。
日本だと、エビオス錠や強力わかもとと言った方がとおりがいいかな。
コメでなくて大麦を麦芽で投下させた後にアルコール発酵させた後に残るものだけど、最初の原料が違うだけで、ずいぶんと最終形が異なるものだよね。
こっちも一時期健康食品として注目を集めていて、そままビール酵母という名のくさい茶色の粉末がサプリコーナーに並んでいたよね。
それを錠剤の形に固めてあげるとエビオス錠。
塩分などを加えてペースト状にしたのがマーマイトだよ。
生物学を専攻した人だと、バクテリアを増殖させる培地を作るときに使うイースト抽出物というのがあるけど、これもビール酵母。
なので、実験でバクテリアを使っていた人は、苦手なにおいなのだ。
バクテリアに過不足なく栄養を与えるために入れているので、栄養面ではとても優れているんだけどね。