2015/12/26

米国の「はやぶさ」

日本で「はやぶさ」というと、加藤隼戦闘隊、じゃなくて、新幹線や小惑星探査機を思い浮かべるよね。
特に「リュウグウ」に向けて地球スウィングバイを成功させたので、宇宙の「はやぶさ」が熱いのだ。
でも、実は、米国にも宇宙の「はやぶさ」があるんだ。
それは、スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ社、通称「スペースX」社が開発したロケットの「ファルコン」。
これまでの米国のロケットは、米国航空宇宙局(NASA)か国防総省(DOD)のプロジェクトとして開発されたものがほとんどだったんだけど、最近は民間主導のロケット開発が活発化してきているんだよね。
さらに、民間開発と言っても、軍用技術の大陸弾道弾(ICBM)を改良したようなものが多かったんだけど、このスペースXのファルコンは、全く新規の民間開発なのだ!

このスペースX社の設立者は、インターネット決済でおなじみのPayPalのもととなったX.comを始めた実業家のイーロン・マスク氏。
スタイリッシュな電気自動車を送り出すテスラ・モーターズの会長としても有名なのだ。
テスラ。モーターズは、赤字覚悟ですべての特許をオープンにし、電気自動車の普及に貢献しようとしていることでも有名だよね。
そのように、マスク氏は普通の人が想像もできないようなビジネスプランを持っているのだ。
それが宇宙技術で結実したのがスペースX社というわけ。

スペースXのロケットであるファルコンは、燃料にケロシン(高精度のガソリン)を使っているんだけど、これは技術的には伝統的なもの。
日本のH-IIAロケットや退役したスペースシャトルでは、液酸液水といって、液体水素を燃料に使うんだけど、これは技術的には難しいし、ロケット・エンジンの構造も複雑になるんだ。
そうなると、作るのにコストもかかるわけ。
そこで、十分に実績が積み重ねられてきたケロシンを燃料とするロケット・エンジンの「枯れた技術(十分に使い込まれてトラブル対応も含めて確立された技術)」を使った、ものすごくシンプルな構造のエンジンを開発したのだ。
それがファルコンに搭載されているマーリン・エンジンだよ。
その開発に当たっても、軍やNASAの技術者を呼んでくるのではなく、優秀な大学院生をスカウトしてきたというのだから、ここもそれまでの宇宙開発の常識から外れているのだ。

スペースXは、エンジンを1基だけ搭載した小型のファルコン1ロケットでエンジンの技術実証を行い、今度は、エンジンを9基クラスタリングした大型のファルコン9ロケットにつなげたのだ。
ファルコン9はすでに国際宇宙ステーション(ISS)への物資輸送も成功させるなど、実績も出しているのだ。
でも、何よりすごいのがそのコスト。
ロケット1機あたり100億円をきる価格で、これは宇宙業界としては信じられない数字なんだって。
日本のH-IIAががんばって100億円くらいだからね。
さらに、第一段ロケットを回収することにより、さらに安くしようとしているのだ。

サンダーバード3号のように、一度発射したロケットが再び垂直に着地するんだよ!
そのために「脚」もついているのだ。
これをつけること及び帰り分の燃料をとっておくために、ロケットの打上げ能力は低下するんだけど、価格がぐっと安くなるので十分に競争力がある、という考えなのだ。
これまではスペースシャトルのように有人機の上段が再使用されることはあったんだけど、一番コストがかかる割に使い捨てになっていた第一段をリサイクルしようというのがすごいのだ。
誰もが構想はしていたんだけど、通常に海に着水してしまうので回収も大変だったものを、狙った場所に落とすだけじゃなく、うまく着陸させることについに成功したんだからすごいよ。
しかも、洋上のプラットフォームという戻り先が移動できるのとは違い(これまではこっちで試験をしていたのだ。)、今回は地上の射場に戻しているのだ。
これは宇宙技術の大革新。

ち なみに、スペースシャトルのオービターは一度宇宙空間に出て、また大気圏を通って戻ってくるため、摩擦熱による損傷・摩耗が激しいのだけど、ファルコン9 ロケットの場合は、通常よりも低い高度である80~90km上空で第一段を切り離し、あとは第二段ロケットで目的の軌道まで届けるのだ。
打上げ能力は大きく低下するけど、熱の影響がかなり抑えられるので、第一段を再利用しやすくなるのだ。
できない理由を並べるのではなくて、どうやったらできるかを考える、というのを実行した結果、そういう結論になったんだよね。
それが実現できるところがすごい。

日本もさらに効率的なロケット開発を狙っているけど、ここまで来ると大きく発想を変えないとね・・・。
米国では、次期の有人ロケットに向けたロケット開発はしているけど、現時点ではISSに宇宙飛行士を送るのはすべてロシアのロケットに頼っている状況なのだ。
しかも、衛星を打ち上げるロケットにしても、アトラスVのエンジンはロシア製なんだよね。
そういう状況下で、多少政府の支援を受けているとはいえ、民間主体でここまでやったスペースXは、確かに宇宙業界を変革しているのだ。
この先、想像もつかないようなことがさらに起こるのかも。

なお、このロケットの名前の「ファルコン」は、マスク氏が好きだった映画のスターウォーズに出てくる「ミレニアム・ファルコン号」から来ているんだって。
ハン・ソロの「銀河最速」の宇宙船だよ。
でも、スターウォーズの新作が公開されるタイミングで、ファルコンロケットが大きな一歩を踏み出したというのはすごいタイミングだよね。

2015/12/19

ぬらぬらコーティング

非常に興味深いニュースを見つけたのだ。
http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/121100361/
米国のアトランタ動物園の研究者が、長年謎とされてきた、ヘビの生態の手がかりを見つけたんだよね。
それは、ヘビのうろこの表面が資質でコーティングされていて、それが潤滑油となってヘビの運動を支えていると言うこと。
ヘビは脚がないのに地上をなめらかに移動し、木にも登り、とかなり運動性が高いのだけど、そこに一役買っているようなのだ。

ヘビが前進する方法にはいくつかあるんだけど、代表的なのは「蛇行」。
漢字だとそのままだよね(笑)
体をくねらせながら前に進んでいくのだけど、このとき、腹側のうろこが大きな役割を果たしているのだ。
鱗と鱗の間はかなり伸縮性があって、しかも、うろこはある程度角度をつけて立てることができるようになっているのだ。
これを利用して、うろこを少し立ててエッジにしてひっかけ、そこを「足がかり」にして後方の体を引き寄せるのだ。
まっすぐのままだと、体を引きつけるときに左右にぶれてしまってうまく進めないので、S字型に体を曲げておくことで、効率よく前進ができるようになるのだ。
まっすぐな時と比べて、進行方向と直行する方向でエッジが効かせやすくなるしね。

ミミズも同じような仕組みで、体表面に生えている剛毛を引っかけて、体を伸び縮みさせて前に進むのだ。
伸び縮みだけだと前にも後ろにも進む可能性があるのだけど、逆行しないように剛毛をスパイクのように滑り止めにしているのだ。
ミミズだけでなく、アザラシも似たような原理を使って前に進むのだ。
ひれ状の前足を使って前へ進もうとしても、滑り止めがないとうまく氷の上を進めないよね。
そこで、アザラシの毛皮は前方向にはなめらかに滑るけど、後ろ向きには引っかかるように毛が生えているのだ。
これを使って、スキー板の裏にアザラシの毛皮を張って、後ろ向きに滑らないようにしたものもあるんだよ。
これは山岳スキーで板をはいたまま山を登るときなんかに使うし、山岳警備隊が銃を撃つときも、普通のスキー板だと反動で後ろに滑ってしまうので、これを使うのだ。

そんなわけで、この滑り止めの機構についてはヘビでもよくわかっていたのだ。
ところが、問題はその先。
ヘビはいろんな場所をするするとなめらかに移動するので、このうろこの表面はすべすべでないと困るんだよね。
で、実際に、背側のうろこよりも腹側のうろこの方がすべすべであることはわかっているんだけど、うろこをいくら調べても、違いがわからないでいたのだ!
は虫類のうろこはケラチンなどの硬いタンパク質からなる角質化した皮膚なので、人間で言えば爪のようなもの。
磨けば光沢も出て、すべすべになるけど、ヘビのように年がら年中這いずり回っていれば、表面に細かい傷ができて滑りにくくなるはずなのだ。
ところが、世の中のヘビはみんなぬらぬら、すべすべなんだよね。

そこで、何かあるに違いないと、米国の研究者は、吸収端近傍X線吸収微細構造(NEXAFS)という、冥黒エレクトロニクスの分野で表面構造を解析する手法で調べたのだ。
物体にX線を照射し、その表面でどの波長のX線が吸収されたかをみることにより、その表面にどんな物質があるのかを探る手法なのだ。
エレクトロニクス分野では、薄膜がきちんとできているかどうかの検査などに使われるんだよ。
この実験では、カリフォルニアキングヘビ(コモンキングヘビの亜種)の脱皮した皮で調べたところ、うろこの表面がナノメートルの厚さで脂質でコーティングされていることがわかったのだ。
どうも、背側と腹側では脂質そのものが違うだけでなく、腹側ではより規則的に脂質の層が積層されているとのことで、より丁寧に脂質が「重ね塗り」されている状態だったようなのだ。

両生類や軟体動物などでは、体表面が粘液で覆われている例がよく知られているけど、これは触ったときにその粘液がつくからわかるんだよね。
ヘビの場合は、手で触ったくらいではこの脂質ははがれず、手にもつかないので、誰もコーティングがなされているとは気づかなかったのだ!
実際の生体でも、地を這ったり、木に登ったりといろんなところにこすりつけてもはがれないわけだから、当たり前と言えば当たり前かもしれないのだけど。
まだどんな物質かはよくわからないし、どうやってうろこ表面を覆うのかはよくわからないけど、マニキュアのトップコートのように、うろこに光沢となめらかさを与えるとともに、物理的な保護もしているのだ。

これまでヘビの動きはよく研究されていて、軍事用とか災害レスキュー用にヘビロボットが開発された来ているんだよね。
でも、このコーティングに着目した人はいなかったのだ・・・。
ヘビの謎がまた一つわかったというだけでもおもしろいのだけど、これがどんな物質かわかれば、性能の高い潤滑剤として人工関節などに使える可能性もあるんだよね♪
生物学的だけでなく、工学的にもおもしろい発見なのだ!
とりあえず、コーティングされていることはわかったので、おそらく、ヘビの皮をいろんな溶剤につけて、この脂質を抽出・同定する研究が始まるんだろうなぁ。

2015/12/12

五年の紆余曲折

日本の金星探査機「あかつき」が、5年遅れで金星を周回する軌道に投入されたのだ!
実は、打ち上げ当時、メインスラスタの不具合により軌道投入に失敗していたんだよね・・・。
その後、人工惑星として、金星の内側を回る楕円軌道で太陽の周りを公転していたのだ。
ところが、このあかつきの軌道は、金星よりちょっとだけ早い周期で好転しているんだけど、楕円軌道なので、ちょっとだけ金星の軌道の外側を通るところがあるんだよね。
この外側を通過するタイミングでは、金星より速度が遅くなるので、一度周回遅れにした金星が近づいて来るのだ。
で、この外側を通るタイミングで金星がごくごく近傍に来たのが、今週の7日のタイミング。
金星が追いついたと同時に、「あかつき」を減速させてあげると、金星の周りを回る軌道に移れる、というものなのだ。
そのタイミングを合わせるために、何度か細かい軌道修正をしつつ、5年の歳月を待ったんだよね。

この「あかつき」、プロジェクト名はPLANET-Cというんだけど、Cがあるから、AもBもあるわけ。
PLANET-Aはハレー彗星を観測しに行った「すいせい」。
先行して打ち上げられていた「さきがけ」とともに、無事に欧米と共同のハレー彗星観測ミッションを遂行したのだ。
その次のPLANET-Bが火星探査機「のぞみ」。
「のぞみ」も火星への軌道投入がうまくいかず、さんざんあがいたのだけど、最終的には火星への軌道投入を断念し、火星近傍を通過して終わったのだ・・・。
でも、このときの経験が、後の小惑星探査機「はやぶさ」の運用に貢献しているんだよね。
そして、もちろん、今回の「あかつき」の5年遅れの軌道投入成功にもこの経験が活きているのだ。

「あかつき」のメインスラスタは耐熱性に優れたセラミック製だったんだけど、これは宇宙探査機には初搭載のものだったんだよね。
それがうまくいかなかったのだ(>o<)
でも、「はやぶさ」の運用でかつてやったのと同様に、姿勢制御用のスラスタを最大限駆使して、徐々に徐々に軌道を制御して、軌道を修正していったのだ。
その集大成として、7日に20分間のスラスタ噴射を行い、無事に金星周回軌道までたどり着いたわけ。
このためには膨大な量の軌道計算が必要で、綱渡りの探査機のコントロールが必要だったのだ。
新聞などの報道でも、軌道計算をした女性研究者が取り上げられているよね。

今回投入した金星周回軌道は、高度300kmから80,000kmの高度で30時間周期で金星を周回する楕円軌道。
かなりつぶれた楕円だけど、金星の気象観測などを目的としている「あかつき」は、様々なデータをとりたいので、高度が大きく変わる楕円軌道からいろんな観測をしようというわけなのだ。
金星には多くの探査機を遅れないからね。
当初計画では、欧州の金星探査機がほぼ同時期にいたので、共同観測もできたはずなんだけど・・・。

とりあえず軌道投入は無事に終わって、調べている限りでは観測機器も大丈夫そうなんだけど、ここから2年間の観測がしっかりできるかどうかには不安があるのだ。
金星は地球より太陽に近いだけあって熱条件が厳しくて、太陽光を浴びている間は超高温になり、惑星などの影に入るとものすごく冷えるのだ・・・。
5年間金星のほぼ内側で太陽の周りを公転していたんだけど、この間にもかなり厳しい熱条件にさらされていたので、不安が残るんだよね。
一番耐熱性が高い面を太陽に向けていたらしいけど。

何はともあれ、金星の観測はできそうなので、活きている観測機器を最大限活用してデータをとるしかないのだ!
一度の失敗を乗り越えて、5年の臥薪嘗胆の末に金星までたどり着いて美談になっているわけだけど、やっぱり観測できてなんぼの世界だからね。
先行して取得されている欧州のデータと合わせて、なぜ地球には水と生命があるのに金星や火星には水も生命もないのか?、などの疑問の解明に貢献することが期待されるのだ。
前進日焼けして疲労困憊の状態だろうけど、無事に金星観測ミッションも成功させてもらいたいものなのだ。

2015/12/05

ドライなやつら

季節が冬に移り変わってきた!
どんどん寒くなってきているよね・・・。
でも、この時期にも少ないながら楽しみはあるんだよね。
それが干し柿。
子供の頃から好きなんだよねぇ。
もちろん、生のまま食べる柿もよいのだけど、干し柿には干し柿のよさがあるのだ。

日本でドライフルーツと言えばなんと言っても干し柿が筆頭で、あとはレーズンやら干し杏、ドライマンゴーが思い浮かぶくらい。
でも、海外では、干しイチジクがもっともメジャーなのだ!
なんと言っても、ローマ帝国時代に世界展開されているという歴史だからね。
中東が原産と考えられていて、すでに古代メソポタミアの時代に栽培記録があるという、世界最古の栽培品種なんだよ。
生食ももちろんするけど、乾燥させることで保存性が高くなり、ねっとりとした独特の甘さもあって、古代から愛好されてきたのだ。

レーズン(干しぶどう)もそうなんだけど、欧州や西アジアはかなり乾燥した気候なので、熟した果実を収穫しないでそのまま放っておいても腐ることなく「ドライフルーツ」化することがあるんだよね。
おそらく、それをたまたま目にして、食べてみて、加工するようになったと考えられているのだ。
干して水分を抜くことで、保存性を高め、甘みが濃くなるのだ。
プルーン(セイヨウスモモ)やクランベリーのように、生のままだと酸味が強すぎるものも、干すことで甘みが凝縮され、おいしく食べられるようになるんだよね。
デーツ(ナツメヤシ)のように、基本的に乾燥させてから食べるものもあるのだ。

これは東アジアの干し柿とは全く異なるんだよね。
おそらく発見は同じようにたまたま木になったままの状態で乾燥しているのを食べてみた、ということなんだろうけど、干し柿の場合は、食べるために乾燥させているのだ。
すなわち、干し柿にするのは基本は渋柿。
生では渋くて食べられないものを、乾燥させるという加工によって食べられるようにしているのだ。
この柿渋の正体は水溶性タンニンなので、これは不溶性タンニンに替えられれば「渋抜き」ができるわけで、焼酎に漬けたりしてもいいわけだけど、誰でも簡便にできるのが乾燥して干し柿にすることだったのだ。

ただし、東アジアで気をつけないといけないのは湿気。
湿度が高いので、気をつけないと腐ってしまうのだ・・・。
なので、雨に濡れないように、でも、風通しがいいように、軒先につるす、というのが日本の伝統的な干し柿の製法だよね。
さらに、ある程度水分が残った「ソフト」な状態で食べるために、半乾きのものを硫黄で燻蒸して腐敗しないようにする工夫も生まれたのだ。
これが「あんぽ柿」だよ。

西洋のドライフルーツの場合は、保存性を高め、水分を抜くことで軽量化して流通しやすくする、というのが基本。
ジャムにしてもよいのだけど、むかしは砂糖は貴重品だったわけだし、何より、ジャムだと水分が多くて重いので、流通には向かないのだ。
乾燥した気候で簡単に乾燥させられるので、ドライフルーツというのは作られるべくして作られた加工食品なわけだよね。
古くは中東から欧州まで陸路で運ばれ、後には大航海時代に貴重な食料として世界に運ばれたのだ。

中国の場合は、シルクロードを通じて西側のドライフルーツもあったし、独自の文化としての干し柿やクコの実などのドライフルーツもあったわけ。
ちなみに、中国の干し柿は丸くつぶれていてかぴかぴに硬いみたい。
つるすのではなくて、籠に並べて押しつぶしながら日干しにするからみたい。
できあがった干し柿は「柿餅」と呼ばれるのだけど、中国では円盤状に加工された食品を「餅」と呼ぶようなのだ。
さらに、サンザシのように、果実をすりつぶして砂糖や寒天と混ぜて棒状に固めたものまであるのだ。
サンザシの場合も円柱状に固めて十円玉大に輪切りにしたものは「山査子餅」と言うらしいよ。

現代では季節を問わずにいろんな野菜や果物が手に入るけど、むかしは乾燥させる、漬け物にするなどの加工食品にしたり、室の中や土の下で保存するなどの工夫で乗り切っていたんだよね。
でも、そうした工夫の中に、おいしく食べるこつみたいなのもあって、それは料理として今も生きているのだ。
こういう先人の知恵には驚かされることが多いし、いかに人類が生きるために、食べるために工夫を重ねてきたかがわかっておもしろいのだ。

2015/11/28

晩秋の芳醇

今年はあたたかいからか、紅葉はいまいちのようだけど、着実に秋から冬に移り変わろうとしているのだ・・・。
寒いのが苦手なので、この季節はもの悲しいんだよね・・・。
で、そんな季節に出てくるのが洋梨。
「梨」とは言いながら、夏の終わりに出てくる和梨とはものが全く違うよね。
生物種としては極めて近縁のようなんだけど。

果物としての梨の原産は中国で、そこから東西に分かれたようなのだ。
東に残ったものは東アジアで食べられている、まるい形のしゃりしゃりした梨。
西に渡ったものは、ひょうたん形のねっとりした梨。
欧州で梨が広まったのは、ローマ帝国が広めたからなんだって!
ということは、梨もシルクロードを経由して欧州にもたらされたのだ。
全く性質の異なる果物になっているけどね。

和梨と洋なしの最大の違いは、その食感。
和梨にはリグニンに富んだ硬い細胞壁を持つ「石細胞」というのが果肉全体に分布していて、これがしゃりしゃりした食感、ざらざらした舌触りのもとになっているのだ。
他の果物だと、中の柔らかい果肉を保護するために皮下にあるものらしいんだけど、和梨の場合は果肉全体に広がっているんだって。
洋梨の場合はこの石細胞は少ないので、そういう食感にはならないのだ。
でも、この食感のせいで、和梨は英語では「sand pear(砂の梨)」なんて言われているんだよ・・・。
あのしゃりしゃり感とみずみずしさがよいのに!

実は、洋梨も収穫した手の時点ではがりがりした食感らしいのだ。
しかも甘くない。
これは、果肉中にデンプンの形で栄養が蓄えられているため。
果肉の2%ほどらしいけど、これが硬い食感を生み出すとともに、その分だけ糖が少なく、甘みもなくなっているのだ。
なので、洋梨は収穫してから「追熟」という過程が必要なんだよね。
バナナやメロン、キウイなんかも同じだけど、成熟ホルモンでもあるエチレンガスの作用により、果肉内のデンプンがブドウ糖や果糖に分解されて甘みがぐんと増すとともに、ビタミン類も増え、さらに、芳香成分も出てくるのだ。
メロンや洋梨が熟してくると芳醇な香りになるのはこのためだよ。
洋梨として日本でもっとも流通しているラフランスはあまり色が変わらないけど、洋梨の多くは熟してくると果皮の色が緑から黄色に変わるのだ。

リンゴなんかだと、最初から糖類が栄養として蓄積されているので、栄養を蓄えきった時点=食べ頃という熟し過多なので。
一方で、こういう追熟が必要な果物は、いったん栄養がデンプンで蓄積され、それがさらに分解されて甘みと方向が出てくるので、栄養を蓄えてからしばらく経過した時点=食べ頃という熟し方なんだよね。
これを「後熟」というらしいけど、一気に熟した果実を提供するのではなく、五月雨式に熟した果実を提供するための戦略だとか、リンゴなどの果実と時期をずらして果実を提供するための戦略だとか考えられているのだ。
確かに、和梨に比べて旬がかなり後方にずれているので、同じ梨の中でもしっかり棲み分けができているよね。

この追熟においては、果肉の肉質も変化するのだ。
熟す前はデンプンの硬い塊があってがりがりするんだけど、これはちょうど硬くなったおもちの小さな粒が果肉の中に広がっているようなもの。
硬くなったデンプンというのは食感が悪いんだよね(笑)
追熟していく過程ではこのデンプンがなくなるので、がりがりの素は排除されるのだ。
さらに、細胞壁としてがっちり固まっていたペクチンが溶け出してくるので、ねっとりとしたとろみを与えるのだ。
ペクチンは果実ジャムのとろみの正体だけど、まさに天然のジャムのようになるわけ。
リジッドな細胞壁が壊れて、果肉中にとろみ成分が広がるので、リンゴなどの果実とはまた違ったねっとり感になるのだ。
柿もペクチンが多いことで知られる果実なんだけど、やっぱり完熟するとねっとりとするよね。

日本に西洋なしが導入されたのは明治期らしいけど、なかなか日本の気候に合わず、山形などの一部の寒冷地にのみ定着したようなのだ。
今でもラフランスの一大産地は山形だよね。
生食の洋梨が出回るようになったのはそれこそ平成に入ってからで、それまではシロップ煮の缶詰などの加工品が多かったのだ。
これはやっぱり流通技術の問題とかあるのかな?
今ではいったん4度に冷やしてから、20度で追熟させるらしいんだけど、そういうのが適切にできるようになって、店頭に並ぶときに食べ頃かその少し手前にちょうどもっていくことができるようになったのが大きいのだろうなぁ。
こうしたボクたち日本人も、甘くてねっとりした洋梨

2015/11/21

つわものどもが夢の跡

すったもんだがあったけど、国立競技場が更地になったのだ。
いやあ、オリンピックが近づいてきたねぇ。
まだ新国立競技場がどうなるかはわからないけど(笑)
それより前に、来年のリオデジャネイロのオリンピック施設がまだ完成していない方が問題かもしれないけど・・・。

実は、ここにオリンピックのメインスタジアムが建設されるのは2回目!
そう、前の東京オリンピックに合わせて前の競技場が建設され、それを補修しながら使っていたのだ。
東日本大震災でもひびが入ったり、老朽化も進んでいたんだけど、それ以上に、メインスタジアムに必要な収容人数が足りないので、建て替えることになったんだよね。
建て替えまでしなくても、なんて意見はあったけど、メインスタジアムだし、やっぱり開催主体は新しく建設したいよね。

さて、一般に国立競技場と呼ばれている施設は、正式には、国立霞ヶ丘陸上競技場というのだ。
神宮にあるので渋谷区と思われがちだけど、住所は新宿区霞ヶ丘。
ちょうど新宿区と渋谷区にまたがっている地域にあるんだよね。
江戸時代、このあたりは譜代大名の青山家の下屋敷があったところで、内藤家と並んで小大名でありながら広大な土地を江戸郊外に持っていたのだ。
内藤家は新宿・代々木・四谷一帯、青山家は青山・渋谷一帯だよ。
地区名の青山も青山家から来ているのだ。

明治維新後、大名の下屋敷は明治政府に接収され、新政府の用地になったのだ。
で、このあたりは陸軍の青山練兵場になったんだよね。
近代式軍隊を作り上げるため、代々木や青山などに広い練兵場が設けられたのだ。
でも、明治天皇が崩御して、この地で大葬儀が行われたのを契機に、ここに明治天皇の業績を残すための巨大な洋式庭園を構築することが決まったのだ。
それが神宮外苑。
代々木の練兵場は後に明治神宮と代々木公園になるんだけど、明治神宮のある「内苑」に対して、場所が離れているので「外苑」なんだ。
ただし、新宿御苑をくっつけてさらに巨大な「神宮の杜」を作ろうという構想もあったのだ。
そうなると、都内の中心地のほとんどが緑地になっていたことになるね!

明治神宮が神社洋式だったので、外苑の方は洋式にしたわけだけど、公園を整備すると同時に、聖徳記念館を建築するとともに、野球場(後の神宮球場)や競技場が整備されたのだ。
この競技場は戦前日本の主要な陸上競技場で、戦中には、学徒出陣の壮行会にも使われたんだって・・・。
終戦後、GHQに一時接収され、返還された後は外苑の管轄下の競技場にもどったんだけど、戦後復興の象徴でもあった東京オリンピック開催に向け、明治神宮から文部省(当時)に譲渡されたのだ。
それでここに建てられたのが、まさに壊された陸上競技場だよ。

実は、戦前にもオリンピック招致をしていて、昭和15年(1940年)に東京大会が開催されるはずだったのだ。
実際には、戦争への突入により辞退するんだけど。
このときのオリンピックでも霞ヶ丘にメインスタジアムを作る構想はあったんだけど、当時は外苑の景観を損ねるとの理由で、世田谷のゴルフ場跡の広大な土地にメインスタジアムを作ることが決まったのだ。
これが駒沢オリンピック公園。
駒沢競技場も戦後の東京オリンピックで会場のひとつとなるけど、戦前の開催案ではこっちがメインだったんだよ。
ちなみに、代々木の練兵場跡もやっぱり候補になっていて、こっちも戦後のオリンピックでは会場に使われているのだ。

戦後に改めてオリンピックを招致する際、やっぱり霞ヶ丘に白羽の矢が立ち、今度は景観に配慮しながら競技お嬢を作ると言うことで妥結したのだ。
おそらく、戦後になって明治神宮の声が相対的に弱まったのもあるんだろうね。
で、そのオリンピック招致を目指して、まずは昭和33年(1958年)にアジア競技大会と国民体育大会を霞ヶ丘で開催することになったんだ。
でも、明治神宮から文部省に譲渡されたのは、開催2年前の昭和31年(1956年)になってから。
起工は昭和32年(1957年)の1月で、竣工は昭和33年(1958年)の3月なので、1年3ヶ月で作ったんだ。
当然建設スケジュールはタイトなので、夜を徹して作業をしたんだよ。
国の威信がかかっていたのだ!

無事にアジア競技大会と東京国体を終えた後、オリンピック招致に向けてさらに動き出すんだけど、このときできた競技場ではオリンピックのメインスタジアムとしては収容人数が足らなかったのだ。
なので、スタンド・観客席を増築し、収容人数を増やす工事をしたんだよね。
おそらく、新国立競技場構想に反対していた人は、またそれでいいんじゃないの?、と思っていたんじゃないかな。
でも、本体自体にだいぶガタがきていたからねぇ・・・。
象徴的なものでもあるし、過度にお金をかける必要はないけど、できれば何か残したいよね。

さて、オリンピックの後は、高校サッカーの聖地としてサッカー競技に使われるとともに、主要な陸上競技の会場としても活用されていたのだ。
さらに、嵐やSMAPをはじめ、コンサート会場にも使われていたんだよね。
実は、このコンサートやイベントの会場としての使用料収入というのが大きいらしくて、没になった新国立競技場当初案では多目的に使えるような設計になっていたんだよね。

2015/11/14

国産ジェット機が翔んだ日

名古屋で、初の国産ジェット旅客機のMRJの飛行試験が成功したのだ。
当日は事故があるかもしれないからと、近隣区域への立入りは制限され、遠くから見るか、ネットの生中継で見ることになったのだ。
生中継することについては、初飛行試験で何かトラブルがあるかもしれないと危険視する向きもあったんだけど、結果としては見事に離陸・飛行・着陸とこなしたんだ!
日本の航空機技術の歴史が書き換えられた瞬間だよ。

日本の航空機技術は戦前からかなり高い水準にあったんだよね。
実際に、零戦や隼、紫電改などのレシプロ戦闘機はその性能の高さを評価されているのだ。
加速性能と小回りがきくので、当時の空中戦では活躍できたんだよね。
でも、終戦後、この技術力を恐れた連合軍GHQは、航空禁止令というのを出して、国内に残っている航空機をすべて破壊するとともに、航空機の開発・製造を禁止したんだ。
これがきっかけで我が国の航空機技術は置いてけぼりを食らうことになるのだ・・・。

実際には、朝鮮戦争の勃発により、日本の旧航空機メーカー(三菱重工や川崎重工、中島飛行機の後身である富士重工など)に修理やメンテナンスの仕事が入り、また、ライセンス生産による部品製造の仕事も入ってきたので、製造技術については一定のレベルを維持することができたのだ。
でも、肝心の開発の方は止められたままなのが痛かった。
第二次大戦では、ちょうどジェット機が実戦投入が始まり、戦後、民間航空に転用されていく時期だったんだよね。
そのタイミングを逃してしまったのだ。
米国では、大型爆撃機の技術から、大型ジェット旅客機が生まれるんだよね。
軍用輸送機の企画競争に負けたボーイング社が、自社の軍用機の技術を民間機に転用したのだ。
そうしてできてくるのが、ボーイング707から始まる大型ジェット旅客機のシリーズ。
民間航空機により大量輸送自体が幕を開けることになるんだよね。

日本では、終戦間際のタイミングでジェットエンジンを搭載した試験機を開発するところまではこぎ着けていたんだけど、それ以降いったん開発が止められてしまったので、ジェットエンジンについて大きく遅れをとることになったのだ。
これがいまだに尾を引いているんだよね・・・。
自衛隊機の戦闘機や輸送機は国内企業が製造しているけど、ライセンス生産で、肝心なエンジンや計器類などは海外製。
しかも、ブラックボックスとなっていて、勝手に解体して中を調べても行けない契約になっているんだ。
定められたマニュアルに則って修理やメンテナンスはしていいんだけど、重要な部品の交換だと、米国に行ったのくって作業してもらうなんてことも。

その一方で、サンフランシスコ講和条約の発効後、日本が完全に独立を取り戻してから、国産航空機開発の機運が高まったのだ。
その流れで開発されたのが、国産レシプロ旅客機のYS-11。
本当は「わいえすいちいち」と読むのが正式だそうだけど、一般には「わいえすじゅういち」と呼ばれている航空機だよ。
開発には、三菱重工や中島飛行機で活躍していた設計士が入り、通商産業省の主導の下、関連企業が集まって国を挙げて取り組まれたのだ。
当時は特定の企業が突出しないようにとの配慮で、日本航空機製造株式会社という特殊法人が設立され、ここが開発・製造・販売主体となったのだ。
ちなみに、最初にこの機体を引き受けるローンチカスタマーは、日本航空(JAL)ではなくて、当時はまだできたばかりだった全日本空輸(ANA)だったのだ。

ただし、日本の中でもぴかぴかの腕を持つ飛行機屋が総力を挙げて開発したんだけど、彼らは軍用機しか作ったことがなかったし、そもそも旅客機に乗ったこともなかったようなんだよね。
なので、できあがったYS-11はお世辞にも乗り心地がいいものとは言えないようなもので、パイロットからすると操縦しづらいものだったとか。
国産技術の復活というノスタルジーの中では美化されているけど、能力的にはそこまでか、という評価もあるみたい。
軍用機ばりに頑丈だったのと、就航後の不断の改良を続けたことでそれなりに売れたんだけど、主体が特殊法人だったというのもあって経営は悪化。
1973年(昭和48年)には製造が終了し、日本航空機製造も三菱重工に事業を引き渡して1982年(昭和57年)に解散することとなるのだ。
その後もしばらく国内外で飛んでいたんだけど、国内では2006年(平成18年)に定期路線から完全引退したんだ。
このときは引退を悲しむ声が大きかったんだよね。

そんな中、やはり国産旅客機を、ということで、経済産業省の協力を得て、三菱重工が開発に取り組んだのがMRJなのだ。
三菱・リージョナル・ジェットの略で、短距離~中距離を飛ぶ中型のジェット旅客機。
ちょうど開発計画が持ち上がった90年代は、カナダのボンバルディアやブラジルのエンブライエルの成功から、これからはリージョナル・ジェットに時代と言われた頃で、それなりの市場が見込めたんだよね。
また、大型ジェット旅客機だと、開発費用も莫大にかかるので、日本ではとてもじゃないけど無理だったのだ。
けっきょく世界でボーイングに対抗しているのは欧州のエアバスだけだしね。

このMRJの開発に当たっては、高い燃費性能と低環境負荷の技術が採用され、そこが国が補助して技術開発をする部分なんだよね。
この開発には宇宙航空研究開発機構(JAXA)と東北大学が協力しているのだ。
それで、いくつかの開発トラブルを乗り越え、何度も試験飛行を延期して、やっと初試験飛行に成功したんだ。
今回もローンチカスタマーはANAなんだけど、民間主体で開発を進めていること、YS-11のときの反省を踏まえて経営戦略を検討したことから、すでに海外からの受注も取り付けているんだ。
国内外でいまかいまかと待ち続けていた飛行試験がやっと成功し、これから型式証明の獲得など就航に向けての準備が進められるのだ。
世界の空を国産ジェット旅客機が飛ぶ日も近い?