2026/04/18

明けない夜はない

 テレビの「マツコの知らない世界」を見ていたら、地獄について研究している人が開設していたのだ。
何の気なしに見ていたんだけど、そこでの説明に思わず聞き入ってしまった。
それは、仏教の地獄は兆年オーダーで刑期があるけど終わりがあるのに対し、キリスト教の地獄は永遠に続くもので終わりがない、という説明。
え、そうだったんだ!
生前罪を犯した人が攻め苦しめられるという点でだいたい同じような感じで、洋風化和風のテイストの違いかと思っていたよ。

日本でいう仏教の地獄は大陸伝来のものが日本で仏教が布教される際にさらに少しアレンジされたもの。
もともとインドの土着的な信仰(ヒンドゥー教)が土台にあって、そこに中国の道教の影響が入り、最後に和風に、ということなんだよね。
で、どうした出来上がった地獄観はすごくて、いわゆる八大地獄というのがあって、罪の重さで地獄の責め苦の苛烈さも変わる、というもの。
ずっと殺し合いを続けるとか、ずっと融けた金属を飲まされるとか、針の山を登らされ、血の池に沈められるとか。
そういう「地獄絵図」というのイメージ化したものまであって、仏教を信仰し、善行を積まないと地獄に落ちるわよ、と脅していたわけだね。
一般に「北風」政策と「太陽」政策だと「太陽」政策で看過した方がよいと言われるけど、宗教に傾倒するときはどうしても精神的に弱っているときなので、こういう脅しの方がいいみたい。
南無阿弥陀仏と唱えれば阿弥陀如来の自費で極楽浄土へ行ける、というよりも、もともとの罪悪感にも訴えつつ、ウソついたりモノを盗んだりすると地獄の責め苦を受けるよ、という方が効くようなのだ。

で、この地獄の責め苦は兆年のオーダーで続くらしいんだよね。
どもそも地獄の底に落ちるのに二千年かかるとかいう話もあるし・・・。
どうも、地獄での一日というのがこの世で言うともっと長い時間に相当するようで、それ計算式に当てはめるとそうなるみたい。
そもそも弥勒菩薩がやってくるのは釈迦の入滅後五十六億七千万年後とかいう時間間隔だから、それより桁二つ、三つ大きい、というくらいの価格なんでしょう。
それでもすごいことになっているけど。

では、なぜ終わりが想定されるか?
神道の世界だと、もともとこの世(=現世)とあの世(=常世)は連続的な世界だったけど、伊弉諾尊が黄泉の国との間にある黄泉比良坂に道返しの大岩を置いて分断したことになっているのだ。
それで、死んだ人は一方通行で黄泉の国に行って、戻っては来ないんだよね。
行った先でどうなっているかはわからないけど、伊弉冉尊がそこにいたことを踏まえると、なんらあの形で存在していると思っていたんだろうなぁ。
ただし、実際に肉体を保持したままだと、妖怪ハンターの「生命の樹」に出てくる「いんへるの」のように間人電車のごとく人が詰まってしまうから、体積を持たない、例的な存在なんだと思うけど。
それはさておき、この考えだと戻ってこないから地獄の責め苦も永久に続いていいはずなのだ。

ところが、インドの死生観は「輪廻転生」であり、死んでは生まれ変わるというサイクルを繰り返す、というのが基本。
ここから永久に解脱することが仏教の目的なわけだけど、仮に永遠に続く地獄を想定してしまうと、デッドエンドに入ってそこに永久につかまる=形式上は輪廻転生から外れる、ということになるんだよね。
それだとまずい(のかどうかはよくわからないけど)、ということで、はるか先の未来では輪廻の輪に戻ることになるのだ。
それが兆年オーダーというほぼほぼ無限に思えるような有限の期限になるわけだね。
で、地獄に落ちた後も、地蔵菩薩による隙があったりと救済のシステムがあるのだ。
しょせんは地獄も輪廻転生の輪の一部でしかないので、たとえいったん抜けてもまた落ちるかもしれないわけで、そこから逃れることこそが好きになわけだね。
でも、最後に必ず救われる道は残されているのだ。

一方、キリスト教的な地獄は一方通行。
一般的には、地獄の門の前に十二支との筆頭のペトロがいて、天国に行ける人リストを確認して、OKの人だけ通す、という運用。
その他の人はいわば地獄行き、しかも、片道・・・。
仏教的な地獄は閻魔大王などによる裁判というか審査というか、そういうのがあって行先が決まるけど、すでに死んだ時点で神の最低で天国に行ける人とそうでないとが振り分け済みなんだよね。
それが唯一の万能神というものか。
ということは、生前に天国にけるよう努力をしないといけないわけで、そういうのが「免罪符」みたいな発想になっていくんだよね。
だって、一度地獄域になったらそれで終わりだから。

でもでも、カトリックだと多少構成の道が残されているのだ。
それがダンテの「神曲」にも出てくる、天国と地獄の中間の煉獄というところ。
地獄に落ちたら一巻の終わりなんだけど、煉獄の場合は長い時間かけて構成すれば天国まで至れるのだ。
で、こっちの世界では、天国も永遠に続くので、そこまでいてしまえばあとは安泰なんだよね。
ただし、実はキリスト教成立前に亡くなった人で、地獄行きほどの悪さはしていないような人は、地獄の手前の辺獄というところに永久に拘束されるのだ・・・。
キリスト教に帰依していない限り天国への道は開かれないらしい。
いずれにしても、なんだかシビアな世界なのだ。

0 件のコメント: