2022/02/26

整いました!

最近、日本人の食事には圧倒的にタンパク質が不足しているので、積極的に摂りましょう、と言われているのだ。
確かに、ごはんに、麺類に、パンに、と主食にこだわる日本人の食事は炭水化物(糖質)ばかりだ・・・。
ボクも最近はサラダチキンやらちくわなどの練り物を積極的に食べるようにしているんだ。
そして、江戸時代から日本人の貴重なタンパク質源だったのが大豆。
豆腐や油揚げは手軽にタンパク質がとれる食品だよね。
さらに、食事にも合わせやすいのが豆乳。
味に好き嫌いがあるけど、乳糖不耐症で牛乳が苦手な人でも大丈夫だし、飲み物だから摂取しやすいのにけっこうタンパク質が入っている!!

で、最近豆乳をよく飲むようになったんだけど、ボクは豆乳の味自体は嫌いではないので、タンパク質量が多くてカロリーが低めの「無調整」を選んでいるのだ。
一般的なのは「調製豆乳」で、そのほか、コーヒー味などフレーバーのついた「豆乳飲料」があるんだよね。
これらは牛乳と同じように規格があって、厳密に区別されているみたい(日本農林規格、いわゆるJASだよ。)。
牛乳だと乳脂肪を取り除いたりするけど、豆乳の場合は何を「調整」しているのかいまいちよくわからないよね。

まず、豆乳は大豆を水に浸してすりつぶし、さらに水を加えて煮詰めた汁をこしたもの。
残りかすが「おから」なのだ。
タンパク質と脂肪分の多くは豆乳の中に出て、残った食物繊維がおから、とイメージするとわかりやすいのだ。
でも、この製法だと、水の量で豆乳の濃さがまちまちになるよね。
そこで、JASの規格では、無調整豆乳の条件として、最終的な大豆タンパク質含有率を3.8%以上としているよ。
かつ、大豆と水以外の原料は使ってはいけないのだ。
まさに豆の絞り汁というわけ。
で、この無調整豆乳の場合は、あたためてにがりを加えればかたまって豆腐になるし、そのまま火にかけて表面にできてくる膜をすくうと湯葉になるよ。
規格はあるけど、濃いのでないとうまくいかないので注意。

でも、この無調整豆乳って、大豆独特の風味というか、青臭さがあるのだ。
そして、少しえぐみがあるんだよね。
これらを苦手としている人がけっこういて、戦後までは豆乳をそのまま飲むことはあまりなかったみたい。
で、おいしく飲めるような製法ができてから広く広まってきたのだ。
それが、調味料などを加えて飲みやすくした「調製豆乳」。
ちなみに、最近では大豆の品種改良も進んで、青臭さやえぐみが抑えられたものもあって、無調整豆乳も飲みやすくなっているとか。

JAS上、調製豆乳に足してよい原料は、脱脂加工大豆(大豆油を取り除いたもの)、植物油と調味料。
大豆の青臭さは、大豆中に含まれる不飽和脂肪酸がもともと大豆の中にある酵素の作用でアルデヒドができることで出てくるのだ。
これは草刈りをしたときの青臭さと同じで、大豆を破砕して酵素が外に出てくることによって反応が起きてしまうんだ。
なので、現在は水に浸漬した大豆をいったん蒸して酵素を失活させてから破砕したりと工夫をしているみたい。
そして、大豆の中の脂肪分(大豆油)は不飽和脂肪酸に富んでいるので、酸化されて劣化しやすいのだ・・・。
できたて・絞りたてを飲めばよいのだけど、一般に流通させようとすると油の酸化を防ぐ必要があるんだよね。
そこで、豆乳のパッケージは基本脱酸素になっているし、調製豆乳の場合は、酸化防止剤を入れたり、脱脂加工大豆を加えて大豆タンパク質量を減らさないようにしつつ、飽和脂肪酸の多い植物油脂を加えたりするのだ。
こうすることで「飲みやすく」なるよ。
最後に、砂糖や塩などで味を調えるんだ。
こうして「調製豆乳」が作られるんだけど、JASでは、大豆他の悪質含有率を3.0%以上としていて、無調整豆乳より「薄く」なっているのだ。
これが飲みやすさにもつながるんだけど、薄くなっているにもかかわらず糖類が足されているのでカロリーは高くなるのだ。

そして、調製豆乳では保存性を高める観点から、食品添加物としてpH調整剤や乳化剤等も加えられているよ。
さらに、調製豆乳の場合は消泡剤が入っているんだよね。
無調整豆乳を飲むとよくわかるんだけど、よく振ってから飲もうとするとものすごく泡立つのだ。
そして、その泡はけっこう丈夫で消えないんだよね。
泡立つから即飲みづらいということではないけど、泡立つと空気に触れる表面積が大きくなって酸化しやすくなるから、調製豆乳では泡立ちが押さえられているんだ。
乳化剤も入っているので、タンパク質や脂肪分が沈殿しづらくなっているのも特徴。
ただし、これは逆にいうと、豆腐として固められない、ということなのだ。
豆腐はにがりの凝集作用で固めるので、それが阻害されるわけ。
また、最近ではレアチーズのように豆乳にレモン汁を加えてタンパク質と脂肪分を沈殿させて取り出す、みたいなこともあるみたいだけど、pH調整剤が入っている調製豆乳では難しいよ。
いずれもそういう加工がしたい場合は無調整豆乳がよいのだ。
調製豆乳はあくまでも飲み物に特化したものなのだ。

2022/02/19

壁ドンしたら手に色がついた

 最近テレビCMでよく見かけるようになったのだけど、家の外壁の塗装は古くなると粉状のものが浮き出てくるのだ。
それに気づかずに壁に触れると手に色がつく!
学校とかの公共の建物で古い壁なんかを触ると経験があるよね。
これが「チョーキング」という現象で、樹脂塗料の中の顔料の粒子が表面に浮き出てきているものだよ。
もともと壁に塗っている塗料は、この顔料を樹脂に溶かし込んだものなんだけど、なんらかの理由で樹脂がなくなることによって、表面に出てくるようになるのだ。

樹脂がなくなる原因はずばり経年劣化。
永久によい状態が保てるわけではなくて、どうしても耐用年数があるんだよね。
で、その耐用年数こそがまさにこういうチョーキング現象が出るくらいなわけで、そうなると、塗料を塗っている意味がなくなってくるので、塗り直しが必要なのだ。
テレビCMはその塗装の会社のCMなんだよね。
手に粉がついあら塗り替え時だよ、ということ。

樹脂の劣化の原因はいろいろあるけど、メジャーなのは、太陽光に含まれる紫外線による影響。
樹脂は高分子で、ポリ塩化ビニルなら塩化ビニル、ポリエチレンならエチレンと基本単位となる構造があって、それが長く繋がっている構造なのだ。
その結合部分に紫外線が当たるとそこが切れることがあるんだよね。
多くの場合、紫外線が当たってエネルギーが加わるとそこで酸化反応が起きて酸素がくっつくんだけど、それは不安定な状態なのでその結合が切れて安定化するのだ。
これは高分子の脱重合という現象で、高分子である樹脂は水に溶けないことが甥のだけど、重合する前の基本単位の分子は水に溶けるものも多いのだ。
で、紫外線で結合が切れて脱重合が起こっているところが雨にさらされると、樹脂だったものが雨に溶け出してなくなってしまう、ということになるよね。
そうすると、樹脂層が薄くなってしまって、そこに混ぜ込んであった水に溶けない顔料だけがそこに残ってしまって、樹脂がなくなった分、顔料が表面に出てきたようになるんだよね。
これがチョーキングの正体。

樹脂にはいろんな種類があるので、壁塗りをする際は状況に応じて適切なものを使うわけで、乾燥/湿気に強いもの、高温/低温につよいものなどを選んでできるだけ劣化を遅らせようとはするけど、それでも経年劣化はするんだよね。
多少劣化が見えてきた段階でさらに表層に透明なコーティングをしてしまう、というのもあるけど、これもちょっと時間稼ぎをするだけだし、見た目がちょっと汚くなるんだよね。
ちゃんとやろうと思ったら、一回前の塗装をはがして、新たに塗装し直さないとだめなんだよね。
色落ちで見た目が悪くなるから塗り直せばよい、という簡単な話ではないのだ。

これはなんでそもそも塗料を塗っているのか、というところから来るんだよね。
色をつけて見た目をきれいにするため、というのも当然あるのだけど、もっと大きな理由は、壁面の保護。
壁面がむき出しだと、風雨や直射日光にさらされて壁材自体が傷んでしまうので。
そうならないように、表面に保護膜を作って保護しよう、というのが塗装。
そういう意味では、塗装が経年劣化で傷むのはある意味当たり前っていうか、そもそもの役割で、壁材そのものではなく、表面の塗料が傷むようにしているということなんだよね。
特に鉄材だと、参加してさびるともろくなってしまうので、表面をコーティングすることに大きな井mがあるのだ。
コンクリート剤なんかだと、雨に濡れると徐々に溶け出してしまうので、直接雨水に触れないようにすることも必要なんだよね。
そうやって保護膜を作ってあげるのが塗料で、その「バリア」が弱まってきたらはり直すのが必要だよね。

同じような保護膜は他のものにもあるよ。
日本の伝統工芸品でいえば漆器のうるし。
漆を塗ることで強度を上げるとともに水をはじくようにして、木製の食器が長持ちするのだ。
見た目がきれいになる以上に実用的なメリットがあるからこそ、かぶれながらもクロウしてうるしを集め、職人技でなんども塗って仕上げる技術が生まれたんだよね。
もう少し身近なものだと、健在にも使われるトタン。
トタンは薄い鉄板を亜鉛メッキしてコーティングしたもの。
鉄がそのまま外気にさらされているとどんどんさびてしまうけど、亜鉛で表面を覆うことで鉄の腐食を防止しているのだ。
これは、亜鉛の方がイオン化傾向が大きい=酸素と結合しやすい性質を利用したもので、鉄がさびるのは酸素と結合するからなので、先に亜鉛と結合しちゃえば鉄はさびないよね、ということ。
これにより、軽く加工しやすくってさびづらいという便利な建材になっているのだ。
といっても、むき出しの鉄よりはましだとしても時間が経てばトタンもさびるけどね。

2022/02/12

バチッと決めて還付金チャンス

確定申告の時期になったのだ。
基本的に勤め人は源泉徴収と年末調整だけど、最近は確定申告する人も増えているんだよね。
ボクもその一人。
今回は、その仕組みを調べたのだ。

まず、税を取る側からすると、すべての国民一人一人の収入と支出を見て所得税を徴収する、というのは大変なのだ。
なので、勤め人で給与を受け取っているような人に対しては、給与支払者が給与からあらかじめ納税相当額を「天引き」して支給し、それをまとめて税として納める、という仕組みがとられているんだ。
これが源泉徴収の基本的考え方。
ただし、所得税はその年の所得に応じて課税されるので、実際には年末になるまで確定しないんだよね・・・。
そこで、前年の所得を参照に「だいたいこのくらいだろう」という額であらかじめ納めておいて、年末に給与所得の総額が確定した段階で前年の所得との差分を考慮して帳尻を合わせるのだ。
これが年末調整。
ちょうど年間所得額が確定するので年末にやるわけ。
(なぜか課税対象所得は年度ではなく、暦年で計算するんだよね。)

所得税は、給与所得にそのまま税率をかけるというシンプルなものではなくて、所得の多寡に応じて税率が変動するし、さらに、さまざまな控除があって、課税対象所得は実際の所得より小さくなるのだ。
例えば、扶養家族が多いと控除が増えるし、生命保険等に入っている場合、その支払額に応じて控除があるのだ。
それに誰にでも適用される基礎控除が加わって、課税所得が計算され、それに対して税率をかけて納付すべき所得税が決まるよ。
で、勤め人の場合は、自分でこれを計算する必要がなくて、雇い主側が給与支払い事務の一環として処理してくれるのだ。
自分で納税しているという意識は薄くなるという問題点は指摘されているけど、納める方にしても面倒な手続はないし、徴収する方も取りはぐれがないのだ。

でもでも、勤め人といえど、給与所得以外の所得がある人がいるんだよね。
例えば、ダブルワークで2カ所から給与をもらっている人。
或いは、贈与やら不動産売買、退職金の受け取りやらで一定額以上の給与所得以外の所得を得た人。
こういう人の総所得は給与支払者の方では完全に補足できないので、各個人が確定申告をする必要があるのだ。
これは、自分の総所得額を確定し、税務署に申告することだよ。
もちろん、個人事業主や農林水産業などの場合は、もともと給与の支払いを受けていないので、自分で総収入と総支出を帳簿にまとめて課税対象額を確定し、申告する必要があるのだ。
なかなか個人ではやりきれないところもあるので、そこは税理士さんに依頼したりするわけ。
ちなみに、最近では「闇副業」をしていて、その副業の収入をまるっと確定申告していなくて、後で税務署に見つかって多大な追徴課税を払う目に遭っている人も多いようなのだ。
むかしは昼間企業で働いていた女性が夜にスナックや風俗店で働いていて、その夜の分の収入を未申告、というのが多かったのだけど、最近では、いわゆる「転売ヤー」としての収入やすき間時間の副業としてのUber収入なんかの未申告があるようで、国税庁はその取り立てに力を入れていると言われているよ。
つい最近では、「パパ活」斡旋事業者が税務署に登録していた女性の名簿を提出した、なんてのもあって、おそらくその「パパ活」収入も未申告なので、サラ金、ヤミ金よりひどい利子のついた追徴課税を払わされることになりそうなのだ・・・。

この確定申告の際には、源泉徴収と年末調整では考慮されなかった控除があるので、該当する人は計算して申告すれば、払いすぎていた税金が還付金として戻ってくるのだ。
昔からあるのは医療費控除。
10万円以上医療費がかかった人は、10万円を超える分は200万円まで控除対象になるのだ。
これは世帯分まとめてなので、配偶者、子供、扶養している親等々の分を合算できるよ。
虫歯の治療で歯医者になんてかかるとわりとすぐ達するし、風邪薬や湿布などの一般医薬品も医療費に計上していいので、ちゃんと計算してみると還付金があることが多いみたい。
それと、家を買った人は住宅ローン特別控除があるのだ。
2年目以降は源泉徴収・年末調整で処理できるんだけど、初年度だけは自分で確定申告しないといけないんだよね。
そして、最近多くなっているのは寄付金控除。
「ふるさと納税」をした場合は、きちんと確定申告しないと得にならないよ。
そのためのガイドなんかも充実しているので、これで一気に確定申告人口が増えた気がするね。

ボクの場合は、歯医者に通った分でわりと医療費があるので、それで確定申告をしようと思っているのだ。
昨年はスマホとマイナンバーカードを使って電子申請(e-Tax)したんだけど、インターフェイスが劇的に使いづらいという難点はあるものの、手続自体は簡単だったのだ。
また1年ぶりなのでそう簡単にはいかないとは思うけど、一度できてるから大丈夫でしょう。

2022/02/05

うそは言ってない?

最近宝くじのCMをよく見るのだ。
「バレンタイジャンボ宝くじ」だって。
そんなのがあったのか、と思っていたら、むかしあった「グリーンジャンボ」が「バレンタインジャンボ」に代わったんだって。
ついでに言うと、「オータムジャンボ」もいつの間にか「ハロウィンジャンボ」に変わっていたそうで。

宝くじって、どうしても2派に分かれるんだよね。
「買っても当たらない」派と「買わなきゃ当たらない」派。
お互い背反しているわけじゃなくて、真実は、「買わなきゃ当たらないけど、買ってもまず当たらない」なんだよね(笑)
当選金とその確率から期待値を計算すると、公認ギャンブルの中でも極めてコスパが悪いのは事実。
でも、当選金が一等前後賞合わせて最大3億円と大きいのも事実。
そこに一縷の望みを託して夢を見るものだよね。
当たらなくても、はずれと思わず、宝くじ慈善事業に寄付したと思えばよいのだ。

で、宝くじで話題になるのは「よく当たる売り場」というやつ。
銀座数寄屋橋のところの売り場なんかはうかしから有名だよね。
でもでも、そこの売り場で売られている宝くじが特に当たりやすい、ってわけでは当然ないのだ。
宝くじは公平に抽選されていないと困るので、全国どこで買おうが、当選する確率は同じはず。
では何が違うのか?
それは単純に販売数なんだよね。
たくさん売れているから、そのうちの当たりくじも多い、ただそれだけ。

期待値で計算するとわかるけど、当選確率0.1%のくじがあったとき、100枚しか売れなかったら当たりくじが出る期待値は0.1枚なので、まず出ないのだ。
ところが、その100倍、1万枚売れていれば、当たりくじが出る期待値は10枚。
統計学的に推定すれば、このとき全く当たりくじが出ない確率は数%以下。
なので、100枚しか売れない売り場は10年に一度当たりくじが出るか出ないかくらいなのに対し、1万枚売れる売り場はほぼ毎回当たりくじが出るのだ。
ここまでは数学的に全く問題ないんだけど、このデータを見たとき、人は認知バイアスにとらわれるのだ。

つまり、当たりくじが出る・出ないということと、そこで買ったくじが当たる・当たらないということを混同してしまうんだよね。
まるでまるであたかも、1万枚売れている売り場で買えば、100枚しか売れない売り場で買うよりも当たる確率が高いように「誤認」してしまうのだ。
感覚的に、あそこの売り場は毎回当たりが出ているから、自分もあそこで買えば当たるだろう、と感じてしまうわけ。
そういう心理効果により、よく売れる売り場は長蛇の列ができてさらに売れるようになり、ますます当たりくじが出る、ということになるのだ。
ひとつの「験担ぎ」と思えばよいだけの話なんだけど。

さすがに宝くじの場合は過去に投資した分を一気に取り戻す、的な発想はあまり出てこないので、大量買いによるのめり込みはないよね。
でも、他のギャンブル、例えばパチンコだとそれがあるのだ。
実際にはいろいろ調整があるかもしれないけど、すべてのパチンコ台でいわゆる「大当たり」が出る確率が同じであったと仮定した場合でも、誰かがどこかの大で一回「大当たり」を出すと、その大は「当たりやすい」という噂が出るのだ。
すると、みんなが競ってその台に突っ込むわけで、そうすると、ロールの回転数も増えるから、「大当たり」が出る確率は変わらなくても、「大当たり」が出る数は増えるのだ。
こうして、「よく当たる台」という都市伝説ができるんだよね。
これで終わればよいのだけど、負けが込んでいる人は、「コンコルド効果」もあって、ここで引いたらこれまで投じてきたすべてが無駄になると後に引けなくなっていて、最後の勝負、と思ってこういう「よく当たる台」にさらに突っ込むのだ。
しかしながら、実際には当たる確率は同じわけで、その台に突っ込んだからといって「大当たり」が出るとは限らないわけで・・・。
という不幸なことが起きるんだよね。
もうここまで熱中してくると冷静には判断できないし、そもそもパチンコに大金を突っ込んでいる時点であまり理性的ではないんだけど、非常に危ないのだ。

いずれにせよ、普通の人が普通に接することができるギャンブルは、胴元が自分の利益を確保した上で傾斜をつけて配分するのが基本なので、胴元の取り分だけマイナスになっているわけ。
すなわち、期待値を考えれば基本は元本割れ。
しかも、その勝ち負けが偶然性によるものであれば、どうやっても最終的な修士を確実にプラスに持っていくことはできないのだ。
ということで、あくまでも余裕のある範囲で一攫千金を夢見て、というのが手頃なたしなみ方だと思うなぁ。
あらかじめ設定金額を決めておいて、そこまで負け込んだら即時撤退で損切り、少しプラスになったら欲をかかずにそこで止めて利確という感じでやると、そこまで大きく負けず、そこそこ楽しめるはず。

2022/01/29

小学校で習ったことを活かそう

特に年末の大掃除の時期が多いけど、あの汚れがこんなにすっきり、みたいなお掃除テクニックって情報番組の定番だよね。
実際に反響があったり、需要もあるからやっているんだろうけど。
でも、たいていはほぼ同じ話で、使い回している感じ。
身近にあるもので簡単に、なんて厳しい制約を書けたら、それはそうなるよね(笑)
で、その中でもよく出てくるのが、石灰化した水垢落とし。

よく紹介されるのは2通りで、ひとつはキッチンまわりで、急須や電気ケトル、マグカップなどに付着している石灰化した水垢。
これは普通に洗剤で洗っただけではなかなか落ちなくて、かといって、クレンザーで無理矢理削り落とすと傷がつく。
なんとかきれいに落とせないか、みたいな。
もうひとてゃ、お風呂場の水垢。
こっちは鏡や浴槽、風呂桶などなど。
やっぱり無理矢理削ると傷がついちゃうので、ということなんだよね。

まず前者のキッチンまわりの水垢から。
これは水の中に含まれるカルシウムが炭酸カルシウムとして結晶化して沈着するのが主な原因。
日本の水道水は軟水だからそこまでじゃないけど、欧米のような水道水が硬水の地域ではすぐに白い結晶がこびりつくのだ。
でも、さすがになれているだけあって対応も手慣れたもの。
炭酸カルシウムは酸には溶けるので、お酢で洗うんだよね。
そうするととれるのはとれるのだけど、においも残ってしまう・・・。
日本のテレビなんかで紹介される場合は、お酢でやる、というのもあるけど、多くの場合は薬局・薬店で簡単に手に入るクエン酸を使うもの。
クエン酸は炭酸カルシウムをよく溶かすことで知られているのだ。
そのプロセスで炭酸ガス(二酸化炭素)が発生するので、よく見るとシュワシュワ泡立っているよ。
石灰岩が酸性雨でぼろぼろになるけど、これは酸性の雨水中に石灰岩の主成分である炭酸カルシウムが溶け出してしまうから。
これと同じことをしているのだ。
実は小学校で習った知識が使えるんだよね。

さらに、別の小学校の理科の知識も使えるよ。
炭酸カルシウム(CaCO3)は水に溶けないけど、炭酸水素カルシウム(Ca(HCO3)2)は水によく溶けるのだ。
これは二酸化炭素の検出の時に使う石灰水の実験を思い出してもらうとよいのだけど、消石灰(Ca(OH)2)の飽和水溶液である石灰水に二酸化炭素を通じると、炭酸カルシウムができて析出して白濁するんだけど、さらに二酸化炭素を入れ続けるとそれが炭酸水素カルシウムになってしまうので再び透明に戻るのだ。
つまり、これと同じ現象を起こせばよいわけ。
すなわち、余計なものが入っていない炭酸水を買ってきて、それで洗ってやればよいのだ。電気ケトルなんかはウィルキンソンの強炭酸を買ってきて中に入れてシェイクしてからしばらく放置すればかなり落ちるよ。
これだとにおいも味もないので、かるく水ですすげばまたすぐ使えるのだ。

問題は、後者の風呂場まわり。
こっちもかたまっているのは炭酸カルシウムなんだけど、そこに余計なものが入っているのだ。
それはいわゆる石けんかす。
これは皮脂汚れが石けんや洗剤のような界面活性剤で水の中に溶け出した後、その水の中にあるカルシウムなどのミネラル分の陽イオンとくっついて水に不溶なものになってできるのだ。
よくある石けんは脂肪酸カリウムで、これはよく水に溶けるのだけど、これが脂肪酸カルシウムになるととたんに水に溶けなくなるのだ。
これは金属石けんと呼ばれるものだよ。
それが炭酸カルシウムの結晶に巻き込まれて一緒に固まると風呂場の水垢になるわけ。

このふたつだけなら酸に溶かせるんだけど、お風呂場の場合は、ここにそのままの皮脂汚れがさらに混ざり込むんだよね。
カルシウム塩は酸で除去できるけど、皮脂汚れはもともと酸性物質なので酸には溶けない・・・。
そこで出てくるのが、重曹(炭酸水素ナトリウム)とのツープラトン攻撃。
通常は、まず重曹で皮脂汚れを浮かび上がらせて取り除く。
その後に残ったカルシウム塩の水垢をクエン酸などで取り除く、という二段階だよ。
浴槽であれば、水を抜く前のあたたかいお湯に重曹を溶かして冷めるまで放置。
こうすることで皮脂汚れは浮いていて簡単に除けるので、その上でさんを使って凝り固まった水垢を除去。という感じ。
鏡なんかの場合は、キッチンシートに重曹水をしみこませてしばらくはりつけておいて、その後酸で洗うとよいよ。

2022/01/22

数字はうそをつかない

 有名な数学の確率論の問題で、モンティ・ホール問題というのがあるのだ。
何も難しくて解けない、というものではなくて、わりと単純な確率の計算で答えは出るんだけど、直感的に頭に思い浮かぶ答えとそれが異なるので、なんだか違和感を感じる、というもの。
モンティ・ホールさんが司会を務めていた米国のゲームショー番組に由来するものだよ。
その中で行われていたゲームでは、3つの扉があって、そのうちひとつの扉の後ろには商品の新車があって、1/3の確率でもらえる、というもの。
でも、ただ3つのうち一つを選ぶだけでは面白くないので、挑戦者がどれか扉を選んだ後、正解を知っている司会者が残った2つの扉のうち片方を開くのだ。
もちろん、ここで当たりを開いちゃうと面白くないので、はずれている方を開くんだけど、それを見た後、挑戦者は一度だけ扉を選び直すことができるんだよね。
このルールの中で、挑戦者は選んだ扉を変えない方が有利なのか、変えた方が有利なのか、というのがこの問題。

直感的には、司会者がひとつはずれを明けてくれているので、残る扉は2つで、当たりかはずれ。
すなわち、1/2の確率なので、最初に選んだ扉から変えようが変えまいが当たりの出る確率は変わらない、というように見えるよね。
ところが、実際には扉を変えた方が当たる確率が2倍になるのだ。
これがなかなか理解しづらくて、大きな騒ぎになったんだよね。
でも、ちょっと落ち着いて場合分けで考えてみるとそれがわかるのだ。

まず、挑戦者がそもそも当たりの扉を選んでいた場合。
この場合は扉を変えなければそのまま当たり、変えてしまうとかえってはずれ。
変えるか変えないかは1/2なので、もともと当たりを当てていた場合はどちらの選択をしても当たる確率は1/2になるよ。
当たり前だけど。
逆に、最初ははずれを選んでいた場合、やはり残る扉は当たりとはずれなので、この場合もどちらの選択をしても当たる確率は半々なのだ。
そうすると、やっぱり扉を変えようが変えまいが当たる確率は変わらないんじゃないの?、って思うよね。
でも、実際には、最初の選択をするとき、はずれの扉は2つあるので、最初にはずれを選んでいる確率は当たりを選んでいる確率の2倍になっているんだよね。

最初に挑戦者が当たりを引いていた場合(確率は1/3)は、残る二つの扉は両方ともはずれで、選択を変えるとはずれ(確率は1/2)。
最初に挑戦者がはずれを引いていた場合(はずれの扉は2つあるので確率は2/3)は、選択を変えると当たり(確率は1/2)。
よって、はずれの扉が司会者によりひとつ開けられた後に選択を変えた場合は、1/6ではずれ、2/6で当たりとなり、選択を変えると当たる確率が2倍になる!
ポイントは、当たりの扉はひとつなのに対してはずれの扉は2つあるので、最初の時点で非対称になっている、ということ。

これと似たようなすっきりしない話が、今まさにコロナで話題持ちきりの感染症の陽性判定。
多くの検査は制度100%というわけにはいかず、精度という概念があるのだ。
例えば、99%の精度で判定できる検査があった場合、陽性の人に対しては99%の確率で陽性判定、1%の確率で偽陰性になるのだ。
逆に、陰性の人に対しては99%の確率で陰性、1%の確率で偽陽性が出るよ。
ここまではよいのだけど、実際に数に当てはめると変なことが起こるんだよね。
1000人の人がいて、そのうち0.5%の人が感染していた場合、この集団に99%精度の検査をやってみると、陽性の人は5人、陰性の人は995人なので、この検査を実施して検査で陽性判定が出るのは、
5×0.99(真の陽性)+995×0.01(偽陽性)=4.95+9.95で、約15名と言うことになるわけ。
でも、上野式で内訳を見てみると、新の陽性者はほぼほぼ補足できているのに対し、その倍くらいの数の偽陽性がいるのだ・・・。
99%という一見すごい精度の高い検査であっても、感染率が低い場合はこうなってしまうわけで、流行初期の頃のコロナはきっとこんな感じで、偽陽性の人を隔離していた可能性が高いのだ。
ま、偽陰性の人が野放しになるわけではないからよいのだけど、思った以上に判定ミスの数字が大きくなるというのが驚きだよね。

2022/01/15

冬はぬくぬく丸くなる

新しく始まったドラマを見ていて、新しい言葉を知ったのだ。
それは「こたつ記事」。
なんだ?、と思って調べてみると、10年くらい前に生まれた言葉なんだって。
デジタルガジェット論評を専門にしているジャーナリストの本田雅一さんの造語で、あるときツイッターで、

「こたつ記事というのは、ブログや海外記事、掲示板、他人が書いた記事などを“総合評論”し、こたつの上だけで完結できる記事の事を個人的にそう呼んでます。自分たちでこたつ記事が優れていると宣言している方もいれば、言ってない方も。柔らかな言い方をすると“文献派”の方々」

とつぶやいたことに端を発しているとか。
ようは、直接取材することなく、一次情報のみをもとにして作成されている記事のことのようなのだ。

ネットメディアが隆盛になってくると、これが一気に増えて、そこまで流布していなかったのに、最近はよく使われるようになったんだって。
主に批判的な意味で・・・。
この言葉の生みの親としては必ずしも否定的な意味だけではないということなんだけど、取材すらしないでそっせいらんぞうされた記事、という漢字で使われることが多いみたい。
一方で、いろんな情報を集めたキュレーションサイトとかまとめサイトが便利だと言われることもあり、やはり問題は「質」なんだよね。

直接取材する最大のメリットは、一次情報の真偽の確認、いわゆる「裏取り」ができること。
この「裏取り」ができていない記事は「飛ばし記事」とも呼ばれ、否定的に扱われるんだよね。
おそらく、それが「こたつ記事」という言葉にも影響しているのだ。
「裏取り」ができていないということは、信憑性が疑わしい、憶測に基づく、といったことにつながるからね。
で、むかしながらの記者からすると、「こたつ記事」はそういう風に見えるというわけ。

かつて2ちゃんねるの創設者のひろゆき宇治が言ったように、「うそはうそであると見抜ける人でないと」ということなのかもしれないけど、ネット上は様々な情報にあふれていて、玉石混淆になっているよね。
そして、その中には誤情報もあるし、悪質なデマみたいなのもあるし、というので、不正確な情報、虚偽の情報もあるのだ。
そういうのをきちんと吟味せずに引用してしまうと、「飛ばし」的な「こたつ記事」になるわけ。
なので、すべての「こたつ記事」が悪いというわけではなく、一次情報をそのまま鵜呑みにして右から左に流すようなのがまずいのであって、それがフェイクニュースを拡散する要因にもなるわけ。
中身を吟味して吟味・分析しているようなものであれば、むしろ非常に役立つ情報になるのだ。
それこそがキュレーションサイトやまとめサイトが当初ありがたがられたゆえんだと思うんだけど、質の悪い情報の寄せ集め、さらには、悪質なデマや自分に都合のよい誤情報をあえて集めたようなものが登場するに至って批判されるようになってきたわけだよね。

一次情報をきちんと分析・整理してくれる、というメリットがむしろ好意的にとらえられている典型的な例は、ミステリにおける「安楽椅子探偵」だよね。
自分では現場に赴いて捜査することなく、警察などがもたらす情報を安宅の中で整理して推理していくというタイプ。
日本では「謎解きはディナーのあとで」の執事・影山とかが有名かな。
古畑任三郎でも、鈴木保奈美さんがゲスト出演している「ニューヨークでの出来事」の解は、米国の夜行バスの中で聞いた話だけで推理していくので、このタイプなのだ。
これらは、もたらされた情報を整理するだけで犯人を当てられてすごい!、ということになるわけだよね。
もちろん、現実にそういうことをしようとする人がいた場合、そうそううまくいくわけがなく、かえって判断・推理を誤って別の人を犯人と考えてしまったりするわけで、おそらく否定されるのだ。
あくまでも必ず成功が約束されているフィクションの世界の中だからこそ賞賛されるわけだね(笑)

とはいえ、過去に来るら部手遙かに接する情報量が増えている現代。
加速度的に膨張していく情報量をどう処理していくかは現代人の課題なのだ。
それだからこそ一次情報を整理してくれるサービスは重要なのだけど、それ自体の信用性を見極めないと、ということなんだよね。
今では、一次情報ですらなく、他人から聞いた話のような二次情報に基づく情報、憶測なんかもネット上にはどんどん垂れ流されるから、SNSを中心に情報を収集する場合は特に気をつけないとね。