令和の大伴金村はいるか
ひさびさに皇室制度関係の話題が大きく報道されているのだ。
というのも、「立法府の総意」という形で、これからの皇統の維持に向けた取組について国会としての賛否が示されたから。
と言いつつ、実際は有識者会議でさんざん議論して、やるとしてもこれくらいしかない、というような安打と思うので、それが飲めるかどうかくらいの世界だとは思うのだけど。
それでも、なんだかんだで日本人は皇室の話題が好きだから、大きく取り上げられるんだよね。
ポイントは二つで、結婚後も女性皇族は皇籍離脱させずに皇族としての身分を残すこと、及び、すでに臣籍降下した元皇族のうち男系の系譜に連なるところから養子を入れることを可能とすること、を了解し、具体策の検討に移ろう、ということ。
前者は主に敬宮愛子内親王の今後のことを想定していて、後者は、秋篠宮悠仁親王以降の皇統の継続の安定性を意識したものなのだ。
女系を認めるべきかどうかは賛否両論なわけだけど、これmでも男系女性天皇は存在していたので、その道をふさがない、ということだよね。
後者については、明治以前は男系の家筋から養子をもらって宮家を維持するみたいな話はやっていたみたい。
御一新後、皇室のルールとして旧皇室典範ができてからできなくなったのだ。
さらに、戦後になって、かなり天皇家とは遠縁になっていた11の宮家が皇籍離脱(臣籍降下)し、明治天皇の男系の子孫のみが皇族に残ったんだよね。
実際には、明治天皇には大正天皇以外皇子がいなかったので、昭和天皇の兄弟、平成天皇の兄弟、今上天皇の兄弟が皇族になっているのだ。
で、今回の方針で養子を迎えるとすると、昭和22年(1947年)に皇族を離れた11の宮家(伏見宮、閑院宮、山階宮、北白川宮、梨本宮、久邇宮、賀陽宮、東伏見宮、朝香宮、竹田宮及び東久邇宮)からということになるんだけど・・・。
実は、男系だけで見ると、600年以上さかのぼらないと現在の皇統につながらない、というほど遠いらしい。
その間、女系ではつながっているので、いわゆる普通の親戚として考えるとそこまで遠くないのだけど。
しかも、皇族で亡くなったのはもう80年も前。
15歳以上の若い男子を養子に、ということだけど、該当者は少ないし、すでに皇族だった記憶のない、普通の一般人として生きてきた家族も多いので(宮中行事には旧皇族として呼ばれることもあったみたいだけど)、なかなかすごい話だよね。
ここで思い出すのは、記紀の時代の皇統断絶の危機の話。
かなり香ばしい事績が多い武烈天皇だけど、皇嗣を設ける前に崩御されたので(数え年で18歳?)、そこでいったん男系の皇統が切れそうになったのだ。
そこに出てくるのが大伴金村。
武系の中止のして古代史で大活躍する豪族(大連)だけど、その最大の功績は、武烈天皇崩御後に、当時越後にいた応神天皇の五世孫にあたる継体天皇を連れて来たこと。
千祖・即位した時点で58歳だったそうだから、全く皇族とは関係ない世界で生きてきた老年に差し掛かった人を天皇に迎えたのだ。
ただし、この継体天皇以降は歴史上実在が確認されている男系皇族で皇統が維持されてきたんだよね。
それ以来の危機があるかも、というわけだ。
で、悠仁親王から見て5世代さかのぼると明治天皇になるので、仮に明治天皇に兄弟がいればその系統に当たるということだけど、うえで書いたように、養子を出す候補に想定されている旧宮家はもっとさかのぼらないと合流しないんだよね。
これはある意味で大変革でもあるわけだ。
男系の万世一系にどこまでの意味を見出すかにもよるのかもしれないけど、それくらい想定しておかないと皇統の維持が厳しくなっているのも事実。
そもそも正室のみで側室を置かなくなったので、子供の数が圧倒的に少ないのだ。
そこを「子をなせ」とプレッシャーをかけるわけにもいかないわけだし、そもそも一般国民の少子化対策もうまくいっていない中で、現在の皇族の枠内だけで男系男子を増やそうとするのはかなりリスキーではあるよね。
最後は多くの人が納得できるようなルールで、ということだと思うけど、立憲君主であり、日本国の象徴でもある天皇家をどう維持していくのかはさらに議論が必要そうなのだ。
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