2024/06/01

がる

 実際の会話ではあまり使うことがないけど、ネットなんかでは良く見る表現、「イキる」、「イキり」。
(ネガティブな意味で)格好をつけている、調子に乗っている、虚勢を張っているなどの意味。
不良やチンピラがオラついて絡んでくる様子がまさに「イキって」いる状態だよね。
そういう時に限って、こういう人の方から「イキって」じゃねぇぞ、と言われるわけだけど。

「イキ」は「粋」又は「意気」で、「いきがる」の「が」が抜けた口語表現ではないかと考えられているらしい。
接尾語の「がる」は、形容詞又は形容動詞の語幹や名詞にくっついて、そのように振る舞う、そのようはふりをする、という意味を持たせる言葉。
「強がる」とか「賢がる」とかの「がる」で、本来はそうでないのにそのように見せている的なネガティブなニュアンスを持っているのだ。
で、「粋」にくっつけば、「粋」なふりをする、「粋」であるかのように振る舞う、ということになるよね。

もともと江戸時代で使われていた「粋」という概念はざっくりという今の「cool」と同じでなんかかっこいい、というイメージ。
なので、「いきがってんじねぇ」という場合は、かっこうつけているんじゃねぇ、ということになつよね。
おそらくこれがもともとの意味なんだと思うけど、これが「イキる」になっていく過程で、便利な言葉として様々なシチュエーションで使われていくことで、広がりを持った意味になっていくのだ。
ええかっこしい・かっこうつけている=>調子に乗っている/虚勢を張っている、的な。

ネットとの相性が良いのは、匿名性の高い場においては、自らの本質を隠してなんでもかんでも「盛れる」ので、まさに「イキっ」た人が数多くいる、ということなんだろうね。
少しでもぼろを出したり、あまりにも見え透いた虚勢であれば「イキり」認定されるわけ。
有名な2ちゃんのコピペでこんなのがあるけど、最後まで「イキっ」ていて清々しく、ほほえましいのだ。

33 風吹けば名無し 2016/06/22(水) 12:46:30.27 ID:ISNFTZMe0
まーたしょうもない人生送ってるやつが成功者を叩いてるのか

45 風吹けば名無し 2016/06/22(水) 12:48:16.70 ID:Y8g+JM3E0
>>33
税理士一発合格、早稲田卒、身長182、都内85階タワマン住みがしょうもない人生なんですか・・・(唖然)

73 風吹けば名無し 2016/06/22(水) 12:50:56.00 ID:+61AL8Z50
>>45
東京都内に85階建てのマンションなどない
今建設中の新宿の60階が東京の最高層だ

109 風吹けば名無し 2016/06/22(水) 12:53:53.53 ID:Y8g+JM3E0
>>73
お前が知らないだけだろにわか
俺が言ったのは海外の都内マンションの事。海外住みだからね
日本住みなんていついった?にわか


ちなみに、「生きる」は同音異義語だけど、「イキる」とは活用が違うんだよね。
「生きる」は上一段活用、「イキる」は五段活用。
否定の助動詞の「ない」に接続させるために未然形にすると一目瞭然で、「生き・ない」と「イキら・ない」に分かれるのだ。
なので、文脈を組まずとも音声だけでも区別することができるのだ。
ま、あんまり「生きる」と「イキる」が混同されるような場面は想定されないけど。
アンジャッシュかなんかがコントにしてくれればおもしろいけどね。
世界の黒澤も「イキる」の方で映画を撮っていたらだめだったかも。

2024/05/25

最期はどちらか

 俳優の中尾彬さんの訃報が流れたのだ。
前に一度大きな病気をしてからかなり仕事はセーブしていたらしい。
その死因は「心不全」。
つまりは最後は心臓が機能しなくなって亡くなった、ということなんだけど・・・。

こういう著名人の不法で発表される死因って、事故死などの外因性でない場合、たいていは「心不全」か「呼吸不全」なんだよね。
つまり、心臓が機能しなくなったか、呼吸ができなくなったかのどちらか、というだけの意味。
人間の生命活動の根幹なのでそれはそうなんだけど、問題は、なぜ心臓が動かなくなったり、呼吸ができなくなったか、ということだよね。
とはいえ、死因についてもプライバシーだから何でもかんでも公表すればいいというわけでもなく、病死か、自然死(老衰など)か」、事故死かくらいわかればいい、と言えばそれもそうなんだよね。
でも、医師又は歯科医師が書くことになる死亡診断書(最終的にその人が死亡したということを医師又は歯科医師が判断した証拠の書類)では、そうもいかないのだ。
なんと、ネット上にはこうせいろうどうしょうによる死亡診断書の書き方マニュアルがあるよ。

この死亡診断書には死因について記入する欄があって、①病死・自然死、②外因死(交通事故、転倒・転落、溺水、煙・火災及び火焔による傷害、窒息、薬物による中毒、自殺・他殺等)、③不詳の3つに大きくカテゴライズされるのだ。
②の外因死の場合はかなり検案をする必要があって、火災現場で焼死体が見つかったときは、火災でなくなったのか、先に殺されていて死体が焼かれたのか、で話が変わってくるわけだよね。
そういうのは監察医が司法解剖をして確認することになるよ。
マニュアルを見ると、例えば、てんかん発作が起こって川に転落して溺死した場合、外因死の「溺水」でなくて「てんかん発作による病死」と書かないといけないらしい。
で、どうやってもなくなった原因がわからないのは③で、これは穴を掘っていたら白骨が出てきちゃって、ものすごく古いもので特に外傷の跡も見られない、なんてもの。
困ったときの分類だよね。

で、問題は「病死・自然死」の死因の書き方。
そのむかしは、心臓が止まったら「心不全」、呼吸が止まったら「呼吸不全」と書いていたみたいなんだ。
でも、こういう書き方だと、世界保健機関で集めている死亡原因の統計データに使えないため、もうちょっとなんで死に至るようになったのかをわかるように書くべし、ということになったみたい。
なので、例えば、がんの末期で最後に心臓が止まって亡くなった場合、かつては「心不全」と書いてしまったんだけど、「〇〇がん」と書かれるようになったのだ。
そうすると、これは統計上の死因は「悪性新生物」に分類されることになるよ。

現在の死亡診断書の様式においては、「直接の死因」、「それに至った原因」、「さらにそれに至った原因」と最大で4段階まで原因をさかのぼって書くようになっているんだ。
なので、最終的に心筋梗塞で心臓が止まった場合、直接の死因は「心筋梗塞」でよいのだけど、その心筋梗塞に至った原因として「冠状動脈硬化症」を書く、という感じになっていて、心臓の冠状動脈の状態が悪くてそれが心筋梗塞につながった、というのがわかるようになっているのだ。
がんの場合だと、原発は「大腸がん」でそれ「肝臓に転移」で「肝不全」みたいな感じになるよ。
ここまでくると、書く方もきちんと把握したうえでじゃないと書けないからけっこう大変なような気がする。

病院で亡くなった場合はカルテ情報やらなにやらあるからこういうのは書けると思うのだけど、問題は、自宅療養している場合だよね。
特に、高齢者の場合はいろんな疾病・症状を抱えていて、朝起きたら亡くなっていた、みたいなのもあるだろうから、そうなると死因を調べて特定する必要があるのだ。
せめて病院のベッドの上ではなく畳の上で死にたい、なんて言うけど、そうなると事後の処理が大変だったりするわけだよね・・・。
しかも、なんで亡くなったかけっきょくよくわからない場合もあって、その場合だけ「老衰」というのを死因にできるらしいよ。
もう体全体が弱っていて、ということだよね。

2024/05/18

まじ寝てねーわ

 この時期の大学生あるある。
「寝てない自慢」!
地獄のミサワではないけど、なぜか寝てない自慢をするよね。
でもって、そんな寝てない状況でも普通に過ごせている俺すごい的な。
ところが、これってイキリ大学生だけの話じゃなくって、社会に出てからも同じような人たちがいるんだよね。
さすがに「寝てない自慢」をストレートでするわけでなく、「ショートスリーパーだから睡眠時間が短くても大丈夫」というように進化するのだ。

実際にショートスリーパーと呼ばれる人たちは存在するらしい。
歴史上の人物ではナポレオンなんかが有名だけど、睡眠時間が短くても平気な人。
具体的には、人間は6時間は睡眠をとらないと不調になって脳や肉体のパフォーマンスが落ちると言われていて、それより未ジカンジカンシカ睡眠をとっていないのにパフォーマンスの落ちない人というのがいるらしいのだ。
2時間寝ればスッキリで、むしろ、4時間以上はどんなにがんばっても寝られない、みたいな。
それでいて、日中に眠気に襲われるわけでもなく、記憶力や判断力にも問題がないそうな。
確かにそういうのはちょっとうらやましい(笑)

一方、普通の人が6時間未満の短時間睡眠を繰り返すと、「睡眠負債」というのがたまっていっていくのだ。
この状態では、記憶力や判断力が鈍って作業効率が落ちていくわけだけど、あまりにも睡眠時間が少ないと身体的な能力も低下していくよ。
徹夜続きの状態がまさにそうだよね。
でも、どうも感覚が鈍い人もいるようで、明らかに睡眠不足状態に陥っているのに、それを認識していない人がいるようなのだ。
軽度なものに限るのだろうけど。
常にそうやってパフォーマンスが低い状態で安定しちゃっているので、パワーマンスが落ちている、ということも感覚的にわからなくなっているんだろうね。
で、こういう人たちが「自称ショートスリーパー」のようなのだ。
体調的には不調を来しているんだけど、それに気づいていない人。
どうも、世に「ショートスリーパー」と自称している人のほとんどがこれではないか、というのが睡眠の専門家の言。
実は、それだけ真正のショートスリーパーというのは珍しい存在なのだ。
自分を特別な存在だと思ってしまうイキリぐせはなかなか抜けないわけだね(苦笑)

では、真正のショートスリーパーは何が違うのか。
体調に不調があるかどうかは個人的・主観的な感覚のようだけど、実は、客観的に観察できる事実でも判別できるみたい。
それは、寝ている間の状態。
真正のショートスリーパーの場合、睡眠時にほぼほぼレム睡眠がないということが知られているんだって。
このレム睡眠というのは、まぶたの奥で眼球がぐりぐり動いている浅い眠りの状態。
Rapid Eye Movementの頭文字をとってレム。
この状態では、肉体は弛緩していて休んでいる状態だけど、脳は割と活動的な状態なんだ。
夢を見ているのもたいていはレム睡眠の間と考えられているよ。
なんでこういう状態があるのか不明だけど、頭の中で記憶の整理をしているのではないかなどと言われているのだ。

で、普通の人は、睡眠時に深い眠りであるノンレム睡眠(眼球の動きがなく、脳の活動もかなり抑制されて、体全体が休んでいる状態)と浅い眠りのレム睡眠を周期的に繰り返しているんだよね。
たいていは90分周期くらいで、6時間睡眠では4サイクルくらいしていることになるのだ。
これは眼球の動きだけでなく、脳波を測定した場合もこの周期性は観測できるよ。
どうも、ショートスリーパーの人は、ほぼほぼずっと深い眠りのノンレム睡眠の状態で、かつ、ノンレム睡眠の時間だけを比べると通常の人と変わらない、ということのようなのだ。
つまり、レム睡眠をスキップできる人がショートスリーパーというわけだ。

ネットで検索すると、「どうやってショートスリーパーになるか」みたいなのを見かけるけど、どうもこれは訓練でどうにかなるものではないらしいよ。
生まれ持っての性質、遺伝的要素が強いようなのだ。
なので、短時間睡眠でならしていこうとしようが、単に睡眠不足になるだけなのだ。
なので、イキってみても仕方がないので、生来のショートスリーパーでないのなら、心身の健康のためによく寝ることとが大事なのだ。
ついつい夜更かししてしまうから、ショートスリーパーになれれば便利なんだけどね。
無理なものは無理ということで。

2024/05/11

この思い届けて!

 大型連休明けと言えば、会社や学校に行きたくなくてゆううつな気分になりがち。
まさにそれが社会現象として表れているようなのだ。
それは・・・。
退職代行の盛況。
テレビのニュースでも取り上げるほどなのだ。

民間事業者のやっている退職代行サービスは、基本的には「〇〇さんが退職したいとの意向をお持ちです」と会社などの雇用側にお伝えするだけ。
それ以上でもそれ以下でもないのだ。
自分で言い出しにくい人向けのサービス。
気を付けないといけないのは、退職する前に残っている有休を使いきりたいとか、業務上の引継ぎをどうしたいとかの退職に当たっての雇用者・被雇用者間のやりとりは仲介できないということ。
「有休を使いきって〇月×日付で退職されたい意向です」とか「業務の引継ぎについては整理してある書類や電子ファイルを見てもらえばわかります」みたいなのを伝言するところまではできるけど、間を取り持って調整はできなのだ。
なぜなら、それは雇用者・被雇用者間の労働契約上の権利・義務に関することで、本来的には弁護士資格がないと代理人となれないから。
つまり、そこまでやってしまうと「非弁行為」になるのだ。

なので、けっきょくその手の手続きは自分でやるか、別途弁護士に依頼することになるよ。
ま、直属の上司には話しにくいけど、事務的なやりとりを会社の人とするのはOKみたいなこともあるだろうから、それはそれでよいのかもだけど。
それにしても、そういうサービスがそこまではやるとは・・・。
実際にはもう少しいろいろ手続きをしてもらえると思って頼んでいる人もいるとは思うけどね。
まずは有無を言わせず雇用者に退職の意向を伝えたい、ということに特化したサービスになっているのだ。

退職代行というと、ブラック体質の企業に勤めていて、やめたいと思っても退職届・辞職願を受け取ってもらえないとか、ここでやめたら損害賠償政協すると脅されるとか、そういう辞めたいのにやめられない人が使うのかと思うよね。
でも、実際にはそういうケースの場合は、退職代行サービスに依頼するだけでは解決しないのだ。
お金はかかるけど弁護士に丸投げするというのもあるし、雇用者側とある程度戦う意向があるなら、労働基準監督署や労働組合と相談して自分で交渉するということをしないとだめなんだ。
そこまでしようとする人はなかなかいないのだけど。

では、どういう層がこのサービスを使っているのか?
テレビのニュースによると、150件近い申し込みのうち、30件ほどが新卒者らしい。
つまり、働き始めて1か月程度の人。
むかしは3年はこらえないと、なんてことを言われたものだけど、最近は合わないと思ったらスパッとやめるのだそうで。
確かに、病んでしまう前に違和感を感じたところで「損切り」ができるのが理想的だけど、ちょっと前までは前の職場を数か月でやめてる、なんてのが職歴として残っているとなかなか再就職できなかったりするんだよね。
それこそ、新卒一括採用の終身雇用制が一般的な会社だと特に。
でも、現在はそういう雇用状況も変化してきているのだ。

まだまだジョブ型雇用は採用されていないけど、現在は慢性的な人で不足で「売り手市場」なんだよね。
しかも、能力が高い人だけが引く手あまた、というのではなく、普通程度の能力であってもとにかく人手が不足しているから来てほしい、というくらい。
政府が一生懸命「第二新卒」なんて概念を広めようとしてもうまくいかなかったけど、今となってはある程度以上の能力のある(というか、足を引っ張ることなく一応の戦力にはなる)人材であれば、いつでも来てほしい、という企業が多くなっているのだ。
そうなると、昔はまさに「折り紙付き」の扱いだった「新卒カード」の意向は低下していて、前の職場をすぐにやめていても問題なさそうなら雇いたい、と考える企業が出てきているので、再就職するのに不利にならない状況なんだよね。
確かに一定数の「やばい」人がいるのは確実だけど、一方で、「やばい」会社がいまだに存在しているのも事実なわけで・・・。

つい先月の報道でも、チュールでおなじみの企業で新卒者が大量離職、というニュースがあったけど、あれは詳細が明かるになればなるほど企業側が「やばい」よね。
なので、そういうところでこらえて勤めるのではなく、早々に見切りをつけて次の就職先を探す、というのはある意味「見る目がある」人材でもあるのだ。
ただし、ジョブ型雇用でキャリアアップのために転職を繰り返す、というのでもなく、なんとなく合わないから、という理由ですぐに転職しようとする人も含まれるだろうから、雇う側もその人の人となりを見ておかないと危ないんだよね。
どうしても働き始めはスキル習得のために一定のコストがかかるわけで。
やっと戦力になると思った矢先にまた転職されてしまうと大変だから。

2024/05/04

まつられ

 最近は神社本庁による啓蒙のおかげもあって、「二拝二拍手一拝」(又は「二礼二拍手一礼」)のお作法も広まってきているけど、一般に神社に参拝に行くのは「社頭参拝」で、拝殿の前でお賽銭を賽銭箱に入れて参拝するのだ。
神道の考え方だと、神様は音に反応して気づいてくださるので、意識をこっちに向けてもらえるように拍手や鈴を鳴らすのが大事なんだよ。
一方、政治家の参拝で問題になるのは昇殿参拝と呼ばれる正式な参拝の方。
厄払いや七五三などの儀式のときには一般の人もやるけど、拝殿に上がって御神体のある本殿の方を向いて、祝詞なんかをあげながら儀式を行うのだ。
このとき、玉串奉奠(ほうてん)というのがあって、榊の枝に紙垂(しで=雷のような形の紙)がつけられたものを奉納するんだけど、本人は参拝せず「玉串料を収めた」というのはこれの代わりにお金を出した、ということなのだ。

で、基本的には我々は神社に参拝するときに訪れるのは拝殿。
そこが神様を拝む場所なんだよね。
一方、神様が宿る、依り代の「御神体」があるのが本殿。
神社的にはそちらが本体なのだ。
でも、基本的に御神体は秘匿されるので、目に触れることはないんだよね。
御開帳もなくはないけど。

この御神体にもいくつか種類があって、オーソドックス(?)なのは、鏡、刀剣など。
伊勢神宮の内宮の御神体は八咫鏡だし、熱田神宮の御神体は天叢雲剣になってるよね。
この人工物の御神体はわりと時代が下ってからで、その前、古神道の時代は、自然界にある畏敬の念を抱かせるようなものが御神体=神の宿るもの、だったのだ。
代表例は奈良の三輪山にある大神(おおみわ)神社。
この神社は三輪山それ自体が御神体なので、山の前に拝殿があるだけ。
同じようなものは福岡の宗像神社で、御神体は玄界灘に浮かぶ「沖ノ島」そのもの(=沖津宮)で、宗像市にある神社(=辺津宮)はそれ自体が拝殿扱いだよ。
石上神宮は布都御魂剣(ふつのみたまのつる=武御雷神が葦原中国を平定するときに使った刀剣)をまつっているけど、もともとは神宝が埋められているという禁足地に拝殿が設けられているスタイルだったんだよね。
本殿を立てようと明治期になって禁足地を発掘してみたらものすごく古い鉄剣が見つかり、それを布都御魂剣や天羽々斬(あめのははきり=素戔嗚尊が八岐大蛇を切った剣)に比定されているものだよ。

それよりもう少し身近になるのが、大きな石、大きな木、きれいな湧水などの自然物。
これはいまでもわりとよく保存されていて、しめ縄をかけて賽銭箱が置いてあったりするのだ。
もともとはその自然物が信仰を集めていたんだけど、やがてその信仰対象の神様に名前が付き、その性質の神様にふさわしい御神体が選ばれ、本殿と拝殿が作られる、みたいな感じで神社が形作られていくんだよね。
どこからか勧請してくる場合を除いては、もともと神秘的な場所・ものがあって、そこにあとから名前の付いた神様があてられるケースが多いのだ。
山の神様とか水の神様とかは自然に対する畏敬の念が信仰の本質であって、特定の神様を信仰しているわけじゃないからね。

でも、記紀神話が取りまとめられ、神道が整理されてくると、特定の神様への信仰が増えてくるのだ。
航海の安全であれば宗像三女神や住吉三神であったり、五穀豊穣の神様だったら稲荷信仰にも結び付いている宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)や保食神(うけもちのかみ)であったり。
で、このころには仏教が伝来していて、仏像や仏画と同じようなノリで、神の像や絵も作られたりするんだよね。
場合によってはそういうものが御神体になっているケースもあるのだ。
神道の神様は「感じる」ものであって「見る」ものではないから、本来は形がないはずなんだけど、具象化されてしまうのだ。

で、もうなってくると、公開してもよさそうなものだよね。
なので、御神体の御開帳というのもなくはないけど、仏教の本尊が絶対非仏で非公開を貫くように、そういうものでも公開しない、というのもあるわけで。
後から神様に祭り上げられて天神様こと菅原道真公については神像がわりとよくあるけど、御神体である神像は非公開であることが多いよ。
っていうか、神様が宿る真正なものなので、基本的には人の目に触れないようにするものなのだ。
湯志保がある神社ならなおさらね。

ちなみに、近所にあるような小さい神社の場合は、本殿と拝殿が分かれていないことも多く、社殿の奥の方に御神体がまつられていることが多いよ。
多くはほかの神社の神様を勧請してきたもので、そこの御神体はいわば電話の子機のようなものだから、そういう扱いでもよいみたい。
真正なものなので低調に扱わなければいけないのはそのとおりなんだけど、そもそも神様を勧請してくるときに自ら用意しなきゃいけないわけで、絶対的に秘密御いうわけにもいかず、そのコミュニティの中では口に出さないだけで知られたことではあったはずなのだ。

2024/04/27

実は年2回

 衆議院の補欠選挙があるのだ。
今回は、島根1区(細田衆院議長が死去したため)、長崎3区(谷川議員が裏金問題で辞職したため)及び東京15区(柿沢議員が公選法違反で逮捕・起訴され、辞職したため)の3つ。
これってそこそこ数が集まってからやるものだと認識していたんだけど、それは当たらずも遠からじ。
実は国政選挙の場合はルールがあって、例外を除いて、原則として4月と10月の第4日曜日に実施することになっているのだ!
知らなかった。
9月16日~翌3月15日に補欠選挙の実施事由が発生した場合は4月、3月16日~翌9月15日に補欠選挙の実施事由が発生した場合は10月なんだそうだ。

まず、「補欠選挙の実施事由」とは何を指すか?
これにも明確にルールがあって、
①衆議院小選挙区(=議員定数1)は欠員が生じたとき
②参議院選挙区(議員定数が1~6)は定数の1/4を超える欠員が生じたとき(=東京・神奈川・埼玉・愛知・大阪の5選挙区は2名の欠員、それ以外の選挙区は1名の欠員)
③比例代表は再選挙が必要な当選人不足数と合わせて定数の1/4を超える欠員が生じたとき(ただし、参議院は全国比例で定数100なのでまず発生せず、衆議院は最大の近畿ブロックだと定数28で8名欠員が出た場合、最小の四国ブロックは定数6で2名欠員が出たとき)
ということになっているよ。
基本的には、多くの選挙区では一人でも欠員が出ると補欠選挙が行われるようになっているのだ。

このルールに従って行われる補欠選挙を「統一補欠選挙」と言うのだ。
これは衆議院に小選挙区制が導入されたため。
以前は補欠選挙の実施が必要な事由が発生してから40日以内という規定。
1996年に衆議院選挙に小選挙区制が導入されると、当選人が一人しかいないので、なんらかの事由で議員がいなくなるとすぐに補欠選挙をせざるを得ず、回数が増大したのだ。
選挙事務に係るコストも増したので、2000年の公選法改正で現在の年2回のルールができたそうだよ。

例外的に補欠選挙が行われる例としては、統一地方選と同時に行われる場合。
統一地方選は、4月7日~13日の間の日曜日に実施される前半戦で都道府県知事と都道府県議会議員、政令指定都市の市長と地方議会議員を選び、4月21日~27日の」間の日曜日に実施される後半戦で政令指定都市以外の市町村の首長と地方議会議員を選ぶのだ。
この統一地方選がある都市は、4月の補欠選挙は統一地方選後半戦と同時に実施されることになっているよ。
ま、ルール上決まる日程とほぼほぼ被るんだけど。
それから、参議院の場合は解散がなくて通常選挙が行われる日程が通例6月~7月になっているので、参議院通常選挙のある年は、10月の補欠選挙は参議院の通常選挙と同時に行われるのだ。
逆に、衆議院総選挙は解散があるのでいつ行われるか決まっていないから、たまたま投票日が重なることはあっても、合わせにはいかないみたい。
いきなり参議院の補欠選挙も一緒にやります、とかなっても準備も大変だしね。

このほか、「再選挙」と一緒にやる場合、というのがあるのだ。
再選挙は、公選法違反で当選が取り消された場合は、選挙したけどどの候補者も法定得票数が得られなかった場合、比例代表で名簿のリストが足りなくて繰上補充で当選人が確保することができなくなった場合などに行われるもの。
この再選挙も原則として補欠選挙と同じルールで日程が設定されるのだけど、例外的に統一ルールから外れる場合があって、その時一緒に補欠選挙もしてしまう、というもの。
国政選挙の場合は、当選人がいなかった、或いは、定数に満たなかった場合、選挙無効訴訟の結果選挙無効となった場合(「1票の格差」など)はその事由が発生した日から40日以内に再選挙することになっていて、その場合はその時一緒に補欠選挙もすると負いうことなのだ。
ちなみに、現在の選挙区制だと当選人が出ないとか定数に満たないことはまずまず想定されなくて、基本は選挙無効の場合が再選挙になるのだ。
しかも、通常は公選法違反等で逮捕・起訴されるとその訴訟を起こされる前に議員辞職するので、再選挙ではなくて補欠選挙になるんだよね。
最近の例で言うと、河合杏里参議院議員(当時)の場合は、公選法違反の刑事裁判で有罪判決が出るまで議員辞職していなかったので、有罪になった時点で当選無効になり、再選挙することになったのだ。

というわけで、わりと政治ニュースに着目していても知らないことが多いな、と思ったよ。
ま、こんな選挙日程の細かいルールを気にすることはないのだけど。
テレビでコメントしている「選挙のプロ」たちは大前提としてよく知っていることかもしれないけどね。

2024/04/20

ほうなんですか?

 日本の場合、奈良仏教(南都六宗)からはじまって、平安仏教の密教(天台・真言)、鎌倉仏教の浄土信仰(浄土宗・真宗)、日蓮宗、禅宗(臨済・曹洞)などなど、これまで国内で起こった仏教宗派がだいたい残っているのだ。
でも、実は中国ではそうではないんだよね。
というのも、中国では大きな仏教弾圧が何度かあって、その際に衰退、或いは、消滅してしまった宗派もあるから。
日本だと明治期の廃仏毀釈があるけど、宗派が消滅するまでには至ってはいないのだ。
中国の場合、「三武一宗の法難」といって大きな弾圧が過去に4度行われるけど、このときは、寺の財産を没収、強制的な僧の還俗などが行われたのだ。

では、なぜそんな弾圧が起こるのか?
仏教は中国の歴代王朝に反旗を翻したりしていたのか?
でも、そんな話は歴史で聞かなかったような・・・。
ということでちょっと調べてみると、やはり時の王朝の支配に支障が出るような場合に弾圧が起こるのだ。
仏教そのものが憎い、というより、仏教勢力が問題を起こすので、ということらしい。

例えば、中国の皇帝の中には仏教を手厚く保護する政策をとる人もいるわけだけど、そうすると仏教寺院の影響力が大きくなってくるわけ。
すると、他の勢力はこれを排除したいと思うわけで、皇帝の代替わりで弾圧する、という場合はあるのだ。
例えば、唐の時代は、仏教と道教が王朝の支持をめぐって対立をしていて、それが最大の仏教弾圧である「会昌の廃仏」につながったのだ。
完全に派閥争いであって、ポリティクスの世界だよね。
宗教の協議の中身の対立とか、仏教の信仰者が増えると政治に影響があるとか、そういう話ではないのだ。
また、一般に、僧籍に入ると租庸調や兵役が免除されるんだよね。
でも、これを各youして、得度して修業するのではなく、出家だけして「税逃れ」をするようなやからが出てきたので、それを取り締まる必要も出てきたのだ。
仏教弾圧の中で出て来る「強制的な還俗」というのはこういうところに本質があるのだ。


これは日本でも同じで、勝手に僧になられると困れるので、正式に僧籍に入るためのプロセスを用意する必要があったのだ。
それが戒壇の設立で、聖武天皇が唐から鑑真和上を招聘し、唐招提寺を作ったのもここに理由があるのだ。
これにより日本でも正式なプロセスで出家・得度ができるようになるんだけど、この時の整理では、僧になるためのプロセスは国家管理で、国が設置した東大寺、大宰府の観世音寺、下野の薬師寺の3つの戒壇のみに限定したんだよね。
加えて、全国に国分寺・国分尼寺を整理して、仏教の国家管理を進めたのだ。
とはいえ、奈良時代は朝廷への仏教勢力の影響が強すぎたので、平安遷都につながっていくわけだよね。
ここで仏教を弾圧して、とはならなかったのが日本的かもしれないけど、けっきょく、平安時代も密教を国家鎮護のために使っていたわけで、決別するまでではない、ということなんだろうね。
おそらく、大陸には仏教に変わる勢力としての道教があるけど、日本にはそこまでの仏教の対抗勢力がないというのが大きかったのかもね。

日本の朝廷は仏教と一定の距離を取りながらつきあっていくわけだけど、個別の宗派ごとに見ると、「法難」と呼ばれるような話はあるのだ。
例えば、宗派ごとの対立の影響もあって、法然は讃岐に、親鸞は越後に、日蓮は伊豆に入るになっているのだ。
また、日蓮宗のうち「不受不施派」は江戸末期まで弾圧され、強制的に回収させられて真言宗になった寺院などもあるよ。
でも、仏教コミュニティ内の対立なので、仏教自体がけしからん、とはならないのだ。
政治勢力と仏教勢力の対立としては、織田信長による叡山焼き討ちなんてのがあるけど、これも武力集団としての影響力を排除しようとしただけで、信仰を排除しようとしているわけではないんだよね。

なので、明治期の廃仏毀釈までは支配層とうまく付き合ってきたのが日本の仏教だったのだ。
ちなみに、一般的に「廃仏毀釈」とは言われるけど、明治政府が推し進めようとしたのは国家神道体制の確立で、そのために出したのが「神仏分離令」。
神道と仏教の分離というわけだけど、神仏習合が進んでいた日本ではこれはなかなか難しい話だったんだよね。
本地垂迹で日本の神様と仏教の神様がつながっているし。
でも、このとき、神職者の中で仏教に圧迫されてきたと考えている勢力が「廃仏」を言い出し、世間のムーブメントがそっちに移って行ってしまったんだよね。
なので、必ず寝所政府が意図したところではなかった、ということなのだ。
そこも中国のものとは少し毛色が違うんだよね。