2011/01/29

プロラタで議席も配分

与謝野大臣の入閣でにわかに問題になっているのが、「自民党の比例代表枠を使って復活当選したのに民主党政権で大臣になるのはいかがなものか」というもの。
でも、この話を本当に理解するには日本の選挙制度の比例代表制について少しは知らないとわからないことも多いので、ちょっと調べてみたのだ。
これがまた複雑なんだよね。

比例代表制は選挙制度の一つで、候補者個人というよりも政党ごとに投票して、その得票率に応じて議席を配分する方法だよ。
日本ではかつては参議院だけだったけど、衆議院でも、一つの選挙区から複数の当選者の出る中選挙区制から、一つの選挙区からは一人の当選者しか出ない小選挙区制に移行したのに伴って導入されたのだ。
これは、小選挙区制の場合、接戦だった場合に「死に票」が多く出る弊害をカバーすることが目的なのだ。
候補者が多くてどんぐりの背比べの得票になると、3~4割の得票率でも当選することがあるんだよね。
逆に言うと、6~7割の選挙民はその人のことは支持していないのだ!
これだと民意がきちんと国政に反映されるか、という点で疑念があるので、比例代表制が導入されることとなったんだ。

参議院の場合は全国区比例で、特にブロックは定めずに日本全国の国民は横並びで政党名又は立候補者名で投票するのだ。
かつては「拘束名簿方式」というもので、あらかじめ政党ごとに候補者の順位リストがあって、そのリストの上位者から当選していくという方式。
平成13年からは「非拘束名簿方式」というもので、あらかじめ順位は決めておかず、政党として獲得した票数と各立候補者が獲得した票数で政党ごとの議席を配分し、個人名での得票数の多い立候補者から当選させていくのだ。
事実上の全国区制(日本全体を一つの選挙区として行われる選挙)の復活と言われることもあるけど、個人での得票が少なくても政党の得票が多ければ当選できるので、必ずしも個人で票を稼ぐ必要はないんだよね。
個人での得票数は党内での順位決めだけなので、全国区制ほどは大きくきかないよ。
逆に、「客寄せパンダ」的な圧倒的に知名度と人気のある候補者がいると、その人の得票の「おこぼれ」で他の候補者が当選できるのだ。

衆議院の場合はブロック制で、全国をいくつかのブロックに分け、そのブロックごとに議席数を割り振っているのだ。
さらに、衆議院では「単純拘束名簿方式」を採用していて、あらかじめ政党が候補者の順位を決めていて、その順位に従って当選者が出ていくんだけど、複雑なのは、ここに復活当選の仕組みが組み込まれているのだ。
具体的に言うと、衆議院の比例代表の場合、小選挙区の立候補者を比例代表の名簿にも載せることができるのだ(ただし、公職選挙法に定める政党の要件を満たしている政党からの立候補者に限る。)。
このとき、重複して立候補している人は同一順位でリストに掲載することもできて、その場合、小選挙区での「惜敗率」に応じて当選順位を決めるんだ。
惜敗率というのは、選挙区における最下位の当選者の得票に対する当該候補の得票の割合で、要は当選までどこまで迫っていたかを数値化した指標。
現在は小選挙区制なので、その選挙区でどこまで接戦できたかの指標になっていて、上記の「死に票」をできるだけ少なくするための工夫になっているんだよ。
接戦で負けた重複候補者は比例復活できるというわけ。
与謝野大臣の場合、選挙区の東京1区では海江田国土交通大臣に負けたんだけど、比例代表の東京ブロックで重複立候補していたので、自民党の議席の枠で復活当選したのだ。

もともと公職選挙法では第87条で重複立候補の禁止を定めていて、同法第86条の2第4項で衆議院の比例代表の場合は第87条の規定にかかわらず重複して比例名簿に重複立候補者を入れることができると規定されているんだ。
イメージは敗者復活戦だよね。
比例復活は恥ずかしいからと重複立候補しない人もいるけど、従来中選挙区制で票を分け合ってきた人が小選挙区制になってあまり強くない地域に割り振られた場合の優遇措置としては機能するのだ。
そもそも森元首相が導入した「コスタリカ方式」で小選挙区と比例で交互に出てもらう、という方法もあるんだけど、これも不人気で最近はあまり採用されないよね(笑)

ちなみに、比例代表は基本的には政党に対して配分された議席なので、当該議員がその政党を離れたときは議席がなくなるのだ。
でもでも、公職選挙法の第99条の2第1項の規定では、当選時に当該比例区に存在した他の政党に移籍する場合に当選が無効になるとなっているので、無所属になったり、新党を設立したり、その比例区には立候補者を出していなかった政党に移る場合は対象外でやめなくてよいのだ。
それが今回問題になっている「法の抜け穴」と言われる与謝野大臣の離籍の方法なのだ。
最初は新党「立ち上がれ日本」を設立するので自民党を離れたので議員はやめなくてOKだし、現在も無所属議員として民主党会派に合流しているだけなのでやっぱり議員を辞める必要はないのだ。
ただし、あくまでも法令上の話であって、道義的にどうか、というのが問題になっているのだけど。

ついでに、比例代表制でよくわからないのが議席の配分方法。
ニュースなんかでは「ドント方式」と聞くけど、これがまたわかりづらいんだよね。
公職選挙法では、第95条の2で衆議院の比例代表の配分方法を、第95条の3で参議院の比例代表の配分方法を定めているけど、これが難解!
例えば、第95条の2の第1項は「衆議院(比例代表選出)議員の選挙においては、各衆議院名簿届出政党等の得票数を一から当該衆議院名簿届出政党等に係る衆議院名簿登載者(当該選挙の期日において公職の候補者たる者に限る。第百三条第四項を除き、以下この章及び次章において同じ。)の数に相当する数までの各整数で順次除して得たすべての商のうち、その数値の最も大きいものから順次に数えて当該選挙において選挙すべき議員の数に相当する数になるまでにある商で各衆議院名簿届出政党等の得票数に係るものの個数をもつて、それぞれの衆議院名簿届出政党等の当選人の数とする。 」と書いてあるんだけど、まったくわからないよね(笑)

簡単に言うと、1、2、3・・・と順次割っていって、その商が大きい順に議席を割り振っていくのだ。
表で考えるとわかりやすいんだけど、例えば、以下のようになるわけ。





































議席数の配分例

うさぎさん党日本たぬき党新党アロワナコウモリの会
÷1400300200100
÷2200150100
÷3133100
÷4100


この例だと全体で1,000の有効投票があった場合に6つの議席を配分しているのだけど、当落の基準は100で、「うさぎさん党」は3で割ってもまだ100を越えているので3議席、「日本たぬき党」は2までなので2議席、「新党アロワナ」は1以外では100を割り切るので1議席、「コウモリの会」に至ってはすでに100票しかないから議席なしになるのだ。
ちなみに、この例で配分すべき議席数が半分の3の場合は当落の基準が200になるんだけど、「うさぎさん党」の「÷2」と「新党アロワナ」の「÷1」が並んでしまうんだよね。
こういうときは、公職選挙法の規定に従って「くじびき」で当選者を決めるのだ。
小選挙区でも同じ得票数だとくじ引きになるのと同じだよ。

また、あまりないんだけど、、思ったより得票が伸びてリストに掲載した人数以上に議席が割り振られることもあるんだよね。
特に衆議院は重複立候補があるので、小選挙区で当選が増えるとそういう事態が生じるのだ。
その場合、次に割ったときの商が大きい政党に議席が割り振られてしまうんだよね・・・。
上の例だと、「うさぎさん党」は小選挙区との重複が多く、比例の名簿にはすでに2名しか残っていなかったとすると、第7位で並んでいる「うさぎさん党」の4人目、「日本たぬき党」の3人目、「新党アロワナ」の2人目、「コウモリの会」の1人目からくじ引きで当選者を決めることになるのだ。
実際には、小泉政権下で衆議院員総選挙に大勝したときに、自民党は候補者が不足して、1議席社民党に割り振られたのだ。

というわけで、比例代表というのはかくも難解で奥が深い制度なんだよね。
他の国ではまた違う方式の比例代表制があって、まだまだ広がりがあるのだ。
よりよく国民の声を政治に反映させようと工夫されてきた跡なんだよね。
そう考えると、よくぞここまで考えた!、ともちょっとだけ思うね(笑)

2011/01/22

みなさまお誘い合わせの上・・・

お正月のおせちでにわかに注目を集めた共同購入型クーポン。
ネットなんかに載っている情報だとトラブルも多いみたいだけど、うまく賢く使えば得するということで利用者も多いのだ。
通信販売と一緒で、「見極める」力がいるのかもね。
で、この手法って、よくよく考えてみると、いわゆる団体割引や大量購入の割引と同じなんだよね。
一定規模での物品又はサービスの購入をすることで、一部の利益を還元してもらう仕組みなのだ。

一般には、永遠に在庫を抱えきれないし、サービスの提供には一定以上の人数が必要なので、コストにおける原価計算にはマージンが含まれるんだよね。
商品だったらすべてを売り切れるわけではないので、どれくらい在庫を抱えるかを考えて売れなかった場合のリスクをあらかじめコストに載せておかないといけないのだ。
サービスの場合も、一人でもサービスを受けたい人がいれば提供しないといけないから、どうしてもサービスの提供者の手が空いている時間(アイドルタイム)ができてしまうんだけど、その間も人件費は発生しているわけで、サービス提供の非効率性をリスクとしてコストに載せておく必要があるのだ。
電車だったら乗車率だし、映画館だったら空席率なんかがその指標だよね。

で、大量購入する場合、その在庫リスクをおさえることができるので、その分を利益還元して割引に使うというわけ。
米国から来たコストコのような一気に大量にものを売るスーパーや、10個買うと1個無料でついてくるなんていうキャンペーンがそれだよね。
生協(生活協同組合)なんかは組合員が一緒になって購入することで大口購入者となって価格交渉力を上げるとともに、大量に仕入れるので仕入れ価格がおさえられるので、組合員が買うときにその分が価格に還元されるのだ。
家電量販店の場合は、メーカーから大量に商品を買うことで仕入れ価格をおさえているんだけど、こっちはリスクをとって商売をしているだけで、一気に売り切らなくちゃいけないんだよね。
街の電気屋さんに比べれば多くの商品が売れるからよいのだろうけど。
端的なのは共同購入で、注文が入った分だけ仕入れればよいのでリスクを見込まなくてよくなるんだけど、当然仕入れるときにある程度の量を注文しないといけないので、共同購入する仲間を増やさないといけないんだよね。

サービスの場合もそうで、電車の団体割引なんかは想定されている乗車率を超えて多くの人が利用するので、リスクとして想定していた分を還元できるのだ。
これは博物館や美術館、映画館なんかでも同じだよね。
団体が来たときだけ開館する展示施設や、希望者が一定規模以上になると好きな映画を上映してくれる映画館のようなサービスも言わば共同購入なのだ。
ただし、厳密にどれだけサービス提供の効率性が上がるかなんて評価できないので、実際には50円引きとか100円引きとか均一的な割引が多いのだ。
でも、そういう割引を設定することにより、団体で利用した方がお得なので、団体の利用が増えるというわけ。
そうすると自然とサービスの提供の効率性が上がり、利益率もよくなるのだ。

で、これを利用したのがグルーポンをはじめとする共同購入型クーポンなのだ。
大量に物品なりサービスが消費される仕組みとして、はじめから存在している団体を対象にするのではなくて、任意で集まってもらうわけ。
お店の側からすれば、安定的に消費されることが確実ならリスクは下げられるわけで、その分安く提供できるようになるんだ。
必ずしも安くする必要はないわけだけど(笑)、価格競争力は出るよね。
物品の場合は在庫を抱えなければ常に新鮮なもの、流行のものを売ることができるし、サービスの場合も効率的な人員配置で人件費が抑えられるよ。
ぐるなびとかホットペッパーのクーポンでも何名様以上なら幹事様無料なんてのがあるのもこれなのだ。

これだけだと、大勢お客が集まればよいだけなので、乗り合いバスとか、最少催行人数が決まったパック旅行、お米や野菜の共同購入と同じなのだ。
でも、グルーポンなどが画期的なのは、ここにフラッシュ・マーケティングと呼ばれる手法を組み込んだこと。
人数や申込時間に制限を設けて、その条件がクリアされたときのみクーポンが利用できるようになるんだ。
これのねらいは、一時的なクーポンなのでお店側の協力が得られやすいことと、条件をクリアするためにクーポンをほしい人たちが短時間で情報を広めてくれること。
最近口コミという宣伝媒体が注目を集めていて、ブログやツイッターで宣伝してくれたら広告費を払います、なんてのもあるけど、その広告費を払う代わりにクーポンで還元するのだ。
自主的にどんどん広めてくれるというところがポイントだよね。
書かされているよりは自分で書きたいと思っている方が心がこもるだろうし。

この共同購入型クーポンの場合、回避できた分のリスクに相当するコスト分だけ利益還元してくれるのならビジネスモデルとして安定的なんだけど、実はそうでもないのだ。
多少「赤」が出ても宣伝効果に期待してその分を広告費として飲み込む場合があるのだ。
これはセールで目玉商品を用意してそれで客を呼び込むのと同じだよね。
まずはお試しセットで、ということだけど、それをドモホルン○ンクルとかプロア○ティブ自分で宣伝するのと、共同購入型クーポンを用意して口コミで広めてもらうのには大きな差があるのだ。
宣伝費がかかるかからないの差だけじゃなく、口コミで広まっていくと強いというのがあるんだよね。
けっこう自分で広告を出すとなると大変だけど、グルーポンのような会社がそういう枠組みを用意してくれていて、そこにのるだけでよい、というのも楽だし、敷居が低いよね。

ただし、やっぱりそんなうまい話ばかりでもないのだ。
お正月に問題になったおせちの場合は、とても用意できないような数の注文を受けてしまったために起きたもので、もともとお正月シーズンに品薄になりがちな数の子などの材料が確保していないままやってしまったところに問題があるんだ。
申し込み上限が多すぎたことともあいまってああいう結果になってしまったんだよね(ToT)
また、ウラでよく言われるのは、もともとの値段からいったん価格をつり上げて、そこから値下げして「偽装」しているというもの。
例えば、前から3,000円で提供していた宴会コースを「定価6,000円」とした上で、共同購入型クーポンが成立すると「半額の3,000円」で提供する、といったもの。
ここまで露骨でなくても、どうも底上げ疑惑があるクーポンもあるみたいだよ。
さらに、注文したけど商品が来ない・遅れた、というような通販にありがちなトラブルもあるのだ。

こうしたことからいろいろとトラブルが起きていて、自分の目で見極めないとダメなんだよね。
うまく利用できれば賢い選択だけど、そこには罠も待っているかもしれないから手放しで安いから飛びつくという姿勢はまずいのだ。
安いには安いなりに理由があるので、そこについてちょっと考えてから購入しないとね。

2011/01/15

歌と勉学のハジメ

今週は宮中行事として、12日(水)に講書始の儀、14日(金)に歌会始の儀が執り行われたのだ。
どちらも1月の恒例の宮中行事で、わりとよく報道されるよね。
仏滅の日に異例の内閣改造かなんていう話もあったけど、内閣改造に伴う認証式なんかの国事行為よりもこういう行事の方が日本国の象徴たる皇室の行事としてはふさわしい気がするよ。
で、このふたつの行事は皇室の公務として行われているわけだけど、それぞれ歴史があるのだ。

講書始の儀というのは、年初に3人の学者・有識者からそれぞれ15分ずつ天皇陛下が皇后陛下と皇太子殿下等の皇族の方々御列席の下で御進講を受ける行事。
もともと天皇陛下が学者から御進講を受けられる機会というのは多々あるわけだけど(中には南方熊楠翁のように神島という無人島に昭和天皇を連れ出してしまうというような荒技もあったのだ!)、学問奨励のために明治2年(1869年)に明治天皇が恒例行事として始められた「御講釈始」が起源なんだって。
当時は、国書(日本書紀など)及び漢書(論語など)についての御進講が行われていて、少し時代が下ると文明開化のために洋書(いわゆる洋学)が加わるようになったそうだよ。
戦後になるとこれが改められ、昭和28年(1953年)からは人文科学、社会科学、自然科学の三分野の学者が選ばれて御進講を行うのだ。

この講書始の儀には皇族や宮内庁長官、侍従長だけでなく、学術を所掌する文部科学大臣(かつては文部大臣)や日本学士院会員などが陪席し、一緒に傍聴するんだ。
今回は仙谷官房長官や衆参両院の議長なども同席したみたい。
その人選に当たっては、日本学士院の会員などの当代一流の学者(だけど、現役というよりすでに大御所となっている人)の中から文部科学省と宮内庁が調整するみたい。
御進講の分野は政治学、国際関係学、社会哲学、美術史、医学・生物学、化学、物理学等々多岐に及ぶんだけど、選ばれた人たちは、自分のこれまでの業績をたった15分に凝縮してレクチャーする必要があるのだ。
すっごい緊張するそうだけど、両陛下や皇族方は熱心に話を聞かれ、鋭い質問もされるそうだから、ますます緊張感が高まるね。
皇族は学術研究をされている方が多いというのもあるんだろうけど、やはり御熱心に聞かれているようなのだ。
ちなみに、今回は立本成文さん(人間文化研究機構総合地球環境学研究所長)が「海洋アジア文明交流圏」、佐々木毅さん(学習院大教授m前東京大学総長)の「政治の精神」、竹市雅俊さん(理化学研究所発生・再生科学総合研究センター長)が「動物組織の構築」をそれぞれ御進講したそうだよ。
過去の一覧を見てもそうそうたるメンバーなのだ。

一方、歌会始の儀は、国民参加型の文化行事になっていて、あらかじめテーマを決めて短歌を募集し(今年は「葉」)、選ばれた人たち10名が宮中に招かれ、天皇・皇后両陛下、皇太子殿下をはじめとして皇族の方々の御列席の下で歌を披露するんだよ。
このとき、両陛下や皇族の方々も歌を詠まれるんだけど、一般から選ばれた人、選者(著名な歌人)の代表、召人(めしうど、特別に皇室から呼ばれる参加者で通常1名)、皇族の方々の歌が披露され、皇后陛下の御歌(みうた)があって、天皇陛下の御製(ぎょせい)で締めくくられるのだ。
ここにも宮内庁長官や侍従長、文化・芸術を所掌する文部科学大臣、日本芸術院会員などが同席するんだけど、その人たちの歌はないのだ。
ちなみに、このときは独特に節をつけて歌が読み上げられるんだよね。
披講所役と呼ばれる人たちで、司会やそのまま読み上げる人、節をつけて読み上げる人などいろんな役割が人がいるみたい。
よくニュースなんかでも映像が流れるからチェックしてみるとおもしろいかも。

こっちはかなりの歴史のある行事で、起源は必ずしも明らかでないものの、古くは鎌倉中期にさかのぼれるのだとか。
年初でない歌会自体はそれこそ万葉の奈良時代からあったようだけど、宮中の年中行事として確認できるのが鎌倉時代以降ということだよ。
当時は「歌御会始(うたごかいはじめ)」と呼ばれていて、基本はお公家さんしか参加できなかったんだよね。
これは江戸時代を通じてずっと続けられていたんだけど、維新後の明治になって変革が起きるのだ。
明治7年(1874年)から一般の詠進が認められるようになり、国民が参加できるようになったんだ。
このときに国民参加型の文化行事としての根幹が築かれ、大正15年(1926年)になると式次第も整備され、名前も「歌会始」とされたのだ。
※実際には大正天皇の喪に服していたので、最初の歌会始は昭和2年(1927年)から。

戦後になると、これまで宮内省で歌会始を司っていた御歌所が廃止されたので、在野の歌人に選歌が委嘱されるようになり、民間人が詠んだ歌を民間人が選ぶという完全に国民参加の文化行事としてのスタイルが確立するんだ。
お題も平易なものとなり、選ばれた人々は両陛下や皇族の方々と懇談の機会まで与えられるようになったのだ。
さらに、テレビも入るようになり、まさに戦後の国民に開かれた皇室の行事となったわけ。
今では海外からの応募もあるようだよ。
最近の詠進歌数をみると25,000程度で、選ばれるにはかなりの倍率なんだよね。
ちなみに、この歌会始の儀で詠まれる天皇陛下の御製や皇后陛下の御歌にはそのときの心情が表れるので、毎年注目を集めているんだよ(どういう点に御関心、御心配をお持ちかなどがわかるのだ。)。

というわけで、この二つが新年恒例の宮中行事なのだ。
普通に皇室関係のニュースを聞いているだけだとそんなのもあるんだ、と聞き流してしまうけど、なかなか奥が深いし、いかにも皇室らしいよい行事だと思うよ。
今後はもっと注目してみるとよいかもね。

2011/01/08

福を呼び込む漬け物?

お正月と言えばお節料理。
そして、最近では見なくなったけど、「おせちもいいけどカレーもね」ということで、お節料理やお雑煮に飽きてくるとカレーなんかの味の変わったものが食べたくなるのだ。
そろそろそんな頃合いだよね(笑)
カレーと言えば外せないのが福神漬け。
なんだか縁起のよい名前だし、お正月に食べるにはもってこいの付け合わせかな?

この福神漬け、一般には7種類の野菜を漬け込んでいるので七福神にあやかって名付けられているのだ。
オーソドックスなものとして、(1)ダイコン、(2)ナス、(3)カブ、(4)レンコン、(5)ウリ、(6)シソの実、(7)ナタマメの7種類なんだけど、他にもショウガやキュウリ、ゴマ、ゴボウ、ニンジンなどなどいろいろな野菜が入ることがあるのだ。
多くの種類の野菜を少し甘めの醤油だれで漬け込んだ発酵していない漬け物の総称なんだよね。
かつては色素も入れてきれいに赤くしたこともあったけど、今では自然の色の茶色のままのものが増えているよね。
ボクなんかはどちらかというと茶色い方がおいしく見えるのだ。

この中で気になるのはナタマメだよね。
ちょっと固い、十字状のさやの輪切りがそれ。
今では福神漬けに入っているものくらいしか見ないけど、熱帯のアジア又はアフリカの原産で、清経由で江戸時代に渡来したものだって。
食用としてだけでなく、薬用や健康茶にも使われ、今ではむしろそっちが注目されているみたい。
独特の食感があるので、漬け物や炒め物に使われてきているらしいよ。
今度食べるときはちょっと注意して探してみるとおもしろいかも。

この福神漬け、歴史はそんなに深くなくて、考案されたのは明治時代。
今でも上野にある酒悦の15代野田清右衛門さんが考案したというのだ。
この人は新しい商品を作るのに長けた人で、幕末にはのりの佃煮も発明したんだとか。
かつてはのりの佃煮と福神漬けが酒悦の二枚看板だったのだ!
江戸時代までは発酵させない漬け物は塩漬けくらいしかなかったようで、どうしても醤油漬けを作りたかったのだとか。
(ぬか漬けや味噌漬けは発酵させているのだ。同じく茶色い奈良漬けは酒粕に漬け込んだものだよ。)
試行錯誤の結果、明治10年頃になって、醤油にみりんを加えた少し甘みのあるたれに上野近郊でとれた野菜を漬け込む福神漬けが完成したんだって。

このときに七福神にちなんで「福神漬」としたんだけど、酒悦の近くの不忍池には弁財天があるのと、この福神漬けは大変美味で他におかずがいらないからお金が貯まるというのをかけたそうだよ。
この名前を考案したのは流行作家の梅亭金鵞さん。
今でも通用しているんだからしゃれた名前だよね。

発売当初から好評だったんだけど、福神漬けが一気に全国区に躍り出たのは日清・日露の両戦争で兵隊さんの携帯食に採用されてからなんだって。
当時の携帯食ではおかずなんてほとんど持って行けないから、福神漬けは貴重でとてもおいしく感じたようなのだ。
「福神漬」という名称は酒悦の登録商標だったんだけど、これで一気に類似商品が全国に出回ることになったのだ。

さらに、明治も後半になると、日本郵船の欧州航路の一等客席の食事のカレーの付け合わせに採用されたのだ(大正時代説あり。また、帝国ホテルや資生堂パーラーが最初に付け合わせに採用したという説もあるみたい。)。
本場インドのカレーのチャツネにヒントを得て、少し甘みのある福神漬けが選ばれたみたい(この理由はらっきょうの甘酢漬けも一緒だろうね。)。
すると、これも一気に広がり、カレーの付け合わせには福神漬けが定番となっていくのだ。

さらに時代が下って戦後になると、日本の一般家庭にカレーが広まるのだ。
それまでは「ハイカラ」な料理だったカレーを、従軍していた人たちが家庭に持ち込んだからだよ。
軍隊で食べたのがおいしくて、家庭でも、ということになったのだ。
で、当然福神漬けとの組み合わせも家庭にも広がっていくことに。
逆に今では福神漬けはカレーの付け合わせでしか見なくなってしまったけどね・・・。

ネットで調べてみると福神漬けはわりと簡単に家でも作れそう。
自然派志向の人が多いから自分で作っているのかも。
塩漬け又は醤油漬けした細かく切った野菜をみりんや砂糖で甘みを漬けた醤油だれに漬け込むだけ。
ただ漬け込む場合と、一度煮てから冷ます場合があるようだけど、仕上がりのしゃきしゃき感とかが変わってくるのかな?
また、上野には今でも酒悦があるので、そこで元祖の福神漬けを買ってもよいね。
通販でも缶入りのものなどが売っているようなので、上野に行けない人でも帰るのだ!

2010/12/31

今年の汚れ、今年のうちに!

いよいよ大晦日♪
今年も1年が終わろうとしているのだ。
で、その前に欠かせないのが大掃除(>o<)
すっきりした気分で1年を迎えるための年中行事だよね。
最近では掃除用具も発達したし、ハウスクリーニングサービスなんかもあるからあんまり家族総出で大掃除、というのは聞かないけど、ちょっと前までは年末の風物詩だったよね。

むかしの家だと、アニメのサザエさんに出てくるように、障子の張り替えや畳干し、納戸・押入れの整理などなどやることがいっぱいあったんだよね。
ボクが子どものころでも、あまり普段は掃除をしない窓ガラスの清掃、窓のサッシの掃除、タンスや冷蔵庫なんかをどかして掃除したり、とけっこう大がかりだったんだよね。
年末と言ってもそんなに年末ではなくて、12月の28日とか29日が多かった気がするのだ。
館長の御用納めと同じくらいのタイミング。
お正月までの間多少は休んでおきたい、っていうのがあるのかな?

大掃除をする意義としては、1年に1回くらいは大がかりに、徹底的に掃除をしてきれいにしようっていうことがあるんだけど、それだけだと年末である意味はないんだよね。
「数え年」を使っている時代だと、お正月を迎えると一つ年をとるわけで、おめでたいときには1年で一番清潔でいよう、というよいきっかけがあったのだ。
まさに1年分の汚れを精算して、新たな真っ白な心持ちで新年を迎えたいっていう気持ちだよね。

でも、実はこれははるかむかしからの習わしが影響しているのだ。
農耕民族である日本の民俗では、新年に歳神様を迎え、五穀豊穣を願うのだ。
で、その歳神様を迎えるときの依代が門松だったり、注連飾りだったり、鏡餅だったりするわけだよね。
当然、神様を迎えるに当たって掃き清めなくてはいけないわけで、それが年末恒例の大掃除につながるというわけ。
かつては「煤払い」と呼ばれていた年中行事で、今でも神社仏閣では年に一度煤払いをしている姿が報道されるよね。
行灯やろうそくを灯りに使うとどうしてもすすが出るので、1年分たまったすすをまとめて落としてきれいにしようってわけ。

さすがに長屋だとそんなに掃除するスペースもないのであれだけど、商家の大店なんかだと、小僧や手代が総出で掃除をするわけ。
でも、年末年始には里帰りもさせないといけないので、今よりだいぶ早く、12月13日ごろに行われていたんだって。
歩いて帰らないといけないから、それくらいのゆったりとした時間の流れでものを考えないとダメなんだろうね。
で、掃除の後は、滋養強壮と長寿を願って鯨汁が振る舞われたんだとか。
今ではすっかり廃れてしまっている風習なのだ。
古い瓦版(=新聞)や古い浮世絵(=写真?)を見つけて思い出にふけって時間が経ってしまう、なんてのは共通だったらしいけど(笑)

この大掃除をさぼってこたつや火鉢で温まっている悪い子どもを戒めるのが秋田のなまはげや能登のあまめはぎ。
長く火に当たっていると低温やけどで皮膚の一部が固くなって「火だこ」というのができるんだけど、それは年末の大掃除やお正月の準備をさぼっている証拠と見なされたので、その「火だこ」のある怠け者を懲らしめるものとして機能していたのだ。
出てくる次期は年末年始だけではないみたいだけど、これもある意味「歳神様」みたいなもので、きちんと迎える人には福をもたらし、そうでない人は懲らしめる、というきわめて教育的・道徳的な存在なのだ。
というわけで、大掃除をさぼると怖いなまはげが出てくるので、さぼらないで働かないとね!

2010/12/25

月が欠けて月食よ!

今週21日の火曜日は日本では全国的に皆既月食が観測できる好機会だったのだ。
残念ながら関東はあいにくの天気であまりよく見られなかったけど(ToT)
前回の皆既月食は2008年の8月で、次は来年の6月のようなのだ。
その間には部分月食もあるし、意外とよくあるんだね。

月食は、月が地球の影に入ることで月に太陽の光が当たらなくなることで生じる現象。
つまり、太陽と月と地球が「太陽-地球-月」と一直線に並ぶときに起こるのだ。
でもでも、これって理科の授業の時に習った満月の時の並び方と一緒だよね?
約1ヵ月に一度現れる「満月」は地球を中心にして太陽と月が逆側にあるから月の見えている面が全面に太陽の光を反射して光っているんだけど、逆に言うと、普段は「太陽-地球-月」という順番に並んでも月に太陽の光が届いているというわけなのだ!

これは地球が太陽のまわりを回る公転面と、月が地球のまわりを回る公転面がずれているからで、二つの公転面は同一平面上ではなく、ななめに交わっているのだ(約5度の傾き)。
なので、実際には「太陽-地球-月」という順番に並んでいても、月は地球の真裏にあるわけではなく、地球の真裏からは少しずれた位置にあるため、大きな太陽から出ている光を受けることができるのだ。
むしろ、地球の真裏にたまたま月が来ると、そのときが月食になるというわけ。
すなわち、月食の時は必ず満月なのだ。

天球上で考えると、太陽の見かけ上の通り道の「黄道」と月の見かけ上の通り道の「白道」が交わる2つの点に月と太陽が来ると日食又は月食が起こることになるよ。
同一の点に太陽と月の両方が来ると太陽が月の影で隠れるので日食になって(このときの並び順は「地球-月-太陽」)、それぞれが別の点に来ると月が地球の影に隠れて月食になるのだ。
本当は違うけど、やっぱり地球を中心に太陽と月がどう回っているかを考えた方がわかりやすいのだ(笑)

で、地球の影に月が入り込むのが月食なんだけど、これにもいろいろと種類があるのだ。
太陽は地球に比べてはるかに大きいので、地球の影は中心部の光がほとんど入らない本影と一部の光が入らない半影に分かれるのだ。
ちょうど目玉の形に同心円になっているんだけど、半影のところには太陽の辺縁部から出た光が水平線・地平線を回り込んで地球の裏側にも少し届いてしまうためにできるんだよ。
※絵の解説はこちらの国立天文台のページを参照。
一般に太陽の光は平行と見なすけど、実際には斜めに出ているので、天文学的な大きな視点で捉えるとそういうことが起きているのだ。

半影に月が入る状態を半影食と呼んでいて、この場合は月が少し暗くなるだけ。
素人にはよくわからないみたい(笑)
本影に入るのが月食で、月の一部分だけが本影の中にはいるのが部分月食、全部が入るのが皆既月食なのだ。
月が移動していく中で本影にさしかかると一部が影に隠れて見えなくなるので、部分月食でも皆既月食でも月の動きとともに満ち欠けが変化していくんだよね。
部分月食の時の明るく見えている部分は実は半影の中にいるので、普通の月より暗いんだねぇ。
はじめて知ったよ。
全体が暗いから目立ってかえって明るく感じるけど。

で、皆既月食になると完全に月の光が見えないかというと実はそうでもないのだ。
何もなければ太陽の光は届かないんだけど、地球表層を覆っている大気によって太陽光の一部が屈折されるので、ほんの少しだけ光が届いているのだ!
青い光(波長の短い光)は空気の分子に散乱されやすいのでほとんどとどかないんだけど(青い光が散乱されるから空は青く見えるのだ。)、赤い光(波長の長い光)は屈折されて一部が届くんだ。
それで、皆既月食の時には灰色~赤~オレンジといった色に見えるのだ。
全体がうすらぼんやり光っているイメージだよ。
この色も大気の状態によって決まっていなくて、見るときによって違うんだって。
特に火山の噴火があって火山灰が成層圏まで巻き上げられると、赤い光も散乱させられてしまってほとんど光が届かなくなり、暗い(?)皆既月食になるんだそうだよ。
今回もアイスランドの噴火があったけど、影響はそこまでではないだろう、と予想されているのだ(フィリピンのピナツボ火山の噴火の後は相当暗かったみたい。)。

というわけで、一度学校で習ったような気もするけど、月食についていろいろと調べてみたのだ。
月食はたまにしかないから、こうやって勉強するよい機会になるね♪
ちなみに、アポロ計画以来の最大の月探査計画と言われた日本の月周回衛星「かぐや」は、皆既月食のときに逆に月の側から太陽を観測したことがあるのだ!
ちょうど日食と同じように、太陽が地球の影で隠れて、きれいなダイヤモンドリングも撮影できたんだよ。
これからの宇宙時代にはこういう日食・月食の楽しみ方も出てくるのかも?

2010/12/18

渋く決めるぜ

いよいよ冬に突入して、ボクの好きな柿の季節も終わろうとしているねぇ(>_<)
果物の中では断然柿が好きなので、残念だよ。
でもでも、その一方で、この時期の楽しみは干し柿。
日本伝統のドライフルーツだけど、ボクはこの干し柿も好きなのだ。

柿はかなり早い時代の弥生時代には梅や桃、杏などとともに大陸から日本に渡来して、以来栽培が始められているようなのだ。
実を食べるだけじゃなく、木質が固いことから柿の木は家具などに使われるし、あの渋みのもとを抽出した柿渋は防腐剤や防水剤として利用されてきたのだ。
まさに日本の民俗に密着した植物なのだ。

柿は果物の中でも糖度が特に高いんだけど、これは貴重な甘味だったのだ。
サトウキビやテンサイからとれる砂糖は超希少品・高級品で、一般的には発芽玄米や麦芽から作られる水飴が主要な甘味料だったんだよね。
それも主要成分は麦芽糖なのでそんなに甘くないのだ。
それ以前、平安時代なんかはツタなんかの少し甘い樹液を煮詰めて作る「あまづら」くらいしか甘味料がないので、柿の甘さは格別!
甘味を求める日本人にとってあこがれの存在だったのだ。
(サツマイモも甘いけど、これは江戸時代中期、八代将軍吉宗公が栽培を奨励して広がったのでだいぶ遅いのだ。)
で、現在も和菓子の甘さは干し柿の甘さが基本になっているとも言われているよ。

柿にはご存じのとおり甘柿と渋柿があるんだけど、甘柿は突然変異でできたもので、たまたま渋みがなくてそのままでも生食できるようになったもの。
これ幸いと品種改良を重ねて今ではいろんな栽培種(富有柿や次郎柿など)ができているんだよね。
一方、渋柿でも、なんとか渋を抜いて食べてきた歴史があって、むしろ渋柿から渋を抜いたものの方が好き、なんて趣向もあるのだ。
干し柿にするのは一般に渋柿だよ。
ま、渋を抜くために干しているので当たり前なんだけど・・・。

渋柿の渋み成分はタンニン。
タンニンには水に溶ける可溶性タンニンと水に溶けない不溶性タンニンがあって、渋柿には可溶性タンニンが多く含まれるので渋く感じるのだ。
甘柿の場合はほとんどが不溶性タンニンになっているので渋みを感じないわけ。
で、渋柿でも、可溶性タンニンを不溶性タンニンに変えられれば甘く食べられるのだ。
そのための「渋抜き」の工夫が連綿と考案されてきたんだ。

その最たるものが干し柿で、乾燥させることで水分量を減らし、果実中に含まれるタンニンを凝集させることで不溶性にするのだ。
渋柿に含まれるタンニンはもともとポリフェノールの一種がいくつも結合してできている縮合型タンニンなんだけど、結合している数が少ないと水に溶けるのだ。
逆に、結合している数が増え、分子量が増えると水に溶けなくなって、同時に渋みを感じなくなるわけ。
水分量を減らすことでタンニンの分子が近づき、縮合が進むということだよ。
さらに、干し柿の場合は乾燥させることで保存食にもなっていて、流通にも便利になるんだよね。
これで日本の甘味の代表選手が干し柿になったのだ。

渋抜きには他にもいくつか方法があって、一番簡単なのはそのまま放っておいてとろとろになるまで完熟させること(リンゴと一緒に密閉して、リンゴから放出されるエチレンガスで熟成を進めるという方法もあるよ。)。
まだ固い、しゃりしゃりした状態で食べたいときは、別に渋抜きする必要があるのだ。
有名なのはアルコール(焼酎)につけるもの(樽柿)で、エタノールが入ることで水素結合が弱まるためにタンニンが水に溶けづらくなり、縮合が進むんだ。
同じ原理でアルコールを振りかけて密封しておいておく、という方法もあるよ。
それからお湯につける、米ぬかにつけるなんて方法もあるのだ。
工業的には、二酸化炭素の超臨界流体(高温・高圧下で液体時対の中間のような性質を示す状態)に通して二酸化炭素中にタンニンを抽出する、という方法もあるのだ。
これだと大量の柿を一気に渋抜きできるのだ。

干し柿は乾燥が進むと黒く、固くなり、表面には糖分が析出してきて白い粉が吹いてくるよね。
柔らかいうちならそのまま食べられるけど、固くなってくると刻んで料理に使ったりするのだ。
時代が下ると干し柿の製法も進み、大正時代に福島県で考案されたのがあんぽ柿。
硫黄で燻蒸してから干すことで、半生で柔らかく、ジューシーになるのだ。
これは海外で柔らかい干しブドウを作るときに硫黄燻蒸することにヒントを得たそうだけど、干しているうちに硫黄は飛んでいくので、食べる段階では硫黄臭はないのだ。
戦後になると、同じような方法で長野県名産の大きな柿を使った市田柿も登場するのだ。

ちなみに、干し柿は自分でも簡単に作れるよ。
渋柿の皮をむいて、少し表面を乾燥させてからへたのところをひもでしばり、風通しのよいところにつるしておけばよいだけ。
ただし、直射日光が当たるとかぴかぴになるので、陰干しで徐々に乾燥させていくのがみそ。
それと、湿度が高いとカビが生えたり腐敗したりするので、冬のような乾燥した時期に作るのがよいのだ。
むかしは秋に収穫した渋柿を冬に干し柿にしたわけだよね。

最後に、何かと嫌われる柿の渋だけど、むかしの人はわざわざ柿渋を抽出していろいろな用途に使っていたのだ。
防腐作用があるので即身仏に塗布したり、防水作用もあるので漁網や釣り糸に塗ったり、独特の茶に染める染料として柿渋染めに使ったりなどなど。
乾燥すると固く頑丈にもなるので、うちわや傘にも塗っていたのだ。
さらに、タンパク質凝固作用があるので、清酒を造るときに入れて余分なタンパク質を除去するのにも使われているんだって(今ではこの用途が一番多いらしいよ。)。

柿渋をとる場合は、まだ未成熟な青い果実を粉砕し、二昼夜ほど発酵・熟成させてから圧搾するんだとか。
そのまま圧搾した絞り汁が「生渋」で、その上澄みをとったのが「一番渋」。
一番渋をとった残りに水を加えてさらに発酵させ、そこから圧搾してとるのが「二番渋」と呼ばれるらしいよ。
これを数年保存して、熟成させてから使うんだって。
途中で発酵させるのでかなりの悪臭だとか。
こっちも簡単に作れそうだけど、干し柿と違ってあまり作りたくないね(笑)