2014/03/15

コットンで吸収せよ

もう東日本大震災から3年が経ったんだね。
がれきの山は消えても、まだ復興は道半ば・・・。
福島の除染の問題ばかり騒がれるけど、実際は津波により海水をかぶってしまった田畑の再生も大きな課題なのだ!
東北はもともと農業が主要産業だから、塩害により商品作物ができなくなったんじゃお手上げなんだよね(>o<)

実際にはどうやっているかと調べてみると、けっこう大変そうなのだ。
まずは、すでに塩が浮いている表土を削り取るのだ。
海水は当然地下へとしみこんでいるけど、やっぱり表面が塩分濃度が一番高いので、ここを除去するのが最初。
その上で、田んぼの場合は、真水をふんだんに入れて代掻きをし、土中の塩分をその水に溶かしてから排水する、ということを繰り返すのだ。
徐々に薄めていくというわけだけど、この希釈だけで元に戻すのは難しいみたい。
そもそも何度も代掻きをするという作業が大作業だし。
そして、津波で灌漑設備が破壊されてしまっている場合、この方法は使えないのだorz

そんな中、塩害に強い作物を育てながら、徐々に田畑の塩分を取り除いていこう、というプロジェクトも行われているのだ。
有名なのは、いろんな企業も協賛している「東北コットンプロジェクト」。
綿花は耐塩性が高い植物として知られていて、綿花を栽培しつつ、塩分を取り除くとともに、その綿花は商品作物なので、農家の収入源にもなるというわけ。
これで雇用対策にも貢献できるし、離農を防げるというのもあるのだ。
協賛企業はそこで収穫された綿花を市価より高めに買い取って、木綿の商品を展開するんだ。
こういうのがもっと有名になってくれるとよいのだけど。

植物の中には土中の塩分濃度に敏感で、少しでも塩分濃度が高いと育たないものから、マングローブ林を構成する植物のように、海水につかっていても成長できる塩分に強いものまでいろいろあるのだ。
例えば、荒れ地に強いサツマイモやトウモロコシは塩害には弱いんだよね。
イネも同じで、やはり塩害には弱く、今回のように津波被害を受けるとなかなか水田耕作を復帰させるのは難しいのだ。
逆に塩害にわりと強いのは、ダイズやササゲ、かなり強いのはオオムギ、テンサイ、ワタなんだって。
トマトも塩分に強いんだけど、トマトは塩分濃度の高い土地で育てると糖度が高くなることが知られていて、わざと塩分濃度の高い土で栽培することもあるんだって!

ワタは古来から開拓してすぐに育てられる植物として知られていて、これは土中の余計な塩分を吸収してくれるかららしいのだ。
マングローブ林を構成する植物の場合は、細胞内の液胞に塩分を貯めておいて、光合成の時にはの表面から塩分を排出するというようなシステムになっているようなのだ。
あらかじめ根で水分を吸うときに塩分を濾過するような植物もいるんだとか。
ワタの場合は、すでに生命活動を停止している古い葉の中などに塩分を貯めるようにしていて、それを離脱させることで土壌から塩分を吸収し、体外に排出しているみたい。
けっこう効果はあるようで、1年綿花を栽培しただけでかなり土中塩分濃度は下がるみたいだよ。
ただし、稲作ができるようになるまでにはやはり数年のオーダーで時間がかかるわけだけど・・・。

こうしてみてくると、自然の摂理っていうのは偉大だよね。
もともと川の河口付近とか汽水域の近辺に自生しているような植物は耐塩性が高いんだろうけど、今回のように津波で思わぬ塩害が発生することは人類誕生以前からあったはずなのだ。
でも、それによって未来永劫不毛の土地になってはいないので、津波後に耐塩性の高い植物がまず生えて、ある程度土中の塩分を吸収してくれたから他の植物も生えるようになって、最終的には元と同じような状況になる、ということがシステムとしてできあがったんじゃないかな?
場合によっては大きく植生が変わることもあったろうけど、それでも、きちんと自然は再生するんだね。

2014/03/08

隼町の主

報道によると、最高裁判所の竹崎長官は、年度内いっぱいで退官し、現在最高裁判所判事の寺田さんという人が後任になるそうなのだ。
最高裁判所長官の定年は70歳で、竹崎長官はまだ69歳なんだけど、健康上の理由から引退されるんだとか。
今度の寺田さんは、お父さんも最高裁判所の長官をしていたという裁判官サラブレッド!
はじめて司法の長に「世襲」が生まれたのだ(笑)

最高裁判所の長官は、内閣の指名に基づいて天皇が任命する憲法に規定されているんだけど、憲法上は、第6条第2項で「天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。」と書いてあって、長官とは言っていないのだ。
この憲法に言う「最高裁判所の長たる裁判官」については、裁判所法第5条第1項で「最高裁判所の裁判官は、その長たる裁判官を最高裁判所長官とし、その他の裁判官を最高裁判所判事とする。」と規定していて、ここではじめて「長たる裁判官=長官」という図式になっているんだって。
米国の連邦最高裁判所の長は「Chief Justice」で、その他の裁判官は「Associate Justice」なんだよね。
これがそのまま和訳された感じに近いのかな?

憲法制定に至る過程を見ていくと、最初は最高裁判所の裁判官は全員並びで区別せずに「内閣が任命する」となっていたようなんだけど、同じ三権の長である最高裁判所の責任者の任命権もすべてが内閣に帰属することが問題になって、その「長」だけを別格にし、内閣総理大臣並びで「天皇が任命する」と修正したんだとか。
なので、憲法で言っている「長たる裁判官」というのは任命権の帰属において他の裁判官と区別するだけの話で、三権の長として何か権限を与えたりしているものではないんだとか。
最高裁判所という国の機関の責任者という意味では、長官が最終責任者ではあるんだけど、実際に司法権の行使の観点で言うと、他の最高裁判所判事との間で優越関係はないそうだよ。
ちなみに、最高裁判所の判事を内閣が任命することについては、憲法第79条第1項で「最高裁判所は、その長たる裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官でこれを構成し、その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣でこれを任命する。」と規定しているよ。

こういう建て付けなので、そのガバナンスも行政を司る内閣とは自ずと異なっているのだ。
内閣におけるその長たる内閣総理大臣は、内閣を構成する国務大臣を任命することができるのが大きな違い(憲法第68条第1項)。
また、内閣総理大臣は、閣議を主宰し(内閣法第4条第1項)、内閣を代表して内閣提出の法律案、予算その他の議案を国会に提出するとともに(同法第5条)、閣議にかけて決定した方針に基いて、行政各部を指揮監督し(同法第6条)、主任の大臣の間における権限についての疑義を閣議にかけて裁定することとなっているのだ(同法第7条)。
すなわち、内閣総理大臣は内閣においてリーダーシップをとる形のガバナンスになっているんだ。

一方で、上記のように、最高裁判所判事はすべて内閣が任命することになっていて、長官には任命権がないのだ(>o<)
憲法や裁判所法でも、最高裁判所において長たる裁判官(=長官)が他の裁判官(=判事)に対して優越的な地位を占めるとの規定はないんだよね。
せいぜい全裁判官を構成員とする大法廷で裁判長をするくらい。
これもリーダーシップをとるというよりは、全員の意見をとりまとめるくらいの役割でしかないから、同じ三権の長でも行政と司法では大きく違っているのだ。

ただし、司法行政事務についてはちょっとだけリーダーシップがとれる枠組みになっているよ。
司法行政事務は、最高裁判所の全裁判官を構成員とする裁判官会議により行われる、とされていて、それを長官が議長として総括する、ということになっているのだ(裁判所法第12条)。
これだと、戦前の帝国憲法下における内閣総理大臣の閣議における役割に近いかな?
でも、「会議による」って明確に書かれているから、その事務の執行は合議体組織で意思決定する必要があって、長官に裁量が任されているわけではないんだよね・・・・。
行政権の行使も内閣が連帯して責任を負うことになっているけど(内閣法第1条第2項)、内閣総理大臣には国務大臣の任命権があるので、権限上は言うことを聞かない国務大臣を更迭することができて、かなり裁量が任される部分があるんだよね。
やっぱり人事権を掌握できていないという点で、最高裁判所の長官のリーダーシップは弱く、「首座の裁判官」程度のものでしかないんだよね。
ただし、最高裁判所においてそんなに長官がリーダーシップをとってやるべきことがあるか、という問題はあるんだけど(笑)

こうして長官人事に異動でもなければ興味が出なかったけど、なかなかおもしろい仕組みになっているなぁ。
日常生活だと、司法の現場たる裁判自体にそもそもなじみがないからね。
なおかつ、その裁判所のガバナンスなんて(笑)
今度の衆議院総選挙の時は、最高裁判所裁判官の国民審査でもう少しまじめに各裁判官の業績を読んでみようかな?

2014/03/01

乳タイプ

むかしからわりと有名な話のようだけど、常温で保存できる「コーヒーフレッシュ」は乳製品ですらなく、主原料が植物性油脂だというのだ!
これを知ったきっかけは、たまたまネットで見た、家庭にあるよく燃えるもの、という記事で、コーヒーフレッシュは植物性油脂が主原料なので、火の近くで扱う場合は注意、と書いてあったんだ。
で、実際に調べてみると、主原料は植物性油脂(ようは植物由来の油)で、そこに乳化剤(食用の界面活性剤)と乳製品(脱脂粉乳とか乳糖とか)とカゼインを加えたもののようなんだ。
確かに、乳製品だったら常温では保存できないよね・・・。

もともとコーヒーには脂肪分の多いクリーム(牛乳を遠心分離にかけて、上に浮いたクリーム層をとったもの。逆に下の方の水層をとると低脂肪乳や無脂肪乳になるのだ。)を使っていたんだけど、これは日持ちがしないし冷蔵しないといけないのでコストがかかる。
そこでその打開策が考えられたのだ。
まず出てきたのは粉末状のクリーミングパウダー。
1960年代初頭に出てきたのは、乳製品のみを主原料とする森永乳業のクリープ。
ここまではまだ乳製品にこだわっているのだ。

単純に脱脂粉乳をコーヒーに入れてもよいような気がするけど、そもそもコーヒーに合うのは乳脂肪分の多いクリームであること、それからなによりの問題として、脱脂粉乳はかなり水に溶けづらいことから、それでは解決策にならなかったのだ。
森永乳業では、生クリームの粉末化に関する理論の書かれた米国の論文をもとに、独自に技術開発をして作り上げたんだって。
技術自体は1950年代にできていたけど、さほど家庭でコーヒーを飲む習慣が根付いていなかったので、売り出すまでには時間がかかっているのだ・・・。

具体的には、乳中に含まれるカルシウムやマグネシウムのような二価のイオンはコーヒーに含まれている有機酸と反応し、乳タンパクを架橋して固まらせてしまうのだ・・・・。
ミルクティーにレモン汁を入れると乳タンパクが凝固して沈殿するけど、まさにそれと同じ反応が起こってしまうわけ(>o<)
そこで、そういう反応が起きないように、二価の金属イオンを一価の金属イオン(ナトリウムなど)に交換するのだ。
このとき、一度無脂肪乳にしてカラムを通してイオン交換を行い、その後井某分とまた混合するんだって。
次に、そうを霧状にして乾燥させ、粉末にするのだ。
短時間でさっと乾燥させるので風味が飛ばないんだとか。
最後に、細かい粒子だと水に溶けづらいので、ある程度の大きな粒子になるように造粒するのだ。
意外とクリープがざらざらしているのはこのためみたい。

こうして手軽に使える粉末状のミルクが登場したわけだけど、この少し後に、そもそもミルクを主原料にしない、植物性油脂由来のコーヒーフレッシュが登場するのだ!
それが1970年代。
同時に、植物性油脂を主原料とする粉末タイプのもの、クリーミングパウダーも登場(こっちは植物由来の脂肪で作るのだ。)。
何より、低コストでできるんだよね。
インスタントコーヒーとクリーミングパウダー、砂糖が一緒に入っているタイプの商品があるけど、そういうところに需要があるのだ。
乳製品や香料を加えるので風味はそこそこあるけど、やっぱり乳製品のみを原料とするクリープには及ばないみたい。
クリープはそのままなめる子供がいるくらいだからね(笑)
そして、植物性原料由来とは言え、実はコーヒーフレッシュやクリーミングパウダーの方がカロリーは高いみたい・・・。
これも注意が必要だね。

本来、コーヒーには無糖練乳や生クリームを使うものだったのだ。
無糖練乳というのは牛乳を加熱して水分を飛ばしたもの。
英語ではエバミルクと呼ばれているけど、加熱時に砂糖を加えると、加糖練乳=コンデンスミルクになるのだ。
生クリームは牛乳を遠心分離にかけ、上の方(=軽い方)の乳脂肪が多い部分を取り出したもの。
原始的には、牛乳を加熱殺菌後に静置して冷却すると、上の方にクリームが分離してくるので、それをすくったものなんだよね。
コーヒーに使うクリームは通常脂肪分が20~40%の軽めのもので、ケーキなどに使うホイップクリームの場合は30~50%ともう少し濃厚なのだ。
ウインナー・コーヒーは濃いめに入れたコーヒーに、濃いめのクリームを使うというわけ。

というわけで、ポーションタイプのコーヒーフレッシュはミルクの代用ではあっても、乳製品ではないのだ!
どうも粉末タイプのココアを作るときにコーヒーフレッシュを添加してもミルク感が出ないなぁ、と思っていたんだけど、原因はここだったんだね・・・。
粉末タイプでも、やっぱりクリープでないとダメなのかな?
実際に飲み比べてみるとけっこう違ったりして。

2014/02/22

まずは首を突っ込む

テレビでストックホルムにあるABBAミュージアムを紹介していたんだけど、なんとその入口には「顔出し看板」が!
しかも、ABBAの各メンバーの顔の部分は着脱可能で、一人で行っても自分がABBAのメンバーになったかのような記念撮影ができるのだ(笑)
日本にあるやつは顔を出す部分はくりぬかれたままだけど、これはなかなか秀逸だね。
ま、それ以上におどろいたのが、この「顔出し看板」が海外にもあったことだけど。

「顔出し看板」又は「顔ハメ看板」は、観光地やレジャー施設に設置されている記念撮影用の書き割り看板で、通常はキャラクターが描いてあって、顔の部分に穴が空いているのだ。
そこに自分の顔を出して写真を撮ってもらうと、そのキャラクターになったみたいな写真が撮れるというわけ。
観光地ではその土地に関連したキャラクターや人物(神田明神なら銭形平次、桂浜なら坂本龍馬などなど)が多くて、レジャー施設だとその施設のマスコットキャラクターだったりするよね(某ネズミ施設には存在しないけど、むかしは後楽園にはドンチャックの顔出しがあったのだ。)。
キャラクターなりきり系の他にも、電車の運転席のところが切り抜かれていて、自分が運転士になったような写真が撮れるものなど、本来的な書き割りの趣を残すものもあるよ。

これがいつから広まったかは定かではないんだけど(一説には熱海にある金色夜叉の寛一・お宮のやつが最初とも!?)、今ではどこの観光地にもあるよね。
で、印刷や斜視の亜ネルを使ったものよりも、手書きの味のあるものの方が人気があるような気がするのだ。
どのみちまぬけな写真にしかならないから、そのチープさがよいんだよね♪
浅草では花魁の衣装が借りられるし、京都では舞妓さんの衣装が借りられるけど、そういう本格的なものじゃなくて、板に書いた絵に顔を出すだけで気分が出せるところが魅力かな?

この看板が活躍するためには、誰しもが観光地で記念撮影をするような状態になることが必要なんだけど、カメラの普及の歴史を振り返れば、80年代後半から90年代前半があやしいのだ。
70年代の終わりに、自動露出とオートフォーカス(又はピント合わせ不要の固定焦点方式)を搭載した小型のカメラが出たのだ。
ポケットカメラやコンパクトカメラと呼ばれたこのカメラは、シャッターを切るだけでほとんどピンぼけせずに写真が撮れるという優れもので、カメラの一般への普及に大きく貢献したんだ。
ただし、特殊な横長のフィルム(通常は35ミリ判だったけど、このカメラは110判というフィルムだったのだ。)を使っていて、カメラ自体も横長のもの。
おもちゃ的な扱いではあったものの、きちんと写真も撮れるので広まったみたい。

バブル時代に突入する80年代になると、オートフォーカスを搭載した一眼レフカメラが登場するのだ。
それまで一眼レフはピントや絞りを調整するのが難しく、素人には向かないので「趣味のもの」という扱いだったけど、これにより誰でもシャッターを切るだけでそれなりの写真が撮れるようになったのだ。
しかも、バブルで景気がよいから、けっこう高額な一眼レフカメラでも普及したわけ。
それまでは写真好きな人は旅行先にカメラを持って撮っていた程度だったのが、誰でもカメラ持参で写真を撮って帰ってくる時代に突入するわけだよ。

さらに、90年代になると、大革命が起きるのだ。
バブルははじけて高級なカメラはまた趣味人のものにもどるけど、一般大衆が旅行先などで写真を撮るものとして「使い捨てカメラ(レンズ付きフィルム)」が登場するのだ。
富士フイルムの「写ルンです」がメジャーだよね。
軽量で操作も簡単。
写真を撮ったらそのまま写真屋さん(DPEショップ)に持ち込んで、1時間後には現像ができている、という代物。
これにより、若い世代も旅行先で写真を撮ることが一般になるわけだよね。
修学旅行生が手軽に自分で記念撮影ができるようになったのだ!

おそらく、このあたりが顔出し看板の普及の時期なんじゃないかとにらんでいるんだよね。
誰もが気軽に写真を撮るようになって、顔出し看板の需要が出てきたわけなので。
しばらくこの使い捨てカメラが主流になるんだけど、低価格で高画質なデジカメが登場すると、今度はそっちにシフトしていくんだよね。
デジカメになるとさらに状況は変わって、撮影枚数に限りがなくなるので、ますます「くだらない」写真を撮るようになるんだよね(笑)
使い捨てカメラが手軽だけど、フィルムである以上撮影枚数に限りがあるし、何より撮った後は現像する必要があったけど、デジカメの場合は容量が許す限りいくらでも撮影できるし、パソコン等の画面で画像が確認できるので、紙媒体で残したいものだけプリントして、後は電子データで保存できるのだ。
こうなると、一度ならず二度、三度と失敗を恐れずに撮影できるし、顔出し看板があれば、いっちょ顔でも出してみますか、ということになるわけだよね。
そんなわけで、現代になってもなお存在し続けているんじゃないかなぁ。

ちなみに、海外にもけっこう顔出し看板は存在しているようで、アジアだけでなく、ハワイとかにもあるようなのだ。
日本人が広めたのか、各国の人が同じような発想を持ったのか。
また、最近ではスマホのカメラアプリに、あらかじめ「フレーム」として顔出し看板のようなものが入っているのもあるよね。
でもでも、あくまでも顔出し看板は旅の記念。
その場所に行かないと顔を出せない、という希少性が大事なはずだよね。
これからも御当地顔出し看板の繁栄を期待したいね。

2014/02/15

「ぽん」か「ほん」か

オリンピックになると、「ニッポン」という文字をよく見かけるようになるし、「ニッポン」というかけ声もよく聞くよね。
そうなると、「日本」という字は正式には「ニッポン」と読むのかというと、どうもそうなってはいないらしいのだ・・・。
平成21年6月にに当時民主党に所属していた岩國哲人元衆議院議員が提出した質問主意書への答弁を見ると、どっちでもいいと書いてあるのだ!
より正確には、
「にっぽん」又は「にほん」という読み方については、いずれも広く通用しており、どちらか一方に統一する必要はないと考えている。
だって。
そうだったのか。

日本の紙幣を見ると、「NIPPON GINKO」と書いてあるように、「日銀」こと「日本銀行」は「にっぽんぎんこう」なのだ。同様に、「日本放送協会(NHK)」は「にっぽんほうそうきょうかい」、「日本武道館」は「にっぽんぶどうかん」なんだって。
政党で言うと、「日本社会党」は「にっぽんしゃかいとう」と読むそうなのだ。
ところが、公的組織でも「日本オリンピック委員会」は「にほんおりんぴっくいいんかい」と読むし、公益法人だと「日本相撲協会」は「にほんすもうきょうかい」、国策会社でも「日本航空」は「にほんこうくう」が正式。
なんとなく、こういう場合は「にっぽん」、こういう場合は「にほん」というルールがあるわけじゃなく、語感で選ばれているような気がしないでもないよね(笑)
けっきょくどちらも圧倒的に使われているわけではなく、それぞれ通用しているので、今更政府としては決められない、といのが正解なのだ。

ただし、戦前には「にっぽん」に統一しようという動きもあったみたい。
昭和9年(1934年)の文部省臨時国語調査会で「にっぽん」に読みを統一し、外国語表記も「Japan」をやめて「Nippon」にしようとしたんだけど、不完全に終わったみたい。
「大日本帝国憲法」も、正式に「だいにっぽんていこくけんぽう」と読み仮名をつけようとした動きもあったそうだけど、けっきょくは公式には読みは定まっていないようなのだ。
戦前ですらそうなんだから、現代においてどちらかに統一する勢いはないだろうね。
語調を強めたいとき、勢いをつけたいときは破裂音がいいから「にっぽん」と言うし、よりマイルドに、平板に言いたいときは「にほん」と言うようにした方が使い分けできるしね(笑)

では、むかしはどうだったか、というのが問題だよね。
研究によれば、飛鳥時代後期、7世紀後半くらいの国際的な漢字の読みは呉音で「にっぽん」と読むか、漢音で「じっぽん」と読むかのどちらかだったのではないかと推測されるのだ。
漢字文化圏の場合、文字自体は変わらなくても、時代によって読みが変わるので複雑なんだよね・・・。
国際的には、当時の中国の王朝における主流の読みに従うんだろうけど。
で、ここでわかるのは、「じゃぱん」というのは、この漢音の「じっぽん」から来ているであろうということ。
「黄金の国ジパング」とかもおそらく同じ。
マルコ・ポーロさんは元代の中国を訪れているから、そのころの読みがそれに近かったんじゃないかな?

ところが、平安時代の仮名書きでは、「にほん」と表記されているんだって!
仮名の読み方字体が異なっている可能性もなくはないけど、確実に「にほん」と読む習慣はあったんだよね。
室町時代では、対外的には「にっぽん」とか「じっぽん」とか言うけど、普段は「にほん」と言っていたのではないか、というような説もあって、そうなると、かなりむかしから強いこだわりもなく、場面場面で読みを使い分けていたことに・・・。
これが日本の文化性かな(笑)
今と全く変わらない!
むしろ、中国では漢字の読みが時代で変わるのが普通だったから、大きなこだわりを持っても国際的に通用しなくなるだけだし、意味がなかったのかな?

ちなみに、我が国の国号は「日本国」とする、と定めている法律は特になくて、日本国憲法において、「天皇は、日本国の象徴であり・・・」というように使っているので、「日本国」が事実上の国号となっているのだ。
国旗と国家はもめたのでちゃんと法律で定めたんだけどね。
実は、戦前も「日本、日本国、日本帝国、大日本国、大日本帝国」などの様々な国号がばらばらに使われていたようで、昭和10年(1935年)に帝国議会で不統一が問題視され、以降は「大日本帝国」で統一されるようになったんだって。
それに比べれば今はほぼ「日本国」で統一されているから、デファクト・スタンダードとしてはうまく機能しているかな。
ま、読みは定まっていないのだけどね。

2014/02/08

重ねて重ねて

また、日本人が狂喜乱舞する祭り、「ヤマザキ春のパンまつり」が始まったのだ!
しばらくはお昼ごはんはパンだなぁ(笑)
ま、その方が手っ取り早いし、いつでも食べられるからよいのだけど。
で、その中でもついつい買ってしまうのがアップルパイなんだよね。
いわゆるケーキのアップルパイとは違って、パン・オ・ショコラのチョコレート部分がアップル・フィリングになった感じのものだけど。

パイの醍醐味と言えばそのさくさく感。
ぼろぼろとカスが落ちるので食べるのが大変だけど、やめられないぜ♪
このさくさく感を生み出しているのが、パイ生地に大量に含まれているバターやマーガリンなどの油脂。
手がべとべとになるわけだ・・・。
このせいで普通のパンよりカロリーが高めなんだよね。

パイ生地は、小麦粉と卵、水を練って、その上にバターを薄くのばして重ね、それを折りたたんでは伸ばし、折りたたんでは伸ばし、と作っていくのだ。
これにより、パイ生地の断面を見ると、小麦粉の生地の層とバターなどの脂の層が交互に並んでいる状態になるわけ。
これが焼成されるとき、生地と生地の間のバターが融け、沸騰し、そこに隙間ができるわけ。
これがさくさく感の正体で、生地がぽろぽろとはがれるのもこのため。
極薄の生地が重なっている状態に焼き上がるんだよね。

パンの場合は、生地の中に気泡が分散している、スポンジ状態に焼き上がっているんだよね。
これがふわふわ感を生み出しているのだ。
発酵パンの場合は、パン記事中でイーストが発酵反応を起こしたとき出てくる炭酸ガスで気泡ができ、ベーキングパウダーを使う場合は、熱で炭酸水素ナトリウムが分解されて炭酸ガスが発生して気泡になるのだ。
これにより気泡が三次元的に分散して、スポンジ状の構造になるんだ。

クロワッサンやデニッシュはその組み合わせで、パン生地のバターやマーガリンを重ねて折りたたんでいくのだ。
やっぱり多層構造になって、そのうち脂の層が融けて隙間ができるんだ。
ただし、パン生地を使っているので、極薄の生地自体がふわふわしていて、あの独特のしっとり間が出るみたい。

このバターを重ねて織り込んでいくところがミソなんだけど、これが難しいんだよね・・・。
というのも、折りたたんでいるうちにバターが融けてしまうと生地となじんでしまうのでさっくり感がだせなくなるのだ。
かといって、融けていない状態だとそれなりにかたいわけで、それをきれいに伸ばしていくのはコツがいるよ。
最後の方はものすごく薄いバターの層ができていて、手の表面の温度で融けかねないので、手を氷水で冷やしながら作業する、なんてこともあるようなのだ。
生地を折りたためば折りたたむほどさくさく感が出るんだけど、折りたたむ回数を増やすとそういう問題が出てくるわけ。
機械だったら冷やしながらローラーで伸ばしていくんだろうけどね。

ちなみに、折りたたむ以外のパイもあるのだ。
一般にアメリカン・パイと言われるもので、小麦粉とバターを均一にまぶし、塩水で生地にまとめたもの。
クッキーのようなさくさくした焼き上がりになるのだ。
アメリカのチェリーパイやパンプキンパイの底にしかれている部分だよ。
バターを切るようにして小麦粉とまぶしていくんだけど、これはこれでけっこう大変なんだよね。
おいしいものを食べるには手間暇が大事ということかな?

2014/02/01

バクテリアの力で中はとろとろ

日本でも水筒のように使われてきたひょうたん。
実はアフリカ原産で、その有用性から世界に広まった植物なのだ。
最古の栽培植物とも呼ばれ、アフリカ、アジア、オセアニア、南北アメリカとそれこそいろんな地域で容れ物や楽器などに利用されているのだ。
ヒョウタンのみから加工されるひょうたんは、軽くて丈夫で、水が漏れないから便利なんだよね。
タネも乾燥に強く、海水にさらされても高い発芽力があるという植物としての強さも広まった要因のひとつなのだ。

ヒョウタンの果実にはククルビタシンという苦み成分があって、これは有毒で嘔吐や下痢などの食中毒症状をひきおこすものなのだ。
なので、食べるのではなく、日用品の材料として使われるわけ。
ちなみに、海苔巻きでもおなじみの干瓢は、ククルビタシンの含有量の少ないヒョウタンであるユウガオを加工したもの。
普通のヒョウタンの実を薄くむいて干しても干瓢にはならないので注意!
やる人はなかなかいないだろうけど・・・。

ヒョウタンからひょうたんへの加工は意外と手間がかかるのだ。
完熟したヒョウタンの実のへたの部分を切り落とし、そこから棒を中に突き入れて果肉を崩すのだ。
ヒョウタンは果肉が硬いことでも知られているので、けっこう大変みたい。
で、ある程度中をぐちゃぐちゃとかき回したら、重しをつけて水につけておくのだ。
そうすると、ヒョウタンの果肉や表皮はバクテリアにより分解され、表皮の下の硬い殻の部分だけが残るんだ。
これには1週間~1ヶ月くらい必要で、さらに、ものすごい腐敗臭がするので、いったん腐った果肉等を取り去った後、さらに1週間ほど水につけ、その後陰干し。
それでもまだにおいは残っているので、水筒や食器として使う場合は、さらにお酒や番茶を内部にみたして臭みを抜くんだって。
お酒を使うのは、臭み成分をアルコールに溶かして溶出させるため。
番茶を使うのは、大量に含まれるタンニンが臭み成分を難溶性塩になって不溶化されるのでにおいを感じなくなるのだ。
実は化学的に理にかなっている手法だよ!
最後に柿渋や漆、ニスなどを表面に塗って仕上げ。

このひょうたんになる部分は、セルロースとリグニンでできているんだけど、セルロースは植物性の繊維。
ヘチマたわしや綿糸もセルロースだよね。
まったくバクテリアに分解されないわけではないけど、分解には相当時間がかかるのだ。
ヘチマたわしもヒョウタンと同じように、完熟したヘチマの果実を腐らせて取り出すんだけど、果実は腐敗するけどセルロースの網目部分は分解されない状態で取り出すのだ。

リグニンは別名木質素とも呼ばれるもので、これは白色腐朽菌でしか分解できないのだ。
白色腐朽菌は、ヒラタケ、シイタケ、エノキ、ナメコなどのきのこのことで。茶色いリグニンを分解して、腐朽した木が白っぽくなるのでこの名前があるんだ。
パルプ製造の副産物として出る黒液には大量のリグニンが含まれているのだけど、まさにその色。
ポリフェノールの一種なので茶色いのだ。
で、こっちはセルロースよりさらに分解されにくいので、容れ物などにも使えるわけ。
ただし、表面にカビが生えたりはするから、適切にメンテナンスはしなくちゃいけないんだけど。

それにしても、果実を腐らせて、硬い部分だけ取り出すって言うのは誰が考えたんだろうねぇ。
自然に地面に落ちたヒョウタンの実が長い年月で果実が腐って、硬い部分だけが残されていたのを発見したのがはじまりなのかなぁ。
こういう先人の工夫には驚くものが多いよね。
それなりの年月をかけて洗練していったんだろうけど。