2026/08/22

絶妙なバランス

 小学校課中学校の理科で習うと思うのだけど。
地球の空気の組成は、窒素が8割弱、酸素が2割、アルゴンが1%弱、二酸化炭素が0.03%ほど、となっているのだ。
地球温暖化とかで着目されている二酸化炭素だけど、実は4番手だし、10倍に増えたところでアルゴンにはかなわないのだ・・・。
で、子の組成はなかなかよくできていて、というか、むしろ子の組成に合わせて今の生物が進化したからなんだけど、人間の場合は酸素濃度が18%を切ると酸欠になって危ないというので、かなり絶妙なバランスで保たれているんだよね。
でも、実は地球の歴史上、いろいろなことがあってここのところ数千万年はこの組成に落ち着いているのだ。

太陽のまわりの星間物質が集まって地球が個体惑星としてでき上がったころ。鉄やニッケルのようなものが核のほうに、水素やヘリウムなどの軽いものが外側にいたのだ。
その外側の部分が原始大気とyとばれているもので、まだ中心部に熱があって冷めきっていないので、超高温高圧だったんだって。
そのうち、水素やヘリウムのような軽すぎる期待は太陽風により吹き飛ばされ、ガス成分のうち比較的重量のあるものだけが大気として残ることになったのだ。
それが一酸化炭素や水、アンモニアなどなど、
一酸化炭素は自ら酸素を奪って二酸化炭素になり、アンモニアも高温で分解されて窒素と水素に分かれたそうなのだ。
ここで重要なのは、酸素がほとんど存在していないので、アンモニアが燃焼ではなく、熱分解されているところ。
燃焼の場合は硝酸化合物になってしまうけど、このときは酸素がほぼないので窒素が出てくるのだ。
ちなみに、酸素はさまざまな反応の過程で出てくることはあったようだけど、中心部近くにいる鉄などの金属が還元状態で非常に酸化されやすかったので、そっちに取られていたみたいなのだ。

で、ここで出てきた水素はやっぱり飛ばされてしまって、窒素や二酸化炭素と水が残るんだよね。
このときでも100気圧くらいというからすごいものだ。
地球はだんだんと冷えてくると、火山噴火の時にまき散らされている微粒子が核となって水蒸気が雨として地上に落ちるのだ。
これで最初の海ができるのだ。
43~40億年くらい前というから、液体の水が惑星表面を覆うまで冷えるのに3~5億年くらいかかっているわけだ。
この時の海は空中にあった硝酸化合物や硫酸化合物を溶かしながら降った超強力な酸性雨でできたもので、かなりの賛成だったらしい。
それが地上の金属などと反応して不溶性の円として沈殿していくことで賛成が徐々に弱まったらしい。
で、水溶性の高いナトリウムやカリウムの塩化物を中心とした塩が溶け込んで今の海に近いものができたのだそうだよ。

地上にはけっこうな量のカルシウム(火山由来の消石灰=酸化カルシウム)があってそれも海の中に溶けもむのだけど、そうすると、大気中の二酸化炭素を吸収しだすのだ。
まさに自然の石灰水状態になって、超高圧で二酸化炭素が大量に存在しているので、海中のカルシウムイオンは炭酸カルシウムとなって水にほとんど溶けない石灰岩に変わっていくのだ。
その結果、地球の大気は気圧も下がり、大量の窒素と量が減った二酸化炭素から構成されるものになるよ。
このくらいのタイミングで生命の兆しが現れ、さらに、そこからしばらくして光合成を行う生物が誕生すると、大気中の二酸化炭素はさらに消費され、かわりに酸素が出てくるのだ。
で徐々に酸素濃度が上がっていくわけ。

でもでも、巨大な生物が闊歩していた時代は今とは酸素濃度が違うのだ。
超巨大なシダ植物が繁茂していた古生代や、恐竜が世界を支配していた中生代の前半くらい(ジュラ紀)は酸素濃度は今の半分くらい。
白亜紀に入ると気候が温暖になり、植物が大繁殖した結果、酸素濃度は逆に今より高い25~30%まで上がったらしいよ。
このくらいの時期がティラノサウルスなんかが闊歩していた時代。
でも、新生代に入るまでは高い濃度が維持されるんだけど、おそらくジャイアントインパクトの影響で生物が大量絶滅して生物相が大きく変わると、今度はだいたい20~21%になって以降は落ち着いて今に至るみたい。
植物による酸素放出と呼吸による酸素消費のバランスで変わるので、どういう動植物が反映しているかで変わってくるのだ。

窒素と酸素はそんな感じだけど、アルゴンってどこから来たの?、となるよね。
これは花崗岩などに含まれている放射性のカリウム(K40)が電子捕獲(用紙が電子と結合して中性子になることで原子番号が一つ減る)によってできるAr40
このK40は大量にあるので、Ar40も多くできるのだけど、K40の半減期は12.48億年と非常に長いのでバンバン生まれるわけではなく、Ar40の量もじわじわと増えていくくらいだよ。
なので、新生代になって以降だけで考えても、構成比率に影響が出るほどは増えないのだ。

それにしても、この地球の空気は8割以上が窒素とアルゴンでできていて、どちらも常温常圧化ではほとんど化学反応しないので、非常に安定的。
これは安定的な環境を保つという点で重要だよね。
反応性が高いと気温や気圧に影響が出てきてしまうから。
よくできているものだと思うよ。

2026/08/15

どっちがどっち

 街中華に行くとたいてい二択で迷うのだ。
チャーハンか、レバニラか。
チャーハンは正直外れが少なく、よほどのことがない限りまずいことはない。
一方、レバニラはあまり食べる機会がないのでチャレンジしたいけどはずれもある。
ついつい安全策でチャーハンをとってしまうんだよなぁ。
でも、いまは冷凍のチャーハンもかなりおいしいから、本当はレバニラをせめるべきなんだよなぁ。
なんて、普段から考えているので、テレビで街中華の店が出てくるとついつい注目してしまう。
レバニラが出てこようものならネットで調べてしまう。

そんな魅力にあふれるレバニラだけど、どうももともとニラレバだったようなんだよね。
何言っているかわかりづらいけど。
この料理の中国語名は「韮菜猪肝」。
そう、「にら・レバー」なのだ。
おそらくそのまま日本語にした「ニラレバ」が先にあった名前と思われるんだよね。
レバニラという名が広まったのは、一説に「天才バカボン」の影響ともいわれているよ。
バカボンのパパの鉱物が「レバニラ」で、作中で何度も言及するのだ。
漫画も大ヒットしたけど、さらにテレビアニメもヒットして。
そしてそしてさらに、むかしのアニメなので再放送を何度もして子供たちに刷り込んで、と子供たちにとっては「レバニラ」が広まったのだ。
この影響で子供たちが「レバニラ食べたい」なんていうこともあっただろうしね。

どっちがどっちでもいいような気もするけど、世の中には区別したい人もいるようで。
ニラがメインのときは「ニラレバ」、レバーがメインのときは「レバニラ」と使い分ける、なんて主張もあるよ。
たぶん、多くのお店は語感で好きな方を選んでいるだけだと思うんだけど。
検索では「レバニラ」の方がヒットするから。そっちがメジャーになりつつあるのかな。
コンビニやスーパーで売っているのも「レバニラ」だね。

で、思い返してみると、ニラってメジャーな野菜のようで、実はそんなに食べる際のバリエーションはないのだ。
餃子の具、ニラ玉、レバニラ、もつ鍋やキムチ鍋の具・・・くらいしか思いつかない。
ニラのおひたしなんかもあるけど、そんなにメジャーではないよね。
それもそのはず、ニラは昔から知られた野菜でありながら、家庭料理に普及したのは戦後らしいのだ。
滋養強壮の薬草的な扱いはあったものの、においが強く、昔の日本人には避けられていたようなのだ。

仏教では「五葷(ごくん)」と言ってにおいの強い野菜を食べないんだよね。
つまり、ニンニク、ネギ、ラッキョウ、ニラ、ノビルの5つ。
ネギはこの中では比較的においが弱めなので最も普及していたっぽい。
ラッキョウは江戸時代になってやっと広がったらしい。
ノビルは食べるところは食べたけど、むしろ田んぼの周りに映える雑草扱い。
ニンニクとニラは食文化の多様化の中で広まっていった、という感じ。

確かに精進料理にはネギは出てきてもニンニクやニラはまず出てこないよね。
臭みけしとしてはショウガやネギといった薬味が中心だったはず。
戦後になって洋食や日本式の中華料理が広まるにつれ、メジャーになっていったっぽいよ。
とはいえ、普通によく見かける野菜だよね。
1年中売っているから、家庭でよく使う野菜扱いなのだ。
みんな家で餃子作ったり、ニラ玉作ったりしているということかな。
個人的には鶏肉と辛味炒めにしたり、お味噌汁のぐにしたりするのも好きだけど。
緑黄色野菜で栄養豊富らしいから、においを気にしなければ優秀な野菜ではあるのだ。

実は、ニラが優秀なのは栄養価のみではないのだ。
なんと、日陰で栽培できるんだよね。
っていうか、あまり日に当てない方が柔らかくておいしくなるのだ。
で、栄養豊富で日陰で栽培できるということで、戦中は庭で栽培しましょう、みたいに症例もされたらしいんだけど・・・。
メジャーな食材でもなくてあまり広がらなかったって。
粥の具にしたりしたらしいけど、それだけじゃね。
やっぱりニラをおいしく食べる料理と一緒じゃないと広まらなかったわけ。
そこいくと、餃子、ニラ玉、レバニラというのは偉大な料理なんだね。

2026/08/08

タメイゴゥ

 たまに食べるとおいしく感じるのがたまごサンドイッチ。
さすが、綱と並んで定番なだけある。
さらに、最近では外国人観光客にも人気なんだって。
信じられないくらいふわふわのパンにあっさり目のたまごフィリングが挟まっていて、欧米式のサンドイッチとは一線を画しているので衝撃的なんだって。
けっこうコンビニでたまごサンドを買って朝食に、というのが多いらしいよ。

サンドイッチの歴史上、英国でも米国でもたまご自体は珍しい食材ではなかったようなのだ。
ただし、目玉焼きをパンにはさんで食べる形式だったり(エッグベネディクトやエッグマフィンはその進化系)、スライスしたゆで卵を挟むものだったり。
かつ、卵がメインということも少なくて、一緒にハムやベーコンなどの肉類が挟まっていることのほうが多いみたい。
欧米式の文化では、卵だけというのは少し貧相に感じるらしい。

今の日本式のたまごサンド、すなわち、刻んだゆで卵をマヨネーズであえたものがパンにはさまれるようになったのはどうも大正のころらしい。
キューピーが最初にマヨネーズを市販したのと同じころで、タルタルソースみたいなのをイメージしたのかもしれないね。
もともとフランスにはビストロのおつまみの定番、ウフマヨ(ゆで卵にマヨネーズを付けたもの)があるし、ゆで卵とマヨネーズの相性がよいことはわかっていたのだ。
日本ではあまり野菜を生食する文化がなかったこともあって、マヨネーズを売り出したキューピーはいろんな食べ方を提案していたようなんだけど、その中の一つにたまごサンドもあったみたい。

でも、戦前はまだマヨネーズはちょっとおしゃれなもの、という感じで、一般家庭には普及はしていなかったようなのだ。
これは戦前だとまだ卵は高級品だったのだ。
ところが、物価の優等生と言われた卵はほとんど値段が変わらず、一方で、インフレが進んで円の価値は下がっていったので、相対的に卵は庶民にも出が出る普通の食材になっていくのだ。
そんな中、喫茶店文化が大衆化していくのとあいまって、サンドイッチの定番は、ハムときゅうりを挟んだものと、ゆで卵を刻んでマヨネーズであえたフィリングを挟んだものが主流になっていくんだよね。
で、そこにやはり戦後に一般家庭に普及していったツナ缶を使ったツナサンドも混ざってくるわけだ。
昭和のサンドイッチといえばたいていこれらで、高級な別格のものとしてカツサンドがあるくらいだったよね。

一般家庭に普及してからのたまごサンドは、パン屋さんで買ってくる、喫茶店で食べる、というほかに、家庭で作る、というのも多かったのだ。
そこまで大変なレシピではないからね。
でも、ここでもう一度転機が。
それが、コンビニエンスストアの出現。
コンビニの主力商品としておにぎりやサンドイッチという軽食が出てくるのだ。
はっきり言って、当初のコンビニ弁当や麺類はあんまりおいしいものではなかったよね・・・。
今では開発が進んでおいしいけれど、いつでも帰る代わりにちょっと質が悪い、という感じ。
そんな中で、まともに食べられるのがおにぎりやサンドイッチだったわけだ。

おにぎりについても、コンビニのものはそもそも家庭のおにぎりとは別物なので、そこが逆に良かったのかもしれないんだよね。
特殊な放送でパリパリのノリを巻けるおにぎりはしょうげきてきだったのだ。
サンドイッチについても、家庭で作ろうとするとどうしてもある程度の量を作らないといけないので一食分だけ、というわけにはいかなかったのが、いつでも複数種類のサンドイッチが同時に食べられる、という時代に突入したのだ。
売れるようになると商品開発も進むわけで。
様々な具が考案されるし、挟むパンも超ふわふわなもの、全粒粉で少し硬いもの、タイ麦パンなどバリエーションが出てきたわけで。
でも、そんな中でも、卵とツナは定番の具であり続けているんだから、日本人のソウルフード的にななってきているよね。
(ハムは薄いものが1枚しか挟まっていないという昭和的なものはほぼ見かけなくなったのだ・・・)

そして、今では子のたまごサンドは海外からの注目まで集めるように。
でも、おそらくこの後もうひと転機ありそうだよね。
寿司が海外にひりまってカリフォルニアロールとかサーモンの寿司ができたように、海外で広まっていく中で去らぬく付されたたまごサンドが登場してもおかしくないのだ。
次はどんな展開が待っているのか。
10年後くらいには今からでは信じられないようなたまごサンドの進化系が流行しているかも。

2026/08/01

ふきだまり注意

 熊本でまた大きな地震があったのだ。
熊本城の天守閣が復活してまたすぐの被害・・・。
しかも、今回はイオンモールでガス爆発が起きるなんて災害も。
御きゃうさんたちは避難が終わった後だったので大きな被害にならなかったとはいえ、映像で見る限り、見るも無残な感じ。

この爆発の原因はガス漏れ。
この施設では液化石油ガス(LPガス)を使っていたみたいで、地震で大きく揺れてガス漏れが発生。
それが施設内に広がって何かのタイミングで発火。
どっかーんといったらしい。
地震発災後からかなり時間がたってからだったので避難が間に合っていたのだ。
でも、駐車場に避難していた人たちは爆発の様子を目撃したらしい。

都市部でパイプラインにより供給される都市ガスは液化天然ガス(LNG)。
主成分はメタンで空気より軽いのだ。
なので、ガス漏れが発生した場合は天井の方にたまっていくので、姿勢を低くして逃げましょう、と言われるんだよね。
余裕があれば高いところにある窓南下をあけてあげると空気中に拡散もされていくのだ。
一方、今回の爆発の原因のLPガスは、ボンベにためおくもので、火災が起こるとそのボンベが爆発するおそれがあってリスクが高いんだよね。
そして、主成分はプロパンやブタンで空気より重いガス。
下の方にたまるので、この場合は姿勢を低くしてはダメなのだ。
かつ、通気をよくしても拡散されず、低いところに吹き黙ってしまうので、局所的に濃度があたかくなることもあるのだ。

まさに今回の爆発が層だったみたいで、局所的にガスがたまってしまったところがいくつかあって、そこで連続的ン爆発が起きているみたい。
発火の直接の原因は漏電なんじゃないかと言われているけど、そこかしかに容易に火がついて爆発する爆弾が置かれているような状態になってしまっていたんだよね。
しかも、都市ガスに比べてLPガスは火力が強いのだ。
火が付いたときの爆発力が大きいわけ。

これは燃えるときに燃焼熱というよりも、排ガスの量の問題も大きいのだ。
メタンはCH4なので、これが完全燃焼するとCO2+2H2Oとなって3分子になるのだ。
一方、プロパンはC3H8なので、完全燃焼すると3CO2+4H2Oで7分子出てくる。
仮に理想気体と仮定すると、その容量は分子数に比例するので、同じ温度で燃焼した場合、排ガスは2.3倍発生するのだ。
これが爆発力が大きくなる原因だよ。
下にたまっている者が爆発して、その爆風も強くて、それが同時に複数個所で爆発が起こって、という結果として一気にしょっぽんぐモールが残骸になるような災害になったのだ。

下にたまってしまう以上、排気でガスを拡散・放出させるのも原因があるし、なるべく早く逃げて距離を取るしかないのだ。
で、イオンモールの災害マニュアル上も、とにかく早くお客さんを避難させる、自分たちも避難する、避難したら戻らない、となっていたようなんだけど・・・。
今回の事故ではなぜか戻った人、居残った人がいたみたいで、そういう人たちが被害者になってしまったようなのだ。
マニュアルが正しくできていて、それで多くの人が助かったので、非常に残念なことだけど。
こういう事故の教訓として、「こういう行動をしましょう」というだkではなく、「なぜそのような行動が必要なのか」も併せて知っておいてもらわないとダメだということだよね。

そういうリスクが高いLPガスではあるけど、パイプラインで供給される都市ガスとは違って、ボンベを持ってくればすぐに使えるので、災害復興に強いというメリットもあるのだ。
非常に大きな事故になって島たけど、おそらく一番最初に再開できるライフラインはLPガスになるんだよね。
その意味でも、今一度正しく使うことを念頭に、そのリスクとメリットを多くの人に知ってもらった方がよいのだ。

2026/07/25

謎音In'n'Out

 テレビの超常現象特集でよく出てくるのがラップ音。
ポルターガイストまで行くとウソ度が強い気がするけど、謎の音がする、程度の話はだれしも経験するよね。
これはなにがしかの音を聞く、という事象は起こっていて、その音が何に起因するかが不明なだけなんだよね。
それを心霊現象と短絡的に結びつけるからダメなわけで。

日本でも古来より「家鳴り」として知られているのだ。
水木しげる大先生の妖怪図鑑を見ると、小型の鬼みたいな妖怪が柱や床をガタガタさせて音を出している絵があるよね。
でも、この現象の肝は音で、原因・音源が特定できない音が家の中で聞こえる、というのがすべてなのだ。
で、それを妖怪の仕業ととらえるとそういう絵になるわけ。
今ではそういう風に考える人は少ないとは思うけど。

現象に名前がついてしまったものにありがちなんだけど、その音のもとにはいろんな正体があって、有名なのは、温度や湿度の変化により柱などの構造部材がきしむ、というもの。
特に、十分に乾燥しきれていないまま使われた木材はしばらくしてから内部に亀裂が入ったりすることもあって、その場合はかなり大きな音がするようなのだ。
このほか、共振現象によりたままたま風による揺れと周波数があってしまってガタガタ揺れるというのもあるみたいだね。
道路を大型の自動車が通ったり、鉄道の揺れで共振するような場合もあるけど、それは横に見えているからあまり家鳴りとはとらえられないのだ。
逆に、地下鉄の揺れで共振する場合は、電車は見えないので家鳴りと認識される場合もあるんだよね。

屋内はそうだとして、この現象は屋外にもあるのだ。
それが「天狗倒し」とか「古杣」と呼ばれる、木が切られたり、倒れたりする音が聞こえる怪。
田墨が倒れたような大きな音がして、そっちに行ってみても木なんか倒れていない、という音が聞こえるだけというものだけど、一般には、「凍裂」と呼ばれる、冬の乾燥した時期に気の内部に大きな亀裂が入る現象だと言われるのだ。
でも、それだと冬の乾燥した時期にしか聞こえないわけで。
でも、「天狗倒し」の伝承は冬には限らないんだyね。
つまり、他にも正体があるのだ。
一つは、こだまのような反響音が聞こえてきているもので、複雑な地形で思いもよらない方角の音が反射して聞こえている場合があるのだ。
この場合、音がしたと思われる方向に行っても当然何もないわけ。
周りの知己を見て、反響音の方向まで計算すれば何か見つかるかもしれないけど、普通はそんなことしないのだ。

屋外で聞こえるのはそんな音だけではなく、「子泣き爺」みたいなものもあるよね。
人っ子一人いないような深山でなぜか赤子の泣く声がする・・・。
これはたぶん、鳥や動物の鳴き声を赤子の泣き声と誤認しているのだ。
発情期の猫の声は比較的人間の赤ちゃんの声に似ているけど、鳥の声でもそんな感じのものがあるよね。
よくよく聞き比べれば違うのはわかるんだけど、単独で聞いてしまうと自分が知っている音に「聞きなして」しまうんだよね。

これらとは全く毛色が違って、正直よくわからないのが「小豆洗い」のような音の怪。
しょきしょき、という小豆を研ぐような音、というのだけど・・・。
虫の鳴き声なのか、なんなのか。
こちらはもともとそんなによく聞く音でもないから、イメージ先行でそういう名前にしてしまっているのかもしれないけどね。
オケラとかチスイバッタは「じー」と割と大きな音で泣くけど、これに川のせせらぎの音が重なったりするとそんな感じに聞こえなくもないかな。
夜行性の動物の足音なんかもあるかもしれないし、意外と音の聞こえ方、というか、音としての認識の仕方は個人間や文化間で差があるので(例えば、日本では鶏は「こけっこっこー」となくけど、米国では「クックドゥードゥルドゥー」だよね。)、なんだかわからないけど、こういうのは場所が特定されているので、そこに特有の現象はあるんだよね。

そうは言いながら、井上円了博士のようにすべてを暴き立てるのも野暮は野暮。
そういうものとして受け入れるのがよいのだろうね。
本当に信じちゃうのはまずいのだけど。

2026/07/18

ロシアンなやつ

 近所のスーパーには、契約農家さんから直接仕入れた野菜が売られているんだよね。
ちょっと見栄えがよくなかったりするんだけど、安くて新鮮でよいのだ。
で、この間、そんな中につやっつやのしし唐があって、思わず買ってしまったのだ。
食べてみると・・・。
辛いやつがいた!
なんか10本に1本くらいの確率で辛いやつに当たるよね。

しし唐は正式には獅子唐辛子で、トウガラシのうちから見の少ない品種。
唐辛子は実の先がとんがっているけど、そこが丸くなっていて獅子頭みたいだから獅子唐辛子なんだって。
もっとフォルムが丸まったピーマンは同じくナス科トウガラシ属だけど、こっちは辛いやつに当たることはないのだ。
というのも、しし唐は辛み成分であるカプサイシンを作る能力自体はあって、それが普段は発現されていから辛くならないのだけど、ストレスを受けたり、すぐ近くに辛いトウガラシが栽培されていて交雑しt受粉したりすると辛くなるのだ。
交雑は防げるとしても、このストレスというのがたまにある辛いしし唐の原因みたい。

南米原産の植物だけあって、暑さに強く寒さに弱いので夏野菜として栽培されるけど、温度変化が大きいとストレスを受けるらしく、辛くなりがちのようなのだ。
なので、熱帯夜が続くような時期になれば問題ないけど、5月終わりから6月くらいの朝夕はまだかなり涼しいような時期のものは危険があるわけだね・・・。
どうもストレスを受けたものは種も少なめになるようなので、下手を外したときに種が少なめなものはより危険度が高いみたいだよ。
(種が少ないからと言って必ず辛いわけでもない。)
そういうやつを見つけたら心しておいた方がいいね。

似たような野菜に、京都の地場野菜の万願寺トウガラシというのがあるよね。
こっちは先がとんがっているトウガラシ然としたフォルムだけど、かなりの大きさ。
しし唐の2倍くらいの長さがあるのだ。
より肉厚で甘みがあるように感じるよ。
で、このもとになっていると思われるのが、戦国時代の16世紀に南蛮渡来で日本にトウガラシが導入してすぐくらいに栽培品種として確立されていたと考えられている伏見トウガラシ。
こっちはしし唐よりは少し大きく、万願寺トウガラシよりは小さめで、先がとんがっているスタイル。
京都以外だと、公知なんかでよく栽培されている甘長唐辛子というのもあるよね。
印象としては、甘長唐辛子は万願寺トウガラシに比べて曲がったりねじれたりしていることが多いように思うよ。

これらもトウガラシはトウガラシ。
やっぱりカプサイシンを作る能力そのものはまだ保持しているらしい。
しし唐より食べる機会が少ないだけかもしれないけど、辛いものにあたったことはないから、ちょっとストレス耐性があ高かったりするのだろうか?
しし唐よりは高価なものだから、より丁寧に栽培されていてストレスがかかりにくい環境になっている可能性もあるけどね。
一方、いわゆる普通のピーマンは米大陸でカプサイシンを作る能力がないもののうち実が大きくなるものを栽培品種にしたもので、こえは明治期に日本に導入されるのだ。
すでに江戸時代に広まっていた甘みトウガラシが和食に使われ、新興のピーマンは洋食や中華にという感じだけど、青臭さが強めだったむかしのピーマンは人気がなく、食卓に広まったのは戦後からみたい。

このピーマンはトウガラシ属の中でも比較的寒さに強く、手間を可kれ場品質は高まるけど、手間をかけなくてもそこそこのものが収穫できるという優れもの。
つまり、安く大量生産できる野菜だったのだ。
なので、家庭での普段使いはピーマンに席巻されていったわけ。
しし唐とかってやっぱり季節性のある野菜という印象だもんね。
かつ、完全にカプサイシンを作らないので、寒い時期とカニ作っても安定の甘み。
これが大きいのかな。

2026/07/11

無料とは限らない

 密着物ドキュメンタリーの人気コンテンツと言えば警察だけど、その次が救急だよね。
毎日のようにいろんな人が事故や病気で救急搬送されているみたいだよね。
救急車がすぐに来てくれて命が助かった、みたいなのがテレビでは放映されるわけだけど、迷惑駐車で立ち往生して病院への到着が遅れたり、救急車が出払っていてすぐに現場に向かえなかったり、そういうトラブルもあるようなの。
この中で、問題なのは「すぐに迎える救急車がない」問題。

担当区域内の事案発生件数に対して配備されている救急車の数が少なすぎる、というのだと「お上」の問題だけど、そういうわけでもないみたいなんだよね。
むしろ、「不要不急」の出動で、一刻一秒を争う事案に回せなくなっている事例がある、ということなのだ。
なぜそういうことが起こるのか?
簡単な話で、救急車を呼ばなくてもいいようなものでも読んでいるから。
事故や突然の発作などが起きれば当然パニックにはなるわけで。
そんな当事者が、これは救急車を呼んでいいか、タクシーなどで自分で病院に向かえばいいか、なんてまともに判断できなくても不思議ではないよね。
で、救急車を呼ぶべきかどうか迷ったときに相談できる「#7119」というサービスもあるのだけど、余裕がなければここに連絡できないよね。

東京消防庁なんかは、そういうサービスも用意しつつ、少しでも不安があればすぐに119番通報するように呼び掛けてはいるのだ。
それはそうだよね。
119番通報すると、東京都23区内の場合は災害救急情報センターというところにつながって、オペレーターからまず「火事ですか?救急ですか?」という確認があるんだよね。
消防車を呼びたいのか、救急車を呼びたいのかを確認するわけだ。
で、消防車を呼ぶ場合はすぐにカジノ状況とカジノ現場の住所の確認をして、専用システムで場所の特定とそこに迎える消防車の手配をするわけ。
これはわりとすんなりいく話。

救急の場合は、患者さん、ケガをした人の状況を確認して、まず何をすべきかを助言しつつ、すぐに迎える救急車の手配と受け入れ可能な病院の探索を始めるのだ。
ケガで出血が多い場合はきれいな布でケガしている床を圧迫して、とか、突如倒れた場合はとにかく動かすな、とか、心肺停止の場合は心臓マッサージや人工呼吸をして、とか。
この時点で、電話をかけてきた人がパニクっていても、そこまで緊急性が高くなさそうな場合はそういう対処に移行。
一刻一秒を争うようなケースはとにかく現場到着を優先という感じで。
でも、同時並行的にまとめて要請がきていればその中でトリアージで優先順位をつけて救急車を派遣する、ということもできるのだけど。
実際は五月雨式に次々と出動要請が来るわけだよね。
そんな中で、まだまだ救急車を確保しておきたいからここはいったんこらえて、みたいな運用は許されるわけもなく。
また、実際に現場に到着してみるとそこまでじゃなかったみたいな事例もあるわけで(嘘とは言わないけど大げさに言っている場合もあるはず)。
中には悪質なものもあって、本人的に救急車を呼ぶ必要がないとわかっているのに、無料で病院まで送り届けてくれるので、と呼ぶようなケースも出てきているようなのだ。

こういうのが積み重なると救急車が足らない問題が発生するんだよね。
で、当然のことながらここで抑制すべきは、呼ぶべきじゃないのに読んでいるケース。
そこで出てきたのが、救急車の有料化。
欧米ではすでにそうなっているところも多いけど、日本でも一部自治体で始まっているみたい。
三重県松阪市とか茨城県とか。

調べてみると、けっこうトリッキーなことをしているんだよね。
救急搬送という乗り物で人を運ぶ行為に対して優勝で対価を得ようとすると緑ナンバーでないとだめらしいのだ。
一般の救急車だと「白タク」行為になってしまうらしい・・・。
そこで、運び込んだ先の「特定療養費」という名目で徴収するんだって。
この「特定療養費」というのは、紹介状を持たずに特定機能病院にかかった場合に請求される料金で、国が認める最低基準が7700円。
なので、救急車の有料化もこの7700円になっているみたい。
当然、これは希求性が高いなどやむを得ない場合には免除されることになっていて、救急搬送の場合も、緊急性が高くて運び込まれた場合は免除、そうではなく、緊急性がないのに運び込まれた場合は有料、という感じに運用するみたい。

なかなか頭がいいなぁと思うよね。
「緊急性」というのはちょっとあいまいな概念なので運用ではもめそうだけど、正直これでいいんじゃないかなぁ、と思うよ。
自分が使わなくちゃいけない時のことを考えれば、不埒の使い方は厳に抑制すべきと思うよね。

2026/07/04

ブナとともに

 ボクの好きなキノコの一つがなめこ。
お味噌汁の具もいいし、そばの具もよいのだ。
つるんとしていて触感がいいよね。
しかも、他の栽培キノコ(ブナシメジ、エリンギ、マイタケ、エノキ)など違ってあまり物価高騰の影響を受けていない!
いつでもスーパーで100円未満で買えるのだ。

東京生まれのボクとしては幼少のみぎりより親しんできたなめこだけど、実は関東以西ではもともとあまり食べないんだって。
っていうか、手に入りづらかったみたい。
天然物のなめこはブナ林に発生するキノコで、倒木や枯れ木に発生する腐朽菌なのだ。
ブナのほか、ミズナラとかコナラとか、寒い地域に強い広葉樹が好きみたい。
で、関西や中国・四国、九州にもブナは生えているんだけど、圧倒的に数が違うのだ。
巨大なブナ林は北陸から東北にかけての日本海側、東北の内陸部なんかが多いよ。
世界遺産になっている白神山地もブナの原生林だよね。

「ともに生きている」樹種がなければなめこもいないわけで。
関東や東北、北陸ではブナが多いためにメジャーななめこも、ブナが少ない地域ではなかなか見つけられないから手に入らないわけだよね。
というわけで、親しみがない。
現在では完全に人工栽培が可能で、原木やおがくずの培地でなめこを栽培しているし、そもそも流通も発達しているので、なめこに接しようと思えばいくらでも接することはできるようになったんだよね。
でもでも、口にするものっていうのはそんな簡単なものではなくて。
やっぱり食べ慣れないものは食べないのだ。
なので、当然お店に並ぶ食材には、売れる・売れないという点で偏りが出てくるわけだよね。
最近では人の移動も大きいからだいぶ改善されているし、地元の食材・調味料を使いたいというニーズで人気の高いもの(石垣島ラー油とかかんずり、福島のうまくて生姜ねぇとか)は手に入る一方で、そこまでじゃないものはおみやげで買ってきた李、んっとで取り予s多利子内地けないわけだ。
でも、さすがになめこをお取り寄せって、天然物でものすごく高級なものでないと現実的ではないよね・・・。

というわけで、東京で出てくる赤だしにはちっさいサメ古賀具で入っていることが多いけど、京都や大阪で出てくる赤だしは豆腐やわかめが主体なのだ。
個人的にはそういうのは地域ごとに特色がある方がいいとは思うので、それはそれでよいのだけど。
むしろ、方言が消えて行くようにこういう食の多様性が消えて行く方が問題だよね。
なめこがそういう地域的な偏りのある食材とはこれまで気づかなかったけど、そういうのを知っていれば、東海地域ではどこまでがなめこ文化圏かなんて考えながらスーパーを見てみるのも面白かったりするよね。

ちなみに、ブナには植生に偏りがあるので、いわゆる「どんぐり」についても地域的な偏りがあるはずなのだ。
「どんぐり」はブナやシイの木の実の総称だけど、おそらく西日本ではブナの真ん丸なドングリはほとんど見られなくて、細長いシイのドングリが多いはずなんだよね。
これもインスタに上げられた写真とその人の所在地なんかで比較してみると面白そうだよなぁ。
大学生とかがそういう研究してくれれあいいのに。
ま、小学生が、自分の近所と遠く離れたおじいちゃん・おばあちゃんちの近所のそれぞれでドングリを集めて種類の違いを比較する、みたいな夏休みの自由研究でもよいけど、どんぐりは秋にならないと手に入らないからなぁ。

2026/06/27

一本調子

 先日、日本橋にいたら、ちょっと変わった街宣車がやってきたのだ。
かつての世界経済共同体党の又吉イエスのような。
で、案の定というかなんというか、「核融合党」の車だった。
何がおかしいかっていうと、流している音声が全く抑揚のない一本調子で、それが逆に怖いんだよね。
独特の平板なイントネーションに耳には残るのだけど。

どうも、この抑揚というのはコミュニケーションにおいて大事で、だからこそ、AIがこれだけ発達しても、機械音声には違和感があるんだよね。
AIであれば、アニメや映画の吹き替えの声優さんを模倣して抑揚のある音声も再現できるだろうけど、それはセリフ込々で生成する場合であって、打ち込んだ文章をそのまま読み上げるのは抑揚のない一本調子だよね。
初音ミクに代表されるボーカロイドがそれに比べると自然に聞こえるのはメロディに載せているからであって、音階の上下で自然と抑揚がつくのだ。
なので、機械音声であっても、和歌や都都逸、義太夫節のように「節」にのせて読み上げるようなものであれば自然に聞こえるはず。
おそらく、読経も大丈夫なのだ。
中国語は声調というイントネーションで言葉の意味が変わるから、もう少し自然に聞こえるのかも。

普段意識していることはまずないけど、コミュニケーションをとっているとき、情報の発信側(話者)は受信側(対話の相手)の反応を見ながら、聞きながら、感じながら、フィードバックをかけて微妙に抑揚をつけているようなのだ。
それを参考に、話の内容を聞きながら微妙に表情を変えるロボットなんてのも開発されていて、先般の関西万博でも展示されていたようだけど、いかんせん、「不気味の谷」を越えていないので気持ち悪いんだよね(笑)
何が「自然さ」に貢献しているのよくわからないけど、タイムラグであったり、パターン化された動きだったり、何かあるはずなのだ。
なので、サンプリングした音声データから生成するなら自然に話しているような音声が再現できると思うのだけど、相手の反応に合わせて抑揚をつけながら機械で音声を出すのはまだまだ難しいんじゃないかと思うのだよね。
だったら、いっそのこと人には寄せずに、機械・ロボットのまま、或いは、何か人外のキャラクターとしてしゃべらせた方がよいように思うのだ。

調べてみると、自閉症スペクトラムのよくある特徴として、抑揚のない話し方をする、というのがあるみたい。
基本的に自分以外の人との関係、距離感が苦手な人たちなので、相手の反応を見ながらフィードバックをかけるというのは難しいよね。
なので、自分のペースでほぼ一方的に話すので、どうしてもそんな感じになるんじゃないかな。
結婚式のスピーチを頼まれたりしてがちがちに緊張して、自分がスピーチをする、ということ以外に気が回らなくなったようなイメージが近いのかも。
緊張すればするほど棒読みになるよね。

思い返してみると、はなしだけながくってたいしておもしろいことを言わない校長先生はたいがい一方的に話すだけなんだよね。
その逆で、この講演おもしろいな、って感じるような演者さんだと、どこまで見えているかは別として、聴衆を見渡しながら、その反応をフィードバックさせて話しているような気がするんだよね。
でも、過剰に反応しすぎると「芝居がかって」見えるわけだよね。
その辺の塩梅は事情に蒸す化しそうなのだ。
そういう微調整の結果が抑揚として表れているんじゃないか。
で、その高度なことをほぼ無意識にしていて人間のコミュニケーションを成り立っているのではないか。

街宣車のお経のような主張を聞きながら、そんなことを考えたよ。
では、街宣車のように一方的に垂れ流す場合はどういうのがよいのか?
難しい問題だけど、最初に出てきたように、なかば節にのせるようにして短い文章を連呼するのがよさそうなのだ。
確かに選挙の時に耳に残っているのはそういうリズムのあるやつで、きちんとした政治的主張をしているのかもしれないけど、ただただ話している者は騒音・雑音としかとらえていないような気がするよ。

2026/06/20

カラスの勝手でしょ

 
サッカーW杯が始まったのだ。
とはいえ、ボクはスポーツ全般についてほぼ興味なしなので、結果をニュースで知るくらい。
でも、気になることが。
それは、日本代表のシンボルにもなっている三本足のカラス。
記紀神話に出てくる八咫烏を意匠化したものなんだよね。
Wikipediaにはいろいろ理由が書いてあるけど、八咫烏が案内した神武天皇は蹴鞠がうまく、というのはちょっと笑ってしまった。

さて、この八咫烏。
「咫(あた)」は古代の大きさの単位で、三種の神器の「八咫鏡」と同じ。
とりあえず大きいということ。
それに加えて三本足と言われているんだ。
でも、記紀神話の中に出てくるものは、高皇産霊神又は天照大神に使わされ、熊野(今の和歌山県新宮市のあたり)から神武天皇を導き、奈良県の橿原の地に連れていくのだ。
そこで神武天皇が即位するわけだね。
日向(宮崎県)を出発して東に進んできたわけだけど、最初大阪から奈良に入ろうとして失敗するのだ。
これはきっと天照大神の子孫たる自分が西から東に入ろうとしたためだ、東から西へ入ろう、ということで、紀伊半島をぐるっと回ってリベンジすることにあるのだ。
このとき、道案内をしたのが八咫烏ということになっているんだよね。

記紀神話で道案内というと、まずは天孫降臨の際に天の八衢から葦原中国まで瓊瓊杵尊を案内した猿田彦もいるよね。
猿田彦を祀る神社は多いのだけど、猿田彦神社(総本宮)、二見興玉神社、椿大神社とおおきなものは三重県にあるのだ。
それもそのはずで、この神は伊勢の五十鈴川のあたりの出身ということになっているのだよね。
で、瓊瓊杵尊は日向国高千穂に降り立ったはずなのに、道案内をした猿田彦は伊勢にいたのだ!
で、神武東征を助けた八咫烏は熊野の出身。
なんとなく、紀伊半島の東側に大陸からやってきたと言われる天孫族を助けて一緒に大和朝廷の礎を築いた一族がいたんじゃないか、という気がするよね。
天孫降臨の下りでは、出雲の勢力と取引して国を手に入れ、最後まで抵抗勢力だった建御名方命は諏訪まで逃げるのだ。
神武東征では、日向から筑紫に出て本州に渡り、吉備を通って生駒のあたりまで出て、そこで長髄彦と戦うのだけど、いったん敗走し、先に述べたようにぐるっと回って逆側、熊野の方から奈良に入り、そこで再度長髄彦と戦って破るのだ。

おそらくこれらの神話は大和朝廷ができあがるプロセスにおける先住系氏族との争いの歴史なんだよね。
実際に古代日本の中には、出雲や吉備、越、諏訪なんかの勢力がいて、それを打ち破ったのか、交渉して中に引き入れたのかはよくわからないながら、うまいこと「平らげて」いって、神武天皇が即位して大和政権成立、というながれなんだよね。
明確に戦っているのは近畿地方にいた長髄彦の勢力で、これは明確に打ち破って大阪や奈良の地を手に入れてるっぽいのだ。
で、その戦いの中で協力してくれた先住系氏族が八咫烏だったり猿田彦だったりするわけだよね。
長髄彦を破る際には、金色のトビ(金鵄)がやってくるのだけど、この金鵄は八咫烏と同一視されることもあるので、やっぱり地元の助力勢力のような気がするね。

猿田彦なんかはサルなので、言葉は悪いけど、あmり文明的でない(と天孫族が思っていた)先住氏族をあらわしているんだろうけど、八咫烏はなぜ鳥なのか?
金鵄もなぜ鳥なのか?
記紀神話だとただの大きなカラスという記述しかないけど、平安時代になって、三本足のカラスというモチーフになるのだ。
これは大陸の「金烏」から来ているイメージで、金烏は太陽のことなので、ひょっとすると、天孫族に協力したことから太陽のイメージを付与しているのかもしれないよね。
記紀神話の成立は奈良時代で百年くらい間があるわけだけど、おそらく鳥に置き換えていた意義は見失われていたんじゃないかと思うんだよね。
弓を使うとか、山野を飛ぶように移動するとか、天孫族に比べて肌の色が少し黒かったとか、そういうのがあったと思うのだけど。
でも、熊野権現の神使はカラスなので、単純に熊野の神を報じる一族を表すものとして使っている可能性もあるのだけど、今は逆になっていて、熊野の地で神武天皇の道案内をしたからカラスが熊野権現の使いと見られるようになった、と説明されているんだ。
なんとなくだけど、本来的には古代熊野の地にはカラス(必ずしも三本足でない)をシンボルとしていたような先住氏族がいて(トーテム信仰的なものとして自分たちとカラスを重ねていたとか)、それが神武東征を助けた、というのが本筋のような気がするよ。
で、後は後付けで属性が付与され、主従が逆転し、ということじゃないかと。

ちなみに、記紀神話では天孫降臨の後、瓊瓊杵尊と木花開耶姫の間の皇子神である火折尊(山幸彦)は竜神の娘である豊玉姫と婚姻し、神武天皇の父親となる鸕鶿草葺不合尊を設けるわけだよね。
こちらは天孫族が日本列島(というか九州)にやってくる前後にいわゆる「海の民」と同盟を結んで古代日本で勢力を伸ばしていったことを表していると考えられているのだ。
こちらは結婚までしているので、おそらく同一の血族集団をつくるところまで融合していて、道案内をした、ということになっている猿田彦や八咫烏は協力者扱いなんだと思うのだ。
当初の大和政権は絶対王政的な中央集権ではなく、諸王の中の王みたいな、中小国連合の中の盟主みたいな感じだったっぽいので、それを支えた勢力ということなんじゃないかな。

2026/06/13

令和の大伴金村はいるか

 ひさびさに皇室制度関係の話題が大きく報道されているのだ。
というのも、「立法府の総意」という形で、これからの皇統の維持に向けた取組について国会としての賛否が示されたから。
と言いつつ、実際は有識者会議でさんざん議論して、やるとしてもこれくらいしかない、というような安打と思うので、それが飲めるかどうかくらいの世界だとは思うのだけど。
それでも、なんだかんだで日本人は皇室の話題が好きだから、大きく取り上げられるんだよね。

ポイントは二つで、結婚後も女性皇族は皇籍離脱させずに皇族としての身分を残すこと、及び、すでに臣籍降下した元皇族のうち男系の系譜に連なるところから養子を入れることを可能とすること、を了解し、具体策の検討に移ろう、ということ。
前者は主に敬宮愛子内親王の今後のことを想定していて、後者は、秋篠宮悠仁親王以降の皇統の継続の安定性を意識したものなのだ。
女系を認めるべきかどうかは賛否両論なわけだけど、これmでも男系女性天皇は存在していたので、その道をふさがない、ということだよね。
後者については、明治以前は男系の家筋から養子をもらって宮家を維持するみたいな話はやっていたみたい。
御一新後、皇室のルールとして旧皇室典範ができてからできなくなったのだ。
さらに、戦後になって、かなり天皇家とは遠縁になっていた11の宮家が皇籍離脱(臣籍降下)し、明治天皇の男系の子孫のみが皇族に残ったんだよね。
実際には、明治天皇には大正天皇以外皇子がいなかったので、昭和天皇の兄弟、平成天皇の兄弟、今上天皇の兄弟が皇族になっているのだ。

で、今回の方針で養子を迎えるとすると、昭和22年(1947年)に皇族を離れた11の宮家(伏見宮、閑院宮、山階宮、北白川宮、梨本宮、久邇宮、賀陽宮、東伏見宮、朝香宮、竹田宮及び東久邇宮)からということになるんだけど・・・。
実は、男系だけで見ると、600年以上さかのぼらないと現在の皇統につながらない、というほど遠いらしい。
その間、女系ではつながっているので、いわゆる普通の親戚として考えるとそこまで遠くないのだけど。
しかも、皇族で亡くなったのはもう80年も前。
15歳以上の若い男子を養子に、ということだけど、該当者は少ないし、すでに皇族だった記憶のない、普通の一般人として生きてきた家族も多いので(宮中行事には旧皇族として呼ばれることもあったみたいだけど)、なかなかすごい話だよね。

ここで思い出すのは、記紀の時代の皇統断絶の危機の話。
かなり香ばしい事績が多い武烈天皇だけど、皇嗣を設ける前に崩御されたので(数え年で18歳?)、そこでいったん男系の皇統が切れそうになったのだ。
そこに出てくるのが大伴金村。
武系の中止のして古代史で大活躍する豪族(大連)だけど、その最大の功績は、武烈天皇崩御後に、当時越後にいた応神天皇の五世孫にあたる継体天皇を連れて来たこと。
千祖・即位した時点で58歳だったそうだから、全く皇族とは関係ない世界で生きてきた老年に差し掛かった人を天皇に迎えたのだ。
ただし、この継体天皇以降は歴史上実在が確認されている男系皇族で皇統が維持されてきたんだよね。
それ以来の危機があるかも、というわけだ。
で、悠仁親王から見て5世代さかのぼると明治天皇になるので、仮に明治天皇に兄弟がいればその系統に当たるということだけど、うえで書いたように、養子を出す候補に想定されている旧宮家はもっとさかのぼらないと合流しないんだよね。
これはある意味で大変革でもあるわけだ。

男系の万世一系にどこまでの意味を見出すかにもよるのかもしれないけど、それくらい想定しておかないと皇統の維持が厳しくなっているのも事実。
そもそも正室のみで側室を置かなくなったので、子供の数が圧倒的に少ないのだ。
そこを「子をなせ」とプレッシャーをかけるわけにもいかないわけだし、そもそも一般国民の少子化対策もうまくいっていない中で、現在の皇族の枠内だけで男系男子を増やそうとするのはかなりリスキーではあるよね。
最後は多くの人が納得できるようなルールで、ということだと思うけど、立憲君主であり、日本国の象徴でもある天皇家をどう維持していくのかはさらに議論が必要そうなのだ。

2026/06/06

お茶じゃダメなんですか!?

 いまさらなような気もするけど、ごはん食も増えて和食傾向が強くなってきた給食の飲み物として牛乳が合わない、ということで、緑茶に変える自治体が出てきたというニュースを見たのだ。
でも、牛乳って必須じゃなかったんだっけ?
前に調べた記憶をたどると、顎口腔職法施行規則という文部科学省令の中で、給食に3つの定義があって、
①完全給食:給食内容がパン又は米飯(これらに準ずる小麦粉食品、米加工食品その他の食品を含む。)、ミルク及びおかずである給食
②捕食給食:完全給食以外の給食で、給食内容がミルク及びおかず等である給食
③ミルク給食:給食内容がミルクのみである給食
となっていて、どれだろうが全部にミルクが入っていることになっているんだよね。
これをもって、給食には牛乳が不可欠、ということだと思っていたのだけど・・・。

元をたどると、戦後日本の「ララ物資」にさかのぼるのだ。
戦後復興のために様々な救援物資が寄せられたわけだけど、子供たちの栄養状況を改善するため、として脱脂粉乳が含まれていたのだ。
正直当時の人の口に合うものではなかったようだけど、コッペパンとともに学校給食に出されて広まっていくのだ。
これは誰に聞いてもそうだけど、おいしくなかったみたいだね。
で、昭和33年ころから、評判のよくない脱脂粉乳に代えて、国産の牛乳を給食に導入するよう方針が打ち出され、今に至る。
その名残がこの省令の定義の中にもあるわけだけど、いまどき主食がない給食とか、牛乳だけの給食とかはないだろうから、基本はフルセットの完全給食のはずだよね。

一方で、省令での定義はそうなんだけど、学校給食法、その施行令と法令全体の枠組みで見るともう少し違う景色が見えてくるのだ。
この定義がどこで出てくるかというと、学校給食を開始するときに都道府県に届け出ることになっているのだけど、その届出にどの種類の給食なのかを書く際のカテゴリーなんだよね。
なので、現代ではおそらく基本は「完全給食」で届出をされるはず。
で、重要なのは、その後の具体的な献立の決め方なのだ。
「完全給食」で登録している以上は牛乳(又はそれに代わるヨーグルト)が入った献立にしなきゃ、というのが今までの考え方だったようだけど、そこをもっと柔軟に考えているらしい。

学校給食については、文部科学省の方で「学校給食摂取基準」というのが示されていて、学齢ごとにどの栄養をどの程度とるのかの目安が決まっているのだ。
それをもとに市区町村の教育委員会で標準献立というのを作り、それを各学校や給食センターでアレンジして献立を組み立てる流れ。
で、牛乳を入れるとタンパク質とカルシウムががっつりとれるのでかなり楽になるのだけど、同じだけ他の食材でこれらの栄養素がとれればよい、という運用で考えているみたい。
とはいえ、総カロリー数が決まっている中、価格制約もあるのでけっこう難しいみたい。
タンパク質は豆腐やその加工品でけっこう補えるとは思うけど、問題はカルシウムだよね。
牛乳ほど効率よくはとれないので、じゃこや小魚を加えるなどの工夫をするらしいけど、月に数日くらい牛乳のない日を作るのがせいいっぱいくらい。
まさかサプリメントの錠剤を出すわけにもいかないだろうしね。

脱脂粉乳はおいしくないとはいうけど、ただ水にといて飲むからおいしくないんだよね。
米国留学中はシリアルにスキムミルク(無脂肪乳)をかけて食べていたけど、そこまでおいしくないという印象はなかったんだよね。
やっぱりいったん水分を飛ばして粉にして、それをもう一度水にとくのでおいしくないのだ。
温めてとかすので、アルマイトの容器に入った脱脂粉乳(温)は表面に膜が張っていたとかいうよね。
お菓子なんかの材料で使われる脱脂粉乳はいわゆる「ミルク感」を出す良い素材で、悪印象はないんだよなぁ。
使い方次第ということだね。

ちなみに、子供たちがたいてい好きなカルピスは、生乳からクリームを除いた無脂肪乳を独特の乳酸菌で発酵させたもの。
脂肪をあえて取り除いているから、乳酸菌発酵の酸味と相まってすっきりした飲み口なんだよね。
この頃はクリームを発酵させた濃厚カルピスも見かけるけど、こっちは確かにねっとりと濃い感じなのだなお、。
取り除いたクリームからは高級バターとして知られるカルピスバターが作られるんだけど、こっちが副産物。
もともとは業務用で使われていたものだそうだよ。

2026/05/30

風と熱と

 いよいよじめじめしてきたのだ・・・。
からっとしているとまだ過ごしやすいけど、湿度が高く成るだkで一気に不快指数が上がるね。
もうすぐ梅雨入りか。
そんなときに大事なのが衣類乾燥機能。
ボクが子供のころはコインランドリーの乾燥機ほぼ一択だったけど、家庭用の乾燥機もあるし、浴室乾燥機もあるし、部屋干し+サーキュレータというのもあるし、洗濯だけに選択肢が増えているのだ。

個人的には天日干しが一部案ふわふわでしっかり乾く気がするけど、最近のテクノロジーはなめてはいけないよね。
けっこう電気代は食うとは言うけど、家庭用の衣類乾燥機はけっこう優秀なようなのだ。
でも、やっぱり服の繊維は傷みやすくなるんだよね。
どのみち高級品はクリーニングに出すから、ファストファッションとかのターンのーバーの早い奴ならよいのかも。
いつでも好きな時間に乾かせるのは大きいよね。

その対極にあるのが普通の部屋干し。
ひたすら水分が蒸発するのを待つだけだけど、サーキュレータと組み合わせてあげると、洗濯物周辺に滞留する水蒸気がなくなるので少しだけ乾燥が早くなるのだ。
もともと干す段階で風が通るようにすき間をあけてあげるだけでもけっこう乾きが違うんだよね。
それでも、日本はもともと湿度が高いからなかなか難しいところはあるけどね。
でも、パリに住んでいるときに実感したのは、欧州は普通に部屋干しでばっきばきに乾くほどの乾燥具合なんだよね。
パリは景観保護のために洗濯物の外星ができないので、どうしても部屋干しになるんだけど、なぜか2~3時間で殻っからに乾くんだよね。
最初はおどろいた。


我が家の場合はその中間にあたる浴室乾燥機を利用。
昼間家に誰もいないので、さすがに外に干しておけないのだ。
ただの部屋干しだと乾くのに当然時間がかかるし、においなんかも出るしだけど、こっちならそのあたりはだいぶ解消されるからね。
それに普段から浴室乾燥を使っているとお風呂場のカビ対策にもなるのだ。
電気代はかかるというけど、衣類乾燥機ほどではないのだ。

この浴室乾燥の原理は単純で、温風で温度を上げつつ、換気機能で蒸発した水蒸気を逃がしていく。
天日干しの太陽の熱で温めて、風が洗濯物のまわりの水蒸気を飛ばしていく、というのと同じなんだけど、閉鎖空間というところが大きく違うのだ。
つまり、温度だけ上げても水蒸気が抜けていかなければ湿度が上がっていってだんだん水分が蒸発していかなくなるのだ。
なので喚起するんだけど、換気が強すぎると熱も逃げてしまう。
そのバランスが大事なわけだね。

最近、我が家の浴室乾燥はちょっと能力が落ちている気がするんだよね。
つまり、温風か換気のどっちかがいまいちなんだと思うんだけど、普通に浴室暖房は機能しているようなのだ、おそらく換気が弱っていると思うんだよね。
フィルターが目詰まりしていると換気が弱まるのでそれも疑ったんだけど、そこは大丈夫だった。
ま、経年劣化的なものかもしれないのだけど。
いまはとりあえずタイマーの時間を長めに設定するようにしているのだ。

で、最近さらに便利になってきているのがコインランドリー。
洗濯機も官隙も大型になって、家では洗えない布団や毛布を選択・乾燥できるようになったんだよね。
スマホアプリで空き状況も確認できたりするし。
かなり高機能化しているのだ。
見た目もおしゃれになってきているし、無料WiFiがあるところもあるよね。
これから梅雨時になるとどうしても洗濯物が乾かないので、こういう選択肢を駆使して、洗濯にいそしむ必要があるのだ(笑)

2026/05/23

容赦なく重い

 栃木県で起こった強盗殺人事件が衝撃的だったのだ。
トクリュウ案件なわけだけど、16歳の少年がバールのようなものでめった刺し・・・。
話を聞いていてかんり残虐性が高い事件なんだよね。
で、本来的には「強盗殺人」になると「死刑又は無期拘禁刑」になるのだけど、それが少年法で「割引」されるのか、などが話題になっているわけだよね。
最後は司法で決することだけど、ネットであふれている意見では「悪質なのできちんと報いを受けるべき」という感じで、少年法で保護しても構成できないのであないか、という見方のよう。
それはそれとして、いわゆる少年法によって刑事罰がどうなるか自分でもよくわかっていなかったので、ちょっと調べてみたよ。

まずは刑法で量刑の重さの確認。
刑法上最も重い刑罰になっているのは81条に規定されている「外観誘致」で「外国と通謀して日本国に対し武力を行使させた者は、死刑に処する」なので、死刑しか選択肢がないのだ。
ギルティ=死刑ということだよ。
これに次ぐのが「強盗殺人」なんかも該当する「死刑又は無期拘禁刑」というやつで、死刑にはしないまでも刑務所からは出さない、というもの。
これに該当するのは、77条の内乱罪(首謀者)、126条の汽車転覆等致死(鉄道などを脱線させて人を死なせる)、240条の強盗殺人(強盗致傷なら無期又は六年以上の拘禁刑)、241条の強盗・不同意性交等致死(強盗したうえで暴行もして死なせた場合)の4つのみ。
強盗致死というのはそれほど「悪い犯罪」という扱いなのだ。

刑法第14条の規定で刑の軽減について限度が定められていて、いわゆる情状酌量により刑を減じる場合も「死刑又は無期拘禁刑」の場合は30年の拘禁刑までしか軽減できないよ。
で、その軽減する場合は、「強盗殺人」だったのか、「強盗致死」だったのかが問題になるわけ。
「強盗殺人」と「強盗致死」の違いは、最初から殺意を持って殺そうとしている場合は「強盗殺人」、殺そうとは思っていなくても強盗行為の間にけけがをさせて結果的にその人がなくなった場合が「強盗致死」になるのだ(けがしただけなら「強盗致傷」)。
なので、裁判においては殺してから金品なりを奪おうとしていたのか、金のありかをはかせるために暴力をふるった結果なくなってしまったのか、というところを認定することが必要なんだよね。
さすがにバールでめった刺しっていうのは「殺意がなかった」とは言えないのではないか、ということで、今回は「強盗殺人」だよね、という雰囲気になっているんだよね。

20歳以上の大人だとこれだけなだけど、今回は実行犯1が6歳の少年ということで少年法が入る込んでくるのだ。
すでに成人年齢は18歳になっているけど、少年法でいう少年は「20歳未満のもの」と定義されているんだよね。
それだけだと成人年齢の見直しとずれてきていますので、改正少年法により18歳以上20歳未満は「特定少年」としてまた別の扱いをすることになったのだ。
少年ほどは守られないけど、「更生の余地」という観点で少しだけ20歳以上の人の場合よりは守られる仕組みなのだ。
ただし、「光母子殺人事件」を契機として、刑事責任をどこまで取らせるべきかはずっと議論されてきていて、現在の少年法では、18歳未満の「少年」は死刑はなし、無期拘禁刑も10~20年の拘禁刑にすることができる、という形で「割引」があるんだよね。
ただし、18歳以上の「特定少年」にはこの規定が適用されないので、成年年齢であれば刑事罰はきちんと負わせる、という形になっているよ。

今回は16歳なので死刑判決はないのだけど、刑法どおりの無期拘禁刑になるのか、少年法適用でそれが軽減されるのかがポイント。
少年法での軽減措置は「できる」規定なので、十分に更生の余地あり、将来ある少年に過度の刑を科すべきではない、と認められれば有期の拘禁刑になるわけ。
どうもアルバイト代は10万円だったみたいな報道もあるけど、それくらいの金額で人生を棒に振るような犯罪を犯してしまうんだね。
しかも、あんまりためらいなくやっているみたいだし、どう結論を出すことやら。

2026/05/16

電気のセーフティーネット

 職場で懸念事項が出てきたらしいのだ。
それは、電気代の高騰。
どうも、コンペでいわゆる「新電力」が勝ってそこから電気を買っているみたいなんだけど。
そういう会社って自前の発電所を持っていることは少なく、契約やマーケット(卸電力取引所)で調達してくるので、燃料費高騰の影響をもろに受けるんだよね。
で、総低硫黄の値上げになるかもしれない、ってことで心配し始めたわけ。
そういえば、ちょっと前にも新電力の電気料金が高くなりすぎて、みたいな話があったよね。

戦後の電力供給は地域独占体制だったんだよね。
東京電力とか関西電力とか、供給区域ごとに電力会社(一般電気事業者)がいて、独占的に電気の供給を行っていたのだ。
その代わり、その料金の改定は国の認可が必要な規制料金だったのだ。
今の鉄道事業の料金とかと同じだよ。
で、先に電話(電気通信事業)の方が自由化され、電力も一部自由化、全面自由化と規制緩和されてきたのだ。
今では一般家庭も自由化対象範囲なので、いわゆるむかしながらの電力会社だけでなく、新電力と呼ばれる電気の小売事業者からも買えるようになったんだよね。
最近はポイントプログラムや他のライフラインととのセット割とかでいろんなメニューがあるよね。

で、最初期は大口の顧客(需要家)が自由化対象範囲になったのだ。
具体的に言うと、特別高圧受電(20,000V以上)の人たちで、大規模工場や大型公共施設なんか。
配電設備を介さず、自前で受電設備・変電設備を用意して送電線から直接電気を引き込むのだ。
この自由化の時に導入されたセーフティーネットが最終保障供給(ラストリゾート)という概念。
いわゆうる「電力難民」にならないように、必ずどこかからは電気が買えるようにするための措置だよ。
当時は新規参入者(特定規模電気事業者:PPS)が何らかの事由で電気の救急ができなくなった場合、一時的な話であればまだ規制部門では供給独占が残っていた電力会社がバックアップ電力供給というので補填するとともに、もう電気の供給ができない場合(倒産、事業の撤退など)は電力会社があらかじめ用意する最終保障供給という少し割高の料金プランで契約することになっていたんだ。
国が独占を認めるということは、逆に言うと、正当な理由がなければ供給依頼を断ってはいけないといこと(=供給義務)で、まだ規制部門が残っていたので自由化部門も含めて電力会社に責務を持ってもらっていたのだ。

で、自由化範囲が拡大してくと、ちょっと様相が変わってくるよ。
6,000V以上の受電の高圧受電の場合(大型スーパーや百貨店、小規模工場など)は基本的には特別高圧と同じように最終保障供給という形態になっているのだ。
こういう大口の電気の消費者の場合、しっかり電気の供給力を確保した事業者でないと対応できないんだけど、そういう事業者はどうしても数が限られてくるので、最悪どの新電力も対応できなくなる場合も想定する必要性が大きいから。
なお、これはあくまでも次の契約先が見つかるまでの臨時措置という位置づけなので、数か月から1年以内と契約期間が限定されているよ。
一方で、200V以下の低圧や従量電灯と呼ばれる一般家庭や小規模商店向けの場合、新電力にもともと法律上課せられている救急力確保義務の範囲でなんとかなるはずなので、最終保障供給の対象外になっているんだ。
では、どうするかというと、電気事業法の改正法の附則で「当面の間」の経過措置として用意されている特定小売供給というのを使うのだ。
これは自由化前の規制料金とほぼほぼ同じ料金の作り方で算出するもので、旧規制料金とも呼ばれるよ。
燃料需給制度による料金の上り幅に上限があったりして料金が爆上がりすることがない一方、ポイント還元やガス供給とのセット割とかそういうのはないのだ。
最終保障供給はわざと市場価格に比べて割高に設定することで次の契約先を早く見つけるように誘導しているのだけど、こっちは従前と同様に国の認可を受けた料金なので、割高感はなくて、総括原価方式で、電気供給にかかるコストに効率化係数をかけて利益を定率でのせたものだよ。

で、うちの職場はわりと大口の契約なので、新電力との料金値上げの調整が不調で契約が破棄されてしまったりすると、最悪最終保障供給になるかもしれないんだよね。
ボクは担当じゃないんだけど、電気料金の話が好きなので、ちょっと自分で調べてみたのだ。
でも、あまりにも大幅な値上げだと最終保障供給の方がやすくこともあるみたいだから、しばらくそれで泳いで、次の契約先を見つけるのでもいいような気がしてきたな。

2026/05/09

とうもころしこ

 タコスってはやり始めてる?
テレビでもよく見るようになったし、スーパーにも前はあまり見かけなかったタコスセットが並んでいる。
これから暑くなる季節に向けてはいいよね。
でも、確か米国発のタコスのファストフードはいまいちはやんないんだよな・・・。
かっちかちのハードタコが主体だからかもだけど。

ここで気になっているのが、スーパーなどで売っているタコスの「がわ」はほぼすべえ小麦粉で作られた「フラワー・トルティーヤ」であること。
タコスの「がわ」ってトウモロコシ粉から作るんじゃないの?
って、調べてみたら、もともと中南米で伝統的に食べられていたのはトウモロコシを使った薄焼きパンなんだけど、北米に行っててクス・メクス料理になると小麦粉が使われ始めるみたい。
で、小麦粉で作った「がわ」の方がふわふわで万人受けするので、タコス後進国日本ではほぼそっちしかないみたいだ。
ちなみに、米国のかりっかりのハードタコはトウモロコシを使たもので、これに対比させてソフトタコと呼ばれるようになった時、よりふわふわ感、しっとり感が重要視されるようになったようなのだ。
トウモロコシで作るとごわごわだからね。

日本でのトウモロコシの食べ方の主流はスイートコーンなので、ゆでたり、蒸したり、焼いたりして食べるイメージだけど、これは甘みの多い品種を未成熟のまま収穫したもの。
本来的にはトウモロコシも穀類に分類されるもので、完熟状態ではかっちかちになるのだ。
そう、煎る前にポップコーンのような状態。
で、これを砕いて食べるのだけど・・・。
実はそのまま食べるのだとダメなのだ(>o<)

トウモロコシの実は、でんぷん質が多いだけでなく食物繊維も豊富で、各種ビタミンやミネラルも多い、栄養価の高いものなんだけど、必須アミノ酸のトリプトファンが少ないという欠点があるのだ。
ビタミンB3であるナイアシンはトリプトファンから作られるので、そのままだとビタミンB3欠乏症=ペラグラという重症の皮膚炎になってしまうのだ。
なので、中南米では伝統的にトウモロコシ粉を石灰水などでアルカリ処理し、リシンやトリプトファンといった必須アミノ酸の吸収をしやすくなる加工(ニシュタマリゼーション)をしていたんだって。
アルカリ性環境下で粒のまま煮て、そのまま冷ましてから煮汁を捨てるんだって。
これも生活の知恵だね。
最初にスペインが欧州にトウモロコシを持ち帰ったとき、これを知らなかったのでペラグラが広まったそうだよ。
通常の食物ではトリプトファンが少ないということはあまりないから、最初はなんだかわからなかっただろうね・・・。
ちなみに、ナイアシンが豊富な食べ物はカツオ、サバ、ブリ、イワシ、マグロ、鶏ささみ、レバー、豆類らしいから、これらと一緒ならトウモロコシをそのまま食べ続けても大丈夫な、はず。

で、このアルカリ処理にはトリプトファンの吸収をよくする以外にも効能があって、小麦よりさらに硬いトウモロコシが軟質化し、かつ、粘りも出てくるんだって。
これにより、生地を薄く広げて焼くトルティーヤが作れるようになるのだ。
逆に、アルカリ処理をしない場合はぼそぼそでそのままではトルティーヤにできないので、「つなぎ」で小麦粉を入れるらしいよ。
二八そばみたいなものだね。
で、トウモロコシ粉もそのものは白い粉なんだけど、アルカリ処理して焼くからうっすら黄色くなるのだ。
これは中華麺がかん水の作用で黄色くなるのと同じ。
ちなみに、あらかじめアルカリ処理したトウモロコシ粉も売っているとのことなので、家庭で水に溶いて焼くだけにできるよ。

で、この薄焼きパンがなぜトルティーヤなのか?
もともとトルティージャ(スペイン語読み)はスペイン風の丸いオムレツ。
それに形が似ているからそう呼ぶというのだけど・・・
月とすっぽんみたいな話だ(笑)

2026/05/02

おこめパワー

 江戸末期から明治くらいにかけての白黒写真っておもしろいよね。
新選組副長の土方歳三がめちゃくちゃ男前だったり。
芸者さん(花魁?)の写真を見ても今に通じるような美人がいるのだ。
で、そんな中で特に目を引くのが、飛脚や大工などの体を使う人たちの体つき。
背は高くなさそうだけど、ものすっごくマッチョなのだ。
筋肉隆々で、ふんどし一丁だったりするので、そのままボディビル大会みたい(笑)
でも、江戸時代って肉はほとんど食べないし、魚もたまに食べる程度、とにかくお米をひたすら食べているイメージがあるんだけど・・・。

調べてみると、現代人と比べてしっかりタンパク質は獲れていたようなのだ。
江戸時代の人たちは1日平均で3~5合のお米を食べていて(塩辛いおかzで大量のごはんを食べるスタイル)、白米を食べていた江戸市中で見ても、お米からのタンパク質だけでけっこうあるのだ。
炊きあがった白米100gあたりに含まれるたんぱく質は2.8gくらい。
1合は炊き上がりで330gになるから、28~46gくらい。
それに大豆加工品(みそ、しょうゆ、豆腐、納豆などなど)を加えると、下手な現代人よりきちんととれている計算になるよね。
農村部だと玄米になって、さらに「かて飯」と言って麦や豆などを一緒に炊き込むのだけど、その場合はもう少しタンパク質量が増えるのだ。
百姓仕事もほぼほぼ人力でやっていたから、そちらもかなりのマッチョだったわけだ。

加えて、このころは油は貴重なものだし、とにかく体を動かしてカロリーも消費しているので、一般にはあまり脂肪はついていないのだ。
むしろ、太っているのはお金持ちの証拠、みたいな。
なので、余計に筋肉が浮き出るわけだよね。
ナチュラルに生活しているだけで、筋トレして、糖質とタンパク質をたっぷりとって、脂肪は少なめで、とボディビルダーのような感じなのだ。
そりゃあマッチョになるか。

地域の米の生産力を表す単位が「石高」だけど、1石は10斗=100升=1,000合で、人が1年で消費する米の量というイメージなのだ。
この計算の場合、1日3合計算で360日分として1,080合ということだよ。
加賀100万石というのは、100万人分の年間米消費量を生産できるという意味。
当時は貨幣機材も進んでいるけど、米本位の経済なので大事な指標なのだ。
ただし、実質石高と名目石高というのがあって、実際には米以外の農作物(=そばや麦など)もあるので、実質的な食料生産能力はより大きくなる場合うもあるし、気候や水利の関係で水田の広さに比べて米の収量が低いところもあって生産力が実はそんなに高くない場合もあるんだよね。
そういうのが実質石高というもの。
でも、大名・旗本としての役割を振られるときはあくまでも名目石高で課されるので、余裕でこなせるところと、赤を出しながらなんとかやるところと地域差があったようなのだ。

この「石高」というのは基本は取りに連動していて、拝領地の生産力を表すもの。
そうではなくて、俸禄として米の現物支給を受けている場合(御家人など)は、別の指標で給与を表していたんだよね。
それが「〇俵〇人扶持」というもの。
時代劇に出てくる町方の同心とか与力はまさにそういう給与形態なのだ。
「俵」は字のとおり「たわら」なんだけど、これもやはり1年間に一人の人間が消費する米の量を表しているのだ。
各藩で換算は違うようだけど、幕府の場合、御天領は「四公六民」なので、1石当たり4斗の税収(年貢米)があり、それを精米すると3斗5升になって、それが蔵米(税収として入ってきた現物の米)の1俵になるんだって。
一人扶持というのはこの蔵米5俵のことなので、知行地としては5石に相当するのだ。
全体を換算すると、知行取り100石=蔵米100俵=現米35石=20人扶持=35両ということだよ。
最初に出てくる「石」は生産力の方の単位の「石」で3つ目に出てくる「石」は単純に米の量の単位の「石」(「合」の千倍)というのがややこしいのだ。
給与として支払われる方は現物換算なんだよね。

これで単純に計算すると、将軍直轄の天領は約400万石なので、80万人扶持ということになるよね。
実際には御家人は2万人弱で、知行地を渡している旗本はこれとは別に300万石ほどの石高を持っていたんだよね。
そうすると、78万人扶持=78万両くらいの規模が江戸幕府の裁量経費として使えることになるけど、1両は10万円くらいの価値だから、780億円ほどということかな。
国家財政規模としてはかなりこころもとないけど、各藩は独自に地方自治をしていたし、大規模な土木工事などは大名に普請させていたりしていたわけだからこんなものなんだろうか?

2026/04/25

き、び、だ~ん

 スーパーで売っていて、なんだか懐かしくて買ってしまったのだ。
駄菓子のきびだんご。
なんか茶色い長細い餅菓子で、オブラートに包まれているんだよね。
基本的にはボンタンアメが大きくなったようなものだけど、かんきつの風味はな甘いだけのもの。
子供のころは30円くらいで買っていた気がするけど、今は60円だったのだ。
それはそれとして、きびだんごってこういうものなんだっけ?

岡山名物として売られている吉備団子はうるち米の粉を水飴で練って作った求肥のお菓子。
きな粉がまぶされているけど、ものによっては穀物のキビの粉で風味付けをしているというけど、それは見たことないな。
ま、普通に「すあま」の仲間だよね。
水あめで練ることで保水力が高まるの絵常温でしばらく置いておいても硬くならないのだ。
焼くと香ばしいかな?、と思ってオーブントースターであたためようおすると、でろんでろんにとろけちゃうよ。
で、桃太郎が犬・猿・雉に与えたのってこれなんだっけ?

どうも、米粉で作るきびだんごは江戸時代の後期に発明されたものらしい。
穀物のキビ(黍)と岡山周辺の古い地方名の吉備をかけて「吉備団子」としたみたい。
なので、キビで作った黍団子とは違うのだ。
おそらく最初期はキビを少し混ぜて風味付けくらいはしたかもしれないけど。
桃太郎の話の起源には諸説あるけど、どれにしても明らかに江戸時代より前の話なので、おじいさんとおばあさんが作ったのはキビの団子の方だよ。

キビは、雑穀として健康食品の中に入っていたりするけど、それと鳥の餌以外ではあまり見かけることのなくなった穀物。
そのむかしは、荒れた土地で水が少なくても短時間で栽培できる穀物だったので重要な農作物。
夏にまけば秋には収穫できるので、稲の生育がいまいちだな、と思って時点で追加で栽培を始めることもできるのだ。
とはいえ、その生命力の強さから雑草としても広まっているとか。
今ではあまり食べなくなってきているから余計にね・・・。

手がかからずに育てられる穀物ということで古代においては重要度が特に高く、特に古代中国では祭祀には黍(もちきび)と稷(うるちきび)が重要な役割を持っていたらしいのだ。
「社稷( 古代中国で、天子や諸侯が祭った土地の神=社と五穀の神=稷)」という言葉にも表れているけど、古代中国では祭壇に黍から作った黄色い色のついたお酒を供えていたらしいよ。
その後、南方で稲(米)の栽培が盛んになると、米の方が味がよいこともあってそれが穀物の第一位になるようなのだ。
でも、中国の戦国時代より前(夏殷周の三代)、孔子の時代にはまだキビは重要な穀物扱いだったそうだよ。

で、どうやって食べるかと言えば、粒のまま粥にして食べる、粉にしてから生地にする、発酵させて酒にするなどの使い道があるのだ。
日本の場合は農業の開始=稲作なので、米と一緒に炊く「雑穀米」のような食べ方が多かったみたい。
2割ほど米に混ぜて炊くと甘みと独特のほろ苦さが出てそれなりにおいしいのだとか。
桃太郎の吉備団子は、粉にしたキビを水や湯で練って丸めたもので、黄色い色の団子だったようだよ。
米より甘みが強いし、昔のことなので、砂糖の灰っていない自然な甘さ、のはず。
これはちょっと食べてみたいかも。

現代では、動物用の飼料のほか、雑穀米に少し入っていたり、焼酎の原料になったりしているみたい。
穀物としてのスペックは高そうだからもっと活躍できそうな気はするけど、どうなんだろう?
スーパーフードと言われるアマランサスに比べると少し見劣りするのかな?
日本でいまいちマイナーできたのは、麦であれば秋に播いて春に収穫できるので米の裏作で二毛作ができるし、そばだと秋そばや春そばなど甘利季節を選ばずに栽培できるけど、キビだとどうしても米と栽培・収穫時期がかぶるからなんだよね。
とにかくどこでも米を作ろうと執心してきたのが日本の農業の歴史だからね。

2026/04/18

明けない夜はない

 テレビの「マツコの知らない世界」を見ていたら、地獄について研究している人が開設していたのだ。
何の気なしに見ていたんだけど、そこでの説明に思わず聞き入ってしまった。
それは、仏教の地獄は兆年オーダーで刑期があるけど終わりがあるのに対し、キリスト教の地獄は永遠に続くもので終わりがない、という説明。
え、そうだったんだ!
生前罪を犯した人が攻め苦しめられるという点でだいたい同じような感じで、洋風化和風のテイストの違いかと思っていたよ。

日本でいう仏教の地獄は大陸伝来のものが日本で仏教が布教される際にさらに少しアレンジされたもの。
もともとインドの土着的な信仰(ヒンドゥー教)が土台にあって、そこに中国の道教の影響が入り、最後に和風に、ということなんだよね。
で、どうした出来上がった地獄観はすごくて、いわゆる八大地獄というのがあって、罪の重さで地獄の責め苦の苛烈さも変わる、というもの。
ずっと殺し合いを続けるとか、ずっと融けた金属を飲まされるとか、針の山を登らされ、血の池に沈められるとか。
そういう「地獄絵図」というのイメージ化したものまであって、仏教を信仰し、善行を積まないと地獄に落ちるわよ、と脅していたわけだね。
一般に「北風」政策と「太陽」政策だと「太陽」政策で看過した方がよいと言われるけど、宗教に傾倒するときはどうしても精神的に弱っているときなので、こういう脅しの方がいいみたい。
南無阿弥陀仏と唱えれば阿弥陀如来の自費で極楽浄土へ行ける、というよりも、もともとの罪悪感にも訴えつつ、ウソついたりモノを盗んだりすると地獄の責め苦を受けるよ、という方が効くようなのだ。

で、この地獄の責め苦は兆年のオーダーで続くらしいんだよね。
どもそも地獄の底に落ちるのに二千年かかるとかいう話もあるし・・・。
どうも、地獄での一日というのがこの世で言うともっと長い時間に相当するようで、それ計算式に当てはめるとそうなるみたい。
そもそも弥勒菩薩がやってくるのは釈迦の入滅後五十六億七千万年後とかいう時間間隔だから、それより桁二つ、三つ大きい、というくらいの価格なんでしょう。
それでもすごいことになっているけど。

では、なぜ終わりが想定されるか?
神道の世界だと、もともとこの世(=現世)とあの世(=常世)は連続的な世界だったけど、伊弉諾尊が黄泉の国との間にある黄泉比良坂に道返しの大岩を置いて分断したことになっているのだ。
それで、死んだ人は一方通行で黄泉の国に行って、戻っては来ないんだよね。
行った先でどうなっているかはわからないけど、伊弉冉尊がそこにいたことを踏まえると、なんらあの形で存在していると思っていたんだろうなぁ。
ただし、実際に肉体を保持したままだと、妖怪ハンターの「生命の樹」に出てくる「いんへるの」のように間人電車のごとく人が詰まってしまうから、体積を持たない、例的な存在なんだと思うけど。
それはさておき、この考えだと戻ってこないから地獄の責め苦も永久に続いていいはずなのだ。

ところが、インドの死生観は「輪廻転生」であり、死んでは生まれ変わるというサイクルを繰り返す、というのが基本。
ここから永久に解脱することが仏教の目的なわけだけど、仮に永遠に続く地獄を想定してしまうと、デッドエンドに入ってそこに永久につかまる=形式上は輪廻転生から外れる、ということになるんだよね。
それだとまずい(のかどうかはよくわからないけど)、ということで、はるか先の未来では輪廻の輪に戻ることになるのだ。
それが兆年オーダーというほぼほぼ無限に思えるような有限の期限になるわけだね。
で、地獄に落ちた後も、地蔵菩薩による隙があったりと救済のシステムがあるのだ。
しょせんは地獄も輪廻転生の輪の一部でしかないので、たとえいったん抜けてもまた落ちるかもしれないわけで、そこから逃れることこそが好きになわけだね。
でも、最後に必ず救われる道は残されているのだ。

一方、キリスト教的な地獄は一方通行。
一般的には、地獄の門の前に十二支との筆頭のペトロがいて、天国に行ける人リストを確認して、OKの人だけ通す、という運用。
その他の人はいわば地獄行き、しかも、片道・・・。
仏教的な地獄は閻魔大王などによる裁判というか審査というか、そういうのがあって行先が決まるけど、すでに死んだ時点で神の最低で天国に行ける人とそうでないとが振り分け済みなんだよね。
それが唯一の万能神というものか。
ということは、生前に天国にけるよう努力をしないといけないわけで、そういうのが「免罪符」みたいな発想になっていくんだよね。
だって、一度地獄域になったらそれで終わりだから。

でもでも、カトリックだと多少構成の道が残されているのだ。
それがダンテの「神曲」にも出てくる、天国と地獄の中間の煉獄というところ。
地獄に落ちたら一巻の終わりなんだけど、煉獄の場合は長い時間かけて構成すれば天国まで至れるのだ。
で、こっちの世界では、天国も永遠に続くので、そこまでいてしまえばあとは安泰なんだよね。
ただし、実はキリスト教成立前に亡くなった人で、地獄行きほどの悪さはしていないような人は、地獄の手前の辺獄というところに永久に拘束されるのだ・・・。
キリスト教に帰依していない限り天国への道は開かれないらしい。
いずれにしても、なんだかシビアな世界なのだ。

2026/04/11

日差しは夏並

 春は三寒四温とは言うけど、すでに4月にして夏日になったりしている。
可と思えば、かなり寒い日もまだ残っている。
体調を崩しやすい季節なんだよね。
でも、その中でも特にきつかったのは、晴れていて日差しは強いけど、北風が冷たかった日。
日向の日光はじりじり来るくらいの厚さなんだけど、風がとにかく冷たくて。
でも、日本の春の日差しってこんなに強かったっけ?

調べてみると、実は春になると日差しはかなり強くなっているのだ。
紫外線なんかではよく言われるけど、夏の最盛期に比べても7~8割くらいの強さになっているらしい。
冬至が底辺で夏至がてっぺんとしても半分を超えたくらいじゃ、って感覚なんだけど、そうではないのだ。
太陽の南中高度の季節変化は線形で一次関数的な変化なんだけど、その南中高度の変化に伴う太陽光の減衰の変化はそんな単純な変化ではないというわけ。



地球は十分に起き糸仮定して、地面も大気層も水平という仮定を置いて簡単に模式図を書くと、太陽光が地面に届くまでに通ってくる大気中の距離(光路)は、南中時の仰角をx(ラジアン)とすると、大気層の厚さに対し、1/cos(π/2-x)倍、すなわち、1/sin(x)倍の長さになるのだ。
それをπ/2、つまり90°までプロットしたグラフで見てみると、東京における、冬至、春分・秋分、夏至の南中高度はそれぞれ、

 冬至:    31.6°(ラジアンでは0.55)
 春分・秋分: 55.0°(ラジアンでは0.96)
 夏至:    78.4°(ラジアンでは1.37)

になるのだ。
で、実際に曲線状の位置を確かめてみると、冬至から春分に向かうときは変化率が大きく(微分したときの傾きが大きく)、春分から夏至に向かうときはにぶってくるのがわかるのだ。
実際に光路の模式図を見ても冬至と春分、春分と夏至で長さの変化の違いがわかるよね。

つまり、何が言いたいかというと、春分を過ぎて春から夏に向けて太陽光が大気層を通ってくる光路の長さはそこまで大きく変化しないのだ。
太陽光の減衰(散乱や吸収)は当然のことながら光路の長さに比例するので、減衰の変化率もこのグラフと同じようになるわけ。
春先にぐっと日差しが強まるとそこからずっと強い状態が続くことになるというわけだ。

ちなみに、日本より緯度が高いパリの場合、南中高度は、

 冬至:    17.8°(ラジアンでは0.31)
 春分・秋分: 41.2°(ラジアンでは0.72)
 夏至:    64.6°(ラジアンでは1.13)

なので、東京の場合よりこのグラフの左側にシフトするよ。
そうなると、季節変化はより大きくなるわえで、冬から春にかけてはかなりの差があるのだ。
また、春から夏にかけてもけこう落差があることがわかるよ。
ちなみに、南中高度はだいぶ異なるけど、東京都パリで夏至の光路の長さはほとんど変わらないんだよね。
逆に当時は差が大きいけど。
つまり、夏の日差しは高緯度地域でもそこまで弱くならず、冬は高緯度地域は日差しが弱いということなのだ。
またm¥、緯度が低い地域の方が当時と夏至の高度差が小さくなるので、つまり、日差しの強さの季節変化も小さくなるのだ。
つまり、熱帯に近づけば四季の変化は小さくなっていくというのとも整合しているよね。