2013/05/25

そのままの色で

最近は自然派志向が増えてきて、天然色素使用とか、草木染めとか、合成染料を使わないものをよく見かけるようになったのだ。
で、これは色のついたものだけでなく、「白」でもそうなんだよね。
漂白して不自然に白くすることなく、もとの素材の白さを活かすのだ。
木綿だと、オーガニックコットンをよく見かけるようになったよ。
栽培するときに有機肥料しか使わず、加工するときにも人工の漂白剤なんかを使わず、ちょっと黄色みがかった色をしているのだ。
これを「生成(きなり)」と言うんだよね。

現在の真っ白な木綿は、水酸化ナトリウム(苛性ソーダ)で脱脂しつつ、次亜塩素酸ナトリウム(さらし粉)で漂白をしているのだ。
これで吸水性がよく、真っ白な繊維ができるわけ。
でも、これは明治期以降に導入された西洋式のやり方で、江戸時代までの日本では別のやり方をしていたのだ。
それが「和晒し」と呼ばれるもの。

日本では、麻や木綿、繊維をほぐし、糸によってから布にした後、灰汁で煮て、水にさらしてから天日にさらしたのだ。
灰汁は木灰や藁灰を水に浸したものの上澄み液で、炭酸カリウムを主成分とするアルカリ性の溶液。
これで煮ることで繊維についている油脂が鹸化されて水に溶けるようになるし、油脂が鹸化されると石けん(界面活性剤)ができることになるので洗浄効果もあるのだ!
これをよく水にさらしてから天日干しにするんだ。

天日干しにする理由は、可視光や紫外線によって繊維の中にある色素を分解するため。
植物性の繊維の場合、含まれている色素はポリフェノール系なので、紫外線を当ててやると酸化分解され、低分子になって水に溶けるようになるのだ。
カレーによる黄色いシミはターメリックに含まれるクルクミンという黄色い色素だけど、これもポリフェノールの一種なので、紫外線で分解されるのだ。
なので、カレーのシミは染み抜きをしなくても、選択してなんどか天日干しをして上げるといつの間にか白くなっているんだよ。
木材が白茶けたり、天然色素が退色するのはたいていポリフェノール系の色素が分解されてしまうからなのだ・・・。
太陽の力ってすごい!
(なので、よい染めの着物なんかは直射日光に当てずに陰干しにするんだよ。)

というわけで、むかしながらのやり方だと、川の近くなどに作業場があって、長い木綿の布が川の水にさらされ、その後陸上で干されたのだ。
調布の布多天神には万葉集の歌碑があるけど、「たまがわに さらすてづくり さらさらに なんぞこのこの ここだかなしき」という東歌はまさに多摩川で「晒し」が行われている様子を詠んでいるのだ。
もう奈良時代には天日による漂白をしていたっていうことだよね。
ただ、この方法じゃ大量生産ができないので、西洋式のさらし粉を使って化学的に漂白される方法が主流になってしまうのだ(>o<)
「生成」の場合は漂白前の状態なので、もう少し黄褐色なんだけどね。

「生成」はエクリュを訳するときに作られた言葉だけど、そのまま導入された言葉もあるのだ。
それはベージュ。
もともとは羊毛の漂白前の色を差すんだって。
こちらもやっぱり茶色がかった淡い灰色。
刈りたての羊の毛は土で汚れているからもっと茶色いけどね(笑)

羊毛の場合は、ゴミなどを取り除いた後、石けんと水酸化ナトリウムでよく洗うのだ。
羊毛の根元にはウールグリースとかウールワックスと呼ばれる脂(グリセリンに脂肪酸がついている脂肪ではなく、高級脂肪酸と高級アルコールのエステルなので、むしろ「蝋」なんだけど、柔らかいのでグリースと呼ばれているのだ。)がついていて、そのままでは水をはじいてしまって染色もしづらいし、来ても蒸れてしまうのだ(>o<)
そこで、その脂をある程度取り除いてあげるわけ。
羊毛を洗った廃液を遠心分離すると、いわゆる「石けんかす」が下に沈殿するんだけど、これがウールグリースのなれの果てなので、これを回収して上げて、酸処理なんかをしてあげるとウールグリースを抽出することができるのだ。
実際には10%くらいしか回収できないんだそうだけど。

このウールグリースは優れもので、人間が分泌する油脂成分に極めて近い、ということもあって、肌への浸透性がよく、保水性も高いんだとか。
今ではアレルギーの問題もあるので減ってきているらしいけど、ウールグリースから精製されたラノリンは化粧品や軟膏などの基剤にも使われていたみたい。
古代ギリシアの時代から、羊毛についている脂をつけると手荒れが治る、と知られていたらしいよ!
古代ローマでは、公衆便所で集めた尿を使ってこのウールグリースを抽出していたみたい(水酸化ナトリウムの代わりに発酵した尿中にあるアンモニアを使うのだ。)。
古代エジプトでは灰汁を使ったりもしたみたいけど、アルカリ性溶液を使ってむかしから取り出していたのだ。

というわけで、原理的なことはわかっていたのかどうかはともかく、人類はむかしから化学的なプロセスで脱脂や漂白をしていたんだね。
当然化学反応とかはわかっていないから、試行錯誤の末にこうしたらうまくいく、というのが伝承されていったんだろうけど、先人の英知もあなどれないよ。
改めて調べてみると、身近にあるものを使ってよくここまで工夫できたなぁと感心するよね。

2013/05/18

世界帝国の味

某都知事による変な発言もあったけど、2020年のオリンピック招致の関係でトルコの話がよく出るようになってきたのだ。
もともとトルコは世界有数の親日国として有名だし、カッパドキアやイスタンブールは観光地としてもかなりメジャーになってきているよね。
名物の鯖サンドも認知度が高まってきているのだ。
そんな中、やっぱり注目されているのがトルコライス♪
ま、こっちは長崎の御当地B級グルメとして話題になっているんだけど(笑)

一般的な長崎のトルコライスは、ピラフ(多くはカレー味)とスパゲッティ(大概においてナポリタン)がさらに一緒に盛られ、その上にデミグラスソースをかけたとんかつが載っているのだ。
ピラフがサフランライスになって、とんかつにカレーが係っているようなものもあるよ。
基本形は味のついた米料理と具のほとんどない炒めスパゲッティ、ソースのかかったとんかつから構成されているのだ。
最近は食堂とかでも定番メニューになってきているし、ファミレスのロイヤルホストなんかはメニューに入れていることもあったよ。
ボクも最初に食べたのは学生の時で、大学の食堂で食べたはず。
なんでトルコなのかはわからないけど(笑)

ボクが最初に聞いたトルコライスの名称の由来は、西洋と東洋をつなぐ存在を表している、という説。
ピラフ(チャーハン)やカレーは中国やインドで、スパゲッティは欧州、それをとんかつが橋渡ししているので、まさに西洋と東洋をつなぐトルコのような存在だ、というもの。
これはけっこうよく言われているよね。
「トリコロール(三色)」がなまった、という説もあって、これはピラフ、スパゲッティ、とんかつで三色ということなのだそうなのだ。
中にはトルコ発祥なんて説もあるけど、トルコでは多くの人がイスラム教徒で豚肉は禁忌だから、トルコから伝わったっていうのはそのままではいただけないよね・・・。

でも、案外トルコ伝来説というのは侮れないようなんだ。
というのも、明治期の料理本に、米を肉や野菜などの具とともにスープで炊いてからバターで炒める料理が「土耳古(トルコ)飯」として照会されているんだ。
おそらく、土耳古料理のピラフ(ピラヴ)を紹介したもので、ちょっと日本風にアレンジされているのだ(本当のピラフは生米を炒めてからスープで炊くのでもっとぱらっとできる。)。
こういったピラフ風料理が「トルコ風ライス」と呼ばれて提供されるようになり、それがトルコライスにつながっている可能性があるのだ。

そうなると、スパゲッティととんかつはどこから出てくるのか、という話になるけど、どうも付け合わせだったんじゃないか、ということになるのだ。
具のないスパゲッティは洋食の付け合わせの定番だけど、トルコライスのスパゲッティはその量が増えてメイン的になったもの。
とんかつの方はおそらくボリュームを増すためにやはり洋食の定番だったとんかつがおかずとして加わったんじゃないか、と考えられるのだ。
本場トルコ料理のケバブでは、ピラヴとサラダ、肉をひとつの皿に盛ることがあるそうで、あながち肉料理を一緒にするのは外れていないみたい。
そういえば、トルコライスには千切りキャベツがついていることも多いね(これもスパゲッティと同じ洋食の付け合わせの定番だけど。)。

こう考えると、もともとはピラフ的な料理だったトルコ風ライスが現在のトルコライスになったのもうなづけるのだ。
比較的安価でボリュームがあることもあるけど、お子様ランチ的な盛り合わせも魅力なのだ。
いろんなものをちょっとずつでも食べたい、っていうのがあるからね。
そんな欲求を満たす料理として定番化していったんじゃないかなぁ。
もはやまったくトルコとは関係なくなってきているような気がするけど。

実は、トルコライスには大阪風や神戸風というのもあるのだ。
大阪風はチキンライスにオムライス的に薄い卵焼きをかけ、その上にデミグラスソースのかかったとんかつを載せたもの。
神戸風はケチャップ味でない炒め飯の上にカレーをかけて生卵をトッピングしたものなんだとか。
どちらも長崎風のトルコライスと比べるとだいぶ違うけど、もともとトルコライスがピラフ的なものだった、と考えると、それぞれがそれぞれの地域で独自に派生していったと納得できるかも。

ちなみに、米をスープで炊くピラフという料理は、古くはアレクサンドロス大王の時代の文献にも登場するんだそうで、非常に古いものなのだ。
そのときは中央アジアの料理で、マケドニアに伝えられてから東欧に広まったとか。
中央アジアからは自然に中東地域にも広がっていって、ムガル帝国の時代にインドまで広がったようなのだ。
まさに、世界帝国並みに広がっている料理だったんだねぇ。
それが文化の最果ての日本でトルコライスになったのだ!
今度は東京五輪を通じてこの料理が世界に広まるとおもしろいのだけど(笑)

2013/05/11

沈没した大陸?

海洋研究開発機構とブラジル政府が、かつて大西洋上に大陸があったことが判明した、と発表したのだ。
リオデジャネイロ沖の海底台地を有人潜水艇「しんかい6500」で調査したもので、「伝説のアトランティス大陸のような陸地が存在した極めて強い証拠」として、海底で花崗岩を発見したことを指しているんだ。
花崗岩というのはマグマがゆっくりと冷やされて固まってできる深成岩の一種で、通常は陸域でしか作られないのだ。
海底火山の噴火だったらマグマはすぐに冷やされてしまうので、深成岩でなくて火山岩になってしまうんだよね。
で、その深成岩の一種である花崗岩が大量に見つかったので、調査した海底大地はかつて陸地だった、ということが科学的にわかるのだ。
調査では、数千万年前に海底に沈んだと見られているので(化石から5千万年前くらいには地上にあったことが確認できていて、それから数百万年後に沈んだと考えられているみたい。)、当然人工物はないんだけど(人類の起源は数百万年前だし、アトランティスが沈んだとされるのは約1万2千年前。)。

で、にわかに伝説の大陸「アトランティス」に注目が集まるのだ。
日本ではむしろ太平洋上にあったとされる「ムー大陸」の方が人気があるようだけど、西洋世界ではアトランティスの方が身近なのか、いろいろと説があったり、創作に活かされたりしているんだよね。
古典としてはジュール・ヴェルヌさんの「海底二万マイル」がおなじみ。
日本だとやっぱりドラえもん「のび太の海底鬼岩城」かな?(リメイクもされたしね。)

このアトランティスの伝説、現在残っているものでおおもとになっているのはギリシアの大哲人プラトンさんの著作。
2つの作品の中で羽根井していたが改訂に沈んだ大陸があった、と記述されているのだ。
これらの作品の中でも、エジプトの神官から聞いた話で、エジプトでは文書の形でもその伝承が残っている、となっているらしいよ。
ギリシアは度重なる水害で古い文献が失われていたけど、古代エジプトには残っていた、というのだ。
アテナイ率いる欧州勢力とも争ったことがある、というんだよ。

これについては、他の作品に引用される形で広まっているんだけど、中にはプラトンさんの原文に載っていない情報もあったりして、本当にそういう伝承があったとは考えられるのだ。
でも、すでに古代ギリシア・ローマの時代にアトランティスの話はプラトンさんの創作した寓話であり、実在しなかった、なんて批判がなされたりもしているんだ・・・。
それでも、現在に至るまでアトランティスの繁栄と滅亡の伝説は大人気で、その直接的なモデルとしていろんなものが提唱されているのだ。
ただし、学術的には歴史的事実に基づくものではなく、単なる伝承か、プラトンさんによる創作と考えられているよ。
今回の発見も人類の登場以前に沈んだ証拠みたいだしね。

代表的な説としては、実は地中海にあった島のことを指しているというもの。
プラトンさんの記述には具体的な島の大きさなんかも書いてあるんだけど、年代や大きさは誇張又は誤記で、それ以外では合致している記述が多い、というのだ。
日本でも沖縄沖に海底に沈んだ遺跡があることが知られてるけど、地中海にもそういうのがあるそうで、それじゃないか、というんだ。
だとすると、アテナイと争ったのも頷けるし、古代エジプトで知られていたのも納得がいくよね。

それでもやっぱり大西洋にあった、という説も人気で、アゾレス諸島やカナリア諸島の当たりにあったんじゃないか、というもの。
氷河期の集結に伴う海面上昇や、海底火山の噴火によってできた空洞がつぶれることで島が沈んだ、なんて考えているみたい。
カナリア諸島沖にもやっぱり海底遺跡があるみたいで、そういうのから連想しているみたい。
今回の発見は南半球だけど、確かに大西洋上に今はない陸地があったことは確かみたいだけど、これらの地域でも海底を調べれば何かわかるのかな?
ちなみに、アメリカ大陸こそがアトランティスの正体で、沈んだわけではなくて通行ができなくなっただけ、とする説もあるそうだよ。
似たようなものに、実はインドのことで、かつて存在した運河が使えなくなって渡れなくなったので「失われた」ことになったという説も。

もう少し科学的なのはプレートテクトニクスに基づく、と称するもの。
もともとアフリカ大陸と南米大陸の海岸線がぴったりくっつく、ということから考え出されたものだけど、大陸が別れる前の超大陸の状態を仮想すると、どうしても欧州、北米、アフリカの集まる北大西洋あたりに大陸棚がうまくくっつかない空隙ができるんだって。
その空白地帯こそがアトランティスだ、とするんだ。
よく考えるねぇ。
これも今回と同じような海底の岩石を調査すれば、陸地が沈んだのか、もともとくぼんでいたのかはわかるんだろうけど。
ちなみに、今回見つかった海底台地も、南米とアフリカが別れたときに取り残された陸地が沈んだんじゃないか、と見られているので、場所の問題はあるけど、そういう考え方はなくはないらしいよ(笑)
もっと荒唐無稽なものには南極大陸がアトランティスで、ポールシフトにより極域となったので氷に覆われるようになった、なんてのもあるんだって。
南極の地下にはかつて緑の大地があって恐竜がいた痕跡もあるけど、それは大陸移動で説明できるので、大規模なポールシフトでいきなり極になるとは考えられないのだ(>o<)

いずれにせよ、地中海やカナリア諸島付近には文明が栄えた後に沈んだ島があること、ブラジル沖にはかつて陸地だった海底台地があることは事実なのだ。
文明が栄えた後に沈んだ島が実際にあったという歴史的事実は伝承の「もと」になることもあるから、そこから想像がふくらまされた可能性もあるよね。
創世記のノアの箱舟の話も、局地的な大洪水から連想されている可能性も指摘されているから、さもありなんというところかな(古代オリエント地域で大きな洪水があったことは地層の調査から明か。)。
さすがに人類登場以前に沈んだ陸地があったという記憶が伝承されているとは考えづらいから、今回の発見事態はアトランティス伝説とは直接的に関係ないだろうけど(笑)

2013/05/04

先頭には何がある?

今年のGWは円安になったこともあって国内指向が強まったそうで、各地で渋滞も発生しているね。
ボクがもっと小さかった頃は何十kmという渋滞がGWやお盆には常識だったけど、今ではだいぶ緩和されているのだ。
これって、そもそも渋滞がどういう原因で起こるのか、っていう研究が進んだからなんだよね。
原因がわかれば対策が講じられるわけで、技術的に解消できる部分も出てくるのだ!

一般に渋滞という現象は、道路の交通容量を超える交通量となったときに発生するもので、通行に「よどみ」ができている状態。
警視庁の統計では、一般道では走行速度が毎時20km以下になった状態、高速道では走行速度が毎時40km以下になった状態と定義しているみたい。
赤信号で停止するのは当たり前として、青信号になってもなかなか動かない、動いたとしても遅々として進まない、という状況なのだ(>o<)
高速道路の場合は信号がないから、単純に走行速度が遅くなっているということだよね。

車両が走行する場合、車間距離をとるので、一定区間(例えば信号と信号の間)の道路には快適に走行できる車両の数の上限というのがあるのだ。
これが交通容量で、これを超えると信号が青の間にすべての車両がはけきれなくなり、青信号でも前に進めない、ということになるのだ。
高速の場合では、車間距離が短くなり、前の車両が軽くブレーキを踏んだだけでも、連鎖的に後続の車両がブレーキを踏むことになってしまい、走行速度の遅い車両の集団が形成されるのだ。
前の車両のブレーキに気づいてからブレーキを踏むまでの反応速度の分だけ遅れるので、この連鎖的なブレーキは雪崩的に拡散して、後ろの方まで行くと止まってしまうくらいにまでなるんだよ。
これが渋滞の発生で、渋滞学ではこれを「相転移」と呼んでいるみたい。

何も研究されていない頃は、それこそ先頭に「とろい」車両がいるせいで全体が遅くなるくらいにしか考えられていなかったんだけど、実際に渋滞が発生している時にヘリコプターで上空から観測すると、渋滞の先頭はある位置に特定されていて、そこから先は車両が流れているけど、その後ろは車両の流れが滞っていることがわかるんだよね。
つまり、そこにある何かが渋滞が発生するトリガーを引いているので、その原因を突き止めて、解決してあげれば渋滞が緩和するということなのだ。
実は、こういうのがわかってきたのってここ最近なんだよね。

一般道では、信号・交差点や踏切、橋などの定常的な要因と、事故や悪天候のような一時的な要因があるのだ。
交差点ではどうしても右折・左折待ちの車両があるので、右折・左折専用レーンなどを作ることで対応するんだよね。
踏切も、高架線にしたり、逆に道路を下に潜らせたりして回避するようになってきているのだ。
橋はどうしてもそこだけ交通量が限られてしまうので、橋を増やして分散させるくらいしかないんだよね・・・。
お台場もレインボーブリッジくらいしかないときはそこがボトルネックになってすっごい混雑していたけど、蒲田トンネルなどの他のルートができると分散してきて、さほど混雑しなくなったのだ。

高速道路の場合はちょっと事情が違って、交通量がもともと多いときに、渋滞が発生するレベルにまで車両の密度が高くなる(=車間距離が短くなる)きっかけがあると、そこから渋滞が発生するんだ。
そのきっかけというのは「ブレーキ」。
高速道路には信号がないので、基本はアクセルの踏み込みで速度を調節しているんだけど、誰かがブレーキを踏んでいきなり減速すると、そのブレーキが連鎖的に後続車両に伝播して、通行のよどみが発生するのだ。
すいていれば車間距離が十分にあるので、前の車両がちょっとブレーキを踏んだくらいじゃアクセルを緩めればすむんだけど、もともと交通量が多いと車間距離もそんなにないので、前の車両にブレーキを踏まれると自分も踏まないとぶつかってしまうのだ(ToT)
ちなみに、走行車線より追い越し車線の方が一般に走行速度が速いので、追い越し車線の方が渋滞が発生しやすいと言われているのだ(前の車両の急ブレーキに対応するにはブレーキしかないので。)。

じゃあ、なんでブレーキを踏む必要が出てくるかというと、さらにその前の車両が「無意識」に速度を低下させてしまったから、というのがわかっているんだ。
これは渋滞の名所と呼ばれるところを見ていってわかったことなんだけど、運転者が自然とアクセルを緩めてしまうポイントがあるのだ。
そのひとつが合流地点。
インターチェンジだったり、ジャンクションだったりがこれ。
もうひとつはトンネルの手前。
トンネルの中は暗いので、どうしてもその手前で速度を落としてしまいがちなんだって。
そして、研究してわかってきたのが「サグ」というもの。
これはすり鉢状にへこんだところ(「\_/」という形状)で、勾配が急ではなく、ゆるやかなところが問題なのだ。
ゆるやかに下った後にゆるやかな登りがあるんだけど、勾配が小さいと登りであることに気づかず、アクセルを踏み込まないので自然と速度が落ちてしまうのだ!
勾配が急だと「登坂車線」なんかもあってあんまり問題にならないのだ。

これらはそれぞれ渋滞の名所に対応していて、東名下りの渋滞のメッカ、厚木インターチェンジ付近にそろっていたんだ(笑)
合流地点と言えば厚木の少し先の伊勢原バス停付近。
ここは東名高速と小田原厚木道路が合流するところなんだよね。
さらに、むかしはここまでが三車線で、この先が二車線だったので、車線数の減少による効果もあったのだ・・・。
今では車線数の問題が解消されてだいぶましになったけどね。
渋滞のトンネルと言えば大和トンネル。
渋滞情報でもいまだに「大和トンネル入口付近を先頭に・・・」というのが多いよね。
そして、「サグ」は、厚木インターチェンジ手前の綾瀬バス停付近。
ここは長らくなんで渋滞が発生するかよくわかっていなかったんだ。

「サグ」については、「この先上り坂になるので速度ゆるめるな」的な注意を促すことである程度解消できるそうなんだけど、綾瀬バス停付近は特に渋滞がひどかったので、三車線から四車線に車線数を増やしたのだ。
それによりほぼ渋滞は解消されたんだけど、逆に、大和トンネル手前でまた三車線にもどってしまうので、トンネル前の渋滞がひどくなったとか・・・。
なかなかうまくいかないんだよね(>ε<)
こうなると、車線を増やすとか、東名高速のように2つのルートに分けて分岐させて車両を分散する、さらには第二東名を作る、といった交通容量を増加させるしか手段がないのが現実。
とりあえず、自分でできるのは、「サグ」やトンネルの手前では意識的に速度を落とさないようにする、ってことくらいかな?
前の車両がそもそも速度を落としていたらそれもできないんだけど(笑)