2007/09/30

なしの東西

すっかり気候は秋めいてきたけど、食べ物でもそれが実感できるようになってきたのだ。
というのも、スーパーなんかでなしを見かけるようになったんだよね。
米国では洋なししかないのかと思ったら、以外に和なしも売っているのだ。
日本のものよりもだいぶ小ぶりだけどね。

なしはもともと東アジア原産で、和なしはそれが日本で品種改良されたもの。
弥生時代から食べられていたみたいで、静岡の登呂遺跡でもなしを食べた跡が見つかっているとか。
日本書紀にも名前が出てくるというからむかしからメジャーな果物だったのだ。
でも、品種改良が進んだのは江戸時代で、さらに、明治から戦後にかけて今食べているようななしが作られたそうだよ。
戦前には松戸のゴミ捨て場で二十世紀なしが発見され、川崎では長十郎が発見されたのだ。
川崎大師には長十郎の碑があるよ。
戦後になると、農林水産省の農業技術研究所(現・農業・食品産業技術総合研究機構)で幸水(なし農林3号)と豊水(なし農林8号)が開発されたんだって。
そう言うわけで、むかしあら食べてはいるけど、むかしながらのなしを食べているわけじゃないのだ。

一方、洋なしは中国から欧州に伝わって独自の発展を遂げたもので、そもそも形がいびつな縦長になっているよね。
食感もだいぶ違って、甘みと方向が強くて、実はしっとりとなめらかなのだ。
古代ギリシアでもすでに栽培していたと言うから、欧州でのなしの歴史も古いのだ!
洋なしは収穫後すぐはあまりおいしくなくて、追熟と言って収穫後に熟成させなくちゃいけないんだって。
追熟の間に実の中のデンプンがブドウ糖や果糖に分解されて甘みが増し、ペクチンがゲル化することで独特のねっとりしたなめらかさが出るそうだよ。
芳醇な香りも追熟させてはじめて出てくるんだって。

なしというとしゃりしゃりした食感を思い出すけど、これは実の中にある石細胞という特殊な細胞によるものなのだ。
細胞壁が分厚くなった細胞で、これがあるからなしはジュースには向かないんだよね。
大根おろしのようになってしまうのだ・・・。
で、洋なしにもこの石細胞はあるんだけど、量が少ないのであまりしゃりしゃり感は感じないみたい。
中には多少しゃりしゃりしたのもあるけどね。

なしはみずみずしくて甘い印象があるけど、糖度はリンゴと同じくらいなんだって。
酸味が少ない分甘く感じるのかな?
二十世紀のような青いなしは比較的酸味が強いけど、同時に甘みも弱いのだ。
リンゴとの大きな違いはビタミンがほとんど含まれていないということで、くだものとしては珍しい部類の「甘いだけ」という存在みたい。
でも、タンパク質分解酵素を含んでいるので、肉を軟らかくするのにすりおろしたなしをいれたりすることもあるのだ。
韓国風の焼き肉のつけだれにはなしのおろしたのが入っているんだよね。

2007/09/29

くさりかけがおいしい

よく「食べ物はくさりかけがおいしい」なんて言うよね。
実は、この言葉には一定の真実があるのだ。
完全に腐敗してしまったら当然食べられないけど、ちょっと時間をおいて多少分解が進んだ方がうま味成分が出てきたりするものなのだ。

例えば、牛肉なんかは2週間から1ヶ月くらい熟成させてから出荷されるんだけど、これはこの間にもともと体の中にある酵素でタンパク質の自己分解が進んで、うま味成分のアミノ酸が出てくるからなのだ。
でも、肉の場合は同時に臭みも出てくることがあるので、その兼ね合いが大事なのだ。
臭みが強い肉はそんなに熟成できないし、臭みが少なければ長期間熟成させられるわけ。

魚の場合も時間が経つとうま味成分は出てくるんだけど、同時に脂肪も分解されて、独特の生臭みのもとになる不飽和脂肪酸も出てくるんだよね。
なので、魚の場合は新鮮なうち、臭みのでないうちに食べるのだ。
でも、干物なんかにした場合は、乾燥させることで臭みを抑え、熟成を進めてうま味成分を出せるんだ。
アジは新鮮なうちに刺身やたたきで食べてもおいしいけど、開きにするとまた味にコクが出てくるというわけなのだ。
イワシやサバのような青身の魚は特に分解が進むのが早いので、イワシは丸干しにするし、サバは酢で締めるんだよね。
シメサバなんかはお酢で酵素を不活性科して分解を止めるとともに、同時に殺菌して日持ちもよくするという高等技術なんだよ。
ちなみに、鮒寿司に代表されるような「なれ鮨」の場合は乳酸発酵させることでタンパク質を分解し、アミノ酸を作らせているのだ。

果物でも腐りかけが甘いというけど、これは人間の舌ではあまり甘いと感じないオリゴ糖類や多糖類が分解されて単糖類(特にブドウ糖や果糖)が出てくるからみたい。
野菜も自己分解が進むと単糖類が出てくるので多少甘みが出てくるのだ。
でも、野菜や果物はやわらかくなってくるから、食感を楽しみたい場合には新鮮なうちに食べないとダメなんだよね。
モモなんかの場合はじゅるじゅるになった超完熟が好きな人もいるみたいだけど。
ボクは多少歯ごたえがある方が好きなのだ。

熟成が進むのはお酒も同じで、よく時間が経過したお酒が珍重されるよね。
ワインなんかは時間が経つとタンニン成分が徐々に重合して大きくなって「おり」として沈んでいくんだけど、このとき雑味成分なんかもいっしょに沈んでいってぬけていくみたい。
でも、ゆっくりと沈殿させていかないと、「おり」が全体に分散してしまうので、文字どおり「寝かせる」ことが重要なのだ。
ウィスキーなんかの場合は樽で熟成させるけど、こうすることで雑味成分が樽の表面に吸着したり、樽から材料の木(オーク材)の精油成分がアルコール中に溶け出したりするのだ。
これで独特の色と香りがつくんだよね。
でも、それだけじゃなくて、時間が経つとお酒の中の成分自体にも変化があるのだ。
新たに高分子ができて渋みがなくなったり、色がついたりすることもあるし、高分子が分解して甘みが出たりするのだ。
お酒の作り方によってどういう熟成が進むかは違うけど、日本のお酒では泡盛の古酒なんかが有名だよね。
中国では紹興酒も瓶で熟成させるのだ。

古くなると劣化することも多いけど、中にはかえって熟成が進んで価値が上がるものもあるんだよね。
人間の場合もただ年を重ねて老いぼれになっていくんじゃなくて、人生経験で自分を熟成させて、より価値の高い存在になるようにしたいものなのだ。

2007/09/28

食中毒

スペースシャトルで宇宙に行ったサルモネラ菌を調べたら、病原性が上がっていたことがわかった、というニュースがあったのだ。
宇宙の微少重力や高放射線照射という過酷な環境に対してサルモネラ菌が遺伝子の発現パターンを変化させて対応するらしいんだけど、その結果、病原性が上がるみたい。
サルモネラ菌と言えば食中毒で有名だよね。
ボクもいつか宇宙を旅するかもしれないので(笑)、あらかじめ食中毒について調べてみたよ。

食中毒の原因には大きく分けて4つあって、細菌によるもの、ウイルスによるもの、化学物質によるもの、自然に含まれている成分(毒)によるもの、があるらりいのだ。
細菌によるものとウイルスによるものがよくニュースで問題になるもので、細菌ではサルモネラ菌、ボツリヌス菌、黄色ブドウ球菌などが有名だし、ウイルスとしてはノロウイルスがよく知られているよね。
実は、この細菌やウイルスによる食中毒にはふたつのタイプがあって、細菌やウイルスが消化管に感染して起こる感染症の症状としての食中毒と、細菌やウイルスの感染した細胞の作る毒素による食中毒があるのだ。
毒素による食中毒の場合、細菌やウイルスを殺しても毒素が残っている限りは食中毒が発生するので注意が必要で、加熱だけでは防げない可能性があるんだよ。

化学物質による食中毒はいわゆる「中毒」で、自然毒によるものは毒キノコやじゃがいもの芽、フグの毒などなど、食べると「毒」になるものを食べた結果起こる反応なのだ。
このふたつはあらかじめ「食べてはいけない」ものがわかっているので、それさえ避ければ食中毒になることはないよ。
なので、防ぐのは比較的簡単だよね。
知らずに食べてしまうというのはあるけど・・・。

食中毒の典型的な症状は嘔吐、下痢、発熱で、だいたいどの原因の食中毒でも共通なのだ。
むしろ、症状が見た目で同じだから、「食中毒」とひとくくりにされているんだけどね。
吐き気がある場合は難しいけど、下痢が続いている場合はしっかりと水分補給しないと脱水症状になってしまって、ますます危険な状態になるんだよね。
毎年多くの死者を出しているこわいものでもあるのだ。

細菌やウイルスによる食中毒を防ぐには、3つの原則があるとかで、「つけない」、「ふやさない」、「殺す」なんだって。
「つけない」というのは、よく洗ってもともと着いている細菌やウイルスを洗い流したり、汚い手や汚い道具でさわらなうように注意するなどなのだ。
手をせっけんなどでよく洗うのは最低限なんだけど、気をつけないと行けないのはまな板。
きちんと洗って消毒するようにしないと、表面で細菌が繁殖することがあるのだ。
夏場の魚介類による食中毒がまな板が原因になることが多いみたいだよ。

「ふやさない」というのは冷凍したりすることで細菌やウイルスの繁殖をとめることなのだ。
でも、殺しているわけでなくて、繁殖を止めているだけなので、冷蔵庫から出してそのままにしたり、解凍してから長期間放置したりすると繁殖してしまうよ。
細菌の繁殖を食い止める方法としては、他にも乾燥させる(ドライフルーツや干物など)、塩漬け・酢漬けにする(新巻鮭、シメサバなど)もあるよね。

最後の「殺す」というのは殺菌のことで、主に加熱で細菌やウイルスを殺すことを指しているのだ。
他にも、お酢で殺菌したり、わさびなどの殺菌作用のあるものを使うこともあるよ。
でも、上に書いたように、毒素による食中毒はこれでは防げないことがあるし、胞子を作るような細菌の場合は熱への耐性が高かったりしてなかなか殺せないこともあるのだ。
なので、「火を通せば大丈夫」という安易な考えはしない方がよいみたいだよ。

2007/09/27

恐怖主義

米国に来てから毎日のようにニュースをにぎわせているのは、イラクやアフガンでのテロの話題なのだ。
最近では、ドイツの空港でテロが未然に発見されて大きく報道されているよ。
それにしても、何の関係もない一般の人まで巻き添えになったりしてこわいことだよね。
日本は比較的治安がよいけど、ボクのいるDCの近郊は米国の連邦政府機関が集まっているだけあって、何かイベントとかがあるとテロの警戒がすごいのだ!

このテロリズムというのは、日本語ではかつて恐怖主義と言われたんだけど、もともとはフランス革命後のロベスピエールさんの行った恐怖政治(テロール:フランス語で「恐怖」という意味)から来ている言葉なのだ。
ロベスピエールさんの時代は、体制に反するような人たちがどんどんギロチンで処刑されていったんだよね。
(ギロチンは恐怖心をあおるための処刑法じゃなくて、もともとはほとんど苦痛を感じさせずに効率的に処刑を行う方法として開発されたんだよね。でも、見た目のインパクトが強すぎて、人々には恐怖の対象になったのだ。)
政敵を排除するためにうその密告なんかもあったりしたそうだけど、きっとみんないつ自分が殺されるかわからないから、戦々恐々としていたと思うのだ。
それで「恐怖政治」と呼ばれるんだよね。

で、ここから権力者側が反体制側を暴力的手段で抑圧する体制をテロリズム(恐怖主義)と呼ぶようになったのだ。
でも、時間が経ってくると、反乱分子が体制側に対して行う武装抵抗のことが「テロ」行為と呼ばれるようになって、テロリズムの意味はいつしか逆転して、反体制側が暴力的手段に訴えて抵抗活動することを指すようになったみたい。
今では、体制・反体制を問わず、暴力と恐怖を使って一般大衆を抑圧・支配することを指すんだそうだよ。
もともとは要人の誘拐や暗殺、政府機関の占拠なんかがテロ行為だったんだけど、最近では一般人も含めて拉致したり、街中で爆弾を爆発させたりと、何の関係もない人が巻き込まれるようになってきてしまっているのだ。
冷戦が終結してイデオロギー闘争は終焉したと言われるけど、そのかわりに「第三の戦争」としてテロ行為が頻発するようになってきたのだ(ちなみに、これは国家間の戦争、民族紛争や宗教対立などの局地間の戦争に対して「第三の戦争」なのだ。)。

で、テロの被害をできるだけなくそうと、国際社会もテロ活動を取り締まるべく条約を作ったり、国家間の連携・情報交換を強化したりしているみたいなんだけど、実は「テロ」の正確な定義というのは存在していないようなのだ。
なんとなく「「これはテロだな」って雰囲気で外縁がおぼろげながらに認識されているという状態みたい。
おそらく、文化的背景の違いや、宗教上の立場の違いで、なかなかきっちりと「これがテロ」って合意しにくいんだろうね。
といっても、ある程度の共通認識はあって、一般には、「恐怖心を引き起こすことにより、特定の政治的目的を達成しようとする組織的暴力行為、又はその手段」を指すそうだよ。
ジャイアンが暴力に訴えて無理矢理リサイタルを開くのは一種のテロリズムというわけなのだ!
でも、最近では、過激派が国家権力等に対して行う暴力行為を指すことが多いみたいだね。

何はともあれ、暴力は何も解決しないのだ。
マハトマ・ガンジーさんもそう言っていたよ。
犠牲者が出るとさらに怨恨が広がって泥沼にはまるから、なんとか話し合いで解決して、平和にやっていきたいものだよね。

2007/09/26

目方でどんっ!

米国のスーパーで買い物をしておどろいたのは、量り売りが多いということ。
日本ではあらかじめ重量が量ってあって、それに見合った値札がついているけど、こっちでは重量あたりの単価しか書いてないんだよね。
なので、けっきょくどれくらいの値段かがわかりづらいのだ!
しかも、「$○/lb」と書いてあって、最初はなんのことかさっぱり。
これって、1ポンドあたり○ドルですよ、ってことなんだよ。

米国はメートル法条約に当初から加盟しているわりには、いまだに長さはフィートとマイル、重さはオンスとポンドが広く使われていて、メートルとキログラムになれたボクにはわかりづらいよ。
気温も華氏(Fahrenheit)を使っているので、32を引いてから5/9をかけて摂氏(Celsius)に直さないとどれくらいだか感覚がつかめないんだよね(>_<)
公式のものにはメートルやキログラム、摂氏温度なんかもあるんだけど、たぶん、まったくもって浸透していないのだ(笑)
日本は明治維新のときに度量衡を一気に変えたけど、ああいう大きな社会変化でもないとむずかしいんだろうね。

で、今回は備忘録としてポンドについて調べたことをまとめておくのだ。
ポンドにはいくつか種類があるらしいんだけど、一般的に英国や米国で使われているのは「常用ポンド」というもので、1ポンド=約453gなのだ。
で、16オンス(0z)で1ポンドで、1オンスは7,000グレーン(gr)なんだって。
オンスはよく見かけるけど、グレーンなんて単位は見たことないのだ・・・。

もともとはメソポタミア文明で使われていた単位で、大麦の一粒の重さが1グレーンで、これを重さの基本にしていたとか。
古代ローマではこの単位をリブラ(libra)と呼んでいて、これは「天秤」の意味なのだ(12星座の天秤座もLibraだよね。)。
「○リブラの重さ」というときに「○ libra pondo」と言っていたらしく、ここでポンドが重量の単位となったらしいよ。
ちなみに、リブラの方はポンドを表す記号の「lb」として残っているのだ。
ポンドの記号の£もリブラの「L」なんだって。

時代時代で、グレーンとオンス、オンスとポンドの関係はよく変わっていて、しかも、英国と米国では微妙に大きさも違っていたんだって。
それでは不便なので、ということで、1958年に協定によって統一した単位にして、さらに、1963年には法律を改正し、ポンドの定義を国際標準系の重量単位とされているキログラム単位で、0.45359237kgと定めたそうだよ。

それにしても、戦後まで英国と米国で同じ名称なのに単位系が違っていたなんておどろきだよ。
ちなみに、米国内では1893年に法律でポンドの重さをキログラムで定義して、1959年に現在の値を使うようになったとか(ほとんど誤差のような微妙な差みたいだけど。)。
英国では1878年にポンドをキログラムで定義したんだけど、1ポンド=0.453592338とちょっとだけ小さい値だったみたい。
それにしても、MKS単位(国際標準系の単位で、長さはメートル、重さはキログラム、時間は秒で表す単位系のことだよ。)と関係づけて定義するんなら、いっそのことMKS単位で置き換えればよかったのに!

フィートとマイルもわかりづらいんだよね。
1インチ(inch)が2.54cmで、12インチで1フィート(英語ではone footで単数形なのだ!)=30.48cm
3フィートでゴルフでおなじみの1ヤード=0,9144mなんだとか。
さらに、220ヤードになると、今度は競馬に出てくる1ハロン=201.168mになって(ヤードとハロンの間にはまだ他の単位が挟まっているのだ!)、8ハロンで1マイル=1760フィート=1.609344kmだそうだよ。
それにしても、なんで10進数で単位が変わっていかずに、それぞれ中途半端な数で次の単位になるんだろう?
不思議なものなのだ。

2007/09/25

もうひとつの黒い調味料

日本の代表的な調味料というとしょうゆだけど、実は、ソースも日本独特のもののようなのだ。
米国でもしょうゆは比較的容易に手に入るんだけど、なかなかソースが見つからなかったんだよね。
欧米の人は揚げ物には何もかけないで食べることも多いし、かけてもビネガーやトマト・ケチャップだったりするのだ。
でも、ついに先日、スーパーで売っているのを見つけてゲットできたんだ。
(フライ用のソースとして売っていたよ。)
これで焼きそばとかお好み焼きとかも作れるようになるのだ(^o^)/

日本ではソースというと揚げ物にかける調味料を指すけど、一般には液状の調味料はみんなソースなんだよね。
しょうゆは英語でソイ・ソース(soy sauce)なのだ。
もともとはフランス語でラテン語で塩を意味する「sal」が語源なんだって。
同じ語源なのがスペイン語の「サルサ(salsa)」で、これも本来は液状の調味料ということのようなのだ。
だから、サルサ・ソースというと意味がかぶっているのだ(>_<)

いわゆる日本の「ソース」はウスター・ソースと呼ぶべきもので、さらにとろみの濃さから、一番さらさらのウスター・ソース、ちょっととろみのある中濃ソース、とろみの濃い濃厚ソースに分かれるとか。
さらに、とんかつソースやお好み焼きソースなど用途別のものもあるのだ。
でも、全体をまとめてウスター・ソース類と呼ぶそうだよ。

このウスター・ソースの発祥は英国のウスターシャー州で、もともとは19世紀の終わりに植民地のインドからソースの作り方を貴族が持ち帰り、再現しようとしてできたものだとか。
そのときはアンチョビやスパイスを使って作ったんだけど、できたてははっきりいっておいしくなかったので、樽の中に入れたまま放置しておいたんだって。
時間が経ってから思い出したように樽の中のソースをもう一度味見してみると、熟成が進んで味がよくなっていて、ウスター・ソースが完成したという逸話があるそうなのだ。
このソースを作ったのが薬剤師のリーさんとベリンさんで、英国の代表的なソースメーカーのリー・アンド・ベリンの起源はここにあるらしいよ。

でも、実は日本のウスター・ソースはこれとははっきり言って別物で、野菜や果実の絞り汁やピューレを主な材料として、そこに糖類や食塩、酢、香辛料、でんぷん、カラメルなどを混ぜて熟成させたものなのだ。
使い方も違っていて、英国のウスター・ソースは隠し味的に使うのに対し、日本のウスター・ソースは揚げ物にかけたりしてどばどば使うんだよね。
どうも日本に伝わったときに独自に日本のアジに合うように改良していってこうなったようなのだ。
甘さや酸味がほどよくきいたソースは揚げ物にぴったりだから、ボクはわりと好きなんだけど。
出回り始めた当初はさらさらの狭義のウスター・ソースがメインで、そこからとんかつソースのようなとろみのついたものが派生してきたらしいよ。
ソースというと洋食のイメージがあるけど、日本の洋食って海外のものとはまるで違っていて、けっきょくは洋風の日本食なんだよね(笑)

2007/09/24

歌劇

今日はワシントン・ナショナル・オペラ(Washington National Opera)の「Opera on the Mall」という企画で、オペラのライブ中継を芝生の上で見たのだ。
無料のプログラムで、普段オペラを見ないような人にも親しんでもらう取組の一環みたい。
で、せっかくなので、オペラについて調べてみたよ。

オペラはイタリア発祥の歌劇で、もともとはルネサンス後期にフィレンツェで古代ギリシアの歌劇を復活させようという動きから出てきたものみたい。
歌うように台詞を言う劇という発想で脚本が書かれ、現存していないものの、16世紀末には今のオペラに近い歌劇が演じられたみたい。
もともと「オペラ(opera)」という単語はイタリア語で「仕事」、「作品」といった意味で(英語で言うとoperationに近いんだろうね。)、当初は「opera musicale(音楽的作品)」と呼ばれていたものが単にオペラと呼ばれるようになったらしいよ。
今では「単独で歌唱によって進行される演劇又は楽曲作品」を総称してオペラと呼ぶそうだよ。

似たようなものにミュージカルがあるけど、お互いはっきりしたボーダーラインがあるわけじゃないみたいだけど、それなりにはっきりした違いがあるのだ。
ひとつは発声法の違いで、ミュージカルは普通に歌うように歌うけど、オペラは独特の歌唱法を用いるんだよね。
これは使われる音楽にも関係していて、オペラは基本的にクラシック音楽を背景にするんだけど、ミュージカルはどのジャンルの音楽でもよいのだ。
さらに、ミュージカルの場合はダンスも大きな要素で、コーラスラインやウェストサイド・ストーリーなんかに代表されるように、歌って、踊って、演劇を進めるのだ。

イタリアで始まったオペラは人気を博し、専用の劇場も作られるようになるのだ。
音響がよく響くように円形に作られ、舞台の下には交響楽団の入るピット(オーケストラ・ピット)なんかがあるんだよね。
さらに、新国立劇場なんかを見学するとわかるんだけど、舞台の奥行きがよく見えるように、舞台が少し斜めになっていて、手前が低くて奥が高いようになっているのだ。
こうすると観客席から舞台の上が立体的に見えるというわけ。
なかなかこっているんだよね。

最初は古代ギリシアの歌劇を復活させようとするものなので、題材も古代ギリシアや古代ローマからとった悲劇が多かったみたいだけど、その合間に入れられた喜劇も人気が出てきて、バリエーションが増えていったみたい。
さらに、はじめはオペラ問えばイタリア語、というのが基本で、どこの国でもイタリア語で上演されたようなんだけど、終えらが発達して行くにつれてフランス語やドイツ語のオペラも作られるようになっていったとか。
これはオペラの演目の発達とも連動していて、お国柄や文化を反映して新たな作品が次々と生まれていったみたいだよ。
こうして今上演されているような様々なオペラの台本が生まれていくことになるのだ。

この動きの中でもうひとつ重要なのは、最初のころのオペラは歌手が主体で、歌を聴かせることに集中するあまり台本が荒唐無稽で無意味なものになっていく傾向があったらしいんだ。
(今でもミュージカルに比べるとその傾向があるとよく言われるらしいのだ。)
これに反発して、あくまでも演劇主体で、歌手はその演劇で重要なパートを占めるけどすべてではない、というような流れで、台本重視になったみたい。
これによって、現在でも人々に愛されるようなオペラの演目が残ったのだ。
歌手の声に頼っているだけだったらコンサートと同じで、ここまで文化として発達しなかっただろうしね。

なかなか奥が深い世界のようだけど、今日はその一端をかいま見たよ。
日本ではどうしてもオペラのチケットは手に入りづらいし、何より高価なんだよね。
なんとなく雰囲気はわかったから、機会があったらチャレンジしてみようかな?

2007/09/23

無花果

スーパーに買い物に行ったら、果物のコーナーにイチジクが並んでいたのだ。
もうそんな季節なんだねぇ。
日本ではそんなに食べるものでもないけど、欧米の人はけっこう好きみたいで、生食するだけでなく、乾燥イチジクをお菓子に入れたり、イチジクのジャムなんかも好きなようなのだ。

このイチジクは漢字で書くと「無花果」なんだけど、これは花が咲いたようには見えないのに実ができているからなのだ。
でも、花が咲いていないわけではなくて、実は、実のように見える外皮(本当は花序)の中に小さな花が無数に咲いているんだよね。
内側に向かって咲いていて外気に触れないので見えないだけなのだ。
その小さな花のひとつひとつがイチジクの実のつぶつぶ(=果実)になるんだよ。
イチジクの他にもイヌビワやガジュマルなんかがこんな花の咲かせ方をするみたい。

でも、花が「実」の中に咲いているとすると、どうやって受粉するかが問題になるよね。
例外はあるけど、イチジクは自家受粉しないので、別の花から花粉をもらう必要があるんだ。
とは言え、花が外から見えないから、普通の方法では花粉のやりとりができないよね。
で、実際には実に巧みな仕組みができあがっているのだ。

イチジクの「実」には下側に小さな穴が開いていてそこをイチジクコバチというとても小さなハチが通るようになっているんだ。
このハチが花粉を運んでくるわけ。
このハチはイチジクの花に卵を産むんだけど、オスはずっとイチジクの「実」の中で生活していて外に出ないのだ。
イチジクの「実」の中で別の花の中にいるメスと交尾すると、オスは「実」の下側にある穴を拡げて、そこからメスを外に出してあげるんだよね。
メスが外に出るとき、このメスの体には花粉がついている状態になるのだ。

交尾したメスは今度は別のイチジクの「実」に穴から入るんだけど、今度はオスが穴を拡げてくれるわけではないので、入ると当時に羽がもげてしまうのだ。
で、もう外には出られなくなるわけ。
このメスは卵を産むとやっぱりイチジクの「実」の中で死んでしまうんだよ。

さらに、イチジクには雄花と雌花があるようで、ひとつの「実」の中にはどちらかしかないみたい。
で、コバチは雄花のある花にしか産卵できないようなのだ。
でもでも、雄花の「実」か雌花の「実」かは外からは区別がつかないので、半々の割合になるんだ。
運悪く雌花の「実」に入ってしまうと、花粉は届けられるのでイチジクは受粉して種子と果実が作れるんだけど、コバチは卵を産めないのだ。
運良く雄花に入れれば、そこで卵を産んで、その卵から次の世代のコバチが生まれてくるというわけ。

というわけで、イチジクとイチジクコバチはそれぞれが子孫を残すためにお互いを必要としているんだけど、絶妙なバランスでお互いに害し過ぎないようになっているようなのだ。
よく共進化の例として紹介されるんだけど、ちょっとずつお互いに形質を変化させていって、結果としてこのメカニズムができあがっているんだよね。
これが偶然に積み重ねの進化の過程でできたと思うとすごいよ!

ちなみに、日本の栽培品種のイチジクは受粉しなくても実がなる特別なもので、イチジクコバチがいなくても実ができるのだ。
なので、日本でイチジクを買ってよくよく調べてもコバチは出てこないみたい。
このイチジクはタネで増やせないので、接ぎ木で増やしているみたい。

2007/09/22

どんぶりこ

まだ気温の暑い日はあるんだけど、すっかりDCは秋の雰囲気になってきたよ。
朝晩はかなり冷え込むようになったし、何より、街路樹のオークの木の下にドングリがたくさん落っこちているのだ。
それを「野良」のリスが食べていて、なかなかほほえましい光景がそこかしこで見られるよ。
(DCは木が多くて緑がたくさんあるせいか、とても多くのリスがいて、日本の野良猫や野良犬より数が多きと思うのだ。)

ドングリは狭義ではクヌギの木の実を指すんだけど、広義ではブナ科のカシ、ナラ、シイ、カシワなどの実も含むのだ。
丸いのから細長いのまであるけど、茶色いからの中に黄色の実が入っていて、いわゆる木の実らしい木の実だよね。
この黄色い部分は子葉で、発芽に必要なデンプンなどの栄養をため込むとともに、発芽した後は双葉になるものなのだ。

ドングリは秋から冬にかけてほ乳類の重要な食糧になっていて、リスやネズミだけじゃなく、タヌキや熊なんかも食べるのだ。
実はデンプンに富んでいて、とても栄養価が高いんだよね。
でも、あく(渋み)があるので人間はそのままであまり食べないのだ。
縄文時代にはかなり田部栄太らしいけど、水にさらしたり、炒ったり、ゆでたりしてあく抜きをして食べたみたいだよ。
現在ではドングリを使った「縄文クッキー」なんてお菓子もあるみたいだよ。

実はこのドングリはそのまま地面に落ちただけでは発芽しないようなのだ。
なんでもけっこう乾燥に弱くて、地面の上に落ちたままだとすぐに発芽できなくなっちゃうんだって。
そこで重要なのがリスやネズミで、これらの小動物は冬の食糧にするためにドングリを集めて土の中にためておくんだよね。
でも、一部は食べきれなかったり、ためている場所を忘れてしまうので、食べられないで土の中に残るドングリがあるのだ。
このドングリが春になると発芽するそうだよ。
うまくできているもので、ほとんどは動物に食べさせるんだけど、一部はその補食動物に遠くまで運んでもらって、なおかつ、より条件のよい土の中に入れてもらう、という戦略なのだ。
「ころころ」と地面を転がるだけじゃないんだね。
「どんぶりこ」と池に落ちてしまったらもうダメだけど、リスやネズミに拾われて、土の中に隠してもらわないといけないのだ。

2007/09/21

ほん

ふと思い出したんだけど、「本」って確か定義があったんだよね。
前に聞いたことがあったのだ。
で、気になってきたので、調べたみたよ。

すると、その「本の定義」というのは1964年の国連教育文化科学機関(UNESCO)の総会で採択された基準のことで、「表紙を含めて本文が少なくとも49ページ以上からなる、印刷された非定期刊行物」なんだって。
定期刊行物は雑誌や新聞だからいいとして、印刷された非定期の刊行物で48ページ以下のものはなんて呼べばいいのかな?
「冊子」とでも言うのかな?
気になるのだ(?o?)

今のように紙の印刷物の本ができたのは最近で、古代は粘土板にくさび形文字を彫りつけたり、木や竹を薄くスライスした木簡や竹簡に字を書いたりしていたのだ。
古代エジプトは草の繊維でパピルスを作っていたけど、一度ほぐした繊維をシート状にかためたものではないので、紙とは言えないんだって。
その後になると、欧州や中東ではヒツジの皮を薄くのばした羊皮紙が使われるようになるんだよね(ハリー・ポッターにも出てくるやつね。)。
はじめは巻物が多かったんだけど、羊皮紙を重ねてひもでとじて、本状のものができてきたそうなのだ。

時代が下って15世紀になると、ドイツでグーテンベルクさんが印刷機を発明し、世界で初めての印刷物である「グーテンベルクの聖書」が刊行されるのだ。
これを皮切りに欧州では紙の本が浸透していくことになるんだよね。
グーテンベルクさんが最初に作ったのは凸版印刷だけど(文字の部分が出っぱっている。)、後に本の挿絵は銅版画の凹版印刷(エングレーヴィングやエッチング)で行われるようになるのだ。
これは溝にインクを流し込んで、紙を密着させてプレスすることでインクを移す技法で、日本の紙幣なんかも凹版印刷なんだよ(色のついているところが少しふくらんでいるのが特徴。)。
今では印刷技術はもっと進化しているよね。

一方、日本では紙の使用はとても早くて、すでに聖徳太子の時代には朝鮮経由で中国から伝わっていたみたいなのだ。
平安時代には貴族の間で写本がはやって、更級日記の作者の菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)さんが写本の源氏物語をもらったときに夢中で読みふけった、なんて話が出てくるのだ。
当時は印刷技術はまだないから、手書きで写していたんだよね。
なので、写し間違いも多くて、古文でよく「○○本を底本とした」と注記がついているのは、そういう写し間違いで同じタイトルの本でも文章に異同があるので、どの本をオリジナルとしているかを著す必要があるからなんだ。
たいていはその本を伝えている家やお寺、写した人の名前が入って、「冷泉家本」とか「建長寺本」とか「定家本」とかそういう名前がついているんだよね。

木版印刷技術は平安時代にはすでに伝わっていたようなんだけど、手書きで写すのが上品で風流とされてあまり発達しなかったとか。
でも、鎌倉時代くらいになると、仏教の経典については中国の木版印刷技術が使われるようになり、その印刷技術が浸透していくのだ。
これが江戸時代になると、浮世絵や黄表紙など、庶民の文化の中にも印刷技術が入り込んでくることになるんだよね。
欧州では長く印刷本は高価なものでお金持ちのものだったので、大きな違いなのだ。

実は、江戸時代の本の普及というのはすごいことで、まず第一に、それだけ多くの人が本を読めるということを表しているのだ。
江戸時代の識字率の高さは世界でも有数だったそうだけど、寺子屋などの庶民の教育機関が発達していたおかげで、娯楽として文字の書いてある本を読む、ということが庶民の間にも浸透したのだ。
さすがに黄表紙なんかは絵も多くて、字があんまり読めなくても楽しめるようにはなっているんだけど、それでも、曲亭(滝沢)馬琴さんの南総里見八犬伝や十返舎一九さんの東海道中膝栗毛なんかは庶民の間で読まれた読み物なんだよね。
明治になると海外の金属板を使った近代的な印刷技術が登場して一気にこの木版技術は廃れていってしまうんだけど、ほとんどずれなしに多色刷をしたり、すごい技術だったのだ。
こういう文化は残していきたいよね。

2007/09/20

何食いたい?パン!おまえそればっかだな。

米国に来てからはパン食が多いんだけど、改めて思ったのはパンっていろいろ種類があるんだってこと。
でも、こっちでは日本のように菓子パンや惣菜パンは少なくて、パン自体の種類が多いのだ。
焼き方や形、材料の違いでいろいろなバリエーションがあるんだよね。

日本でもおなじみの食パン(もともとは「主食用のパン」から)は、英国風のブレッド(bread)だけど、これは米国でも一般的で、トーストなんかにするし、サンドイッチにも使うんだよね。
このパンは中の白い、やわらかいところを食べるパンなので、バターや卵を使ってふっくらと焼き上がるのが特徴なのだ。
四角く焼くのは容積に限りのあるパン焼き窯の中でできるだけ多くのパンを焼こうという発想みたいだよ。

これと対照的なのがフランスパン。
バゲット(baguette)が有名だけど、実は長さで名前が変わるそうだよ。
出世魚みたい(笑)
このパンは、中のやわらかいところではなくて、外側のぱりぱりした「皮」を食べるのだ。
なので、できるだけぱりぱりの部分の面積が大きくなるように長細く焼くわけ。
かつての欧州ではパン焼き釜は貴族やお金持ちしか持っていなくて、それを定期的に庶民に開放していたみたいなのだ。
そのとき焼かれていたのは田舎パンと呼ばれるとても大きな丸いパンで、それを次の機会まで切り分けて食べていたみたいだよ。
それが都市が発達してくると街中にパン屋ができて、日本人がお米のお焦げを好むようにパンの皮が好まれ、フランスパンへと発達していったようなのだ。
このパンはぱりぱりに焼くためにバターや卵は使わないのだ。
最近米国のサンドイッチはフランスパンにはさむ方が主流になりつつあるんだよね。
サブウェイが浸透したからかな?

ベーグルもパンの一種だけど、オーブンで焼く前に一度ゆでるのが特徴なんだよね。
それで独特のもちもち感が出るのだ。
こっちもサンドイッチによく使われるよ。
いわゆるパンよりカロリーが低いと言うことで好まれているみたい。

カロリーが高いパンと言えば、バターをたっぷり使ったクロワッサンがあるよね。
これはパン生地ではなくてパイ生地を薄くのばしてから丸めて三日月状にしたものなのだ。
三日月型だけじゃなくて菱形のもあるんだって。
これはできるだけ生地を薄くするとそれだけさくさく感が増すので、職人さんの腕の見せ所なのだ。

日本で発達したパンと言えば何といってもアンパン。
明治時代に木村屋が開発したもので、浅草の東禅寺(吉原大門の近くだよ。)にはその碑もあるよ。
山岡鉄舟さんがとても気に入って明治天皇にも献上されたというほどのものなのだ。
今でも日本の菓子パンのスタンダードだよね。
ここからクリームパンやジャムパンなどの菓子パン文化がはぐくまれることになるんだ。
ちなみに、メロンパンはパン生地にクッキー生地をコーティングして焼いたものなんだけど、「見た目」がメロンのようだからメロンパンなんだよ。

一方、給食でおなじみなのがコッペパン。
これは主食用のパンとして発達していったもので、むかしの人だと「ロバのパン屋」さんを思い出す人が多いみたい。
これはさっぱりしたパンで、おかずなんかをはさみながら食べられたのだ。
これが惣菜パンの起源で、コロッケパンや焼きそばパンなどはコッペパンにおかずをはさんで食べるという発想から出てきているんだよ。
今ではコンビニが競って新しいものを開発しているよね。
これも日本独特のものなのだ。

さらに、日本では一度焼いたパンを揚げたもの(きなこと砂糖をまぶした、いわゆる揚げパン)や、ドーナツ生地をそのまま揚げたパン(カレーパンなど)なんかもあるよね。
欧米でもパンを揚げることはあるみたいだけど、日本ほど普及はしていないみたい。
ボクはパンの中でもカレーパンが大好きで、大学生の時はほぼ毎日のように食べていたほどなのだ。
揚げパンは菓子パンにも惣菜パンにもなるんだよね。
なかなか芸達者なパンだと思うよ。

欧米の文化ではサンドイッチやハンバーガーのように、パンに物をはさんで食べることはあっても、最初から中に具を入れて焼いたり揚げたりすることはあんまりないんだよね。
どうもこれは中国の点心(特にまんじゅう)の影響で、東アジアの文化のようなのだ。
ロシアにはピロシキがあるけど、これはモンゴルが統治した時代の名残なのかもね。
菓子パンとか惣菜パンって、気軽に食べられて、それなりに食事になるからけっこう便利なものだと思うんだけどな。
日本式のものを米国に導入したらはやらないかなぁ?
や、

2007/09/19

きのこ

欧米の食文化って、あんまりキノコを食べないんだよね。
よく食べるのはマッシュルームで、あとはフクロタケやトリュフくらいだよね。
他にも使うんだろうけど、あんまりメジャーじゃないのだ。
だからかどうかよくわからないけど、本来キノコの一般名詞であるはずの「マッシュルーム」が、特定のキノコを指すことになるんだよね。
日本でも「マッシュルーム」と呼ばれる、ハラタケの一種の、白くてまるいやつなのだ。
和名はツクリタケと言うそうだよ。
ちなみに、米国ではシイタケやエノキタケ、マイタケなんかも売っているんだけど、それぞれ「○○マッシュルーム」という名前で売っているんだ。
はだかで「マッシュルーム」というと、あの丸いキノコを指すわけ。

このキノコは家畜のフンとわらなんかを混ぜたたい肥に生える菌で、食用にしているのはその幼菌なんだとか。
本当はもっと大きく成長して、かさの部分も丸まってなくて、平らに開くらしいよ。
胞子をつけたひだは赤褐色から紫褐色に色づくんだけど、日本では色づく前に収穫し、白~茶色い小さめのものを食べていて、欧米では色づき始めたころに収穫し、少し大きめのものを食べているようなのだ。
日本の食用キノコだと、主に朽ち木に生えるのが多いけど(シイタケやマツタケなんかがそうだよね。)、マッシュルームはいわゆる土から生えてくるようなキノコの一種なのだ。
ときどき公園の芝生なんかで土からキノコが生えているのを見かけるけど、そういう種類のキノコというわけ。

もともとはたい肥から自然に生えてきたものを食べていたみたいなんだけど、そのうち栽培するようになったんだって。
たい肥を小屋の中に敷き詰めたり、棚状にして何段もたい肥を積み重ねたりするのがむかしの方法で、今では人工たい肥を使って、栄養素もバランスをとってより生えやすい環境にすることもあるみたい。
温室栽培のように空調で気温や湿度なんかも調節しているみたいだよ!

この栽培方法が始まったのは、北欧でのメロン栽培に起源があると言われているんだって。
南欧から北欧にメロンの栽培が伝わったとき、北欧の寒い気候ではメロンは育たないのでたい肥でうねを作り、そこにメロンを植えたんだって。
すると、たい肥の発酵熱でメロンがあたたまって、栽培できるようにあるというわけ。
まだビニールハウスなんかがなかった時代の話だよ。
すると、そこに自然とマッシュルームが生えてきて、「これだ!」と気づいて、マッシュルームの人工栽培にも使われるようになったのだ。
はじめのころはフランスが最大の生産国だったみたいだけど、後に米国が棚状にして育てる方法で愛量に栽培する方法を確立すると、米国にその座を追われたみたい。

日本での最初の栽培は新宿御苑で実験的に栽培されたものなんだって。
でも、このときは浸透せずに、本当に試験栽培だったみたい。
その後、ホテルや高級レストランの需要に応えて、軍馬由来のたい肥を使って商業的にマッシュルームが栽培されるようになったとか。
戦後になると軍馬はいなくなったので、農耕馬や競走馬なんか由来のたい肥を使うようになり、人工たい肥による栽培も増えていったとか。
日本でもかなり普及したんだけど、シイタケなんかに比べるとはるかに生産量は少ないみたい。
ちなみに、日本で確立された方法は後に中国や台湾に技術移転され、今では台湾や中国が低価格のマッシュルームの供給国になっているそうだよ。

マッシュルームというと、シチューやカレーに入っていたり、パスタやピザ、グラタンの具だったりするイメージしかないけど、欧米でももっといろいろな用途で使うんだよね。
フランス料理ではマッシュルームを細かく砕いて煮たシャピニオン・ソースなんて濃厚なソースもあるし(これはちょっと日本人にはくどい感じがするソースなんだよね。)、薄くスライスしてサラダに入れて生食したりもするのだ。
米国の場合は缶詰や瓶詰めの水煮のマッシュルームがかなり低価格で手にはいるので、それがよく使われるよ。
もちろん、フレッシュ・マッシュルームも食べるけどね。
それでも、日本に比べるとキノコを食べる回数は少ないような気はするのだ。
日本人はよくシイタケなんかを食べるけど、けっこうキノコ好き民族なんだよね(笑)

2007/09/18

憲法記念日

米国では9月17日は憲法制定記念日で、1787年にフィラデルフィアの独立記念館(Independence Hall)で制定され、翌年に発効したんだ。
でも、さらにその翌年には、第1回合衆国議会で修正案が審議され、権利章典(Bill of Roght)が加えられ、1891年にさっそく改正されるんだよ。
なんだけど、米国では独立記念日(Independence Day)と違ってこの日は法定の休日ではなくて、認知度も低いみたい。

米国の最初の首都はニュー・ヨークで、これはもともと英国の植民地は米国北東部のニュー・イングランド地方から始まったこととも関係しているみたい。
DCのジョージタウンやヴァージニアのアレキサンドリアなんかも米国建国前から入植は始まっていたんだけど、やっぱり当時の中心はニュー・ヨークとボストンだったみたい。
でも、実は当時最大の都市はフィラデルフィアで、大英帝国全体でもロンドンに次ぐ第二の都市だったそうだよ。
なので、独立宣言が起草されたのもフィラデルフィアだし、憲法制定会議もフィラデルフィアで開かれ、合衆国憲法はそこで制定されたのだ。
この独立宣言が起草され、発表されたのが独立記念館で、憲法もここで制定されるんだ。

1790年にニュー・ヨークから首都がフィラデルフィアに移されると、独立記念館は連邦議会議事堂としても使われるようになるんだよ。
このとき、よりスペースのせまい2階をSenateに、より広い1階をHouse of Representativeが使ったので、それぞれ上院、下院と呼ばれるようになったんだって。
で、1800年に新たな首都ワシントンDCの建設工事が一段落すると、暫定的な首都だったフィラデルフィアは普通のとしにもどることになるのだ。
でも、今でも歴史的な建造物は多いし、米国でも代表的な都市なのだ。

一方、日本では憲法記念日は法定の休日だよね。
1947年の5月3日に現在の日本国憲法が施行されたことを記念するものなのだ。
似たような名前の休日に建国記念の日があるけど、これは初代の神武天皇が奈良の橿原の地で即位した日と言われていて、戦前は四大節のひとつの紀元節という日だったんだよね(あとの3つは、新年元日の四方拝、天皇誕生日の天長節、明治天皇の誕生日の明治節なのだ。)。
戦後再び休日にしようとするときは議員立法で行われたんだけど、相当な議論があったみたい。
いつものように「軍国主義への回帰だ」なんて声があがったんだよね。

2007/09/17

クラムチャウダー

今日はDCの南にあるウォーター・フロント地区の魚市場(Fish Wharf)でクラム・チャウダーを食べたのだ。
クラム・チャウダーはボストンに代表されるような米国東北部の名物なんだ。
DCは南北で分けるとちょうど中間で、むしろ南よりなんだけど(笑)、ポトマック川とアナコスティア川なんかがあって、その先のチェサピーク湾でとれるシーフードが名物なのだ。
なので、クラム・チャウダーも名物のひとつになっているそうだよ。

俗に言うクラム・チャウダーはニュー・イングランド・クラム・チャウダーで、白いクリームのスープだよね。
名前のとおりニュー・イングランド地方(マサチューセッツ、コネチカット、ニュー・ハンプシャー、バーモント、メイン、ロード・アイランドで、英国が最初に入植をした地域なのだ。)が発祥なんだ。
これに対して、マンハッタン風クラム・チャウダーというのはトマトソースで、コンソメで煮てからトマト・ピューレを加えるみたい。
こっちは冷やして食べることもあるみたいだよ。

で、このクラム・チャウダーに入っている貝のクラム(clam)なんだけど、日本では一般的に「ハマグリ」と思っているよね。
安いやつだと「アサリ」だったりするけど・・・。
でも、本場の米国のクラム・チャウダーは「ハマグリ」でも「アサリ」でもなく、同じ仲間で北米に広く分布しているホンビノスガイという貝を使うらしいのだ!
この貝はハマグリと同じかそれより大きいくらいで、ハマグリに比べて貝に丸みがあるのが特徴だって。
ハマグリと同じように蒸したり、焼いたりしてもおいしく食べられるんだけど、生食もされるのだ。
ボクは最初米国で生のカキ(oyster)と一緒にクラムを出されて、ハマグリを生で食べるんだ!って思ってたんだけど、別の貝だったんだね。
生で食べるときはレモン汁であっさり食べることもあるけど、辛いチリ・ソースをつけるのがはやっているみたい(生臭さが緩和されるからかな?)。

日本にも実はこの貝が船舶のバラスト水(船のバランスをとるために船倉にためられる水)にまぎれて入ってきていて、東京湾では外来生物として定着しているらしいよ。
市場に流通することはごくごくまれだけど、市川とかで潮干狩りをすると、「大アサリ」としてとられているとか。
さらに、最近はハマグリもとれなくなってきているので、そのパチモンとして「白ハマグリ」のなで売られていることもあるんだって。
米国ではとても好まれている貝だけど、日本に帰化したものはまだ十分に安全性が確認されていないこともあって(環境が異なっているから、米国でとれた同種の貝が安全に食べられるからといって日本のものが安全かどうかはわからないんだよ、特に生食は。)、食べるときは気をつけた方がいいんだって。
なので、日本で本場のクラム・チャウダーを作ろうと思って、わざわざこの貝を潮干狩りでとってくることはないんだよ(笑)

2007/09/16

でももしかしも

今日はホワイト・ハウスから連邦議会議事堂まで、イラクからの米軍の撤退を求めるデモ行進があったのだ。
ボクも散歩の途中にデモの様子を見たんだけど、日本のものとは違ってかなりの興奮状態。
ものすごくヒートアップしているのだ。
やっぱり本場(?)のデモだねぇ。

デモはデモンストレーションの略で、辞書を見ると「示威運動」なんてあるけど、こんな言葉はまず使わないよね(笑)
一般的にはある特定の主義・主張を持った人たちが集まって、プラカードなどを持ちながら、非暴力的な手段で広く公衆に自分たちの主義・主張をアピールする行為を指すんだよね。
多くの場合は大勢で主義・主張を叫びながら大通りを行進するのだ。
たいていは反体制なものが多くて、政府の政策に反対するようなものが多いよね。

日本の場合は1920年のメーデーに行われたものが最初らしいけど、その後戦時体制になると禁止されてしまったみたい。
でも、1960年代になる学生運動が活性化してきて復活し、さらに1980年代になると市民運動が交流してきたので数も増えたみたい。
日本のでも行進の場合、国会や各省庁のまわりを歩くことが多いけど、こういうときには事前に警察に届け出ないといけないみたい。
たしかに、警察の人は車を止めたりしてデモが安全に行われるようにしているんだよね。

日本ではかなりおだやかなデモが多いけど、海外では興奮しすぎてときに暴動になったりすることもあるのだ。
韓国なんかでは自分の体に火をつけて抗議する人がいるみたいだし、海外ではよく国旗を燃やしたりしてるよね。
で、度が過ぎると天安門事件のように死者が出るほどの騒ぎになってしまうので、実はこわいものでまるのだ。
とは言え、平和的で、しかも、意義の高かったデモも現実にはあって、マーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師による「I have a dream」の演説が行われた、人種差別の撤廃を訴えたワシントン大行進なんかはその例なのだ。
(後にこれはロバート・ケネディさんの活躍などもあって、リンドン・ジョンソン政権で法律の上ですべての差別が廃止されるという大きな動きにつながるのだ。)。

これと似たものにストがあるよね。
ストはストライキの略で、日本語では同盟罷業なんていう難しい言葉になるそうだよ!
ようは、ある職業の人たちが労働を行わないことで抗議をすることなのだ。
鉄道や飛行機なんかでストが起きると交通網がストップするからよくニュースで話題になるよね。
日本ではこれまでそんなに大きな支障が出たことはないようだけど、海外では1週間とか続くこともあって、社会が混乱することもあるようなのだ。
こういうところもやっぱり国民性なのかな?
鉄道や飛行機のストなんて事前に雇用側が譲歩してストを回避したりするよね。

2007/09/15

メキシコメキシコ、アミーゴ!

米国の料理って言うと、ハンバーガーやホットドッグ、フライドチキンのようなファーストフードが思い浮かぶけど、ジャンバラヤやケイジャン・チキンのようなケイジャン料理とか、クラムチャウダーやクラブハウス・サンドのような米国発祥の料理もあるんだよね。
でも、そういう料理のお店はあんまり見かけることがなくて、むしろタイやベトナムなどの東南アジア料理、インド料理、すしなどの日本料理、どこにでもある中華料理の店なんかの方がはるかに多いんだ。
中でも特に多いのがメキシコ料理。
メキシコからの移民のことはそんなに好きじゃないのに、料理は好きなんだよね(笑)

でもでも、米国でポピュラーなメキシコ料理は、実は本場のメキシコ料理じゃなくて、味付けなどがかなりアメリカナイズされたもの。
しかも、テキサス州発祥のテクス・メクス料理というのも混ざってしまっているのだ。
日本で食べられるメキシコ料理は、多くの場合米国を経由して入ってきているものなので、むしろテクス・メクス料理みたいだよ。
本場のメキシコでも、アメリカナイズされたテクス・メクス料理がかなり入ってきていて、伝統的な味が失われるかも、という危機感が高まっているんだって。

メキシコ料理は、アステカやマヤなどの文明を受け継ぐ中米地域の先住民たちのトウモロコシや豆(特にインゲン豆)、トマト、唐辛子なんかを使った料理と、植民地に入植でやって来たスペインの料理が混ざったものなのだ。
主食はトウモロコシの粉から作った平たいトルティーヤで、これに唐辛子などで辛い味付けをした豆や肉料理を加えるんだよね。
玉ねぎやにんにく、アボガドなんかも多用するのが特徴で、酸味には多くの場合ライムを使うんだよ。
味付けの基本の唐辛子には多種多様な種類があって、日本でもおなじみになった世界一辛いハバネロや、辛い青唐辛子のハラペーニョなど、料理に合わせて使い分けるみたい。

一方、テクス・メクス料理は、もともとスペイン領だったテキサス州に入植してきたスペインの料理と、北米の先住民の料理が融合し、そこにさらに先に入植してきていた英国やフランス出身の入植者の食文化が入り交じったものなのだ。
メキシコ料理では使わないクミンやコリアンダーなどの香辛料を使う、やっぱりメキシコ料理ではほとんど使われないチーズ(特に米国が大好きなチェダーチーズ)を使う、トルティーヤを作るのに小麦粉も使う、お米も食べる、などなど、メキシコ料理とはけっこう違うものなんだとか。
でも、メキシコ風、エスニック風、ということで、メキシコ以外では「メキシコ料理」のように振る舞って(?)いるんだ。
ぱりぱりのトルティーヤで作ったタコス(メキシコのタコスはしっとりしたトルティーヤで包むのだ。)や、トルティーヤチップス、それにつけて食べるナチョス、チリ・ビーンズ(チリコンカーン)なんかはテクス・メクス料理の代表格なんだそうだよ。

メキシコ系の人が働いていても、米国内のメキシコ料理店の多くはこのテクス・メクス料理を提供していて、米国人はそれが大好きなのだ。
確かに、ちょっとスパイシーで、ハンバーガーやホットドッグのような単調な味ではないからね。
でも、かなり普及してきているので、ほぼ米国の味になりつつあるのも事実。
メキシコでは、伝統的な農業技術等もあわせて、無形の文化財としてメキシコ料理を世界遺産にしようと申請しているくらいなんだけど、世界的にはテクス・メクス料理のせいでかなり誤解されているのだ。
イタリアで始まったスロー・フードの運動ももともとは米国のファースト・フードの食文化への対抗だったわけだけど、あんまり均一化しちゃうと変化がなくなっておもしろくないよね。
いろいろなバリエーションのものが食べられる方がよいのだ。
なので、メキシコ料理もきちんとテクス・メクス料理と区別して、それぞれのよいところを認めてきちんと後世に伝えていくことが大事なのかも。

2007/09/14

ロケット

今日は日本の日の丸ロケットH-IIAロケット13号機により月周回衛星「かぐや」(SELENE:Selenological and Engineering Explorer)の打上げが行われたのだ。
月の周回軌道に到達するまでにはけっこう時間がかかるけど、とりあえずは問題なくうち上がったみたい。
まずは一安心かな?

ロケットは、自らの質量の一部を勢いよく噴射して、その反作用の力で推進力を得るシステムのことで、ペットボトル・ロケットも原理は同じ。
ふくらませた風船が口から空気を出しながら飛んでいくのも同じだよ。
飛行機なんかのジェット・エンジンとの大きな違いは、空気(酸素)がなくても推進力が得られるというところ。
これは燃料と酸化剤を搭載していて、外部から空気(酸素)の供給を受けなくても燃料を燃やせるからなのだ。
なので、宇宙空間への輸送手段として使われるんだよ。

現在使われているロケットは大きく分けると固体ロケットと液体ロケットに分かれるのだ。
これは燃料の違いで、固体ロケットは燃料と酸化剤がスティックのりのかためられていて、それをケースで包んでいるようなものなんだ。
大きなロケット花火のようなものだよ。
液体ロケットは液体の燃料を使うもので、燃料としてはグレードの高い石油性燃料のケロシンや液体水素が使われたりするのだ。
酸化剤には毒性のあるヒドラジンや四酸化二窒素が長く使われていたけど、現在は液体酸素が使われることが多いみたいだよ。
ちなみに、ロケットの構造は基本的にはミサイルと同じなんだ。
ようは使う目的が一番違うというわけ。

多くのロケットは多段式のロケットだけど、ロケットは反作用の力で進むため、異動させる本体は軽い方が有利なのだ。
なので、燃料や酸化剤がすでに空になったタンクなどを捨てることで本体を軽量化するとより加速度が得られるというわけ。
現在では観測ロケットを除いて、宇宙空間に打ち上げられるロケットの多くは多段式なのだ。
最近では、飛行機で上空まで運んで、そこからミサイルのように発射させるハイブリッド型のロケットなんかも検討されているんだよね。

日本のロケット開発の父は、月光・隼の開発や零戦の生産で知られる中島飛行機の技師だった糸川英夫博士(零戦は三菱重工が開発した戦闘機だけど、実際に製造した数は中島飛行機の方が多いのだ。中島飛行機の技術は富士重工に引き継がれているよ。)。
糸川博士は当時東京大学生産技術研究所の教授になっていて、1955年、国分寺でペンシル・ロケットの水平発射実験に成功したのだ。
これを皮切りに日本でもロケット開発が進み、カッパ、ラムダと固体ロケットのシリーズが開発されていって、1970年には日本発の人工衛星である「おおすみ」がL(ラムダ)-4Sロケットで打ち上げることに成功したんだ。
このときにはすでに生産技術研究所のロケット開発グループは宇宙航空研究所を新しく発足させていて、さらにこの後には文部省の大学共同利用期間として宇宙科学研究所になるのだ。
宇宙科学研究所ではこの後も固体ロケットと科学衛星の開発を進め、小惑星探査機の「はやぶさ」や太陽観測衛星の「ひので」などの成果につながっているんだよ。

一方、実用人工衛星(気象衛星や放送・通信衛星)の打上げを行うため、1969年には特殊法人として宇宙開発事業団(NASDA)が設立されたのだ。
NASDAでは米国の液体ロケット技術から多くを学び、ついに純国産ロケットであるH-IIロケットを完成させるのだ。
現在ではさらに進化したH-IIAロケットになっているだよ。
平成15年には宇宙科学研究所とNASDA、航空宇宙技術研究所が統合して宇宙航空研究開発機構(JAXA)が誕生しているのだ。

今回打ち上げられた「かぐや」はまだ統合される前に宇宙科学研究所とNASDAの協働プロジェクトとして大々的に始まったものなんだよね。
アポロ計画以来の最大の月探査計画と言われているけど、そのキャッチフレーズに「名前負け」することなく、成果を出してもらいたいものなのだ。

2007/09/13

首班指名

びっくりしたことに、第二次内閣が発足したばかりの安倍首相が辞意を表明したのだ!
これにより急きょ新しい総理大臣を選ぶ必要が出てくるんだよね。
開催されたばかりの臨時国会も始まったばかりだし、かなり異例なことなのだ。

日本の場合は政党政治なので、「党議拘束」というのがあって、与党の議員は党で決定した案に必ず賛成しないといけないのだ。
もし賛成しなかった場合、懲罰委員会で議論されてペナルティがかけられるんだけど、最悪の場合は郵政民営化の時のように除名されるんだよね。
なので、まずは与党内で誰を総理大臣として指名するかを決めることが重要なのだ。
で、それを今のところ14日告示で19日に投票というスケジュールでやろうとしているんだよね。
自民党内で候補が決定した後、連立与党のパートナーである公明党に協議した上で、与党として誰を指名するかが決まるんだ。

それが決まると、今度は国会で「首班指名選挙」が行われるんだよね。
内閣総理大臣は憲法第67条の規定により、国会議員の中から国会議員の議決により指名することになっているのだ。
で、両議院で意見が一致しない場合は、国会法第86条の規定に従って参議院が両院協議会を求めなければいけないのだ。
この両院協議会は、国会法第89条の規定で両院の議員それぞれ10名から構成されることになっていて、出席議員が定員の3分の2以上でないと議事は開けず(国会法第91条)、協議案は出席議員の3分の2以上の多数で可決された場合に成案になるんだ(国会法第92条)。

今回の場合、参議院では民主党が多数派なので、当然衆参両院で指名者は異なるはずで、この両院協議会のスキームが適用されるのだ。
でも、ほぼ確実に成案が得られることはないから、その場合は憲法第67条により衆議院の議決が国会の議決とされるので、衆議院で指名された人が総理大臣になるんだ。
ちなみに、衆議院が議決をしてから国会の休会期間中を除いて10日以内に差議院が議決をしない場合も衆議院の議決が国会の議決となるのだ。
というわけで、多少時間はかかるだろうけど、今回も与党で指名した人が総理大臣になるというわけ。

この指名の祭の議決のシステムはなかなか独特で、各議員で過半数の票を得ないといけないのだ。
なので、候補が3名以上いて、トップの人の票数が過半数に満たない場合は、上位2名で決選投票をして、過半数を越えた方の人を指名するんだよね。
なので、もともと2位だった人がより多く3位以下の人の票を得て逆転することもあり得るわけ。
さらに、これまで例はないけど、同率2位の人が複数いる場合は、くじ引きで決選投票に進む人を決めるそうだよ。
箱に銀紙でくるんだ玉が入っていて、黒玉をひくと当たりなんだとか。

それと、今回のように内閣総理大臣が辞任した場合は、憲法第70条の規定で内閣は総辞職しないといけないんだ。
でも、同じく憲法第71条の規定で、新しい内閣総理大臣が決まるまでは内閣はその職務を引き続き行うことになっているのだ。
というわけで、各国務大臣は次の内閣総理大臣が指名されるまでの1~2週間は大臣としての仕事をすることになるわけ。
話題の舛添厚労大臣もまだ少しだけ任期が残っているということなのだ。

2007/09/12

水筒にはこれ

前はお散歩中の水分補給は現場調達が多かったんだけど、米国ではけっこう水分補給がままならないことが多いことがわかったので、最近では水筒(というかペットボトル)を持ち歩くようになったのだ。
で、中に入れているのはもちろん、日本の伝統の「湯冷まし」。
やっぱり水筒の中身といえばこれだよ!

湯冷ましは名前のとおり一度わかしたお湯を冷ましただけのものだけど、井戸水を使うことが多かったむかしには重要なものだったのだ。
というのも、水筒に入れて長い間持ち歩くので、一度煮沸して水を殺菌する必要があったのだ!
塩素などで消毒されている現代の水道水の場合は殺菌の意味はあまりないんだけど、カルキなどの不純物はしばらく煮沸するととんでいくので、より口当たりのよい水になるんだよね。
なので、今でも水筒に入れる水を湯冷ましにする意味はあるのだ。
ただし、水道水を殺菌している塩素もとんでしまうので、水道水よりは実は長持ちしないのだ(>_<)

さらに、氷を作るときも湯冷ましで作るときれいでおいしい氷が作れるんだよ。
水道水で氷を作るとどうしてもカルキの香りがしたりするけど、まずそれがなくなるのだ。
さらに、気体は温度が高ければ高いほど水に溶けづらくなるので、湯冷ましにはほとんど空気がとけていないのだ。
なので、凍らせても白い気泡ができず、透明できれいな氷ができるんだよ。
ちょっとめんどくさいけど、氷にこだわる人はけっこう湯冷ましを使うみたいだよ。

さらにさらに、赤ちゃん用の粉ミルクは基本的に人肌に冷ました湯冷ましを使って溶かすんだよね。
たしかにそうすると水道水中のカルキもとぶし、殺菌もできるんだよね。
今はミルトンのような消毒液もあるけど、むかしはほ乳瓶も煮沸消毒していたんだからね。
母乳の場合は、お母さんの体の中で作られた抗体(IgAという種類だよ。)が含まれているので、それで赤ちゃんの免疫力も高まるんだけど、人工授乳の場合はこの抗体がないから雑菌には特に気をつけないといけないのだ。

暑いときの水分補給はどうしても冷たいものがほしいけど、たまにはなまぬるい湯冷ましもよいものなのだ。
湯冷ましはおなかにも優しいと言うけど、おそらくそれはただ単に冷たくないからで、お湯を冷ましてきんきんに冷やした湯冷ましならおなかには当然よくないよ(笑)

2007/09/11

ペットボトル

ボクは米国に来てからも趣味の散歩を続けているんだけど、そのときによく見かけるのは、水筒代わりにペットボトルを持ち歩いている人。
ジョギングをしている人やサイクリングをしている人の中には、本格的な給水ボトルを携帯している人もいるんだけど、多くの人はペットボトル入りのミネラル・ウォーターかスポーツドリンクを持っているのだ。
きちんとふたができるから漏れないし、軽くて丈夫だから十分に水筒代わりになるんだよね。
いらなくなったらボトルは捨てられるし、何かと便利なのだ。

ペットボトルの「ペット」は、ポリエチレンテレフタラート(PET)という合成樹脂のことなのだ。
テレフタル酸が重合したものだよ。
このPET樹脂は、無色透明で、軽くてなおかつ柔軟性があって丈夫というのが特徴。
合成樹脂だけど、燃やしても二酸化炭素と水しか出ないので、環境に悪い物質も発生しないのだ。
ただし、燃えるときに非常に高温になって焼却炉の炉が傷むので、多くの自治体では可燃ゴミにはなっていないんだよね。
最近は資源ゴミとして回収してリサイクルに回すことも多いのだ。

ペットボトルのリサイクルは、一度融かしてからそのまままたペットボトルを作ることもあるんだけど、多くの場合は化学繊維やビニールシートにするなど別の製品にするみたい(その繊維を使ってフリースやカーテンなんかが作られるんだよね。)。
というのも、いくら洗ってあったりしてもどうしても不純物があるので、そのままペットボトルに再利用しようとするとさらに洗浄するためのコストがかさむのだ。
他のものに変える場合でも不純物は問題になるけど、ペットボトルを再生する場合は透明にしないと行けないので余計気を使うわけ。
いずれにせよ、リサイクル用のペットボトルはきちんと水ですすいでから乾かして出さないとダメなんだよ。
汚いままのペットボトルは回収してもリサイクルできないので、けっきょく燃やされてしまうことが多いみたい(>_<)

ペットボトルの製造過程では、まずは試験管状のプリフォームというのっぺりしたチューブが作られ、それを成形機でボトル型にするんだって。
最近ではコーラやお茶でユニークな形のボトルもあるけど、そういうのは成形器のところで工夫しているのだ。
このペットボトルの製造過程に使う機械は多くは海外製品なんだとか。
こういう成形技術とかの製造技術って日本が得意そうな気がするけど、先に特許をおさえられてしまっているからかな?
ちなみに、ペットボトル飲料の場合、中身のコストはほぼただ同然で、ペットボトル自体の製造コストが一番高いんだって。
500mlのペットボトル飲料の場合、だいたいコストは15~20円くらいみたいだけど、そのほとんどがペットボトル代なのだ(これに流通費や販売にかかる人件費等の経費が加算されてトータルのコストになるのだ。)。

熱いお茶のペットボトルはふたがオレンジ色だけど、これはボトル自体が異なっているそうだよ。
というのも、PET樹脂はあたためられると酸素透過性が高くなってしまって、中身が酸化しやすくなるんだって。
なので、ボトルの厚みを増したり、PET樹脂の間に酸素を透過させないシートを挟み込んだりと工夫がされているみたい。
最近では冷凍しても大丈夫というペットボトルも出たんだって(変形するけど破裂しないそうだよ。)。
通常のペットボトルは常温で再使用する分にはそんなに問題ないけど、雑菌などが繁殖することもあるので、再利用するにしてもよく洗ってから使う方がよいのだ。
飲み残しがあるまま放っておくと中身が発酵して雑菌が繁殖するみたい。
場合によってはそのときに出てくる二酸化炭素でボトルが破裂することもあるらしいので、注意が必要なのだ。

2007/09/10

パンダは何食べているんだい・・・ササだよ(>_<)

今日はワシントンDCの国立動物園(National Zoological Park)でパンダを見てきたのだ。
この動物園にはジャイアントパンダもレッサーパンダもいるんだよね。
両パンダのそろい踏み(?)なのだ。

どちらのパンダもササを食べ(パンダの語源はネパール語の「竹を食べるもの」という意味の「ポンガ」と言われているのだ。)、手のひらに人間の親指と同じようなものをおさえる働きをする「第六の指」と呼ばれる手根骨というのがあるのだ。
こうした類似点から非常に近縁の種だと思われていたんだよね。
でも、最近になって遺伝子レベルで調べてみたら表面上の性質が似ているだけで、そんなに近縁ではないことがわかったとか。
いわゆるパンダのジャイアントパンダはかなりクマに近い種でクマ科に入れられているんだけど、レッサーパンダは少し特殊でレッサーパンダ科という一属一種の科なのだ。

もともとはレッサーパンダだけが知られていて、それまではただ単にパンダと呼ばれていたのだ。

でも、ジャイアントパンダが発見され、似た種であると思われていてやはりパンダと名付けることにしたので、先に見つかっていたレッサーパンダをより小さいという意味の「レッサー(lesser)」をつけたのだ(今ではレッドパンダとも呼ばれていて、英語ではRed Pandaなのだ。)。
で、大きい方はジャイアントパンダとしたわけ。
中国語でもレッサーパンダは小熊猫で、ジャイアントパンダは熊猫として区別しているらしいよ。
あんまりジャイアントパンダはネコっぽくないけど、先に見つかっていたのがレッサーパンダだとすると、少しネコっぽいかもね。

どちらのパンダも竹(ササ)を食べることが知られているけど、ササははっきり言ってたいして栄養がないので、そればかり食べているわけじゃないのだ。
自然界では他にも木の実や昆虫なんかも食べるし、場合によっては小動物も襲うことがあるみたい。
エサが気に入らなかったジャイアントパンダが飼育員を襲ったなんて事件もあったよね。
実は熊と同じような雑食性でもあって、凶暴な面も持ち合わせているのだ。

両方とも絶滅危惧種で、ワシントン条約の付属書Iに委細される取引が非常に制限される動物なんだよ。
レッサーパンダは繁殖のためにかなり日本の動物園で普及してきたけど、ジャイアントパンダは中国がほとんど国外に出さずに自国内の繁殖センターで保護しているのであまり頭数がいないんだよね。
しかも、他国の動物園には繁殖のために貸し出すだけで、返さなくてはいけないのだ。
上野のパンダは日中国交正常化の記念で贈答されたものなので、最初のランラン&カンカン、その子どものトントン、ユウユウなんかは返さなくてもよい貴重なパンダだったんだよ。
ちなみに、オス又はメスだけしかいない場合は、中国からパートナーを借りるんだけど、子どもはそのパートナーと一緒に中国に返さなくてはいけないみたい。
レンタル料金は億の単位らしいので、中国としては貴重な財源難だよね。
パンダの繁殖だけに使われているのかどうかは確かめようがないけど。

2007/09/09

楽団のなぞ

今日はワシントン・ナショナル・オーケストラ(Washington National Orchestra)の無料コンサートがあったので、聴きに行ったのだ。
クラシック音楽のコンサートは堅苦しそうで敬遠しがちだけど、無料コンサートだけあってくだけた雰囲気で楽しめたよ♪
でも、そこで気になったのが、楽団の名前。
英語では、orchestraやphilharmonyがあるし、日本語でも交響楽団と管弦楽団という言葉があるよね。
きっと何か楽器構成とか規模とかが違うのだろうと思って調べてみたんだけど、結果としては、どれも特に違いはないみたい。
固有名詞としてどれかがついているだけで、基本的には「オーケストラ」というくくりだそうだよ。

現在の形式のオーケストラは欧州でオペラの伴奏をする楽団から発展してきたもので、今でもオペラの伴奏は重要な役割のひとつなんだよね。
国立の楽団でもない限り、クラシックのコンサートと楽曲の販売だけでオーケストラの大所帯を維持するのは難しいそうなのだ。
楽器を演奏する人だけじゃなくて、裏方さんも入れると相当な人数だよね。

オーケストラの語源はギリシア語の「オルケーストラ」だそうで、これは舞台と客席の間の反映系のスペースのことだとか。
ちょうどそこでは合唱隊が舞を踊っていたりした場所だそうだよ。
時代が下ってオペラが上演されるようになると、そこはいわゆる「オーケストラ・ピット」になって、伴奏音楽を演奏する人たちの居場所になるのだ。
それでその楽団のことがオーケストラと呼ばれるようになったんだろうね。
もともとは弦楽合奏がメインで、それに木管楽器などが加えられていき、徐々に楽器の数が増えていったとか。

オーケストラの基本は、バイオリン、チェロなどの弦楽器、トランペット、クラリネットなどの管楽器、シンバル、マリンバ、ティンパニーなどの打楽器の三種類なのだ。
さらに、楽曲によってはピアノやハープ、パイプオルガンが加えられたりするよね。
ピアノが登場するまでは独特な乾いた後のするチェンバロなんかが使われていたのだ(チェンバレンはより弦楽器に近い音がするんだよね。)。

実は、この構成は日本の雅楽も同じで、雅楽の場合、笙(しょう)、龍笛、篳篥(ひちりき)などの管楽器、琵琶、箏(こと)などの弦楽器、各種太鼓の打楽器から構成されているのだ。
日本の雅楽は中国や朝鮮半島の伝統音楽とも深い関係があるそうだけど、洋の東西を問わず、フルの楽器構成となるとどうしてもこうなるのかな?
でも、日本では平安時代にはこの構成になっていたから、欧州よりも数百年も早くそろい踏みになっているのだ(笑)

雅楽も純粋に音楽を聴くものではなくて、基本的には舞とセットなんだよね。
後に発展した能や歌舞伎も音楽と舞・演劇がセットになっているよね。
中国の京劇なんかもそうだよ。
こういうところもやっぱり洋の東西を問わず共通なところがおもしろいよ。

こうして楽団による演奏は演劇・歌劇・舞とともに発展してきたのだ。
今では音楽だけを切り取って鑑賞するようになったけど、音楽が独り立ちできるだけ発達したということなのかも。
引き立て役だったものがいつしか主役になったということなのだ。

2007/09/08

夜の冷え

米国では9月の第一月曜日の労働祭(Labor Day)が過ぎると夏が終わりで秋の到来という認識なんだよね。
たしかに、9月になると昼間はまだまだ暑いけど、朝と夕方はかなり涼しくなるのだ。
昼間暑いからって薄着していると肌寒く感じて、寝冷えしたりするほどだよ。

これは、一般医放射冷却の効果だといわれるんだよね。
物理法則から行くと、温度を持つ物質(絶対零度でない物質)はその熱エネルギーを電磁波として周囲に放出しているのだ。
でも、まわりより冷たいものは、自分が放射して放出している熱エネルギーより、まわりの空気から放射されて受け取っている熱エネルギーの方が大きいので、徐々にぬるくなっていくわけ。
これにより、熱エネルギーは、温度の高いところから低いところへと流れていくことになるのだ。

で、地面もこの熱エネルギーを赤外線として放射しているんだけど、昼間のうちは太陽から来る熱エネルギーを受け取る方が多いので、トータルとしてはだんだんあたたまっていくんだよね。
太陽の光であたためられるのにはどうしても時間的なラグができるので、太陽の光のエネルギーが一番強くなる南中から約1時間遅れて午後の1時ころが一番地面の温度が高くなるのだ。
この地面は太陽の熱エネルギーを受けるとともに、自分の熱エネルギーを空気中に放出しているんだけど、地上の大気は太陽の熱エネルギーで直接あたためられるというより、地面や海面から放射される熱エネルギーであたためられるんだよね。
なので、気温が最も高くなるのはさらに1時間ほど時差ができて、午後2時が一番暑い時間帯なんだよ。

夜になると、太陽からのインプットはなくなって、地面が熱を放射するだけになるのだ。
それで徐々に冷えていくというわけ。
これがないと、地球はずっと気温が上がり始めてしまうことになるのだ!
でも、雲があると雲の中に水分が赤外線を吸収するので、晴れている場合と比べて冷却具合がにぶるのだ。
よく晴れた日の夜が冷えるというのはこのためだよ。
で、真夏の夜が暑いのは、冷え始める温度がもともと高いというのもあるんだけど、湿気も多くて空気中にたくさんの水分があるので、放射冷却の効果が弱まるということもあるのだ。

さらに、二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスと呼ばれる気体分子も赤外線=熱を吸収することが知られていて、この放射冷却効果をにぶらせるんだよね。
それまでは宇宙に放出されていた熱の一部が地球に残ることになってしまって、太陽から来る熱と、宇宙空間に放出する熱の収支のバランスがくるってしまうというわけ。
これが地球温暖化につながるんだよ。
地球の大気はよくできたもので、生物が生存するのに適した温度変化になるように太陽から熱を受け、それを宇宙空間に放出していたんだけど、そのバランスが熱がこもる方向にかたむきつつあるんだよね。

もともと生物はこの熱収支に合うように進化してきた(というより、この熱収支に合う生物だけが生き残ってきた)わけだけど、きっとこのまま地球温暖化が進むと、今の生物は行きづらくなってしまうのだ。
長い目で見れば新しい環境に適した生物が生き残っていくんだろうけど、おそらく、人間はその中に入っていないんだよね。
でも、人間が自然環境を破壊して起こしていることだから、できるだけ他の生物を巻き添えにしないように、もとのバランスにもどしていきたいものなのだ。

2007/09/07

即席麺

カップヌードルの進出のおかげか、アジア系移民の増加のおかげか、米国でもわりと普通にインスタントラーメンが売られているんだよね。
サッポロ一番をスーパーで見かけたときはびっくりしたよ。
でも、味は米国風になっていて、チキン、ビーフなど、味付けも違うのだ。
とは言え、世界のインスタントラーメン市場を見ると、日本・中国・韓国の消費大国の東アジアを除くと、東南アジアと米国が大きな市場になっているとかで、米国ではかなり普及しているみたい。
カップヌードルはCMにもあったように、国際宇宙ステーション(ISS)にも行ってるから、グローバル中のグローバルなのだ。

このインスタントラーメンの元祖はなんといってもチキンラーメン。
安藤百福さんが発明したんだよね。
ポイントはスープの味をよくする「油」をどうやって入れるかだったらしく、霧状にして吹き付けることで解決したそうだよ。
この油の工夫のおかげで日本初のインスタントラーメンが世界に広まっていくことになるんだって。
「コロンブスの卵」的な発想なんだけど、すごいことなのだ。

でも、実は安藤さんがチキンラーメンを開発する3年前、現おやつカンパニーの松田産業が乾燥麺の「味付中華麺」というのを製造していたんだって。
でも、これは売れなかっただけでなく、特許もおさえてなかったので、インスタントラーメンの発明者は安藤さんということになているみたい。
でも、この乾燥麺の製造過程でできてしまった麺の端切れを集めて駄菓子にしたものが「ベビースター・ラーメン」で、当時は「ベビーラーメン」として売り出したんだって。
本物の麺の方は売れなかったみたいだけど、お菓子の方は日本人なら誰でも食べたことがあるくらい普及しているよね(笑)

その後、日清食品が次々と新しい技術を開発して、インスタントラーメンが発展していくのだ。
(チキンラーメンは発売当初はとても高級品で、今のように貧乏学生の食べ物、というのではなくて、一種の道楽的趣味で食べられていたのだ!)
まずはスープを粉末状にする技術が生まれて、麺と粉末スープが分かれたインスタントラーメンが作られるのだ。
チキンラーメンの場合は味付の麺を油で揚げていたんだよね。
さらに、カップヌードルでフリーズドライ製法を採用し、麺も油で揚げずに冷凍乾燥させ、スープもフリーズドライで粉末にしたのだ。
ちなみに、フリーズドライ製法というのは、減圧していって真空に近い状態にもっていって一気に水分を蒸発させる技術なのだ。
気圧が下がると沸点が下がって、常温でも沸騰してどんどん水分が飛んでいくんだよね。
さらにそのときに気化熱で熱が奪われていって冷たくなっていくので冷凍乾燥とも呼ばれるのだ。
ただ乾燥させた乾物と違って、フリーズドライの場合は急速に水分を飛ばすので、表面がでこぼこになったり、小さな穴が無数に開くんだよね。
このおかげでお湯が浸透しやすくなっていて、数分でやわらかくなるというわけなのだ。

カップヌードルはチキンラーメンを海外に売り出しに行ったとき、外人さんが麺を紙コップに入れてフォークで食べているのを見てヒントを得たと言われているんだ。
鍋を使わず、お湯を注いで待つだけで気軽に食べられるというので、以降はカップラーメンがインスタントラーメンの主流になるんだよね。
カップヌードルは米国にも進出して、米国におけるインスタントラーメンの文化の礎を築いたのだ。
プラ・フォークで食べられるように、という工夫がよかったのかも。
最近では韓国からの移民も多いので、韓国風の「辛ラーメン」なんかもよく見かけるよ。

カップヌードルはカップラーメンの元祖であるだけじゃなく、世界ではじめて宇宙に行ったインスタントラーメンでもあるのだ。
宇宙という環境に合わせるように、麺をボール状にまるめたり、スープにとろみをつけて飛散しないようにしたり、宇宙食のスタンダードに合わせて塩分を濃くしたりと工夫がいろいろされているんだ。
最近では科学館とかでおみやげ物としても売っているよね。

海外に進出した日本食というとどうしても寿司や照り焼きに注目が集まりがちだけど、インスタントラーメンはきっともっと浸透しているのだ。
おそらく、多くの人は日本発の食文化だって気づいていないんだよね。
実は米国でもっとも浸透している日本食文化だったりして。

2007/09/06

地の果て

米国は大きな大陸にあるから、日本では拝めない地平線が見られるんだよね。
日本で見られるのは水平線だけなのだ・・・。
と言っても、ボクの住んでいるのはわりと都会なので、まだ地平線は見たことないんだけどね(笑)
そのうち見る機会があるかな?

地平線や水平線が見えるっていうのは地球が平らではないという証拠のひとつで、ただの平面だったら、遠くはかすむかもしれないけど、望遠鏡などを駆使すればずっと遠くまで見られるはずなのだ。
でも、実際には、どんなに精度の高い望遠鏡を使っても、見られる範囲には限界があるんだよね。
これは地球の表面が曲面になっていて、それ以上先は目線を伸ばした直線上より下になってしまうからどうやっても見られなくなるのだ。

地平線までの距離はわりと簡単に見積もれるんだよ。
地球が完全な球体であると仮定して、その半径をRとするのだ。
で、目線の高さをhmとすると、三平方の定理(ピタゴラスの定理)から、目線から地平線までの距離Dについて、

 D2+R2=(R+h)2

が成り立つんだよね。
すなわち、


 D=√(2Rh+h2

と計算できるのだ。

これは、地平線が目のある位置から見て球体である地球の接線になるためだよ。
で、ここで、R=6,400km、h=1.5mとすると、

 D=√(2×6.4×106×1.5+2.25)

となって、約4.4kmとなるのだ。
つまり、5kmくらい先まで障害物がなければ、普通の人は地平線が見られるのだ。
逆に、日本ではたかだか5kmでも障害物なしには見わたせないってことなんだよね。

で、展望台とかに登るとより遠くまで見られるけど、これは上の式でhが大きくなるからなのだ。
東京タワーの特別展望台から見わたしたとして、h=300mとすると、


 D=√(2×6.4×106×300+90,000)

となって、約62km先まで見えることになるよ。
東京タワーから直線距離で60kmというと、箱根や成田のあたりまで見えることになるみたい。
さすがによほど天気がよくないとそんな方までは見えないと思うけど、理論的にはそうなんだよね。
ちなみに、富士山は60km圏を超えているので、ふもとは見えず、山の上の方だけが地平線に沈んで見えることになるはずなのだ。

2007/09/05

こんがりと

なんでだかよくわからないけど、米国の日差しは強いんだよね。
気温がそんなに高くなくても、日差しが強くてものすごく暑く感じることがあるのだ。
それに、当然のことながらすぐに日焼けしてしまうので、特に日焼けに弱い白人系の人たちは日焼け止めクリームをよく塗っているよ。

日焼けは紫外線による起こる現象で、実は2段階の現象なのだ。
最初の現象は日焼けしてすぐに肌が赤くなる現象で、これは紫外線により皮膚が損傷して炎症を起こしている状態なんだ。
やけどに近い状態なんだよね。
紫外線は波長の長さで、長い方からUVA、UVB、UVCと分かれるんだけど、UVCはほとんど大気中で吸収されてしまって地表には届かないのだ。
で、このやけどを起こすのはUVB。
神秘まで紫外線が到達して、その紫外線のエネルギーで皮膚組織が傷ついて炎症が起こるんだけど、ひどい場合には水ぶくれや発熱、痛みが伴うのだ。
これを防ぐのがいわゆる日焼け止めなんだ。
もし赤くなって炎症がきつい場合は、とにかく冷やして炎症を抑えるのが大事なのだ。

次の現象が皮膚が黒くなる現象。
小麦色の肌ってやつだよね。
これは、炎症を起こす紫外線より波長の長いUVAによるもので、このUVAが皮膚に到達すると、皮膚の中のメラノサイトが反応してメラニン色素を作るのだ。
このメラニン色素が「日焼け」の黒いいろのもとになっているんだけど、このメラニン色素は有害な紫外線を吸収する働きがあって、メラニン色素が増えると上の炎症も起こりにくくなるのだ。
なので、体の防衛反応として起こっている現象なんだよ。
よく、瞳から入った光でも日焼けする、なんて言うけど、それは強い光を脳が認識して、メラニン色素を作って防御しようトスらだと思うのだ。

強い紫外線は直接皮膚のタンパク質などの高分子を破壊したりするんだけど、それだけじゃなく、遺伝情報のつまっているDNA(デオキシリボ核酸)にも損傷を与えるのだ(代表的なのは、核酸塩基のひとつのチミンが連続して並んでいるところでできるチミン・ダイマーで、2つのチミンが紫外線による化学反応でくっついてしまうのだ。)。
そうすると、傷がついたままでは複製もできないし、そこからタンパク質の情報も読み出せないので、一応修復機能が備わっているんだよね。
でも、これはそんなに
性悪に修復してくれるものじゃなくて、たまーに間違うんだよね。
中には治せない傷なんかもあって、そういうDNAレベルの損傷が発がんリスクにつながっていて、ひどい日焼けは皮膚がんになる、と言われる由縁なのだ。

でも、この紫外線は悪いことばかりをしているわけでもないんだよ。
骨の代謝に重要なビタミンDは、皮膚で紫外線を受けて活性型になるのだ。
なので、骨の健康を保つためには、日の光にキチンと当たることが重要なんだ。
サプリを飲んでいるだけじゃダメなんだよ。

それに、日の光を浴びるのはホルモン・バランスを調節する上でも重要なのだ。
人間の体の時間のリズムは、脳の中の松果体というところで作られるメラトニンというホルモンの濃度の増減で調節されていると言われるのだ。
昼に低くて夜に高いんだけど、日の光を浴びないと、この調節が狂ってくるわけ。
というのも、人間の体はもともと25時間周期にできていて(これは日の光を遮って、一切外界から遮断された部屋の中で人間を生活させると25時間周期の生活をするようになるという実験から明らかにされているのだ。)、日の光を浴びることでそれを太陽と同期する24時間周期に修正しているんだよね。
日の光を浴びないと今調節がうまくできないので、どんどん体の中の時間と実際の時間がずれてきて、睡眠障害が出たりすることになるのだ(時差ぼけはまさにこれだよ。)。

さらに、あまり日の光を浴びないと「うつ」に近い状態になることが知られていて、季節性うつなんて呼ばれるのだ。
北欧なんかでは冬には昼の時間がとても短くなるので、日焼けサロンのように紫外線を含む強い光を浴びる装置があったりするのだ。
冬の間になんとなくけだるいなぁ、と思ったときは、天気のよい昼間に散歩したりすると治ったりするんだよ。

何はともあれ、過度の日焼けはよくないけど、日の光に当たること自体はよいことだし、必要なことなのだ。
しっかりと対策をした上で、日光浴を楽しむのがよいみたい。

2007/09/04

いわゆる食べ放題

ボクの趣味のひとつに「食べ放題」があるのだけど、あれはたまに行くと楽しいのだ♪
好きなものを好きなだけ食べられるっていうコンセプトがいいよね。
絶対にもとはとれていないと思うけど、それでも、いろんなものを少しずつ楽しめるのも魅力だよ。
とか言いつつ、ボクははじめにデザートを食べたり、パインがあるとそればっかり食べたりと少し特殊な食べ方なんだけど(笑)

で、このスタイルは世界的には「ブッフェ・スタイル」と呼ばれるんだよね。
日本でもこじゃれた店はブッフェなんて言うけど、いわゆる食べ放題なのだ。
通常は定額料金で好きなだけ食べられるというもの。
多くの場合は時間制限がつくんだよね。
日本のものは北欧デンマークの「スモーガスボード」という好きなものを好きなだけとって食べるスタイルを取り入れたものだそうだよ。

で、日本ではこのスタイルを独自に「バイキング」と呼ぶのだ。
ボクなんかはブッフェと言うよりバイキングと言われた方が庶民的で好きかも。
このバイキングという名称は、日比谷の帝国ホテルが発祥で、1958年に日本ではじめてこのスタイルが取り入れられた際、北欧の海賊のバイキングが豪快に食事をするのをイメージしてそう名付けたんだとか。
そのときちょうどバイキングという映画をやっていたみたいで、その映画の食事シーンにインスピレーションを受けたそうだよ。
そのレストランの名前も「インペリアルバイキングサール」で、やっぱり「バイキング」が入っているのだ。
今でもバイキングスタイルの食事を提供していて、わりと高めのお値段だけど、ボクたち「食べ放題」同好の士の中ではあこがれの存在なのだ(笑)
で、帝国ホテルが名付けたくらいなので、外国ではいっさい通じないんだそうだよ。

これは調べてみてボクもはじめて知ったんだけど、食べ放題では料理を取りに行くごとにお皿は新しいのに変えるのがマナーなんだって。
ボクなんかはテーブルの上にお皿が積み重なるのがいやなので、うまく盛りつけて何回か使っていたんだけど、それはよくないらしいのだ。
食べ放題の本場(?)の北欧では、お皿に一度に多く盛りつけず、かつ、お皿も毎回新しいのを使って、多くのお皿を積み重ねるほどマナーがいいとされるんだって。
これはかなりおどろき!
今度食べ放題に行ったら気をつけないと。

2007/09/03

からし

ボクは毎日お昼のお弁当にサンドイッチを作っているのだけど、それにはマスタードがかかせないんだよね。
どうもマスタードを少しパンにぬらないと味がしまらないような気がするのだ。
だいたい、ハムとかチーズとか野菜だけじゃ、ほぼ塩味だけで、味にインパクトがないんだよね。

でも、ここでふと気になったのが和がらしと洋がらし(マスタード)の違い。
どちらも黄色くて、辛みがあるけど、風味はけっこう違うよね。
おでんや豚の角煮、冷やし中華、シュウマイなんかには和がらしが合うけど、ホットドッグやサンドイッチ、ハンバーガーにはやっぱりマスタードなのだ。

和がらしは、アブラナ科のカラシナの種子から作られる香辛料で、インドや中国でも使われるんだって。
洋がらしが入ってきてから区別するために「和」がついただけで、日本独特のものではないようなのだ。
カラシナは漬け物なんかにもされるけど、葉っぱ自体にも辛みがあるんだよね。
その種子を圧搾脱脂して、さらにあく抜きしてえぐみをとってからお湯でといて作るそうだよ。
和がらしは練れば練るほど味が出るとか言うけど、けっこう扱いがめんどうくさいみたい。
それと、洋がらしに比べて辛さも強いみたいだよ。
より「つ~ん」を来るらしいのだ。

マスタードもやっぱりアブラナ科の植物のシロガラシ又はクロガラシの種子から作られるもので、種子をすりつぶした後、水や酢などの液体で伸ばして、さらに小麦粉などでとろみをつけたものだそうだよ。
和がらしに比べるとだいぶ作り方は楽みたい。
辛さもマイルドで、伸ばす過程で様々な材料を加えられるのも特徴。
よくあるのはハニー・マスタードというはちみつ入りのものだけど、タネの粒を残した粒マスタードや、フレーバーをつけたものもあるんだって。

和がらしは作り置きすると辛みが抜けていくんだけど、マスタードの場合は瓶詰めで売っているくらいだから、比較的辛みが持続するんだろうね。
たぶん、それはカラシの作り方の違いにもよるんだろうけど。
なかなか似て非なるものなのだ。

ちなみに、同じ辛みの代表選手のわさびや西洋わさび(ホースラディッシュ)もアブラナ科のようなのだ。
アブラナ科っていうのは辛み成分を作る特徴があるのかな?
やっぱり同じアブラナ科の大根も辛みの強い品種があるよね。

卓上の赤いアレ

日本の飲食店だと、テーブルの上には塩・こしょうとしょうゆ、ソースがあることが多いけど、米国の場合はトマト・ケチャップとマスタードなんだよね。
特にトマト・ケチャップはハンバーガーやホットドッグのようなソウル・フードには欠かせないし、米国人は揚げ物でもなんでもたいていのものにはトマト・ケチャップをかけるのだ。
世界を見わたしても、米国人のトマト・ケチャップ消費量はぬきんでているそうだよ。
日本人がとりあえずしょうゆをかけるようなものなのだ。

でも、どうもケチャップの歴史をひもとくと、トマトが原料になったのはだいぶ後みたい。
もともとはインド奥地の魚醤(魚を発酵させて作る液体調味料)のようで、それが英国に伝わって、魚介類だけじゃなく、キノコや植物素材を使った様々なソースが作られるようになったんだって。
発酵させてスパイスをきかせたそのソースを一般的にケチャップと呼んでいたということなのだ。
sれが米国に伝わり、そのころやっと食べ始められたトマトを使ったケチャップが作られ、日本でもおなじみになったハインツ社が1876年に瓶詰めのトマト・ケチャップを発売して、一気に普及したんだって。
日本には明治期には伝わっていたけど、広く使われるようになったのは洋食が一般家庭にも浸透した戦後で、オムライスやナポリタン、チキンライスなんかに使うようになったんだよね。

トマト・ケチャップは基本的にはトマトをどろどろにした調味料なんだけど(笑)、まずは完熟トマトを加熱してからこしてトマト・ピューレを作るんだって。
それに塩や砂糖を加え、さらに、酢、オールスパイス、シナモン、クローブなんかのスパイスを足していくのだとか(英国やオーストラリアのような国では酢を入れないものが売られているんだって。)。
加えて、そこに他の野菜も入れたりすることもあるとか。
こうしてレシピによってだいぶ味が代わってくることになるのだ。
ボクはトマトの味が濃いハインツのやつが好きかな。
小さいころはカゴメのケチャップを使っていたけど、ハインツが店頭に並ぶようになってからはハインツを使っているのだ。

米国人はトマト・ケチャップが大好きなんだけど、そんな中で、残り少なくなったトマト・ケチャップをきれいに効率よく出す方法というのをまじめに流体力学とかの観点から考えている人もいるのだ。
その人の説によると、底の部分をを強くたたいたり、注ぎ口を上からたたくのはよくなくて、力を入れすぎて飛び散るわりにはあまり出てこないそうだよ。
止めと・ケチャップのように口が細くなっている容器に入った粘性の高いものの場合、口を下からやさしくとんとんとたたいてあげるのが一番いいみたい。
ただし、これは瓶入りのケチャップの話なので、容器ごと指でつぶして押し出せるものでは関係ないけどね(笑)

2007/09/02

菜食

今日は何となくさっぱりしたものが食べたくて、野菜たっぷりの塩味パスタを作ったんだけど、肉類は一切入れなかったんだ。
でも、野菜の味がしっかりと感じられて、なかなかおいしくできて大満足(^o^)/
にわかベジタリアンというわけ。

米国に来てから改めて気づいたのは、けっこうベジタリアンの人が多いというおkと。
どこに行ってもベジタリアン用の食事が何かあるのだ。
それだけ需要が高いと言うことなんだろうけど、一方で肥満の人が増えているっていうんだから両極端なのかも。

ベジタリアンと一口に言っても、実は食べられる範囲によってさらに細分化されるようなのだ。
乳製品は食べてよい、とか、はちみつすら食べてはダメ、とか、魚介類ならOKとか、ニンジンとかキャベツとかその生物が死んでしまうものを食べるのはダメなので果物などばかりを食べる、などなど。
卵が食べられるかどうかもけっこうクリティカルで、卵もダメとなるとかなり制限がかかるんだよね。
さらに乳製品もとらないとなると、脂肪やタンパク質がかなり摂取しづらくなるし、味のバリエーションも相当せまくなると思うよ。

インドではかなり菜食が発達していて、どうもカースト制度で上の方のカーストの人は肉を食べなかったからみたいなんだよね。
菜食と言っても油をけっこう使うし、何より乳製品をふんだんに使うので、日本人がイメージするベジタリアンの「貧困な」サラダや野菜スープ中心の食事とはまったく異なるのだ。
さすがに歴史を積み重ねてきただけあって洗練されているようなのだ。
インドでは人口比率で3割くらいの人がベジタリアンにあたるようだけど、それだけの人が長年ずっと続けてこられたのも料理が発達したおかげだよね。

さらに、インド発祥の世界宗教である仏教も基本的に肉や魚を食べるのは禁止なんだよね。
特に中国から東アジアへ広がった大乗仏教では仏教の教えとともに菜食中心の食事も広がっていったのだ。
中国ではそのおかげで「もどき」料理が発達して、肉や魚を食べられない代わりに、野菜などの材料でそれに似た形、食感、味の料理を発達させたんだよね。
現在欧米でも似たような料理がはやっていて、ベジタリアン用なんだけど普通の人の食べる料理と同じようなものを作っているのだ。
でも、そこまでしてこだわるなら、はじめからベジタリアンにならなければいいのに、といつも思う。
とは言え、宗教上の教えや健康の問題でもあるから、野菜だけを食べたいけど、できるだけおいしく食べたいという根源的な要求なのかも。

日本の精進料理も菜食料理で、禅宗の伝来とともに鎌倉時代以降に発達していったのだ。
現在の日本料理の代名詞的なものになっている会席料理も、禅宗の精進料理を茶会の席で出す料理として応用したものがもとになってえいるんだよね。
この精進料理も基本的に肉も野菜も使わないけど、だしがきいていたりして、さっぱり目だけどしっかりとした味付けになっているのだ。
飛竜頭(がんもどき)や高野豆腐、豆腐料理、こんにゃく料理なんかが発達したのは精進料理の貢献度が大きいんだよね。
京都のお漬け物なんかももともと精進料理の中で生まれてきたものがあるのだ。
たくあん漬けを広めた沢庵和尚も禅宗のひとつの臨済宗のお坊さんだよね(これは俗説という話もあるけどね。)。

ボクも若いころはもっと脂ぎったものが好きだったけど、最近は年のせいかさっぱりとした和食、特に野菜を多く使った料理が好きになったのだ。
きんぴらゴボウとか野菜の炊いたのなんておいしいよね。
米国にいると滅多に食べられないので余計あこがれてしまうよ。
これだけ菜食がはやっているのに、日本の精進料理がまだ米国でブレイクしていないのは不思議だよ。
けっこう受けると思うんだけどなぁ。

2007/09/01

9月

いよいよ9月だねぇ。
年をとったせいか、1年が経つのが早いのだ(笑)
9月といえばまだまだ暑い日もあるけど、いよいよ秋の到来って感じだよね。

9月の日本での旧称は「長月」。
なんでそうなったのかははっきりしないらしいけど、「夜長月」の略とするのが一般的な解釈なんだって。
まさに「秋の夜長」ということなのだ(旧暦の9月は今の10月から11月なので、ちょうど秋のまっただ中なのだ。)。
他に、「稲刈り月」が「ねかつき」となり、さらになまって「ながつき」になっととする説もあるそうだよ。
でも、「夜長の月」っていう方が風流でいいよね(笑)

英語ではSeptemberというけど、最後の-mberはNovemberやDecemberと同じで「月」を意味しているのだ。
で、sept-はラテン語由来で「7つの、7番目の」という接頭辞で、あわせて「7番目の月」という意味なんだ。
一説に、ジュリアス・シーザーの月(July)とアウグストゥスの月(August)を間に差し込んだから、7番目だったのが9番目になった、という説があるんだけど、これは俗説みたい。
古代ローマでは3月が1年のはじめで、そこから数えて7番目の月という意味だそうだよ。
2月が一番日数が少ないのもこのためで、年末に当たるのでしわ寄せが来ているのだ。
これもAugustがJulyに比べて日数が少ないのはまずいと言って2月から1日とって29日とした(閏年を含めて)って説があるけど、これも俗信なんだろうね。

9月といえばなんといてもお月見の季節。
仲秋の名月だよね。
秋や冬は空気が乾燥しているため、月や星がぼやけずに鮮明に見えるのだ(湿度が高いとぼやけるのだ。)。
かつ、9月くらいだとまだ夜はそんなに寒くないので、お月見に向いている季節、となったんだそうだよ。
欧州では月は狂気の象徴ととらえられがちで、狼男の伝説にそれがよく現れているけど、中国や日本では月を愛でて自然に親しむ文化があったんだよね。
ボクは月を楽しむ文化の方が好きなのだ♪