2011/09/24

黒いダイヤも今はギンナン

今年もとうとうこの季節がやってきたのだ!
そう、ギンナンが道に落ちて、踏まれてくさくなるのだ(>o<)
みんなよけて歩けばいいのに、といつも思うんだよね。
そんなイチョウは「生きた化石」とも呼ばれる植物。
メタセコイアなんかもそうだけど、古代種が現在まで生き残っているのだ。

イチョウが登場したのは古生代後期に当たる石炭紀の終わり頃。
石炭紀は巨大な両生類が地上を徘徊し、原始的なは虫類も出始めた時代。
もっと興味を引くのは、巨大なシダ植物や巨大昆虫がばっこした時代でもあるんだ。
ちょうどイチョウやソテツなんかの裸子植物も繁茂したんだって。
この植物の大繁殖により、空気中の二酸化炭素濃度は下がり、逆に酸素濃度は30%を超えるほど上がったそうだよ(現在は21%ほど)。
二酸化炭素濃度が低くなりすぎて徐々に気候が寒冷になり、氷河期に突入したとも言われているのだ。

で、その石炭紀という名前は、まさに石炭が出る地層だから。
古生代や中生代の植物が腐敗しないままに地中に埋没し、熱や圧力をかけられると、化学反応により酸素や水素が徐々に抜けていって炭素含有量が増えていくんだって。
最初は脂肪族(主に炭素と水素がつながった有機化合物)で脱水反応が起こり、続いて脱炭酸反応でさらに炭素含有量が高まるのだ。
最後に脱メタン反応で芳香族(ベンゼン環を主体とする有機化合物)に変わっていくんだって。
これを石炭化と言うんだ。

この課程で、最初に脱水反応で炭素含有量が70%を超えるくらいになったのが泥炭や褐炭といった柔らかい石炭。
まだ水分も多く含んでいるし、不純物も多いのであまり燃焼性もよくなく、発熱量も低いのだ。
なので燃料としてはあまりよくないんだけど、泥炭なんかはウィスキーを作る際、麦芽の成長を止めるための乾燥に使われていて、その独特の香りがウィスキーの風味になっているんだよね。
褐炭は水分が多くてエネルギー効率が悪いわりに、自然発火もするのでなかなか扱いづらいみたい。

さらに脱炭酸が起きると瀝青炭になるのだ。
これが一番高価な石炭で、いわゆる石炭と言えばこれ、というもの。
炭素含有量は83~90%程度で、燃焼性もよく、発熱量もわりと高いのだ。
ただし、まだ硫黄などの不純物も多く、燃焼時に黒煙が出るんだよね。
蒸気機関車の煙で真っ黒になる原因なのだ。
この瀝青炭を蒸し焼き(乾留)すると、コークスとコールタールに分かれるんだ。
コークスは今でも製鉄産業で重要な位置を占めていて、安定性と価格であまり代替がないんだそうだよ。
鉄鉱石とコークスを積み上げて下から空気を吹き込んで燃やしてやると、コークスが不完全燃焼して一酸化炭素が生まれ、その一酸化炭素が酸化鉄から酸素を奪って(還元して)、金属鉄ができるというわけなのだ。
一方のコールタールの方は世界で最初に認定された発がん性物質でもあるけど(山極勝三郎博士がウサギの耳にコールタールを塗り続けた実験だよ。)、かつては芳香族化合物(ベンゼン、フェノール、ナフタレンなど)の重要な原料だったんだよね。
フェノールを日本名で石炭酸というのはここに由来するのだ。

さらに炭素含有量が上がってかちかちになると無煙炭という石炭になるのだ。
金属光沢があって、燃やしてもあまり煙が出ないのでその名前があるんだ。
発熱量は高いんだけど、あまり着火性がよくないので(不純物としての燃焼性揮発成分に乏しいため)、燃料としては瀝青炭の方が上みたい。
でも、煙が出ないので、かつては軍艦の燃料として重要視されて痛そうだよ。
今では粉状の粉炭にして練炭の材料になったり、炭化物(カーバイト)の材料になったりするのだ。

石炭ができるには、腐敗する前に堆積していく必要があるんだけど、むかしはシロアリやキノコのように樹木の腐敗を進める生物も少なかったので比較的できやすかったみたい。
で、沼沢地などではすぐに水につかるので腐敗しづらく、石炭になりやすいそうなのだ。
さらに、地殻運動や地熱の違いで反応速度が違っていて、日本は地殻運動や火山活動が活発なので、諸外国より反応が早いんだそうだよ。

最近家庭で石炭を使うことはほとんどなくなったよね。
バーベキューのときなどに練炭を見かける程度なのだ。
かつては石炭ストーブなんかもあったわけだけど。
これは固形物なので貯蔵や運搬が困難なことと、天然ガスや石油に比べて発熱量が低いからなんだ。
でも、石炭にもメリットがあるんだよね。
それは豊富な埋蔵量と、比較的安定な地域に埋蔵されているという事実。
海外の方が安く掘削できるので国内から炭鉱はなくなったけど、日本にもまだけっこう石炭はあるのだ。
最終的なエネルギー源としては重要なんだよね。
それに、なんと言っても安いのだ。
なんと言っても発電の燃料としては重要で、我が国の電気の下支えをしているのは原子力と石炭火力なのだ。
石油火力や天然ガス火力は熱効率は高いけど、その分コストもかさむんだよね。

でも、石炭自体は発熱量も低く、また、燃焼させると硫黄や窒素などの不純物が出るし、煤煙で真っ黒になるのだ。
そして何より、二酸化炭素を多く出すのだ。
これが問題になっているんだよね。
技術開発が進んで、石炭ガス化ガスなんて言うものもあるけど、クリーンな燃料に変換できても、その分コストがかかれば安価というメリットが消えてしまうのだ。
燃料が枯渇してきたらそれを乗り越えるかもしれないけどね。
そんなわけで、かつては黒いダイヤと言われた石炭は、これからの状況によってはまた大きく復権するかもしれないんだよ。
後は再生可能エネルギーがどこまで使えるようになるかだね。
今はギンナンを落としているイチョウも、遠い将来には重要な燃料になっているかもしれないのだ(笑)

2011/09/17

期待していないけど期待値

ちょうど1ヶ月くらい前、サマージャンボ宝くじの抽選が行われたようなのだ。
ボクが子どもの頃は、1等前後賞合わせて1億円(1等賞金6,000千万円+前後賞各2,000万円)だったけど、これは宝くじの賞金は原則として額面金額(ジャンボの場合は1枚300円)の20万倍までという上限が法律で決められているからなんだって。
今ではさらに法改正され、総務大臣が指定をした場合は、額面金額の100万倍まで(ジャンボなら300円の100万倍で3億円)の当せん金が認められるようになったんだよ。
今のところ最高額のジャンボ宝くじでも2億円だけどね(前後賞を合わせると計3億円)。
でもでも、「億円」という単位が出てくると俄然夢を見たくなるけど、同時に、当たらないよあぁ、というのも宝くじの印象。
これがどうなっているのかをちょっと数字で調べたのだ。



表がその簡単な分析。
今年のサマージャンボ宝くじの場合、1等、前後賞、2等はそれぞれ1枚ずつ。
01組~100組まであって、それぞれ100000~199999の10万通りの数字の組み合わせがあるので、トータルでは1000万通り。
すなわち、これらの賞は1000万分の1の確率でしか当たらないのだ!
組違い賞だとその100倍、組番の下一桁だけを指定する3等だとその10倍当たりがあるのだ。
で、それぞれ当せん金と当たる確率をかけ合わせて、当せん金の期待値を求めると、1等で20円、前後賞合わせても30円というていたらく・・・。
1等から7等まで+ラッキーサマー賞まで入れても、300円で買った宝くじ1枚に期待される当せん金は136円という結果になったのだ(ToT)
通常ジャンボ宝くじの当せん金期待値は140~150円くらいと言われているから、こんなものだろうね。

逆に言うと、売上金の半額は実入りになるわけで、そこから宝くじ事業を行うに当たっての経費(人件費、印刷費、宣伝費等)が捻出されるとともに、各種公共事業等に投入される収益金(全国都道府県・19指定都市に納められる分)が生み出されるのだ。
財団法人日本宝くじ協会のHPによれば、宝くじの売り上げのうち45.6%が当せん金、14.5%が事業経費、39.9%が収益金になるそうなのだ(平成21年度実績)。
1枚300円のジャンボ宝くじの場合、その45.6%は136円80銭なので、だいたい期待値計算と合っているよね!
実際には、当たっていても当せん金を受け取りに来ない人が多数いるので、その分は収益金にまわるようなのだ。

よく宝くじには「当たりやすい売り場」がある、なんて言って長蛇の列ができることがあるよね。
でも、公平に抽選をしている限り、この売り場だと「当たりやすい」ということはないはずなのだ。
ただし、「当たりが出やすい」というのは存在するんだよね。
それは単純に売り上げ枚数の差。
宝くじの当たりのようにごくごくまれにしか起こらない事象はポアソン分布に近似されるけど、そうすると、一つの売り場で高額当せん金が当たる確率は、「売上げ枚数×当選確率」に近似されるのだ。
例えば、さっきのサマージャンボの場合、50万円以上の当たりが出る確率はわずか0.00114%(>o<)
1万枚の売上げがある売り場なら、その期待値は0.114・・・。

つまり、10回に1回しか高額当せん金は出ないというわけ。
当然、1000枚しか売れない売り場ならその10分の1の確率でしか高額当せん金は出ないわけだよね。
逆に言うと、10万枚以上売上げのある売り場なら毎回1つは高額当せん金が出るんだよ♪
すなわち、一度高額当せん金が出たと言って話題になると売上げが伸びるので、ますます高額当せん金が出る確率が上がるのだ。
この「正の循環」で「当たりが出やすい売り場」(例えば銀座の数寄屋橋)が誕生するわけだよね(笑)
ま、買った人から見れば、どこで勝手も当たる確率に変わりはないのだ。

そんなわけで、年末にはまた年末ジャンボがあるけど、期待値的に購入金額の半額は寄付していると思って買わなきゃいけないわけ。
ま、当たったら大きいし、夢を買うということだよね。
堅実派のボクとしては、なかなか買おうとは思わないのだけど(笑)
とは言え、買わなきゃ当たらないわけで、高額当せん金を手に入れる確率を「0」にしないためには買うしかないのだ!

2011/09/10

血の絆~情けは人のためならず

この前献血をしたんだけど、そのときの血液を使った検査の結果が家に届いていたのだ。
いわゆる血液検査でやるようなコレステロール値やらγGTPやらを調べてくれるんだよね。
これでまたボクの血が至って健康であることがわかってよかったよ♪
ボクの場合は、学生の時にはじめて献血して以来、職場などでやる場合はできるだけ行くようにしているんだよね。
だって、自分が交通事故なんかに遭ったときのことを考えると、輸血用血液は確保しておいてほしいもんね。

でも、調べてみてわかったんだけど、どうやらつい最近まで輸血用血液や血液を加工して製造される血液製剤はそのほとんどを「売血」によっていたようなのだ!
血液銀行と呼ばれる業者に血を売るんだよね。
水木しげる先生の代表作、ゲゲゲの鬼太郎の前身の墓場鬼太郎の冒頭のエピソードにもそんな話が出てくるよ。
日本では、とある事件が起こってから、原則無償で提供される献血により集められた血液が使われるように変わったんだって。
でも、特に若い層で献血離れが進んでいるので、献血場所で提供される飲み物やお菓子が豪華になったり、複数回行くとポイントがたまってそれに応じたプレゼントがもらえるようになったり、献血場所に雑誌やDVDなどを見られるようになったりと工夫がされているんだ。
ボクなんかも献血するときはたっぷりと飲み物とお菓子をもらっちゃうよ(笑)

その問題となる事件とは、「ライシャワー事件」というもの。
駐日米国大使だったライシャワーさんが昭和39年(1964年)に刺されるという事件が起きたんだけど、このとき輸血を通じて肝炎になってしまったのだ。
輸血された血液中に肝炎ウイルスが潜んでいたんだよね。
当時はウイルスの簡便な検査法もなかったし、主に売血により輸血用血液がまかなわれていたんだけど、その血液の多くは金銭を得るために過度に売血を繰り返していた人たちの血だったのだ。
そういう人たちは肉体労働者が多かったらしいんだけど、そういう人たちの間では覚醒剤が流行していて、注射の回し打ちなんかもしていたのでウイルス性肝炎が蔓延していたんだって。
そういう人たちが血を売るので、あまり質のよくない血液だったんだそうだよ。
肝炎による黄疸で血液が黄色くなっているので、「黄色い血液」なんて呼ばれたとか。
(過度の採決により赤血球の減少で血漿の色が強く出て黄色く見えていた、という説もあるよ。)

この事件を機運として我が国では献血制度が整備され、売血がなりを潜めることになったのだ。
でも、実際には、献血だけでは血液製剤分まではまかなえなくて、その分は海外で売血された血液を原料に使っていたりしたんだよね。
そういう状況下で薬害エイズや薬害肝炎みたいな話が出てきたのだ(>o<)
今でこそ簡易的な検出キットがあるので多少予防はできるのだけど(潜伏期間があるので、完全に検出できるわけじゃないんだよね。)、このころはまだそんな技術もなかったのだ。
でも、問題は、そういうリスクがあるとわかってからも使い続けたことなんだよね・・・。

現在の献血は日本赤十字センターが一元的に行っているんだよね。
献血に行くとわかるけど、まずは献血できる体調かどうかを調べて、さらに献血して大丈夫な人かどうかの検査があるのだ。
これには、不特定多数の人と性的関係を持った、とか、麻薬を服用した、とか、いつぐらいにどこの国に滞在したとかいろいろあるんだよね(海外滞在はクロイツフェルト・ヤコブ病などの疾患のリスクの関係だよ。)。
さらに、献血がエイズ検査目的ではないことが確認され(エイズ検査は全国の保健所等で無料で受けられるよ。)、200ml、400ml、成分のどれかを選んで献血開始。
献血前にスポーツドリンクを勧められるのはこれは水分補給のためで、血液はつまるところそのほとんが水でできているので、水で薄めた感じにしたいんだよね。

献血中、手をグーパーさせられたり、使い捨てカイロであたためるように言われることがあるけど、これは体が冷えると血管が細くなって血が出にくくなるからなんだ。
そうすると、時間がかかって献血する人も苦しいし、待ち時間も長くなってしまうんだよね。
ちなみに、成分献血の場合は、一度全血を抜いてから必要な成分をとった後のものを輸血のように体にもどすんだよね。
時間がかかるというのでボクはやったことないけど、ぷくぷくという変な感触があるらしいよ。

ちなみに、全血献血の場合でも、保存する場合は成分ごとに分けて保存されるみたいだよ。
そのままだと長期保存に向かないので、それぞれの成分(赤血球、血小板、血漿等々)に会わせた保存方法がとれるように分けるんだって。
ただし、事故とかでその場で血が必要な場合は「枕元輸血」と言ってその場で血を採取して輸血したりするのだ。
その他、いわゆる「輸血」のイメージは注文制で行われている全血の輸血だけど、手術とか前もってわかっている場合は適宜成分を組み合わせた輸血用の血液製剤が使われるみたい。
なんだか意外だよね。

血を抜くのはちょっとこわいけど、自分もお世話になるかもしれないわけで、安全な血液を確保するためには協力しておきたいものなのだ。
これこそが本当の意味での「情けは人のためならず」だよね。
献血手帳を持っていると有事の際に優先的に輸血してもらえると言われているけど、実際にはそんなことを確かめているひまもないし、公平に扱われるんだって。
確かに、という感じだね。
ま、無理はすることはないけど、できれば一度はやっておきたいね。

2011/09/03

育ちのよいドジョウは臭くない(笑)

いよいよ野田政権がスタートするねぇ。
本人は「ドジョウのように泥臭く」と言っているみたいだね。
いまいち地味な感じがいなめないけど、堅実派ということをアピールしたいのかな?
で、ボクの場合は、むしろドジョウが気になったので、少し調べてみたのだ(笑)

ドジョウはコイ目ドジョウ科の淡水魚で、むかしは水田や小川でよく見かけたのだ。
それこそ田舎では至る所にいたので、安価な食材としても活用されていて、ドジョウ食文化が生まれたんだよね。
最近は水田にも農薬を使うのでぐんと減ったんだって。
戦前に比べると流通量ががた落ちらしいよ。
確かに、現代ではドジョウ料理ってちょっと高級だよね。
泥臭いイメージはあるけど・・・。

ドジョウはウナギが短くなったような、ナマズが細くなったような形態だけど、実はコイの仲間。
でも、鱗がなくて体表面を粘液が覆っていてぬめっとしているのでそういうイメージがあるんだよね。
でも、それは進化の過程でたまたま似たような形態になったというだけなんだろうけど。
実際、だんだんわかってきたように、ウナギは概要で産卵し、稚魚が海から川にもどってきて生育するのだ。
なので、淡水だけじゃなく、海水環境でも生きられるんだよ。

それに、ウナギは水が少ないところでも皮膚呼吸ができるんだ。
ナマズはえら呼吸のみ。
ドジョウの場合は、皮膚呼吸ではなくて口から空気を吸って、腸でガス交換できるようになっているんだって。
水が少ない環境では、水面に口を出してぱくぱくして呼吸ができるのだ。
コイも口を水面につけてぱくぱくするけど、コイの場合はそれでは呼吸できないみたい。
もともともう少し水の多い環境に棲む魚だからね。

ドジョウにもナマズにもひげはあるけど、ナマズのひげがesaとなる小魚や昆虫の動きをとらえるセンサー的な役割を持っているのに対して、ドジョウのひげには味蕾があって、味を感じているらしいのだ。
泥がある環境だと視覚だけに頼れないので、ナマズは水の動きで、ドジョウは味で餌を探しているみたい。
ナマズの場合は何か動きを察したらそっちに行ってぱくっとやればよいけど、ドジョウの場合はおいしそう(?)な味がしたらぱくっといくのかな?

そんなドジョウはユスリカの幼虫やミジンコなどの動物性プランクトンなどを食べる雑食性。
どうしても泥も一緒に食べてしまうので泥臭いんだよね。
食材として使うときにはきれいな水に上げて泥を吐かせる必要があるのだ。
これはコイやナマズでも一緒だけどね。
でも、この泥臭さって、藍藻中に含まれるゲオスミンという化学物質が原因なので、水田のように泥の上に常にきれいな水が流れている場所でとれたドジョウはそんなに泥臭くないのだ!
ため池とか沼とかの水の流れがよくないところでとれるナマズやコイなんかは相当泥臭いけどね。
ちなみに、このゲオスミンは酸性条件下で分解するらしいので、お酢を使うと多少くさみがとれるみたい。
通常は味噌味や強めの醤油味で臭みをごまかすよね。

ドジョウの場合は、ささがきのゴボウと一緒に甘めのしょうゆたれで煮て、最後に卵でとじる柳川が有名だよね。
ドジョウからはよいダシが出るそうで、それを卵でとじておいしく食べようという工夫なんだって。
小さいものだとまるのまま入れるんだけど、内臓があると泥臭さが出るし、骨も硬いので、大きなものは割いてから入れるそうな。
それと、体の表面のぬめりも生臭さの原因になるので、お湯をかけて白くかたまったぬめりを取ってから調理すると上品な味になるみたい。

このほか、江戸では、そのまま醤油味で煮て最後に山椒をふるドジョウ鍋なんかも食べられていたようだよ。
田舎ではそのまま味噌味で煮たドジョウ汁や、蒲焼き、串焼き、唐揚げなどで食されていたようなのだ。
ちなみに、ドジョウ豆腐(地獄鍋)という料理があって、これは豆腐と生きたドジョウを一緒に煮ると、熱さを逃れるためにドジョウが豆腐の中に逃げ込んで煮えてしまう、とかいうものなんだけど、実際には豆腐の中に入り込む前に煮えてしまうので、実現はむずかしいようなのだ。
ウナギは捕るのが大変だったけど、ドジョウは水田にちょっと罠を仕掛けるとすぐにとれたようなので、生活に密着した食材だったんだよね。
今では天然物のドジョウは少なく、養殖物や輸入ものが使われていて、かえってウナギより効果なのだ(>o<)

江戸でドジョウ料理の名店と言えば駒形どぜう。
本来ドジョウの旧仮名表記は「どぢやう」なんだけど、これを「どぜう」と書き始めたのは駒形どぜうの初代越後屋助七さんなんだって。
なんでも、文化3年(1806年)の江戸の大化で店が類焼したとき「どぢやう」の4文字では縁起が悪いとして、3文字で同じく「ドジョウ」と読める「どぜう」と書き改めたんだとか。
他の店もまねするようになって、「どぜう」と書かれることが多くなったんだそうだよ。

というわけで、泥臭いイメージのあるドジョウだけど、実はそんなに泥臭いワケじゃないし、今ではわりと高級食材なのだ。
新しい野田政権は、旧態然としたイメージのドジョウなのか、現代のドジョウなのか、今後が注目されるね。
できれば、泥の中から出ても、洗練された味にあるドジョウになったほしいけど。