2016/01/30

なぞの単位

米国に留学していたとき、スーパーでは牛乳が「ガロン」単位で売られていたのだ。
ハーフ・ガロンとか、クォーター・ガロンとか。
イメージとしては、ハーフ・ガロンだと1升、クォーター・ガロンだと1Lという感覚(笑)
日本だと、ニュースで原油価格の話題になったときくらいにしか聞かない単位だから、正直よくわからないよね。
でも、いまだに米英では広く使われているのだ!

計量の単位というのは古来から重視されていて、世界史でも「度量衡の統一」というのは一つの大きな出来事として紹介されるよね。
古代ローマの広大な帝国支配しかり、秦の始皇帝の中央集権体制の確立しかり。
地域の狭いコミュニティの中で物々交換とかしかしないのであればさほど問題は生じないんだけど、広域に物資を流通させたり、広いエリアを統一の基準で統治したりするのには、その域内の人々が同じ単位で計量することが重要なのだ。
「○○をどれだけ」と言ってもお互いに通じないから、取引ができないし、租税も徴収できないのだ。

大航海時代以降、世界中がつながって、国際的な流通が始まるわけだけど、こうなると、一国ではなく、国際的な単位の統一が必要になってくるんだよね。
そういう流れの中で出てきたのが「メートル法」。
これまで各地域で伝統的に使われていたものとは一線を画し、当時の最先端の科学的知識をもとに設定されたのだ。
これは地球の円周の1/4を1万kmとした単位。
実際には地球は球体ではなく、ちょっとひしゃげているので、現在では光が規程単位時間に進む距離と再定義されているよ。

これは初めてして、現在では国際単位系が基本的には「MKS」単位(メートル・キログラム・秒)で統一されつつあるんだけど、メートル法を採用しない国もあるわけで。
かく言う我が国も、伝統的な尺貫法がずっと使われてきて、メートル法に完全移行したのは戦後なんだよね。
(と言いつつ、今でも家屋とか家具とかは尺貫法をベースにした寸法になっているけど。)
で、いまだに採用をしていないのが英国。
メートル法の発祥が仏国だというのが気に入らないのかもしれないけど、独自にポンド・ヤード法を貫いているのだ。
そもそもEU加盟国でありながらユーロを通貨として導入していないしね。

でも、もっとたちが悪い国もあるのだ・・・。
それが米国。
法律上はメートル法を採用していることになっていて、伝統的なポンド・ヤード法は「慣例的単位」ということで仕様が認められているんだけど、実際にはほとんどの場合においてポンド・ヤード法が使われているのだ。
ステーキの重量はポンドかオンス表示だし、液量の表示はガロンやバレルだし。
自動車の速度計もマイル毎時だよね。
気温も摂氏ではなく華氏で表示するので、日本人からするとあたたかいのか、寒いのかもよくわからないのだ。
(科学分野では絶対温度を使う関係もあって、華氏より摂氏を好むんだけどね。)

さらに、もっとめんどうなのが、英米では微妙にポンド・ヤードの単位がずれていること。
英国では160液量オンスで1ガロンだけど、米国では128液量オンスで1ガロン。
それぞれ4.546Lと3.785Lで、1L近くずれているのだ・・・。
日本国内では、計量法という法律に従って、原則としてメートル法標記をしないといけないんだけど、米国と取引をする関係で、米国ガロンは石油取引などで例外的に認められているのだ。
っていうか、大国である米国と取引するため、日本以外の国もある程度は米国の単位系を受け入れざるを得ないんだよね(>o<)
まったく迷惑な話だけど。
しかも、法律上はメートル法が正式になっているのに!

「ガロン」という単位は、ラテン語でバケツを意味する「gallet」から来ているようなんだけど、英米語特有のバケツ一杯分の水とかそういうイメージなのだ。
なので、バケツのサイズが異なれば単位がずれるのも当たり前と言うこと。
すでにいろんな計量単位がガロンと呼ばれていて、現在ではだいたい三種類に集約されているんだって。
ひとつは英国式ガロン。
後の二つは米国式で、液体の単位である米国式液量ガロンと、穀物なんかの固体を計量する単位である米国式官僚ガロンがあるのだ。
いやあ、ややこしい・・・。

科学の世界ではすでにMKS単位系に統一されているので、実社会でも徐々に変えていけるはずなんだけどね・・・。
っていうか、中学とか高校の理科ではどういう教育をしているのか気になるよ。
英国の場合は、それはそれ、これはこれで、これこそが英国の伝統だ!、と教えてそうだけど(笑)

2016/01/23

賢く計量

テレビのCMでも電力全面自由化の話が出てきているのだ。
これまでは大口の電気の使用者(電力会社の言う「需要家」)だけが電気の供給事業者を選べたんだけど、4月からは全消費者が選べるようになるんだよね。
で、すでに東京ガスやソフトバンクのようなインフラ系事業者が名乗りを上げているし、なぜかHISのような会社も事業を検討しているのだ。
選択肢がいきなり増えるわけだけど、セット割りとか各社のメニューを比較して賢く選びたいものなのだ。

この電力自由化に当たって必要となるのがスマートメーターという計量器。
これまで一般家庭の場合は、積算計というメーターが使われていて、これは検針日から次の検針日までの間に電力量を送料としてどれだけ使ったか、だけを計量する機械。
円盤がぐるぐる回っているやつだよ。
刑事ドラマとかで、「居留守を使っていても電気のメーターが回っているから中にいるはずだ!」みたいな感じで出てくるよね(笑)
でも、電気の供給事業者を電力会社から変更する場合、このままではまずいのだ。

なぜかというと、電気は使う分だけ常に発電しなくちゃいけない「瞬間消費財」だから。
複数の電気の供給事業者があった場合、ある時点でどの事業者の消費者がどれだけ電気を使っているのかをひもつけておかないと、その時点で必要な発電量がわからないのだ・・・。
これを「同時同量」という言うんだけど、電気の供給量と消費量に差が生じると、電圧が低下したりして、停電に陥るんだよね。
日本の場合、発電所のある地域と、電力の巨大消費地が偏在していて、それを結びネットワーク(送配電網)も太い幹から枝分かれしているような構造なので、少しのずれでもネットワークが落ちやすいのだ。

米国なんかの場合は、日本の10倍の広さの土地に2~3倍の人口しかいないわけで、ニューヨークのような例外を除くと基本的には全地域がそこそこ「田舎」なんだよね。
なので、それを結ぶネットワークはそれこそ蜘蛛の巣状に張り巡らされていて、ある地域で多少ずれが生じても、ネットワーク全体でその影響を吸収できる、丈夫な構造になっているんだよね。
日本の場合、基幹線に近いところでずれが生じるとその影響は全体で吸収できないので、より厳格に同時同量が必要と言われているよ。
実際、各電力会社管内には「中央給電指令所」というのがあって、ネットワーク全体の電力の消費動向をリアルタイムで把握して、どの発電所を動かしてバランスを保つのか、という運用をしているのだ。

携帯電話のように、複数のキャリアがインフラを整備できればまた別だけど、電力ネットワークを別の事業者が新たに作ることは想定されないので、基本的には既存の電力会社のネットワークを使わせてもらうんだよね。
なので、新規事業者は、発電と電力供給をセットで行うことになるのだ。
それで、各消費地点でどれだけ電気が使われているか把握し、その量に見合う発電をする必要が出てくるのだ。
米国の場合は、発電と電力供給が切れていて、消費量に合わせて発電事業者から電気を卸で買ってくる仕組みなんだけど、その場合も、電力の使用状況で卸電力の価格が変わるので、どのみち最終消費地点での使用量をモニターしているのだ。
これまでは電力会社だけが供給していたので、系統全体でどれだけ使っているかを見るというどんぶり勘定で足りたんだけど、複数の電力供給事業者が出てくるとそうもいかないというわけ。

で、一般家庭でも、4月以降に電力会社以外の事業者から電気を買う場合、或いは、電力会社から買うけど、深夜電力メニューなど多様なメニューの中から自分の消費傾向にあったメニューで電気を買う場合は、順次スマートメーターに交換されていくのだ。
日本の場合、ほぼ全国に光回線が敷設されているので、30分とか1時間ごとにどれだけ電気を使ったかを計量器からデータを送ることになるよ。
原理的にはほぼリアルタイムでもできるわけだけど、そうなるとあまりにも情報量が多すぎるので、その単位時間内の誤差は一番多くの消費を抱える電力会社が「帳尻合わせ」をするんだよね。
この調整に必要なコストは、ネットワークの使用量に上乗せなので、電力供給事業者全体で負担することになっているのだ。

スマートメーターになると、どの季節のどの時間にどういう電気の使い方をしているのかがわかるわけ。
今でも東京電力は「電気家計簿」といって、月ごとの消費動向をまとめて教えてくれるサービスがあるんだけど、これがさらに30分ないし1時間ごとの単位でわかるのだ。
そうすると、夏冬に多く消費して春秋は少ないというざっくりとした傾向だけじゃなく、昼間は家に居ないから少ないけど、夕方から夜にかけて家に帰ってくると一気に増える、朝起きるくらいの時間に増える、などの傾向がわかってくるのだ。
で、今度はそれに合わせて料金メニューが選べるようになるんだよね。
電力全体でいうと、昼間に消費のピークがあるので、昼の消費量を減らして、夜の消費量を増やすと、発電量を大きく増減しなくてすむというメリットがあるので、深夜電力は安いんだよね。
なので、平日昼間は家に誰もいない家庭なら、昼間は電力単価が高いけど、夜はその分安くなるというメニューを選ぶとよいのだ。
そういうのが携帯電話のメニューと同様にたくさん出てくるわけ。

正直、そういうのにあまりコストをかけたくない人には面倒なだけだけど、考えて工夫すればかなりお得になるはずなのだ。
とか言いながら、実際に我が家はどうしようかまだ迷っているんだけど(笑)
おそらく、最初はガスや携帯キャリアのセット割りが増えるんだろうなぁ。
そのうち、太陽光発電の自家発電と組み合わせて、とか、いろいろと出てくると思うけど。

2016/01/16

蒸気でふっくら

鏡開きも終わって、おもちにも飽きてきた頃?
今年はそんなに食べていないけど。
でも、そろそろパンが食べたくなるんだよね。
日本でパンの朝食と言えば、食パンのトーストなのだ!
最近はクロワッサンとかオサレなパンを食べる人もいるけどね。

食パンがなぜそう呼ばれるようになったのかはよくわからないらしいけど、外国人居留者向けの「主食用パン」が縮まったものとか、美大生が消しゴム代わりに使っていた「消しパン」と区別するためとか、いろんな説があるのだ。
単純にパン食が一般的でなかった時代に、「食事とともに食べるパン」だから「食パン」なのだと思っていたけど。
今ではテーブルロールとかフランスパン(バゲットやバタール)なんかも並ぶけど、むかしはそんなにパンの種類なんかなかったろうし、何より、英国式の四角い箱型に入れて整形して焼成するブレッド型は工場で大量生産できるので、英国の植民地などに広まっていったんだよね。
日本でも軍隊などでまずパン食が導入され、それを家庭に持ち帰って広まっていく、という流れがあるので、一番なじみがあるパンだったはずなのだ。
(すでに木村屋のあんパンなんかはあるけど、食事用ではないからね。)

食べ方としては、ほぼ直方体のパンをスライスして食べるわけだけど、多くの場合は焼いて焦げ目をつけてトーストにされるのだ。
お米もそうだけど、やはりあたたかい方が柔らかくておいしい、というのがあるんだよね。
これは中に含まれるデンプンの構造的変化によるものなのだ。
デンプンは熱を加えられると糊化(アルファ化)されて、もっちりとやわらかい食感になるんだけど、時間的変化で老化(ベータ化)していって、硬くなってくるのだ。
冷や飯が硬くなるのはこのためで、これを再び柔らかくするためには、蒸して「炊き直し」をしたり、温かい汁や茶をかけて「汁かけ飯(ねこまんま)」や「茶漬け」にしたり、さらには、汁で煮て「雑炊」にしたりするのだ。
今では炊飯器に保温機能があるのでこういうことはしないけど、昔は釜で炊いた後はおひつで保存していて、通常は朝食時に炊飯したものを夕食でも食べるので、夜は冷たいごはんだったのだ。

パンの場合は、普通の家にはパン窯などないので、パンを焼くのはもっと低い頻度。
大きなパンを焼いて少しずつ切り分けて食べる必要があって、中世のようなまだ商業流通が発達していない時代にはパン屋で買うこともできないので、地元の領主や修道院が持っているパン窯を借りて一度に多くのパンを焼き、それを少しずつ食べていったようなのだ。
すると、その時間の経ったパンをおいしく食べるための工夫も出てくるよね。
お米ほどじゃないにしても、パンも時間が経つとデンプンが硬くなるので、温めて柔らかくするのだ。
で、単純に言えば、暖炉などで焼くわけで、これがおそらくトーストの始まり。

でも、パンを温める上で重要な点は、パンが硬くなる最大の原因は水分の減少だということ。
焼きたてのパンがやわらかいのはそれだけ水分が多いからで、冷める過程で徐々に水分が失われて硬くなり、つにはかちかちになってしまうのだ・・・。
ごはんもかぴかぴになるけど、もともと水分を多量に含んでいるので、それよりもデンプンの老化で硬くなる方が問題なのだ。
パンは焼成の過程で水分を飛ばすので、デンプンよりも含有水分量が問題になるよ。
なので、パン屋さんで作るパンは、ギリギリまで多くの水分が残るように、ものすごくやわらかい生地を焼き上げているのだ。
過程で作るパンがすぐに硬くなる理由は、生地がまとまりやすくなるように水分が少なめのレシピになっているからだとか。

なので、パンを温めるときは水分量に気をつける必要があるのだ。
日本はもともと湿度が高いので、そこまで気にせずとも、英国式のカリカリに焼いたトーストを食べるのであれば問題はないのだけど、厚みのある、ふっくらしたトーストが食べたい場合は、水分量がキーになるよ。
もちろん、食パンのみならず、他のパンを温めるときも同じなのだ。
普通にオーブントースターで温めると水分が飛んでいくだけなので、ちょっと時間のたったパンはふっくらとはしないよね。
なら、電子レンジでいいかというと、これも難しくて、パンから出る水分で表面がべちゃべちゃになったり、水分が飛びすぎて芯まで硬くなったりするのだ。
重要な点は、湿度を保ちつつ加熱することなんだよね。

ガスや薪のオーブンの場合は、燃料が燃焼するときに同時に水蒸気も出てくるので、そのまま焼いてもOK。
オーブンに数十秒入れて温めると、表面がからっとして、中はふわっと温まるのだ。
欧米のように湿度が低い、乾燥した気候の場合は、水で濡らしたガーゼで包んで温めることもあるみたい。
日本の場合は湿度も高いので、アルミホイルに包んでオーブントースターでじっくり温めると、パンから出てくる水蒸気に囲まれて温められるので、比較的ふっくらするのだ。
電子レンジで温めたい場合は、そのままラップで包んで温めるとべちゃべちゃになる可能性が高いので、深い器に入れて、そこにラップをかけたりするとよいのだ。

すでにかちこちに硬くなって理待っている場合は、表面をさっと水でぬらし、アルミホイルに包んでオーブントースターで温めるといいよ。
ガス式オーブンがあるなら、濡れガーゼでくるんでオーブンで温めるとなおよいのだ。
硬いからといって蒸してしまうとさすがにしわしわになるので注意。
中華まんとは違うのだ。

ちなみに、ヘルシオのようなスチームレンジがあれば、そのまま温めればいいんだよね。
最近は高性能のトースターもあって、焼く前に水を補給して、中で水蒸気を出しつつ、サーモスタットで温度管理しながら焼き上げてくれるものもあるのだ。
これで焼くと相当おいしいらしいけど、値段も値段なので、どこまでパンに愛着を持つかによるね。
ごはんが好きな人は高い炊飯器を買うから、それと同じことだけど。

2016/01/09

元素の名は?

昨年の大晦日に、うれしいニュースがあったのだ!
113番元素の「発見」について日本の理化学研究所の功績が認められ、我が国の研究グループに命名の提唱権が付与されることとなったのだ!
英語版だけど、国際純正・応用化学連合(IUPAC)のHPでもその旨の発表があるよ。
お正月はニュースが少なかったのが、元日の新聞には大きく取り上げられていたよね。

「発見」とは言うものの、どこかにあるものを見つけてきたわけではないのだ!
人工的に合成しているんだよね。
天然に存在するのは、基本的には原子番号92番のウランより原子番号が小さい元素のみ。
(もっと細かいことを言うと、43番のテクネチウム、61番のプロメチウム、85番のアスタチンは天然には存在しないのだ。)
93番のネプツニウム以降は人工的に作られるもので、超ウラン元素と呼ばれるんだよね。
その多くは原子炉の中で生成され、比較的安定的なものもあるのだ。
94番のプルトニウムのように、半減期が万年オーダーのものもあるしね・・・。
でも、104番のラザホージウムから先は極めて不安定な元素が多くて(半減期はいずれもミリ秒から秒単位)、しかも、原子炉の中では容易に作られないので、別の方法で作るしかないんだよね。
なので、104番から先はさらに別にカテゴライズして「超重元素」と呼ばれるのだ。

今回理研がとった方法は、83番のビスマスの標的に光速の10%の速さまで加速した亜鉛イオンのビームを当てるもので、世界的にも珍しい方法。
電気的な反発力を乗り越えて原子核同士を衝突させるんだけど、勢いが強すぎないので原子核が破裂することなく、結合する絶妙なバランスなんだとか。
亜鉛の原子番号が30番なので、83+30=113なのだ。
埼玉県和光市のRIビームファクトリーという大型研究施設を使った実験だよ。
実験を始めた当初は、112番元素(コペルニシウム)までしか成功していなくて、113番は未踏の領域だったのだ。
ちなみに、研究代表者の森田博士が奮闘する様子は、漫画にもなっているよ。

でも、米露のグループも競合していて、実は数ヶ月先行して米露のグループが成功したと発表していたのだ!
今回日本に「発見」の栄誉が与えられたのは、113番元素ができているかのどうかの確認の実験において、より確実な証拠をつかんでいるため。
米露のグループは、95番のアメリシウム又は98番のカリホルニウムの標的に20番のカルシウムのビームを当てる「ホットフュージョン」という方式で、この場合、ちょっと大きな質量数の元素ができた後、中性子やα粒子を出しながら徐々に崩壊していく過程で種々の超重元素が出てくる、というもの。
一気にいろいろな元素ができるのもお得なんだよね。
でも、すでに報告されている元素にはつながらない、独自の崩壊過程なんだよね。
一方、理研の手法は「コールドフュージョン」と呼ばれていて、平成24年の三回目の合成の時には、4回α粒子を出した後に、すでに知られていた105番のドブニウムにつながったため、より確実な証拠と評価されたそうだよ(α粒子は陽子×2+中性子×2のヘリウムの原子核なので、ひとつα粒子が出ると原子番号が2つ減るのだ。)。
このため、時系列的には「後」なんだけど、日本に軍配が上がったのだ♪
ただし、今回113番は日本がとったけど、同時に米露のグループは115番、117番、118番を持って行っているので、まだ一矢報いた、という感じなんだよね(>o<)

今後正式に新元素の名称と記号の提案依頼が来て、半年の期限内に申請することになるんだって。
それが審査され、妥当だったら正式に決まるのだ。
なので、これから1年くらいかかって決まるわけ。
再来年度の教科書なら間に合うのかな?

むかしは発見者が論文で発表するときに勝手に名前をつけてしまっていたんだけど、104番のラザホージウムで問題が生じたんだよね。
米国のグループはラザホージウムとしたんだけど、先に発見していたと主張しているソ連(当時)のグループはクリチャトビウムを名付けたのだ。
この混乱は30年近く続いて、平成9年になてIUPACが裁定を下し、米側に軍配を上げたのだ。
で、命名のルールが整備され、競合するグループがいる場合は、IUPACと国際純粋・応用物理学連合(IUPAP)の合同作業部会(JWP)が裁定を下すことになっているのだ。
今回の113番もけっこうもめたので、時間がかかったんだよね・・・。
さらに、研究グループに与えられるのは「新名称及び記号の提案権」であって、それをIUPACが審査するプロセスにもなっているのだ。
申請がなかったり、妥当なものと認められない場合は、IUPAC主導で決めるみたい。

このあたりの話は、IUPACの公表資料で引用されているルールを見ると書いてあるよ。
で、命名に当たっても決まりがあって、基本的には、①神話に出てくるもの、②鉱物等、③地名、④元素の性質又は⑤科学者の名前にちなんで名付けなくてはならなくて、新元素についてはすべて「-ium」で終わらないといけないのだ。
ちなみに、地名で言えば、米国発のアメリシウム、カリホルニウム、バークリウム(いずれもUCバークレーの成果なので)、ドイツ発のダームスタチウム(重イオン研究所のあるダルムシュタットから)、ロシア発のドブニウム(ドゥブナ研究所から)が有名。
科学者では、アインシュタニウム(アインシュタイン)、ラザホージウム(ラザフォード)、ボーリウム(ボーア)、レントゲニウム(レントゲン)、コペルシニウム(コペルニクス)なんかがあるよ。
神話とか鉱物とか元素の性質というのは過去の名称との整合のためのもので、ウラン(ウラヌス)、ネプツニウム(ネプチューン)、プルトニウム(プルート)は神話から、鉄や銅、銀、金などの金属類の名前は鉱物から、水素、酸素、塩素なんかは性質から、ということ。

ちょっと重要なのは、過去に非公式で使っていた仮称をい転用してはいけない、というルールがあるのだ。
競合相手に負けた場合、それまで使っていた名称を別の元素に改めてつけて敗者復活を図ることはできないのだ。
これは混乱をさけるためなんだけど、そういう意味では、下手に変な仮称をつけない方がいいってことだよね(笑)
ちなみに、IUPACの命名ルールでは、原子番号から機械的にラテン語又はギリシア語読みの数詞を並べる三文字表記の系統名を仮称としてつけることになっているので、今ではそれを使う例が多いよ(ラテン語とギリシア語を交ぜているのは音がかぶらないようにするため。)。
今回の113番は、「いち・いち・さん」なので「ウン・ウン・トリ・ウム」なのだ。
これが正式に名前がつくと、二文字の元素記号になるわけ。
はてさて、どんな名前になることやら。
せっかくだから、世界に誇れる名前がいいよね!

2016/01/02

年の初めの厄落とし

年が明けたのだ!
日本の伝統として、年明けには「初詣」に行くよね。
で、ついつい気になってしまうのが、「厄年」。
なんか年始早々脅されているような気もするけど、自分が厄年に当たると厄除けってした方がよいのかな?、という気になるのだ。
意味があるのかどうかはわからないけど、何かいやなことがあったときに、「厄年のせいだ」と考えてしまいがちで、気持ち悪いんだよね。
かなり心理的なものだけど。

この「厄年」、「厄除け」っていうものは、平安時代にはすでにあったようなのだ。
でも、その起源や根拠はよくわかってなくて、なんとなく風習として残っているだけ。
もちろん、科学的根拠はないのだけど、一説には、身体の状況や生活環境が変わる節目に設定されているのではないか、と言われているんだよね。
体調を崩しやすい時期だったり、生活に大きな変化がもたらされるような時期だったり。
こういうのを経験則的に「気をつけろ」と戒めている可能性はあるんだよね。
何はともあれ、何かのタイミングで自分の来し方行く末を気にするのはよいのかもしれないけど。

で、「厄年」には「厄除け」をするのだ。
「厄」というのは、よくない災いを呼び込むような状態を指す言葉。
なので、「厄」を祓って悪いことが起きないようにするというわけなのだ。
通常は祈祷してもらってお札をいただいたり、身代わりとなるものに厄を移したりするのだ。
これは神道における「祓え」の儀式から来るもので、神道では、自らの穢れを清める「禊ぎ」と、よくないものを取り除く「祓え」が重要な儀礼的要素なのだ。
日本では様々な場面で「お祓い」があるよね。

でも、ここであれ?、ってなるんだよね・・・。
だって、「厄除け」ってお寺でもやってない?、ということ。
東京で有名な西新井大師や厄除け祖師妙法寺はお寺。
お寺なのに「お祓い」?
関東ローカルのCMではおなじみだけど、相模国一宮の寒川神社も厄除けで有名なんだよね。
京都の平安神宮や石清水八幡宮もそうみたい。
というわけで、「厄除け」は神社でもお寺でもやっているのだ。

これは日本の宗教が「神仏混淆」で混乱している残滓なんだよね。
今でも「初詣」に行く先はお寺だったり、神社だったりするけど、本来は「今年もよい年でありますように」と祈願に行くので、神社に行かなければならないのだ。
でも、本地垂迹説などで、神道の神様の本体が仏教の如来や菩薩であるとして、神社とお寺の区別が曖昧になったんだよね。
明治の廃仏毀釈や神仏分離で無理矢理に整理したんだけど、これはいわば外面の話なので、民間の信仰レベルでは混ざったままなのだ。

そういうのが特に残ってしまっているのが、生活に身近な信仰・風習なんだよね。
安産や子育ての守り神として信仰されている鬼子母神。
これはもともとインドの神様が仏教に取り込まれたものなので、基本的には仏教なのだ。
でも、水天宮などと同様に「祈願」に行くんだよね。
村落の入口などのおかれて悪疫が入ってくるのを防ぐとされている道祖神も、もともとは「塞えの神」で神道なんだけど、なぜかお地蔵さんに変わっていたり、民間信仰の荒神様(青面金剛)と置換可能なのだ。
むかしは機能的に同一視されてしまっていたので、どれでもよかったんだよね・・・。

最後は自分の気の持ちようなので、安心材料になれば「厄除け」や初詣に行くのがお寺でも神社でもよいのだ。
鰯の頭も信心から、信じるものは救われる。
お正月から身もふたもないような話だけどね。