2008/02/29

ゴム飴

ボクの好きなお菓子のひとつにグミがあるんだよね。
まだお子様だったころにコーラアップやコズミック21が登場して、そのときからの「おつきあい」なのだ。
当時は新感覚のお菓子だったんだよね。
アメでもなく、ガムでもなく、ソフトキャンディーでもない、その不思議な食感に一気に虜になったものだよ。
その後、明治製菓が果汁グミを発売して一気にメジャーなお菓子になるんだよね。

グミはもともと1920年にドイツで生まれたお菓子で、ドイツ語でゴムを意味するGummiが語源だって。
なんと、そのころのドイツでは子どもたちがかたいものを食べることがなくなっていて、あまりかまなくなったために歯の病気が増えて問題になっていたらしいのだ。
そこでよくかんで食べないといけないかたいお菓子を作ろうと、果汁をゼラチンでがっちりかためたお菓子が作られたのだ。
これがグミの始まりで、作ったのはハンス・リーゲルさん。
ハリボー社を設立して販売を開始したのだ。
というわけで、ドイツのハリボーのゴールドベアは知る人ぞ知るグミの老舗なわけだけど、まさにグミの第一号だったというわけなのだ。

これが欧米で広まっていったわけだけど、もともとよくかむようにとかたいお菓子を目指して作っているので、ゼラチン含有量が30~40%とかたいのだ。
日本でもハリボーのグミや米国のグミを売っているお店があるけど、確かに海外のグミはかたいよね。
ボクはその食感も好きだったのでときどき買っていたけど。
これに対し、日本は別にかたいお菓子を目指していたわけではないので(笑)、食感がよくて食べやすいように、とゼラチン含有量は20~30%と低めなのだ。
その分独特のぷよん、くにゅんとした食感になっているんだよ。
海外のグミだとがちっとかたいし、特に冬なんてかちかちになるのだ。

日本のグミでも最低で20%ものゼラチンが含まれているわけだけど、このためにグミには多くのコラーゲンが含まれているのだ。
ゼラチンはもともとウシやブタのすじや腱、骨、皮などからコラーゲンを煮出したものだけど、まさにそのコラーゲンでかためているのがグミなのだ。
煮魚の煮こごりなんかもまさに同じようにコラーゲンが煮汁に抽出されてかたまったものなのだ。
ちなみにハリボーのコラーゲンはブタ由来のものだって。
で、コラーゲンをとるには皮や豚足、ブタの耳(ミミガー)、ウシのすじ肉、エイヒレ、フカヒレなんかがいいんだけど、圧倒的にグミが食べやすいよね(笑)
甘みが強いのもあるけど、砂糖控えめなものを選べば、高いコラーゲンのサプリを飲まなくてもすむのだ。

ボクがまだお子様で、グミというお菓子が存在していなかったときは、グミといえば木の実だったのだ。
さすがにボクの時代には山でグミの実をとってきて食べるということはなくて、もっぱら小鳥が食べるものと思っていたけど。
食べても渋くて、すっぱくて、少ししか甘くないから、あんまりおいしいものでもないんだけど。
こっちのグミは大和言葉で、「グイミ」が縮まってグミになったようなのだ。
「グイ」はとげのことで、「ミ」はそのまま実、とげのあるツルになるから「グイミ」と呼んでいたみたい。
むかしの子どもは山でグミの実を食べ、今の子はコンビニでグミを買って食べるっていうのはなかなかおもしろいのだ。

2008/02/28

はりついてなんぼ

今日は記念品のワッペンをもらったのだ。
ワッペンなんて手にするのは何年ぶりだろう?
小さいときはアニメとかのキャラクターのワッペンをつけてもらったりしたけどね。
こういうのを記念品で配っているということは、大人でもつける人がいるのかな?
まだピンバッジだったらつけるけど、ワッペンははずせないからそう簡単にもいかないよね。

で、このワッペンというのはドイツ語で、もともとは紋章(emblem)のことなんだとか。
なので、「盾」の形をした紋章系のデザインが多いのはそのためみたい。
紋章をより簡便に衣服や防止に津kる方法として税所に考案されたのかもしれないね。
いちいち衣服に刺繍するんじゃ大変だから。
それがきっと別の服飾目的でも使われるようになったと考えると納得がいくのだ。

ワッペンというと、糸で縫いつける場合もあるけど、たいていはアイロンで接着させるよね。
当て布をして、ゆっくりしっかりプレスしてくっつけるのだ。
そういうアイロン接着型のワッペンの場合は、裏地に「のり」がついていて、アイロンの熱を加えることでその樹脂ののりがとけ、それが再度かたまるので接着剤になるのだ。
はがそうとするとはがれないものだけど、はがしたくなくても洗濯を続けていたりするとはがれてくるんだよね(笑)
もともとそういう接着剤なので、タオルのような起毛した素材やガーゼのような織り目の粗い布は接着面が平らでなく、均一でもないので、うまくくっつけることができないみたい。

似たようなイメージなのがアップリケ。
こっちはフランス語で、ワッペンは紋章のようなデザインされたかざりをくっつけるものなんだけど、アップリケは小さな布端などを縫いつけたり、貼り付けたりして草食する手芸の手法のことなんだって。
切り貼りの芸術はコラージュと呼ばれるけど、ようは手芸の世界でそれをやっているようなものなのだ。
できたものを貼り付けるんじゃなくて、貼り付けてかざりを作るというところが違うみたい。

でもでも、市販のアップリケって、多くは穴が開いたところに貼り付けて隠すようなものだったり、ワンポイントのかざりだったりして、すでに当初の意味は見失われているような気がするんだよね。
のりが裏面についているところもワッペンと同じだし。
なんだかそう考えると違いがあいまいなのだ(>_<)

2008/02/27

これが本当の道路事情

ボクの趣味は言わずと知れたお散歩だけど、歩いていると感じることがあるのだ。
それは日本と米国の道路の違い。
同じアスファルト舗装だけど、なんだか感じが違うんだよね。
これは米国の舗装がデコボコでいいかげん、というだけではないような気がするんだよね。
そこで、そもそもアスファルト舗装とはどういうものなのかまでさかのぼって調べてみたのだ。

アスファルトは原油中に含まれるどろどろの液体で、ほとんど流動性がないものなのだ。
原油の中でももっとも重質のもので、石油精製ではどろどろの重油のさらにその後まで残るものだよ。
まさに石油臭いドロのようなものなのだ。
今は石油精製で最後に残ったものをアスファルトとして使っているけど、天然のアスファルトも産出する地域がけっこうあって、かなりむかしから接着剤などに使われていたようなのだ。
旧約聖書に出てくる「バベルの塔」にも接着剤としてアスファルトが使われていたそうだよ。

でも、アスファルトが一般的になるのは、原油の利用が広まってきた18世紀以降。
石油の精製で必ず最後に残るので、きっとその使い道を考えたのだ。
その粘着性の高さから主に接着剤として使われるんだけど、そんな使い道の中でももっとも身近なのが道路の舗装。
ちなみに、アスファルトは英語ではasphaltだけど、これはギリシア語「アスファルトス(ασφαλτοσ=asphaltos)をそのまま外来語として取り入れたもので、「a」は「しない」、「sphalt」は「落とす」という意味なので、「落とさない・落ちない」というような意味なのだ。
これも接着剤的な性質と関係あるのかな?

実は、日本でも天然のアスファルトが北海道から新潟にかけての日本海側で産出して、それは土器の修復などに接着剤として使われていたんだって。
関東で出土する土器にも使われた形跡があるそうで、流通もしていたようなのだ。
越後の国(新潟)では燃える水の「臭水(くそうず)」がわき出ることが知られていたんだけど、これは天然の原油なんだよね。
なので、日本海側で天然のアスファルトがあっても不思議ではないのだ。
日本で最初のアスファルト舗装が施されたのは長崎のグラバー園内の歩道らしいんだけど、そのときには秋田産の天然アスファルトを使ったんだそうだよ。

で、このアスファルト舗装は、アスファルトを接着剤(結合材)として、砂や砂利の骨材と充填剤のフィラーを混ぜて「アスファルト・コンクリート」というものを作って、道に流してならしたものなのだ。
熱いうちは多少流動性があるから、冷めないうちに流しこんで、それを上からプレスして平らにしてかためるんだよ。
道路工事でバタバタうるさいのがまさにアスファルトをならしている作業なのだ(今あるアスファルトを掘削するドリルのガタガタいう音もうるさいけどね。)。
水道工事をした後なんかはそこだけアスファルト舗装をし直すけど、新しいところだけ少しやわらかかったりするよね。
それが冷めてかたまるとしっかりとして道路になるのだ。
はじめのうちは黒くて、雨が降ると油が浮いてきたりもするんだけど、しばらくするとまわりのアスファルトと同様にねずみ色になるんだよね。
で、ボクの気になっている米国と日本の道路舗装の違いは、きっと砂利とか砂とかのアスファルト以外の材料の違いなんだろうね。

アスファルトで舗装する利点はいくつかあるんだけど、ひとつは表面はぬれるけど基本的には水をはじくので「ぬかるまない」ということなのだ。
土の道路だとどうしても雨が降るとぬかるんで自動車のタイヤが沈んでしまったりするけど、そういうことがなくなるんだよ。
でも、その代わり道に水がしみこまなくなるので、雨が降った後にいつまでも水が残ってしまう可能性があるのだ。
だからきちんと排水溝なんかを整備しないといけないんだよね。
さらに、地下水としてしてしみ込むものもなくなるので、あんまりアスファルトでかためすぎると地盤沈下の原因にもなるのだ。
なので、最近ではわざとアスファルトの舗装に溝や穴を開けて、そこから水が地面にしみこむようにしたりもしているんだよ。

もうひとつのメリットは道路がかたくしっかりすること。
土の道路だとどしても思いものが上を通るとそこだけ凹んでしまったりするけど、アスファルト舗装の道路は土よりはかなり頑丈なのだ。
よっぽど重いものが上に載ると沈み込んでしまうけどね。
でも、トラックなんかがひっきりなしに上をとっても、そこに目に見えるような轍は残らず、走りやすい道を維持することができるのだ。
とは言え、多少は沈み込むし、表面も削られてしまって長期間で見ると轍はできるので、定期的に補修が必要なんだよね。
理由はそれだけじゃないかもしれないけど、あちこちで道路工事をやっているのはそのためなのだ。

ちなみに、アスファルトに似た化石燃料由来の黒い液体にはコールタールというのもあるよね。
これは石炭をコークスにするときに乾留すると得られる副産物なんだけど、ナフタレン、ベンゼン、フェノールなどの芳香族化合物の混合物なのだ。
見た目こそよく似ているけど、アスファルトとは性質や用途はまるで違うものなんだって。
接着剤ではなくて、木の電柱や線路の枕木の防腐剤として塗られたり、トタン屋根の塗料に使われたりしていたらしいのだ。
今では化学物質を取り出すのが主な使い道だろうけど(それでも石油からの方が簡単にとれるのでマイナーになってきているみたいだけど。)。
で、このコールタールには発がん性があることが知られていて、世界ではじめて発がん性があることが証明されたものでもあるんだよ。
日本の山極勝三郎博士が3年間ウサギの耳にコールタールを塗るという実験を続けて、コールタールが発がん性があることを証明したのだ。
そういうのもあってあんまり見かけなくなったんだよね。
そこら中にあるアスファルトとはそういうところでも違うのだ。

2008/02/26

なんで他の原料が入っているのに100%?

米国人はとにかくオレンジ・ジュースが大好き。
シンポジウムなんかでも、コーヒーとともに必ずオレンジ・ジュースとミネラル・ウォーターが用意されているくらいなのだ。
日本では加糖した甘いジュースが多いけど、米国の場合は多くの場合果汁100%ジュースだよ。
それでも米国のオレンジはもともと甘いので、そんなにすっぱくなく、自然な甘さでおいしいのだ。

でも、前から不思議なのは、原材料のところを見ると香料やビタミンC、保存料なんかが添加されているにもかかわらず「果汁100%」であるということ。
果汁100%グミなんてお菓子もあるけど、グミってゼラチンでかためたものだし、日本のグミの場合はおおよそ20~30%の濃度のゼラチンでかためてあるので、しぼったままのジュースをゼラチンでかためたのでは「果汁100%」にならないはずなのだ!
で、この謎を解く鍵が「濃縮還元」なんだよね。

濃縮還元というのは、果実をしぼったジュース(ストレートジュース)から水分を飛ばして濃縮したもので、飲むときに水で薄めるのだ。
液量を半量まで減らせば200%の状態になっているから、他の香料やビタミンCを加えた上で元の液量になるまで水を加えると、果汁100%のジュースになるというわけ。
しぼったままの生果汁は果物のままよりは保存性も高いし、運搬も容易なんだけど、濃縮果汁にするともっと保存性がよくなるし、何より水分が飛んでいるので軽くなるのだ。
それで流通しやすくなるというわけ。

かつては加熱して水分を飛ばすのが主流で、それによって殺菌も兼ねていたみたい。
濃縮すると浸透圧も高くなるので雑菌も繁殖しづらくなって、さらに保存性が高くなるんだよ。
でも、加熱して水分を飛ばす場合、一緒に風味なんかも飛んでしまうのだ。
特に柑橘系の風味は揮発性の物質のいわゆる精油(エッセンシャル・オイル)で、リモネンのようなテルペン類や高級アルコール(炭素数の多いアルコール)と低級脂肪酸(炭素数の少ない脂肪酸)のエステル類などで、これは加熱すると蒸発してしまうのだ。
なので、後から香料を足さないといけなくなるんだよね。
最近ではそれを避けるためにフリーズドライの要領で果汁を凍結させて氷になった水分を除去して水分量を減らす方法も出てきているのだ。
この場合は風味も飛びにくいんだ。
缶チューハイだけど、キリンの「氷結果汁」の果汁はこの方法で濃縮還元した果汁を使っているんだよ。

濃縮還元の果汁は100%ジュースに使われるだけじゃなくて、様々な果汁入りの飲料に使われるのだ。
でも、日本農林規格(JAS)では濃縮還元も含めた果汁100%のもの以外は「ジュース」として販売してはいけないことになっていて(はちみつや糖の添加は認められているのだ。)、果汁が50%以上のものは「果汁入り飲料」、50%未満のものは「清涼飲料水」になるそうだよ。
なので、むかし日本でよく飲まれていたオレンジジュースの多くは清涼飲料水か果汁入り飲料なのだ。
ボクが子どもの頃のオレンジジュースなんかはだいたい果汁30%くらいだったと思ったよ。
それになれていたからはじめて果汁100%のポンジュースを飲んだときは衝撃だったけどね。

ちなみに、野菜ジュースについては特別の定義があるので、果汁100%でも「ジュース」と名乗っていいのだ。
トマトジュースとニンジンジュースに規定があって(どちらも塩などの添加は認められるけど基本的には野菜汁100%)、たいていの商品はトマトジュースに他の野菜の汁を混ぜたトマトミックスジュースか、ニンジンジュースに他の野菜の汁を混ぜたニンジンミックスジュースなんだって。
果汁が50%以上で野菜汁意外に混ぜものがないものだけが果実・野菜ミックスジュースと名乗れるそうだよ。

ジュースというと日本語では甘めのソフトドリンクの一般名称のように思っていたけど、JASではきっちり規格が決まっていてかなり幻覚に管理されているようなのだ。
これってちょっとおどろきだよね。
いわゆる「アイス」が規格上は、アイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイス、氷菓に分かれるのと同じようなものなんだろうね。

2008/02/25

部屋と私

日本で働いているときは毎日背広にネクタイだったけど、米国に留学に来てからは毎日ラフな服装なのだ。
すっかりそれになれてしまったので、たまにシンポジウムなんかに出席するために背広を着ると変な感じだよ。
日本にいたときはそれが普通だったんだけどね。

で、背広と言えばワイシャツ。
ボクの職場では入って1年目はできるだけ白のワイシャツという暗黙のルールがあったんだよね。
とは言え、すでに廃れてきていて、ボクの同期でもはじめからカラーのワイシャツを着ているのがいたのだ。
ボクは白いのが好きだったからしばらく白のみで過ごしたんだけどね。
でもでも、よくよく考えると、「ワイシャツ」は「ホワイトシャツ」から着ているから、カラーのワイシャツとうのはちょっとおかしいのだ(笑)

頭脳労働と肉体労働を俗に「ホワイトカラー」と「ブルーカラー」と言うけど、これは仕事着の色合いから着ているんだよね。
「カラー」は「color」じゃなくて「collar」で「襟」のことなんだけどね。
一般に頭脳労働者はワイシャツ=白い服を着ていて、現業系や技術系の肉体労働者は支給される制服や作業着が青系の色が多いのでそう言われるようになったみたい。
カラーのワイシャツを着ていたらこんな言葉も生まれなかったわけだよね。

ワイシャツのすそは両脇が短くて、前と後が垂れたような形になっているのが特徴なんだよね。
ワイシャツ以外はたいていは下は平坦なのだ。
でも、これには意味があるんだよ。
むかしは20世紀の初め頃、欧州ではまだトランクスやブリーフといった男性用下着がなかったので、ワイシャツで股を覆って下着の代わりにしていたのだ。
その名残で今もその形になっているわけだけど、なぜか女性用のワイシャツもそうなっているんだよね。
中に入れないで外に出すようなものは丸くかわいらしい曲線になったりしているけど、もともとは下着の代わりなので必ず中に入れるものだったんだよね。
時代は変わったものなのだ。

ワイシャツは英語ではdress shirt、フランス語ではchemisという見たいけど、このフランス語のchemisは日本語の女性用肌着のシミーズの語源なのだ。
フランスではシャツのことなんだけど、なぜか日本では女性用肌着になってしまうんだよね。
最近はシミーズとかズロースなんて言葉はほとんど使わないけど・・・。
ちなみに、日本ではドレス・シャツというと礼装用のシャツと思われていることが多いけど、dress shirtは普通のシャツで、礼装のシャツはboiled shirtと言うそうだよ。

ワイシャツは和製英語だけど、Tシャツは英語でもやっぱりT shirtで、きちんと通じるのだ。
米国では何かイベントや集まりがあるとすぐに記念のマグカップとTシャツを作るんだよね。
Tというのは袖を拡げた形が「T」字型に見えるからなのだ。
もともとは肌着だったんだけど、「欲望という名の電車」という映画でマーロン・ブランドさんが着こなしているのがとてもかっこよくて、一気に流行したようなのだ。
プリント・シャツも出てきて、一気に肌着から外出着にかわったみたいだよ。
日本でも70年代までは肌着扱いでTシャツだけで外に出るのは恥ずかしいこととされていたっみたいだけど、逆に反体制的な若年層に受けて、若者の間で広まっていったんだって。
今ではTシャツは普通に外出着になっているよね。
やっぱり時代は変わるのだ。
そのうちTシャツがワイシャツのように正装になったりして(笑)

2008/02/24

千葉名産の

米国の人たちは本当にピーナッツバターが好きで、スーパーではフレーバーがついたものまで売っていたりするのだ。
ピーナッツバタークリームサンドなんかのお菓子も定番中の定番だよ。
チョコレートの次にピーナッツクリームが多いような気がするよ。
でも、実は米国のピーナッツバターはそんなに甘くないのだ。
日本のものは水飴を加えて甘くしてあるものが多いけど、米国で普通に売っているピーナッツバターはそんなに甘くなくて、濃厚なクリームという感じ。
お菓子に使うときに砂糖をたっぷり加えてこれでもか、というくらい甘くするんだけどね。

ピーナッツは落花生油が搾り取れるほど多くの油分を含んでいるわけだけど、この油のおかげでピーナッツバターができるのだ。
作り方は単純で、あらかじめよく乾燥させておいたピーナッツをさらに丁寧に炒って水分を飛ばした後、薄皮と胚芽を除いて荒く砕き、それをさらにミルですりつぶすのだ。
荒く砕いた段階だとただのクラッシュしたナッツで、とろみも何もないんだけど、これをさらにミルで細かくすりつぶし、練っていくと、大量に含まれる油分のおかげでペースト状になってくるのだ。
風味を増すために食塩や砂糖、油脂を少し加えるとピーナッツバターのできあがり。
基本的にはピーナッツをすりつぶしただけなんだよね。
油分がそんなに多くない他の豆ではできないのだ。
名前のとおり、ナッツのような油脂を大量に含んでいるという性質をあわせ持っているからこそなんだよ。

米国ではピーナッツをすりつぶしてピーナッツバターにするわけだけど、沖縄では同じようにすりつぶしたピーナッツをくず粉などのデンプンでかためてジーマミー豆腐というものを作るのだ。
これは胡麻豆腐の胡麻をピーナッツに変えたようなもので、食感も似ているんだけど、風味がピーナッツなんだよね。
琉球語でピーナッツのことをジーマミーと言うので、名前の漬け方も胡麻豆腐とまったく同じなのだ(笑)
ジーマミーというのは落花生=南京豆の別名の地豆(じまめ)から来ているそうだよ。
胡麻も同じく油がとれるけど、かためて豆腐状にするところも同じというのはおもしろいよね。

ピーナッツバターで注意しないといけないのは、大量の油を含んでいるものなのでカロリーがかなり高いということ。
さらに加糖してあるものはめちゃめちゃカロリーが高いのだ。
ボクはピーナッツバターのような食品を好むことが米国で肥満傾向が横行しているひとつの原因だと思うんだよね。
でも、それ以上に気をつけたいのは、ピーナッツ油にはアレルギー症状を起こすことがあるということなのだ。
そんなにメジャーなアレルギーではないけど、けっこうピーナッツがだめな人はいるんだよね。
ピーナッツバターやナッツであれば避けやすいけど、ピーナッツ油は植物油としていろんなものに使われているので、そこまで気をつけるとなるとよくよく注意しないといけないのだ。
それと、南米産のピーナッツの場合は、カビ毒のアフラトキシンが微量含まれていることがあるんだよ。
日本ではきちんと基準が決まっていて、それを超える含有量のものは認められないけど、南米産ピーナッツの食べ過ぎにはそういう面からも気をつけた方がいいんだよね。

でも、ピーナッツ油の中にはビタミンEも豊富で、必須脂肪酸のオレイン酸やリノール酸も多いんだって。
なので、食べ過ぎないように気をつける分には優れた食品なのだ。
ピーナツをばりぼり食べてもいいけど、ピーナッツバターはすりつぶしただけのものだから、パンに少しぬって手軽に食べられるのだ。
どんな食べ物でもそうだけど、食べ方に気をつけてメリットを引き出せるようにすれば、健康によいのだ♪

2008/02/23

Flower Woods Sugar

今日はうちの大学に前に大学院生として在籍していた日本人が来たんだけど、なんとおみやげに日本のお菓子を持ってきてくれたのだ。
おせんべいやあられもうれしかったんだけど、もっとうれしかったのはかりんとう。
おせんべいはDCに来てからも何回か食べる機会があったけど、かりんとうははじめてだったからね。
似たような感じのお菓子もないし、なつかしかったのだ。

このかりんとうは、小麦粉、砂糖、水、イースト、塩、重曹なんかをまぜて生地を作り、発酵させてから棒状にして油で揚げ、最後に白身つや黒蜜でからめたものなのだ。
根津神社の前では油で揚げない焼きかりんとうなんてのも売っているよ。
発酵を長めにしたり、重曹を増やすとやわらかい口当たりのふわふわしたものになって、発酵が短めだったり重曹を入れなかったりするとかちかちになるのだ。
黒蜜を使った黒いものの方が駄菓子としてメジャーなような気がするけど、白蜜を使った白いものは高級かりんとうとして贈答品なんかで見ることがあるよね。
ちなみに、感じでは「花林糖」と当てるそうなのだ。

その起源にはいくつかせつがあるらしいんだけど、ひとつは中国伝来のお菓子というもの。
「唐菓子」を起源とするという説で、小麦粉で作った生地を油で揚げるというのが中国っぽい手法だし、現に中国には似たようなお菓子も存在しているんだとか。
もうひとつは南蛮渡来のお菓子という説で、現在もポルトガルで製造されている「コスクラン」というものをアレンジしたものではないか、というものなのだ。
確かに油で上げてはいるけど、スコーンとかビスケットに近いような気もするよね。
この他にも、戦国自体の非常食(兵糧)から発展したなんていう説もあるみたい。

かりんとうは駄菓子というイメージだけど、関東では白蜜を使ったくちあたりもやわらかなものがあって、上品なかんじのものもあるのだ。
そういうのは贈答品なんかにも使われるけど、もともと上流階級のお菓子として広まったという素地があるみたい。
これに対して西のかりんとうは黒蜜を使ったかたいものが主流で、あくまでも駄菓子なのだ。
姫路では、江戸時代に藩の財政を再建するため長崎に菓子職人を派遣してオランダ商館で技術を学ばせた後、かりんとうを開発して広めていったと言われているようなのだ。
これは播州駄菓子と呼ばれていたらしいよ。

最近では生地にピーナッツやゴマを練り込んだりするようなものも出てきていて、バリエーションがふえているんだよね。
ボクのイメージでは、黒蜜がたっぷりついて棒状のかりんとう同士がくっついてしまっているような駄菓子のイメージしかないけど、今日食べたものの中には、ピーナッツをまぶしたもの、青海苔をまぶしたものなども入っていたのだ。
最初に触れた焼きかりんとうなんていうものもあるし、ちょっとくどいくらいの甘さが特徴のはずなのに甘さ控えめの上品なかりんとうなんてのもあるんだよね(笑)
それにしても、きちんと今の時代絵もバリエーションを増やしながら食べられている問うことはそれだけ人気があるということなのだ。
思った以上に人気者なのかも。

2008/02/22

糖衣C

米国のチョコレートは日本のものと比べると甘ったるくて、しかもしつこくてあまりおいしいとは思えないんだけど、こっちの人はみんなチョコが大好きなんだよね。
クッキーなんかもチョコ入りのものが人気だし、チョコフレーバーのヨーグルトなんかもあるよ。
朝に食べるシリアルにもチョコ入りのものがあるくらいなのだ。
で、さらにびっくりなのは、それがチョコチップじゃなくてM&Msだったりすることなんだよね(マークがないからパチモンの可能性もあるけど・・・)。

M&Msというと手の上で融けないように砂糖でコーティングし、さらにどぎつい色で着色したものだけど、日本で言うといわゆる「マーブルチョコレート」だよね(笑)
コーティングすることでチョコレートの中の脂肪分が表面に浮き出すブルーミング現象も抑えることができるらしいのだ。
でも、M&Msの場合はそのコーティングも暑いときには少し融けてきてべたべたするんだよね(>_<)
日本のマーブルチョコの方がよくできている気がするのだ。

そのマーブルチョコなんだけど、なんとこれは一般名詞ではなくて明治製菓の登録商標のようなのだ。
1961年に7色の糖衣をつけたチョコをおまけのシール(発売当時は鉄腕アトムのシールだって)をつけて販売したのがはじまりだとか。
「マーブル」はもともとラテン語で「輝く石」の意味で、英語ではそこから「大理石」を意味する言葉になっているけど、砂糖でコーティングした状態がつやつやしているので、そう名付けたようなのだ。
そう言えば、カラフルな碁石に見えなくもないよね(笑)

でも、英語で「マーブル」というと、通常は大理石の模様のように色の違うものが混ざり合ったものを指すのだ。
マーブルケーキというと普通のパウンドケーキとチョコベースのパウンドケーキが混ざったものなのだ。
なので、マーブルチョコレートというと、普通のチョコレートとホワイト・チョコレートが混ざり合ったようなものをイメージしてしまうわけ(実際にそういうお菓子はあるよね。)。
なので、M&Msはcandy-coated chocolateだとか、単にchocolate candyと呼ばれるのだ。

そうなるといよいよ困るのが砂糖でコーティングした粒状のチョコレートを一般的になんと呼ぶかだよね。
普通の人はマーブルチョコと呼ぶと思うけど、それは明治製菓のもののみで、フルタの製品はハイエイトチョコや輪投げチョコなのだ。
英語のようにチョコレート・キャンディというとチョコ味の飴みたいだし。
candy-coated chocolateをそのまま直訳して糖衣チョコと呼ぶのがいいんだろうね。

なくなるよりはこっちで

ボクも実はそれなりに齢を重ねてきているので、ふと洗面台から顔を上げて目の前の鏡を見ると、頭の毛に白いものが混ざっているのを発見したりするのだ。
最初の頃はショックだったけど、さすがに今ではもうけっこう慣れてきたよ。
うちの家系はあんまり毛が少なくなる人はいなくて、たいてい「ロマンス・グレー」になっているので、できればボクもその路線でお願いしたいと思っているのだ(笑)

で、その白髪というのは加齢による髪の色の変化で、色素のメラニンが作られなくなって起こる現象なんだって。
東洋人はメラニンの量が多いので髪の色が黒くて、逆に欧米人は少なくて金髪なわけだけど、メラニンがなくなった後の白髪についてはほぼ同じような色になるんだよね。
太さが違うので、見た目は少し違うけど。
でも、これでメラニンが髪の色に大きく影響していることがよくわかるのだ。
加齢とともに白髪になっていくメカニズムはよくわかっていないみたいなんだけど、現象としては、毛根に存在している色素を作る細胞が色素を作らなくなる、という状況が発生しているのだ。
これは色素産生細胞のもとになっている幹細胞が死滅してしまうために起こっているそうだよ(色素を作る細胞が新しく増えられなくなるのだ。)。
なぜ幹細胞が死滅するのかがわからないわけだけど。
ちなみに、毛髪を作る細胞の方が死んでしまうと毛がなくなるのだ・・・。

で、色素はいくなり作られなくなる分けじゃなくて、徐々に色素を作る細胞が減っていくので段階的に色素の量も減っていくのだ。
なので、基本的にはゆるやかに髪の色が変わっていくそうだよ。
そういえば白髪とは言えないようなグレーの毛があることもあるよね。
こういうメカニズムなので、マリー・アントワネットさんの伝説のように、牢屋に入れられて一瞬にして白髪になってしまう、というのはまずあり得ない現象なのだ。

たいていの人は年をとると白髪が増えてくるんだけど、出始める時期や全体が白くなる時期にはかなり個人差があって、それはきっと遺伝的要因が関係している、と考えられているんだよね。
でも、ストレスなんかが影響して白髪が増えるということもよく知られているし、薬剤の副作用で白髪になる場合もあるのだ。
とは言え、なんで色素を作る細胞が死んでいってしまうのかいまいちメカニズムが詳細に解明されていないみたいで、よく売られている白髪を防ぐとか、遅らせるというものは本当に効果があるかどうかはわからないそうだよ。
そういうのよりは白髪染めが確実なのだ(笑)
経験的に効いている、と考えられるような事例は知られているんだろうけど、メカニズムがわからないから確かめようがなくて、万人に効くのか、一部の人だけに有効なのかなどがさっぱりわからないのだ。
さすがに毛がなくなる場合と違って、白髪染めもあるし、わらにもすがる、という感じにはならないからいいのかもしれないけど。

髪の色はメラニンがいろんな波長の可視光を吸収してあまり反射しないので黒く見えるのだ(メラニンは紫外線も吸収するよ。)。
白髪の場合は、可視光を吸収するメラニンがなくなり、特定の波長の光を吸収する他の色素もないので、いろんな波長の光を反射するようになるんだよね。
それで白っぽく見えるのだ。
雪や氷の粒が白く見えるのと同じ原理だよ。
特定の色がない(=特定の波長の光を吸収しない)からこそ白く見えるのだ。
だから、白髪を抜いてよく見てみるとわかるけど、1本1本は半透明になっているよね。
これはもともと色素を持たないアルビノの動物の毛と同じなんだよね。
アルビノは「白子」とも呼ばれるけど、色素がなくて半透明で、いろんな波長の光を乱反射するから白く見えているだけなのだ。

2008/02/21

雪だるまってまん丸い

今日はひさびさにDCで雪が降ったのだ。
DCは寒いわりには降るときはたいてい雨で、雪は少ないんだよね。
でも、東京と同じで、ちょっと積もるとすぐに交通が麻痺してしまうようなのだ(>_<)
今日もちょっと雪が降っただけでメトロが遅れたよ・・・(DCのメトロはかなりの部分地上を走っているんだよね。)。
でも、ボクはわりと雪が好きで、ちょっと積もるとすぐにミニ雪だるまを作るのだ。
2~3日残っているとうれしくなるよね。

雪だるまは雪で作っただるま状のものなので「雪だるま」と呼ばれるわけだけど、英語ではそのままsnowmanで「雪の人」なのだ。
でも、この名前の違いはおそらく形状の違いも反映していて、日本の雪だるまが2段重ねでかなりずんぐりむっくりしているのに対し、欧米のsnowmanは三段重ねで背も高く、スマートな感じなんだよね(枝などをさすんじゃなくて、雪で作られた手がついていることもあるのだ。)。
日本のものはまさに飾り物のだるまにそっくりな形なのだ。
伝統的な日本式の雪だるまは、木炭の粉にふのりを混ぜてかためた炭団(たどん)で目鼻をつけるんだよね。
エアコンどころから石油ストーブもまだそんなに普及していない当時は、こたつや火鉢の燃料としてどこの家にもあったからみたい。
欧米の場合も石炭を目鼻に使うことがあるようだけど、それより特徴的なのはニンジンによる高い鼻だよね。
東洋人は鼻が高くないからそういう発想はそうそう出てこないのだ(笑)

雪だるまを作るときは、まず核となる雪玉をかためににぎって作り、それを雪の上でころがしえまわりに雪をつけ、大きくしていくんだよね。
多少水気が多い雪の方がまとまりやすいので、パウダースノーのように水気の少ない雪では作りづらいのだ。
気温がわりと高いときに降るぼた雪の方が作りやすいんだよね。
で、この雪玉があっという間に大きくなっていく様子から、借金などが知らず知らずのうちにとてつもなく大きな額になってしまうことを「雪だるま式」なんて言うのだ。
最初はちょっとずつしか大きくならないけど、ある程度の大きさになると転がしやすくなってあっという間に大きくなるから、まさに言い得て妙なのだ。

雪だるまというとよく晴れた天気の下で融けていくイメージがあって、なんだかはかない感じがするけど、実は意外としぶといんだよね。
雪だるまは雪が圧縮されてかたまっているけど、中には空気も含んでいるので、内部に表面の熱が伝わりにくいのだ。
なので、表面は融けていくけど中は冷たいまま。
しかも、表面の雪が融けていくときに融解熱を奪っていくので、実はなかなか融けないんだ。
道路の雪がなくなっても大きな雪だるまの痕跡としての雪塊が残っているのをよくみかけるのはそのためだよ。

実は、雪国名物の「かまくら」の中がわりとあたたかくて、中に火鉢などを入れても崩れたりしない理由もそこにあるんだよ。
寒さを防ぐ一番大きな要因は風を通さないことにあるわけだけど、かまくら外部の冷気は空気を含んだ雪の壁に遮断されて中までなかなか伝わらないので、いったん内部があたたまるとあたたかさがそのまま持続するのだ。
で、かまくら内部で火鉢なんかを使うと当然熱が発生するので雪の壁の内部が徐々に融けていくわけだけど、融けるときに融解熱を奪っていくし、外側からは冷やされていくのですぐに崩れるほどのスピードでは融けていかないのだ。
それなりに壁を厚く作らないといけないわけだけど、なかなかよくできたものだよね。
イヌイットの人たちも氷で家を造っていたりしたけど、きっと経験的にこういうことを知っていたんだろうね。
先人の知恵はあなどれないのだ。

2008/02/20

まだまだこわい病気

今米国のブッシュ大統領はアフリカに行っているのだ。
ブッシュ政権ではエイズやマラリアなどの伝染病対策でアフリカ諸国に協力することを積極的に打ち出しているんだけど、それが感謝されているみたいだよ。
エイズは比較的予防が簡単なわけだけど、マラリアの場合は徹底的に公衆衛生を向上させて、しかも、もしものときのために特効薬も用意しなくちゃいけないから、けっこう対策は大変なのだ。

日本にも土着のマラリアがいたらしいんだけど、今ではほぼ絶滅していて、もっぱら海外から持って帰ってきてしまう症例が知られているだけなのだ。
マラリアは原虫による感染症で、ハマダラカによって媒介されるんだよね。
マラリア原虫は赤血球の中で増えるんだけど、その活動によって人間は40度を超える熱を数日おきに繰り返すことんあって、重体になるのだ(赤血球を壊してたくさんの原虫が出てくるときに高熱が出るらしいのだ。)。
3度目の高熱を迎えるとかなり重篤な状態みたいで、かなり致死性も高いんだよね。
人間はマラリア原虫にとっては中間宿主で、人の体の中では無性生殖で増えて、その増えたマラリア原虫を血液と一緒にまた蚊が吸って、蚊の中で有性生殖をするのだ(つまり終宿主はハマダラカということ。)。
マラリアはあなどれない病気で、慢性化するとかなり時間が経ってからも高熱が出たりするんだよね。
第二次世界大戦中に南洋で罹患した人はずっと高熱に悩まされていたようなのだ。

最近は地球温暖化問題で日本でもマラリアが復活するかも知れないと言われているんだけど、これは現在猛威をふるっているマラリアの多くが熱帯性だから。
でも、実は今でも日本にはハマダラカ自体は生息していて、それでも土着マラリアは消えていったようなのだ。
その理由としては、ハマダラカは夜間い地を趨勢質があるらしいんだけど、農法や生活様式の変化でおぼハマダラカに血を吸われることがなくなったので、マラリアが伝播する可能性が減ったと考えられているみたい。
こわい病気だから、日本でのアウトブレイクは是非とも避けたいところなのだ。

マラリアの特効薬といえば南米原産のキナからとれるアルカロイドのキニーネ。
もともと南米にはマラリアはなくて、キナの皮が解熱剤として民間薬として使われていたんだって。
欧州人の侵入以降、様々な病気とともにマラリアも入ってきたんだけど、そのとき、偶然にも解熱剤に使っていたキナがマラリアによく効くことがわかったそうなのだ。
今では副作用が強いこともあって、キニーネの構造を模して作られたクロロキンなどの薬が使われているんだけど、第二次世界大戦前後ではまだキニーネしかないから、南洋に進出しようとしていた日本にとって特に重要なものだったんだよ。
今でもクロロキン耐性の熱帯性マラリアなどにはキニーネが使われるみたい。

キニーネはマラリア原虫に特異的に毒性を示すんだけど、それはマラリア原虫の赤血球の中での栄養源と関係しているのだ。
マラリア原虫は赤血球中のヘモグロビンを分解して栄養にしているんだけど、そのとき、マラリア原虫にとっては毒となるヘムができてしまうのだ。
で、マラリア原虫はヘムを無毒化するためにヘムポリメレースという酵素を使うんだけど、キニーネはこの酵素の活性を阻害することで、マラリア原虫に毒となるヘムの無毒化(重合)をじゃまするのだ。

第二次世界大戦のころは、キナは世界中で重要な植物となっていたんだけど、当時は英国とオランダにほぼ独占されていたんだよね。
英国はインドとスリランカに、オランダはインドネシアにプランテーションを作り、世界にキナ(キニーネ)を供給していたんだ。
日本もはじめはオランダなんかから勝っていたんだけど、足元を見られてとても高い値段をふっかけられるので、なんとか自前でキナを栽培したかったのだ。
そんな国産のキナプランテーションを成功させたのが、SF作家の星新一さんの実父である、星制約の創始者・星一さん。
当時は日本領だった台湾でキナの栽培に成功し、満州なんかで近代的なキニーネの製造ラインも立ち上げて、大躍進を果たしたのだ。
でも、そのプランテーションや製造ラインは国に接収されてしまい、しかも、戦後は台湾が日本領ではなくなったので、せっかく作り上げたものが無になってしまうんだよね(この話の裏では、じっこんにしていた後藤新平さんの政敵から様々な妨害工作を受けていて、それが原因で星一さんは失脚してしまうんだよね。)。
いずれにせよ、戦後はキニーネの化学合成もできるようになって、クロロキンなどのもっと使いやすい薬ができてあんまりキナのプランテーションは重要ではなくなったんだけど。

キニーネにはもうひとつ特徴があって、とにかくめちゃんこ苦い物質なのだ。
味覚研究では苦みの標準物質として使われているくらい。
ジン・トニックなんかに使われるトニック・ウォーターは炭酸飲料に香料などを加えたものだけど、苦みとしてはキニーネを加えていたそうだよ。
その苦みが飲みやすさとなって評判がよかったんだって。
米国には今でもキニーネが添加されているものがあるみたい。
キニーネは紫外線を当てると蛍光を出すので、ブラックライトに当ててぼんやりと光ったらキニーネ入りなのだ。

2008/02/19

ウマかった

ボクにとって冬の大敵は寒さとともに乾燥なのだ。
わりと肌が弱くて、乾燥してくるとすぐにかさかさになってしまうんだよね。
くちびるなんかも割れてくるし、指先もざらざらになってしまうのだ。
なので、リップクリームやハンドクリームなんかはかかせないのだ。

そんなボクが日本でよく使っていたのは「馬油」。
ウマの脂肪から抽出した油で、むかしから東アジアではやけどや肌荒れなんかの民間療法に使われていたんだよ。
日本にも中国から伝わってきたとか。
馬油の特徴は人間の体温よりも融点が低いので、肌に触れた途端にさらさらになることなのだ。
融点が高い油だとべとべとするけど、すぐに融けてさらさらになるのでよくのびるし、皮膚にもよく浸透するそうだよ。
天然のハンドクリームみたいなものなのだ。

ウマの脂肪はウシやブタ、トリなどの他の食用動物の脂肪よりも融点が低いことで知られているんだよね。
これはおそらく脂肪の組成の違いで、きっとコレステロールが少なくて不飽和脂肪酸が多いのだ。
馬肉は鍋や刺身で食べるけど、馬刺しは舌の上で身の脂が融け出してまったりとした味になるのだ。
ウマは体温が高いこともあってあんまり寄生虫がついていなくて、ウシと同様に生で食べられるっていうこともあるんだけど、馬刺しが馬肉の食べ方の主流なのにはこういうわけがあるのだ。
牛刺しもあるけど、ウシの場合はまわりを少し焼いて温めて「たたき」にした方がおいしいんだよね。
西洋文化のレアステーキも表面を焼いて中を温め、脂を融かすことでおいしく生に近い肉を食べようという試みなのだ。
タルタルステーキみたいに生で食べることもあるけどね(でも、ウシよりウマの方がメジャーなのだ。)。

馬肉は別名サクラ肉とも言うよね。
これには諸説あって、肉を切り出して空気に触れたときにきれいな桜色になるから(筋肉中のミオグロビンが空気中の酸素と結合して赤みが出るのだ。)、桜の咲く時期がおいしいから(冬に枯れ草をたくさん食べて脂肪を蓄えた後だから春先がおいしいと言われるのだ。)とか言われているんだって。
江戸時代の童謡の「咲いた桜になぜ駒つなぐ」というものから来たという節もあるそうだよ。
でも、「サクラ肉」という呼び方が定着したのは、江戸時代は獣肉食は「ももんじい」と言われて敬遠されたことと関係があるのだ。
イノシシの肉は「ボタン肉」、シカは「モミジ肉」なんて呼ぶけど、これは仏教の普及で獣肉食がタブー視されるようになったんだけど、やっぱり食べたいので別の呼び方で呼んでいた、ということなんだよね。
ウサギを1羽、2羽と鳥のように数えるのもそうだし、イノシシを山鯨と呼んだりするのも同じところに根があるのだ。

そういう意味では、日本ではウマの肉はウシの肉よりはるかに前から親しまれてきたとも言えるんだよね。
ウシも食べていなかったとは言えないけど、ウマの方がはるかにメジャーな獣肉だったのだ(ウシがメジャーになるのは明治維新以降、牛鍋がはやりだしてからだよね。でも、日本人にはクセのないブタの肉の方が好まれているんだよね。)。
きっとトリほどは食べていなかったとしても、それなりに食べられていたみたいだよ。
今では競走馬なんかが走れなくなると馬肉にされるなんていうけど、実際には食用の馬肉のほとんどは輸入しているんだって。
競走馬なんかの肉も市場に出回ってはいるそうだけど、数が少ないので確率的にはほんとど当たらないようだよ。

2008/02/18

白銀の世界はまぶしいよ

この時期スキー場で気をつけないと行けないのが「雪目」。
雪は紫外線を一部反射するので、その照り返しの分だけ日焼けしやすいので、いわゆる「雪焼け」になるのだ。
で、この紫外線は目にも影響していて、目がしばしばしたり、痛くなったり、ものをまぶしく感じたりするようになったら「雪目」なんだよ。
軽度なものは放っておいても治るけど、ひどいと視力が落ちたり、あまりにもひどいと失明することもあるので気をつけないといけないのだ。

タンパク質は紫外線に当たっていると変性してくるんだけど、まさにその反応が目の表面、しかも角膜上で起こっているのが「雪目」の正体なのだ。
角膜表面のタンパク質が変性することでそこに小さな「キズ」ができたような状態になるのだ。
それで目がしばしばしたり、痛くなったりするわけだけど、このキズの程度がひどいと角膜に障害が残ってしまうのだ(>_<)

まぶしく感じるのはものが見えにくくなっているので、よりよく見ようと瞳孔を開くからだよ。
そうするといつもよりたくさんの量の可視光が目の中に入ってきてしまうのだ。
暗いところで瞳孔が開く分にはよいのだけど、光の量が少ないんじゃなくて別の理由で見えづらくなっているときに開いてしまうから過剰な可視光が目の中に入ってくることになってしまうんだよね。

「雪目」はスキー場で特に気をつけないといけないんだけど、それ以外にも意外と危険は潜んでいるのだ。
色つきのレンズの入ったメガネやカラーコンタクトをしている場合、きちんと紫外線カットになっていないと雪目になる可能性があるんだ。
というのも、色がついていると言うことは一部の可視光を吸収しているわけで、目の中に入ってくる光の量がそれだけ減っているということなのだ。
でも、紫外線カットでない場合は投下してくる紫外線量は変わらないんだよね。
そうすると、可視光の量が少なくなるから瞳孔が開くんだけど、入ってくる紫外線の量が変わらないので、それだけ目が紫外線の危険にさらされることとなるのだ。
けっこう気づかないうちに角膜にキズがついていて、視力が落ちたりするらしいよ。
色つきのレンズやカラー粉炊くとの場合はしっかり紫外線カットのものを選んだ方がよいのだ。

それと、ようは紫外線が目の中に入ってくるのが危険だというわけなので、長時間ブラックライトの中にいるのもあんまりよくないのだ。
光が出ているイメージはないけど、けっこう紫外線がでているんだよね。
ブラックライトの中だと暗くて瞳孔も開いているので、リスクは高くなっているんだよ。
それと、これはほとんどの人には関係ないけど、エベレストの頂上のようなとても標高が高くて空気が薄いところでは、大気による紫外線の遮蔽効果が弱いので、地上より多くの紫外線を浴びているのだ。
高山登山をするときは紫外線を防ぐ保護メガネをするのが常識みたいだよ。

紫外線はくもりの日でもけっこうな量が降り注いでいるので、スキー場では必ず紫外線カットのゴーグルを着用するのがおすすめなのだ。
油断大敵だよね。
白人なんかの青い目は特に紫外線に弱いのでいっつもサングラスをしているわけだけど、黒い目のボクたちも多少紫外線に強いとは言え、きちんと気をつけた方がよいみたい。

2008/02/17

UME

そろそろ梅の咲く季節になったのだ。
梅は桜と比べるとマイナーな扱いを受けることが多いけど、甘い香りも魅力的だし、赤や白、ピンクなど色彩も鮮やかなのだ。
通人は今でもウメの花見を楽しうというけど、ボクは梅も桜も両方好きなんだよね。
時期もずれているから、梅を楽しんでから桜を楽しんでと、はしごするのもいいよね(笑)

梅は中国長江流域が原産で、日本には8世紀頃に渡来したんだって。
ちょうど奈良時代くらいかな?
かつては桜より好まれていたんだけど、平安時代以前は「花」と言えば梅を指すくらい好まれていたのだ。
その後桜が天下(?)をとって、今に至るんだよね。
梅は桜に先駆けて1月の終わりから2月という冬の終わりに咲くけど、これは日本の気候に馴染んでいないからなんだとか。
梅は虫媒花で昆虫に花粉を運んでもらわないと実が作れないんだけど、わざわざ昆虫の好きな飯食に花を咲かせているのだ。
でも、この時期は逆に咲いている花は少ないから、昆虫にとっては貴重な花で、活動している昆虫はみんな来るだろうから、かえって有利なところもあるのかも。
そうでないと日本では生き残れなかったはずだし、梅の実が日本で食べられないのだ。
梅はアンズと非常に近縁で(アンズもかなり早めに花が咲くよね。)、わりと普通に交雑してしまうそうだよ。
花を楽しむ梅(野梅系というらしいよ。)の実は小さくて、食用の梅の実はアンズと交雑した豊後系という大きな実のなるものなんだって。

「うめ」の語源は中国語の「梅(マイ又はメイ)」で、伝来した当時の日本語では鼻音の前に軽く鼻音を重ねて「め」じゃなくて「んめ」のように発音していたらしくて、それで表記も「むめ」となっていたそうだよ。
当時は「ん」の字がないから「む」で代用していたわけだけど、これが字のとおり「むめ」と読まれるようになり、それが「うめ」になったんだって。
ちなみに、梅の学名はPrunus mumeで、ここにも「むめ」が残っているのだ!

梅といえばやっぱり梅干し。
梅の実は4月の終わりから5月頃にかけて実をつけ、それが6月頃に黄色く熟すのだ。
桃やアンズと違って熟してもまったく甘くならないのが梅の特徴なんだよね。
で、梅酒の場合は未成熟の青梅を焼酎(ホワイトリカー)と氷砂糖で漬けて作るんだけど、梅干しの場合は熟したものを使うのだ。
熟した梅干しをよく洗って一晩水につけてアク抜きをしてからたっぷりの塩で漬けるのだ。
すると、梅の実から水分が出てきて梅の実が液の中に浸かるようになるのだ。
この液体が梅酢(白梅酢)で、梅の実に含まれるクエン酸がたっぷり含まれていてとてもすっぱいんだよ。
塩漬けにした梅を天日に3日ほど干すと伝統的な梅干しのできあがり。
かつては6月の終わり頃から塩漬けをはじめ、ちょうど土用のころに日干しにしたので土用干しと言われるんだ。
こうしてできた梅干しは色が白っぽいので白干しと呼ばれるそうだけど、すっぱいだけでなくとにかく塩辛くて、とても保存性の高い食品なのだ。
100年以上までの梅干しを食べた、なんて話があるけど、それはこの梅干しだよ。

一方、白干しでは塩辛すぎるので、一般には塩分を抑えて漬けた梅干しが普及しているのだ。
代表的なのはしそで色づけしたしそ梅。
梅酢が出てきたところであらかじめアク抜きしておいたしその葉を加え、一緒に漬けるのだ。
そうすると赤い色としその風味がつくんだよね。
それを白干しと同様に天日干しにして日の丸弁当に使う赤い梅干しのできあがりだよ。
しその赤い色のついた梅酢は赤梅酢と呼ばれるのだ。
スーパーなんかで売っている梅干しの多くは実はこの赤梅酢に梅の実をつけただけのもので、「梅酢漬け」というものなんだ。
塩漬けもしていないし、天日干しもしていないので、保存食にはなっていなくて、普通の酢漬けのようなものなのだ。
なので賞味期限がわりと短かったりするんだよね。

ちなみに、梅の実は生のまま食べると毒だと言われるけど、それは梅の実の中に青酸配糖体(シアノグルコサイド)が含まれるからなのだ。
これが胃腸などで酵素によって加水分解されると、猛毒の青酸(シアン化水素)ができてしまうので、それが悪さをするわけ。
青酸は酸素より強力に赤血球中のヘモグロビンに結合してしまい、しかも離れないので、体内の酸素供給が不足するようになってしまうのだ。
一酸化炭素も青酸よりは弱いけど、酸素に比べるとはるかに強くヘモグロビンに結合するので、それが毒性になっているんだよ。
青酸や一酸化炭素中毒になった人の血液はとてもあざやかな色をしているんだけど、これは酸素が結合したヘモグロビンが多く流れている動脈の血の色があざやかで、酸素が結合していないヘモグロビンが多く流れている静脈の色が黒っぽいのと同じなのだ。
ヘモグロビンは酸素などが結合している状態であざやかな赤い色になるんだよ。
でも、梅酒漬けにしたり、梅干し・梅酢漬けにするとこの青酸配糖体はほとんど消失するので、人体に影響が出ないと言われているんだ。

2008/02/16

お大尽のイメージ

ボクの中でお金持ちのお大尽のイメージというとなんと言ってもガウンと葉巻(笑)
ガウンなんてきっと日本ではほとんど着ている人がいないよね。
で、さらにバスローブまで着ているとなるとなおさらなのだ。
テレビドラマなんかでは着ている人を見るけど、実際に日本でどれくらいの人がバスローブを愛用しているのかな?

バスローブは風呂上がりに着るガウンで、タオル地でできているのだ。
米国に来てから売っているのを普通に見かけるようになったけど、別に高いものではないんだよね。
きっとそういう西洋文化を取り入れている、というのがお大尽に見えるだけなのだ。
むかしは西洋のものというだけで高級そうな感じがしたからね(笑)
案外欧米では普通のものでも、とにかく欧米のものは日本では高級だった時代があるから、いまだにそれを引きずっているということなんだろうね。
日本の文化として浸透していないというのも大きな原因だと思うのだ。

で、このバスローブは入浴後に濡れた体を包んで、汗を吸い取るのが目的なのだ。
でも、それって実は日本の浴衣と同じようなものなんだよね。
もともと浴衣は「湯帷子(ゆかたびら)」で、お風呂で着るものだったのだ。
平安時代にお風呂の文化が出てきたようなんだけど、そのころは蒸し風呂(いわゆるサウナ)で、複数人で一緒にはいるのでよく汗を吸い取る服を着て入ったんだって。
戦国時代になるとお湯をはった浴槽につかるお風呂も出てきて、戦国大名などはお湯につかった後に何度も浴衣を着たり脱いだりして換えて体の表面の水分を吸わせていたそうだよ(これこそお大尽の贅沢な着方だよね。)。
で、さらに江戸時代になって一般公衆浴場としての銭湯が普及すると、木綿の薄い生地でよく汗を吸い、風通しもよい浴衣は風呂上がりに着る着物として広まったとか。

さらに簡便に着られること(今の人から見ると浴衣を着るのもけっこう大変だけど、普通の和服に比べると格段に楽なのだ。)、風通しがよくて汗をよく吸い取ることなどから夏場の略式の服装としても使われるようになったんだって。
現代に生きる僕たちは着方がいまいちなのでどうしても朝起きるとはだけてしまっているけど(笑)、寝間着としても使われていたなよね。
西洋でもバスローブと同じような形状のナイトガウンが寝間着として使われていたけど、これまた同じような発想なのだ。

それにしても、バスローブやガウンがお大尽なイメージなのに対し、同じような目的で使う日本の浴衣は極めて庶民的な感じがするよね。
西洋では別にガウンやバスローブはたいしたものじゃないんだろうけど。
現在でも浴衣はまだかなり見かける着物だけど、それでもやっぱり着る機会は少なくなっているよね。
風情があるものだし、男性でも女性でも艶っぽさが出るから、こういうものはで着るだけ残していきたいものなのだ。

2008/02/15

バレンタインと言えば

今日は米億時間では2月14日、すなわちバレンタインデーなのだ。
で、そのバレンタインデーに何かと引き合いに出されるのがヴァン・アレン帯。
本来はまったく関係ないものなんだけど、気になったのでヴァン・アレン帯について調べてみたのだ。

ヴァン・アレン帯は地球をドーナツ状に取り巻く、要旨や電子からなる放射線帯のことで、米国が一番最初に打ち上げられた人工衛星のエクスプローラー1号に積まれていたガイガー・カウンター(放射線量を計測する装置だよ。)のデータからその存在が発見されたのだ。
エクスプローラー1号を宇宙へ飛ばすヴァンガード計画の主任研究者(PI:Principal Investigator)のジェームズ・ヴァン・アレン博士の名前からとったのだ。
ヴァンガード計画は打上げ用ロケットとして海軍が開発していた固体ロケットのヴァンガードから名前がついたんだけど、実際には失敗が続き、陸軍のフォン・ブラウン博士の開発したジュピターCロケットで打ち上げられたんだよね(ソビエト連邦はスプートニク1号・2号の打上げに成功していて、米国も早く人工衛星を打ち上げなければいけないということで、一度は海軍のロケットで打ち上げることを決定して陸軍は弾道ミサイル開発に専念するようアイゼンハワー大統領は指示したんだけど、それを撤回して陸軍に打上げを行わせたのだ。)。
有名な写真として、全米科学アカデミーのホールでエクスプローラー1号の実物大模型(模型というより実際は予備機)を持ち上げているフォン・ブラウン博士とヴァン・アレン博士の写真があるよね。

地球は言わば大きな磁石で、北極がN極、南極がS極なんだけど、両極を結んで地球を取り巻くように磁力線があるのだ。
磁石を砂鉄の上に置くと波紋みたいな模様ができるけど、あれがまさに磁力線だよ。
で、その磁力線に太陽から放射される電離した粒子(いわゆるプラズマ)や放射線が捕捉されているのがヴァン・アレン帯なのだ。
太陽は毎秒100万トンもの荷電粒子を放出していて、それが太陽風と呼ばれるものなのだ。
そのまま地球に届いてしまうと大きな影響があるんだけど、ほとんどの荷電粒子はヴァン・アレン帯でトラップされるので地球は守られているんだよ。
特に地球のはるか上空を周回している人工衛星への影響は大きくて、ヴァン・アレン帯がなければすぐに機能を停止してしまうことになるのだ!

ヴァン・アレン帯は両極を結ぶ磁力線にトラップされた陽子や電子でできているわけど、赤道上空が一番層が厚くて、極の近くでは層が薄いのだ。
なので、赤道直下の地域は一番太陽風の影響から守られていて、極付近は逆に影響が大きいわけ。
でも、そのおかげでオーロラが見られるんだよね。
オーロラは荷電粒子が大気のな兄超高速で突入するんだけど、大気中の気体分子とこの粒子が衝突すると気体分子が大きなエネルギーをもらって励起状態になり、その後発光するのだ(発光の原理は蛍光と同じだよ。)。
その発光現象をマクロで見たのがオーロラというわけ。

太陽風というのは太陽活動によって強くなったり弱くなったりするんだけど、太陽風は地球以外には太陽系の宇宙環境に影響を及ぼすので、今では太陽観測衛星なんかを使って活動状況を観測していて、宇宙天気予報として強弱を予測しているんだ。
太陽は活動が活発になると黒点が増えたりするので地上からでもある程度はわかるんだけど、やっぱり宇宙から観測した方が精度が高いみたい。
で、太陽表面で大きな爆発現象であるフレアが発生すると、一気に大量の粒子が放出されて、非常に強い太陽風となるのだ。
特に程度の大きいものは太陽嵐と呼ばれるんだけど、それくらい強いとヴァン・アレン帯でも守りきれずに地上にも影響が出てしまうのだ。

強い太陽風だとまずは地球周回軌道上の人工衛星に大きな影響が出て、電子機器が壊れてしまったり、通信が途絶えたりしてしまうんだ。
追伸・放送衛星がだめになるだけじゃなくて、今の銀行の自動支払機(ATM)やクレジットカードの決済システムは米国の全球測位システム(GPS:Global Positioning System)をもとに時間管理をしているので、そういうのも使えなくなってしまって、副次的に地上に影響が出るんだ。
さらに強い太陽嵐だと、太陽からのmつよいでんじはで地上で電磁誘導が発生して送電線に以上電流が流れ、場合によっては送電ネットワークがだめになって大停電が発生するんだよ。
発電所や変電所などの施設も破壊されるおそれがあるのだ。
また、電磁波が地磁気を大きく変えてしまって、いわゆる磁気嵐が発生するので、衛星を介さない地上間の電波による通信なんかもまったく使えなくなるんだ。
実際にはまだそこまで強い太陽嵐はここ最近は発生していないんだけど、まだそういうものが発達していなかった、むかしには発生している可能性があって、それが現在でも起こらないとは言えないんだよね。

でも、通常のレベルの太陽風ではそういう大惨事が起こらないように守ってくれているのがヴァン・アレン帯なわけで、「バレンタインデーはヴァン・アレン帯の誕生日」なんてことをいっている場合じゃないのだ(笑)
肉眼で見えるようなものではないけど、感謝の気持ちを持たないとね。
バレンタインデーはむしろ日頃からお世話になっているヴァン・アレン帯に感謝する日にしてもよいのかも♪

2008/02/14

むひょっ!?

昨日は1日中氷点下の気温の中、雨が降った後に路面が凍結して大変な目にあったのだ。
で、今朝も滑らないように、と気をつけたんだけど、雨が強かったからか、気温が高めだからか路面は凍結してなかったんだ。
でもでも、ふと公園の木を見ると、なんと氷で枝がポッキーのようにコーティングされていたのだ!
枝に着いた水滴が氷点下の気温でかたまってしまったみたい。
で、その様子を見て思い出したのが、「霧氷」という現象なのだ。

霧氷は氷点下の環境で、空気中の過冷却水(氷点下以下の温度だけど凍らないで液体のままの水)や水蒸気が障害物に接触し、その場で凝結又は昇華して氷になってくっついてしまう現象なのだ。
霧氷には3種類あって、過冷却の水滴からなる霧が木々などに衝突してできる樹氷(蔵王なんかが有名だよね。)、もう少し大きな過冷却の水滴が衝突してできる粗氷、空気中の水蒸気が昇華して木々にくっつく樹霜があるんだって。
ボクは樹氷しか知らなかったけど、水分子の粒の大きさで見た目がだいぶ変わるようなのだ。
樹霜はいわゆる霜で、地面で水蒸気が昇華すると霜、木について昇華すると樹霜なんだけど、まさに木の枝に霜が降りたようになるみたい。
樹氷は英語ではsnow monsterなんて呼ばれるけど、雪のような細かい氷の粒子が付着して枝に葉っぱがもどったようなかっこうになるのだ。
粗氷はもう少し氷の粒が大きくて、層状構造だそうだよ。
樹氷より気温が高い環境でできるるようなのだ。

これと似たようなものが、過冷却の雨が降ってきて、それがものに衝突した瞬間に凝結して、氷となって付着するのが雨氷。
一見雨と区別はつかないんだけど、触れた瞬間に氷になるのだ。
非常に珍しい現象だけど、カナダのセントローレンス川沿岸のモントリオールではけっこう頻繁に発生するんだそうだよ。
なんでも、冷たい空気の層にあたたかい空気の層がサンドイッチされているような状況が必要で、一番上の冷たい空気の層の中で雪やひょうとして降っていたものが、あたたかい空気の層の中で融けて水滴になるのだ。
でも、また急激に冷たい空気の層の中に入ることによって過冷却の状態になるというわけ。
ゆっくり冷えるとそのまま氷としてかたまるんだけど、そういう氷が降ってくる現象は凍雨と言うそうだよ。
雨が当たったそばからかたまっていって、氷のかたまりが成長していくので、独特の景観ができあがるらしいのだ。
あまり体験したくないけど、見てはみたいよね(笑)

空気中の水蒸気が地面に触れて昇華して細かい氷の結晶になるんが霜なんだけど、地中の水分が毛細管現象で地表に吸い上げられ、その過程で冷やされてかたまって氷になるのが霜柱なのだ。
似たようなものだけど、霜は「下りる」というくらいで表面に付着するもので、霜柱は土の中から出てくるものなのだ。
まず水分を含んだ地表の土が凍って、凍っていない地中の水分が毛細管現象で上に吸い上げられないといけないので、霜が降りるときよりもっと温度差がないとできないそうだよ。
土が持ち上げられてしまうので、霜による冷害以上に植物にはダメージがあることもあるんだって。
ボクなんか踏んで楽しんでいたけど、なかなかあなどれないものなのだ。

2008/02/13

ネズミ男現る

米国に来てから重宝しているのがパーカー。
米国人はパーカーが大好きで、かなりの人が来ているのだ。
ラッパーの人たちなんかが着こなしていることもあって、そういうファッションにあこがれている若者もよく着ているよ(そういう人は大きめのパーカーを着ているのだ。)。
でも、ボクが重宝しているというのは、防寒着としてなかなか優れているという点なのだ。

日本ではほとんどパーカーのフードをかぶっている人なんていないし、かぶっていると「ジャミラおじさん」とか「ネズミ男」扱いだけど、米国ではけっこうかぶっている人がいるんだ。
ボクもその一人。
その理由は単純で、フードをかぶると頭と耳がとてもあたたかいのだ。
米国北東部の寒さはかなりのものなので、立派な防寒具なんだよね。

もともとパーカーはアラスカやシベリアに住んでいた人たちの頭巾付の毛皮のジャケットのことで、ヤッケとも呼ばれるのだ。
極域に住むイヌイットの人たちがアザラシやトナカイなんかの毛皮で作っていたものがオリジナルなんだよ。
アラスカとシベリアで同じようなものがあるのは、カムチャッカを通ってシベリアからアラスカへ、そして南北米大陸を縦断、というグレート・ジャーニーとも適合しているのだ。
で、その毛皮のパーカーに似ているということで、フード付きのスウェットやジャンパーがパーカーと呼ばれるようになったみたい。

もともとが防寒具なだけあって、今でも立派な防寒具として昨日するというのは納得できるよね。
頭や耳を寒さから守るには防止や耳当てでもいいんだけど、フードの場合はそれにさらに首まわりも温められるという利点があるのだ。
顔面以外は防寒できるのでかなりの優れものだよ。
特に首の後が寒さから守られるのは大きなメリットだと思うんだよね。

さらに、スウェットのパーカーの場合はおなかのところに袋状のつながっているポケットがあるのだ。
この中に手を入れているとあたたかいんだよね。
かっこつけて手を入れるわけじゃなくて、本当に寒いから入れるのだ(笑)
でも、日本の場合はそういう実用的な衣服というより、やっぱりファッション先行で着られているんだよね。
ボクも米国に来て、厳しい寒さを実感してその偉大さ(?)に気づいたわけだけど。
おそらくほとんどの服はそうだと思うんだけど、実用的な意味があるものなんだよね。

2008/02/12

奈良の橿原で

日本時間ではすでに12日だけど、米国時間だとまだ2月11日。
すなわち、「建国記念の日」なのだ。
この日は神武天皇が東征の後に奈良の橿原の地で即位した日と言われているのだ。
神武天応が即位して宮を構えたのが畝傍橿原宮(うねびかしはらのみや)で、それがあった場所に明治になって創建されたのが橿原神宮だよ。
言わば大和朝廷発祥のちなんだよね。

戦前は、この神武天皇が即位した日を「紀元節」として祝日にしていたのだ。
神武天応が即位したのは旧暦の1月1日だったらしいんだけど、明治5年に紀元節を祝日としたときは、ちょうど旧暦から新暦に移行する時で、旧暦の1月1日が1月29日にあたったので、その日を祝日としたみたい(旧暦明治5年12月3日が新暦明治6年1月1日になったのだ。)。
でも、紀元節は旧正月を祝う祝日だとという誤解が国民の間に広まり、さらに先代の孝明天皇の命日の1月30日にも近いので、日付を設定し直すことにしたんだって。
当時の文部省天文局(今の国立天文台)が干支をもとに神武天皇の即位したといわれる旧暦の元日が新暦のいつに当たるか(紀元前660年と言われているよ。)を計算して求めたらしいんだけど(計算の詳細は不明みたい)、それで出てきた答えが今の2月11日なんだよ。
神武天皇の即位した日は「朔」の日だったと記紀神話に書かれているんだけど、当時は月齢までは計算できなかったので、単に60を周期とする干支で計算したみたい。
でも、実際に後から月齢を計算してみると、確かに新月だったみたい。

戦前はこの紀元節に加え、明治天皇の誕生日の明治節、天皇誕生日の天長節、新暦の新年を祝う四方節(宮中行事で旧暦の1年のはじめに豊作と無事を祈る四方拝がもとになった祝日なのだ。)の4つが四大節(しだいせつ)と呼ばれ、最も重要な祝日だったんだよ。
ちなみに、皇后誕生日は地久節と言うんだけど、この日は祝日ではないのだ。
この他、宮中行事に由来する新嘗祭(今の勤労感謝の日)や春季・秋季皇霊祭(今の春分の日と秋分の日)などの祭日が定められたんだ。

戦後になると、昭和47年に片山哲により、日本国憲法にふさわしい祝日として紀元節が「建国記念の日」という名前で盛り込まれたんだけど、連合国軍最高司令官総司令本部(GHQ)に「かつての軍国思想につながるもの」として削除されたのだ。
確かに戦中は皇国思想の行事として使われていたんだよね・・・。
でも、占領が明けた1952年(昭和27年)から復活運動が起きて、1958年(昭和33年)には議案が国会に提出されたのだ。
そうこうして1966年(昭和41年)になって佐藤栄作内閣が政令で「建国記念の日」を再制定し、翌年から「建国記念の日」が祝日になったんだよ(同じ年に体育の日と敬老の日も制定されたようなのだ。)。
ちなみに、「建国記念の日」は「国民の祝日に関する法律」においても「政令で定める日」となっていて、その日付を定める政令が佐藤栄作内閣が出した「建国記念の日となる日を定める政令」なのだ。
でも、こういう経緯があるから、今でも建国記念の日は紀元節の復活で、国民の祝日としてふさわしくない、なんて意見があるんだよね。

初期の頃の天皇はとても長生きで伝説的なので、実際に神武天皇がいつ即位して、いつから今の天皇家が日本を治めていたのかはわからないんだけど、紀元前660年という説が本当だとすると、世界でも有数の古い王家になるんだよね。
中国をはじめ海外では通常前の王家が倒されて次の王家が出てくるのだけど、日本の場合はなぜか天皇家は残ったままで、征夷大将軍が幕府を開いたりして「事実上」の支配者として君臨しただけだったので、ずっと天皇家の治世が続いているのだ。
これはなかなかおもしろいことだし、せっかくの記録なので、そういう記録ともあわせて、建国記念の日を祝ったらよいと思うんだけどね。

2008/02/11

そうだ、それが青銅だっ!

今年の夏は北京でオリンピックだよね。
工事がきちんと終わってちゃんと開催できるのか怪しむ声もあるけど(笑)
で、オリンピックなどのスポーツの競技で気になるのが三位の「銅」メダル。
英語では「Bronze」なので、あれは「銅(Copper)」じゃなくて「青銅」のはずなのだ。

青銅は銅と錫(スズ)の合金で、比較的低温で溶かすことができて成形が容易なので鉄器より前から使われていたのだ。
欧州では鉄器を持ったヒッタイトが青銅器文化だった当時の地中海地域を席巻したのだ。
鉄器には負けてしまうくらいで青銅は比較的やわらかいのも特徴なんだよね。
それと、鉄は精製するのにものすごい高温が必要だから、青銅よりもはるかに扱いが難しかったのだ。
※日本でも「たたら」と「ふいご」が大陸から伝わるまでは青銅器しか作れず、鉄器はyにゅ宇貧だったのだ。

青銅というとどうしても緑色のイメージがあるけど、本来の青銅は金属光沢のあるもので、錫の含有量で色が変わるんだって。
10円玉のように錫の含有量が少ないと純銅と同じような赤っぽい色(いわゆる赤銅色だよ。)で、錫が増えて行くにつれて黄色みが増してくるんだって。
かなり多くなると黄金色になるんだけど、さらに増えると今度は錫の色が勝ってしまって、一定量を超えると白銀色になるんだって。
なんとも不思議なものだねぇ。

青銅器時代に使っていた剣なんかは黄金色くらいの青銅が使われていて、銅鏡に使われていたのは白銀色のものだったそうだよ。
ちなみに、中世・近世以降は水銀で磨いてアマルガム(水銀との合金)にして鏡面を作るようになったので、むしろ赤銅色の青銅を使ったそうだよ。
錫の量が多くなるとそれだけかたくなるんだけど、もろくもなって折れやすくなるので、混ぜる量を使い方によって工夫していたようなのだ。

ブロンズ像や博物館なんかで見かける青銅器の光沢のあまりない緑色は、青銅表面にできた錆、いわゆる緑青なのだ。
これは空気中の二酸化炭素と反応してできる炭酸塩なんだって。
緑青は俗に毒性があると言われていたけど、緑青自体はよほど大量に摂取しない限りは毒性はないとか。
そのむかしは銅の精錬度が低くて銅の中に大量のヒ素が混入していたのでそのように思われていたみたい。
なので、さびて緑青の着いた10円玉をなめても大丈夫なんだよ(笑)
でもでも、最初からあの緑色だったら、金、銀に次ぐ三番目の貴金属にはならないよね。
やっぱりきれいに輝いていてこそ、三番目が「ブロンズ」になるのだ。

銅はむかしからいろいろと合金の材料に使われているんだよね。
5円玉は亜鉛との合金の黄銅で、いわゆる真鍮なのだ。
100円玉はニッケルとの合金の白銅で、ニッケル量が多いと銀に似た光沢が出るんだって。
100円玉はかつては銀貨だったらしいんだけど、銀の価格が昭和30年代に上がって銀貨にできなくなって白銅になったみたい。
似ているようでも500円玉はニッケルと亜鉛が入った洋白というもので、貨幣の世界ではこれをニッケル黄銅と呼ぶんだって(黄銅にニッケルが入っているということだけど、色は白銀色なのだ!)。
銅を使った合金はいずれも加工性がよかったり、伸縮性や柔軟性があったりと便利なようなのだ。
世の中で一番多く使われている金属はやっぱり鉄だけど、おそらくその次が銅なんだよね。

2008/02/10

ロボットとからくり

今日はDCにあるケネディ・センター(John F. Kennedy Center for the Performing Arts)のイベントの「Japan Culture + Hyper Culture」というのに行ってきたのだ。
そこには、日本の新たな文化を代表するものとして数々のロボットが展示されていて、ホンダが世界にほこる二足歩行ロボットのASIMOや、ギネスブックにも掲載されている世界一のいやし系ロボットのパロ君なんかがいたよ。
そこでちょっとロボットのことが気になったので、調べてみたのだ。

ロボットは人の代わりになんらかの作業を行う機械のことだけど、最近では人の動きをマネする機械としてのロボットが増えてきているのだ。
前者はいわゆる「産業ロボット」というやつで、日本では工場に数多く導入されているんだよね(導入レベルは圧倒的に世界一らしいのだ。)。
自動車工場のものは有名だけど、塗装ロボットや組立てロボットなど、かなりの部分が産業ロボットで自動化されているんだよね。
最近では自分でゴミやほこりを見つけて取り除いてくれる掃除ロボットなんかもあるし、危険な物質を扱ったり、時間のかかる作業を繰り返してくれる実験ロボットなんてのもいるんだよね。

一方、ASIMOに代表されるようなヒューマノイド・ロボットは人間に似せたロボットで、人間の動きを再現しようとしている技術の結晶なのだ。
ASIMOの二足歩行の重心のバランスの取り方は人とはかなり違うらしいけど、それでも階段の上り下りも含めてスムーズに二足歩行ができるというのは衝撃的な成果だったんだよ。
日本では手塚治虫先生の鉄腕アトム以来人間のような形で、人間のように話せるロボットのイメージがかなり浸透していて、まさにそういうものの開発を目指しているんだよね。
アトムの世界では人間の代わりにロボットが働いていたけど、間の産業用ロボットは一部はその世界を実現しているのだ。

ロボットの名前が最初に使われたのはチェコ・スロヴァキアの小説家のカレル・チャペックさんの小説で、語源はチェコ語で労働を意味する「ロボータ(robota)」といわれているのだ。
小説に出てくるロボットは機械というより人造人間に近いものみたいだけど、ここからロボットという名前が広まっていったそうだよ。
鉄腕アトムの世界なんかには「ロボットは人を傷つけてはいけない」なんて大原則が出てくるし、だいたいのロボット関係の作品では同じような考えが出てくるけど、これはもともとSF作家のアイザック・アシモフさんの作品に出てくる「ロボット工学三原則」というものに基づいているんだよ。

  • 第一条:ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
  • 第二条:ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
  • 第三条:ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
というものなのだ。
この原則を守らずにロボットが反乱を起こしたりするのがだいたいの作品の内容になるわけだけど、ボクはあんまりこの考え方は好きじゃないんだよね。
これではまるで奴隷と同じなのだ。
鉄腕アトムでも最後の方にはロボットの権利の話が出てくるけど、やっぱりロボットは友だちで、一緒に暮らしていくべき存在だと思うんだよね、作業の役割分担はあっても。
パロ君のような一緒に暮らすようなイメージのロボットが好きなのだ。

そんなボクの好きなイメージに近いのは、ロボットの前身とも言えなくもないからくり人形。
西洋には自働人形(オートマタ)という同じようなものがあって、その技術が16世紀頃に日本にやってきて、同時にやってきた時計の技術と合わさってはってしたようなんだ。
江戸時代の鎖国の間に独自の発展を遂げるんだよね(それでもオランダを通じて欧州と技術的交流はあったようだけど。)。
西洋のオートマタは金属でできていて、もともとは宗教儀式なんかで使われる「動く仕掛け」がもとだったようなんだけど、人間の動きをそっくりマネするものとして作られるようになったようなのだ。
でも、一般の人の目に触れることは少なくて、その神秘性に惹かれた貴族や大金持ちの道楽みたいなものだったみたい。
産業革命が起こり、さらに電気が実用されるようになるとゼンマイなどを使ったオートマタは神秘性も失い、人気はなくなったんだって。
今ではアンティークとして人気があるけどね。
やっぱり時計職人が技術の粋をこらして作っていたようなのだ。

日本のからくり人形はたいていは木でできていて、ゼンマイもクジラのヒゲだったりするんだよね。
茶運び人形なんかが有名だけど、あれはうまくカムを歯車にかませることで一定の距離を進んだところでターンするようになっているのだ。
江戸時代後期に技術が発展していっていろんなからくり人形ができたようなんだけど、特に江戸末期の「からくり儀右衛門」こと田中久重さんが作ったものがすごいのだ。
田中久重さんは東芝の創始者でもあるわけだけど、からくり人形界(?)でも超大物で、弓曳き童子や習字をする文字書き人形なんかはものすごい複雑な構造になっているんだよ。
歯車やレバー、カムが絶妙な組み合わせになっていて、複雑でスムーズな動きを実現しているのだ。

日本のからくり人形はお大尽の遊興だけでなく、見せ物興行なんかにも使われたので、庶民もよく知っていたんだよね。
お祭りの山車に載っているものもあるし、かなり全国的に普及していたようなのだ。
でも、明治になって西洋文化がたくさん入ってくると廃れてしまって、童子に技術も失われていくんだよね。
複雑な仕掛けのからくり人形を作れる人がいなくなってしまうのだ!
でも、戦後になって「機巧図彙」というからくり人形の構造を解説した古書が見つかって、それで現存していなかった茶運び人形が再現できたのだ。
からくり儀右衛門さんのものなんかは複雑すぎて、修理して動かせるようにするくらいなら何とかできるけど、まったく同じものを作ることはできないと言われているよ。
この日本のからくり人形にも多くの時計職人の技術が使われているようだけど、今の人間国宝と呼ばれる人たち以上の神業を持った職人たちが手がけていたようなのだ。

殷本ではからくり人形がかなりメジャーだったこともあって、ロボットに対してより親しみを感じやすいと言われているんだよね。
それが多くのロボットが社会の中で活躍している文化的背景とも言われているのだ。
日本のロボットとして最初に世界を震撼させたのは、京都博覧会に出品された「學天則」というもの。
生物学者の西村真琴博士が作ったものだけど、あの水戸黄門の俳優の西村晃さんのお父さんなのだ。
空気圧を動力に腕を動かしたり、表情を変えることができたらしいよ。
まさに今でいうヒューマノイド・ロボットの走りなのだ。
これが昭和3年のことなので、日本はそのときからロボット先進国だったわけなんだよ。
これからも人間のパートナーとしてのロボットに期待したいのだ。

2008/02/09

目分量でなくて

ボクは料理を作るときはたいてい目分量で、味見しながら調節するのだ。
慣れたものなのでだいたいそれでもおいしくできるんだけどね。
でも、日本橋たいめいけんのレシピのコールスローを作るときだけはきちんと計量スプーンで量るんだ。
はかり方はかなりいい加減なんだけどね(笑)

日本の場合、計量スプーンは大さじ、小さじ、小さじ半の3つの大きさがセットになったものが多くて、それぞれすり切りにすると、15ml、5ml、2.5mlになるのだ。
日本では香川栄養学園(女子栄養大学)を創立した香川綾さんが考案したんだって。
でも、この計量スプーンは日本独自のものではなくて、もともと欧米の文化でteaspoonというのとtablespoonというものがあって、それを参考に作られたみたいだよ。
でも、欧米の場合はすり切りじゃなくて山盛り(spoonful)で容積を量るんだって。
それだと誤差が大きくないのかな?

英国の古い定義では、大さじ=tablespoonが1/2~5/8英液量オンスで14.2~17.8ml、小さじ=teaspoonが1/8英液量オンスで約3.55mlだそうなのだ。
英国の液量オンスは1オンスの重さの水の容積で、英ガロンの1/160にあたる約21.4mlだそうだよ。
でも、今の定義ではtablespoonが15mlで日本の大さじと同じ液量になっているそうなのだ。

一方、米国ではtablespoonが1/2米液量オンスで約14.8ml、teaspoonが1/6米液量オンスで約4.93mlなんだって。
米液量オンスは米ガロンの1/128なので本当は約29.6mlなんだけど、栄養表示をするときだけは法律で30mlにすることに決まっているようなのだ。
ボクは同じスケールだと思っていたんだけど、かなり近い数字だけど微妙に数字が違っているんだね。
栄養表示の場合だったら同じになるんだけど。

料理に使うものとしては計量カップもあるけど、これもやっぱり香川綾さんが日本では考案していて200mlなのだ。
米の1合にあわせて180mlんあっているものもあるけどね。
米国では、0.5パイント=8米液量オンスで約237mlになるんだけど、法律ではメートル法に基づいて240mlとすることが決められているとか。
計量スプーンだと違いは無視できるくらいだけど、計量カップだと2割ずれているのでかなり大きな違いなのだ。
これは気をつけないとあぶないね。

とは言っても、ようは量り方の問題で、きちんとすり切りで量ることなんてほとんどないから、あんまり気にしなくてもいいのかもね。
計量カップできちんと量ることを気にするよりも、薄めに味付けしておいて味見をして、好みに合うように調整する方が大事なのだ。
とは言え、慣れないうちはきちんと量らないと濃いか薄いかの目安もつけられないから、最初のうちは計量スプーンやカップを使って、慣れてきたら後は目分量で、と段階を踏まえていくのがよいのかもね。

2008/02/08

若かりしリチャード・ギア

「メイヨネーズっ」と言えば映画「愛と青春の旅立ち」だけど、米国では本当によくマヨネーズが使われているのだ。
たいていのサンドイッチやハンバーガーには入っているし、サラダにもかけるし、シーフードにもかけたりするよ。
けっこう日本と同じくらいマヨネーズを使っているかも。
米国のマヨネーズは日本のものよりさっぱりしているというか、薄い感じがするけどね。

このマヨネーズはお酢、油、卵を使った半個体状のドレッシングで、もともとはフランス料理のドレッシングだそうだよ。
全卵を使用する白っぽいものと、卵黄だけを使う黄色いものに分かれるのだ。
俗に地名に由来するというけど、その名前の由来はよくわからないんだよね(笑)
作り方は単純で、卵に少しのお酢を加え、よく混ぜてからそこに少しずつ油を加えていき、とにかくかき混ぜにかき混ぜて、独特のとろっっとした感じにするんだよ。
でも、作り方自体はシンプルだけど、このかき混ぜるのがなかなか難しくて、慣れないと作るのは大変みたい。

マヨネーズはいわゆるエマルジョンという状態で、水の中に油の小さな粒子が分散している状態なのだ。
静置しておいても水と油が分離しないほどうまく混ざっているのだ。
水分は卵の中の水分と後から加えたお酢で、卵の黄身に多く含まれるリン脂質が界面活性剤となり、油の粒子のまわりにくっついてその水分の中に分散するようになっているんだよ。
いわば油卵黄の酢漬けのようなものなのだ。
で、これがバランスが崩れて油の中に水分の粒子が分散するような逆の状態になると、マーガリンのようなべちゃっとした状態で独特のとろみとまろやかさがないんだって。
水と油のバランスが適切でなかったり、かき混ぜるのに失敗するとそうなってしまうみたい。

マヨネーズは油の酢漬けなので保存料などを入れなくてもとても長持ちするのだ。
でも、空気に触れていると劣化・変質してくるんだよね。
多くの場合、色がオレンジっぽくなって、少しかたくなるのだ。
これはマヨネーズの中の油が酸化してしまうためで食用油の劣化と基本的には同じようなものだよ。
マヨネーズのチューブの空気はできるだけ抜いておくとより長持ちするようなのだ。

このマヨネーズに玉ねぎやピクルスなどの野菜のみじん切りやゆで卵の白身のみじん切りを加えたものがタルタルソース。
洋風のフライについてくることが多いのだ。
特にエビフライや牡蠣フライのようなシーフード系のフライに多いような気がするけど、それはやっぱり味が淡泊だからかな?
ちょっと酸味があるから揚げ物がさっぱり食べられるけど、マヨネーズがベースでそこには多くの油が含まれているのでカロリーは高めなので注意が必要なんだよ。
マヨネーズは見た目以上にそのほとんどが油なので、量に注意して使わないといけないのだ!

2008/02/07

漢字で書くとすごい「ホーロー」

最近は結婚のお祝いで「ルクルーゼ」というおフランスのホーロー鍋を贈るのがはやっているそうなのだ。
ボクも名前は聞いたことがあるけど、なんでも、自分で買うには高いんだけど、もらうとうれしい、というものみたい。
ホーロー鍋って言われるとレトロな感じがするけど、「ルクルーゼ」というとその響きがかっこいいよね(笑)

ホーローは感じでは「琺瑯」と書いて、「ホーロー」は別に外来語じゃないのだ。
どうも漢字が難しいからカタカナで書かれるようになったみたい。
でも、なんで「ホウロウ」じゃなくて「ホーロー」となっているんだろうね?
その正体は、鉄やアルミの金属製の食器、容れ物、鍋などの表面に二酸化ケイ素などからなるガラス質の釉薬(ゆうやく)を高温で焼き付けたもの。
陶器は素焼きの表面に釉薬をつけてさらに高温で焼成するわけだけど、その素焼きの器の代わりに金属製の器を使うとホーローになるというわけなのだ。

ホーローでコーティングすると熱の伝導は金属のままに比べて悪くなるんだけど、逆に言うと熱が伝わりにくいから一度温まると冷めにくくなるのだ。
さらに、酸や塩基(アルカリ)にも耐性ができて強くなるんだよね。
鍋や食器にホーローが使われるのもサビや腐食を抑えるためなんだよ。
長く使っているとホーローがかけたところからさび始めちゃうんだけどね。

ルクルーゼはそんなホーロー鍋のブランドで、特殊な三層構造の鍋なのだ。
とても重いんだけど、熱が逃げにくい、焦げつきにくい、材料を入れても温度低下が起こりにくい、という特徴があるんだって。
最後のポイントはけっこう重要で、炒め物や煮物では冷たい材料を入れると全体の温度が下がってしまうんだけど、できれば一定の温度で調理した方がうまくできるのだ。
特に炒め物や揚げ物はそうで、炒め物はで野菜を入れて温度が下がると水っぽくなるし、揚げ物は油の温度が下がると「衣」が外れたり、べちゃべちゃになったりするのだ。

ルクルーゼはル・クルーゼで、ルはフランス語の男性名詞の定冠詞、クルーゼは「るつぼ」の意味なんだって。
高温でどろどろ融かした鋳鉄を型に流し込んで鍋を作るところから名付けたそうだよ。
で、このルクルーゼの人気の秘密は名前のかっこよさではなくて(笑)、機能的なだけではなくてデザインが優れているという点が上げられるそうなのだ。
赤や黄色、緑などの鮮やかな色のホーローで、鍋などのデザインもおしゃれなんだよね。
それで奥様方のあこがれのアイテムになるというわけなのだ。
でも、それだけじゃなくてやっぱり機能的にも優れていてプロの料理人も使っている、というところがさらにブランド力を上げているようだよ。
ボクも米国に来てから毎日料理しているけど、だんだんこってきているので、そろそろこういう道具がほしいかも(笑)

2008/02/06

毒入り餃子を食べる前に知っておきたいこと

今まさに問題になっている中国産の「毒」入り餃子は有機リン酸系の農薬が付着していたんだよね。
なんと、この農薬はナチス・ドイツが開発した毒ガスのVXガスやサリン(オウム真理教が地下鉄の霞ヶ関駅などにまいたやつだよ。)と同じような作用があるものなんだよ!
VXガスなんかは毒性がものすごく強くて、皮膚に付着しただけでも作用が出てしまうんだけど、しかも、化学安定性も高くて長い間そこにとどまるので大変なものなのだ!
もともとは有機リン酸系の農薬は殺虫剤に使っている神経ガスよりは毒性が弱いもので、虫がつかないようにするものなのだ。
事故じゃなくて故意にやったなんていう話も出てきているけど、だとしたら立派なテロなのだ。
なんだかこわいよねぇ。

この神経ガスや農薬の毒性の作用機序は、神経伝達物質のアセチルコリンを分解するコリンエステラーゼという酵素を阻害することなのだ。
アセチルコリンは副交感神経や筋肉の運動神経なんかの神経伝達物質なんだけど、通常は情報を伝達した後はすぐに分解されてしまうのだ。
でも、コリンエステラーゼが阻害されるといつまでもアセチルコリンが分解されずに神経節や筋肉との接合部に残ってしまい、ずっと神経興奮が「オン」の状態になってしまうのだ。
筋肉への作用はこわくて、アセチルコリンで情報が伝わると筋肉は収縮するんだけど、その後、アセチルコリンが分解されるとその作用がなくなって収縮するんだよね。
でも、アセチルコリンが消えないとずっと収縮したままになってしまうので、体がけいれんして、ついには呼吸困難になってしまうのだ!
副交感神経への作用としては、血圧低下、徐脈、縮瞳(瞳孔が小さくなること)などの症状が出て、血圧低下と徐脈でふらふらsて身動きがとれなくなるのだ。
アセチルコリンは中枢神経でも重要な働きをしているので、さらに意識障害も出てしまうんだよ。
本当におそろしいものなのだ。

この神経ガスや農薬の中毒症状に使われる薬がプラリドキシムヨウ化メチル(通称PAM)や硫酸アトロピンなのだ。
PAMは農薬の中毒の解毒薬として作られたもので、コリンエステラーゼの酵素としての活性中心に結合して機能を失わせている神経ガスや農薬を再び切り離す作用があるのだ。
それによりコリンエステラーゼが酵素活性を取りもどして、中毒症状が緩和されるんだよ。
地下鉄サリン事件では多くの人の命を救ったんだよね。
でも、この神経ガスなんかの中毒症状は一定時間が経つと不可逆的な(元にもどせない)作用が出てしまうので(ようは酵素からはずせなくなるのだ。)、その前にPAMを投与しないといけないんだって。

アトロピンはアセチルコリン作用性の神経や組織で航コリン作用を示す薬で、副交感神経を抑制することで、心拍数の増大や胃腸管の運動抑制なんかに使われる薬なのだ。
これはベラドンナという植物に含まれるアルカロイド(アルカリ性の物質)として発見されたんだけど、ベラドンナは古くから毒草として知られていたなよね。
でも、ベラドンナにはもうひとつの使い方があって、そのエキスを点眼すると、瞳孔が開いて(散瞳)、目が大きく見えるようになるのだ(神経ガスにたられると逆に瞳孔が小さくなるのと対照的なのだ。)。
なので、そう言う目的でも使われていたんだ。
ベラドンナというのはイタリア語で「美しい女性」という意味なんだよね。
このアトロピンもサリン事件で活躍した薬なのだ。

アトロピンはやっぱり毒草であり薬草でもあるチョウセンアサガオにも含まれているんだ。
あの、日本で始めて麻酔を使った外科手術をした華岡清洲さんも、チョウセンアサガオやトリカブトからとった成分で麻酔薬を作ったのだ。
今でもアトロピンは麻酔前投与薬として使われていて、麻酔を打つ前にあらかじめアトロピンを投与しておくと、気管支拡張、胃腸管運動抑制、唾液分泌抑制、徐脈防止などの効果があるんだ。
筋肉も弛緩するので、手術がしやすくなるんだよね。
かなり古い薬だけど、その分使い方が熟知されているので、今でもよく使われる薬のひとつなのだ。

それにしても、今回の毒入り餃子事件は本当に意図的に行われたものだとすると、サリン事件と同じようなものなんだよね。
こわいことなのだ。
アトロピンならたいていの病院にはあると思うけど、普通はPAMなんかは常備していないだろうから、大量に中毒の人が出てきたら大変なのだ。

2008/02/05

あくまで目安だよ

今日はブッシュ政権最後の予算教書が提出されたのだ。
毎年2月の第一月曜日に大統領から議会に提出されるんだよね。
これから議会ではこの要求内容をヒアリングしたりしながら審議して、予算法案を作っていくことになるのだ。

米国の会計年度は10月から翌年9月までで、今回の予算教書は2008年10月から2009年9月までのFY2009年の予算なんだ。
日本的なイメージだとFY2008年じゃないの?、って気がするけどね。
で、この内容は年末までにホワイトハウスの中の行政管理予算局(OMB:Office for Management and Budget)という部署が各省庁の要求をとりまとめて調整されるのだ(FY2008年予算は年末までずれ込んだから、きっと調整作業は大変だったのだ。)。
日本で言うと財務省の主計局のような存在なんだよね。
年末までに調整した予算案について、各省庁で膨大な説明資料を作り、予算教書の提出に備えるのだ。
予算教書が提出されると、ホワイトハウスや各省庁で大量の予算関連資料が公開されるんだよ。
数百ページに及ぶものから千ページを超えるものもあって、日本の省庁のHPなんかで公開されている予算関連資料とは比べものにならない情報量なのだ。
情報量が多すぎてかえって見づらいという話もあるけど(笑)

この予算教書は行政府としての予算要求なんだけど、米国では予算は議会が作るのでこれはあくまでも目安なのだ。
というのも、米国では予算も法律として成立させないといけないんだけど、米国の行政府は日本の行政府と違って立法権、つまり議会に法案を提出する権利を持っていないのだ。
なので、こうして予算案の目安を大統領要求として議会に提出し、議会はその内容を吟味して、自分たちで予算法案を作っていくんだよね。
日本では内閣提出法案がほとんどだけど、米国の場合は政府からの法案提出ができないから、自分たちで法律を作ったり、改正したいときは議会に働きかけないといけないのだ。
大統領と議会の多数派が同じ党ならまだましなんだろうけど、今みたいにねじれた関係(大統領は共和党で議会の多数派民主党)だと、お互いに牽制しあって苦労するのだ。
予算もお互いに妥協・譲歩しないといけないわけ。

議会の中で予算を担当するのは両院にある歳出委員会(Committee on Appropriation)という委員会で、これは議会が扱うのが歳出予算だからなのだ(いわゆる予算権限=Budget Authorityというやつで、米国の予算にはこの他にもOutlay=支出ベースのものがあるのだ。ボクにもよくその関係はわからないんだけど。)。
歳出委員会の下には分野ごとの下部委員会があって、そこでヒアリングをしたり、分野ごとの法案(オムニバス法案)が作られるんだ。
予算法案ができると下院先議で審議が行われ、両院を通って大統領が署名してはじめて予算が成立するんだ。
もちろん、大統領には署名せずに「拒否(veto)」する権利もあるから、予算法案の中身についてはある程度ホワイトハウスと事前に調整するみたいだよ。
そうしないと時間ばかりかかって予算ができないからね。
と言いつつ、FY2007年予算は時間切れでFY2006年予算ベースの暫定予算として乗り切っているし、FY2008年予算も新会計年度が始まって3ヶ月経過した12月末になってやっとできたのだ。
これで拒否権が発動なんてされると、とんでもないことになるよね!

議会は行政府の予算要求をもとに予算を作るわけだけど、そのときに議会主導の予算項目を入れていくのだ。
それが「Earmark」と呼ばれるもので、多くの場合は議員が地元との関係でつけるような予算なんだよね。
日本ではこういうのが表沙汰になるのをいやがるけど、米国の場合は提案議員の名前入りでリストが作られたりもするので、かなり認められていることみたい。
と言いつつ、ブッシュ大統領は「透明性のないプロセスだ」と非難していて、FY2008年予算ではEarmarksの半減を目標に掲げていたんだよね。
でも、けっきょくそれは実現できなかったので(予算成立が遅れたこともあった拒否権までは発動しなかったのだ。)、今回はもっときびしくEarmarksに対処すると一般教書演説でも言っているんだよ。
議会としては手柄を見せる一番おいしいところでもあるから、どうなることやら。

それにしても、米国の予算プロセスは日本と似ているところもあるけど(OMBが各省庁の要求を査定するところなんかは日本の財務省とほとんど同じみたいだよ。)、全体の流れは大きく違うのでなかなかおもしろいよ。
大量の説明資料をもとに、時間を空けて議論していくというのは大切なのかも。
実際に米国の予算はその議論の過程で大きく修正が入るしね。
でも、そのためにどれだけの労力をかけるのか、という問題もあるし、なかなか難しいところなのだ。
日本の場合は予算委員会はもめるけど、それで予算の内容が大きく変わるわけでもなくて、なんだか不思議なんだよね。

2008/02/04

Candy of Bontan

南国銘菓と言えばやっぱりボンタン飴。
今日、米国のスーパーでも米国製のボンタン飴を売っているのを見かけて思い出したのだ!
鹿児島を代表するお菓子なのだ。
ボクは小さい頃から好きで、よく買って食べていたのだ。
今でも散歩の途中にお菓子のまちおかとかの安売りのお店を見かけると、ついついボンタン飴を買ってしまうんだ。
甘すぎないし、なんとなく食べたくなる味なんだよね。

もち米、水飴、砂糖、麦芽糖を練り合わせて、オレンジに着色し、ボンタンなどの柑橘類のフレーバーを足したものなのだ。
「飴」とは言っているけど、食感はソフトキャンディに近いし、箱や形はキャラメルなんだよね。
オブラートで包んであるのも特徴的なのだ。
日本で製造・販売しているのはセイカ食品という会社で、やっぱり鹿児島名物の「白クマ」アイスもここの製品なんだって。

その歴史は大正15年までさかのぼるそうで、セイカ食品の前身の鹿児島菓子という会社は水飴製造業だったんだって。
ある日、社員が水飴から作った朝鮮飴(いわゆる求肥)をはさみで切って遊んでいるのを創業者が見てヒントを得て、その小さく切った求肥に着色・着香してキャラメル型にして販売したのが始まりだというのだ。
佐賀・熊本特産の「ひよくもち」というもち米を社内で精米・研米・製粉し、一晩10度以下の冷水につけてから(「寒ざらし」というそうだよ。)、蒸気釜で2時間半かけて練って作られるんだって。
ボンタン飴とは言うけれど、今では南九州特産のボンタン(阿久根産のものを使用)のエキス(これをボンタン・オイルというそうなのだ。)だけでなく、串木野周辺のサワーポメロ果汁(pomeloはボンタンの英語名だよ。)、温州みかんの果汁なんかも加えているんだって。
わりとさっぱりした甘みなのはこういう柑橘類のエキスのおかげなんだよね。

ボンタン飴と一緒に鹿児島のアンテナ・ショップでセットで売られているのを見かけるのが兵六餅とさつまいもキャラメル。
兵六餅はボンタン飴と同じように求肥から作るんだけど、のりや抹茶、きなこなんかを練り込んであるんだとか。
さつまいもキャラメルはさつまいもをふんだんに使って、独自の製法で練り上げたというもので、食物繊維が多いのでちょっと舌触りは違うけど、ボンタン飴に似た感じのものなのだ。
このふたつは基本的には鹿児島周辺でのみ販売されていて、東京では有楽町のアンテナ・ショップなどで手にはいるのだ。

でも、ボクが好きなのはやっぱりボンタン飴。
果物のボンタンも好きなんだけど、別にボンタン飴はボンタンの風味なわけではないので、違った意味で好きなのだ(笑)
米国産のボンタン飴も買って食べてみたけど、粒が小さくて、ちょっと舌触りがざらざらだったのだ。
やっぱり日本のボンタン飴の方が優れているのかも。

2008/02/03

マメとネズミ

米国時間ではまだ2日だけど、日本ではもう節分だよね。
節分にはイワシの頭とヒイラギでできたかざりを玄関先にかざって、豆をまくのだ。
大きな神社やお寺では豆まき行事もあるよね。
ボクは去年たまたま湯島天神で豆まきをやっているのに出くわして、戦利品をゲットしたのだ。
うちの近所のスーパーでは大豆を売ってないので、今年の節分は豆なしだよ(>_<)

もともと節分というのは中国式の季節の区切りである立春、立夏、立秋、立冬の前日のことなのだ。
西洋では春分、夏至、秋分、冬至がそれぞれ春夏秋冬の始まりになるんだけど、中国では春夏秋冬の中心にあたると考えるんだよね。
なので、季節の変わり目として別に立春、立夏、立秋、立冬をもうけているのだ。
立春以降は徐々にあたたかくなって、立夏以降は暑くなっていって、立秋以降は涼しくなり、立冬以降は寒さが本格化する、という季節の変わり目なんだよ。
なので、その前日は「季節を分ける」で「節分」になるというわけなのだ。

節分というと2月3日と思うけど、実は立春の前日というのが定義なので、立春が2月4日からずれると節分もずれるのだ。
これまでに何度か2月3日じゃなかったことがあるみたい。
今では立春を含む二十四節気は太陽の黄道上の位置(つまり、公転軌道上の地球の位置)で決めているんだけど、その太陽黄経が315度の時が立春なのだ。
実際には315度になるのは一瞬なので、その315度になる瞬間を含む日を立春としているんだよ。
ちなみに、「夏も近づく八十八夜♪」の八十八はは立春から数えて88日目ということで、むかしは立春をひとつの季節の目安にもなっていたのだ。

かつては立春は年の初めとされていて、お正月を新春というのはその名残なのだ。
今年の旧正月は2月7日だけど、実際に旧暦の正月と立春は近いんだよね。
で、その前日である節分には邪気払いをする習慣があって、それが現在の節分行事につながっているんだって。
イワシの頭やヒイラギのは、豆はまさに邪気払いのためのもので、かつては大晦日だった節分に邪気を払う習慣が残っている結果なのだ。
今も大晦日に歳神を迎えて幸福を祈る習慣があるけど、年の最後の日は特別な日だったんだよね。
節分の行事は延喜式にも載っていて宮中行事として行われてきたのだ。
中国から伝わった年末の邪気払いの行事の「追儺」が下になっているんだ。

「追儺」の儀式では、4つの黄金色の目を持つお面をかぶった方相氏がお供を従えて宮中を練り歩いて邪気を払うのだ。
中国の「鬼」は日本で言うと幽霊みたいなもので、目に見えない邪気、霊みたいなものなんだよね(「魂」という概念に近いのだ。)。
なんだけど、いつの間にかその鬼を払っていた方相氏が払われる方の鬼のように扱われるようになって、いつの間にか鬼の格好をさせた人に石を投げつけて町から追い払う野蛮な行事になってしまうんだ。
見えない「鬼」を払うのじゃ実感がないので、目に見えて追い出している感が必要だったのかも。
で、いつしか石ではなくて代わりに豆を投げつける安全な行事になって、今に至るんだよ。

米国では2月2日に春を占う行事があって、それはグラウンドホッグ・デーというものなんだ。
ペンシルヴァニア州のパンクサートニーの町でのものが一番有名で、米国の東部とカナダではかなりメジャーなものなんだよ。
グラウンドホッグというのは大きなげっ歯類で、伝説では、2月2日に冬眠から目覚めるんだけど、その後巣穴から出て自分おかげを見てしまうと驚いて再び巣穴にもどってしまい、冬が後6週間続くんだって。
逆に影を見ることなくそのまま外に出ると、春はもうそこまで近づいているんだって。
つまり、その日が晴れだとまだ冬(=寒い日)が続いて、くもりや悪天候だと春がそこまで近づいていると言うことなのだ。
ちなみに、今年は晴れていたのでまだ冬が続くみたい。

この習慣は古代欧州とキリスト教の習慣が混ざって、それが移民によって米国に伝わってできたものと考えられているんだって。
冬眠から早く目覚めた動物が自分の影に驚いて巣穴にもどる、といいうのは欧州の古い言い伝えで、2月2日というのはケルト人のお祭りでもあるし、キリスト教でも聖母マリアのお清めの日になっているそうだよ。
米国ではドイツ系移民が始めたと言われていて、欧州ではハリネズミがメジャーらしいんだけど、米国にはいないので代わりにグラウンドホッグが使われたみたい。

パンクサートニーのグラウンドホッグはフィルという名前で、町で飼育されているそうなのだ(げっ歯類はそんなに長生きではないので襲名制度があるみたい。公式HPによると寿命を伸ばす秘薬を使っていて、毎年同じグラウンドホッグが占っていると言っているらしいけど。)。
本当は冬眠から目覚めさせて、ということなんだけど、今ではお祭りの日に公園の広場に連れて行って、小屋から出てきたフィルとともに代表者が予報を読み上げるんだって。
でも、日の出前から昼過ぎまでこのイベントをやっているそうで、しかも、かなりの人が集まるそうなのだ。
お祭りの実行委員会の人たちはなぜかタキシードにシルクハットなんだよ(笑)

でも、洋の東西を問わず、この節分の時期は春に関係したイベントが行われているっていうのはおもしろいよね。
実際に立春は冬至と春分の間なので、西洋では冬の折り返し点だし、東洋では春の始まりで、ともにこれから気温が上がっていくという時期なのだ。
なのでこういう行事があるのかもね。

2008/02/02

カサの東西

今日はひさびさに本格的な雨だったのだ。
なぜか米国では大きなカサを持っている人は少なくて、ほとんどの人が折りたたみガサなんだよね。
しかも、日本のビニールガサのような便利なものもないので、フードをかぶっただけでぬれながら歩いている人もかなり多いのだ。
DCに来てかなり経つけど、実際にカサをささないといけないような雨は滅多にないから、それでもよいのかも。

日本の伝統的な和傘は中国から朝鮮半島経由で伝わった天蓋がもとになっていて、仏教の儀式用の道具として使われたのが最初だって。
それは衣笠と呼ばれるもので、雨を防ぐんじゃなくて日傘のように日光を防ぐんだよね。
もともとは高貴な人の日よけなのだ。
それが平安時代になると製紙技術が進歩して、竹細工の技術を取り入れて改良されていったんだって。
さらに室町時代になって油を塗った油紙が使われるようになって防水性が増し、いよいよ雨よけのためのカサになったのだ。
でも、当時は閉じることができないもので場所をとることもあって、庶民は(頭にかぶる)笠や蓑を雨よけの道具に使っていたんだよね。

江戸時代にはいると、フィリピンからろくろを使った開閉可能なカサが導入され、普及していったのだ。
すでに確立していたカサ職人グループがこの技術を日本のカサに取り入れ、元老時代には蛇の目傘や番傘が誕生したんだって。
カサに屋号を入れたりすることで宣伝にも使われ、店先で貸し出したりもしていたそうだよ。
時代劇では魯人中の侍がカサ張りの内職をしていたりするけど、それだけ需要があるほど庶民の間に普及したということなのだ。
農村部ではまだまだ笠や蓑も使われていたようだけど。
明治時代になって洋傘が入ってくると、その重さ、持ち運びの不便さから和傘は敬遠され、姿を消していってしまったのだ(いわゆる「こうもり」がどんどん普及していったんだよね。)。
なかなか風情があるから、ボクなんかは使ってみたいと思うときもあるんだけどね。

一方、洋傘ももとは天蓋で、偉い人の日よけから発達したのだ。
18世紀頃に英国で現在のような形状のカサが発明されたんだけど、英国は霧雨が多いこともあってぬれて歩く人が多かったんだよね。
しかも、カサをさすのは男らしくないとなかなか男性には普及しなかったのだ。
でも、徐々に普及していって、極限まで細く巻いたカサは英国紳士のシンボルにもなったのだ。
これは巻き直すのが大変だから、なかなかささないんだよね(笑)。
でも、当時の洋傘は材料費も加工費も高く、高級品だったようなのだ。
なので、庶民が易々と手に入れられるようなものではなかったそうだよ。
材料費が安くて庶民にも広まっていた和傘とは大違いなのだ。

2008/02/01

手軽な容器

米国では昼や夕方に何か集まりがあるとサンドイッチやお菓子が出ることが多いんだよね。
特にお昼は、パワーランチなんて言いながら、食事をしながら打ち合わせや会議をしたりするのだ。
でも、こういうのって足りないとまずいから多めに頼んであるんだよね。
すると、当然残りが出るんだけど、そのまま捨てるのはもったいないので、うちの研究室の場合は残ったものを学生や研究生にくれたりするんだよね(質素倹約を旨とするボクはもらってきて夕ごはんにすることもあるのだ。)。
そんなときに活躍するのがジップロックの袋なのだ!

ボクは米国に来てからよく使うようになったんだけど、袋自体はフレキシブルでし、今は密閉度も高いから液漏れもほとんどしないし、なかなか便利なのだ。
米国ではよくサンドイッチを入れるのによく使うんだよね。
日本でおにぎりをアルミホイルやラップで包むようなものなのだ。
ジッパーが二重になっている冷凍保存用なんてのもあるよね(二重にすることで中に霜がつきにくいのだ。)。
最近のものは電子レンジでの加熱にも対応しているので、中に入れたものをそのまま温められたりもできて、ますます便利なのだ。

で、調べてみると、このジップロック(Ziploc)というのは登録商標で、日本では旭化成が販売権を持っているんだって(もともとはライオンが持っていて、それが譲渡されたみたい。)。
米国ではS.C. Jonson&Son Inc.という会社が販売権を持っているんだけど、その日本法人のジョンソン株式会社ではないようなのだ(ジョンソン株式会社はカビキラーや固めるテンプルなんかで有名な会社だよ。)。
こうなると気になるのは、何で日米で登録商標の登録先が違うのか、しかも、なんで「販売権」なのかというところ。

で、さらにネットで調べてみたら旭化成のHPのQ&Aに行き着いて、そこで理由が見えてきたのだ。
もともとは1960年代の米国で開かれた展示会でダウ・ケミカルという会社の担当者がプラスチック製のジッパーで開け閉めするというアイデアを見つけたそうなのだ。
で、それはもともと日本人が特許を持っているもので、ダウ・ケミカル社はその使用権をさっそく取得したのだ。
もともと食品包装用ラップを製造販売していた同社はこのアイデアをポリエチレン製の袋に応用し、ジッパーで開け閉めできる袋を作ることを思いついたんだって。
当初は食品調理用バッグを検討してらしいんだけど、それでは市場規模が小さいので一般食品保存用と用途を変えることにしたんだそうだよ。
それをテスト的に販売すると米国内で広く受け入れられ、1972年にはジップロックのストレージ・バッグなど商品ラインナップも拡大していったとか。

米国では1998年にこれをS.C. Jonson&Son Incが一括して販売権を持つようになり、一方、日本では旭化成が販売権を持つようになったのだ。
日本の食品保存用袋市場は1986年くらいから生まれ、1991年にジップロック・ブランドが登場したんだって。
その後1996年旭化成が一括して販売権を取得し、現在に至っているということなのだ。
なので、これはかなりいろんな会社の間を転々としてきたアイデアだったのだ!
なかなか調べてみるとおもしろいねぇ。
でも、今はパチモンも含めていろいろ出ているよね。
そういうのはよくよく見てみるとジップロックではなくて、シール付バッグとか別の名前がついているよ。