2014/08/23

口伝

産経新聞が福島原発の故・吉田昌郎所長のインタビューが含まれる政府事故調の吉田町署について朝日新聞の報道を批判しているのだ。
もともとは朝日新聞が5月に独自ルー-とで入手した内容を報道していたんだけど、産経新聞が改めて8月に同文書を入手し、内容を分析したところ、朝日新聞の報道内容に疑義を呈しているんだよね。
つまり、自分たちの主張に都合のいいところだけとったのではないか、ということなんだけど。

従来の歴史学は主として文献資料や遺跡・遺物などの考古学的資料をもとに研究をしていたんだけど、それだけではつかみきれない情報があるということで、当時の担当者が存命中に直接インタビューをして、それまで紙に書き起こされていなかった情報を残す手法が始められたんだよね。
これが「オーラル・ヒストリー」というもの。
どうしても当時の関係者に話を聞くので、客観的な内容ではなく、その人の主観に基づく情報になるけど、複数の関係者、立場の異なる人の話を聞くことで、全体像が見えてくることもあるのだ。
福島の事故対応については、様々な政府の文書、東電の資料があるし、官邸・東電と福島原発との間のテレビ会議の録画画像なんかもあるんだけど、それだけでは足りないところは確かにあるんだよね。
例えば、今回問題になっている、官邸の指示を現場でどう受け止めていたのか、といったものなんかはあえて資料にはしないので、録画画像で微妙に現れてくる表情の変化を読み取る、といった世界になるのだ。
また、資料の最終版は紙で残されているけど、その検討過程でどのような議論があったのか、誰がどういう主張をしていたのか、といった情報は通常残されないので、そういったものをきちんと記録しておくという意味があるんだよね。

日本にも国立公文書館があって、江戸幕府以来の政府の政策文書を保存・管理しているんだけど、米国のナショナル・アーカイブスに比べると収集・保存している資料の数は段違いなのだ。
米国の場合、アポロ計画で使った月面地図とか、大統領の演説の音声データなんかは常に公開されているし、機密性の高い政策文書でも、一定の期間の経過の後に公開される仕組みが整っているのだ。
さらに、歴代大統領が残した資料については、手書きのメモも含めて、拡大頭領の出身地に整備される大統領図書館に保存されるんだよね。
これがものすごい貴重な資料のようなのだ。
ちょうどスプートニク・ショックやミサイル・ギャップの時の資料が公開されたとき、アイゼンハワー政権やケネディ政権はどういう情報をもとにどういう政策判断をしたのかの政策研究が進んだのだ。
日本では資料もあまりそろっていないし、分析する人も少ないので、なかなかこうはいかないんだけど。

日本でオーラル・ヒストリーをもとにした政治学研究をしている第一人者と言えば、時事放談の司会もしている御厨貴さんが有名。
学者ではないけど、ジャーナリストの立花隆さんなんかも時事問題について当時の関係者と対談したりしている著作が多いので、後々この分野では重要になるはずなのだ。
日本の宰相では、中曽根康文大勲位はかなりの数の自伝的著作を残していて、これは将来貴重な文献になるんだよね。
で、これらの著作の中には、本人が自伝として書いているものだけではなく、誰かに取材されて答えているものもあるので、オーラル・ヒストリーの記録でもあるんだ。
安全保障の専門家の佐々淳之さんの一連の著作も直接の関係者が浅間山荘事件や東大紛争をどのようにとらえて動いていたかがよくわかる資料だよね。

古代中国でも古代ギリシア・古代ローマでも、歴史は時の権力者が自らを正当化するために残されてきた、極めて政治色の強いものでもあったのだ。
特に中国の歴史書はその傾向が顕著で、元王朝の正当性を示すために、前王朝の成立から滅亡までを書いているんだよね。
で、その滅亡には相応の理由があって、となっているのだ。
一方で、権力者の側に属さない歴史的資料なんかもあって、それらは、権力者が作る「正史」に対して「稗史」と呼ばれるのだ。
この「稗史」と比較することで、政治色をさっ引いて分析できるところがあるんだよね。

オーラル・ヒストリーもこれに近いところがあって、やっぱり政府が残す文書にはどうしても政策的意図がつきまとうので、そこに意図的に或いは無意識のうちに音sれている情報を拾い上げるのに重要なのだ。
昭和天皇の側近が残したメモが公開されて話題になったりもするけど、そうした隠された世界の情報がもたらされるという意味でも大きな意義があるんだよね。
自分がそういう歴史の証言者になることはなかなか想定されないけど、いつ聴かれてもいいように、都合のよい記憶だけじゃなく、メモも残しておいた方がいいんだろうね(笑)

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