2010/04/08

重力で回す

宇宙航空研究開発機構の発表によると、火星と木星の間にある小惑星イトカワにタッチダウンしてきた「はやぶさ」がまもなく地球に帰ってくるのだ。
小さな探査機ながら、火星より遠くまで行き、そして、もどってくるんだよね。
しかしながら、その旅路は決して順調ではなく、姿勢制御に使うリアクション・ホイールは不調、推進剤をスラスタで噴射する化学推進系も不調、バッテリーも不調で太陽電池パネルが頼り、唯一残された電気推進系のイオンエンジンも万全ではなく、ギリギリの運用で満身創痍でもどってくる、というイメージなんだそうだよ。
しかも、最初はサンプルが回収できているんじゃないか?、と期待されている試料回収カプセルを地球に射出する計画だったようなんだけど、現在の計画では、本体ごと豪州に着陸するものに変更になっているのだ(本体のほとんどは大気圏で燃えてしまうけど・・・。)。

で、この「はやぶさ」の一連の探査で話題になったのは「スイングバイ」という航法。
太陽系探査機でよく使われる航法で、燃料をほとんど消費せずに進行方向の変更とともに加減速を行うことができるのだ。
いろんな機能が不全になってしまった「はやぶさ」も、詳細な軌道計算の結果、スイングバイなどを活用して小惑星イトカワまで到達し、そして、地球まで帰ってくることができるようになるのだ。
燃料をほぼ消費せずにできるというのがポイントで、だからこそ使える技なんだよね(笑)

宇宙空間を移動する場合、基本的にはほとんど何も抵抗となるものがない状態なので、一度力を与えると慣性で等速度運動をするのだ。
なので、加減速だけでなく、進路変更をする場合にもスラスタを噴射して軌道修正のための「新たな力」を加えてやる必要があるわけ。
ところが、ロケットの打上げ能力に限界があるので、探査機に積載できる燃料には自ずと制限があって、できれば燃料を使わずに軌道修正をしたい、ということになるのだ。
そこで考え出されたのがこのスイングバイで、近傍の天体の重力を使って進行方向を変えるので、重力ターンとも呼ばれるよ。
近傍を飛行するだけだと「fly by」だけど、近傍を飛行しつつ進行方向を振るので「swing by」なのだ。

スイングバイのミソは探査機よりはるかに巨大な天体の重力を使うということ。
探査機が天体の近くを通ると、探査機とその天体の間での重力が無視できない大きさになり、互いに引っ張られるのだ。
2つの物体の間に働く重力はその物体の質量に比例するので、相手側の天体の質量が大きければ大きいほど重力も大きくなるし、相手側が大きいと、探査機が一方的に天体側に引き寄せられることとなるんだ。
この天体に向けて引き寄せられる力をもとにして探査機の進行方向を変えるんだよ。
ベクトルで考えるとわかりやすいけど、近づいた天体をくるっと回る形でターンをすることになって、どこまでその天体に近づくかで回る度合い=進路変更の度合いも変わってくるよ。
探査機ももともと動いているので、天体に近いところではより強く、遠いところではより弱く重力の影響を受けることになって、そのためにブーメラン型に曲がることになるんだ。
完全に重力圏にとらわれてしまうとその天体の周回軌道を回ることになるよ。
さらに、あんまり近づきすぎるとその天体と衝突してしまうのだ。
一度重力圏にとらわれてしまうと脱出速度まで加速する必要があるんだけど、逆に一度着陸した天体から飛び立つ場合は、この脱出速度を超える速度まで加速すれば再び宇宙空間に出られるのだ。
地球から飛び立つ場合、この速度を「第二宇宙速度」と言うんだよね(この速度を超えない限り、地球を周回する人工衛星になってしまうのだ。)。

スイングバイの場合、ただ進行方向を変えるだけでなく、探査機の速度も変わっているのだ。
制止している天体の近くを通るのであれば進行方向が変わるだけなんだけど、その天体が動いている場合、重力の働く方向が常に変わるので、その影響を受けるというわけ。
太陽の周りを公転している惑星でスイングバイをする場合、その公転速度の分が上乗せになれば加速するし、逆の場合は減速になるのだ。
実際には、公転方向に対して航法から近づいてスイングバイすると、探査機の進行方向と惑星の公転の進行方向に重なる部分が出てくるので、公転速度が上乗せになって加速になるのだ。
逆に、公転の進行方向に前方から近づくと、探査機の進行方向と惑星の公転の進行方向がバッティングするので、逆に減速してしまうよ。
ちなみに、公転面に対して垂直方向から近づいた場合、この加減速は影響しないけど、公転方向に引きずられて弧を描いて曲がることになるのだ。
実際には三次元的なのでもっと難しいはずで、しかも、スイングバイによる軌道修正は近づくときの小さなずれが大きく増幅される可能性もあるので、高度な軌道制御技術と精密な運用が必要なんだって。
そうそう簡単に燃料なしでターンをさせてもらえるわけではないのだ(笑)

燃料を使わずに加減速をしているわけだけど、エネルギー保存の法則は成り立っているわけで、探査機はどこからかエネルギーをもらっていることになるんだよね。
実際は、近くを通る天体からもらっているのだ!
スイングバイをするのに探査機が天体に近づいたとき、天体が巨大なので一方的に天体の重力で探査機が引き寄せられると考えがちだけど、実際には両物体の間に働いているのは万有引力なので、天体の探査機に引き寄せられているのだ。
加速スイングバイの場合、探査機は天体の公転方向の後ろから近づくけど、そうなると、天体は公転方向と逆向きに引っ張られるというわけで、その分の公転の減速分のエネルギーが探査機の加速分のエネルギーに振り替えられているのだ。
ただし、天体があまりにも大きいので、その変化分はほぼ無視できるというだけ。
エネルギーは質量と速度の二乗に比例するので、同じエネルギー変化でも質量が大きいと変化がごくごく微細なものになるのだ。
そうでないと惑星の公転軌道が変わってしまって大変だけど(笑)

で、「はやぶさ」はそんなスイングバイを活用して宇宙を旅して帰ってくるのだ。
でも、その成果は、火星に行こうと必死の努力をして、けっきょく届かなかった「のぞみ」の上に立っているんだよね。
日本は、月に行った「ひてん」のときにスイングバイ技術を習得して、「のぞみ」の運用でノウハウを蓄積し、それを活用して「はやぶさ」の奇跡的な運用につなげているのだ。
その積み重ねがなければここまでこられなかったというわけで、火星には行けなかったけど、「のぞみ」の成果はきちんと活かされているんだよ。

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