2025/09/27

草食ということは草を食べるということです

 秋の虫が鳴きだした。
なんか涼しくなてきたし、秋を感じる。
そこで(?)、気になったんだけど。
あの秋の虫たちってバッタの仲間だから草を食べているわけだよね、基本的に(コオロギは肉も食べるというのは映画「ラストエンペラー」で知ったけど。)。
でも、バッタの仲間って、ウシとかヒツジみたいに反芻しているわけじゃないよね。
だとすると、どうやって植物を消化しているのか?

一般に、植物に特徴的な細胞壁はセルロースでできているのだけど、これが分解できないのだ。
木になると、木質と呼ばれるリグニンというのがあって、これがさらに輪をかけて分解できない。
っていうか、これらが簡単に分解されてしまうと紙や木造建築が成り立たないわけだけど。
では、どうやって消化して、栄養にするのか?
ウシやヒツジのような反芻する動物は、細かく砕いた植物を微生物の力を借りて分解して栄養を取り出している、はず。
では、昆虫はどうなのか?
改めて草食動物について調べてみたのだ。

草食動物の栄養摂取方法にはいくつかあるんだよね。
単純なのは、消化可能な可食部(果物や木の実、花の蜜、樹液など)をだけを食べるという手法。
これはまあそうだよね。
で、そうではなくて、葉っぱを主に食べている動物たちがどうしているのか。
これにはいくつかパターンがあるのだ。

シンプルなのは、自分でセルロースを分解する、という手法。
ただし、生物界でもセルロースの分解酵素を持っているものは少なくて、動物界では貝類くらいしかないらしい。
っていうか、陸生の貝類、すなわち、カタツムリやナメクジつはセルロースが分解できるのだ!
以外にすごい動物なんだね、とびっくり。
海の中の貝類は海藻も食べるみたい。

でも、普通はセルロースは分解できないので、他の生物(主に微生物)と共生して、分解してもらうのだ。
外部共生するものとしては、リグニンを分解できる白色腐朽菌(キノコ)を育てて餌にしているシロアリなんかがわりと有名だよね。
とはいえ、こういうのはメジャーではなく、やっぱり内部共生、つまり、体の中に微生物を取り入れて、という方が多いのだ。
その意味では、ヒトもいろんな腸内細菌と共生しているし、反芻動物はみんなそう。
特殊な例だと、コアラなんかは消化できないユーカリの葉を栄養にするために特殊な菌と共生しているんだけど、子コアラはその菌を持っていないので、最初に親の糞を食べる、という通過儀礼(?)があるよ。

内部共生型にもさらにサブパターンがあるみたい。
①先に自分が消化して残りを微生物に分解してもらうか、②先に微生物に分解してもらってから栄養を吸収するか、③先に自分が消化したうえで微生物に分解してもらいそこからさらに栄養を吸収するか、の3通り。
ヒトの場合は①で、ウマをはじめ反芻しない哺乳動物はみんなこのカテゴリーに入るらしい。
よくかみ砕いて自分で吸収できる栄養を吸収した残りかすを盲腸・結腸・大腸のあたりで共生している微生物に分解してもらって、菌はふんと一緒に体外に排出されるのだ。
ただし、この菌の食べ残しの栄養を水分と一緒に台帳から吸収することができて、酢酸やプロピオン酸のような低級脂肪酸ならそのままブドウ糖代謝に回せるし、ビタミンB群やビタミンKなどはこの腸内細菌が作ったものを町内から吸収したりしているのだ。
これで共生が成り立つわけだ。

②の場合は、丁寧にかみ砕き、すりつぶした植物を微生物に分解してもらい、菌ごといただいて栄養にする、というもの。
もともと栄養価の高い(=糖質やたんぱく質が多い)穀類や豆類が餌の場合は微生物にいいところ撮りされてしまうわけだけど、栄養価の高くない草だけを食べる場合はこの方がよいのだ。
反芻する動物はこれ。
ヒトは草だけではなかなか生きていけないけど、ウシやヒツジは反芻を繰り返すことで草を発酵させ、栄養価を高めてからいただいているのだ。
カバやナマケモノみたいな動物は、草しか食べないし、反芻もしないけど、この方法で栄養を取っているみたい。
ナマケモノはいいとして、カバはあれだけパワフルでもこのやり方なのか・・・。

③は反芻動物で、①と②のいいところどり。
まず、自分で吸収できる栄養は吸収しきったうえで、その残りかすを微生物に分解してもらう。
そのうえで、菌ごとさらに栄養を吸収する。
ウサギやモルモットはこれで、多くの場合は糞食をするらしいのだ。
例えば、ウサギの場合、一度目は少し柔らかい糞を出すらしいんだけど、これは自分で吸収できる栄養を吸収した残りかすのようなもの。
これをもう一度餌として食べ、体内で発酵させてから菌ごとさらに栄養をいただくちう二段スタイルなのだ。
反芻しようすると体を大きくしないといけないんだけど、この方法だと小型になれるのだ。
昆虫の中でも、シロアリ・ゴキブリの中はこれらしい。
シロアリの仲間はリグニンたっぷりの木材を食いつぶすわけで、すごいやつらだよね。

で、この上記にもれるもの、それが多くの昆虫。
それらは・・・。
セルロースは分解できないけどとにかく量を食べて少ない栄養を浸する集める、という戦略らしい!
どうしても体内共生しようとすると体が重くなるんだよね。
例えば、ヒトの場合、腸内細菌の重量は1~2kgと見積もられているのだ。
こういうときのヒトの標準体重は60kgを仮定しているだろうから、1~2%というところかな。
ただし、発酵させるには一定規模数の菌がいないとダメだから、そのまま比例で減らすわけにもいかないんだよね。
なので、バッタはひたすら食べる、ということらしい。
カイコなんかもそうで、とにかく大量の葉っぱを食べるのだ。
実はパンダもこれに近く、ほとんど消化吸収できないけど大量の竹を食べるんだよね・・・。


というわけで、疑問がひとつ解決した。
バッタの大量発生による蝗害というのがあるけど、確かにこういう非効率な食べ方をするのであればそうなるか、と思うよ。
嫌われ者だけど、シロアリのように効率的に食べればもっと少ない量ですむのに。
ま、棲息環境での戦略上そういう「物量作戦」でも問題なかっ宝現世主として残っているのだろうけど。
なにごとも効率だけでは割り切れないのは昆虫も同じか。

2025/09/20

果肉を食わせて種をまく

 シーズンに入ってしまった。
道に黄色いサクランボ様の実が落ちている。
見た目だけならかわいらしい。
問題は、においなんだよね・・・。
そう、ギンナンのあの独特のにおい。
踏んでいく人がいるから余計に広がる。

あんなにおいなので、サルやネズミはさけて食べないみたいなんだけど、一部の鳥やアライグマなんかは積極的に食べるようなのだ。
で、そのくさい実の中にある、硬い殻に包まれたギンナンの本体(発芽する部分)はふんと一緒に排出され、遠隔地に運ばれるわけだ。
においによって捕食する動物種を絞っているのには何か意味があるはず。
っていうか、進化論でいえば、少なくともどこかのタイミングでにおいが有利に働く場面があったからこそ、くさくないギンナンは現在残っていないのだ。

単純に考えれば、人間のように殻の中身を食べてしまうような動物には食べてほしくないわけだよね。
外側のくさい部分は食べるけど、あとはからごと飲み込んでそのまま出してくれる。
そういう動物が望まれるのであって、強い顎で殻ごと砕いてその中身を食べるような動物はお断りなわけだ。
強くにおいがそういう動物を排除するのにどう役立つかだけど、考え方は逆で、中まで砕いてしまうような動物を完全ン位排除するのではなくて、殻の外側しか食べない動物のうちどれかに食べてもらえればよい、ということなのだ。
これはオール・オア・ナンの世界ではなくて、殻ごと飲み込んでくれるような動物のすべてに食べてもらう必要がなくて、においを気にせずに食べる動物であれば殻ごと飲み込んでくれればよいのだ。
つまり、においで食べてくれる動物種を絞りに絞っても、それなりの数がいてくれれば繁殖戦略上は問題ないから、御供御数種類の動物にしか食べられなくても問題なし、ということだよね。

ところが、これはもう少し複雑な問題をはらんでいるのだ。
それは、イチョウという植物種が極めて古いものであるということ。
すなわち、イチョウの木が地上に登場して反寧したのは、まだ恐竜や大型爬虫類が闊歩する中生代という時代。
超原始的な哺乳類の祖先はいても、メジャーな存在ではないのだ。
小型の恐竜や爬虫類に実を食べてもらって、ということが必要だったはずなんだよね。
で、中生代から新生代に移り変わるあたり、ちょうど恐竜が絶滅し、被子植物が勢力を伸ばしていくタイミングにおいて、その捕食者が恐竜や爬虫類から鳥類や哺乳類に代わっていくことになるのだけど、それでももともとのイチョウの繁殖戦略はそこそこ有効だったからこそ今に続いているのだ。
そうなると、ひょっとすればだけど、あの独特のにおいは殻をかみ砕く捕食者に食べられないようにする、という消極的なものではなく、実は積極的に恐竜や爬虫類を引き付けるものであった可能性もゼロではないと思うんだ。
生物相の大転換を境にその役割は変わったんだけど、引き続き有効に機能した、というだけで。

世界最大の花と言われるラフレシアは獣肉の腐臭のような強烈なにおいで特定の昆虫を引き付け、繁殖にりようしているわけで、そういう戦略があってもよいのだ。
ただし、化石からわかることは、過去においてもイチョウの実を食べていた動物(恐竜は爬虫類)がいたということだけ。
なので、ジュラシック・パークのように、何らかの形で保存されていて中生代のイチョウの細胞からDNAを抽出して現世首都の違いを見る、というくらいまでやらないと、ギンナンのにおいが過去と現在において同じなのか、異なっているのかはよくわからないんだよね。
恐竜や爬虫類でなく、鳥類や哺乳類に食べてもらうようになったタイミングで初めてにおいが有効に自然淘汰に貢献した、ということもなくはないのだ。
なんかボク的にはこういうのはロマンを感じるんだよなぁ。
小学生クリアのころは本当に古生物学にも興味があったんだよね。

ちなみに、いわゆる「果実」というのは定義上は被子植物のもの。
受粉後に子房が発達していって種子を包むようになったもの。
リンゴでもモモでもミカンでも。
イチョウは裸子植物なので、厳密にいうと実としてのギンナンは果実ではないのだ。
たまたま一番外側の害表皮部分が肉質化しているだけ、という整理だそうで、同じような実をつける裸子植物は他にソテツくらいみたい。
イチョウと同じく生きた化石植物であるメタセコイアはマツにちかい針葉樹で、松ぼっくりに似た球果という丸くて硬い実をつけるのだけど、その鱗片には松の実のようなものがついていて、これがギンナンに当たるもの。
こういう球果は乾燥するとカサが開いてきて鱗片が剥がれ落ちていくんだけど、実の部分に膜状のものがついていて風で遠くに運ばれるのだ。
松ぼっくりも分解して一枚一枚硬い鱗片をはがしていくと、根元部分に松の実と半透明の膜があるんだって。

被子植物の果実は果肉部分を食べてもらうついでに種子は飲み込んでもらって、というイチョウと同じ戦略なんだけど、マツなんかの場合は、大事な種を食べられないように硬いもので覆っているのだ。
ただし、実施にはリスや鳥はそれをほじくって食べるのだけど、ネズミやリスなんかは食料を貯蔵する習性もあるので、ドングリと同じように食べずに埋められただけの松の実が発芽する場合もあるのだ。
風で自然に飛ばす以外に広げる手段にもなるので、さらに食べにくくする、というイタチごっこにはなっていないみたいだ。

2025/09/13

忘却の彼方に

 風の強かった日の翌日。
職場の木の下にまだ少し青いドングリを見つけた。
もうそんな時期か。
まだ猛暑が続いているけど。
子供の時はついつい拾って集めてしまうけど、それを忘れてしばらくたつと、虫が出てくるんだよなぁ。
ゾウムシの仲間だよね。
かなり気持ち悪いのだ(>_<)

そんなドングリは陸生動物にとって非常に重要な食料。
数多くの実がなるし、その実はでんぷん質に富んでいるし。
人間にとってはけっこうあくが強いものもあるのであく抜きがいるけど、イノシシやリス、ネズミなんかだとそのままばりばり。
いま問題になっているクマにとっても重要で、ドングリが気候の影響で不作になると餌を求めて里に下りてくる、と言われているよね。
森の栄養源なのだ。
でも、このドングリっていうのは果実であるわけで、そこから目が出て次の世代の木になるはずのもの。
それがこんなに食べられまくってよいのだろうか?

ところが、どうもこれがドングリの戦略になっているのだ。
かつては自然落下で落ちて、その形状からころころと転がって周りに広がっていく、と考えられていたのだ。
ドングリコロコロの世界だね。
でも、実際には、ドングリの実は乾燥に弱く、その辺に転がっていったものは発芽することはほぼないのだ。
では、どうなっているのか?
そこで重要なのが、ドングリを食べる小動物たち。

ドングリは秋になるので、体温維持のために常にものを食べていないといけない小動物にとっては貴重な貯蔵できる食料になっているんだ。
見つけたら食べるだけでなく、巣に持ち帰ったり、土に埋めて隠したりするのだ。
これが大事。
秋の終わりから冬にかけては貯蔵したドングリを少しずつ食べていくんだけど・・・。
全部を食べきるわけじゃないのだ!
さすがに巣に持ち帰ったものは食べきれない場合を除いて残ることはないけど、いろんな場所に埋めて隠す場合、掘り返されないことがあるのだ。
探し出せないのか、緊急事態用にさらに残してあるのかは不明だけど、土に埋められたまま、食べられないものが残るんだ。
これが発芽して次の世代の木に育つわけ。

大きななgれとしては、イノシシやシカなどの比較的大きな動物が地面に落ちている実を拾って食べる。
このとき、実が転がっている地面は大型動物によって踏み荒らされるので、土の表面が耕されたようになる。
その少し柔らかくなった土の下に、ネズミやリスなどがドングリを貯蔵する。
多くは掘り返して食べられちゃうけど、一部は掘り返されることなく、発芽に至る。
もちろん、虫に卵を産み付けられてしまった実は発芽できないので、こっちは天敵になるのだ。
食用の栗も害虫対策が大変というからね。
でも、動物は虫概要がいまいが食べてしまう、すなわち、虫がいても虫ごと食べてしまうので(タンパク質が増えてかえってよい?)、そこはランダムみたい。
虫フリーで、小動物に土の下に隠されるけど忘れられてしまって、水分や気温の条件がちょうどあったものが次の世代として発芽する、というわけだ。
でも、降格と確かに確率は高くなさそうだから、多くの実をつける必要があるよね。

さらに、この戦略には少し節gな話があるのだ。
ドングリのなるブナやナラは比較的不利植物で、リスやん済みが登場する前からあったらしい。
ということは、このドングリの戦略はかつては小型の爬虫類やネズミの祖先にあたる小型哺乳類などによって担われていた可能性があるらしいよ。
とはいえ、ずっと高温でじめじめしていたから乾燥せずに転がっただけで発芽していた可能性もゼロではないとは思うけど。

2025/09/06

人工知能はかく騙りき

 最近、googleで検索すると、最上位に「AIによる概要」というのが表示されるようになったのだ。
検索ワードに対して生成AIのgeminiが回答を用意してくれるらしい。
今は概要だけだけど、米国ではすでに「AIモード」というのも実装されていて、より詳細なAIを活用した検索もできるのだとか。
確かにけっこう便利。
なんだけど・・・。
時々ウソがまじってるんだよなぁ(>_<)
例えば、ポイ活のためにやっているクイズの回答を調べようと検索して、ここに表示されたものを選ぶんだけど、けっこう間違っていることがある!

これは生成AIあるあるのひとつで、「ハルシネーション」という現象なのだ。
AIに質問したとき、非常にそれっぽい回答が返ってくるんだけど、それが事実誤認だったり、まったくのでっちあげ立ったりする、というもの。
知識があれば見抜けるけど、そもそもわからないからAIに聞いているのだし、非常にそれっぽくできているので審議の見極めは難しいのだ。
google剣先の場合も、下の方に注記で「AI の回答には間違いが含まれている場合があります。」と書いてあるよ。
生成AIに聞くとデータをまとめたうえで答えてくれるので、資料作成やら、場合によっては学生・生徒の宿題やらで非常に便利なんだけど、ここがひっかかるんだよなぁ。
荒唐無稽なものではないか、ウソが混じってないか、確認する必要があるのだ。
おそらく、今後はそういうのが長けた人がAIを自由闊達に使いこなす有能な人、ということになるんだろうね。

でも、なぜ「ハルシネーション(=幻覚)」なのか?
アンドロイドは電気羊の夢を見るかもだけど、AIがありもしないものを見て混乱しているわけではないよね。
プログラムに従って計算・処理をして回答を導き出しているだけど、その回答の精度の問題なのだ。
むしろ、ありもしない、それっぽいものを見せられているのは調べものをしている方。
そう、この名前のつけ方は利用者である人間視点なんだよね。
なので、この名前自体に意見を持っている専門家もいるようだけど、すでに広まってしまっているのでここから名前を変えるとまた混乱するだろうなぁ。
そして、そういうことをすると、この「ハルシネーション」の原因になるかもしれないのだ。

「ハルシネーション」の原因として考えられているものにはいくつかあるんだけど、根本的なものとしては、参照している元データが誤っているというもの。
そもそもウソの混じったデータを参照していたらそこから正解は抽出できないのだ。
そうではなくとも、データソースが古いと松井がってしまう可能性があるんだよね。
例えば、古い教科書で学習してしまったAIは鎌倉幕府の成立を「いい国作ろう鎌倉幕府」で「1192年」と答えるわけだけど、最新の教科書では、兵士を滅ぼし、朝廷から諸国への守護・地頭職の設置・任免を許可された「1185年」で教えているんだよね。
さらに、幅広くネット上の情報全般を拾うようなものにしてしまうと、そこに流れている誤情報も拾ってしまうのだ。
例えば、なぜか多くの人が誤解している「うるおぼえ」という表現や、野球は自分の本名ののぼるをもじって正岡子規が作った言葉、といった事実誤認が確認されている通説などなど。
参照元データの正確性がそのまま出てきてしまうので、ネット検索とは少し相性がよくなくて、AIによる検索結果の概要がちょいちょい間違っている原因でもあるのだ。
なお、逆に、ウソ情報をネット上で広めてデータソースを汚染しておけば、AIによる正確な情報の抽出を妨害することもできるというわけだよ。
旧ツイッター工作員さんもがんばりがいがある?

そのほかの原因としては、AIがどうやって回答テクストを作っているのか、というところに由来するみたい。
今の生成AIはかなり自然な形で文章を返してくるけど、これはある単語の次にどの単語が来るかをコーパスをもとに統計処理して、言語として「自然」な単語のつながりを作るようプログラムされているのだ。
で、そういう状況下で、AI的には意図をつかみきれないような質問だったり、参照元データに十分なソースがなかったりする場合、これが優先されて、さもありそうなそれっぽい回答が作られてしまうみたい。
よく生成AIを使いこなすには質問の仕方が大事というけど、まさにこれで、AIとして質問内容がくみ取りやすいようにしてあげる工夫がいるのだ。
前提から長々と質問する人は会議でも嫌われるけど、そういう聞き方をするとAIもどこに質問の本質があるのかわからなくって混乱するので、非常に自然にすれ違った、或いは、まったくでっち上げの回答をするのだ。
わざとはぐらかすこともあるけど、人にもAIにも簡潔に質問の趣旨をわかりやすくして聞いてあげることが大事だね。

2025/08/30

工夫どすえ

旬だからか、テレビでハモをよく見るようになった。 
関東だと料亭に出てくる高級食材というイメージだけど、京都では夏が旬のメジャーな食材なんだよね。
小骨が多くて骨切りをしないといけないからあまり一般家庭で食べる感じでもないけど、京都では鮮魚店で骨切りしたものもうっているらしいよ。
東京ではたまに見かけるくらいか。

そもそも京都でハモが食べられるようになったのは、とにかくハモが生命力が強い魚だったから。
京都府という意味では日本海に接しているわけだけど、京の都は内陸。
物流が初田牛廷内時代は人力で運ぶのが基本なので、魚介類を生きたまま運ぶのは大変。
フナやアユ、コイといった淡水魚は問題ないけど、海産物を運ぶには工夫が必要だったのだ。
その点、水を張って1日かけて運んでも生きているハモは貴重な食材だったわけ。

では、生きたまま運べないものはどうなのか。
メジャーなのは塩鯖。
京都の名物のひとつに鯖寿司があるけど、あれは、福井の若狭湾で獲れた鯖を塩で締めたものを使っているのだ。
その運搬の道が鯖街道。
サンダーバードに乗るとわかるけど、京都と福井の間は山でずっとトンネルの中を行くのだけど、当時は足で山越えをしていたのだ。
約1日かけて運んだらしいけど、ちょうどよく塩でしめられていたらしいよ。

そのほか、乾物も重要だったのだ。
京都に特に根付いているのは棒鱈と身欠きニシン。
スペインやポルトガルも鱈を干物(バカラオ)にして保存食にしていたよね。
京料理では煮物に使うのだ。
明治になって北海道でたくさん獲れたニシンは日持ちがしないので内臓をとって干して身欠きニシンにして全国に出荷されたわけだけど、京都ではそれをナスと一緒に炊いたりしておばんざいにしていたのだ。

冷蔵・冷凍車で全国津々浦々に新鮮なまま魚介類を運べるようになったのなんてここ最近のことなんだよね。
なので、内陸の各地方では工夫して海産物を食べていたのだ。
長野の塩イカは皮をはいでゆでたいかを塩漬けにしたもので、スルメよりやわらかいのだ。
山梨の煮貝は駿河湾のアワビを醤油漬けにして運んだのはじまりだとか。
栃木県で食べられるモロはサメのことで、サメはミニ含まれるアンモニアのおかげで腐敗しにくいので内陸まで運べる貴重な海産食材だったのだ。
今ではそんなこととする必要もないし、もっとおいしいものが食べられもするわけだけど、地元の食文化としてぜひ残してほしいよね。

2025/08/23

イスとりゲームじゃない

 今年はサンマが豊漁だそうで。
脂がのっていて大振りのものが安いのだとか。
最近は獲れなくて高いことが多かったから朗報だね。
庶民の味方だったサンマはここのところ高級魚と化していたから。
そこで思いだしたのが、サンマが獲れなくなった時、代わりにサバやイワシは獲れるようになったとか言ってた報道。
同じ青魚だし、似たような海域に棲んでいるし、「イスとりゲーム」にようなもので、ある魚種が増えると相対的に他の魚種が増えられなくなる=減る、という単純な図式を想定したのだ。
でも、そんな単純な話じゃないらしい。

まず、前提としてデータを調べてみたのだ。
水産庁の公表している水産白書の資料編には魚種別の生産量のデータがあるので、それを2015年~2024年の10年間で追うことにしたのだ。
対象魚種は、それぞれトレードオフになっていそうな、サンマ、サバ、イワシ。
それと、あまり直接は関係しなさそうな比較用の魚種としてカツオ。
この4種の生産量の推移を単純に折れ線グラフにするとこんな感じ。



もともとの生産量の絶対量に差があるからよくわからないなぁ。
なんとなく魚種の谷と山がが連動しているようにも見えるし、うまくかみ合っているようにも見えるし。
単純な「イスとりゲーム」なら、サンマ、サバ及びイワシを足し合わせた総量は横ばいくらいで、その中でそれぞれの魚種の増減が組み合わされる、という感じで見えるはず。
そうなっているのか、いないのか?
そこで、もう少し工夫して、基準年の2015年の生産量を100とした場合の生産量の相対量を折れ線グラフにしたのがこちら。



増減は見やすくなった気がする。
イワシが増えて、サンマとサバが減っているのはよくわかる。
カツオがサバと同じような動きをしているのはよくわからないなぁ。
2021年なんかはサバが少し回復してサンマはまた下がっているから、サンマが不漁でサバは去年より獲れてる、みたいな感じなのかな。
断片的にみると報道で言われていることが当てはまるようだけど、全体のトレンドとして見た時にそこまでぴったりと当てはまる気がしないなぁ。



で、ググって検索してみると・・・。
AIさんが「サンマとサバは、一般的に同じ海域に多く出現するわけではないため、サンマが大量に獲れる年はサバの漁獲量が少ない傾向にある、というわけではありません。それぞれの魚の生態や回遊パターン、漁獲状況は異なります。」とまとめてくれたのだ。
一方で、農水省のHPのQ&Aの「サンマの不漁が続いているが、どうしてですか。」という質問に対する回答は、「また、日本に近い海域では、他の浮魚類(イワシ類やサバ類など、海の表層近くを主な生息場所とする魚種)が増加したことにより、サンマが日本の近くで回遊しにくくなっている可能性も考えられます。」ということも書いてあるのだ。
でも、もっとその前に「日本でのサンマの漁獲量の減少は、2010年に突然起きた分布の沖合化が契機と考えられ、
2010年以降も海洋環境や餌環境の変化により、沖合化と資源減少が進行しています。」というのがあって、これが主要因で、他の魚種の影響もあるかも、ちう程度だけど。

さらに調べていくと、水産資源管理学の世界では、青魚の「魚種交替」という考え方があるらしいのだ。
これはあたまたまどれかの魚種が増えたからほかが減るとかいう話ではなくて、数十年レベルの周期で大気や海洋の環境に変動があって、その影響でそれぞれの魚種にとって棲息環境も変動する、というもの。
もともと青魚は繁殖力が強くて生息環境の変化が大きな変化として見えやすい、というのがあるみたい。
平たく言えば、海水温やらプランクトンの量やらが周期的に変動して、それに合わせてその時々に繁殖しやすい魚種が変わる、ということ。
これだけで言えば、次に増えるのを待っていればいいはずだけど・・・。

当然そうはいかないわけで。
もともとサンマはほぼほぼ日本人だけが消費していたような魚種だけど、最近は中国や韓国でもたくさん食べるようになり、資源量が減っているのだ。
この影響がさらにかぶさってくるので、周期的な変動に合わせて待っていればよい、ということでもないんだよね。
もう少し複雑な懐石をして資源量を管理する必要があるようなのだ。
sのうち、本来はサンマが増えるタイミングのはずなのにサンマが獲れない、みたいなことも起きてくるかも・・・。

2025/08/16

要チェックやで!

 子供のころからインスタント麺がけっこう好き。
カップでも袋でも。
で、スーパーであたらしい味を見つけたり、好きなブランドが安売りになっていたりするのを見かけると、ついつい買ってしまうのだ。
長持ちするし、って。
でも、よくよくパッケージを見てみると、実はそこまで長期保存できないので。
通常の場合、カップ麺は製造から6か月で、袋麺は少し長くなって8か月・・・。
1年以上もつわけではないのか。

一方で、もう少し伝統的な乾麺のそばやうどん、素麺を見てみると、もっと保存可能期間が長いんだよね。
そばやうどんは1~2年、素麺は3年以上なのだ(揖保乃糸なんかは3年半)。
なんでだろうと思うよね。
で、ちょっと調べてみたのだ。
端的に言うと、どうも残っている水分量が多ければ多いほど保存期間は短く設定されるみたい。
逆に言うと、素麺は一番乾いていて、インスタント麺はそこまで乾燥していない、ということなのだ。
素麺は細いから別としても、パスタや乾麺はゆでるのに5~10分かかるのに対し、インスタント麺はデフォルトで3分、長いものでも5分だから、麺自体に違いはありそうなのだ。
乾麺だとゆで時間が足りないと芯が残るから、やはりインスタント麺は乾燥度合いが低いのかもね。
と思ったのだけど・・・。


AIさんによると、そうでもないらしい。
乾麺の水分量は14%以下となっているのに対し、インスタント麺の場合は、フライ製法だと3~6%、ノンフライ製法でも10%前後。
つまり、水分量で保存期間が影響されるなら、乾麺の方が短くなくてはいけないのだ!
でも、インスタント麺の方が「もどり」やすいということは考慮する必要があるのではないか?
短い時間で「もどる」ということは、それだけ水分を吸収しやすいから、仮に少しでも水分(湿気)があると劣化しやすくなるという性質なのではないか。
そう考えると、ちょっと保存可能期間が短くなるのはあるかもしれない。

それと、今回問題視しているのは「賞味期限」なので、食べられる・食べられないというぎりぎりの判断ではなく、おいしく食べられるかどうか、という視点。
この視点でいうと、時間がたつと酸化して劣化する油も重要なのだ。
確かに、フライ製法の方がノンフライ製法よりも風味が損なわれる経時劣化が大きいと言われているのだ。
でも、そうすると素麺なんかは油を塗りながら伸ばしているわけで、もっと短くなるはず。
なのに、素麺は一番賞味期限が長く、なおかつ、「熟成」といって製造から時間がたったものの方がおいしいとまで言われている・
ということは油の問題でもなさそうだ。

そこでふと気づくのは、「たれ」の存在。
そう、おそらくはこれが問題なのだ。
粉末スープにせよ、液体スープにせよ、インスタント麺には味をつけるものが付属くしているのだ(初期型のチキンラーメンのように麺にしみこませているものもあるけど。)。
醤油などの調味料単品の賞味期限は1~2年だけど、ラーメン全体の風味という点では、いろんなものが混ぜられた結果短くなっているのではないか?
比較対象として、液体のめんつゆの賞味期限を調べてみると、開封前の賞味期限は1年ほどのよう。
これは乾麺に比べると短い賞味期限だから、やはりこちらに引きずられている部分はあるだろうね。

というわかえで、保存可能期間だけ考えると、素麺がいいわけだけど、けっきょく麺つゆが長持ちしないから、塩味で食べるということでもしない限り、乾燥麺の保存食はせいぜい1年くらいと考えるしかないね。
缶詰のように数年もつと考えてはいけないのだ。
というわけで、賞味期限前においしく食べるために、しっかり日付は確認しておこう。