2017/05/06

仏の終戦記念日

5月と言えば、日本では大型連休!
でも、フランスはもともとバカンスの国なので、そうやって休日が連続することってないんだよね・・・。
普通に休めばいいだけ、ということなんだろうけど。
でも、5月はフランスでも祝日が多い月なのだ!
5月1日がメーデー、5月8日が第二次大戦戦勝記念日、そして、5月25日が昇天祭(復活祭と連動するので移動休日だよ。)。
って、あれ、フランスでは5月が終戦記念日なの?

というわけで、ちょっと調べてみると、この5月8日という日付は、ドイツが連合国軍に無条件降伏し、降伏文書に調印が行われた日なのだ。
英国首相のチャーチルさんが群衆に「Vサイン」を出した日でもあるよ。
欧州戦勝記念日、VEデーとも呼ばれるのだ。
でも、ちなみに、欧州地域で完全に戦闘したのは、プラハの戦いが終結した5月11日で、その3日後なんだって。
で、フランスもこの日を戦勝記念日に指定し、祝日にしているわけ。
フランスでは第一次大戦の休戦記念日も祝日だよ(11月11日)。

歴史を振り返ってみると、フランスはナチス・ドイツの侵攻を受け、パリは陥落していたんだよね。
それは1940年の6月17日。
ロンドンに亡命していたシャルル・ド・ゴール将軍はBBCの放送でレジスタンス活動を呼びかけたのだ。
これが後の「自由フランス」。
徐々に勢力を増していき、1944年には、ド・ゴール将軍は「フランス共和国臨時政府」を名乗り出すんだけど、連合国はこれをフランス政府としては承認しなかったんだよね。
このとき、名目上のフランス政府は、フランス南部を統治していたヴィシー政権。
パリなど北部はドイツの占領下にあって、パリはフランス政府自らが統治できなくなっていたのだ!
フランス中部の街に「ヴィシー」を首都としたのでこの名があるんだけど、ドイツ及びイタリアと休戦協定を結び、枢軸国の支配下に入ったのだ。

1944年に連合国軍がノルマンディー上陸作戦で北フランスに上陸し、パリへと南進をしていって、8月にドイツ占領下のパリを陥落し、解放したのだ。
このとき、ド・ゴール将軍の「フランス共和国臨時政府」が先にパリに入り、名実ともにフランス政府としての機能を果たしていくこととなるのだ。
パリ市庁舎(オテル・ドゥ・ヴィル)でパリ解放の宣言も行っているよ。
連合国軍も10月になって、ヴィシー政権でなく、臨時政府を正式なフランス政府と認めたんだよね。
こうして、4年間にわたるパリの占領は解かれたのだ。

シャルル・ド・ゴール将軍は非常にカリスマを持った人だったようで、戦後すぐに首相に就任し、その後大統領になるのだ。
パリの玄関であるシャルル・ド・ゴール国際空港にも名前が残っているよね。
大統領になったのは1959年と遅く、1890年生まれなので、すでに70歳になろうとしている頃だったのだ!
でも、この後11年間大統領職にあって、アルジェリア戦争で混乱していたフランスの政局を安定させ、今のフランス第5共和制を確立した大物政治家なのだ。
やっぱりすごい人なんだよねぇ。

こうやってみると、やっぱりフランスという国にとっては、自国を占領していたドイツ軍を完全に降伏させた日の方が大事なんだよね。
世界史的には最後まで戦った日本が降伏した日が本当の終戦なんだろうけど。
正直、欧州的にはドイツが降伏していれば事実上戦争は終わっているよね。
後は南洋とかアジアの話だから・・・。
植民地問題はあるんだけど。

でも、実は、日本では8月15日と思っている日付も、受け止めが違うようなのだ。
8月14日、日本はポツダム宣言の受諾を連合国各国に通知し、翌15日未明に、玉音放送により日本が連合国に無条件降伏することを国内に公表したのだ。

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