2012/03/17

イスカンダルまではどれくらい?

震災とそれに続く原発事故から1年。
まだまだ復興には課題が多いね。
そんな中でも将来にわたって気にしなくちゃいけないのは放射能の問題。
宇宙戦艦ヤマトの世界だと、放射能を除去できるコスモクリーナーをとりにイスカンダルに向かうのだ。
そんなのがあればいいのに!(原理的にむずかしいけどね・・・。)

そんなイスカンダルまでの距離は148,000光年!
光速で進んでも15万年かかる距離なのでワープ航法を使うわけ。
でも、こういう遠くの星までの距離はどうやって測るのか。
きちんと推定する方法があって求められているんだよ。

もっとも簡単な距離の測り方は、自分で歩いてみて、かかった時間で距離を推測するというもの。
方向が加われば位置も特定できるよね。
これと似たような方法でやられているのがレーザー測距。
月などの比較的地球に近い天体で、光を反射するものに使えるのだ。
原理は簡単で、レーザー光を照射し、その反射光が帰ってくるまでの時間を計測して、そこに光速をかけて距離を求めるというもの。
遠くになればなるほど散乱が多くなって反射光が弱くなるし、もともと大気による屈折・散乱なんかもあるから何度も継続して計測しないと正確には測れないのだ。

火星などの地球に近い惑星はレーザーで距離が測れるんだけど、太陽の場合は光を反射してくれないので測れないのだ(>o<)
そこで使うのが計算式。
惑星の公転運動はケプラーの法則(角運動量保存の法則)に従うので、地球以外の惑星までの距離がわかっていれば、太陽までの距離が計算で求められるのだ。
古典的には、惑星の動きをつぶさに観測し、複雑な幾何学的計算をして太陽と地球、他の惑星の位置関係を推測したんだよ。
その積み上げがあるから、太陽までの距離(=1天文単位)が推定できるのだ。

この太陽までの距離=1天文単位をもとに、もう少し離れた位置にある恒星までの距離も計測できるんだ。
それは三角測量を使ったもの。
地球は太陽のまわりを公転しているので、恒星の見え方は季節的に変動しているのだ。
ちょうど公転面を底辺とした円錐状になるよ。
そうすると、春分と秋分など、公転面の端と端の位置関係でそれぞれ恒星の見える角度を計測すると、その円錐の先っぽの分だけずれることになるんだよね。
それが年周視差と呼ばれるもので、これが正確に測れれば、三角関数を使って公転面の半径=天文単位を使って恒星までの距離が計算できるのだ。

年周視差が1秒(1度の3,600分の1)のときに3.26光年(これを1パーセクと言うそうなのだ。)なんだって。
でも、この1秒なんて角度を正確に測ることは難しいんだよね・・・。
実際にケプラーさんがケプラーの法則を導く基になった詳細な天文観測データを残したティコ・ブラーエさんは、この年周視差が「観測できない」ということをもって地動説を否定したくらい。
当時の観測技術では仕方がないけど、ケプラーさんのようにもう少し近い惑星の動きに注目すると地球が公転していることがわかったんだけどね(>_<)

年周視差は遠くなればなるほど小さい値になるので観測が難しくなるのと、観測対象の恒星も実は動いているという事実があるので、遠くの恒星になるとブレが大きくなるんだ。
そこで別の方法で推定したりするわけ。
例えば、同じような色(表面温度)の恒星と明るさを比べ、見かけ上の明るさは距離の二乗に反比例することから距離を推定したりするのだ。
実際には全く同じ色の星はないから、かなりの推測だけど。
さらに、円盤銀河の回転速度から距離を推定したり、ビッグバン以降の宇宙の広がりを説明するハッブルの法則を用いて光のドップラー効果(遠くに離れていく光は波長が長い方にシフトする=赤方偏移)で推定したりするんだって。

で、年周視差で距離を求めた恒星を基準とし、こうした他の方法を組み合わせてより遠い星までの距離を推定していくのだ。
これを「宇宙の距離梯子」と呼んでいるんだって。
なんか、魏志倭人伝(三国志魏書東夷伝倭人条)とか、山海経の世界における位置の説明のようになっているのだ。
つまり、ある地点までの距離と方角を示し、さらにそこからまた距離と方角を示し、とつなげていくのだ。
なので、どうしても誤差の上に誤差を積み重ねていくことになってしまうんだよね。

そこで考えられているのが、年周視差をより正確に測定しようという試み。
すでに欧州宇宙機関(ESA)は20世紀にヒッパルコスという衛星を打ち上げ、宇宙空間から年周視差の測定を行ったのだ。
宇宙からだと大気の影響も受けないし、地上とは独立した二系の観測データが得られるので、推定誤差を小さくすることができるのだ。
さらに高精度に測定しようという計画もあって、日本でも国立天文台などを中心にJASMINE計画というのがあるよ。
米国航空宇宙局(NASA)やESAも同じようなミッションを検討しているらしいけど、日本の計画では、赤外線で観測することでさらに測定誤差を小さくしようというものなのだ。
ただし、赤外線観測には技術的な課題もあるんだけどね(熱線なのでセンサ部分を極低温に保たないと正確に観測できないのだ。)。

というわけで、実は星までの距離は古代ギリシア時代から連綿と続く三角測量で測っていたのだ!
原理的には単純だけど、むしろ基礎データをきちんと観測することが課題なんだよね。
宇宙空間の壮大なスケールで三角測量をしているってなんだか不思議だよ。

2012/03/10

家出ペンギン

東京の葛西臨海水族園からフンボルトペンギンの幼鳥が逃げ出し、旧江戸川(東京と千葉の境)でそれらしく姿が確認されたのだ。
逃げた理由は調査中だということだけど、すごい家出だよね!
で、ペンギンについて気になったので調べてみたのだ。

今回話題になったのは中型のフンボルトペンギン。
ペンギンの体長というと、足下から頭の先までのような気がするけど、ペンギンはあくまで鳥類なので、二足歩行の状態で測るのではなく、くちばしの先から尾羽の先までの他の鳥類と同じ測り方をするんだって!
フンボルトペンギンの体長は60~70cmと言われるけど、実際にたった状態では40~50cmくらいなのだ。
ちなみに、もっとも大型のペンギンはコウテイペンギンで体長120cmほど(たった状態では1m弱)。
もっとも小型なのはその名もフェアリーペンギン(或いは小型ペンギン)と呼ばれるもので、体長40cmほど(たった状態では25cmくらい、かつ前傾姿勢で歩くのでもっと小さく見えるのだ。)。
葛西臨海水族園にはフンボルトペンギンとフェアリーペンギンの両方がいるので、その大きさの違いは歴然。
フェアリーペンギンはぬいぐるみくらいの大きさしかないのだ(>o<)/

ペンギンというと南極に生息しているイメージだけど、本当に南極大陸に生息しているのは大型のコウテイペンギンと中型のアデリーペンギンのみ。
アデリーペンギンというのはステレオタイプのペンギンのイメージそのままのペンギンで、クールミントガムのパッケージにいるペンギンなのだ(笑)
南極大陸のまわりのもう少しだけ温暖なところに何種類か中型のペンギンが棲んでいて、そのほか、南米大陸やアフリカ大陸、オセアニアの海沿いで、寒流によって気候が温暖なところに「温帯ペンギン」と呼ばれるものがいるのだ。
最小のフェアリーペンギンはオーストラリアやニュージーランドの南側にいるみたい。
もっとも低緯度に生活しているのがガラパゴスペンギンで、ほぼ赤道付近。
ここも寒流のおかげで冷涼な気候なんだけど、ちょっとだけ生息域が北半球にはみ出しているので、柄派越しペンギンは唯一北半球に生息するペンギンと言えるのだ!

一般に動物は寒い地方にいるものほど大型化する傾向があるんだよね。
日本にいるツキノワグマよりシベリアにいるグリズリーは大きく、極域にいるホッキョクグマはもっと大きいのだ。
これは大型化した方が体積に比して体表面積が相対的に小さくなるからで、熱放散を少なくする戦略なのだ。
熱量自体は蓄えた脂肪=体積に比例するから、その方が脂肪燃焼で発熱した熱が有効に活用できるというわけ。
ペンギンもだいたい同様で、南極に近いところにいるペンギンは大きく、温帯ペンギンは小さいのだ。
フンボルトペンギンとガラパゴスペンギンは同じフンボルトペンギン属だけど、ペルーからチリにかけて生息しているフンボルトペンギンに比べ、赤道付近にいるガラパゴスペンギンの方が一回り小さいよ。

日本は南氷洋付近で捕鯨をしていた関係で、一緒にペンギンもつかまえて持ち帰っていたらしいのだ。
漁業が盛んだったこともあってえさとなる生きた魚も豊富にあったので、早くから飼育技術が確立し、世界の動物園で飼育されているペンギンの4分の1ほどは日本にいるとも言われるくらいのペンギン大国なんだよ。
特に温帯ペンギンはあまり氷雪を好まないので、夏の間だけクーラーで冷やしてあげれば、日本の環境でも繁殖できるのだ。
今年は日中友好40周年だけど、日中国交回復の祈念として中国からジャイアントパンダが送られた際、日本からはニホンカモシカとケープペンギンが贈られたんだって!
ペンギンは日本の特使でもあったのだ。
ちなみに、一昔前には中型ペンギンをペットで飼うのもはやったよね。

ただ、野生のペンギンの多くは絶滅危惧種なのだ。
気候変化の影響もさることながら、えさとなるイワシなどの魚の乱獲や、繁殖場所となる海沿いの地域の環境汚染(重油流出やプラスチックゴミの投棄など)が原因みたい。
派遣された当初は捕獲されて肉や脂肪をとったりもしたらしいけど、もともと鳥類でそんなにとれるわけでもないので、今では資源目的での捕獲はあり得ないのだ。
ちなみに、南極条約の国内措置法の南極地域の環境の保護に関する法律では、南極でペンギンの卵を勝手にとったりすると1年以下の懲役又は100万円以下の罰金になるよ(南極での調査研究には環境大臣への申請が必要なのだ。)。

ペンギンの特徴は二足歩行とフリッパーと呼ばれるつばさだよね。
地上ではおぼつかなく歩くけど、水中では「飛ぶ」ように素早く泳ぐのだ。
海鳥の中には水中に潜って泳ぐ種類もいるけど、ペンギンは飛ぶことを捨て、さらにその泳ぐことに特化しているのだ。
そのときに役立っているのがヒレ状のフリッパー(これはものすごく硬い板のような感じなんだよ。)で、かいのように、かじのように使って泳ぐのだ。
体についた子房は寒冷な地域に適応するだけでなく、体全体を流線型に近くすることで泳ぐのにも適用しているのだ。
ちなみに、脚が短いように思われているけど、あれは脂肪に覆われているだけで、骨格で見るともっと脚が長いんだって!
それと、氷雪や砂浜の上では、フリッパーでバランスをとりながらよちよち歩くこともあるけど、おなかをつけて滑るように移動する「トボガン」という方法で進むのだ。
そうじゃないと長距離移動できないよね。

コウテイペンギンは最低気温が-60度にも達する環境に生息していることもあって、「子育て」をするのだ。
アデリーペンギンが海沿いで繁殖するのに対し、コウテイペンギンは天敵を避けて海から離れた氷原で繁殖するんだ。
雄は雌が散乱した後に交代で脚の間に卵をはさみ、おなかの脂肪でくるんで温める姿は有名だけど、その間雌はえさを求めて海に行くのだ。
さらに、ひなが生まれた後は、雌がもどってくるまで面倒を見る必要があるのだ。
コウテイペンギンは食堂から分泌する白い乳状の「ペンギンミルク」を与えることでも知られているよね。
雌がもどってくるとやっと交代してえさにありつけるのだ。
2ヶ月以上あたためるらしいけど、繁殖地に移動してからだと120日間くらい絶食期間が続くんだって!
こんな過酷な子育てなら映画にもなるよね(笑)
ちなみに、ある程度ひなが育つと二親ともえさを取りに行くようになり、ひな鳥は「クレイシ(保育所)」と呼ばれる集められた状態で若い成長に守られながら徐々に海岸へ移動していくらしいよ。

というわけで、ペンギンも奥が深いねぇ。
ボクはペンギンが好きなので動物園や水族館では必ず近くに行くんだけど、今度はもっとよく観察してみようっと。
でもでも、やっぱり鳥だから、意外と目は怖いよ(笑)

2012/03/03

実はそんなに悪くはないのかも

ラーメンはどうしても脂っぽいから敬遠しがちなんだけど、どうもこってり系がもてはやされているよね。
「背脂ちゃっちゃ」とか言ってゼリー状の脂がスープにぷかぷかと浮いているのだ。
確かに東アジア文化圏では肉や魚の「脂」をおいしいと感じる文化があるけど、個人的にはだんだん体が受け付けなくて・・・。
もともとは東アジアのモンゴロイドは寒冷気候に順応する際、体に脂肪を蓄えやすい体質になっていて、そういうのもあって脂を好むんだよね。
欧米などの肉食文化ではでは脂身の少ない赤身が好まれるのとは対照的なのだ。

この背脂と呼ばれているのは文字どおりブタの背中にある脂肪のことで、固まりの脂肪をぶつ切りにして水でじっくりとゆでるとだんだんと脂が融けてきて、とろとろになるのだ。
まだ多少固まりが残る状態で使ったり、完全にとろとろになるまで煮込んだり、使い方はいろいろ。
ラーメンに乗っているチャーシューは主に背中の肉であるロース肉を使うので、ブロックで買ってくると脂もついてくるんだよね。
おそらくそれを利用したのが始まりじゃないかと思うのだ。

ロースというのは日本独特の呼称で、裸でロースというと背中の肉(人間で言うと僧帽筋や広背筋)、、肩ロースは方の肉(人間で言うと三角筋)、わきのあたりがリブロース(人間で言うと肋間筋)のことだよ。
英語で言うとロインが近いんだけど、ずれているところがあるようなのだ。
この部分は適度に脂ものっているけど、バラ肉ほどではなく、とんかつやポークソテーなどに使われるのだ。
赤身で筋がなく柔らかい高級品のヒレ肉(人間で言うと大胸筋)に比べると庶民的だよね(笑)
とんかつの肉を見ればわかるように、分厚い脂が筋肉のまわりについていて、それを取り外したところが背脂(精肉されている状態では少し脂が残されている状態で、その外側にもっと脂肪がついているのだ!)。

この背脂をゆっくり熱して油脂だけを取りだしたのがラード。
結合組織などが油かすで残るのだ。
じっくり脂を落としながらあぶり焼きした脂身みたいな状態で、鶏皮の焼き鳥のようなものだからおつまみなんかにされることもあるよ。
なので、ラーメンの背脂はほとんどラードなのだ。

一般に脂肪酸は不飽和度が上がるほど(分子内に二重結合が増えるほど)融点が低くなるんだけど、植物油が不飽和脂肪酸を多く含み、常温で液体の「油」であるのに対し、獣脂は飽和脂肪酸が多く、常温で固体の「脂」なのだ。
馬由来の馬油が比較的融点が低くて体温に触れただけで融けるけど、牛脂のヘットはフライパンで熱しないと融けないよね。
なので、ラードも熱々のラーメンスープに入っていながら多少形が残っているのだ。

ラードの特徴としては、ほとんどが飽和脂肪酸なんだけど、少なからず入っている不飽和脂肪酸のほとんどが一価不飽和脂肪酸と言われる分子中にひとつだけ二重結合があるような脂肪酸なのだ。
オリーブ油に多く含まれるオレイン酸なんかなんだけど、一価不飽和脂肪酸は酸化されにくいので、熱をかけて抽出しても大丈夫だし、揚げ物に使っても劣化しづらいのだ。
植物油の場合は分子中に二つ以上の二重結合を含む多価不飽和脂肪酸が多いので、熱をかけるとすぐに酸化=劣化してしまい、いやなにおいがしたり、色が黄色くなったり、ねっとりと粘性が高くなったりするのだ(>o<)

ラードが揚げ物に使われるもう一つのメリットとしては、冷めてもさくさくの状態が維持できる、というのがあるんだよね。
家庭で揚げるテンプラやフライはすぐにべちゃっとなってしまうけど、これは植物油で揚げるからなんだよね。
どうしても液体の植物油が衣の中に残ってしまって、空気中の水分を吸って湿ってくるとへたってきちゃうんだよね。
ラードの場合は冷めると固体になるのでその分だけさくさく感が維持されるのだ。
沖縄銘菓のちんすこうも生地にラードを入れることでさくさく感を出しているんだよ。

このラードの代用品がショートニング。
植物油の中の多価不飽和脂肪酸に工業的に水素付加することで、一価不飽和脂肪酸や飽和脂肪酸に変換するのだ。
すると、常温でもクリーム状のショートニングとなるわけ。
クッキーなどのお菓子によく使われているよね。
一見ラードと同じようだけど、植物由来なのでよりヘルシーに見えるけど、実はそうではないのだ!
ラードに含まれる一価不飽和脂肪酸はほとんどすべてが「シス型」と呼ばれる「└┘」くるっとカーブさせた形。
一方、ショートニングには「トランス型」と呼ばれる「└┐」というジグザグ構造のものが混ざっているのだ。
これが今話題のトランス脂肪酸というやつで、コレステロールを高めたり、悪さをすると言われ始めているんだよね(ToT)
米国ではトランス脂肪酸の規制が始まっているくらいなのだ。

かつてはラードは悪の代名詞のように言われていたけど、中に含まれているオレイン酸などの一価不飽和脂肪酸はむしろコレステロールを下げる働きもあるし、ショートニングに比べると健康的だと考えられるようになってきたのだ♪
とは言え、摂りすぎれば中性脂肪は増えるので注意しなくちゃだけど、そこまで体に悪いわけでもないみたい。
量に気をつけさえすれば、ショートニングやマーガリンのようなトランス脂肪酸を含む製品よりはましなのだ。
というわけで、これからは安心して背脂系のラーメンが食べられるね。
コンビニのマーガリンをはさんだパンや、さくさくのクッキーよりはましかもよ(笑)

2012/02/25

もう始まってるよ!

2月中旬から3月中旬のブームと言えば、確定申告。
ポスターなんかもよく見かけるようになるし、耳にすることも多いよね。
昨年はボクも高額な歯科治療をしたので、しっかり確定申告して還付金をもらおうと思って準備を進めているよ。
でも、よくわからないのでちょっと勉強してみたのだ。

確定申告というのは、所得に応じて課税される国税の所得税や地方税の住民税の納付のために、1年間にこれだけの収入(所得)がありましたよ、と税務署に申告するもの。
それによって税額が確定するので、確定申告と言うのだ。
もちろん、不正に低めの額を申告して「税金逃れ」をすると、後で追徴課税としてがっぽり取られるのだ。
マルサの世界だよね。
追徴課税の場合、本来収めるべきだった額に重加算税などのペナルティ的なより高い税率で計算された金額に法外とも言うべき高い利子がつき、さらに延滞税もつくのだ。
なので、はじめから正直に申告しましょう、という制度になっているんだ。

一般に勤め人(サラリーマン、公務員、団体職員等々の給与所得者)の場合は、わざわざ確定申告をしなくてもよいように源泉徴収というものがあるんだ。
これは給与を支払う側(雇用者)があらかじめ税金として払う分を天引きして給与を渡すもので、給料の出元で徴収するから源泉徴収というのだ。
各個人の納税意識がどうしても薄れるという問題はあるんだけど、効率的に漏れなく税金を徴収できるという点では優れた制度なんだ。
日本ではナチス・ドイツの例にならい、第二次大戦中に導入されたらしいよ。

ただし、自営業や自由業などの個人事業主や年金生活者は源泉徴収ができないので、毎年毎年確定申告をすることになるよ。
給与取得者でも、年間給与が2,000万円を超える場合、複数箇所から給与取得を受けている場合、給与所得以外の収入(家賃収入、副業による収入など)がある場合は確定申告が必要なんだよ(本当はもっと細かい規定だけど、平たく言うとこんな感じ。)。
基本的には、2,000万円超の給与以外の場合は源泉徴収をする際に総所得が確定できないからなんだよね。
分譲マンションを買ったけど人に貸している場合、土日や早朝・夜間にバイトして得た副業収入がある人は注意が必要なのだ。
黙っていると「脱税」になるからね。

毎月の給与明細を見ると源泉徴収でどれだけ税金が支払われているかがわかるんだけど、実際にはこれは払いすいている場合があるのだ(理論的には不足している場合もあるけど、なかなかそういう事態は発生しないのだ。)。
そこで出てくるのが年末調整という制度。
毎年書かされるけど、毎年覚えていなくて書き方に悩むんだよね(笑)
これは所得税などには「控除」というものがあって、所得のうち課税が免除される部分があるためなのだ。
実際には、総所得からその部分を差し引いて控除した額に税率をかけて税額を決めるんだよ。
有名なのは、誰でも一律にかかる基礎控除(38万円、誰でも38万円までの所得は非課税!)、配偶者控除(年間103万以下の収入しかない配偶者には控除枠を適用。これがパート収入の上限としてよく出てくる数字だよ。)、扶養控除(最近子ども手当の関係で扶養控除は目減りしてきているよね。)、生命保険料控除・地震保険料控除(保険料として支払っている額の一部は非課税。)などが対象。
こうしたものは多くの人が共通で必要なので、まとめて源泉徴収のときに調整してしまうのだ。
通常年末にこの手続をするので年末調整と呼ばれるんだ。

でもでも、実はこのほかにも認められる控除があるんだよね。
そうした控除を申告する場合は確定申告が必要なのだ。
この場合は、源泉徴収時に税金を払いすぎているので、後で払いすぎていた分を還付金としてもどしてもらえるんだよ。
有名なのは、医療費控除(多額の医療費を払った場合はその一部が非課税。)、寄付金控除(国や地方、NPO法人等への寄付金の一部は非課税。)、住宅借入金等特別控除(マイホームの購入などの場合にかかった費用の一部が非課税。)などなど。
逆に、競馬や競輪で大穴を当てた、株や為替で儲けた、土地や建物を売ったなどで給与所得以外の臨時所得があった場合は、その所得の額によって確定申告が必要だよ。
これらの場合はさらに税金を納めることになるのだ!
ただし、宝くじの当せん金は非課税なので、一等前後賞まとめて当てても大丈夫だよ♪

というわけで、税金の世界はなかなかに奥深いのだ。
源泉徴収の場合は特に普段から意識しないからよくわからないことが多いよね。
今回自分で確定申告をしようとする段になって知ったことも多いよ。
国税庁のHPはけっこうわかりやすく書いてあるのだ、参考になるかも。
お国のため、自分のため、税金は適切に払おう(^o^)/

2012/02/18

さわやかな香りは春の訪れを告げる

2月の和菓子といえばうぐいす餅。
あざやかな緑色がきれいだよね。
そして、この時期になると出てくるのが桜餅♪
うぐいすもちもよいけど、この桜餅のさわやかな香りが好きなんだよね~。
塩漬けの葉を使っているだけだから、本来は春でなくてもよいんだけどね(笑)

いわゆる桜餅には2種類があるのだ。
江戸発祥の桜餅はクレープ状の焼いた生地に餡をあさみ、それをさらに桜の葉の塩漬けで来るんだもの。
隅田川沿いの長命寺発祥の菓子と言われているのだ。
長命寺桜餅は今でも名物で、桜の葉が3枚使われていることで有名だよ。
葉っぱは食べる人と食べない人がいるけど、食べた方が香りが出て、味わい深いのだ。
長命寺桜餅のように3枚あるとちょっと多いけど・・・。

この長命寺、もともとは常泉寺というお寺だったのだ。
おそらく寺名の由来は境内にあるわき水から。
ところが、このわき水で名前が変わるんだよね。
3代家光公のとき、近くで鷹狩りをしていた将軍家光公は不意に具合が悪くなってしまうのだ。
ところが、このわき水を飲んだところたちどころに回復したので、その水を「長命水」と名付け、お寺も長命寺と名前を改めたのだ。

8代将軍の吉宗公の時代になると、隅田川沿い(墨堤)に桜の木が植えられるのだ。
桜の木は水を浄化するとの俗信があって、隅田川だけでなく、神田上水や玉川上水沿いにも桜並木が造成されたんだ。
これがきっかけで江戸では花見のために行楽に行くことが盛んになり、そこからまた新たな文化が生まれることになるんだよ。
で、向島は長命寺門前のお菓子屋さんだった山本新六さんという人は、この桜を何か使えないものかと考案したのがこの桜餅。
行楽客に好評で、一気に江戸名物となったのだ。
さらに、江戸も終わりに近づくと、蜀山人こと太田南畝さんほかが「隅田川七福神」を定めると、ますます不動の人気となり、今に至るようだよ。

で、この江戸発祥の桜餅は、小麦粉又は上新粉などの粉をといた生地に食紅などで淡い色をつけ、焦げ目がつかない程度に焼くのだ。
むかしは餡を挟んで桜の葉で巻いてからさらに蒸したみたい。
これとは対照的に、おはぎのようになっているのが関西の桜餅。
道明寺粉に色をつけて蒸してから餡をくるみ、それをさらに桜の葉の塩漬けで巻くのだ。
江戸流はすぐに葉っぱがはがせるけど、関西風はぴったりとくっついているのできれいにははがれないよ。
これは食べる方がスタンダードってことかな?

道明寺粉は、糯米を水に浸してから蒸し上げたものを天日干しにした糯米の干飯を荒く砕いたもの。
いわゆる糯米で作ったアルファ化米だよね。
もともとは大阪藤井寺にある道明寺で考案された保存食だよ。
つぶつぶともちもちが混在した独特の食感だよね。
ボクは結構好きなのだ。
ちなみに、道明寺粉には砂糖水を加えてから蒸すそうなので、餡が入っていなくても甘いみたいだよ。

一般には、江戸で好評を博した桜餅をまねて関西の桜餅が生まれたと言われているんだけど、これには「本家・発祥」争いもあって、関西側は、長命寺桜餅が出る前から大阪には桜餅があった、とする南方熊楠さんの説を主張したりしているよ。
もともと桜の葉は使っていなかったようだけど、似たようなお菓子はあったみたい。
椿餅という餅粉を蒸して団子状に丸めたものを椿の葉で包んだもので、これは平安時代に中国から伝わったんだって。
でも、桜の葉に包むことで香りを移す、というところが桜餅のミソだよね。
植物の葉で包むだけなら笹団子というのがあるし、これはそっちに近いような気もするのだ。

桜餅に使われる桜の葉はその辺にある桜の葉を使っているわけではなく、きちんと適したものを使っているのだ。
それは葉が柔らかく、表面の毛も少ないオオシマザクラの葉。
現在流通している桜の葉の塩漬けのほとんど(全国シェア約7割)は伊豆半島の松崎町産らしいよ。
虫食いが出ないようにするのは手間がかかりそうだよね・・・。
ちなみに、あの独特の香りはクマリンという物質由来。
生体中ではクマリン酸配糖体という形で液胞内に貯蔵されていて、そのままではにおいはしないんだけど、葉が破損したり、塩漬けにされたりすると液胞から出てきて、さらに細胞内の控訴で加水分解されてクマリンが生じてくるので香りがするようになるのだ。
食品添加物としては認められていないので、似たような物質を使うか、あくまで桜の葉の塩漬けでに香りを移すかのどちらかしかないみたい。

今では桜というとソメイヨシノだけど、染井の地(今のJR駒込駅付近)でソメイヨシノが生まれるまでは、桜と言えばオオシマザクラが主流だったのだ。
このオオシマザクラは様々な園芸品種のもとにもなっているんだよ。
でも、江戸時代で言えば、その辺にある桜を使っていたのかもしれないね(笑)
それにしても、生葉では香りがないわけで、最初に塩漬けにしてみたのが工夫だよね。
ほどよい塩味で引き立つ甘み、その甘みを抑えるちょっと刺激のあるさわやかな芳香。
桜餅っていうのは本当によくできたお菓子だと思うよ。

2012/02/11

巻いて一工夫

先日朝ごはんに磯辺もちを食べたのだ。
切りもちを焼いて軽くしょうゆをつけてから海苔で巻くだけだから簡単なんだよね。
それでいておいしい♪
そこで、ふと気になったのが「いそべ」。
他にも「磯辺焼き」とか「磯辺揚げ」なんてのがあるよね。

由来というほどのことでもないんだけど、海苔の産地には「イソベ」という地名が多いらしいのだ。
海苔は海藻を乾燥させて加工して作るので、当然沿岸部が産地になるよね。
それで海苔を使った料理がその地方の名物となり、名前が冠されるようになったようなのだ。
同じ「イソベ」でも、「磯辺」と書いたり、「磯部」と書いたりするのにはそういうわけがあるみたい。
語源的には「磯の近く」ということだから、海苔の産地である磯の料理ということなんだろうね。

でも、実はそんな単純ではなくて、今のようなシート状になった板海苔が登場するのは江戸中期。
海苔自体はすでに奈良時代に編纂された各地の風土記にも出てくるので、日本では伝統的に食べられてきた海藻なのだ。
むかしから干して保存し、煮たりしてやわらかくして食べていたみたい。
佃煮なんかにする場合は、海苔を刻んでから煮るんだけど、刻んだ海苔を紙漉の要領で薄いシートに加工して乾燥させると板海苔になるのだ。
これが大発明で、巻き寿司(海苔巻き)や各種「イソベ」料理はここから生まれてくるわけだよ。
ちなみに、海苔を使った寿司でおなじみの「軍艦巻き」は戦時中の昭和16年に、銀座久兵衛の初代主人・今田寿治さんが考案したと言われているよ。
江戸時代から続く江戸前の寿司は、握るか海苔で巻くかだけだったのだ。

同じ江戸時代、それまで自然に生えている海苔を採取しているだけだったのを、養殖できるようにしたのだ。
まだ養殖技術は未熟で、手間もかかるので簡単なものではなかったようだけど、一気に生産量も拡大し、これと板海苔の技術が合わさって消費が拡大されていったようなのだ。
天然物の江戸前の海苔としては品川沖(羽田や大森あたり)が名産地だったので、海苔は品川の名物だったんだ。
なので、海苔を巻いたせんべいを「品川巻き」と言うのだ。

浅草海苔は養殖海苔の代名詞。
浅草寺の御本尊を隅田川から引き上げたときは確かに浅草は隅田川(当時の大川)の河口付近だったんだけど、海苔の養殖が行われるようになった江戸時代には干拓も進んでいて、すでに海からだいぶ離れていたんだよね。
なのに浅草海苔という名前が残っているのはおそらく浅草で加工されたからではないかと思われるのだ。
浅草から吉原に行くとき、粋な人は堀割の山谷堀(さんやぼり)を猪牙舟(ちょきぶね)で上ったんだけど、この堀の途中に紙漉橋という橋があるのだ(今は堀自体は埋め立てられているよ。)。
それはそのあたりに紙漉職人が住んでいたからで、その紙漉職人がすく前の紙の原料(コウゾやミツマタなどを蒸したり煮たりして繊維を抽出した状態のもの)を冷たい水にさらして冷やしている間に買いもしないのに吉原の遊女をのぞきに行くことを「冷やかし」と言ったのだ。
そんなわけで、浅草周辺には紙漉職人がいたわけで、その技術が板海苔の製造に使われたとすれば、海苔の加工・製造が浅草発祥となったことも考えられるよね。
詳しくはよくわからないけど、食物としての海苔は品川の名産、加工品としての板海苔は浅草の名産ということだったのだ。

そして、明治維新後の明治2年(1869年)に明治天皇が京都に御幸されるときのおみやげとして、日本橋室町1丁目の山本海苔店2代目主人・山本德治郎さんが発明したのが朝食でもおなじみの味付け海苔。
江戸時代は江戸文化も花開いたけど、やはり文化の中心、流通の中心は京都・大阪だったので、東京からのみやげとしては何か目新しいものが求められたのだ。
それまでは板海苔を火であぶってからしょうゆなどをつけて食べていたわけだけど、調味料を混ぜ込んで加熱乾燥してあるので(乾燥の工程でローラーにより調味料が塗布されるのだ。)、そのまま食べられるという優れものだったのだ!
ただし、通常の板海苔よりも吸湿性が高く、保存がより難しかったみたい。
今は個装真空パックができるから、いつでもぱりぱりだけどね。
でも、あぶりたての板海苔は風味もよいし、味付け海苔にはないおいしさがあるんだよね♪
ちなみに、この味付け海苔が日刊併合時に韓国に伝わって韓国海苔が生まれたらしいよ。

2012/02/04

やっぱり「草」が好き

あっという間に1月も終わってしまったねぇ(>o<)
今年はお正月に日本にいなかったのであまりおもちを食べなかったのだ。
ま、保存食として常にストックしているし、比較的簡単に調理して食べられるからそれなりには食べるんだけど。
今年は食べ飽きていないから、出動回数も増えるかな?

そんなおもちの中でもボクがもっとも好きなのは草餅。
緑色のにくいやつだよ(笑)
コンビニで売っているものなんかだと本当に色がついているだけだけど、きちんと作ったものは独特の香りがよいよね。
切り餅にしたものを焼いてから食べるのもまたおいしいのだ。

草餅は通常もちをつくときにヨモギを混ぜるものとばかり思っていたんだけど、実はそうでもないらしいのだ。
春にヨモギの新芽をとって、一回湯がいてアクをとり、それを丸ごと、或いは汁をしぼってまぜこむんだけど、もちをつくときに入れるものと、上新粉を練るときに加えてそれを蒸すものがあるようなのだ。
後者はむしろ「草団子」なんじゃないかと思うんだけど、あんこを包むと草大福や草餅として売られるんだよね。
糯(もち)の米粒をついて作るのがもち、粳(うるち)をひいた上新粉を練って蒸したりゆでたりして作るのが団子、というのが一般的なんだけど、この境界はとてもあいまい。
そもそも白玉団子は糯米の粉で作るし、コンビニなんかで売られている大福餅などはついたものではなくて練ったものがメインなんだよね。
むしろ、最終的な形態で名前を変えている、という方が正確なような気も(笑)

今ではヨモギを使うけど、もともとは春の七草のひとつ、ゴギョウこと母子草を使うものだったんだって。
その起源は中国で、3月3日の上巳の節句に米の粉(?)に母子草の汁を練り込んで羮(あつもの)にしたものを邪気払いで食べていたようなのだ。
粉を練って蒸していることから団子のような作り方だけど、蜜も混ぜて甘くしていたようなので、ういろうに近いものだったのかな?
でも、実物が現代に伝わっていないようなので、よくわからないみたい。
伝わったばかりの平安時代には母子草が使われていたようなんだけど、それがいつしかヨモギに変わっていくのだ。

母子草は七草に入っているくらいだから邪気を払う効能があるとは考えられていたようだけど、正式な漢方には使われていないようで、あまり「薬効」というのは期待されていなかったのだ。
一方、ヨモギは止血止めにも使えるし、漢方では健胃、冷え性、貧血、腹痛などに効くなどとも言われ、身近にある薬草だったのだ。
沖縄では臭み消しの意味も込めて、今でも料理に入れるよね(ふーちばー)。
モグサの原料でもあるし、「薬効」という観点ではヨモギに軍配が上がるんだよね。
ちなみに、薬に使うヨモギは、乾燥させてから葉の裏の綿毛をとるのだけど、その綿毛はモグサになるのだ。

詳細は不明ながら、鎌倉期以降にヨモギが使われるようになって、江戸期ではもうヨモギが主流だったみたい。
「かつては母子草を使っていた」という言われ方になってしまうのだ。
薬草としての効能だけじゃなく、ヨモギの独特の香りは春を感じさせるさわやかさがあるので、色目だけでなく香りでも季節を感じさせるところがよかったのかもね。
実際に春の節句に使われるものが起源だし、より春らしいものが使われるようになるというのもうなづける話ではあるのだ。
今でもひな祭りの菱餅の「緑」担当はよもぎ餅だよね。
そういうところにかつての節句に食べられていた痕跡が残っているようなのだ。

ヨモギというのはなかなか有用な植物で、荒れ地でも生えるし、多年草なのでしっかり根をはって土を固定するのだ。
草餅や草団子に使うことから、商品作物としての需要もあるんだよね。
なので、道路を造ったときに切り崩した斜面に植えられたり、休耕地に放っておいても栽培できる作物としてはやすままにされたりしているみたい。
その辺の空き地にも生えているような気がするけど、現代においても身近なところで役に立っていそうなのだ。
まだまだ日本人とヨモギのつきあいは続きそうだね。
そのためにも、色をつけただけじゃなく、しっかりヨモギを練り込んだ草餅をおいしく食べよう♪