2011/07/16

熱い汁を固めてぷるるん

やっぱり夏は水ようかんの季節だね!
ぷるるん、つるるんとさっぱりした甘さでおいしいのだ♪
でも、夏の和菓子には水ようかんだけじゃなく、色とりどりの寒天で固めた涼しげなお菓子があるのだ。
梅酒を固めた梅酒羹とか、夏みかん果汁を固めた夏柑糖とか。
寒天で水を表して中に金魚型の練り菓子が入っているような和菓子(琥珀羹)もあるよね。
ボクは正直あまり好きではなかったけど、むかしおじいちゃんの家に行くと牛乳を寒天で固めた牛乳羹がよく出てきたのだ。

どうも羊羹に引きずられてか、こういうたぐいの餡や果汁などの液体を寒天で固めたものは「~羹」と呼ばれるよね。
寒天の「かん」のような気もするけど、これは漢字から羊羹の「かん」のようなのだ。
でも、これって本当はおかしな話なんだ。
というのも、「羹」はもともと羮に懲りて膾を吹く」の「あつもの」と読む漢字で、肉や野菜を煮込んだ熱いスープを指すのだ!
ということは、「~羹」だと「~のスープ」ということになってしまうよね(笑)

日本に羊羹の原型が伝わったのは鎌倉のころと考えられているんだけど、禅宗と一緒にやってきたのがポイントだったみたい。
中国の本来の羊羹は字義通り羊の肉を使ったスープなんだけど、冷めると煮こごりになってゼリー状に固まったようなのだ。
肉食が禁じられている禅宗では、その代わりに小豆なんかを使って似たようなものを作ったんだって。
小豆を煮て、小麦粉やくず粉と混ぜて蒸して固めたようなのだ。
これが蒸し羊羹の原型。

ちなみに、もう一つ説があって、羊の肝臓を模したお菓子に羊肝こうというのがあって、それが日本に伝えられる際に「かん」の字が間違ったというもの。
ちなみに、羊肝こうは点心で食べられていたもので、小豆を使った蒸し餅菓子だったようだよ。
これももともとは羊の肝臓が食べられていたんだけど、精進料理では肉食が厳禁なので、代わりに小豆で似せて作ったもののようなのだ。
いずれにせよ、本当は羊料理だったわけだね。

で、なんだかんだで蒸し羊羹が日本に伝来したんだけど、ここでもまだ「~羹」とは大きく違って寒天が出てこないのだ。
寒天を使った羊羹が出てくるのは江戸時代。
米粉を混ぜて蒸して作るういろうは蒸し羊羹の一種だけど、寒天で固める羊羹に比べるともっさりしているのだ。
ねっとりした食感がないよね。
寒天で固める煉り羊羹が出てきて、だんだんと近づいてくることになるよ。

でも、「~羹」に行き着くにはもう1ステップ必要。
今度は、よりつるんとした食感を出すために、水分量を多くした水ようかんが作られるようになるのを待たなければいけないのだ。
はっきりした年代は不明なようだけど、だいぶ時代をくだらないといけないみたい。
こうなると、小豆あんを寒天で固める、というテンプレートができあがるよね。
ちなみに、重要な材料である寒天も江戸時代の発明。
すでにところてんは食べられていたけど、それをいったん凍結させることで不純物を取り除いた寒天が広まるのは江戸時代になってからなのだ。

で、その水ようかんのバリエーションとして、小豆あん以外のものを寒天で固め始めるのだ。
これはもう明治に入ってからみたい。
牛乳羹なんかはもっと最近だろうけど。
同時に、寒天を使った甘味も明治から広まり出すのだ。
浅草の舟和がみつ豆を売り出したのが明治30年(1897年)で、ここからあんみつ、みつ豆、豆寒などの甘味が広まっていくんだ。
こうして、寒天を使った菓子が夏の風物詩となっていったのだ。

いやあ、もともとは熱いスープだったはずなのに大きな変革だよ。
もはやもとの意味はまったく痕跡もないし、むしろ熱いから冷たいだから逆になっているからね!
ちなみに、すでに辞書によると「羹」で餅菓子を意味すると載っているのだ。
これは蒸し羊羹などを念頭に置いたものだけど、九州のかるかんは「軽羹」で蒸した餅菓子だから、確かにその意味は生きているのだ。
とは言え、あんまり餅菓子の意味で「羹」を使っている例は少ないけどね。
そのうち、辞書的な意味でも、「羹」=「寒天を使った冷たいお菓子」というところに行き着くはずなのだ。

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