2017/07/15

パリ最大の祭り

昨日はいわゆる「パリ祭」。
凱旋門前で大パレードが行われたのだ。
軍隊だけでなく、警察や消防(ポンピエ)も参加しているんだよ。
米国のトランプ大統領も来ていて大騒ぎだったのだ。
フランスでは、「Fête nationale française」と呼んでいて、「国民の祭り」といった意味なのだ。

ボクは「革命記念日」だと思っていたんだけど、実はそうではないとか。
もともと7月14日は、フランス革命のきっかけになったバスティーユ監獄の襲撃事件の日。 
なので、それを記念して革命記念日にしたと思っていたんだけど・・・。
実は、その1年後の1790年にフランス革命の締めくくりとして行われた、 建国記念祭に端を発しているようなのだ。
確かに、米国の場合は、独立宣言書に署名がなされた7月4日が独立記念日。
革命の最初の出来事の日を記念するって言うのも変な話だよね(笑)

今ではバスティーユにあるのはオペラ劇場だけど、当時は監獄があったのだ。
しかも、その監獄に収監されていたのは、国王の恣意的な拘禁令状 (lettre de cachet)で拘束された「政治犯」。
この人たちを解放することこそ、フランスの専制政治への反乱の象徴だったのだ!
今ではバスティーユ監獄の壁の一部が残るのみで、徹底的に破壊されたみたいだよ。

襲撃から1ヶ月半くらいたった後の8月26日、フランス革命の基本原則を示した「人間と市民の権利の宣言」が憲法制定国民議会で採択されるのだ。
これを起草したのは、米国独立でも活躍した「両大陸の英雄」ラファイエット。
当初は立憲君主制を前提に起草されていたなけど、実際には、その後すぐにフランスは共和制に移行したので、何度か修正されたようなのだ。
 1791年に 制定されたフランス最初の憲法のもとになっているものだよ。

バスティーユ襲撃から1年後、共和政府による大規模な国家式典が行われ、これがフランス革命の集大成と見なされたのだ。
その場所はなんとシャン・ド・マルス公園。
というわけで、 今でもエッフェル塔のまわりで花火が上がったりしているけど、このときからそうみたい(笑)
まだ凱旋門はなかったからね。
ちなみに、このときの式典には、ラファイエットのほか、ルイ16世も参加していたみたいだよ。

正式に祝日に指定されたのは、1880年になってから。
パリがナチス・ドイツの侵攻に陥落して亡命政府になってからはロンドンで開かれたこともあったようだけど、祝日に指定されてからは年に一度のフランス最大の祝賀式典が開かれる日になっているのだ。
確かに、すごい規模だよ! 

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