2022/09/03

マナー講師の批判はマナー違反

 なんか最近はテレビとか変なマナーを目にすることが多くなったような気がするのだ。
最初に火をつけたのが、とっくりの注ぎ口からお酒を注ぐのはマナー違反、とかいう件。
注ぎやすいようにとがらせているのに、そこを使わない意味とは?
これを皮切りに、そういえばマナーと言われているものの中にも変なものが混じってないか、と注目を集めたのだ。
稟議書の押印の時に上司の方に向かって少し傾けて押してお辞儀しているようにするとか。
オンライン会議では右上が上座(?)とか。

そのむかしも、瓶ビールを注ぐときはラベルを上にして、とかそういうのがあったけどね。
こういうマナーって、「これが礼儀正しいやり方」という共通理解の上に成り立つものなんだよね。
テーブルマナーも層だし、上座・下座とかもそうだし。
逆に言うと、誰かが言い出しただけで、共通理解には至っていないのに、マナー講師と名乗る人たちが「これが正しい」と押しつけてくるから反発を受けるのだ。
しかも、とっくりの話のように荒唐無稽、本末転倒みたいなものもまざっているし。
変なマナーもどきを広めようとするのがマナー違反だよね。

とはいえ、儀礼的に「お作法」というものはむかしからきちんとあるのだ。
マナー講師がはびこる前は、「小笠原式礼法」というのをしっかり習って花嫁修業、みたいのもあったんだよね。
茶道ではお茶会にお呼ばれしたときのお作法があるし、柔道や剣道などの武道でも、礼に始まり礼に終わるみたいなお作法はあるよね。
そういうのに始まって、現代的なものとして、客先との電話は相手が切るまで待つ、就職面接では進められるまで座らない、とかそういう新たな局面に対応するお作法が出てくるわけ。

江戸時代の庶民にそういうのがあったかどうかはよくわからないけど、お祭りの時の祭礼行事には当然伝統的なお作法があったし、冠婚葬祭もどこまでかちっとしているかは別としても、失礼のないように、というお作法はあったのだ。
これが武家になると、「面子」の世界になってくるので、けっこう大変だったみたい。
御査証を指南してくれる人にきちんと付け届けをして教わらないと行けないのだ。
石高が低い旗本やお公家さんでも、そういう副収入で潤っていた人たちがいるみたい。
こういうので有名なのが「高家(こうけ)」と呼ばれる役職。

もともと一般名詞の「高家」は格式の高い家柄という意味なんだけど、江戸時代に役職名にもなったんだよね。
何をするのかというと、まさしくお作法を指南・伝授するのだ。
老中直轄の役職で、朝廷とのコミュニケーションをとる上での作法を教えるのだ。
忠臣蔵のもととなった赤穂事件で浅野内匠頭が吉良上野介に松の廊下で刃傷沙汰を起こしたのも、朝廷からの使者の供応に当たって浅野が吉良の指南を受けることになっていたんだけど、そのときの遺恨が原因。
こういうのは教えてもらわないと用意すべきものなんかもわからないから、意地悪されたら終わりなんだよね。
もちろん、教わる方の態度もあるし、十分なお礼というのも大事なのだ。

この高家職は旗本なんだけど、選ばれているのはかなり家柄のよい武家。
源氏足利流(室町幕府の足利将軍家の流れ。吉良家はこれに当たる。)、室町幕府の管領上杉氏の流れ、織田信長の流れ、武田信玄の流れなど。
徳川将軍家にしてみると、こういういわゆる名家を家臣団に従えているという意味も大きいのだ。
権威付けにつながるというわけ。
江戸幕府が長く安定的な基盤を築けていた要因がこういうところにもあるのだ。

高家は旗本ではありながら、一般に高い官位を与えられたのだ。
というのも、朝廷とのやりとりをする上で、官位が低いとそもそも官位の高い人たち(宮家や有力な公家)と調整ができないため。
通常は従五位下から従四位下くらい。
多くの大名は従五位下で、老中職に就く譜代や大大名がやっと従四位下になるので、旗本としては飛び抜けて高い官位なんだよね。
いわゆる「殿上人」、つまり、天皇のおわす御所の清涼殿への昇殿が許されるのが原則従五位からなので、これくらいの官位がないと仕事にならないのだ。
ま、これは名目上のもので、石高には連動してないんだけどね。

いずれにせよ、この昔のシステムだと、まさしく誰もが認めるような家柄のよい名家が伝統的なお作法について指南をするという形式だったわけだよね。
ビジネスとして勝手に新たなマナーを生み出したりはしないのだ(笑)
俗に元CAが甥とか言われるマナー講師だけど、マナー講師としての有資格であるかどうかも職歴や出自からわからないし、権威付けもないから、どうしても「軽い」のは確かだよね。
それを認識した上で、伝統的なお作法はそれはそれとして教える、現代的な問題に即したマナーは過去の伝統を踏まえた上でこういう考え方でこうやるのがよいのではと提案で留めるとか、そういうことをしないとたたかれるのは仕方がないような気がするなぁ。

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