2024/01/06

一般人でも歯は大事

 お正月の和菓子に「花びら餅」というのがあるのだ。
紅色の菱餅(またはそれに代わるもの、求肥など)と味噌餡、蜜煮にしたゴボウを白くて柔らかい餅で包んだお菓子。
しおりお持ちに赤い色が透けるんだよね。
裏千家で明治以降に「初釜」で出されるようになって広まったのだとか。
そこまで古い伝統ではないけど、お正月になるとたいていどの和菓子屋さんでも見かけるよね。
日本人はこういう伝統食みたいなの好きだから。まだコンビニには目をつけられていないけど。

その起源をさかのぼると、平安時代に行われていた「歯固めの儀」という宮中行事らしいんだ。
おそらく大陸からの輸入ものなんだろうけど、正月三が日に固いものを食べ、長寿を願い儀式だとか。
年齢の「齢」の字に表れているように「歯」は年齢を表すものと考えられていて、それを固いものを食べて丈夫にする=長生きする、というコンセプトらしい。
確かに、動物の中には歯で年齢を推定する場合もあるよね(哺乳類全般で使える方法みたい。)。
冬にはエナメル質の形成が進まなくなるので、木の年輪のように歯のエナメル質の層の数を数えると何回冬を越したかがわかるらしい。

近代化されるまでは、虫歯はけっこう致命的な病で、それこそ抜くしか治療法しかないんだよね。
なので、歯を大事にすることは健康上重要だったのだ。
特に、むかしは固いものを多く食べていて、歯の摩耗も激しかっただろうし、歯を丈夫にして健康を願うのは一定の理屈があるのだ。
江戸時代になると、木で作った入れ歯やら、ふさ楊枝と言われる歯みがきも存在していてシカ領域の技術はけっこう発展していたと思うけど、さすがに平安時代はね・・・。
塩で歯を磨いたり、幼児みたいな細い棒で歯の隙間に詰まった食べかすをとるくらいはしたかもしれないけど。

で、この「歯固め」の行事では、固くなった餅(菱餅)や押鮎(鮎を塩漬けにした後に重しを載せて固く乾燥させたもの)、搗栗(栗を干してから臼で軽く搗き、殻と渋皮を除いたもの)、鹿肉・猪肉(干し肉)、大根(おそらく干し大根?)などを膳に乗せて食べたんだそうだよ。
時代が下って江戸時代になると、薄く伸ばした白い餅の上に赤い菱餅を載せ、さらにその上に押鮎を載せたものが出されていたとか。
実は、それをかたどったのが今の花びら餅で、ちょうど折りたたんだ形になっているのだ。
ゴボウは押鮎の代わりみたい。
この和菓子が公家に配られるようになり、さらにはそれが民間のお茶にも使われるようになった、ということのようなのだ。

では、なぜ「歯固め」で長寿を願うのは正月なのか。
これは「数え年」では元日を迎えるために一歳増える数え方だったから。
日本で実年齢を普通に使い始めたのは明治期に西暦を採用して以降で、それまでは基本は数え年。
生まれた時点で1歳で、以降はお正月のたびに歳を重ねるのだ。
だからこそ、お正月には「あけましておめでとう」なんだよね。
そういう年を重ねるタイミングだからこそ、長寿を願うのは自然なことなのだ。

ちなみに、現代で「歯固め」というと新生児の「百日祝い」の「お食い初め」にその残滓が残っているのだ。
「お食い初め」自体は、一生くいっぱぐれないように、と一汁三菜の膳を用意するんだけど、そのときに「歯固め」もするのだ。
神社からいただいてきた「歯固め石」をかませるのが一般的なようだけど、地域によっては大根や栗をかませるようで、これは宮中行事の名残だよね。
赤ちゃんの健やかなる成長を祝い、歯が丈夫になるように、という願いを込めているわけで、考え方は同じなのだ。
コンセプト自体はこうして残って、宮中での形式は和菓子の形で残されているというのがなかなか興味深いね。

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