2015/10/10

見えないものを見る

見えないものを見るというと「心眼」みたいな世界に入るけど、ノーベル・ウィーク第二弾で物理学賞を受賞したニュートリノの研究はまさにそういうものなのだ(笑)
日本人が受賞したノーベル賞のおよそ半分は物理学で、その中でも素粒子物理学は日本の十八番なんだよね。
今回受賞した東京大学宇宙線研究所の梶田隆章教授は、かつてニュートリノを世界で初めて観測した功績によりノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊博士の教え子なのだ!
指定でノーベル賞受賞という快挙だよ。

もともと小柴博士がやっていたのは、ものすごくまれにしか起こらない(と考えられている)陽子崩壊という現象の観測実験だったのだ。
そのために、岐阜県の神岡鉱山跡にカミオカンデという実験施設を作ったのだ。
地下に巨大な水槽を設置し、その中に純水を満たして、陽子崩壊が仮に起きた場合に発生するごくごく微弱な光(チェレンコフ光)を水槽を取り囲む超高感度の光センサー(光電子増倍管)で検知しよう、という計画なのだ。
でも、チェレンコフ光が発生するのは何も陽子崩壊が起きた場合だけじゃなくて、水中を光より早い速度で荷電粒子が動くと発生するのだ。
つまり、荷電粒子が水に飛び込んでくるとひどいノイズになるので、そうならないように地下深くに水槽を置く必要があるんだ(地層により宇宙から振ってくる荷電粒子が遮断できるのだ。)。

でも、それでもバックグラウンドのチェレンコフ光はゼロにはならないんだよね。
なぜなら、宇宙から降り注ぐ強い放射線である宇宙線が大気中の空気の分子と反応して発生するニュートリノが水槽の中の水とごくごくたまに反応してチェレンコフ光が出るため。
宇宙線と空気分子が反応すると、酸素原子や窒素原子からμ粒子というのが出てくるのだ。
でも、このμ粒子はすぐに崩壊して、電子と電子ニュートリノ、ミューニュートリノになるんだ。
この2つのニュートリノが大気ニュートリノとして地上にものすごい量で降り注いでいるんだ。
ちなみに、ニュートリノには電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノと3種類あるのだ。

でも、このニュートリノは幽霊粒子とも言われるように、ほとんど他の素粒子と反応しないので、基本はどんどんすり抜けていくのだ。
これは、この世界を構成する4つの力のうち、電磁気力と強い相互作用の影響を受けず、弱い相互作用と重力の影響しか受けないため。
ところが、全く反応しないわけではなくて、例えば、水中で水分子中の酸素原子の原子核のすぐ近くをニュートリノがすり抜けようとする場合、反応するのだ。
ニュートリノが陽子に衝突した場合、陽子が中性子と陽電子に分かれるんだけど、この陽電子は荷電粒子なので、チェレンコフ光を発生させることになるのだ。
つまり直接ニュートリノを見ることはできないんだけど、ニュートリノが反応した痕跡としてのチェレンコフ光を検知することで、ニュートリノが来ていることがわかるというわけ。
これが小柴博士がノーベル物理学賞を受賞した成果だよ。

で、いろいろとそうやって大気から来るニュートリノを観測していたとき、変な現象が起きたのだ。
大気ニュートリノの発生原理はわかっているので、降ってくるニュートリノの量はおおよそ検討がつくのだけど、電子ニュートリノがほぼ予想どおり観測できたのに対し、ミューニュートリノは数が少なかったのだ!
これは途中で何か起きているに違いない、と考えられたわけ。
素粒子物理学における「標準モデル」では、ニュートリノというのは質量がゼロと仮定しているのだけど、逆に、その仮定が間違っていて、ニュートリノがわずかばかりでも質量を持つと仮定すると、ニュートリノは飛行中に別の種類に変換する現象が発生すると想定できるんだって。
これは非常に難解な話なので、ここでは単純に、質量を持てば飛行中にニュートリノの種類が変わってしまう「ニュートリノ振動」という現象が起こるし、質量がない場合はニュートリノの種類は何があっても不変ということだけわかればよいのだ。

こういう前提の中でカミオカンデのグループが考えたのは、ひょっとしたら、ニュートリノの質量はゼロではなくて、ニュートリノ振動が起きているので、ミューニュートリノは少なくしか観測できないのではないか、という仮説。
カミオカンデの観測装置では、タウニュートリノのは観測できないので、大気ニュートリノ中のミューニュートリノが地上に届くまでの間にタウニュートリノに変わってしまっていたとしたら、この現象が説明できるかもしれない、ということ。
でも、カミオカンデではそこまでの感度がなかったので、より水槽が巨大化した、後継のスーパーカミオカンデを使った実験でその仮説が確かめられることになるんだよ。
ちなみに、巨大化させても陽子崩壊の方はやっぱり観測できないので、もっと大きな水槽にするハイパーカミオカンデ計画というのが構想されているのだ。

梶田博士がやったのはこの研究で、スーパーカミオカンデを使って詳細に大気ニュートリノを観測してみると、確かにミューニュートリノの数が減っていることがわかって、しかも、エネルギー分布もずれていることがわかったんだって。
このことから、ニュートリノが質量を持つ可能性が出てきたのだ。
さらに詳細な分析を行うため、今度はつくば市にある高エネルギー加速器研究機構(KEK)の陽子サイクロトロンから出る陽子線をターゲットに当て、そこから出てくる人工のニュートリノを神岡に向けて発射して、その飛行中にニュートリノ振動が起きているかどうかを確認する実験が行われたのだ。
これがK2K(KEKから神岡)実験。
この実験では、あらかじめ既知のニュートリノを打ち込んでいるので、より詳細に分析ができるのだ。
こうした実験を通じて、ミューニュートリノがタウニュートリノに変化する現象は確認できたんだ。
ちなみに、今回の共同受賞者のマクドナルド博士は、SNO実験という太陽から来るニュートリノを使った実験で、電子ニュートリノがミューニュートリノやタウニュートリノに変化する現象を観測しているのだ。

K2Kに続く実験として日本がやっているのが、東海村にある大強度陽子加速器(J-PARC)の大強度の陽子線を使って大強度のニュートリノビームを発生させ、それをスーパーカミオカンデに打ち込むというT2K(東海から神岡)実験。
この実験では、東海村から発射する段階でもニュートリノの量を計測していて、さらに詳細な分析が可能なのだ。
この実験により、これまで観測できていなかったミューニュートリノが電子ニュートリノになる現象が実験的に確認されたみたい。
現在は、ニュートリノの反粒子である反ニュートリノで振動が起きるのかどうかを実験していて、ニュートリノと反ニュートリノで振動現象に対称性を超えた違いがあるかどうかを確認する実験をしているのだ。

ものすごく難しい話だけど、宇宙がビックバンでできたときには粒子と反粒子がほぼ同数で存在したはずなんだけど、現在の宇宙はほぼ粒子のみにより構成されているんだよね。
仮に、粒子と反粒子が完全に対称性を持つ場合は、両方あるか、両方ないかしかないので、どこかで対称性に「破れ」があって、反粒子が消え、粒子だけが残ることになったはずなのだ。
その証拠となる現象を実験的につかんだのが、KEKにある加速器のKEKBで、やはりノーベル物理学賞を受賞した小林誠・益川敏英博士の理論を裏付ける実験結果を出したんだよね。
このKEKB加速器は電子と陽電子の衝突実験をしていて、電子と陽電子の間の対称性の破れを見ているんだけど、それと同じような対称性の破れがニュートリノの世界でもあるんじゃないか、というのをT2K実験で狙っているのだ。

ものすごく難しい話だけど、とにかくすごいことが日本から発信されてきたし、これからも発信できるかもしれないってこと。
今は物理学を志す学生が減ってきているみたいだけど、ずっと日本が強みを持ってきた分野なので、何とかしたいよね。
数学がわからなくて物理から逃げ出したボクの言うセリフではないかもしれないけど(笑)
それでも、まったく実用性がない分野なんだけど、日本はずっと世界をリードしてきているのは確かなので、このまま火が消えるようなことがないようにしてもらいたいものなのだ。

0 件のコメント: