2007/06/08

万能な細胞

米国では、科学雑誌Natureの電子版に掲載された、皮膚の細胞からヒト胚性幹細胞(ヒトES細胞)と同じような万能細胞を作ることに成功したという論文が大きく報道されているのだ。
日本でも少しはニュースになっているみたいけど、こっちではワシントン・ポスト紙の1面をかざっているよ。
ひとつは京都大学再生医科学研究所の山中教授の論文で、もうひとつはマサチューセッツ工科大学(MIT)の論文
で、今回はこのES細胞について調べてみたのだ。

ES細胞というのは、Embryonic Stem Cellのことで、胎児になる手前の胚(embryo)から作られるもので、理論上はどんな細胞にも分化できるので、俗に「万能細胞」と呼ばれるのだ。
受精卵はどんどん2倍2倍に増えていくんだけど、4回分裂した16細胞期から、6回分裂した64細胞期あたりの細胞を取ってる来るんだよ。
このころになると桑実胚というその名のとおり桑の未のようなぶつぶつがくっついた状態から、胚盤胞という中にすきまができた状態になるのだ。
すると、外側の球面状の部分は後に胎盤になって、すきまの中にある内側の部分が胎児になるんだよ。
この胎児になる部分を取り出して細胞株にしたものがES細胞というわけ。

もともとはマウスで奇形がん腫(tertoma)というのが知られていて、これはおおきなこぶみたいながんが皮膚の下にできるんだけど、その中には骨とか毛とか血球とか様々な形の細胞がぐちゃぐちゃにまざっていることが知られていたのだ。
で、このがんの中からまだそういう細胞に分化しきっていない未分化の細胞を取り出して細胞株にしたところ、いろいろな細胞に分化できる細胞が手に入ったんだよね。
これが胚性がん細胞(EG細胞:Embryonic Carcinoma Cell)というもので、通常のマウスの胚盤胞のすきまの中にこの細胞を入れると、キメラマウスができることが発見されたのだ!
キメラというのはひとつの個体の中で異なる遺伝情報を持つ細胞が共存している状態で、このキメラマウスは、通常のマウスの受精卵由来の細胞と、EC細胞由来の細胞がまざった状態になっているということなのだ。

で、EC細胞で研究が進められていくうち、さっきのES細胞も作られるようになって、1981年にマウスのES細胞が登場して、1998年にはウィスコンシン大学でヒトのES細胞が作られたんだ。
で、この分野の研究が一気に進んだわけ。
似たような細胞で、人工妊娠中絶した胎児の生殖器から生殖細胞のもととなる始原生殖細胞をとって作られる胚性生殖幹細胞(EG細胞:Embryonic Germ Cell)なんてもあるのだ。
米国では、日本みたいにかぎのついた棒でかき出すのではなくて、掃除機のような装置で吸い取るので、中絶の時に胎児がそのままの形で出て来るのでこういう細胞を作ることができるのだ。
でも、どちらにしても、ヒトの受精卵を使ったり、胎児を使ったりするので、倫理的に課題があるわけ。

日本では文部科学省が内閣府の総合科学技術会議と協力して指針を作っていて、それに従ってヒトのES細胞の研究が行われているのだ。
最近改正されたみたいだよ。
で、米国の場合は、人工妊娠中絶自体が大きな政治的な問題で、今の共和党政権はもともと中絶には否定的なこともあって、ヒトES細胞を作る研究には連邦予算から予算を出さない、という大統領令が出ているのだ。
前は全面的に禁止だったんだけど、今ではすでに存在しているヒトES細胞を使った研究にはお金が出るんだよ。
でも、民間からの資金でやる分には自由だし、もともと最初のヒトES細胞も米国で作られているのだ。
一方、議会で多数派を占める民主党は中絶容認派で、医薬業界からも強い要請を受けているので、ヒトES細胞の研究を侵攻するための法案を議会に提出しているんだよね。
でも、これはおそらく大統領の拒否権発動で実現しないと言われているのだ。

日本では理化学研究所の発生・再生科学総合研究センターや京都大学の再生医科学研究所が中心になって研究を進めているんだけど、その他にも多くの大学や研究機関で研究をしているみたい。
世界的にも大規模に研究が行われているのだ。
というのも、このES細胞はどんな細胞にも分化させられると考えられているので、将来の移植医療用の材料として期待されているんだよ。
実際に一部の神経細胞がダメになるパーキンソン病や、すい臓のインスリン産生細胞がダメになるタイプの糖尿病などで期待が高まっているんだ。
これらは細胞に分化させられればすぐに使えるから、かなり実用化が近いと言われているんだよね。
さらに将来的には肝臓や腎臓といったようにまるまるの臓器にすることも考えているみたい。
そうすると、移植用の臓器不足が一気に解消する可能性があるわけ。

さらに、クローン技術を使えば、自分と同じ遺伝情報を持ったES細胞を作れるので、拒絶反応をまったく起こさないものも作れる可能性があるのだ。
今回話題になっている山中教授の研究は、もともと自分の皮膚の細胞からES細胞と同じような万能細胞が作れるので、クローン技術を使わなくてもすむわけ。
まだまだ発がん性などの安全性の問題があるみたいだけど、かなり期待されているみたいだよ。

それにしても、技術は知らないうちにどんどん進化していくものなのだ。
でも、必ずこういう問題には社会との関係、特に倫理の問題が出てくるんだよね。
そもそも移植医療自体がやっていいことかどうかという議論もあるし、このES細胞の場合はヒトの受精卵を使ったり、クローン人間の産生につながる技術だったりするので、やっぱり倫理的問題があるのだ。
山中教授のものにしても、クローン人間の産生につながりかねないものだし、倫理問題が完全にクリアされたわけじゃないんだよね。
アインシュタイン博士は原爆の製造を契機に科学と社会との関わりを意識するよう世界に訴えたわけだけど、この問題も同じようなことをはらんでいるのだ。
ちょっと調べてみるとそういうこともわかって、なかなか興味深いね。

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