2007/06/11

給食

ボクの夕食はメインのお皿とパンが基本なので、学校の給食のようなメニューなんだよね。
最近は学校に給食費を払わない家庭が増えていると言うけど、なんでなんだろうね?
生活保護を受けていても、給食費の分は上乗せになっているので、払わないといけないんだって。
「好きで食べているわけじゃない」ってことかもしれないけど、食べている以上は払うべきだよね。
と、そんなことを考えて、給食について調べてみたのだ。

給食の制度は戦後に始まったような感じがするけど、実は明治22年に山形県鶴岡市(当時は鶴岡町)の私立の小学校で、貧困児童におにぎり、焼き魚、煮付けといった昼食を与えたのが始まりと言われているんだって。
鶴岡市では今でもこのときのメニューを再現した給食が出るらしいよ。
でも、今のような給食制度が確立されたのはやっぱり戦後。
戦後の食べ物のない時代に、各国からの救援物資やユニセフからの救援物資を受けて児童に配給したのがはじまりなのだ。

このときの救援物資が栄養価が高い「脱脂粉乳」。
団塊の世代の人たちにはとことん不人気だけど、最近はスキムミルクの名前で健康食品としてけっこう流通しているよね。
(米国ではまず無調整乳は見ることがなくて、低脂肪乳かスキムミルクしかないのだ!)
で、このときから給食にはミルクがつきものになったのだ。

現在の学校給食の根拠は学校給食法で、その施行規則の文部科学省令で給食の定義が決められているのだ。
それには3種類あって、

(1)完全給食:  パン又は米飯、ミルク及びおかずからなる給食
(2)補食給食:  完全給食以外でミルク及びおかず等からなる給食
(3)ミルク給食: ミルクのみである給食

と、どの給食でも必ずミルクが含まれることになっているんだよ!
やっぱり最初が肝心だということかな?
無理にミルクを含まなくてもいいような気もするけど。

開始当初はそれこそ脱脂粉乳とコッペパンというメニューだったんだけど、高度成長期に入ると給食メニューも増えてきて、クジラ肉を使った大和煮や竜田揚げなんかも出るようになったのだ。
もちろん他のおかずもあったけど、今はクジラは商業捕鯨ができなくてあまり食べられないから、余計ノスタルジーをかき立てて、「思い出のおかず」になるんだよね。
その後、カレーライスやスパゲッティ、ハンバーグなどの子どもの好きなおかずが登場し始めて、パンも揚げパンなどの子どもに人気のパンも出るようになるのだ。
さらに、昭和も終わりのころになると、家庭での洋食化が進んで米の消費量が減ったため、古米を消費するために学校給食に米飯が増えてくるのだ。
それまではカレーライスくらいだった米飯給食が、炊き込みごはんや手巻き寿司、ピラフなどと一気にバリエーションを広げたんだよね。
今では地域の特産品を活かした給食や、季節の行事(七草がゆ、ひなまつりなど)を取り入れた給食なんかも出るみたい。

ボクが子どものころはまだ学校の中に給食室のある学校がけっこうあったけど、今はたいてい給食センターの一括管理なんだよね。
その方がコストが安いのかもしれないけど、お昼前に給食のにおいがしてくるのが楽しみだったのにな。
いまではそういうのは味わえないんだね。
さらに、給食と言えば、かつては軽くて丈夫なアルマイトの食器が使われたけど、今ではセラミックが主流みたい。
アルマイトは戦前に財団法人だった理化学研究所で発明されたもので、日本が世界にほこる金属加工品だったんだよ。
で、こういうことを言っていると、ジェネレーション・ギャップが出てしまうのだ・・・(>_<)
最近の子どもは「先割れスプーン」も使ったことがないそうだよ!
あれって批判はいろいろとあったけど、それなりに便利なんだけどね。

ボクが小学生時代に最後まで納得できなかったのは「三角食べ」(今でも納得できないけど。)。
牛乳、パン、おかずを交互に食べていくってことなんだけど、おかずと牛乳を一緒に食べたら味がおかしくなっちゃうよ、ということで、ボクはいつも牛乳は一気のみだったのだ(笑)
クラスでも1番早飲みだったんだよ(^o^)/
それと、むかしは食べ残すと昼休みがなくなったり、放課後まで残されることもあったけど、最近ではそういうこともしないんだそうだよ。
たしかにあまり意味ないし、最近はアレルギーとかで食べたくても食べられない場合もあるしね。

ということで、給食は時代とともにどんどん変化しているのだ。
でも、このまま不払いが続くと、給食制度自体がなくなってしまうのかな?
みんなで「同じ釜の飯を食う」っていうのは、集団行動の練習としていい面もあると思うんだけどな。

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