ぬかに野菜
米国でもけっこう日本の食材は売っているので、あんまり食べられないものはないんだけど、やっぱりそれでも食べられないものはあるのだ。
その代表選手は漬け物。
日本食レストランなんかに行くとあまりおいしくないものはあるけど、おいしい漬け物には出会えないよね。
漬け物の中でも持ち運びのしにくいぬか漬けは特にそうなのだ。
ぬか漬けは米ぬかを乳酸発酵させて、その中に塩でもんだ野菜を漬けたもののことなのだ。
米ぬかは玄米を精米した後に残る部分で、実はビタミンBやタンパク質など栄養に富んでいるんだよね。
江戸時代には庶民も白米を食べるようになったんだけど、そのせいでビタミンB不足になる人が続出して、「かっけ」がはやったのだ。
時代劇の大岡越前なんかには小石川養生所の活躍のエピソードとして出てくるけど、ぬか漬けを食べることでビタミンBを補給して防いだんだよね。
でも、当時はかっけの原因はわかっていなくて、日露戦争のころでも感染症だと思われていたから、たまたま経験的にぬか漬けを食べるとかっけになりにくい、ということが知られていただけなのだ。
(陸軍の軍医だった森鴎外こと森林太郎さんは「かっけ感染症説」を唱えていて多くの兵士を犠牲にしたと言われているのだ。当時海軍では生野菜を食べると経験的にかっけが防げると知られていて、それを提唱したんだけど、感染症だと信じて疑わなかった陸軍には受け入れられなかったんだって・・・。これは疫学では有名なエピソードなんだよね。)
ぬか漬けは乳酸発酵させているわけだけど、実はぬかの中では酵母と乳酸菌が増殖して、酵母がアミノ酸類を作り出してうま味を、乳酸菌が乳酸を作って酸味を与えているのだ。
酵母は好気性で、増殖するのに酸素が必要なんだけど、乳酸菌は嫌気性で酸素があると増殖しにくいのだ。
で、酵母と乳酸菌の適度なバランスを保つため、ぬか床は毎日かき混ぜて全体が空気と触れるようにするというわけ。
もともと酵母は乳酸菌より増えづらいので、毎日かき混ぜて空気に触れさせるくらいでちょうどよいバランスが保てるのだ。
ちなみに、圧倒的に酵母と乳酸菌の数が多いので清潔にしている限りは白カビや腐敗菌はあんまりはえてこないんだけど、放っておくとそういうのも出てくるので、毎日のお手入れが重要なのだ。
腐敗菌は乳酸菌と同じ嫌気性だけど、乳酸菌より酸素に弱いので酸素に触れさせるとほぼ増殖しないんだよね。
白カビは酵母よりははえづらいので、酵母が気持ちよく増殖している間は増殖できないのだ。
こういうメカニズムでぬか漬けが保たれるというわけ。
なかなかよくできたものだよ。
腐敗してしまった場合はお手上げだけど、少しカビがはえたくらいならまだリカバリー可能なのだ。
表面にカビがはえただけの状態の場合は、そのカビの部分をすくって捨てて、塩と唐辛子をきつめにきかせると回復させることができるんだよね。
これはむかしからの知恵なのだ。
カビは徐々に菌糸を伸ばしていって中の方まで浸食していくけど、はじめのうちは表面に広がるだけなので、そこさえのぞけば大丈夫というわけ。
塩や唐辛子をきかせるのは少しでも残ったカビが増えづらいようにするためだよ。
(乳酸菌の方がそういう過酷な環境には強いのだ。)
ぬか床の手入れとしてはきちんとかき混ぜて中まで空気を混ぜ込むことが第一なんだけど、野菜を漬け続けると水が出てくるんだよね。
これは塩をきかせているので野菜から浸透圧で水分がしみ出てくるためで、ぬか床は基本的に冷暗所に保管するのであんまり水分は蒸発していかないのだ。
で、水分が多くなってくるとぬかがゆるくなってくるんだよね。
こういうときはぬかにくぼみを作ってそこに水気をためて後で捨てたり、入りぬかと塩を加えて水分を吸わせたりするのだ。
ぬかも少しずつ減っていくから、適度にぬかを足し続けると水分は気にしなくてもいいんだよね。
米ぬかはぬか漬けだけじゃなく、むかしはいろんなところで活躍していたんだよね。
油分を多く含んでいるので米ぬか油がとられたり、たけのこなんかのあく抜きにも使われるのだ。
さらに、込めぬカン含まれるγグロブリンというタンパク質は界面活性作用を持っているので、合成洗剤が登場する前は食器洗いの洗剤にも使用されたんだよ。
今でも日本家屋の板敷きの手入れでは、油分と弱い界面活性作用がちょうどよいので米ぬかを袋に入れたぬか袋が使われるのだ。
ぬかもなかなかあなどれないんだよね(笑)
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