2007/10/10

KOマウス

今年のノーベル医学・生理学賞は、「マウスの胚性幹細(ES細胞)を用いた、特定の遺伝子を改変する原理の発見」で、マリオ・カペッキ博士(米国)、メーティン・エヴァンス博士(英国)、オリバー・スミティーズ博士の3人が共同受賞したのだ。
これはいわゆる「ノックアウト・マウス」のことで、ボクも大学のころはノックアウト・マウスを使ったがんの研究をしていたのだ。
そのうちノーベル賞がもらえるはず、と言われていたものなんだよね。
それだけ現在の分子生物学にとっては重要な実験手法になっているのだ。

このノックアウト・マウスは、マウスのES細胞に改変した遺伝子を導入して、その改変した遺伝子を持つマウスの個体を生み出す、という手法なのだ。
多くの場合、その遺伝子がどういう働きをしているか知るために、遺伝子を機能のないものに変えてしまうので、「遺伝子ノックアウト」と呼ばれるんだよね。
今では、少し機能を買えた遺伝子を導入したり、ノックアウト・マウス同士をかけ合わせたり、特定の条件下で遺伝子を発現させたり・抑制できるようにしたりと、手法としてもどんどん進化しているのだ。

この手法を使うと、注目している遺伝子が実際に動物個体レベルでどういう働きをしているかがわかるんだよね。
その遺伝子がなくなったことによる「異変」を知ることで、その働きを類推するというわけなのだ。
でも、実際には非常に多くの因子のからんだ複雑なメカニズムの中の歯車がひとつかけるということで、しかも、同じ歯車が複数のメカニズムに関与していることも多いので、そう簡単に機能がわかるわけじゃないんだけどね。
でも、一部の遺伝性疾患のモデル動物としてはよく活用されていて、人間の遺伝性疾患と比べても症状の再現性が高いものもあるのだ。
そういうのは病気のメカニズムの解明や治療法の開発に役立つんだよね。
とは言え、重要な遺伝子の多くは発生段階で不可欠なので、ノックアウトしてしまうとその遺伝子改変したマウスの胎児が正常に発生せずに生まれてこないことも多いのだ。

で、どうやって遺伝子改変をDNA(デオキシリボ核酸)に導入するのかというと、なかなか巧妙な手法を使うのだ。
動物の体の中で生殖細胞が作られるとき、母方の遺伝情報と父方の遺伝情報がシャッフルされて、いろいろな組み合わせができるようになっているんだよね。
これによって生殖細胞は非常に大きな遺伝的多様性を確保することになるのだ。
このシャッフルは、相同性の高い(ようは配列はbみょうに違うけど、ようは同じ遺伝子をコードしている、ということ。)の領域の間で「相同組換え」というものが起こるんだよね。
減数分裂の時に配列の似ている領域の両端がくっついて、真ん中の部分が交差して入れ替わってしまうという現象なのだ。
これと同じ原理を用いたのがこのノックアウト・マウスを作るときの相同組換えで、ノックアウトしたい遺伝子の両端をもともとのマウスの遺伝情報の配列の長い断片ではさんだDNAを用意して、それをES細胞に注入するんだよね。
この注入方法もすほくて、一般的には強い電気ショックをかけて一時的に細胞膜に「穴」を開けて、そこからDNAが入っていくのだ(もちろん、電気ショックで死んでしまう細胞もあるのだ。)。

でも、この相同組換えは非常に低い確率でしか起こらないので、狙ったとおりの遺伝子改変が導入されたES細胞を拾い上げるのはなかなか大変なんだよ。
数千個に1個とか、それくらいの割合でしか見つからないのだ。
で、うまく改変遺伝子が導入できた細胞は、普通のマウスの胚(受精後32~64細胞まで分裂したものを使うんだよ。)の隙間の中に針で注入するのだ。
胚盤胞と呼ばれる時期は球面状の細胞のシートの中に不定形の細胞がごろごろころがっている状態なんだけど、この外側のシートの部分は将来胎盤に、中のごろごろしている部分が胎児になるんだよね。
この胎児になる細胞に混ぜてしまうというわけ。
この遺伝子改変ES細胞を注入した胚をマウスの子宮に移植して、うまくいくと、遺伝子改変された細胞と通常のマウスの細胞がまざったキメラ・マウスが生まれてくるのだ。
さらにさらに運がよいと、遺伝子改変したES細胞が生殖細胞になっていて、改変した遺伝子が子孫に伝わっていくというわけ。
改変した遺伝子が導入された生殖細胞から次の世代になるのもそんなに確率は高くなくて、けっこう大変なんだよね。

こうしてキメラ・マウスから改変遺伝子が導入されたマウスが生まれてくるんだけど、まだこのマウスはヘテロザイゴートで、2対ある遺伝子の片側だけが改変された状態なのだ。
なので、改変遺伝子が導入されたマウスのオスとメスをまたかけ合わせて、両側が改変された遺伝子になっているホモザイゴートを作ることになるんだよね。
メンデルの法則がそのまま適用されると4分の1の確率で生まれてくるんだけど、実際には遺伝子改変した胚や胎児は正常なものより弱かったりするので、それより低い確率でしか生まれて来ないみたい。

とまぁ、こうして並々ならぬ苦労をして目的の実験用マウスを作ることになるのだ。
でも、遺伝子の種類によっては両側で遺伝子がノックアウトされたマウスはそもそも正常に発生できずに生まれてこなかったり、生まれてきてもすぐに死んでしまったりすることもあるので、時間をかけてキメラマウスまでたどりついても、そこから先の実験ができないこともあるんだ。

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